歴史教科書に対する韓国などの抗議について

 

歴史教科書をめぐって韓国などから批判されていますが……。

韓国の抗議はずいぶん強いようですね。政府からの抗議だけでなく、地域団体、教育団体のあいだからも日本との交流を取りやめるなどの不幸な事態が相次いでいます。

ちょっと行きすぎできないでしょうか。日本国内でも韓国のやり方に反発を感じて、むしろ韓国イメージが悪くなることを懸念する人もいるようです。

冷静に考えることが大切だと思います。問題を歴史的に、筋を追って理解することが必要ではないでしょうか。

と言いますと……・。

韓国からの日本の戦争責任追及の声は今に始まったことではありません。1982年には今回とよく似た教科書問題がありましたし、1990年代には従軍慰安婦問題や戦後補償問題が大きな話題になりました。だいたい10年に一回くらいの割合で同じような問題が起きています。

以前からあったことなんですね。

今回の歴史教科書問題を理解するには、この1982年の教科書問題と、10年ほど前からの従軍慰安婦問題について知っていなければならないと思います。

どういうことですか。

今から20年ほど前の1982年に一度、教科書問題が起こりました。これは、当時の文部省の教科書検定で「中国への全面侵略」という記述を「中国への全面侵攻」と修正させたりしたことに対し、中国、韓国などが反発して日本に抗議し、それに対して日本政府が釈明したという事件でした。

で、どうなったのですか。

日本政府は中国、韓国などの抗議を受けて、当時の宮沢官房長官が「アジアの近隣諸国との友好、親善を進める上で、これらの批判に十分に耳を傾け、政府の責任において是正する」との政府声明を出しました。これによって、一応の外交的な決着が図られたのです。

割と簡単に終わったんですね。政府が声明を出して、それだけですか。

簡単でもなかったですよ。当時は今回と同じくらい大問題になりましたし、ひょっとしたら今回以上に日本国内の世論も盛り上がったかも知れません。とにかく、政府声明の後、文部省の図書検定調査審議会は

「近隣のアジア諸国との関係を記述するにあたっては、過去における不幸な関係にかんがみ、これらの諸国の国民感情に配慮」し、「わが国と近隣のアジア諸国の近現代史の扱いにあたっては、国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていることとする旨を検定の基準に加える」

と決めています。つまり、教科書検定の際に近隣諸国への配慮を検定基準としたのです。

ずいぶんはっきり出したのですね。

私としては、これらの声明は韓国などに対する一種の対外的約束と見なさなければならないと思います。「こういう配慮をするから今回の問題は解決してもらいたい」と日本政府が韓国側に申し入れたということです。そして事実、その後の文部省教科書検定は、アジア太平洋戦争の記述にあたっては教科書執筆者の記述をなるべく尊重し、結果として日本の戦争責任を教科書でもはっきり打ち出していくという方向に向かいました

それなのにまた、従軍慰安婦問題が起こったのですか。

1991年12月に韓国太平洋戦争犠牲者遺族会が日本政府を相手取り、アジア・太平洋戦争時の損害賠償を請求して東京地方裁判所に提訴しました。この原告団の中に、いわゆる「従軍慰安婦」とされた人々が何人か含まれていました。これをきっかけに、戦後補償を求める運動が活発になり、韓国だけでなく北朝鮮、中国、フィリピン、インドネシアといった国々からも戦後補償を求める声が相次ぎ、政府も何らかの対応を迫られました。

日本政府の対応はどうだったんですか。

1995年には時の村山首相が戦後50周年を記念する声明の中で「過去の反省」を明言し、また、犠牲者への何らかの償いを表するために、アジア女性基金が発足し、元「従軍慰安婦」の方々に一定の見舞金を支払ったのです。この基金はあくまでも国民の義捐金で行なわれているもので、このようなやり方では日本が国家として明確に責任を認めたことにはならないという批判があり、当の韓国人元「従軍慰安婦」自身がこの金の受取を拒否するという事態もあります。しかしとにかく、日本政府が遅ればせながら「何か」をし始めたことは事実でした。こうした中で中学校の教科書にも今までは記載されていなかった「従軍慰安婦」記述が掲載されるようになったのです。

それは一歩前進だったわけですね。

戦後50年間の不作為を思えば、いろいろな批判はありますが、とにかく多少は日本政府も動き始めたと言えると思います。ところが、このような動きに反対する人たちがいたのです。今回問題になっている「新しい歴史教科書を作る会」の人たちがそれです。この会が発足したのは1996年12月のことです。従軍慰安婦記述がすべての教科書に載ったという事態を受けて、それに危機感を持って「作る会」が発足したのです。「作る会」の人々の目的意識はきわめて明確であると思います。それは1980年代から90年代初頭の教科書記述をめぐる「自由化」、戦争責任問題の明確化、具体的には従軍慰安婦問題や南京事件の記述について、これを放置せず、教科書の「自虐史観化」を阻止するということです。

そういうことだったんですか。でも、「作る会」の人たちが編纂した『新しい歴史教科書』は日本の文部省教科書検定に合格したのですから、それに韓国がいろいろ口出しするのは内政干渉にはならないのでしょうか。

「内政には干渉してはならない」という原則ですね。これは国際連合憲章の第2条にも盛り込まれた国際的原則で、当然守らなければならないものです。平たく言えば、自国の政策に他国は口を出すなということでしょうが、これは、その政策が自国内のことだけに関係し、他国に何らの関係も持たない場合に妥当するものです。しかし、ある政策が回りまわって他国に大きな影響を及ぼす場合には、他国が何らかの政治的アクションを起すことは当然で、それを「内政干渉」ということはできないと思います。韓国にとって戦前日本の植民地支配をめぐる問題は自国民のアイデンティティの問題といってもいいほどの重大問題で、この問題で日本が無反省の態度を取る(と韓国側が感じた)ことに対して抗議の声をあげることは韓国側からすれば当然のことでしょう。

しかしそれにしても、教科書の内容にまで立ち入って抗議するのは異常ではないでしょうか。

韓国が外国である日本の教科書の内容にまで口をはさむことに違和感を覚える人は多いと思います。しかし、先にも触れたように、この問題には長い歴史的背景があるのです。1982年の教科書問題の際に文部省審議会は「国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていることとする旨を検定の基準に加える」とはっきりとうたっているわけです。1995年の村山首相(当時)談話が日本政府の公式の見解であると田中真紀子外相などもことあるごとに繰り返しています。ならば、こうした対外的約束が守られていないと韓国側が判断した場合、それに抗議をするのは仕方ないのではないでしょうか。

それにしても何か日本側が一方的にやられっ放しのような感じがするのですが。

日本政府が、自国の教科書政策について責任を持つというのならば、韓国に対して日本の教科書は何ら問題がないとはっきり言うべきでしょう。ところがそうは言えないし、言わない。なぜでしょう。私の見るところ、それは日本の教科書行政が抱えている矛盾から来るのです。

と言いますと、具体的には……。

『新しい歴史教科書』という問題の教科書は、これまでの教科書とは違って日本の歴史的地位をことさらに美化、称揚し、正当化する特異な本です。とくに朝鮮半島の植民地化について、日本防衛のためやむを得ない正当な行為であったかのような記述があります。ところが、このような本であっても文部(科学)省は検定不合格にはできない。なぜなら、検定は教科書の事実性、科学性を検証するもので、個々の教科書の歴史認識には立ち入らないという建前があるからです。もちろんこれは建前で、実際には文部省は過去において著者の歴史認識を踏みにじる介入をしてきました。しかし、それは表向きあってはならないこととされています。従って、『新しい歴史教科書』のような本であっても、事実関係において著しい過誤が認められない限り、一概に不合格とはできないのです。

じゃあ、文部省は別に不当なことをしているわけではないと……。

不当と言うよりも、私は現在の日本政府の政策それ自体に矛盾があるのだと考えています。つまり、日本政府は戦争責任を認め、教育行政にもそれを反映すると対外的には表明しながら、いざ、それに反するような教科書が提出されると、「教科書の内容的評価には立ち入れない」という建前論で、これを合格にしてしまうのです。教科書検定が単に事実誤認や校正ミスのようなものをチェックするだけのものならば、そもそも今回のような問題は起きませんでした。韓国は1982年の教科書問題などを通じて、日本の文部省が教科書の内容に一定の影響力を振るう権限を持っていることを知っています。だからこそ、『新しい歴史教科書』のような教科書が出てきた場合、その影響力を行使して内容を是正するか、または不合格にもらいたいと考えるのです。それに対して日本政府は、「政府としては教科書内容にまで立ち入れない(明白な歴史的事実の誤認がない限り修正要求はできない)」としていますが、それは韓国側は絶対に納得できない。単に日本政府が責任逃れをしているだけと受け取るでしょう。当然ではないでしょうか。

するとセンセーは、不適当な歴史認識の教科書は文部省検定で落としてしまえとお考えですか。

正直に言うと、私は現在の検定行政そのものに批判的です。なぜなら、現在の検定は単に文字の間違いや校正ミスのたぐいを訂正するものではないからです。数学や理科などの場合はそれほど問題ないのかも知れませんが、社会科、とくに歴史教科書の場合、言葉づかいひとつとっても著者の歴史認識が濃厚に反映されます。極端に言えば、一種の文学作品のような性格を歴史書は持っています。教科書といえど、この性格は基本的には変わりません。これまで文部省は、そのようなところにまで介入して、著者の歴史認識に抵触する修正を強要してきました。そのことは家永教科書訴訟などの中でずいぶんと明らかにされています。だから、『新しい歴史教科書』を「内容にまで介入できない」という理由で不合格処分にしないのが文部科学省の方針であるならば、いちばん最初からその方針で貫き、単なる文字の間違い、あるいは明白な事実誤認に限って検定をすればよかったのです。残念ながら文部省はそうはしてきませんでした。これが問題の根本です。このような検定制度を日本が持っている以上、それを行使しないという「不作為」が、対外的には日本の「作為」と受け取られるのです。つまり日本は、戦争責任を認めず、韓国に対する侵略も認めず、そういう教育を子供たちにしようとしている、と。

要するに、センセーのお考えでは、解決方法はどうなりますか。

解決の方向はふたつあると思います。いちばん現実的なのは、近隣諸国との友好親善のため、その精神に反する教科書は記述訂正を求めるか不合格にすること。この場合、政府の責任において、その教科書が「友好親善の精神に反する」と認定するわけですから、個々の歴史記述の当否は問題になりません。文部科学省は明確な事実の誤りがない限り教科書の書き直しは求められないとしていますが、政府の基本方針が「近隣諸国の国民感情に配慮する」ことにあるのならば、その観点から記述訂正を求めることは可能なはずです。もうひとつ、これはかなり非現実的ですが、今回の検定合格はそのままにし、そのうえで現行教科書検定制度を廃止(または最低限のチェック機能だけ残す)して、どのような教科書であっても学校現場での使用を許すよう政府の方針を大転換すること。この場合、今後は教科書内容に日本政府は何ら直接的な責任を負わず、従って韓国からの抗議があったとしても、筋違いとして退けるしかありません。私としては、あえて冒険ではあっても、そのくらいの大変更をしなければこの問題について日本国民が本当に真剣に考えたということにはならないのではないかと思っています。

ふたつとも、そうはならないのではという気がしますが。

教育と政治の関連は難しいものです。余りに理屈だけ先行させるのも現実離れします。実際問題として、日本政府の戦争責任政策がしっかりしたものであれば、教科書問題をめぐってこれほどもつれることはなかったでしょう。1982年の教科書問題の際に日本政府は政治的な判断を下して、これを決着させました。このような政治的配慮が必要かどうか、やっていいものかどうかについは議論があります。家永教科書訴訟の際、家永側は検定そのものが検閲であり違憲であるとの立場をとりました。この判断は裁判所のものとはなりませんでしたが、検定が恣意的なもの、文部省の裁量範囲を超える場合は違法となることは、教科書裁判の中で明らかにされています。従って、教科書検定制度を前提とするならば、検定基準を明確にし、近隣諸国の国民感情に照らして明らかに不適当な教科書に対して記述訂正を求めることは、日本政府の責任においてできるはずです。しかしそうはしない。なぜか。その理由も、私にははっきりしているように思えます。そもそも、「新しい歴史教科書を作る会」というのは、日本の教育を憂える一部の知識人のボランティア的団体かというと、これが必ずしもそうではなく、その背後には自民党議員、財界の大立者などが賛同者としてずらりと顔を連ねています。別に賛同してもいいではないかという声も聞こえてきそうですが、私はとてもそうはナイーブに考えられない。この会の背後には恐らく非常に堅固な政治的意図と計画がある。それはとても大きな影響力を持っているもので、文部省の検定官がどうこうできるような柔なものではない。そう考えるのです。ですから、文部省がこの教科書を検定で記述修正させる(実際、かなりの修正意見をつけたようですが)、あるいは不合格にさせるというようなことは、政治的な力関係からしてできない、そう思うのです。こうなってきますと、結局は政治の問題、日本人の政治意識、歴史意識の問題になります。日本の政治家、財界人、文化人の中には、この教科書と同じく日本の過去を美化したい、褒め称えたいという、保守的な感覚の人たちがいます。その人たちが政治の中枢を占めるような現実が日本にある限り、この問題は決して解決はできません。

最後はかなり悲観論ですね。日本人の歴史認識のどういう点が問題なのでしょうか。

戦争責任問題とは、つまるところ1930年代の日本の軍国主義的侵略政策を認めるかどうかという問題です。日本の政策の詳細な経路、政府内部にあったさまざまな路線の交錯、欧米諸国の動向、アジアをめぐる国際関係などについては、いろいろな意見があります。第二次世界大戦が日本の侵略政策「だけ」で生じたものでないことは当然です。しかし、それらのさまざまな論点についていかなる立場をとるものであっても、日本が1931年の満州事変以後にとった拡張主義的行動は、アジア太平洋戦争のもっとも重要な要因のひとつであったことは間違いない事実であって、それを認めないのは私にはちょっと理解できません。繰り返しますが、第二次世界大戦にいたる道筋は日本だけが作ったわけではない。その意味では戦争責任は日本だけにあるのではない。ある意味では、アメリカをはじめ欧州諸国にも応分の責任はあると私は思っています。しかしそのことは、日本がこの戦争の主たる参加者であったこと、日本に対して侵攻してくる気配のない大陸中国に自分の方から侵攻して行ったのが日本であったこと、戦場において残念ながらさまざまな残虐行為が日本皇軍の名においてなされたこと、これらを否定するものであってはならないと思います。日本の行動の動機が欧米諸国に対する対応であったり、アジアでの自国の植民地化の危機への対応であったりしたかどうかは、仮にその見方に論拠がないわけでないとしても、この場合は関係ありません。問題はいわば単純です。日本の侵略的政策を認めるのかどうか。そういった基本的な認識を日本政府がとるかどうかが問われているのです。残念ながら私は、日本政府、日本社会の上層部の人たち、日本の文化人の一部の人たちが、こうした歴史認識を持っているとは思えません。この現状がある限り、教科書問題に限らず、日韓関係はこじれ続けるでしょう。

 2001/07

 

トップページに戻る