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第7回 金沢コミュニティシネマ上映会
produced by 金沢コミュニティシネマ
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映画の極意vol.3
フレデリック・ワイズマン/[人間観察の極意]
Frederick Wiseman
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講師:蓮實重彦氏

開催日時:2005年6月25日 18:15〜19:45
開場:金沢21世紀美術館 シアター21

主催:金沢21世紀美術館[(財)金沢芸術創造財団]
企画・運営:金沢コミュニティシネマ推進委員会
採録・編集:金沢コミュニティシネマ推進委員会

金沢コミュニティシネマ推進委員会代表/土肥悦子:

会場写真 このようにたくさんのお客さまに来ていただきまして、本当にありがとうございます。今日は県外からも大勢いらしていただけていると思います。すぐにでも先生のお話を伺いたいんですけれども、その前に少しだけ「コミュニティシネマ」についてお話をさせてください。
この「映画の極意」という上映会はこれで3回目になります。1回目が黒沢清監督をお呼びして「ジェームズ・コバーン/男の極意」ということをやりました。2回目がみうらじゅんさんと山田五郎さんをお呼びして「ニッポン映画/青春の極意」という形でやらせていただきました。これらはどれも主催が21世紀美術館で、企画・運営を私どもがやらせていただいています。だんだんお客さまも増えて来ていると思いますので、こういった上映会はこれからも美術館とコミュニティシネマ推進委員会で一緒に続けていきたいと思っています。
で、コミュニティシネマ推進委員会というのは、まちなかにどんどん映画館が無くなってしまっている今、まちなかでいろいろな映画が観られて、こういったお話をしてくださる方をお呼びしたりすることができるような、そういう拠点をつくりたい、という思いで、いろいろな活動をしています。
では、お待たせいたしました。蓮實重彦先生をお呼びしたいと思います。皆さん、拍手でお迎えください。お願いします。

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蓮實先生写真蓮實重彦先生:
 今日ここでフレデリック・ワイズマンの作品についてお話をすることができるのは、大変大きな喜びであります。ワイズマン、御承知と思いますけれども、アメリカの最大の作家です。現代アメリカの最大の作家と言っていいと思います。で、その名前が例えばジョージ・ルーカスとか、それに類する人たちほど知られていないということは重要な問題ではありません。何しろ、数がそれを証明しているわけですね。彼は1967年に初めての、今日御覧になった「チチカット・フォーリーズ」でしょうか、それを撮りまして、以後37 本の作品を撮っている。アメリカでこれほど充実した作品を撮り続けた監督は1人もおりません。フレデリック・ワイズマンは1930 年に生まれております。1930 年に生まれているということは、彼が映画を撮りはじめたのは37歳の時、ということになりますが、比較的遅いわけですね。しかしその前に彼が34歳の時に、ある作品をプロデュースしておりますので、ほぼ、彼の映画暦というのは65年から2005年まで続いて、現在37本目の『The Garden』という映画が完成したということになっております。

チチカット・フォーリーズ しばしば、そのような誤解をしておられる方がおられるのですけれども、アメリカ映画はハリウッドで生まれたと思っている方が決して少なくないんですね。アメリカ映画と言えばハリウッドと言うから、それは当然かもしれませんけれども、ハリウッドというのは1913年、14年くらいから、アメリカ映画の中心になり始めたものであって、映画が生まれたのは1895年ですから、1895年から1913、14年ほど、つまり映画が生誕してから、ほぼ20年はアメリカはハリウッドなしにやってきていた。
1915年くらいからハリウッドが盛んになりますけれども、ハリウッドに会社があったわけではなくて、当然のことですけれども、アメリカ映画の中心─アメリカ映画産業の中心はニューヨークにありまして、必ずそのニューヨークを中心にした、ショウビジネスの世界の中で、ハリウッドは言わば撮影所として、植民地のような形で存在していた、ということになります。
先ほどハリウッドは1913年から14年くらいにできたところだというふうに申しましたけれども、それは西海岸ですね、映画の撮影に非常に適した、言わば地中海性の気候のところで、映画を撮るのが簡単になってきたということなんですけれども、それ以前から、そしてまたハリウッドができて以後も、今日に至るも、アメリカの東海岸というのは今なお映画の中心であるわけです。ニューヨークにも(カウフマン・)アストリア・スタジオという撮影所が存在しております。これは決してアメリカ映画、すなわちハリウッド、ということではない、というのをまず知っていただきたいと思います。

ドメスティック・バイオレンスそれから、今日ここでお話することができるフレデリック・ワイズマンという人は、東海岸の映画作家であるわけです。東海岸と言いましても、彼の場合には第1回のプロデュース作品がニューヨーク派のものであったわけですけれども、彼自身の住んでいるところは、マサチューセッツ州のケンブリッジというところです。ボストン、と言ってしまった方がお分かりになるかもしれませんけれども、ボストンから川を隔てた、ハーバード大学寄りの閑静な住宅地。このケンブリッジというところですね、そこに住んでいて、で、幸いなことにと言いますか、私はフレデリック・ワイズマン監督と、世界の各地でばったり会ったり、或いは、打合せをして会って一緒に食事をするというようなケースに恵まれてまいりました。ボストンでも、彼の知人の家に昼食に呼ばれて一緒に彼と食事をいたしましたし、日本でも山形国際ドキュメンタリー映画祭の折に、山形でも会っておりますし、なぜかそれのみならず、ヨーロッパでもですね、2001年でしたか、御覧になった、今日御覧になるのかな?『ドメスティック・バイオレンス』の「1」、ここでは『ドメスティック・バイオレンス』は1本しか上映しませんけれども、これは「1」「2」と2つあるわけですけれど、その「1」がヴェネチア映画祭に出品された時に、彼はヴェネチアに来ておりまして、たまたま私はその時審査員をやっていたので超豪華ホテルに泊まれたので、彼が来たい来たいというので一緒に食事をした、というような記憶もありますし、また、ここでは上映しませんけれども『The Letter』という映画がありまして、これをパリで撮り始める直前、パリで一緒に食事をした記憶等もありまして、私はあまり世界のいわゆる大監督と親しいだの、友人であるなどということはあまり言わない方なのですけれども、彼の場合は、これほど世界各地で一緒に会った人はいないので、まあ、友人と呼んでいいのではないかと思っております。(>> 続きを読む)
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