善利組足軽倶楽部 |
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| リンク | 渡邊弘俊のHP | NPO法人 彦根景観フォーラム | 彦根教育委員会 文化財課 |
| 「足軽」とは「足軽く疾走する歩卒」の意味。 戦国時代以降は、合戦が集団戦に変化するなかで、足軽はその主力として重要な役割を担っていました。 彦根藩では、足軽1120人を鉄砲組と弓組に分け、さらに鉄砲50人を1組、40人組を5組、30人組を25組、 弓組は6組と合計37組に編成していました。 この足軽組を預かっていたのが、1000石〜300石取の「物頭(ものがしら)」で、戦時には「足軽大将」として足軽組 の指揮をとっていました。足軽には、通常、22俵3人扶持が与えられていました。 彦根藩の足軽組は中藪組が慶長11年(1606)に設置され、「善利(せり)組」「切通(きりとおし)切通上組」 「切通下組」「大雲寺組」「北組」「中組」で構成されていて、彦根城を取り巻く三層の濠の外に位置 していて、彦根城とその城下町を守備していました。(現在は外堀は埋め立てられて道路になっている) |
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| 「善利組」は元和3年(1617)の足軽増強により設置され、その後、切通下・切通上や大雲寺組が寛永 6年に設置されて行った。 これらの足軽組の屋敷の中でも、もっとも規模が大きかったのが善利組で、東西約750m、南北約300m を占め、幕末期には約700戸ありましたが、現在では、30余となり、中には外観が改装されて、昔の面影を 見ることが出来ない屋敷もあります。それでも何軒かは昔の面影を見ることが出来る屋敷が現存していて、 玄関は障子の引き戸がいまも存在しています。 善利組の屋敷は、間口5間(約9m)、奥行10間(約18m)はどの敷地に、木戸門と塀に囲まれた武家屋敷と しての体裁を整えた建物となっています。(現在は2件の市文化財指定を受けています。) 中でも辻の角に建ち見張り用の窓を備えた「辻番所」は、全国でも珍しく貴重な建物として、買取保存が決まりました。 |
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内 容
* 足軽屋敷公開・中居邸(市文化財指定)
・林邸一部公開(文明7年1787年)
第2回は終了いたしました。
ありがとうございました。
第3回・足軽屋敷と上田道三絵画展
・日時=平成20年11月8日(土)〜9日【日】 AM10:00~PM4:00
(四番町駐車場(昭和新道)を芹川方向へ直進・2つ目角)
*上田道三絵画
・ 芹橋足軽屋敷と彦根城特大絵画 ・約20〜25点予定
* 足軽屋敷 今昔写真展示
* 足軽屋敷特別初公開 ・ 服部邸 及び 吉居邸
* 講演「彦根藩足軽屋敷について」
彦根市教育委員会文化財課 課長 谷口徹 氏
(8日〜9日両日・1回目11時 ・ 2回目14時の各30分)
◎ 記念品進呈
(今回の企画に併せて制作したオリジナル足軽屋敷のポストカードを進呈します。)
・ 主催=善利組足軽倶楽部・共催=芹橋2丁目第1自治会
・ 後援=井伊直弼と開国150年祭実行委員会・彦根市教育委員会
・足軽倶楽部連絡先・0749−23−3073(渡辺)

第1回進 第2回進呈 第3回進呈
第1回(7/5〜6) 第2回(10/11〜12) 第3回(11/8〜9)に亘って開催い
たしました「足軽屋敷の公開」と「上田道三絵画展」はすべて終了いたしました。
延べ1000名の方々のご来場を頂きました。ありがとうございました。