『それゆけ!魂SUPER POTENTIALと仲間たち』〜魂SUPER POTENTIAL のホームページへようこそ! 

このページは魂S.Pに関わってしまった純正チーム員紹介のコーナーです!

 

なぜ俺はこんなチームにいるんだ!

(知るかよそんなの!)

 

☆魂S.P 純正チーム員紹介です☆ 

人生の汚点が表面化するとまずいので、一応女性チーム員には目隠しをさせていただいております(笑)

また諸事情によりシークレット扱いの画像がありますがご了承ください。

チーム員はあいうえお順ではなく魂S.Pに参加・加入させられた?順に紹介しています。

 さぁ、それではいってみよう!

 

T.Koseki

(ライダー兼メカニック)

 

みんなを巻き込んだ魂SUPER POTENTIALの創設者。

『小さなミスより大きなアクション』が口癖だが、ゆえにレース中、小さな

ミスが重なりあまり速くない。長いノービス(国内ライダー)生活をへて名

ばかりの国際ライセンスへ昇格。もちろん全日本選手権なんか出たこともな

い。今思えば一度くらいエントリーしておけば話のタネにもなったのに(笑

今よりもエントリーするには勇気が必要だったということで・・・わはは。

魂S.Pが生まれたのは1983年だけど、

創設者が初めてサーキットを走ったのは

1987年なんだな。

 

”Kenji"

(ライダー兼メカニック)

 

魂S.Pの歴史に登場する悪友"Kenji"とはこの人物のことだ。

初期の頃から魂SUPER POTENTIALで創設者とともに夢を追いかけていた人物。

途中、魂S.P北海道を発足させ,北海道スピードパークをホームグラウンドとして

活動したF-契鏤痢8紊NA(国内A級)に昇格後に2輪レースから身を引いた。

 

『満開じゃぁ〜!』

全開のことを俺たちは満開と呼ぶ。

それはキャブレターをガスで満たし、

アクセルを開くからである!

 

 

Kuraya-kun

 

初期魂S.Pメンバーの溜まり部屋の主

彼の部屋に集っては、よからぬ野望の計画を語り合っていた。

基本的にはレースとは無縁の関係だが、この人物がいなかったら

おそらく魂S.Pは北海道を出ることはなかったであろう。

 

Kuraya-kunの部屋でよからぬ

野望の計画を語り合っていたのは

たしか1984年ころですな〜

 

 

"Oichan" H.Oikawa

(ストリートライダー)

 

高校時代からスズキRG50Eを乗っていたスズキ好きで、悪友 "Kenji"の幼なじみ。

レース活動前の魂SUPER POTENTIALを形成していた初期メンバーの一人である。

静岡県の某メーカーに就職するもなぜか埼玉の"Kenji"のいる会社に来てしまい、

RG400γで正丸峠を走ったり赤城山まで遠征したりするなどしていたのである。

 

おいちゃんはスズキ好き!

なぜだろう〜

それは永遠に謎なのだ・・・

 

 

"Shaka" S.Ishikawa

(ライダー兼メカニック兼ピットクルー)

 

群馬県で創設者と同じ専門学校に通っていて出会った人物。

1985年以降、シャカ君なくして魂SUPER POTENTIALの歴史は語ることはできない。

長きにわたり、魂SUPER POTENTIALを強く支えてきた一人である。

チーム員の誰もが頼ってしまうスーパーピットクルーでもある。

 

創設者が初めてシャカ君を見たのは

スズキのマーボ(軽自動車)に

スクーターレーサーを積んで

走り去る姿であった。

 

 

Hozu-chin

(ピットクルー)

 

1990年から約2年間、魂SUPER POTENTIAL苦難の時期を支えてくれたピットクルー。

メタル好きでトランスポーターの運転を250キロ以上もこなすマルチプレイヤー。

スズキSX200とホンダVT250Fの2台のオートバイを所有していたライダーでもある。

 

RS125なら自分も乗れそうだと言ってたな〜

たぶん乗れてたと思いますですハイ。

 

 

 

"Toguchi-san" H.Toguchi

(ライダー兼ピットクルー兼耐久レース監督)

 

当時、創設者の会社の先輩であり魂SUPER POTENTIALの良き理解者でもある。

魂SUPER POTENTIALの夢を実現するために一緒になって駆け抜けてくれた恩人。

気合いが入った人で、以前は自衛隊のレンジャー部隊で富士の樹海を彷徨ったらしい。

ライダーとして筑波や桶川のミニバイクコースでS50やS80のマシンにも乗っていた。

 

またの名を"トグトグ"とも言う。

その理由はヒ・ミ・ツ!

創設者は"Toguchi-san"に

埼玉の桶川のミニバイク

コースに呼び出されて無理やり

S50のレースに出されたことが

あったが理由は不明のままである。

 

 

 

"Takakubo-san" K.Takakubo

(ライダー兼ピットクルー)

 

当時、創設者の会社の先輩であり魂SUPER POTENTIALの活動に賛同してくれた貴重な一人。

出会う前からオートバイ乗りであり、魂SUPER POTENTIALではRS125をライディング

していた一人でもある。ミニバイクから大型のV-MAXまでこよなくバイクを愛する人だ。

 

"Takakubo-san"のおふくろさんにも

お世話になりました。

飯を食う金がない時に惣菜を

いただきました。感謝。

 

 

Ito-san

(ライダー)

 

おそらく"Toguchi-san"と同期位と思われる当時の創設者の会社の先輩。

以前からSP125クラスで走っており、"Toguchi-san"と創設者が共謀して

半ば強制的に魂SUPER POTENTIALに参加させられた一人である(笑。

栃木県の那須にあったサーキットがホームグラウンドで、性格はとても温和、

だが、以前は"Toguchi-san"同様、自衛隊でミサイルの先端を磨いていたらしい??

 

栃木県の那須にあったサーキットって

なんていう名前だったっけな。

当時は結構な台数が集まって

いたけど、今、あのサーキット

どうなってんですかね?

 

 

 

"Nabe" Y.Nabeshima

(ライダー兼メカニック)

 

魂SUPER POTENTIALに加入後急成長したライダー。

これまた"Nabe"抜きでは魂SUPER POTENTIALは語れない。

RS125を操り、たった30分の走行でフロントのブレーキパットを使い切

ったり、また路上で暴れるなど(笑)、数々の伝説を持っている。

創設者と同じシーズンに国際ライセンスに昇格後、全日本を目指したが仕

事の関係で断念してしまった。

 

あるとき、あなたは私にこう言った。

『1次圧縮ってなんすかね?』

 

 

 

"Hasekura-san" S.Hasekura

(ライダー兼メカニック)

 

魂SUPER POTENTIALに大きな影響を与えたライダー。

性格も走りも温和だが、無駄のない走りがいいタイムをたたき出す

というお手本のようなライダー。彼もまた北海道出身だった。

根性一本やりの創設者にTZ250の乗り方を教えてくれた先生。

後にナカノレーシングプロジェクトというチームに移籍した。

 

温和な性格な"Hasekura-san"は

サーキットへ向う途中、橋の欄干で

トランポを削っても全然動じないのよね〜。

 

 

 

Yo!-chan

(ピットクルー)

 

1992年から約2年の間、魂SUPER POTENTIALで活躍したピットクルー。

レースのことなど何も知らずに加入させられたが(笑)、特に"Nabe"の

ピットクルーとして大活躍した。耐久レースなどで表彰台に上がれたのも

Yo!-chanの真剣なピットクルーぶりのおかげだったのである!

 

福島県の高速のインターの降り口で、

誰かさんがシートベルトでおまわりさん

捕まった時、あなたの笑顔がなかったら

その誰かさんは切符を切られていた

かもしれないのですよ(笑

 

 

 

Ueda-kun

(ピットクルー)

 

当時の創設者の会社の後輩。

耐久レースの時などに活躍したピットクルー。

彼自身も以前NSR250でSPクラスを走っていたが

魂SUPER POTENTIALではライダーとしての戦歴はない。

 

Ueda-kun、創設者のアパートの横で

ハイエース車高短にしましたね〜

 

 

 

"Yone-chan" K.Yoneyama

(ライダー兼メカニック)

 

創設者の仕事の取引先の社員であったが、ある時、創設者のアパートを捜しあて

いきなり遊びに来た時からの仲。後に魂SUPER POTENTIALに加入となり(笑)、

NSR250RでSP250クラスで走った後、TZでGP250クラスに転向、

1997年の成績で国際ライセンスに昇格した。

 

私は忘れない・・・。

あなたが組んだフロントフォークの

トップからブレーキング時に

フォークオイルが噴射したことを。

Oリングは大切だよ、

"Yone-chan"

 

 

Ao-chan

(ピットクルー)

 

魂SUPER POTENTIALの全盛期を支えたピットクルーで、フルシーズン

ライダーと共に戦った魂S.P GP125TEAMには切っても切れなかった存在。

まさにピットクルー検定1級(そんなのあんのかよ!)

ちなみにシャカ君はピットクルー検定特級で検定員(笑)

 

Ao-chanいなかったらマジで

大変なことになってたでしょ〜な。

 

 

F.Ojima

(ライダー)

 

"Hasekura-san"の友人でTZ250を操るライダー。

宗教のようにいつしか魂SUPER POTENTIALに加入させられてしまった。

物静かな人だが、激しい走りで幾度となく転倒していた記憶がある(創設者談)。

また、型落ちのTZのスペアマシンを何台も持っていた。

 

Ojima君のTZは今

何処へ〜

 

 

Nishihara-kun

(ピットクルー)

 

魂SUPER POTENTIALの全盛期を支えたピットクルー。

主に魂S.P GP250TEAMを担当していた。

ピットクルー検定2級だが1級としておこう(本当はそんなのありません)。

たまにサインボードをライダーが通り過ぎてから出すという特技を持っている

 

シャカ君との連携プレーで

GP250TEAMを支えてくれました。

 

 

 

"Nakayama-san" K.Nakayama

(ライダー兼メカニック)

 

魂SUPER POTENTIAL最後の純正(笑)ライダー。

NA(国内A級)クラスが再編成される年に、もう一度地方選でいい思いを

しようと国内ライセンスに降格してから魂SUPER POTENTIALに加入した

インチキライダー(笑)。創設者と同じシーズンにGP125で国際ライセン

スに再度昇格。加入以前はNSR250でエリア戦SSクラスに参戦していた。

 

早くあじ平に行くよ!

(ラーメン屋さんのことです)

 

 

Nishiyan

(ピットクルー)

 

"Nakayama-san"を魂SUPER POTENTIALに紹介した人物。

大のオートバイ好きで、特にヤマハ製を好むタイプの人間。

ヤマハ製のオートバイを何台も所有していたらしい。

 

巨大なエアーコンプレッサーはどうしたんですかね。

捨てちゃったのかな・・・・

 

"Mizu-chi" S.Mizumura

(ピットクルー)

 

"Nakayama-san"が以前在籍していたレーシングチームからの友人。

彼も以前はNSR250でSPクラスを走っていたらしい。

彼には想像を絶する伝説があり、もちろんこんなところでは公表できない(笑)。

いつしか許可をもらって公表したいと思う。

 

怪力の持ち主、"Mizu-chi"!!

でも、何でもないドカティのクラッチ

ばらして壊すのはやめたほうがいいと・・・・・・・。

 

"SUPER POTENTIAL Teruteru"

(Padock Use Only の天候改善器)

 

彼が魂SUPER POTENTIALに加入したのはおそらく1994年ごろからだと

思うが定かではない。いつしかパドックに陣取るようになり、人によっては

気持ち悪がられるが、レースウィークの天候を支える努力を日夜してきた。

使い古されたウェスという素材でできているらしい。

 

お前にはホント感謝してるよ。

たまに手を拭いたりしてたけど、

ゆるしてくれ、ごめんな。

 

 

以上が一応純正チーム員と勝手に創設者が思っているのですが、

その他たくさんの方が関係しておりまして、

別のチームなのに【魂SP】をチーム名の後ろにつけてエントリーしてくれたり、

もうなんだか訳がわかりません(笑

しかし、みんな夢を追いかけて若き日々を走り抜けた事には変りありません。

 

 

 

 

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