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| 当時小学生だった私は毎月、兄にくっついて名古屋市立科学館詣でをしていた。目的地もさることながら、早めに家を出て電車を眺めるのが楽しみであった。しかもお昼は科学館の屋上か名駅方面を望みながら。 |
| このネガフィルムの撮影日は不明。昭和49年3月の時刻表ではネガとの整合が難しかったので、新幹線博多開業の昭和50年以降と思われる。本文中の解説は手許の交通公社時刻表「昭和51年(1976)5月号」を参考に記す。 |
| 中央西線ローカル電車 72系通勤型電車(左)・113系近郊型電車(右) 72系は旧型国電と呼ばれるうち通勤型の決定版。中間車モハ72形・先頭車クハ79形で、全金属車体を持つ近代的な車両もあり名古屋地区では中央西線で使用。当時は折り返しの際、サボ(側面の行先表示板)を差し替えるためにホームと反対側の扉も開放するのは当たり前。 | |
| 381系電車特急「しなの」 おそらく9:00発の3号(1005M)、中央西線〜篠ノ井線経由の長野ゆき(終着12:22)。当時は中央西線に単線区間が残り、塩尻駅移設前のため同駅で進行方向が逆転していた。 | |
| 14系客車 当時は「ブルトレブーム」に当たり、チビッ子カメラマンが集まる。もっとも「ブルートレイン」は夜行寝台特急の総称であり、14系座席車は正確には該当しない。 | |
| キハ58系気動車急行401D「大社」 下り東海道線、名古屋駅9:10発、東海道〜北陸〜小浜〜宮津〜山陰本線経由で、出雲市以遠普通列車の大社ゆき(終着20:24)。 | |
| 14系客車 「静岡ゆき」の表示は事実か、団体用列車なのか(名古屋発静岡ゆき列車は記憶にない)。車内は座席が向い合せにセットされ同じ飲み物が各座席に配布されているようなので、貸切だと思われるが。01meieki-05.JPG | |
| 14系客車 DD51ディーゼル機に牽引されて発車。01meieki-06.JPG | |
| 90系気動車キハ91形 急行「のりくら」 同形式の活躍も末期の頃である。下り東海道線、おそらく名古屋駅9:25発の2号(713D)、東海道〜高山本線経由の高山ゆき(終着12:41)。 | |
| 東海道線ローカル・80系電車 「湘南電車」と呼ばれた80系電車。先頭車クハ86初期ロットの前面3枚窓タイプは、この地域では大垣区(東海道線用)に配属され、神領区(中央線用)には存在しなかった。80系の後輩である153系急行形電車の登場や東海道新幹線開業以降の当時すでに、80系電車は地域輸送用に転用されていた。大垣車は6連で、6+6の12連による列車もあった。01meieki-08.JPG | |
| 東海道線ローカル・159系電車 元来は、首都圏に配置の155系に倣った中京地区発の修学旅行用。終生、大垣区に所属し当初は12連で集約臨東京方面ゆき「こまどり」・準急「ながら」等に、晩年は6連で行楽用快速「近江路」にも使用。撮影時は東海道線普通列車、まだ修学旅行用の装備と車体塗色が健在であった(後に湘南色となり昭和50年代後半に廃車)。 | |
| 80系気動車キハ81形 特急1D「くろしお5号」 関西本線、名古屋駅9:50発、関西〜伊勢〜紀勢〜阪和線経由の天王寺ゆき(終着18:14)。 | |
| 583系電車特急3M「しらさぎ2号」 下り東海道線、名古屋駅10:15発、東海道〜北陸本線経由の富山ゆき(終着14:10)。 |