ハーレーWLのレストア
ハーレーWLのレストア


昭和49年6月〜50年2月まで

 国道沿いの或る自動車修理工場のちょうど雨だれがポタポタ垂れる側壁に、この真っ赤にサビたハーレーダビッドソンWLAがもたれ掛かるようにして居た。

 修理工場の社長さんにWLAを売って欲しいとお願いすると、元従業員さんの乗っていた物で邪魔でしょうがないので持って行って欲しいと言われ、只で貰って来てしまった。

 早速スバルサンバーに乗せて我が家に引き取って来たものの、キックも下りなかったので手付かずの状態で、暫くの間車庫の中にそのままにして有った。

 陸王RQ54年のレストアが終わって1年位経ったころ、WLAをこのままサビた状態で動かして見ようと思い立ち、キックの下りない理由を見つけるべくミッションを降ろしバラして見ると、メーンシャフトとベアリングが固着していたので陸王RQのメーンシャフトを宛がって見るとドンピシャリであっけなくもトラブルは解決した。

 メーンスイッチが欠品していたので、当時五反田に有った陸王専門の部品店「城南部品商会」に注文して、油紙に厳重に包まれたメーンスイッチの純正部品を入手してから車体に組み込んだ後、痛んだ配線を引き直し車体に新しい神経を通した。

 各部を点検後グリースや燃料及びエンジン・ミッションの潤滑油を施し、バッテリーに液を入れ充電後キックを踏むと、暫くの間はウンともスンとも言わなかったエンジンもその内にクシャミを始めて、それを何度かやっている内に調子が悪いながらも回り出した。

 その後エンジンの調子もだんだんに上がり、敷地内で試乗して各部に異常が無い事を確認後、完全にバラして外装部のレストアに取り掛かった。



 若い頃から何台もの陸王をレストアの真似事のような事をして来たが、塗装は全て友人の経営する鈑金塗装店でやって貰って居て、一度も自分では全塗装などした事も無かった。

 入手当時はブルー色だったが、エンジン番号からして軍用オートバイと思われるこのWLAを元の状態に戻そうと思い、軍隊色の場合はつや消しのため上手な 塗装仕上げ技術もいらないと思ったので、自衛隊色のペイントを友人に取り寄せて貰い、初めての全塗装に挑戦した。

 当時友人の鈑金塗装店へはしょっちゅう入り浸っていたので、塗装の下地から仕上げに至る作業工程は良く知っていたので、初めての素人による塗装作業にしては上出来の仕上がりに出来上がった。

 エンジンはクランクケースからシリンダーを取り外してロッド下ガタの確認をした後、バルブのすり合わせをしてから、サビていたバルブカバーをメッキ済み予備品に交換して、シリンダー及びヘッドに耐熱黒色塗料を塗布して組み立てた後車体フレームに組み込んだ。

 欠品していた部品点数も少なかったので、比較的簡単にレストア作業も進み、ついに完成したこの1942年式ハーレーWLAは、今まで数多くの陸王と関わりを持って来たが、これまでの私が知っている陸王よりもかなりの年寄りにも係わらず、タンク・フェンダーなどの鉄板の状態の良さは目を見張る良い状態で、さすが腐っても鯛のハーレーダビッドソンと思われた。

 エンジンは陸王RQのようにガチャガチャ音のノイズも無く、回転はドゴトンドゴトンの超スロー回転で安定し、陸王とほぼ同じようなギアーで構成されて居るのに何処が違ってこの差が現れるのか不思議な感じがした。

 レストアが完成してから少し経った頃、茨城県水戸市内で地元のクラシックバイク愛好会主催の「クラシックモータサイクルの集い」に参加して大いにギャラリーの関心を集め、コンテストにも入賞したので入賞車のデモ走行の写真が別冊モータサイクル誌に掲載された。  平成17年8月      


WLAのヤフオク出品

 平成19年5月、車庫のスペースを空けるため、陸王RQビートルをヤフーオークションで手放したが、その後必要に迫られ軽自動車のスバルプレオを購入してしまった為、バイクの入っている9坪の車庫に已む無くシトロエン2CVを入れざるを得なくなり、車庫は相変わらずのギュウギュウ詰め状態で、いずれ放出を予定しているバラして有る陸王RQ55年を組み立てるスペース等まるで無い。


 加齢により膝を悪くして、医者からもう治らないと宣告され、ハーレーFLH等重い車にはもう乗れないと思うが、1942年WLは車体や取り回しも軽くエンジンの調子も良く音も静かで、フェンダーなどの鈑金状態も今まで数多く見てきた陸王とは比べようも無いほど良い状態で、さすがは腐っても鯛のハーレーダビットソン。

 体力が衰えて来てからの老後に乗るなら絶対これだと以前から決めていても、年齢と共にだんだんにそんな気持ちも失せて来てしまっていた。

 でも、どうした訳か、多分もう乗る事の無いで有ろうFLHを今手放す事がどうしても出来ない。何故だろうか?自分でも理由が分からないで居る。最終的には、足を地面に着かなくても良く、そう言う点では乗用車感覚で乗れる陸王1200の側車のみを残し、あとは全部処分しなければならない事は分かっているのだが。

 1942年WLに乗るには書類が無いので、業者さんに頼んで書類を起こして貰うと、簡単に行けば6万円位、もしも色々な事情で難しい場合は30万円位掛かると言う煩わしさも有り、また、その他にもリング交換くらいはしないとならないだろうし、なぜなら、30年位前にレストアした時、シリンダー内壁が薄錆び色に変色していたので、そのまま200〜300Km位乗って、シリンダー内壁がピカピカになったら改めてリング交換をしようと思い、当時はロッド下にガタが無いかの確認をしたのみで組み立ててしまい、そのまま未だにリング交換をしてない為マフラーから白煙を吐くと思うので。

 当時、レストア完了後少ししてから茨城県水戸市内で開かれた「クラシックモーターサイクルの集い」に参加した時以来、現在まで約30年間未走行で、シリンダーが錆びないように時々キックペダルを踏み下ろすだけのWLは、湿気のためか下の写真のように塗装下より何箇所か小さいプツプツが出始め、


 このまま手入れをしない状態では更に悪化させて、最終的に朽ち果ててしまうかも知れないと思い、また、55年RQ組み立てスペースの確保や、以前より私のHPを見て下さった複数の方々からWLをヤフオクに出品して欲しい旨申し込みが有ったりした事などから、思い切ってヤフーオークションに出品を決めた。

 出品するからにはなるべく綺麗に見えるように、埃だらけだった車体各所を油ボロ布で拭い、塗装下よりブツブツ噴出した小さい錆びをサンドペーパーで軽く擦り、30数年前に全塗装して半分残っていた自衛隊のペイントで筆注しをしたが、車体は30数年の経年変化で色焼けしていて、同じ塗料でも同じ色には成らなかった。

 昨年末に入手して有った新しい6Vバッテリーに液を注入し充電をして、ガソリン及びオイルを補給し、チョークを全閉にして充分吸い込ませた後、スイッチをオンに回しエンジンを始動すべく思いっきりキックを踏むと30年間眠り続けているエンジンはウンともスンとも言わなかった。

 さらに10数回キックを踏んでもエンジンは目覚める事なく、キャブレターを点検するとガソリンの滲みも無いので、キャブレターとガソリンタンクを繋いでいるパイプを外すとパイプからガソリンが出て来ない。

 30年前乗らなくなった時、ガソリンは抜いておいたのだが、ガソリンパイプの中までは抜かなかったので入っていたガソリンとゴミが固着したため、それが栓となってキャブレターにガソリンを供給しない状態になっていた。

 燃料パイプを掃除すると機械は正直なもので、アッと言う間に30年の眠りから覚めたエンジンだが、まだ回転は不安定でスロットルをぶるん、ぶるんと煽ってやらないとすぐに止まってしまう。

 そんな事を何度か繰り返し、エンジンも暖かくなるとやっと昔の落ち着きを取り戻し、安定した回転で廻り続けたが、マフラーからもうもうたる白煙を想像していたのに青白色の煙で、それなりの古さを感じるクラシカルなエンジンの排気煙で有ったが、もっとエンジンが加熱すると白煙に変わるのかも知れない。

 ヤフーオークションに出品する為、車体の外観を多方面よりと各所細部の下記写真を何枚も撮り、ホームページにアップロードしてヤフオクサイトとリンクさせて平成20年3月29日オークションに出品した。

1942年式ハーレーWLA


テールランプ下フェンダーが凹んでいる様に見えますが凹んでは居ません。


ポイントカバーを止めている針金状金具は自転車のスポークで作りました。


湿式エアクリーナー


前後タイヤはグッドイヤーホワイトリボンに靴墨を塗った物で磨耗は殆ど無いと思いますが、ホワイトに戻す場合は洗濯用の漂白剤を2〜3度塗れば元に戻ると思います。


ブレーキワイヤーは30数年前に新しい物に替えて有ります。


スピードメーター文字板印刷は有りません。自衛隊色のみです。また、30数年前にメインスイッチは新品純正品と交換して有り、塗色はオリジナルです。


キー付きです


シリンダフィンガードは陸王の物を加工して取り付けて有ります。


戦時フォグランプは45年位前のダットサンブルーバードのフォグランプを加工して取り付けて有ります。また、ヘッドライト反射鏡はサビていたので銀色塗装が施して有り、ホーンは12V用の為ダミーです。


駐車灯用のスナップスイッチは取り付けて有ません。

ツールボックスは鍵が有りません。キックアーム中ほどに有る細いパイプは二次チェーン潤滑パイプです。


6V新品バッテリー


交換したバッテリーの益水口が微かにケースに当たり、もし、万一ヒビが入るとダメージが大きいので、底に「あんこ」を入れてバッテリーを少し上げるか、バッテリーケースの幅を広げるかの選択は落札者様に委ねますのでこのままの状態でお引渡し致します。

プラスチックのグリップがひび割れていますが、取り外し、エスロン用ボンドで接着して、良くくっついてからお湯の中に入れ柔らかくなったら嵌めれば元通り になると思います。


エンジン番号


4月2日車庫より出し、敷地内で試運転走行し動作確認をする


マフラーからの排気煙を撮影したが何枚撮っても写らない、煙はデジカメに写らないのか?




 オークションに出品すると多くの方々に興味を持っていただき、アクセス数9125、ウオッチリストに挙げて下さった数298、そして11人の方々によって入札が行われ、書類が無いにも関わらず想像以上の金額で落札された。

 また、オークション終了後も多くの方々から、もし、落札者が何らかの理由によりWLAをキャンセルした場合など、取引不成立の時は購入したい旨など等のメールや電話を戴き、その反響の大きさに驚かされた。

 オークション終了から丁度一週間が過ぎた土曜日の早朝、落札者で浜松市在住の、もうすでに2台のHDを所有されている新しいオーナーとなられる方が、ご友人3人と落札したWLAを引き取りにお見えになり、引渡しに際して「エンジンを掛けますか?」とお尋ねすると、この「ホームページを読み写真も見ているので、もう判っているからエンジン掛けなくても良いですよ」と言うお言葉を戴き、一般的には見ず知らずの者から高額なバイクを購入する際、エンジンの音を確かめたくなるのが人情だが、私を最大限信用して下さり、とても嬉しい気持ちで胸が一杯になった。

 昨年より陸王RQ、VWビートル、エーブスターFR、と、このハーレーWLAと続けざまにヤフーオークションを通じて処分して来たが、最初の陸王RQを処分した夜はその別れの悲しみから眠れないほど辛い思いをして来たが、だんだん別れに慣れて来たのかWLAとの別れに特別の思いは無かったが、それでも、今までに無いほど多くの写真を撮り、パソコンに保存して有るのを時々眺めたり、時にはSDカードをテレビに差し込んで大画面で在りし日のWLAの雄姿を見たりして、自分でも気が付かないうちに失った寂しさを紛らわせているのかも知れない。

 しかし、ぎゅうぎゅう詰めだった狭い車庫に或る程度のスペースが生まれ、手狭で身動きが取れない状態から、今までは手薄であったハーレーFLHや陸王VFEに良く手入れが出来、また、バラしてある陸王55年RQの組み立てスペースが出来て、少し嬉しいような気持ちにもなっていた。

 新しいオーナーは2台のピカピカにした素晴らしい状態のHDチョッパーをコンテスト等に出品されたりしていて、「これもチョッパーにするんですか?」と尋ねたら「まだ分からない」とのご返事で有ったが、いずれにしても我が家の車庫で30年間も動かないまま埃まみれになっているよりは、車庫と言うよりむしろ「ホビールーム」と言った方が正しいと思える、まるでバイクショップのショールームのような新しいオーナーの素晴らしい部屋に棲む事の出来るWLAは現状維持にしろ、チョッパーにしろ、我が家にいるよりも数倍幸せに暮らせるだろう事が想像出来た。

 乗用車やバイクを手放す事に慣れてしまった今は、手放す事を何とも思わなくなってしまったが、昔RQを手放してしまった事を後悔したように、しばらくした後に又後悔する事になるだろうか?

 日々そこに有ると言う状態のまま30年間も放置して特別愛情を掛ける訳でも無く、最近は、ただ空気の如く有るのが当たり前の状態で有った我が家の車とバイクは、オークションを通してそれぞれ熱狂的な愛好家の手に渡り、今はそれぞれが新しいオーナーの下で幸せな日々を過ごしている事と思へ、昔のように手放した事への後悔はもう無いものと思う。

 長年連れ添った車やバイクとの別れに慣れてしまったとは言え、それ等の写真を見る時、ふっと、言いようの無い寂しさに見舞われるのは仕方の無い事で、今はそれに耐え、慣れて行かなければならないと覚悟を決めている。

平成20年4月


その他

 車庫のスペースを空ける為、ハーレーWLのヤフオク出品を予定しているが、その前に1954年式250CCエーブスターを出品する事にした。

 このエーブスターは32年ほど前、国道356号沿線の自動車解体業社に持ち込まれたと同時に、レストアするつもりで購入したが、いつも陸王ばかりをいじくり廻すのみで、経験も無く、純正部品の補給も難しいこのエーブスターにはついに手が伸びず、車庫の片隅に眠っていて現在に至ったものである。

 入手当時、つい最近まで実働していて、事故か何かでヘッドライトが壊れ、仕方なく自動車解体業者へ持ち込んだのでは無いかと思われた。

タンクやフェンダー等にキズや凹みは無いと思いますが、塗装は剥離がひどく塗り替えが必要と思います
椅子の下のエアクリーナーは中身が有りません。
エキパイは錆びていますがキズや凹みは無いと思います。
タイヤチューブへは自転車の空気入れで空気を入れます。
エーブスターは目黒製作所で取締役だった阿部理八によって作られたバイクで阿部を英語読みして「エーブスター」になったそうです。
エーブスターのエンジンは目黒製作所から供給を受けていた。
250CC 1954年式 RE型 No.2633
入手時、エンジンを掛けようとキャブレターを取り外し、点検して元に戻さないまま。たしか、マグネトーは火が出ていたような気がしたが確証は持てない。
長期保管の為タンクにオイルを塗りたくって有ったので、ガソリンタンクサイドゴムは油に侵されて2枚共こんな状態になってしまい、大失敗である。


 平成20年3月22日一週間続いたオークションは約5000件のアクセスと98人がウオッチリストに挙げて下さり5人の方々により入札が行われ、「棄てる神があれば拾う神もある」と言われるように、本来廃棄物として処分される状態のエーブスターにも関わらず予想外の高額で落札された。

 エーブスターはじめライラック、キャブトン、DSK、等など50台以上もの、この手のバイクを所有されると言う、名古屋市在住の熱狂的なビンテージバイクの蒐集愛好家の手よって落札された1954年生まれの250CCFR型エーブスターは、この新しいオーナーの豊富なストックパーツによって簡単に新しい生命を注入され、30数年の眠りから覚め、クラシックな古き良き時代の匂いをプンプン漂わせながら現代を疾走する姿を想像するだけでも、ビンテージバイクファンにとってはワクワクする気持ちで、果たせなかった私の夢を叶えてくれる新しいオーナーに感謝をすると共に、もし出来ることなら、何時か何処かでその甦った「エーブスターFR」の雄姿と再び対面する事が出来ればと願っている。

平成20年3月

 エーブスターFRの落札者である新しいオーナーからヤフーオークションの評価欄に「気に入っています。自分のエーブスターを部品取りにして仕上げる予定です。」との書き込みを戴き、これで果たせなかった私の夢がやっと実現する事になり、新オーナーに感謝をすると共に嬉しい気持ちで一杯になった。

 平成20年4月

 
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