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戦争責任とは何か |
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戦争責任というのは「戦争をした責任」という意味ですか。もしそうだと、歴史上、戦争をした国は全部戦争責任を持っているのですか。 |
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もちろん違いますね。そんなことを言ったら、日本やドイツだけでなく、アメリカもイギリスも、ソ連も中国も、いや、韓国や北朝鮮だって戦争責任があるということになってしまいます。 |
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そうすると、ただ戦争をしたというだけではなく、何か別の要素が加わりますね。最初に戦争をしかけた責任という意味ですか。 |
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まあ、それに近いでしょうね。 |
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何か戦争責任の定義みたいなものはあるのですか。 |
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戦争責任という言葉の定義はないと思います。ただ、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判と東京裁判で、侵略戦争を計画し開始し実行したという「平和に対する罪」という考えが定式化されています。東京裁判で使われた極東国際軍事裁判所憲章から引用しておきましょう。 「平和に対する罪 すなわち、宣戦を布告せるまたは布告せざる侵略戦争、若しくは国際法、条約、協定または保証に違反せる戦争の計画、準備、開始、または実行、若しくは右諸行為のいずれかを達成するための共通の計画または共同謀議への参加」 となります。 |
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例によって難しい言い回しですね。要するに侵略戦争や国際法違反の戦争を計画したり実行したりすると「平和に対する罪」になるということですね。 |
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そういうことです。ところで、国際紛争を解決する手段として武力を用いるのはやめようという考え方は、すでに第一次世界大戦後の国際連盟の時代からあります。国際連盟規約第12条は、 「連盟国は、連盟国間に国交断絶にいたるの虞ある紛争発生するときは、当該事件を仲裁裁判若しくは司法的解決または連盟理事会の審査に付すべく……、いかなる場合においても、戦争に訴えざることを約す」 としています。さらに1928年の「戦争放棄に関する条約(不戦条約)」は、 「締約国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを非として、かつその相互関係において国家の政策の手段として戦争を放棄することをその各自の人民の名において厳粛に宣言す」 としています。日本はいずれの条約にも加盟していました。あまり知られていませんが、国際連盟では日本は常任理事国すら務めていたのです。 |
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すると「平和に対する罪」というのは、第二次世界大戦後に突然出てきたものではないということになりますか……? |
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侵略戦争を開始したときの政治軍事指導者個人に対する刑事責任を追及するという意味では、「平和に対する罪」はニュルンベルク裁判と東京裁判のときが最初です。厳密に言うと、第一次世界大戦後、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が「国際道義と条約の神聖さに対する最高の罪を犯した廉で」訴追されていますが、このときはヴィルヘルム2世がオランダに政治亡命して結局裁判は行なわれませんでした。 |
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なるほど。しかし、そもそも侵略戦争という言葉自体はっきりした定義はあるのですか。 |
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これはひとつ問題ですね。国連で「侵略の定義に関する条約」を決めたのが1974年ですね。第一次世界大戦時はもちろん、ニュルンベルク裁判や東京裁判の時点でも、侵略戦争とは何かは必ずしも明確ではありませんでした。それはともかく、この「侵略の定義に関する条約」第2条は 「憲章に違反して武力を最初に行使することは侵略行為の明白な証拠となる」 としています。ここでの「憲章」とはもちろん国連憲章のことです。 |
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なるほど。そうすると、侵略と言う場合は「国連憲章に違反して」「武力を最初に行使すること」が重要な条件になるようですね。 |
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そこで国連憲章はどうなっているかというと、第2条に「国連加盟国の行動原則」というのがあって、 「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」 とあり、さらに、 「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」 とあります。つまり、紛争や対立があっても、それを解決するために武力を使用してはいけない、必ず平和的に解決するべきだということです。日本国憲法の平和主義もこれとまったく同じ理屈ですね。 |
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そうですか。すると、とにかく第二次世界大戦後、国際連合が成立して以降、加盟国には国際紛争の解決にあたって平和的解決義務が生じたということですね。しかし変ですね。国連はアメリカなどが作ったものですね。そのアメリカは例えばベトナム戦争でまさしくベトナムの領土保全、政治的独立を蹂躙して侵略したのではないですか。これは国連憲章違反にならないのですか。 |
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私はなると思いますよ。なると思いますが、しかし現実には国連でそういうことにはならない。国際政治の現実は、憲章であれ条約であれ、字面通りにはいきません。ベトナム戦争は侵略戦争の最たるものだと言って構わないのですが、しかしこれとてアメリカは「自衛のため」と称しました。ベトナム戦争の発端となったのは1964年のトンキン湾事件でした。この事件は、ハノイ沖合で米艦船が偵察活動をしていたのに対して北ベトナム側が発砲してきたという事件で、アメリカは「北」による不当な攻撃への対抗措置として、北ベトナム空爆を始めました。しかし、後にアメリカ国防省文書が暴露され、トンキン湾事件はアメリカ当局の意図的挑発であったことが今日では明らかになっています。ほとんど謀略に近い。いわば満州事変みたいなものです。 |
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東京裁判で満州事変の謀略的性格を暴いたアメリカが、今度は自分がそういうことをやるというのも皮肉ですね。しかしそれにしても、このベトナム戦争でアメリカの戦争責任問題は生じないのですか。 |
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ですから私は生じると思います。ベトナム戦争を指導したジョンソン大統領は東条英機と同様、平和に対する罪違反者として国際法廷で裁かれるべきでしょう。しかし、当然のことながらそうはならない。これが国際政治の現実です。こういうことが東京裁判に対する冷笑史観(「結局は勝てば官軍……」)につながっていると思います。もっとも日本政府にはそう言う資格はない。アメリカのベトナム侵略政策を物資補給、傷病者治療、軍事基地提供という面で全面的に支えたのが日本だったわけですから。 |
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話を元に戻しますが、そうすると戦争責任というのは、国際紛争などのときに平和理に解決しようとしないで、一方的に武力を行使して先に戦争をしかけた方に発生するんだけれども、現実の国際政治の力関係で必ずしもそう認定されていないと……。 |
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そこのところがまた微妙で、そもそも戦争というのはどちらかが先に手を出す、あるいは宣戦布告をすることで始まります。双方がまったく同時に武力行使をするというのは考えにくい。とすると、戦争があれば必ず先にしかけた国があるということになります。先にしかけた国に戦争責任があるなら、戦争があれば必ず戦争責任国が出るということになります。ところが、歴史を振り返って、このような意味で戦争責任が問われたのは第一次世界大戦と第二次世界大戦のときだけです。しかも、すでに述べたように、第一次世界大戦のとき指導者責任を問われたドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は戦後オランダに政治亡命し、結局裁判を免れました。結局、戦争を開始した責任を問われて指導者個人が裁かれた例は第二次世界大戦のドイツと日本だけということになります。ということは、戦争責任というのは通常の戦争の時には発生しないと考えたほうが、より実態に近いのです。 |
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どうも袋小路に入ったようですね。それでは国連憲章や侵略の定義に関する条約などは、そもそも何のために設けられたのですか。朝鮮戦争、中東戦争、アフガニスタン戦争、旧ユーゴ紛争、その他、現代史のさまざまな戦争についは、戦争責任問題は発生しないのですか。 |
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現実問題として発生しておりませんね。例外は旧ユーゴ紛争で、現在前セルビア大統領ミロシェヴィッチが裁判にかけられていますが、これは戦時の残虐行為の責任を問われているもので、開戦責任という意味での戦争責任を問われてはいません。 |
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すると、ニュルンベルク裁判でゲーリングらが、また東京裁判で東条英機らが死刑判決を受けたのは何だったのでしょうか。彼らは割りを食ったということですか。 |
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それは簡単には言えませんね。戦後の事態を見ると、ニュルンベルク裁判や東京裁判と同様の峻厳さで戦争犯罪人を裁いていないとは言えると思うのですが、それはむしろ戦後の方が問題なのであって、ニュルンベルク裁判の方を問題にするのは本末転倒ではないかということです。事実、最近になって国際刑事裁判所設立がいよいよ本決まりになり、これ以降、戦争犯罪、とくにジェノサイド(民族抹殺罪)と人道に対する罪について厳正に裁こうという動きが顕著になっています。遅ればせながら正義を実現させようという試みともいえます。ただ、国際刑事裁判所では侵略の罪については目下のところまだ適用されるかどうかは微妙です。ここで見られるように、戦争責任というのを侵略戦争の開始・実行という点に限定する限り、これを明確に刑事犯罪として扱うかどうかは現在においてもなお問題が多いと思います。 |
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なかなか難しいですね。戦争責任問題がこれほど難しいのはなぜでしょうか。やはり、何をもって侵略と見なすのかが難しいのですか。 |
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前に見たように、理屈だけで見れば戦争は侵略戦争と自衛戦争のふたつのうちどちらかです。それ以外に言いようがないのです。侵略戦争でなければ全部自衛戦争なのです。あるいは逆に、自衛のための戦争以外は全部侵略戦争だと言った方がいいのかも知れません。ところで、「侵略戦争をやるぞ」と言って戦争をやる国はないわけですから、諸国はすべからく「自衛のため」と言うわけです。日本が戦争を始めたときも、東条英機首相は「帝国の自存自衛のため……」に戦争を始めたのだと開戦の理由を説明しました。また、国民も為政者が「自衛のため」と言えば、すっかりその気になってしまう。いい例が私たち日本人ですし、ベトナム戦争時のアメリカ人でした。しかしそれにしても、こうして為政者も国民もこぞって「自衛だ」と言っているのに、いったい誰がどうやって「いや、これは侵略だ」と言えるのでしょうか。そういう公正なアンパイアみたいな機関がどこにあるでしょうか。ここが最大の難関です。 |
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ニュルンベルク裁判のときにはどうやってこの公正なアンパイアを決めたのですか。 |
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いや、ですから公正なアンパイアというのはいなかったわけです。ニュルンベルク裁判の開廷は英米ソ仏4ヶ国の会議で決められます。判事も検事もこの4ヶ国から出します。東京裁判の場合、この4ヶ国にあたるのは極東理事会を構成する11ヶ国でした。要するに連合国側が検事、判事を出し、被告席に枢軸国たるドイツと日本の政治軍事指導者がついたというわけです。これをもってニュルンベルク裁判や東京裁判を「勝者の断罪」と批判する見方があることはよく知られています。その批判の当否はともかくとして、とにかく侵略戦争の罪などを認定するにはどこかにアンパイアがいなければならない。第二次世界大戦後の混乱した状況の中で、平和時のようなシステムとして安定したアンパイア機構を設置するのは実際上難しかったでしょう。だからあのような不公平なやり方をとらざるを得なかったとも言えます。 |
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センセーのお話しを聴いていると、ますます戦争責任を問うということが困難になっているように思えます。これは歴史の後退でしょうか。それとも必然なのでしょうか。 |
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私としては、人間の自然な感情として、明らかに残酷で許しがたい、自分がその場にいたら目を背けたくなるような、一見して犯罪と認められるような行為こそ、司法的に断罪されるにふさわしいものだと思えます。戦争の開始、実行という極めて高度な政治的軍事的判断を要する問題について、これを司法的に断罪することが可能かどうか、適当かどうか、少なくとも今日の段階では疑問です。 |
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将来はどうですか。 |
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ニュルンベルク裁判や東京裁判が成立できたのは、第二次世界大戦直後という彼我の力関係が絶対的に連合国側に有利な、いわば連合国こそが国際連合そのものであるという時期だからこそでした(実際、国際連合 United Nations というのは「連合国」を表す言葉でした)。もしも国連が絶対的な権威をもつような段階になれば、あるいは侵略戦争の司法的認定も可能になるかも知れません。そのような歴史的段階が来ないとは断言できません。いや、意外と近い将来、そのような現象が生まれる可能性も否定できません。19世紀までの世界がまったくバラバラであったの対し、20世紀の百年間でこれほどまでに世界が一体化しました。21世紀の百年間のうちに、世界政府に近づくような国際的機構の整備がなされる可能性は否定できないと思います。 |
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最後はやや楽観的ですね。それはともかくとして、戦争責任問題というのは今後どうなると思いますか。 |
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戦争責任という問題を司法の問題として考える場合は、うえに述べたとおりです。しかしこれを国民世論、あるいは被害国・加害国の国民感情といった側面から見た場合、また別の見方もあります。日本が加害責任を認めて公表するまでに戦後50年かかりました。意地悪な見方をすれば、終戦時20歳の人たちが社会の第一線から退き、もう何を言っても自分たち自身の心の痛みにはならないという世代の人たちがトップの地位についた段階ではじめて「加害」を認めたのです。言うならば、お父さんがやった強盗殺人罪を、お父さんがもう70歳を越え、とっくに時効期間も過ぎた段階になって、その息子が「悪かった」と認めるようなものです。ドイツの場合、1945年にヒトラーが自殺しナチスの支配が現実問題として崩壊してしまったときに、すでに第二次世界大戦の最高指導者たちは第一線を退いたのだと思います。ですから戦後のドイツ指導部は(西でも東でも)、いちはやくドイツの加害責任を認めました。考えようによってはドイツの方が責任を認めやすかったのかも知れません。それはともかく、日本も一応は責任を認めています。すると今度は、その責任をどのように償うかという問題になります。従軍慰安婦問題はまさしくそのひとつでしたし、朝鮮人や中国人の強制連行労働者に対する賠償の問題もそれです。あるいは、アジアの犠牲者をどう弔うかという問題も今後出てくるでしょう。さらに歴史教育、平和教育といった課題もあります。こうした課題をこれからひとつずつこなしていくのが日本の課題になるでしょう。戦争責任問題は、今後は、歴史の問題というよりは具体的な改善計画の立案という問題として、日本は取り組まなければならないでしょう。現実は、靖国問題、教科書問題などをとりあげても分かるように、むしろマイナスの方向に進んでいます。こんなことではいけない。第二次世界大戦の日本の戦争責任は、むしろ戦後の私たちが進んで引き受け、そこから何か新しい創造的政策を打ち出すことが求められているのだと思います。それがなければ、いくら平和国民と言ったって、諸外国の方々はもとより、当の日本人本人が自分たちが本当に平和国民だとは思わないでしょう。 |
2001/08/20