天下の暴論/漫画家 さかもと未明

 『電車男』がヒットしてからでしょうか、黒縁メガネにチェックのシャツの浮世離れした方々が、
昔以上に秋葉原界隈を、闊歩するようになりました。
万一にも「ボクのエルメスに会えるかも……」なんて思っていないかと想像し、私胸が痛くてなりません。
だって、あのような美女があなたたちを好きになる可能性は、残念ながらゼロですもの。

 さらに申し上げると、幼女やメガネなどにフェティッシュでコアな発情の仕方をすることを「萌え〜」とおっしゃいますが、
それは、幼児性愛とフェティシズムという「変態性欲」であって、本来的な萌えではないと思うんですね。

 ロリータでなければ発情しないなど、諸外国ではチャイルド・ポルノ愛好者として逮捕されてもおかしくありません。
そういった犯罪スレスレの方々を「オタク」ともちあげ市民権をもたせてしまった
オタクブームが、私本当に口惜しくてなりませんの。

 そもそも、今のオタクといわれる方々に”オタク”と名乗る資格はありません。

 本来、オタクとは修行僧、もしくは修験者のようなものです。
コミュニケーション能力に欠けた引きこもりではありますが、俗的な欲望をあきらめる代わりに、
ひとつのことをつきつめていく異常な能力を獲得した人たちが真のオタクです。
ですから、クリエーターなどとして大きな力を発揮してきたのです。
オタクとはある種の優秀な人々の呼称だと私は思うんですね。 

 なのに「メイド喫茶」や「執事喫茶」にあふれる自称オタクの方たちを世間はもちあげ、いい気にさせている。
彼等は現実に適応できない、普通の恋愛ができないだけの方たちです。
それがオタクという類型に入ることで救われようとしているのが今のオタクブームだと私は涙を禁じえません。

 そもそも「萌え」とはもっと神聖な感情であり、オタクがもっとも大切にしてきたものです。
なのにそれが非常に下卑たところで解釈され広まってしまった。
本当のオタクの人たちはとても傷つき、さらに心を閉ざしているのではないでしょうか。
今のにわか「オタク」さんたちは、モノを作り出す能力もなければ、働く意欲もない。
実は単なる流行に踊らされている哀れな消費者さんなんですね。

 というのもオタク市場はコンテンツが何百万、何千万というターゲットに向かわないという特徴があります。
そのかわりセミヒットがあれば、フィギュアを作り、DVDボックスを作り、愛蔵版を作り、といったふうに、
同じものを何度も過剰ラッピングして、同じ人に売りつける。そういう金儲けのサイクルに取り込まれて、
ひたすらお金(しかも親のすねをかじっている方が多いですね)を使わされているにすぎない。
まさかと思いますが、もしもそんなことに気付かない世間知らずさんがいたら余りにお気の毒。
……というかただのバカ。いい加減気付かなくてはなりませんわ。 

 私もオタクの一人であり、かつてはひきこもっていた人間ですから、あえて心を鬼にして申し上げます。
私たちオタクはどうせ世の中に出ていってもいい目にあうわけがないのです。
だってオタクなんですよ!食い物にされるだけです。
ですから、もし「自分は本当のオタクだ」という矜持がおありでしたら、もう一度オタクらしく引きこもりましょう。
我々の本当の萌えと欲望は元々人にわかってもらえないところに価値があるのです。
もう汚い大人に利用されるのはやめましょうよ。
隠花植物として日陰に生きるのがオタクの正しいありかたなのですわ(はーと)