
考えた事
・・・理論で整理できる部分を自分なりに私は中絶をしてしまいました。そしてそれをとても悔やんでいます。何故、選んでしまったのか?別項目に詳細はありますが、私の場合は大別すると、@彼の決断が得られなかった(生んでいいとは言っていましたが、生んで欲しいと言わなかった)、A私に何を押しのけてでも生んでいこう育てていこうという自信と勇気がなかった(交際が2ヶ月と短かったこと、彼に対して多少の不安があった事もあります)、B職場の事情、C私の母親の発言に翻弄された事、D金銭上の不安、E彼の転職の妨げになるのかと思った事、などになります。どれも複雑に絡み合っているので、どれが一番とは言えませんが、最終的にどれが?という話になったならば、Aになるのかもしれません。子供は私の胎内に居たのですから・・・。
あと、
数日待って決断したならば、生むほうを選んでいたような気がします。強い悪阻が始まったのが中絶の前日頃からだったのです。処置を決めたと彼に伝えた後、やはり生みたいと気持が変わり、やっぱり生みたいと言った時には彼の気持はそこになくて、仕方ない、ってなし崩し的に堕してしまった。どうしてあの時、一人でも生もうって思わなかったのか?とにかく不安で、どっちでもいいから早くケリつけたいって、思っていたような気がします。でも、処置の後、なんて勝手なんでしょうか、私はやっぱり生みたい、もう一度彼と子供を、って思ってしまったのです。あの子はもう帰ってこない、分かっているのです。でもそんな思いがよぎったのです。最近高校生の凶悪犯罪が多いですね。生とか死とか痛みに鈍感になっている子供が増えている。日本って、映像や情報で死や痛みは目の前に氾濫しているのに、安全ボケ平和ボケしていて現実味を帯びていないんですね。 それを、私は最近の若い子は≠サうだっておもっていたんです。でも、気づいていなかっただけで私自身、
生命についてとても鈍感になっていたようです。テレビドラマではすぐ人が死にます。ネタに詰ると登場人物の誰かが妊娠して生む生まないの話になる。性が氾濫していて女性の体は商品化されています。今に始まった事ではありませんが、沢山の男の人は当然の様に女を使い捨てと思っていて(実際彼≠ヘ中絶って言葉を聞いて私への気持の一斉が冷めてしまったのです)、それを女性が批判してきた、、、はずでした。が、
情報の氾濫が女を一番麻痺させてしまったのかもしれません。
私を知る人は恐らく私を「中絶するようなタイプ(漠然としたイメージ)」とは思わないでしょう。私だってまさかそのような状況に直面するとは思いませんでした。日本の風習文化において望んでいなかったタイミングでの妊娠を「いけない事」、妊娠をきっかけに結婚する事を「あんまりいいことではない」ってとらえていることって多いですね。外国では必ずしも結婚してなくてもシングルマザーでもマイナスのイメージでとらえませんね。例えば北欧のある国の首相は未婚の母で15年来の内縁の夫が居ます。それでもちゃんとがんばってますよね。逆に言ったら、準備万端で子供生む人より勇気も根性もいる。出来ちゃった結婚とか未婚の母ってホントに凄い事なんです。
好きだから近くにいたくて、体の関係になって、ただそれだけで、その延長で妊娠してしまった人はおおいんじゃないでしょうか? 人間なんだからそんな動物みたいに…避妊はしないと…って話になってしまいますけど、恋というのは本当に病気のようなもので、本来の精神状況では無くなってしまう事があるんだなって思いました。
実際にそう云った状況におかれた時、まずどうしようって思いますね。そしてどう調べようって思います。でも
調べられるものがないんです。まず、本があればイイな〜って思って本屋に行くと妊娠、出産、性病、婦人科疾患に関する文献資料は山のようにあります。まじめな本の棚に,普段から妊娠中までのSEX体位辞典まであるのに、中絶に関して説明しているものが極端に少ない。あっても物によって言っている事がくいちがっています。ちなみに、未だにはっきりとわからないのが中絶後の妊娠出産の可能性についてのこと。全く問題無しというものと、不安がありますというものと二分されるのです。そこで学生時代の性教育の記憶をたどります。が、私の性教育の記憶は短期大学のときのものしか無いのです。小学校5年の時の林間学校の直前に生理について簡単に教わった記憶、その後中学、高校時代のものが殆ど無いのです。恐らく何らかの形ではあったと思います、でも記憶に残らないような教育だったと云うことです。ここ数年で小学校でも性教育をする様になってきたくらいですから、今ではきちんと教育をしていると思いますが…。 さて、教育の現場においての性教育、についてです。私の頃は性教育というと避妊具の説明、妊娠の仕組み、性病・エイズの事などでした。
中絶に関しては「いけないこと」「不幸な事」そんな事に終始していたように思います。実際突然妊娠した時どうすればイイのか、を教えないと云うのでは意味が無い。「車に気をつけなさい」って教えるだけで「本当に事故にあった時どうすればいいか」を教えないのと同じで全く役にたたないんです。 コンドームをつけなさい、って教えるだけじゃダメなんです。 命の重さのこと、解禁になった低容量ピルのこと、妊娠したらどうすればいいか、もし生むのならどうすればいいか、そう云った事。そして、もし妊娠の可能性がある状況のSEXをした時に妊娠をを出きるだけ回避できる方法としてモーニングアフーターピルで対応できる事(私はこれを知らなかった事を残念に思っているのです)。これに通じる事として、親の発言、が妊娠中絶に影響してくる事が多い、という事があります。いろんな人の話を聞きました。生むことを反対する親、生まないことを反対する親、色々いるんだと思います。あくまでも個人的見解ですが、私は
親は子供の妊娠、出産・中絶の選択に対し発言すべきではないと思うのです。親に相談する、これは勿論個人の自由なんです。高校生の子が妊娠しちゃった、どうしようって中絶関係のホームページに投稿しているのを見ると、親に相談せざるを得ないのかなって、思ったりもするんです。でも、親という影響力のある立場の人間が勝手なこと(語弊があるかもしれませんが)を言って望まない結果をうんでいることが、あまりにも多いように感じるんです。 とても個人的な話ですが、私の母は私が妊娠する前の段階ででしたが 「妊娠だけは絶対止めて。○○さんのおばさんみたいに孫を育てるの絶対ヤだからね。でももし出来たら堕しちゃダメ」と泣きました。彼女は私と彼の交際についても、彼の事についてもグチャグチャ口出しして、とても不愉快でした。何気ない一言が究極に娘を追い詰めたいい例です。彼がどんな人であってもそれは私の問題であって親が口を出すことでは無い、そう思います。結婚は家族も関係があるとかなんだとかが彼女の持論ですが、それを子供に押し付けることが子供にとってどれだけ不自由で発想の自由を妨げられるかを彼女は分かっていないのです。子供は子供では無いんです、そう云う人と分かっていてそれでもその人が好きで一緒に居るのです。本気で子供の事を、そして場合によってはまだ見ぬ孫の事を考えるならば、娘の恋人について口出しは控えた方がいいのでは無いでしょうか。親に見えているところだけが全てでは無いんです(実際私の中絶を家族は知りません)。最後に決断する時に変な影響を与えるような発言は慎んで欲しいんです。 もし、母が私に妊娠について、妊娠は絶対止めてと言及したのであっても、「もし妊娠したら生みなさい、助けてあげるから」と言ってくれていたらって思います。そうしたらきっと、もし最終的に彼とうまくいかなくてもがんばろうって思ったんだろうなぁって。
勝手な理論かもしれないです
でも彼に関しての事意外の部分を整理するとこんな感じになります