「ミシェル・フーコーと権力論」要旨

1993年12月提出修士論文
                東京大学大学院法学政治学研究科
                        修士課程 早川 誠

「ミシェル・フーコーと権力論」要旨
 本論文は、ミシェル・フーコーの権力論を整理し、その政治学に対する影響を明らかにしようとするものである。その際に、彼の主体論を軸に権力論を再構成するよう努めること、現代政治学における権力論との比較から彼の自由概念を検討すること、方法論を考察することで晩年の思想にまで一貫した解釈を与えること、の三点に特に留意した。
 第1章では、「主体」に対するフーコーの歴史的分析を考察する。フーコーによれば、主体は各時代に固有の特徴を持った歴史的存在であるという。その前提となるのが、彼の「エピステーメー」の概念である。「エピステーメー」は各時代の認識の態様を特徴づけ、いくつかの断層を示しながら進展する。従って、その中に生じてくる認識主体も「エピステーメー」内の様々な言説に貫かれているのである。この論議の中心は、近代が生み出した歴史的主体、「人間」という主体に対する批判である。そしてこの認識主体としての「人間」への批判は、当然ながらそれと同一の場にある実践の主体にも反映されてくることになる。フーコーは、『狂気の歴史』の中では、いかにして狂気が排除され、より厳密な区分に服するようになるか、を詳述した。また、『監獄の誕生』においても、表面上は「人間的な」近代の刑罰がいかに巧妙に権力の作用に裏打ちされているか、を明らかにした。『知への意志』でも、性の領域で主体が権力に攻囲されていく様が描かれている。こうして、近代の主体たる「人間」と権力の関係がフーコーの議論の中心軸を形成するのである。一方、権力は主体に対して作用する唯一のものではない。主体に対しては、生産・記号体系・権力・自己の四つの主要なテクノロジーが重複して影響を与えている。その中でフーコーが権力のテクノロジーに焦点を当てるのは、現代を権力の過剰の時代と考えるからである。こうして、通時的にも共時的にも主体論が権力論と密接な関係を持つことが明らかになる。
 第2章では、現代政治学とフーコー、双方の権力論を比較し、そこからフーコーの権力論の特質を抽出する。現代政治学の権力概念は主に二つのタイプに分類されよう。権力とはある人にある行為を意図に反して行わせることができるものである、というゼロ・サム的概念と、権力は人々の自発的な行為さらには合意による社会の目的達成能力に対応する、という概念である。前者には様々なヴァリエーションがあるが、権力の存在のためには争点の存在が前提される、という点で一致している。逆に後者の権力観では、争点の消滅こそ権力の前提であり、従って権力と暴力は厳密に分離される。ところが、こうした二つの権力論は、実は主体論の観点からは同一基盤の上に成立していると言えるだろう。権力が主体の作用として把握されているからである。前者では権力行使者と被行使者の二つの主体の対立が想定されている。後者においてもまさしく主体的な行為が問題となっている。この主体を前提とする権力観に対して、フーコーは全く異なる権力観を提出するのである。彼は、否定的な権力・抑圧的な権力というイメージを拒絶した。性の領域における「告白」の分析から導かれるのは、むしろ権力は主体を生産し、形成するものであるということである。こうした彼の権力観は、「規律・訓練」と「統治」という二つの権力の技術の分析によって論理的基礎を与えられている。『監獄の誕生』で詳述される「規律・訓練」型権力は、パノプティコンに見られるように、権力の中心を不可視にすることでその作用を自動化する。この自動化された権力により、個々人は近代の「人間」にふさわしい存在となるのである。近代は、この権力が普遍化することによって形成された「規律・訓練的な社会」であるというのがフーコーの結論である。一方、個々人ではなく人間という種全体を標的とする権力も出現した。近代国家の形成とともに展開した「統治の技法」に関する著作は、「国家理性」の概念を経て、「人口・住民」と「ポリス」の両概念の登場により現実へと媒介される。そこでは社会あるいは国家の内在的な力の発展が要請され、そのために権力が「人口・住民」に特有の要素、衛生・出生率・死亡率などの調整を企てるのである。もっともこれは規律・訓練型の権力を手段として取り込みながらであって、両者は相互に排他的なものではない。こうして、フーコーの権力論が主体を抑圧せずに生成させるものであるとすれば、現代政治学の権力論との相違は明らかである。先述の通りゼロ・サム的権力観も権力を合意達成能力とする見方も主体を所与としている。フーコーの権力論はその所与の主体こそ権力によって形成されたのだと論じているのである。しかし、このように論じることでフーコーの権力論は自由論の領域に困難な問題を持ち込むこととなった。ゼロ・サム的権力観が恣意的権力からの解放の自由を、合意を旨とする権力観が権力の行使による自由を主張するのに対して、そもそも権力以前の主体を否定したフーコーには自由の基盤が存在しない。この問題に対し、権力の「外部」の存在をほのめかす論考もあるが、その議論の展開は不十分である。だが、「外部」を措定しない自由をフーコーは論じている。「抵抗」としての自由である。遍在する権力の作用を逆用して内部から常に抵抗し続けること。外部への解放を目指すのではなく、内部の態様の変化をもくろむこと。そのような常に「抵抗」し続ける姿勢がフーコーにとっての自由なのである。
 第3章ではこのような自由論の基礎となるべき方法論を扱う。「抵抗」としての自由の主張も、もしその主張の基礎である方法論自体が権力の作用を受けたものであるとすれば、曖昧な正当性を持つにすぎない、ということになる。この点に関して、「考古学」も「系譜学」も確固とした議論を提供しえなかった。「外部」を措定しようとする試みも説得力に欠けている。こうした中、晩年の研究領域である「倫理」の位置づけが問題となろう。彼のそれまでの研究領域を大きく遡り古典古代に目を向けたことは、方法論の基礎を提供するような非近代の理想的主体の発見を目指してのことだったのだろうか。しかし、フーコーは現代の問題の解答を過去に求めることはできないと言う。やはり古代ギリシア・ローマ哲学の主体も権力の作用を逃れることはなく、ただ現代の問題構成との類似性という点で彼の注目をひいたにすぎなかったのである。こうして、フーコーの権力論は彼の研究生活全域を覆い尽くしている。従って、彼の議論自身が権力作用を受けているのではないかという自己言及性の問題も、解決の糸口を見出だせないままであると言えよう。しかし、ポスト・モダンの議論の不毛性に対してしばしばなされる批判を鑑みれば、フーコーの議論はポスト・モダンの絶対化を回避して活力を維持することを可能にしているとも考えられる。この現代という時代、もし政治に創造力が求められているとするならば、フーコーの議論はあらゆる議論が目を向けるべき批判的参照点を形作っていると言うことが出来るであろう。