日本での獅子舞


獅子は仏教と共にやってきようです。(飛鳥時代)

現在は神楽(かぐら)として定着している獅子舞の獅子ですね。
中国での幻獣の特徴が見てとれます。
このときの獅子の特徴は松原の獅子にも多く見られます。
播州地方で多く見られる毛獅子とは、あきらかに特徴が違います。
ただし、伝来してからも地域によって独自の変化をしたようで、神楽を毛獅子で舞う地域も多数存在します。



神楽獅子の特徴です。

まず、獅子の身体を表す、あの布に注目していただきたい。

緑色をしています。中国では獅子の身体の色は緑だと考えられていました。
それは、文殊菩薩が騎乗する獅子の色が緑だったからだと言われているそうです。
この獅子を、通称「青毛獅子」という。緑の事を昔は青って言ったんですね。
(なぜ緑なのか。それはいろいろややこしいみたいで、僕には理解不能。ヒンドゥー教に関係があるらしいのですが。中国の手前がインドだしね。)

←獅子の模様
緑の布に渦巻紋
写真は松原村の獅子のモノ


次に注目していただきたいのは、その模様。

唐草模様だと思っている人もいるでしょうが、正しくは渦巻紋なんです。

なぜ獅子にこのような模様があるかというと、実は、ライオンのなごりであるといわれています。

古代アッシリアまで遡ってみますと、
レリーフにあるライオンの肩の所には、必ず、この渦巻紋がついています。
これは、実際に若いライオンに一時的に現れる「つむじ」を文様化したものだそうです。
それが、時間と距離を経て伝えられていくうちに全身に描き加えられるようになったようです。

↑お旅山 山頂の狛犬
よく見ると「渦巻紋」があります。
←上の写真を拡大して、
ちょっと見やすくしました。
全身にありますね。


獅子の違いは?

ところで、同じ日本の獅子でも、地域によっていろいろ違いがあります。

どうやら同じ獅子でもルートが違うようです。

まず、神楽獅子と呼ばれる獅子は中国本土から直接、伝わってきたようです。
  (これは、獅子の形状の特徴を見ても明らか。)
あとは、中国から朝鮮半島を経由して伝わったもの。
さらに、朝鮮半島経由で東南アジア・台湾・琉球経由で伝わったもの。
以上3ルートあるようです。

伝わる過程で独自の変化があったのでしょう。また、日本に伝わってからも地域によっても変化したのでしょう。

  
神楽って何?

 ちょっと太神楽師のはなし

   太神楽の起源は平安時代とされ、「散楽」という曲芸がその源といわれています。

   元祖は尾州熱田(愛知県)の説と、伊勢(三重県)の説があります。
   しかし、太神楽が人々の人気を集め始めたのは江戸時代の頃とされ、その頃は伊勢神宮が、
   大変信仰を集めており、庶民の願望・流行が「お伊勢参り」だったそうです。
   そこで、伊勢神宮・熱田神宮の神官の子弟が、獅子頭を持って各地に出張し、
   お札を配って廻りました。当時は「代神楽」と呼ばれたようです。

松原の獅子は、この代神楽の流れを受けていると推測されます。


↑熱田神社 
「草薙の剣」を御神体

「草薙の剣」の話
 八岐大蛇を退治した時に出てきた剣。
 日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国遠征の時、
 賊の計に掛かり火攻めにあった。
 この時にこの剣を使って周囲の草を薙ぎ払い、
 反対に迎え火を起こして難を逃れた故事からこう呼ばれました。

 壇ノ浦の合戦で安徳天皇の入水とともに海底に沈みましたが、
 後に引き上げられたという話の中でも、
 この剣は見つからなかったとされており、
 第84代順徳天皇即位の時(1210)、
 伊勢神宮の倉から1本の剣が選ばれて
 三種の神器の一つに加えられた。

 (その後、壇ノ浦から剣がひとりでに浮かび上がり、
 その剣をある法師が発見したとかいう話なども現れている。)


とにかく、日本書紀などにも出てくる由緒正しい神社なのだ。

もちろん国の重要文化財です。←熱田神社の事ね。

草薙の剣は三種の神器のひとつです。


話はそれますが、「獅子舞」が伝来する以前に、すでに「シシ舞い」はあったようです。

ただし、この「シシ」とは鹿のことで、昔は鹿を「シシ」と呼んでいたんですね。
今の獅子舞は「シシ舞い」との混合だという説もあるようです。鹿は神獣ですしね。
(1500年くらい昔の話ですけれど。)

中国での獅子舞


他ページで獅子の起源について書きましたが、まだ獅子は舞っていないですね。
いつ頃から舞うようになったのでしょう?

どうやら、いろいろと説はあるようです。中国での有力とされている2つを紹介します。

  ○江南地方を遊休した夜、「五色の色彩豊かな聖獣が、愛嬌を振りまいて立ち去る夢」を見た清朝の乾隆帝は、
   宮中の名匠たちに夢に見た聖獣の姿をそっくりに作らせ、2人の舞い手を中に入れて躍らせた。
   帝は軍の士気を高める為にも、武術のほかに日々、獅子舞の練習をさせ、朝廷の式典でも、祝いの舞いとしても踊らせた。
   それが地方の軍人にも伝えられ、民間にまで広まった。

  ○広東地方の村落で、村民を襲っていた凶悪な獅子を、村内にいた武芸の先生が成敗しに行ったが、3戦3敗に終わった。
   個人の力では勝てないことを悟った先生は、村民全員に武芸を教え、力を合わせて獅子を退治することができた。
   村民が勝利の記念に獅子と舞踏家との格闘の様子を踊りとして舞い、それが、中国各地に広まって獅子舞となった。 

   (広東省のある村で、毎年の大晦日に「年(ニェン)」という怪物が現れ、
   人を傷つける事はなかったが、田畑の農作物を食い荒らし、人々を困らせていた。
   この「年」は、一角で大きな顔、鈴のような目と7色の身体で「ニェン」という奇声を発し、風のごとく現れては消えていっていた。
   この怪物に困った人々は竹と紙で頭を、布で身体を「年」そっくりに着ぐるみを作り、
   出現と同時に太鼓や銅鑼(ドラ)を鳴らして踊り、この怪物を追い払った。
   それから毎年、大晦日の夜、豊作祈願、新年を祝う舞として各村々に伝わっていった。)



現在、中国での獅子舞は原色キラキラのもので、曲芸なんかもしているようです。
朝鮮半島・台湾の獅子舞も中国に近いかな?
沖縄の「シーサー」は、実は本土の「しし」である。という説もある。
シンガポールの守護獣「マーライオン」は、まさにライオンですし、
スリランカもライオンを聖獣としています。
イランやイラクの遺跡では、有翼に獅子(頭部は人間だったり、鷲だったり)が、多数出土しています。
バリ島の「バロン・ダンス」というのが、正月の獅子舞のルーツだ。とする説もあるようです。


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