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シャクナゲの室生寺とボタンの長谷寺    宇陀市室生78   桜井市初瀬731-1


 今回の旅は、阪神高速ETC乗り放題パスを利用して、シャクナゲの室生寺とボタンの長谷寺を訪ねました。

 これまでに、何度か訪ねたことがありますので、交通渋滞を避けるため、まず、長谷寺に車を止め、直通バスを利用して、室生寺に向かい、その後、長谷寺に戻ってくるというコースをとりました。

 日頃の精進が良かったのでしょうか、お天気に恵まれ、しかも、大型連休中にもかかわらず、車の渋滞に巻き込まれず、快適な旅が続けられました^_^;

■ワンポイントアドバイス:この時期、長谷寺の駐車場は、通行規制で、加古川方面から進入できませんので、割高ですが、民間の駐車場を利用しました。
■満足度:☆☆☆
 7時30分に、加古川を出発し、長谷寺には、2時間ちょっとで、到着しましたので、10時30分発の室生寺行きの直通バスには、かなり、待ち時間がありました。

 この直通バスは、室生寺から長谷寺まで、45分ということで、10年以上も前に訪ねたときは、道が狭くて、ひどい交通渋滞に悩まされた記憶があります。

 そんな訳で、室生寺から参拝することにしたのですが、実際、道は、大改修されており、予定通り、45分で到着です。

 朝が早かったですので、先に、昼食を済ませ、太鼓橋を渡り、この表門の前を通って、仁王門に向かいました。
 大型連休の真っ只中で、しかも、シャクナゲが満開という時期ですので、大混雑を、覚悟していましたが、どういう訳か、かなり、ゆったりとしています。

 仁王門の向こうでは、お茶席が用意され、写真展も開催されるなど、観光客誘致に、いろんな工夫がなされています。

 そういえば、以前、長い間待って、やっとのことで、食事にありつけた太鼓橋の前の「橋本屋」も、閑散としていました。

 どうしたのかなと、つまらない心配をしながら、山門をくぐりますと、それを打ち消すかのように、新緑がまぶしく、お目当てのシャクナゲも満開です。
 仁王門を抜けると、この鎧坂です。

 階段の両側は、今が盛りと、シャクナゲの花が咲いてます。

 萌える緑と、絶妙のコントラストをかもし出して、眩しいばかりです。

 この階段を上ると、左手が、弥勒堂で、正面に、金堂がありますが、恥ずかしいことに、早くも、息があがっています。
 これが、弥勒堂です。

 三間四方、柿葺(こけらぶき)のお堂は、興福寺の伝法院を受け継いだものと伝えられています。

 元は南向きであったのを室町時代に東向きとし、江戸初期にも改造されたそうです。

 本尊の厨子入り弥勒菩薩像(重文)は、平安時代初期の作で、脇壇には、釈迦如来像(国宝)が安置されています。
 こちらが、金堂です。

 正面、側面ともに五間の、単層寄棟造り柿葺の建物は、国宝です。

 内陣には、一木造りの釈迦如来立像(国宝)を中心に、向かって右側に、薬師如来像と地蔵菩薩像が、左側に、文殊菩薩と十一面観音菩薩像が並び、その前に、運慶の作と伝えられる十二神将像が一列に並べられています。

 また、気がつきませんでしたが、本尊の背後にある板壁には、珍しい帝釈天曼陀羅図が描かれているそうです。
 金堂左手の、この石段を登りますと、灌頂堂(本堂)に至ります。 
 若葉が綺麗な灌頂堂(本堂)です。

 真言密教の最も大切な法儀である、灌頂を行うお堂で、真言寺院の中心であるところから、本堂とも呼ばれます。

 五間四方、入母屋造りの建物で、内陣と外陣を、板塀で区画しり、和様と大仏様の折衷様式です。
 本堂横の高い石段の上に、優しく立つ、この五重塔は、総高16.1mで、「女人高野山と呼ばれる」室生寺のシンボル的な建物です。

 屋外に立つ五重塔としては、我が国で最も小さいものです。

 檜皮葺の屋根や丹塗りの組物が、奥深い樹林に包まれて、格別の風情がありますが、平安時代初期の建立といわれ、法隆寺五重塔に次ぐ古塔です。

 平成10年の台風により、大きな損傷を受けましたが、平成12年に修復されました。

 修復間もない、五重塔は、こちらです。
 五重塔の脇を通る、この石段は、奥の院に続きます。

 原生林に囲まれた、急な石段を、何度も、何度も、休みながら、奥の院へ登っていきます。

 汗びっしょりで、息が切れて、ほっとした頃に、やっと、到着です。
 石段を登り切ると、この舞台造りの位牌堂と御影堂があります。

 弘法大師42歳の像を安置した御影堂は、板葺き二段屋根の宝形造りで、屋上の宝珠と露盤は、優品で、各地にある大師堂の中でも最古級のお堂です。

 その後、バス停まで戻り、時刻表を見てみると、直通バスより、近鉄室生口大野駅行きのバスの方が早く出発です。

 しからばと、今度は、バスと電車を使って、長谷寺へ向かいました。
 バスの終点、室生口大野駅の近くで、運転手さんが、この大野寺磨崖仏(まがいぶつ)を紹介されたので、急遽、1区間歩いて、戻ってきました。

 この磨崖仏は、興福寺の僧、雅縁が、笠置寺の磨崖仏を模して造立する事を発願し、宋人の石工、伊行末(いのゆきすえ)とその一派が、承元元年(1207)10月から1年かけて、線刻したものです。

 後光をかたどった光背の中におさめられた弥勒菩薩像の大きさは、約14メートルあります。
 その後、電車で、近鉄長谷寺まで戻ってから、長谷寺に向かいました。

 折角ですので、途中の、豊山法起院にも、お参りしましたが、長谷寺の創始は、興福寺の道明上人です。

 朱鳥元年(686年)、天武天皇のために、西の岡に、本長谷寺を建立し、銅板法華説相図を造って、奉納したそうです。

 その後、神亀4年(727年)に、徳道上人が、聖武天皇の勅願をうけ、東の岡に、後長谷寺を建立し、楠の霊木で十一面観音像を刻み、安置したそうです。
 仁王門から本堂へは、この「登廊」を登っていきます。

 約400段の、屋根付回廊形式の階段で、三つに分かれており、二ヶ所で、折れ曲がっています。

 天井から、長谷型灯籠が下がっていて、独特の雰囲気を醸し出しています。

 登廊は、長暦3年(1039年)に、建造されたと伝えられていますが、たびたび、火災で焼失し、現存するものは、明治22年(1889年)に、再建されたものだそうです。
 見事なボタンの花が、登廊の両側に植えられています。
 
 こちらは、本堂側から見た「登廊」です。
 登廊を登りきると、本堂です。

 木造建築物では、東大寺の大仏殿に次ぐ大きさです。

 長谷寺は、創建以来、何度も、火災に遭って、焼失していますが、この本堂も、慶安3年(1650年)に、再建されたものだそうです。
 本堂は、高い位置に建てられていますので、舞台上から、境内が、一望できます。

 中央の高い木が「天狗杉」で、先程、登ってきた、仁王門や登廊、そして、多くの堂宇が、手に取るように見えます。
 こちらは、本堂の舞台から見た、五重塔ですが、緑の木立に映える、五重塔は、格別、優美です。

 素敵な古都の春を満喫し、加古川に着いたのは、午後7時でした。

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