
|
小泉首相の靖国参拝は許されるか |
|
小泉首相がとうとう靖国神社を参拝しましたね。 |
|
小泉さんが自民党総裁選などのときに言っていたのは、戦争で亡くなった戦没者の方々を参拝するのは人間として自然の感情だとのいわば人情論ですね。これまで自分は8月15日に毎年靖国に参拝してきた。総理になったからといって人間小泉の気持ちがくるっと変わるのは逆に変じゃないか。中国や韓国が何と言おうと、この感情は誤魔化せないということでしょう。それは分かります。 |
|
意外と好意的ですね。センセーも小泉ブームに乗っかりましたか。 |
|
どうでしょうかね。それはともかく、靖国の問題はいくつかの難問が重層的になっていて、そのおかげで問題の本筋がどこにあるのかを見てとるのがとても難しくなっていると思います。 |
|
と言いますと……。どういう風に重層的なのですか。 |
|
例えば、憲法の政教分離原則に照らして総理大臣の靖国神社参拝が憲法上許されるかどうかという議論がありますね。この政教分離という憲法上の原則はもともと近代ヨーロッパ思想の産物ですが、これはそもそも国家が特定の宗教に便宜を与えたり、逆に迫害したりしてはいけないという意味であって、政治家個人がいかなる宗教活動もしてはならないという意味ではありません。現在総理大臣の任にある小泉純一郎氏個人が宗教活動をしても何の問題もありません。例えば、ちょっと不謹慎な例ですが、小泉氏のどなたか肉親が亡くなったとして、その葬儀はおそらく、仏教か神道かキリスト教か分かりませんが、何かの宗教スタイルをとりますね。その葬儀に小泉氏が喪主として参列したとします。そういうのは全然問題ないのです。当然のことです。 |
|
はあはあ、なるほど。それはそうかも知れませんね。しかし靖国となると話は別でしょう。 |
|
問題はそこなのです。靖国となると話は別になってしまうのです。もっとも、この場合でも問題は単純ではありません。私は小泉氏が個人として神社に参拝する権利は完璧にあると思います。個人の信教の自由は憲法が認める原理であって、その個人がどのような立場であってもこれを侵すことはできません。その神社が靖国であってもです。 |
|
じゃあ中国や韓国の反対は理由がないのですか。 |
|
私がここで言いたいのは、中国や韓国は小泉氏の靖国参拝を日本国憲法の政教分離違反だからといって反対しているわけではないということです。中国や韓国の反対の理由は別なところにあります。つまりそれは、歴史教科書問題などと同じく、日本政府が戦争責任を認めていないという点です。ある意味では中国や韓国は普通の日本人が感じている以上に靖国神社の政治的、歴史的性格を敏感に嗅ぎ取っているところがあります。戦前、靖国神社は国家によって運営され、国のために戦って死んだ兵士を悼む場所として位置付けられていました。それこそ文字通り政教一体そのものでした。憲法の政教分離原則は、靖国神社にまつわるこうした日本のあり方に対する反省から生まれたものであって、単に政治と宗教は別だという単純な意味ではないのですが、それはともかくとして、そもそも戦後の軍国主義否定、平和国家日本の国是からすれば、一民間宗教機関に「格下げ」された靖国神社に、日本兵士の「英霊」が祀られているという公的な位置づけを政府がするなどということは考えられないことなのです。 |
|
日本政府は靖国神社を公的に位置付けているのですか。そんなことはないのではないですか。 |
|
ところが、そんなことがあるのです。靖国神社側の言い分を聞いても分かるとおり、そもそも神社の御祭神として誰を祀るかを決定する基準は厚生省と都道府県からの名簿に基づいて行なっていたそうです。いわゆるA級戦犯の合祀もこの名簿に基づいて行なったことであって、靖国神社が勝手にやったことではない。いわば公的なお墨付きをいただいたものを靖国神社として合祀しているということです。この靖国神社を自民党政治家はいずれは国家護持したい、それができなくても公的に参拝するシステムを作りたい、それすらできないならせめて国会議員や閣僚が個人的にお参りするという形で、国民に靖国神社の意味、つまりは国のために戦うということの意義を分からせたいとしてきました。中曽根氏や橋本氏などが、靖国にこだわった理由はここにあります。つまり日本政府は、戦後の日本国憲法の精神である軍国主義否定、平和主義という根本原理に基づいて、靖国神社のような国家のために死んだ兵士を祀る施設を公的管理からはずしたにも関わらず、実際には戦前ほどではないにしても、それに準ずる位置づけを靖国神社に与えていたのです。こういう歴史があるものですから、今回小泉氏が「個人的感情」を強調して靖国に行くと言い出したとき、中国や韓国は首相の個人的宗教活動(「お参りする」というのは宗教活動です)などというナイーブな理屈付けには納得しなかったのです。 |
|
なるほどそうですか。しかし、それにしても日本国民の側から見ると、中国や韓国の反発は逆に日本国民の感情を逆なでするものではないですか。「外圧に弱い日本」に国民はもううんざりしているのではないでしょうか。 |
|
私もそれは感じますね。私が重層的な問題と言っているのも、そのことと関係があります。自民党山崎幹事長の言い分などを聞いていますと、小泉氏が靖国に行きたいという感情は分かるが隣国が反対するから国益上やらない方がベターだという風に聞こえますね。つまり外交的配慮だ、と。野党もしきりに「アジア諸国の国民感情に配慮して」という言い方をします。一見して妥当に聞こえるこの言い方は、実は問題の本筋をぼかす効果も持っています。というのは、靖国問題というのは実は戦後日本政治の底に常に流れている戦前回帰のイデオロギー装置そのものなのです。国家主義的、というよりむしろ、「お上」の権威にひれ伏す「公」至上主義といった方がいいと思いますが、日本人の国民感情の深いところに必ず存在しているこの魔物が靖国問題の本質です。もっとはっきり言えば、仮に中国も韓国も何も言わないのだったら、小泉氏が靖国に行くことは日本人にとっては何の問題もない。むしろ素直な国民感情だという風に許容してしまう。こういう歴史健忘症に私たちはかかっています。本当は、靖国に行くかどうかは日本国民一人一人の歴史に対する態度に関わる問題として考えるべきなのです。そのうえで、靖国の意味を認めて参拝する人もいていいでしょう。その中に政治家がいても別に不思議ではない。問題は、靖国神社を国が特別扱いして、そこに「国家殉難者」を祀ることを公的に承認することにあるのです。ここにはふたつ問題があります。ひとつは靖国「神社」という宗教法人を国家が特別扱いすること、これはまさしく政教分離違反です。もうひとつは、「国家殉難者」を祀ることそれ自体で、もしもこれをしたいのなら憲法平和主義についての国民的論議を経たものにする必要があります。小泉氏が「国難に殉じた方々に哀悼の誠を捧げたい」と本当に思うなら、途中で挫折せずに初心を貫徹したらいい。それを近隣諸国の反対があるからという理由で日にちをずらしながら、実は何の問題の解決にもなっていない靖国参拝によって、その自分の思いが事足りたかのような態度をとるから、国民の目には「また外圧に屈した」としか映らないのです。こんなことをしていたら、国民はそのうち外圧フラストレーションになって、それが狭隘なナショナリズムに傾斜していかないという保障はないと思います。 |
|
それにしても8月15日ではなく13日に靖国参拝をしたことで、これから小泉内閣は何か変化があるでしょうか。 |
|
私は小泉ブームというのは単なる偶然ではないと思う。構造改革が国民的課題だということはもちろんあります。森前首相が悪すぎたとか、田中真紀子がいるとかもあるかも知れませんが、それだけではない。ましてや小泉氏がリチャード・ギアに似ているなどではない。私は、小泉氏が非常に念入りに行なっているパフォーマンスが功を奏しているとみています。 |
|
と言いますと……・。 |
|
一言で言えば、「受け入れられやすい政治」の演出ということです。ハンセン氏病のとき、小泉氏は国民にとても受け入れられやすい戦術をとりました。「法律論としては疑問があるが、ここは曲げて被害者の無念を優先させよう」というパフォーマンスです。ハンセン氏病問題は見事に功を奏しました。私はたぶん京都議定書もこれでやろうとしていると考えています。 |
|
京都議定書もですか。米国に擦り寄りすぎと批判されているのではないでしょうか……。 |
|
小泉内閣は米国の京都議定書離反を何とか食い止め、米国も参加しうる枠組みを模索しようという態度を今のところ取っていますが、おそらく、米国が如何にしても参加してこないとみれば、米国抜き批准に踏み切ると私は予想します。「対米政策上はマイナスだが、ここは曲げて国民世論・国際世論を優先させよう」というパフォーマンスです。このパフォーマンスの弱点は、それが単なるパフォーマンスだということです。小泉氏には内外政ともに一貫したビジョンがあるとは私には思えません。構造改革にせよ、対米政策、対アジア政策にせよ、あらかじめ何か明確なアウトラインがあるのではなく、そのときそのときの判断で切り抜けるという特徴がある。しかもその切り抜け方が国民に理解されやすい。一種のポピュリスト政治家ではないでしょうか。 |
|
すると今度の靖国も一種のパフォーマンスだと? |
|
小泉氏はここ数週間、国内で靖国参拝慎重論が大きくなっていくのを待っていた節があります。田中外相だけでなく、与党3党幹事長が慎重論を出してきたこと、これに加藤元幹事長などの慎重論などが出揃ったのを見届けて、参拝方針を微修正したわけです。しかし私は、小泉氏が13日にいきなり参拝の実力行使に出たことが、彼のパフォーマンスの効果を減じたかも知れないなと感じています。なぜかというと、国民は靖国問題で小泉氏がどう決断するか、それを小泉氏本人の口から聞きたかった。どれほど国民を納得させる言述をするかを見たかったんだと思います。ところが言う前にいきなり九段に行ってしまった。既成事実をとにかく作り、あとはそれを糊塗する。一種の「逃げ」「判断停止」と国民は判断するのではないかと感じます。 |
|
ところでセンセーの専門のドイツの事例から見ると、今回の問題はどうなりますか。 |
|
ドイツで戦没者を追悼する場合、その政治的意味を常に考えざるを得ません。なぜなら戦没者には必ずナチス党員や親衛隊員が入ってくるからです。1985年の有名な敗戦40周年演説の中で、大統領リヒャルト・ヴァイツゼッカーは追悼すべき人々として、ユダヤ人、ポーランド人、ドイツ軍兵士などと敵味方を越えて列挙しましたが、もちろんそこではナチス党員、親衛隊員たちのことは慎重に言及を避けています。公的な立場で戦没者を追悼するとき、ドイツでは常にこうした政治的配慮をせざるを得ないのです。これを破ったことで大騒ぎになったのが、やはり1985年に起こったビットブルク墓地事件です。 |
|
レーガン大統領が西ドイツのビットブルク墓地に参拝したときのことですね。確かあのときは、ビットブルク墓地に親衛隊員もいっしょに葬られていたことが問題でしたね。 |
|
そうでした。当時の西ドイツ首相ヘルムート・コールはアメリカのレーガン大統領にドイツ人戦没者墓地に詣でてもらうことで、戦後40年にして連合国と枢軸国という敵味方の関係を清算しようと図ったのです。その背景には、英仏米などの旧連合国側の戦後40周年式典に西ドイツ首相が招かれなかったという事情もありました。コールとしては何としても西側諸国から「仲間うち」として認めてもらいたかったのでしょう。ところがこのビットブルク墓地には親衛隊員の墓もありました。それで問題が明るみに出たわけです。 |
|
靖国にA級戦犯が合祀されているという問題とちょっと似ていますね。 |
|
私は1992年にビットブルク墓地を訪問したことがあります。のどかな田舎町で、向こうに見える小高い丘を越えるともうルクセンブルクという国境の町です。墓地に入ると墓のプレート上に「SS」(親衛隊)の文字がはっきり書かれていて、ちょっと驚きました。何故かといえば、SS隊員であったということは故人に決して名誉なこととは思えなかったからです。たまたま近くにいた町の人に伺ったところ、「SSって言ったって10代の若者で、一般ドイツ兵と全然変わらないんだ」ということでした。私はこれを聞いて普通のドイツ人の感覚が分かったような気がしました。ドイツの町を歩いてみますと、ときどき戦没者慰霊碑のようなものがあって、そこに第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦没者、それもその地域出身のいわば郷土の守り手たる戦没者たちの栄誉が刻まれています。第一次世界大戦のことが目立ちます。これも、第二次世界大戦だけの戦没者記念碑を建てることがやや憚られるドイツの事情があるのかなと思いました。いずれにせよ、ナチス党員であれSS隊員であれ、あるいは一般軍人であれ、戦争の中で非業の最期を遂げた若者を祀りたいという気持ちは日本人もドイツ人も大差ないという気がしました。 |
|
意外ですね。ドイツでも日本と同じとは。ドイツは戦争を真剣に反省しているのではないのですか。 |
|
ドイツの「過去の克服」の意味を考えるのは簡単ではありません。 ここで細かく議論できませんが、少なくともはっきりしていることは、公的な場でナチと一般軍人を区別しない議論をする余地はドイツにはまだないということです。ビットブルクはいわば数少ない例外と言えるでしょう。しかし、心情的なレベルでは、死んでしまった人に差別をつけることへの違和感はドイツ人の場合もあると思います。それを政治的発言にしないという政策がドイツの「過去の克服」政策なのです。この点で、小泉氏のように個人的感情を臆面も無く前に出す日本の政治家のやり方はドイツ人には理解できないでしょう。 |
|
この先、日本の戦争責任問題、アジア諸国との関係はどうなるでしょう。 |
|
1995年の村山首相(当時)談話がひとつの節目でした。その後、戦争責任問題は徐々に薄れる方向に行くかも知れないと思っていましたが、今回の歴史教科書問題と靖国問題で10年ほど前に戻ってしまった感じがします。私は戦争責任問題はアジア諸国との外交関係である以上に、日本人の国民的アイデンティティの問題だと思っています。自分たちが世界の中でどのような存在なのか、それを歴史的に、また冷静に回顧するというのが戦争責任問題の本筋だと思います。アジア諸国からの批判があるからという発想で対処するのではなく、自らの過去を自らが引き受ける責任ある態度こそが私たちに課せられた歴史的課題なのであって、それを自分たちに甘く、責任を回避する方向のみを探るような安易な態度に終始すれば、それはアジア諸国にとってではなく、日本人自身にとって致命的なマイナスになると思います。 |
|
やはり日本は不幸な過去を背負ってしまったと……? |
|
私は日本が戦争責任問題を抱えていることが日本の弱みになるとは思いません。むしろ、過去に深刻な問題を抱えているからこそ、それがなければ考えずに済んだことも考えざるを得ない立場に置かれるわけで、その意味では私たちは得がたい地位にいると思います。この地位こそ、先人たちが私たちに遺した貴重な遺産でしょう。1930年代から40年代前半に生きていた先人たちは、日本の歴史上例を見ない激烈な体験を強いられました。この人たちの不幸を考えることは、同時に、海の向こう側にいた先人たちの不幸を考えることです。連合国やアジア諸国が一方的に日本の戦争責任を押し付けてきているといったネガティブな考えにとらわれるのでなく、戦争一般のメカニズムと、その中で日本国家が果たした役割を深く抉っていくことが私たちの課題です。それは私たちにとって、決して恥ずかしいことではありません。むしろ勇気ある振るまいと見なされて然るべきです。重い歴史から逃れられないという課題を負ってしまった国民という地位を私たちはむしろ積極的に受け入れるべきではないでしょうか。 |
2001/08/14