BANDONEON
BANDONEON

 バンドネオンと言う楽器に魅せられて居て、何時か入手したいと思っていても何処で売っているか分からないで居たが、昭和58年2月頃或る 音楽雑誌のグッズ販売欄に「バンドネオン2台在庫有り」の記事を見つけ、すぐに電話予約をして買いに行った。

 社長が応対してくれて、興味の無い者から見れば、ガラクタか粗大ゴミと見違えるような、黒色の埃だらけのバンドネオン「ドブレ・アー」と 「プレミエール」を見せてくれ、それは、まだ調律の狂ったままの物で、楽器としてより、むしろ「飾り物」「骨董品」として販売していたのでは 無いかと思える物で、その2台の中でも、少しは程度が良く見えた「プレミエール」を買った。

 今から思えば、専門楽器店から買えば良かったものを、その当時はバンドネオンを売っている楽器店など、無いと思っていて、最初から楽器店のことは 毛頭考えなかった。

 譜面が読めなかったので、「こどものための楽典と問題集」と言う本を購入して、音符と指先と交互に見ながら、なんとか簡単な曲が1曲弾けるよう になるまで、1年くらいかかった様に思う。

 ピアノ等は譜面と指先を同時に見ながら、曲がりなりにも最初から希望する鍵盤の上に指を置くことが出来ると思うが、

バンドネオンは左手が低音部、右手は高音部と分かれていて、指先を見るにしても、どちらか一方を覗き込んで見るため、最初から、まともに、出したい音のところに指を持って行く事が出来ず、 まして、音楽の知識はほとんど無く、希望する音階のところに指が行くようになるまでには苦労をした。

 楽器の内部には、いろんな形をしたスプリング等、金属や木製部品等が沢山使われていて、製造後60〜70年以上は経っていると思われるので、 金属部などがひどく錆びていたりして、良く故障したが、部品は入手出来ないので、全て自作して修理をした。

 だんだんに楽器の構造にも慣れて、分解組み立て、調整、修正、磨きを繰り返すうち、見た目だけは黒光りする素晴らしい状態になってきたが、 まだ調律をして無いため、ユニゾンで弾く時などは、音の狂いが気になっていて、聴いた人からもその事を指摘されていたが、 後に調律にも挑戦する事になった。

 昭和62年8月タンゴを聴きにアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ行った時、
有名な「5月通り」に有った 「カサ・アメリカ」と言うすごく大きな楽器店のショーウインドーに、 「アメリカ」と言う茶色無地の、

ものすごく程度の良いバンドネオンが飾って有り、それを一目見ただけで気に入ってしまい、 バンドネオン売り場担当者のラウル氏より購入した。

 また、その旅行のコーディネーターをしてくれていた、有名楽団の元バンドネオン奏者だったK氏の紹介で、
プロ仕様と言うふれこみの黒の象嵌入り 「ドブレ・アー」と、合計2台のバンドネオンを購入した。

 その後、少し経ったころ、日本と並んでタンゴの盛んなオランダへ友人が旅行に行った時、楽器店のショーウインドーに飾って有ったアルゼンチンで 調律済みと言う、茶色の象嵌入り「ELA」を買って来てくれた。

 「ELA」は「エルンスト・ルイス・アーノルド」が旧東ドイツのカールスフェルド市で1864年にバンドネオン製造会社を設立し、彼の名前 「ERNST LOUIS ARNORD」からその頭文字をとって「ELA」と命名して、今世紀初期に初めて商業的にアルゼンチン輸出された。

 エルンスト・ルイス・アーノルドにはヘルマン、パウル、アルフレッドの3人の息子がいて、「ELA」は長男のエルンスト・ヘルマンによって 引き継がれ、パウルとアルフレッドはカールスフェルド市で1911年に「アルフレッド・アーノルド・バンドネオン製造所」を開設した。

 アルフレッド・アーノルドの名前の頭文字から商標を「AA」としたバンドネオンを作り、これが、後にバンドネオンの代名詞となる、有名な 「ドブレアーのバンドネオン」となる。(この項はバンドネオン研究家の渡辺芳也氏による)


 最初に日本で買った「プレミエール」とアルゼンチンで買った「アメリカ」も、
「アルフレッド・アーノルド社」 が製造した楽器で、アーノルド社のバンドネオンは良い音色がすると、

プロ・アマを問わず一番人気のある楽器だが、上記4台の内では 「アメリカ」の音が一番大きく、音色もやや甲高く力強い良い音だが、
この楽器は今まであまり使われてない様で、蛇腹がへたっていない為、 開閉が重く、弾きずらいので、ほとんど触っていない。

 また、「ELA」は音が少し小さいものの、やわらかく感傷的な音色で、素晴らしく良い音だが、取っ手の位置が他の3台と比べて少し低い位置に 付いていて、私には慣れないとうまく弾けないが、これに慣れてしまったら他のが弾けなくなってしまう。

バンドネオンは一台一台全て手作りのようで、ボタンの位置も微妙にずれていて、
何時も弾いているのは、もっぱら、一番最初に買って手に良く 馴染んだ「プレミエール」のみである。



   その後、友人がまたオランダより「KRONSHAGE」と名前の入ったボタンンの数が少し少なく、音階配列も まったく違った、バンドネオンもどきの1台と、エストニアの骨董店より「BANDONION] と名前の入った1台を見つけてきてくれた。

   このバンドニオンは「コンサーティーナ」→「ケムニツァー・コンツェルティーナ」→「バンドニオン」→「バンドネオン」と楽器の改良発達した 過程の、
バンドネオンになる、ひとつ前のバンドニオンでは無いかと思われますが、もう少し良く調べて見たいと思いっている。

 バンドネオン(或いはその仲間)は現在でも世界各地で、極細々と生産されてはいるようだが、現代製のバンドネオンは戦前のドイツ製バンドネオン とは全くの別物という感じで、以前「菅平タンゴフェスティバル」で見かけたブラジル製のバンドネオン「ダニエルソン」等は昔のドイツ製と比べ、 重量もずっと軽いらしく、見ただけで別物と思えた。

 アルゼンチンや日本のタンゴ演奏家は、ほぼ全てが戦前のドイツ製バンドネオンを使用しているようだが、約100年間にわたりタンゴを支配して きたバンドネオンは、その独特な音色の持つセンティミエントが現代製の楽器を受付ないのだと思え、ますますこの楽器が貴重になってきたように思 える。

平成17年9月 

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