熱田兵器廠(明治37〜40年頃)

所在地:名古屋市熱田区六野(むつの)二の1
-------------------------

一粒で二度美味しい

<-歩道橋上より遠景
 数棟が空襲を生き延び、現在は中京倉庫株式会社の一部として使用されてゐる。資料に拠つては、名称は熱田砲兵工廠とも。辞書をみると兵器廠(しょう)とは兵器の購入・保存・修理を取り扱ふ役所の意、……だが、少なくとも熱田のここでは、囚人を集めて兵器を製造してゐた。そして近傍の街衢は、その囚人が逃げ出せない様にわざと入り組んで作られてゐるのだといふ(近隣に住むMKさんの証言)。従来、写真手前の道路を挟んだ向かひ側を含め左手奥の方まで広大な土地が砲兵工廠の敷地で、国鉄中央本線からの引込線も来てゐたらしい。

 現在、脇の道路は金山(かなやま)総合駅から南下するJR東海道線と名鉄名古屋本線の線路を潜つてゐてご覧の通りの位置関係で、この建物は一般ドライバー等の意識にはほとんど昇らないのではないか。

 妻側に見えてゐる丸い部分は、元は明かり取りか何かの開口部だつたと思はれる。その同じ面に縦方向に入つてゐる白い筋は、モルタルか何かで修復した跡。空襲で崩壊したのであらう屋根は現在はスレートか。

<-側面より眺める


 上記開口部以外にもすべての窓(天辺は、ゆるやかなゲイジド・アーチ=先を細めた煉瓦を使つた弓型のアーチとなつてゐる)がコンクリートで埋められており、無用窓タイプの「超芸術トマソン」(下記リンク先を参照)化してゐる(煉瓦が使はれなかつたところが惜しい?)。それも、一度に埋められたものと、二度の "手術" を経たものの二種類があるやうだ。一番手前のものには、水平にコーキング材を充填したと思はれる跡が付いてゐる。遠景画像で黒い点に見えてゐるのは、一つだけ二度目の処置がなされてゐない窓。

 問題は下方の黒い筋で、煉瓦部分は修復の跡の様だが、その煉瓦修復部との統一感を出すために「わざわざ」窓底辺に黒いスプレーを吹きつけた様にも見える(詳細不明)。


年代別リストへ戻る / 吉野忍さんの「Thomason Tokyo」(「東京福袋」内)へ

画像エンハンス平成7年12月24日(日),テキスト一部更新平成10年3月1日(日),

阪尾知治 <csakawo@infonia.ne.jp>