ニュージーランドの政治風土


「ニュージーランドの政治風土」
立正大学法学部平成15年度公開講座「世界と日本―法と政治と文化―」第8回講演原稿
平成15年11月22日(土)午後2時40分から午後4時10分
早川誠

1.序論:政治機構と政治風土
 本日は公開講座に足をお運びいただき、どうもありがとうございます。今日は皆様と一緒に、日本と世界のことを考えていきたいと思っております。
 さて、テーマの「ニュージーランドの政治風土」。皆さんはこのテーマをお聞きになって、どのように思われるでしょうか。「政治風土」というのは非常に曖昧な言葉でして、例えば広辞苑で調べますと、風土は「その土地固有の気候・地味など、自然条件、土地柄」などと書かれております。もともと自然条件に関する言葉ということですが、政治風土というような言い回しで使った場合には、例えば政治にかかわる時の人々の考え方のクセとか、行動の仕方のパターン、そういったものを指す場合が多いようです。あるいは、「政治文化」といったような言い方をする方が、学問的には自然で普通かもしれません。
 そう考えると、これは例えば「政治機構」というようなものと対比するとよくわかるのですが、あまり硬い、形の定まったものではないのですね。政治機構の話であれば、例えば議会の話をすると、日本の議会は衆議院と参議院の二院制になっているけれども、ニュージーランドの議会は一院制だというような、はっきりした話が出来るわけです。では、なぜこうした曖昧な表現をテーマに選んだのかといいますと、実は今年の9月、私は実際にニュージーランドを訪ねる機会がありました。立正大学法学部では、国際法文化コースというコースがありまして、ここでは英語教育を重点的に行うという方針を採っています。その一環として、2年生の夏休みにニュージーランド南島のダニーデンDunedinという町に1ヶ月間の語学研修に行くことになっているのです。このダニーデンという町には1869年創設のオタゴ大学the University of Otagoというニュージーランド最古の大学がございまして、このオタゴ大学に付属する語学センターで研修が行われているわけです。私は、半分は学生達の付き添いで、もう半分はオタゴ大学との学術交流協定に基づいて先方の大学でレクチャーをするという仕事で、2週間ほど滞在する機会に恵まれました。そこで、テーマを提出したのはこのニュージーランド行きの前だったものですから、ニュージーランドでの実体験をもとにして、実際にニュージーランドにどんな感想を持ったか、ニュージーランド政治の硬い事実とニュージーランドに対する感想とを組み合わせながら、散文風にといいますかエッセイ風にといいますか、そういう感じで皆さんにお話が出来たら、と考えたわけであります。

2.ダニーデンの様子
 さて、まず、はじめに具体的なイメージを持っていただくため、私や学生が滞在したダニーデンという町について少しお話しておきたいと思います。ニュージーランドは主に北島と南島という二つの島から成り立っています。その違いを一言で言えば、北島はビジネス型、南島はレジャー型とでも申しましょうか。北島には首都であるウェリントンや商業の中心で最大の空港を持つオークランドなどの都市がありますし、また、国の人口の四分の三が北島に集まっています。これに対して南島のほうは、代表的な観光地であるクライストチャーチを抱え、またクイーンズタウンのスキー場などレジャー施設も数多くあります。北島のオークランドから南島へ飛行機で飛ぶとよくわかりますが、上空からは壮大な山並みと美しい海岸線が見えますし、離着陸の際に低空で飛ぶ時には、ニュージーランド名物と申しますか、牧場にいる羊の群れを上空から見ることも出来ます。
 ダニーデンは12万人ほどの人口を抱え、この南島でクライストチャーチに続く第二の都市となります。オタゴ湾を抱えるようにして発展してきた町で、もともとはスコットランド起源です。皆さん卒業式でおなじみの「蛍の光」をご存知だと思いますが、この歌はもともとスコットランド民謡で、旧友と再会し昔を偲ぶという内容を持っていました。この詞を書いたのがスコットランドの代表的な詩人であるロバート・バーンズRobert Burnsという人なのですが、ダニーデンの中心広場、オクタゴンOctagonにはこのバーンズの像が建てられています。また、ダニーデンはUniversity CityあるいはStudent Cityとしても知られていて、つまりオタゴ大学を中心とするさまざまな学校が主要「産業」でもあるのですね。実際、ダニーデンの人口に対する学生比率は非常に高く、町を歩いていても大学生や高校生の姿を多く目にすることが出来ます。大学生が町の人口に占める割合は、20%にもなるそうです。もともとこの町が発展したのは19世紀後半の金の採掘、いわゆるゴールドラッシュがきっかけだったのですが、その後、野菜や果物の栽培、ワイン製造、などさまざまな産業創出に乗り出しています。大学を中心とした町の展開も、その一環ということですね。オタゴ大学の図書館のすぐそばにオタゴ・ミュージアムOtago Museumという博物館があるのですが、私が見に行った時には、小学生が見学に来て一生懸命ニュージーランドの歴史などを勉強していました。この博物館は、一般展示に関しては無料で見ることが出来ます。ニュージーランドの歴史や自然など多くのことが学べますので、もしニュージーランド旅行でダニーデンを訪れる機会がありましたら、皆さんも足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

3.ニュージーランドの政治のイメージ:日本との共通点と相違点
 さて、ダニーデンのことはこのくらいにして、ここでニュージーランドの政治ということについていよいよお話を進めていきたいと思います。皆さん、ニュージーランドというとどのようなイメージを持たれているでしょうか。あるいは既に、観光旅行で訪れたという方もいらっしゃるかもしれません。有名人やご年配の方がリタイヤした後ニュージーランドに家を構えるということも最近は多いようです。もう少し最近の話をしますと、映画の指輪物語『ロード・オブ・ザ・リング』3部作が現在第2部まで作成・公開されていますが、このロケ地がニュージーランドですね。国際法文化コースの2年生は、研修の前の4月から7月に「国際政治」という講義を受けて知識を蓄えていくのですが、今年はその中で、映画の中の風景とロケ地の地図とを照らし合わせてみるというようなこともしてみました。3部作の第2部までは既にDVDで発売されていまして、最後の第3部も遠くないうちに公開されると思いますので、皆様もぜひニュージーランドの風景に触れていただければと思います。
 こうしたある種の親しみやすさということに加えて、実はニュージーランドは1980年代頃から日本と同様の政治的な道筋を辿っているという事情があります。ニュージーランドでは、1980年代中盤以降、それまでの「大きな政府」路線、すなわち政府が鉄道や郵便、電力などのサービスを切り盛りし、多くの規制をかけて経済を調整していくという路線から、政府の仕事を減らしてマーケット、つまり市場の競争原理を導入しようという「小さな政府」路線への転換が行われました。日本でも国鉄が民営化されたりしたことを思い起こしていただきたいのですが、この1980年代というのは世界的に見ても「小さな政府論」が台頭してきた時期なのですね。経済学で「新保守主義」などと呼ばれる潮流ですが、例えば、アメリカではレーガン大統領Ronald Reaganにより小さな政府が主張された時期でした。イギリスでも、これも皆さんご存知のサッチャー首相Margaret Thatcherの時代ですね。競争原理による国の体質強化が叫ばれました。日本では中曽根康弘氏が総理大臣を勤めていた時期です。同時期に、ニュージーランドではそれまで政権にあった国民党に変わって、1984年に労働党が政権につき、「小さな政府」の実現を図りました。この時の労働党の中心は、ロンギDavid Lange首相、ロジャー・ダグラスRoger Douglas財務大臣です。ただ、ニュージーランドで面白いのは、この「小さな政府」論を労働党が行ったということなのですね。例えばイギリスは典型ですけれども、いわゆる「左」の政党である労働党あるいは日本で言えば社会党、社会民主党、共産党というということになるでしょうが、そういう政党は国家によって再配分政策、福祉政策を積極的に押し進めるというのが本来の目的ですから、これは全く正反対の主張を行っていることになります。実際、ニュージーランド労働党も1990年選挙では、本来の支持層である労働者層の反発が強く、国民党に政権を明け渡す結果となりました。ただ、1980年代に結果的になすすべもなく党の衰退を招いた日本社会党の例を考えても、イギリスで政権を取った労働党が保守党に近い「第三の道」を主張していることを考えても、ニュージーランド労働党の行動は、ある程度までは合理的な選択であると考えることもできるのではないかと思います。このあたりは、政治における理想と、政権獲得という現実とをどう折り合わせるか、しかも政策の選択の幅が狭くなっている現代政治においてそれをどうするか、という非常に面白い問題とつながっているといってよいかもしれません。一方、ニュージーランドでは1990年選挙の後1999年選挙まで国民党がまた政権をとるのですが、その中ではそれ以前の政権党であった労働党の政策である小さな政府を踏襲していくのですね。このあたりがニュージーランドの政治のある種の「ねじれ」といってもいいかと思います。
 そしてここから今度は日本とニュージーランドの違い、という点についてお話を進めていきたいと思うのですが、先ほど労働党、国民党と「小さな政府」論を踏襲していったとお話しましたね。ところが、1999年に発足した労働党・連合党の連立政権では、この「小さな政府」という方向性に修正が加えられることになります。例えば、最低賃金の引き上げや、年金の増額が行われる。これは支出や政府の介入を増やすという方向性ですから、ちょうど1980年代以降とは逆の方向に向かうようになったわけです。翻って日本を考えてみますと、私達は基本的には一貫して「小さな政府」の方針を掲げているわけですね。郵政民営化という論点もそうですし、行政改革による公務員の削減といった論点もそうです。今月の11月9日に行われた選挙でも自民党中心の連立政権が維持されましたから、この方向性に変化はない。このあたりは日本とニュージーランドは非常に対照的で、実際「小さな政府」にむけた改革が行われた後でも、ニュージーランドでは福祉が非常に重視されています。医療や教育は日本よりもはるかに安価です。こうした点はこれから後のお話の中で考えていきたいと思っています。

4.民主主義のイメージ
 こうした違い、「小さな政府」を目指した後での違いというのには、おそらく何か原因があると思うのですね。私は実は、これは「民主主義」というものに対する感覚の違いにあるのではないかと思っています。民主主義の観点からニュージーランドについて特筆すべき点の一つは、この国が世界で初めて女性の参政権を実現した国である、ということです。ニュージーランドでの女性参政権の導入は1893年といいますから、日本ではまだ明治時代ですね。現在も、ヘレン・クラークHelen Clarkさんという女性がニュージーランド首相の座にあります。クラークさんはオークランド大学の出身で政治学を専攻していたのですね。その後大学で政治学教員として働いた後、労働党から国会議員の職に入り、1999年以降首相を務めています。ちなみに、ニュージーランド最初の女性首相は1997年国民党のジェニー・シップリーJenny Shipleyさんという人なのですが、シップリーさんの場合国民党の党首交代に伴って首相になったということなので、選挙での政権交代によって首相になったのはクラークさんが初めてということになります。ちなみに、イギリス帝国の範囲内で、女性に対してあらゆる授業への差別のない参加を認めたのも、オタゴ大学が初めてなのだそうです。
 実際、今回ニュージーランドに行ってみまして、女性の政治参加というか、その前に社会参加ということかもしれませんが、それが進んでいるということについては、確かにそうなのだろうと体感することもありました。というのは、オタゴ大学の語学研修センターでは、研修生は基本的にダニーデンの各家庭にホームステイします。もちろん、私どもの学生もそれぞれ別々の家庭にホームステイさせていただいたわけですが、多くの家庭で夫婦がともに働いているのですね。学生達は早い時には午後2時頃に授業が終わったりするのですが、そうすると家に帰ると誰もいない。そこで、自習室に残って自習したり、パソコンルームで電子メールを書いたり、あるいは喫茶店でお茶を飲みながら友達とおしゃべりして時間をつぶしたりということになる。帰って家に一人でいてもつまらないですから、そんな感じの時間の過ごし方をしていたわけです。あるいは、これは社会参加の平等というより生活習慣の違いというほうが大きいのでしょうけれども、朝食をシリアルでさっと食べて済ませてしまう。朝の手間暇ということもあるかもしれません。場合によって学生達はお腹がすいてしまう、というようなこともありました。
 あるいは、人口の少なさという点も、国民が参加の意義を実感できるということでは民主主義にとって好都合です。ニュージーランドの人口は400万人前後ですから、自分たち自身で国を動かしていくという感覚が強いといえるかもしれません。よく笑い話のような感じでニュージーランドは人間よりも羊のほうが多いといわれますが、実際に400万人程度の人口に比べて羊は5000万頭ほど存在します。この人口の観点で言えば、日本に比べてニュージーランドは小国だということになるかもしれませんが、ただ逆に身近な生活課題をみんなで話し合っていくという雰囲気を作るには非常に好都合だということにもなるわけですね。400万人という数は、例えば神奈川県横浜市の人口が350万人ほどですし、さいたま市の人口が100万人強、熊谷氏の人口でも15から16万人あります。都道府県レベルだと、東京都は1200万人強、埼玉県が700万人前後ですから、ニュージーランドの人口は日本で言えば地方公共団体レベルの数だといってもいいと思います。そうなると、皆さんも身近な土地の政治というのには当然利害関係が絡んできますから熱が入るだろうと思うのですが、そういう種類の「直接民主主義」的な、とでも言いましょうか、雰囲気というのはあると考えてよいと思います。これは投票率を見てもよくわかります。直近の3つの総選挙について投票率を比較してみたいのですが、日本では、平成8(1996)年10月10日、平成12(2000)年6月25日、そしてつい最近行われた平成15(2003)年11月9日各選挙(小選挙区部分)が、それぞれ59.65、62.49、59.86%。ニュージーランドは1996年、1999年、2002年がそれぞれ88.28、84.77、76.98%。ほぼ20%近い差があります。ちなみに、10月26日に開票された参院埼玉補欠選挙の投票率は、補欠選挙ですから比較対象とはならないのですが、27.52%でした。

5.選挙制度の工夫
 こう見てみると、この細かい所まで目が届く民主主義、という点では、例えば選挙制度のお話が一つの例になるかもしれません。ニュージーランドは、ダニーデンがスコットランド起源の町だということを冒頭にお話しましたが、イギリスをはじめ各地からの植民者によって形成されてきた国です。ただ、その前には既に太平洋諸島から先住民族のマオリが移住してきていました。このマオリMaoriとヨーロッパ系の人々の間で1840年に北島のワイタンギという町で「ワイタンギ条約Treaty of Waitangi」というのが結ばれ、これが現代のニュージーランド国家の基礎となっています。この条約では、マオリ人にイギリス臣民としての全ての権利や特権を与えること、土地所有権や漁業権、森林権を侵害しない代わりに、イギリス女王がマオリから土地を買う権利を認めるというものでした。その後も、この条約に対する違反は頻発し、1975年のワイタンギ審判所の発足まで根本的な解決は見られませんでした。いずれにせよ、ニュージーランドは建国の初めから多民族国家としての運営を工夫しなければならなかったわけです。となると、もちろん他の民族も含めて、複数民族の共存をどのように確保するのか、異なる民族間でどのように平等を達成するのか、はニュージーランドの政治にとって非常に大きな意味を持っていました。例えばニュージーランドにはマオリ振興省Ministry of Maori Developmentという省庁がありまして、マオリの人々の教育や雇用の促進などに尽力しています。そして選挙制度ではどんなことが行われているかというと、「マオリ選挙区Maori electorates」という非常に面白い制度が存在しているのですね。これはどういうものかというと、ニュージーランドの選挙の場合、一応一般選挙区general electoratesによって区割りがなされているのですが、これとは別に、この一般選挙区にかぶさるような形でマオリ選挙区というものが区割りされ配置されます。そして、マオリの人々は、このマオリ選挙区で投票するのか、それとも一般選挙区で投票するのかということを、自分達で選択できるわけです。そして、マオリ選挙区で投票するというマオリの人々の数が増えるとともに、マオリ選挙区の数も増えるようになっています。実際、マオリ選挙区は増加傾向にあり、以前4議席だったのが、現在は6議席になっています。こうして多民族共生が、部分的にせよ制度的に確保されているというのも、あるいはあちこち目の届く範囲が広い民主主義のなせる業、ということかもしれません。

6.厳しい競争
 さて、ここまでお話してきて、ニュージーランドの政治にどのような印象をお持ちになられたでしょうか。まとめてみると、女性や民族に開かれた、福祉にも目配りの行届く、手作りの民主主義、というようなイメージとでも言えるでしょうか。ある種の理想の民主主義だというような感覚さえ持つようになってくるわけです。ただ、ここにはそれ相応の対価と申しますか、反動と申しますか、そういったものもある。これから先はその事を、私自身のニュージーランドでの体験を交えながら、お話していきたいと思います。
 一つの手がかりは、大学というものに対する考え方の違いです。ニュージーランドの大学は、実は全て国立大学、7つの国立の大学しか存在しません。その意味では大学のステイタスは非常に高いわけです。入るのが簡単で出るのが難しい、という、大学に入ってからの競争が厳しいタイプですね。ただし、年間に必要な費用は2〜30万円と低く、その意味では福祉型国家を地でいっているわけです。さて、私が行ってみて、日本と違うと感じたことの一つは、学生を大人扱いするということです。具体的に言いますと、これは例えば私どもの立正大学でも父兄会というようなものを催したり、そのために各地方に教員が出向いて成績相談会というか、そのようなものを開いたりしております。これはありがたいことに御父母、関係者の皆様から温かいお言葉をいただいておりまして、非常に面倒見のよい大学であると。そのように誉めていただくことになります。ところがニュージーランドだとこうはいかない。どういう事かというと、大学生の場合はもう独立した大人であるから、学問面で教員が学生を指導するのは当然なわけですが、例えばなかなか成績が取れない時に先生に相談に行ったりするということは、これは一人前の大人のやることではないわけでして、この面では教員が学生の面倒を見ないのですね。そもそもその部分の面倒を見ることは間違いだと考える。ですから、大学を卒業するのは非常に厳しいです。4年間で卒業する数も多くない。むしろ、大学にいる間に留学等をして、自分のキャリアをできるだけ高める。長い年月を大学でかけても、それは日本でいうモラトリアムの時期というわけではなくて、資格というか自分に対する投資というか、そういうもののために大学を使っているということになります。ですから、大学を正規年限で卒業できないということ自体に対する抵抗感は日本よりはるかに低いということです。これは授業料の安さとも関連してきます。つまり、授業料が安いということは、大学側が適切な住居、寮のようなものですね、これを提供できれば、学生は自分でアルバイト等によりお金を用意することができるわけですから、もう親は関与しなくてもよい。実際に、大学生なのだから費用は自分で捻出する、という考え方が非常に強いということを感じました。裏から言えば、できるだけいい寮に入れるように、学生の方でも競争が激しいわけです。
 あるいは、こうした競争の激しさ、大学での生活の厳しさというものは、学生だけではなくて私達のような研究者の間でも見られます。ニュージーランドでは大学間の教員の移動というのは頻繁なのだそうです。教員は出来るだけ良い条件の大学に動こうとするし、大学は出来るだけ良い研究者を引き抜こうとする。日本でも近年はこうした流れが強くなってきましたが、ニュージーランドはその先を行っている感じがします。今回私は向こうで一つ講演をしてきたのですが、その際にコーディネーターをしてくれたのが、オタゴ大学のPolitical Studiesつまり政治学科に所属する大学院生でした。大学院生と何気なく言っていますが、実は彼は既に40代で私より年上なのですね。それで、どういう経歴で大学院に入ったのかと聞いてみたのですけれど、彼は大学卒業後、キャリアをつけるために日本で、静岡といっていましたが、英語教師をしていたそうです。その上で、さらに勉強を積みたいというように思い、もう一度大学に戻って大学院生になった、と。もちろん、全てがこうしたケースではなくて、むしろこれは例外的なケースなのかもしれませんけれど、学生の状況の厳しさということと考え合わせると、示唆的な感じもするわけです。つまり、大学教員のほうでも、さまざまな仕事でキャリアを積んで、さらにその上で時間をかけて有能な研究者が作られる。象牙の塔にこもっていればよい、というわけではないということなのですね。
 要するにここで何が言いたいかというと、ニュージーランドの場合、学生の方は学生の方で非常に高度な自立心とキャリアを要求されてその中で鍛えられた学生が社会に出て働いていく、そしてその学生を教える教員の方でもさまざまなキャリアを持った人間がさらに厳しい競争の中で能力を磨いていく。さっきニュージーランドは日本に比べて福祉重視型の国だということをお話しましたけれど、そのコインの裏側は、福祉が充実しているからこそその中で安心して競争が成立する、ということになっているわけです。もちろん、こうしたシステムが良いか悪いかについては色々な考え方がありえます。日本の方が、家族の連帯のようなものがしっかりと維持されていて、それは別に恥じるべきではないという考え方も当然ありうる。ただ、例えば、実際にニュージーランドで厳しい教育を潜り抜けてきた学生がキャリアをさらに高めるために日本で労働人口となった場合を考えるとどうか。実は、立正大学のように「面倒見のよい」大学は、その面倒見のよさの裏で、学生の国際競争力を低くするという結果を招いてしまっているのではないか。そうなると、これは御父母の皆様のご批判を浴びてでも、場合によっては厳しい教育方針をとったほうが良いということになりはしないか、というようなことも考えざるを得なかったわけです。

7.グローバリゼーションの影響
 ここには、最近の流行の言葉で言えば、グローバリゼーションの顕著な影響を見て取ることが出来ます。もし日本とニュージーランドが、それぞれ全く関連を持たない、国内事項だけに関わっていればよい国家であれば、今申し上げた教育の違いというものはそれほど重大な意味を持たないでしょう。しかし、現実には日本であれニュージーランドであれ国際的な波に対応を迫られています。ともに島国である、という条件も国際化の進展にとっては大きいかもしれません。このグローバリゼーションということでニュージーランド滞在中に考えさせられたことをお話したいのですが、それはあるニュースを見て感じたことです。ニュージーランドではこれまで、永住権を持たない外国人女性がニュージーランドで出産を行った場合、無料の母子保健サービスが受けられることとなっていました。これは、一面ではニュージーランドの福祉政策の重厚さを示していますし、あるいは永住権を持つ外国人にも国政参政権を認めるという開放的な民主主義と連続性を持っているともいえると思います。ところが、これが最近分娩費用等を有料化する方向になった、という報道がありました。なぜこういうことになったかというと、どうもニュージーランド無料出産ツアーとでも称しますか、そのような企画が海外で広告されているということが明らかになったようなのですね。つまり、経済のグローバル化が進むと、国境を超えて、福祉が手厚い所へ人が集まってしまう。その場合、そのための費用は税金でまかなわれますから、いわゆるフリーライダー、ただ乗りの問題が発生してしまうわけです。国内政策が国内政策で終わらず国際的な問題に必然的につながってしまう、というのが現代の政治状況なのです。

8.ニュージーランドと日本
 今、競争による能力向上と国際化という側面、それから福祉政策と国際化の側面、という二つの側面からニュージーランドでの経験をお話してきました。ところで、こうした問題は、日本では生じてこないのでしょうか。日本では、楽観的に見るならば、面倒見のよい大学と適度な競争があり、福祉政策というよりも小さな政府を目指す構造改革・小泉改革が議論の焦点となっています。しかし私は、ニュージーランドの問題は日本にもかなり当てはまる問題なのではないか、と感じています。表面的に言えば、ニュージーランドと日本は両方とも太平洋に面した島国ですから、その意味で、直面する問題にいずれ共通性が出てくるだろうという思いがあります。
 もっと具体的な話をすると、例えば、大学の例でいえば、21世紀COEプログラムというのを文部科学省が進めていまして、これは価値の高い研究を行っている大学・研究分野に重点的に予算配分を行うわけですね。トップ30などと呼ばれたこともありました。それで国際的レベルでの日本の大学の競争力を高めようとする。ところが、実際には、日本の場合にはまだまだ大学であっても「学生の面倒を見る」大学が優れているという感覚が普及しています。これは立正大学だけではなくて、東京大学でも早稲田大学でもおそらくかわりはない。むしろ、大学を民営化の方向へ進ませるというヴィジョンの中には、例えば学生サービスの充実というような考え、つまり、今までの大学は先生ばかりが偉そうにして学生の立場がないがしろにされていた、だから「消費者(学生)重視」に方向を転換しなければならない、というような批判も含まれているように見えます。ところが、大学を競争させるということと、学生サービスを充実させるということの間には、一定のすき間があります。つまり、研究拠点としての大学が激しい競争を勝ち抜くためには、学生サービスを犠牲にする。あるいはその言葉が悪ければ、学生サービスということ自体の考え方が問題なのであって、学生の成績相談や人生相談をするのではなく、優れた講義をおこなうことが本当の学生サービスなのだという立場もありうるわけです。となると、大学に対する日本の世論は、あるいは大学関係者のヴィジョンは、やや混乱して一貫性を欠いているのではないかと思えないでもない。
 福祉の問題にも厄介な点はあります。高度な福祉国家がフリーライダーを集めるという事態の裏側は、市場を重視するタイプの国家から人々が逃げるということでもあります。例えば、年金や健康保険の空洞化という問題も、そうしたことかもしれない。年金や健康保険は今のところ未加入が問題となっているだけですが、例えばリタイヤした後海外に生活の場を求める日本人が今以上に数が増えたとしても不思議ではない。逆に日本のサービスを求めて海外から人が入ってくることもあります。これは避けられないのではないか。内閣府が11月1日付で発表した自由時間と観光に関する世論調査では、「外国人旅行者が日本を訪れやすくするためビザ(査証)の取得を免除したり、取得手続きを簡単にしたりすることについて、53%の人が否定的な考えを持っていることが、明らかになった」とされています。原因は犯罪者の入国や治安悪化への不安ということです。問題は、こうした態度がどの程度これから先の将来に具体的な解決策となりうるかということではないでしょうか。
 ニュージーランドの大学では、大学間の競争に生き残るために、語学研修者、留学者の受入を強化しています。私たち立正大学の学生が研修できるのも、その政策ゆえのことです。つまり、英語という文化的な価値・付加価値を売るという形で、グローバリゼーションを乗り切っていこうと考えているわけですね。逆に言えば、そうした外向きの政策で生き残ろうとするからこそ前に述べたような問題も激化してしまう。これに対して、日本の場合には、そうした問題の激化を防ぐために内に篭ろうとする感覚も強く感じられます。この対応が通用するかどうか、それはこれからの日本の運命を決める選択であるとも言えるかもしれません。
 いずれにしても、民主主義の進んだ国というイメージで語られるニュージーランドにおいても、国際化の波で様々な改革を余儀なくされるという状況が現れていますし、そうした傾向は今後も続いていくことでしょう。その際、同じ太平洋に面する国家として、日本がニュージーランドから学べることも少なくないはずです。国内に課題が山積みとなっている今だからこそ、海外の貴重な体験を参考にしながら、より良い日本の民主主義を作り上げていくために、努力するべきなのではないか、と私は考えております。
(完)

参考文献
和田明子『ニュージーランドの市民と政治』明石書店、2000年
平松紘他『ニュージーランド先住民マオリの人権と文化』明石書店、2000年
吉岡雅光『ニュージーランドのミドルタウン』学文社、2000年
ニュージーランド研究同人会編『ニュージーランドの思想家たち』論創社、2001年