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せんせーの考えていること2004New
今年度はハーバード大学での在外研修日誌になっています。

オリキャンを終えて
軽井沢での新入生オリエンテーション・キャンプから帰ってきました。
やや時差ボケが残る中での仕事復帰でやや不安もありましたが、
多少熱っぽい体調の中、無難にこなせたかなと思います。

新入生の皆さん、お疲れ様でした。
友達ができた人、できなかった人、
上手く時間割が組めた人、不安が残っている人、
それぞれだと思いますが、
まだまだ焦る必要はありません。
時間をかけて大学生活に適応していけば十分です。
まずは無事にキャンプを終えたのですから、
大学生活の出だしとしては上々です。
私も1年生の英語科目を持ったりしますので、
わからないところは遠慮なく聞いてください。
1つずつ疑問を解消していけば、
ゴールデンウィークくらいにはもう心配もなくなりますよ。

それから、毎年の事ですが、
ヘルパーの皆さんもお疲れ様でした。
今頃うちあげで騒いでいる頃だろうな。
今年の4年生には、1年生の時に僕の英語クラスだった子が多くて、
夜に喋っていたらとても懐かしかった。
これからまだ就職活動や卒業単位の取得など、
大変な事もきっと多いと思います。
でも、仲間同士力を合わせて、そして今まで培った技量を発揮して、
残りの学生生活を全うしましょう。
良い最終学年の1年にしようね。

さぁ、来週からいよいよ本格的に新学期が始まります。
2005/4/8 (Fri)
始動
今日から大学に出て、
明日明後日の軽井沢での新入生オリエンテーション・キャンプから
本格的に仕事に復帰します。
ホームページのアップデートが間に合いませんが、
体調管理最優先で過ごしていますので、しばしお待ちを。
2005/4/6 (Wed)
ただいま!
帰国しました。
お休みなさい・・・。
2005/3/31 (Thu)
引越の荷造り終わった
いよいよ帰ります。
次の書き込みは数日後、日本で!
2005/3/28 (Mon)
とりあえずまとめ
引越準備に追われる中、電話・ケーブルの解約も迫ってきたので、
このままだとアメリカ生活のまとめができない。
ということで、とりあえずの感想を書いておこうかと思います。

私の在外研究は一般的な研究者の感覚からすると
ちょっと変だったかもしれません。
というのは、在外が決まるとたいていは、
「これで雑務から解放されて研究に専念できますね」とか
「一年間のんびりしてくるといいよ」とか言われるわけです。
もちろん、高校訪問やらカリキュラム作成やら書類コピーやらで
研究時間との競合が生じる多くの大学教員の実感としてはこれは正しいし、
私自身もそう思うのですが、でもやっぱりちょっと違和感がある。

どういう違和感があるかというと、
「研究に専念できますね」という感覚は要するに
「日本にいると研究できないからね」というのが言外にあるわけで、
それは比較的容易に
「日本にいるんだから研究できなくても仕方ないや」とか
「日本にいるんだから研究しないで仕事しろ」という感覚に
転化しやすいという感じがするわけです。
これにはコインの裏側に当たる問題もあるわけで、
「海外にいるんだから校務をやらないのも当然だ」というもの。
というか、本人達がそう思っていなくても、
学生や世間様から見るとそう見えるのではないかと。

実際には在外研究なんて10年に1度とかそんな頻度でしかないわけで、
そうすると
「9年間は研究せずに1年間研究する」という大学教員は、
はたして世間的にも学界的にも良い大学教員なのだろうかと。
そして、10年に1度しかないことを理由として
「9年間校務をしたんだから1年間は校務をしない」
という大学教員は他から見るとどのように見えるのだろうかと。
私としては、
「日本にいても忙しいながら何とか時間を見つけて研究し、
海外にいても必死に研究しながら何とか時間を見つけて大学の仕事をする」
というのが大学教員としてはいいんじゃないかな、と思うので、
今回はハーバード便りを作ったり、ゼミのメーリングリストは維持したり。

これに対してはもちろん反論もありうるわけで、たとえば
「皆が理解して研究をするように環境を整えてくれているのだから、
その期間は余計なことを考えずに研究に専念するべきだ」
というのが1つの典型だと思うのですが、
私はこの点は良くわからない。感覚の問題という気もするけれど・・・。
私の個人的な気持ちとしては、在外中も大学と関わっている方が、
ずっとしっくりくるのです。

ただし、他方で大学外の人たちにも
今の大学教員の現状をもっと理解してほしいという気持ちもあります。
私は雑務をすること自体は好きだし(事務の人と仲良くなれるのは大きい)、
雑務の量が増えること自体は少子化と合理化の中で仕方ないと思うのですが、
例えば「大学教員は象牙の塔にこもりきりで世の中のことを良く知らない」
という批判が場合によっては
「研究をせずに校務をする大学教員が良い教員だ」という
雰囲気につながる危険性があることはやっぱりわかってほしい。
父母会や成績相談会で話すと感謝されて気持ちはいいんだけれど、
進路相談や成績相談のスペシャリストになっている政治学者というのは、
どういうように考えてみるべきなんだろうなぁ、と。
このあたりの心情をわかってもらえないと、
大学教員もイジケてしまってますます引きこもったりするかもしれない。

まとめると、
「雑務で忙しくても研究し、研究で忙しくても雑務する」
(「学者は生かさぬように殺さぬように扱え」というのとは違う)
という状況を実践してみたいというのが
自分自身に対する私のこの1年間の実験だったわけです。
というか、この数年間ずっとやってきたことでもあるし。
だから、たぶん日本に帰ってもあまり変化することはないと思う。
それが成功と呼べるのかそれとも失敗だったということになるのかは、
おそらく他の人に評価してもらうしかないんだろうなぁ。

でも、何はともあれ、
ハーバードでの生活は学ぶことの多い、素晴らしい1年でした。
これをどう活かしていくのかは、あくまでも自分の責任。
日本に帰っても引き続き努力を続けたいと思います。
2005/3/25 (Fri)
引き続き帰国準備中
あれやこれやと細かい事務があるので、授業の感想とかが書けない・・・。
まぁあまりああいうのを見ている人もいないと思うので、いいですね。

忙しいといいながら、滞在最終盤を楽しもうと、
この1週間はボストン・シンフォニーのコンサートとボストン美術館に行ってきました。
シンフォニー・ホールはせっかくだからと思ってカフェも予約して
コンサート前の夕食も食べてきたんだけれど、なかなか良い雰囲気。
というか、本当は年配の地位のある人がクラブ的に使うものなのかな。
僕が一番若くて、ちょっと場違いな感じもなきにしもあらずだったけど。
食事自体は、ブッフェ形式で美味しくいただけました。
特に、前菜で出たシュリンプが、けっこう日本人好みだと思う。
コンサートはワグナーのさまよえるオランダ人だったのですが、
通しで聞いた事はなかったのでこれも良い経験。
レヴァインは座って比較的のんびりスタイルの指揮だったけれど、
歌手陣は熱演スタイルで頑張っていました。
客層は、いかにもボストニアンという感じで、
演奏後は「おらが町のオーケストラ」に大絶賛の拍手を送ります。
日本だと、上野でもサントリー・ホールでもあんまりそういう雰囲気には
ならないと思うんだけれど、やっぱりそれはボストンはニューヨークとは
違うということなのかな。ニュー・ヨーク・フィルとかどうなんだろう。
唯一辛かったのは、シンフォニー・ホールって椅子が少し硬いんですね。
座布団持っていくとよかったかも。

ボストン美術館は、日曜の午前中開館直後からいって、
とりあえず11時からの紹介ツアーでまず案内してもらって。
朝早かったから、僕の他には他州から来たおじさんだけで、
ガイドさんを2人で1時間独り占めできたからお得でした。
3、40年前までは館内が禁煙じゃなかったなんていう話を聞いて、
へぇ〜という感じ。おじさんいわく、
「僕が大学生の時は大学の図書館でもみんなタバコ吸っていたよ」
というので、さらにへぇ〜、と。
有名な印象派の部屋はあいかわらず賑わっていたけれど、
僕自身はターナーの2枚が良かったかなという感想です。
日本コレクションも噂どおり。
歩き疲れた後、快慶の弥勒菩薩像の前でしばし休憩したりして。
うちの大学も、もっとバシバシ仏教で売り出せばいいのにな。
閉館ぎりぎりまでいたら、預けたコートがサブのクロークから
西玄関のメインのクロークに預けかえられていてあたふたしたけど、
無事に受け取って帰ってきました。

さぁ、帰国まで10日ほど。追い込み、追い込み。
2005/3/22 (Tue)
帰国準備に入ります
いよいよ帰国が近づいてきて、電話やテレビなどの解約手続きに入りました。
引越し荷物の荷造りとかもあるので、ほぼ今週で授業や研究会の出席はおしまい。
4月のオリエンテーション・キャンプに間に合うように日本に帰ります。

今日の午後は、日曜日で手続きの合間がぽっかりあいたので、
ぶらりとサンダース・シアターでのコンサートに出かけてきました。
The Masterworks Choraleという地元の団体の演奏で、
ハイドンのThe Coronation Anthems(何て訳すんだろう?)と
デュリュフレのレクイエムと。
小ぢんまりとした(でも広いけど)シアターとあいまって、
なかなか雰囲気の良いコンサートでした。
隣のおばさん、すごく真剣にレクイエム聞いてたな。

あと2週間、ボストンでまだ見ていないところを回ったりしながら、
アメリカ生活のWrap upを楽しみたいと思います。
2005/3/14 (Mon)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義6
今日はゲスト・スピーカーに著名な牧師のRick Warrenを招いての講演と質疑応答。
信仰と民主主義というテーマで、30分強のレクチャーの後フロアとのやり取りがありました。

ウォーレン氏によれば、アメリカにおける信仰とデモクラシーの関係は4点にまとめられるとの事。
第一に、アメリカは宗教を起源にする国である。
これは宗教や思想の多元性を否定するという意味ではなく、
現実に宗教を持った人たちが建国の仕事を荷ったという事実を否定できないという事。
第二に、アメリカは現在でも高度に宗教的な国である。
例えば、70パーセントにも上る人が、大統領に宗教心が必要だと考えている。
第三に、アメリカの歴史でポジティブな変化は、宗教によってもたらされてきた。
Civil RightsもWomen's Suffrageも。
第四に、宗教的な人は、よき市民でもある。
政治的にも責任感ある行動を取り、経済成長の基礎でもある。

では、世界的に見た場合に21世紀の信仰とデモクラシーはどうなるかというと、
三つのチャレンジに立ち向かわなければならない。
第一に、イスラムが平和的に近代化するかどうか。
第二に、中国で共産主義が有効性を失った後に、何が後釜となるのか。
第三に、アメリカがその宗教的起源に回帰するのかそれを拒否するのか。
これらの問題に答える事が必要になってくると。

Warren氏の立場では、仮にキリスト教とは言わなくても、
(でも、キリスト教の優位性が見え隠れするような感じはしたのですが)
宗教の社会的機能を基本的に支持するわけですね。

この後フロアからの質問に答えていたのですが、
まず案の定出てきたのが
「宗教のどの部分が社会資本にとって有益なのか」
という質問。
当然、宗教の負の面というのもみんな色々感じているわけで、
だからプラスになるとしたらどこなのか、という質問です。
これに対しては、
共同体の感覚とか、自分以上の何者かの発見、忠誠心、利他主義、等々と。
つまり、現代のアメリカはMe-ismの支配するuncivil societyになってしまったので、
これに対するカウンターとして宗教が必要だというわけですね。
必要だというか、もともとそうだったんだと。それがアメリカの歴史だと。

パットナムからは、
「同性婚のような問題についてはどう答えるのか」との質問。
これには、あまり直接的には答えなかったのですが、
「他にも大事な問題でメディアが取り上げていないものがあり、
こうした問題だけがクローズ・アップされるのは不満だ。」
というような応答でした。
ちなみに、このメディア批判は、資本主義のMe-ism助長批判と、
結びつくわけです。

アンガーからは、
「宗教の立場から具体的な政策まで提案するところまで踏み込むのか」
(日本だと政教分離の観点から論じられる質問かな?)と質問。
これに対しては、
「政策まで踏み込む」とのこと。
そもそも全ての法は道徳的なものなのだから、というような言い方でした。

他にもいろいろあったのですが、
私個人が否定できないなと思ったのは、それを宗教というかはともかく、
政治体を維持する時の動機付けの問題をどうするかということが、
現代では曖昧になっているということ。
これはおそらく、ロールズ以来の政治哲学の復権における、
残された大きな課題の一つなんですよね。

他方で、アメリカの文脈だと大丈夫だということなのかもしれないけれど、
宗教とcivil societyの結びつきという点については
必ずしも楽観して見る気には私はなれない。
歴史観について「それはあなたの歴史観ではないのか」という質問もありましたが、
確かにその通りで、ある種マイナス面が隠蔽されてしまう可能性もあるし。
まして、日本のような歴史を持つ国では、こうした議論にいくつかの歯止めも必要かと思います。

こちらに来て、「日本人にとって宗教とはいったいどんなものなんだ」と
聞かれる事が多いのですが、それは多分、こうした宗教への重い意味づけや、
それに依拠する政治のあり方への戸惑いもあるのでしょうね。
ちょっとこのあたり、日本に帰ったら、
仏教学部の先生方に話をうかがってみたいような気もしています。
2005/3/10 (Thu)
レッド・ソックス・ネイション
アメリカではメジャーリーグのプレシーズンゲームが始まっています。
日本でいうオープン戦ですね。
レッドソックスも第一戦でミネソタ・ツインズを破り、好スタート。
今日はシンシナティ・レッズと戦っています。
そういえば、ペタジーニ、レッドソックスにきたんですね。
初戦で出ていたので、びっくりしました。

レッドソックスつながりなのですが、
昨日の夜はパーティーにお呼ばれで行ってきました。
フェンウェイに試合を見に行った時に後ろの席に座っていたご夫妻で、
写真を撮ってくれたりビールをおごってくれたりと親切にしてもらい、
御礼にちょっとしたプレゼントを送ったらそこからお付き合いが続いて、
わざわざ自宅にまでご招待いただいたのです。
ご家族でレッドソックスのシーズンチケットを購入していて、
年に何回か見にこられるそうです。

ご主人は会社のSenior Advisorをしていらいして、
奥様の方は、政治学ではないのですが、タフツ大学の先生。
タフツの他の先生方も交えて十数名での楽しいパーティーでした。
わざわざMakoto's Red Sox Party CDというのを編集してくれて
プレゼントにいただきました。
どうもありがとうございました。とても楽しかった。

こちらでは、ファンの集まりの事をNationと表現することがあります。
Red Sox だったらRed Sox Nationだし、アメフトのペイトリオッツなら
a proud member of Patriot Nation とか。
そうした、国とは違った形での"Nationalism"も、
また楽しいものだというように思っています。
2005/3/6 (Sun)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義5
この授業も5回目で、さすがに立ち見はいなくなりました。
今回もアンガーからだったのですが、
久しぶりにパットナムがまとまった時間話しをしたので、
その内容と質疑応答を中心にまとめてみます。

アンガーがアメリカにおける階級問題を強調した前半に対し、
パットナムはより広くdiversityの問題が重要だと論じます。
それによれば、全ての現代社会(日本も含む。本人が直接そう言った)は
20年後には今よりももっと多様になっている。移民等が原因。
しかし、見たところ、多様性は社会資本の低下や不平等の拡大と
短期的には結びついている。よって問題は、
多様性の下でいかにsocial cohesionとdemocracyを促進するかという事。

#ここからは論証された部分というより一つの仮説として
いくつかのデータから、社会の同質性が低下すると、
人種間の信頼や隣人間の信頼が低下するのと同時に、
驚いたことに自らの人種内での信頼感も低下することが見て取れる。
また、政治参加が消極的になり、社会的不平等も増す。
つまり、多様性と、社会の安定や民主主義は一見したところ両立しない。

ここで2つの社会的結びつきのあり方を考えてみる。
一つは似たもの同士(同人種とか)の間にはぐくまれるもので、
Bonding Social Capital というもの。
もう一つは異なるものの間(異なる人種とか)の間のもので、
Bridging Social Capital というもの。
diverse societyに重要なのはBridging Social Capitalという事になる。
しかしこれは、Bonding Social Capitalよりも作ることが難しい。

またここにはいくつか解決されていない問題が付随している。
例えば、アイデンティティーの問題がそうで、パットナム自身は
例えば人種のようなアイデンティティーも、
かつてアメリカが宗教的アイデンティティーをそうしてきたように、
deconstructすることが出来ると考える。
#異なる宗教間の婚姻は既に一般化しているじゃないか、と指摘。
他にもBonding Social CapitalとBridging Social Capitalが矛盾する
事があるかもしれないし、どこまで国家が介入するかの問題もある。

こうした状況下で大事なのは、
どのように包括的な「我々」の感覚(more encompassing sense of "we")
を作るかだ、と指摘してレクチャー終了。

これに対してアンガーの質問は
「20世紀初めにはやはり移民の流入があり、もっと大きな多様性のうねりが
あったのではないか。その際にはもっと上手く対応できていたのではないか。
だとしたら、単に多様性を問題にするだけでは足りなくて、
今のアメリカの政治意識に潜んでいる抑制・限界を見極めるべきなのではないか」
というもの。
パットナムも部分的には同意して、
「今の状況が構造的に決定されているとは思わない。やり方はあるだろう。」
と応答。
で、アンガーは
「では、どうして他にオルタナティブがないように見えてしまうんだろう」と。

要するにパットナムもアンガーも、現状の問題意識はさほど変るわけではないんですね。
ただ、パットナムがきちっきちっと要因を考えてそれに対応しようとするのに対し、
アンガーはそうした対応の仕方自体がある種の制約の範囲内にあると考えている。
特にそれは、歴史的な流れを見て比較すればわかりやすいと。
このあたりは方法論の問題もあるので。

私自身の感覚としては、おそらくパットナムの「多様性が社会の解体につながる」
という命題に反対するデータを部分的には提出することも可能だという感じがあります。
ただし、ちょっとこの辺りは長くなるので書けませんが、
反対データを提出できること自体が大きな問題で、
しかもそれが例えば今回大統領選でのブッシュ氏勝利とも結びついているような。
このあたりは、いずれ10年くらいのスパンで書かなければいけない論文のテーマと
絡んでくるような感触を持っています。
2005/3/4 (Fri)
大統領選に勝てない理由
昨日は夕方の研究会に出て、その足でハーバード・クリムゾンの男子バスケの応援へ。
イェール大学との伝統のIvy League戦です。
この前アウェイでは惜しくも54対53で負けたので、
今回は雪辱戦になります。負けられないところ。

ちゃんとバスケTシャツとバスケ帽子をかぶり気合を入れて応援したのが効いたのか、
82対66で今回はイェール・ブルドッグスに快勝!!!
センター戦で勝ってたな。イェールのポイント・ガードもいい選手だったけど、
リバウンドをこちらが支配していたので、安心して試合を見ていられました。
試合詳細はこちらの記事

それはともかく、
イェールの応援団ウルサすぎ!バンド音量下げろ!
っていうか
クリムゾンの応援静かすぎ!ブーイングくらいしようよ!
っていうくらい上品なハーバードの応援団。
タイムアウトの時のダンス・チームやチアにもほとんど無関心で拍手もなし。
これじゃやってる選手達もかわいそうだよ・・・。

なるほど、こんなに人好きのしない観戦態度じゃあ
東部エスタブリッシュメントが大統領選にも勝てないわけだ、
と思ったりしたのは、考えすぎかなぁ。
もっとも、ブッシュもケリーもイェール出身だし、
イェール自体エスタブリッシュメントだけど。
2005/2/26 (Sat)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義4
今週は4回目の授業。
日本の某省からハーバードに来ているKさんと一緒に出席。

今日のシラバスのテーマは長くて、
The relation of American ideals to the political institutions
and constitutional arrangements of the country
とのことだったけれど、実際の内容は次の回の
Social mobility and class structure in American history and how
だったな・・・。変更されたかな?
何はともあれ、アンガーのレクチャーから始まりました。

まず方法論の問題として、経験的な手法と理念を解釈する手法があると2分した後、
両者を組み合わせ、修正することが必要だと論じます。
一つには、両者が相互に影響を与えることで(dealectical relationship)、
現在に対する異なる見方を獲得する必要を明らかにする事。。
もう一つの修正点は、現在の制度が理念の働きを制限する傾向があるので、
漸進的な変更を継続する事により制度のオルタナティブを見つけること。
#このあたり難しくてよく聞き取れなかったけれど、
#趣旨としてはこんなことを言っていたと思う。

その上でAmerican Idealsに関しては、
アメリカ独自の制度と意識の関係が重要だと指摘します。
そこでの議論の焦点はアメリカの「意識(consciousness)」の分析にあって、
common humanity of ordinary humanが中核にあると。
しかしそれには負の側面もあり、皆がmiddle classでself-reliantであるという
意識を共有する事で、ある種の思考麻痺状態になっている。
#ここも十分に理解しきれなかったけれど、多分こんな感じ。

では、どうしてそんな思考麻痺状態でやってこられたかというと、
一つは政治的にsmall businessとsmall propertyを守る制度を持っていたから。
しかし、これは現代では規模の経済にやられてしまって有効ではない。
もう一つは事後的な再配分政策をやってきたから。
しかしこれも、アメリカのハイアラキー構造そのものを矯正は出来ない。
ということで、現在では両方とも有効でないので、必要になっているのは、
民主主義と市場経済制度の再組織化だとのこと。
これをするためには、cult of consitutionを脱却しなければならず、
そのためには社会の中で行われている実験的試みを推進・吸収し、
またメディアの改革を行わなければならない。
#このあたり、アンガーのこの講義での一貫した主張。

このレクチャーに対してパットナムからは色々と反論があったのですが、
突き詰めるとおそらく
「制度の改革っていうけれど、アメリカだって色々改革はやってきた。
いったいどういう改革をすれば、アンタは納得してくれるのよ」
という(ややイラついたような)質問に還元されるのだと思います。
前の回で書いたようにアンガーの議論は現状の改革主義を不十分として、
新しい発想を導こうとするところに特徴があるのですが、
そのマイナス面は、制度を論じながら具体的な制度改革構想が不明確なこと。
例えば、再配分政策などで、現在の税や社会保障とラディカルに異なる、
どんな形の政策が可能なのかは、あまり議論の中で明確じゃないんですよね。
このあたりは、社会科学の政策形成における役割というような議論と、
もしかしたら関連してくるかもしれない。

シラバスによると次からはAmerican realitiesを扱うとのことなので、
もう少し具体的な話を期待しましょう。
2005/2/25 (Fri)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義3
第3回の今回は、American Ideals and the "American Dream"というテーマで、
パットナムのレクチャーから。

パットナムによれば、アメリカン・ドリームと制度をanimateしてきたのは2つの価値群。
一つは、個人主義、私的所有、自己決定、寛容、などのいわば自由をめぐるもの。
二つ目は、民主主義と平等を中心とした価値群。
これらはアメリカ建国当時から特別に重要なcreedsであり、
生物学的特徴をアメリカの根幹と出来ない中でnationhoodの中核を形成してきた。
#だから、ここからのdissentはtreasonと変らない。寛容なのに!

ただし、この価値群が実現されてきたかというとそれは別。
realism, realityとの断絶は明らかであった。
奴隷制はこの断絶のもっとも顕著な例で、今でもアメリカ社会の暗部である。

これを考えると、アメリカの歴史はこの断絶・緊張との対峙の歴史といえるのだが、
1960年代(公民権運動等)は理念と現実の溝が埋められたという点では、
アメリカの歴史の一つのピークだったといえるだろう。
では、なぜ1960年代以降、アメリカの歴史はreverse courseをたどっているのか?

ここからパットナムは、学生達に挙手させて色々意見を聞くスタイルに。
その中では、evidenceに基づいて意見を述べるように強調していました。
アンガーとのスタイルの違いを意識してのこともあるでしょうね。

その後、少しアンガーとやり取りして、パットナム自身が言うには、
一つはテレビを含めテクノロジーが娯楽をprivatizeしてしまったということ、
もう一つはグローバリゼーションの中で移民問題が社会の一体性と整合的でないということ、
が要因としては大きそうだと。

ここからアンガーが反論。
1.問題は、アメリカの経済が分断されハイアラキー構造をとっていること、
そこから不平等が生まれてきている事ではないか、と。
しかも、ポスト・フォーディスト産業の中で、経済的・知的優位を保った階層が
#言外に、ハーバード・ロー・スクールを出るような連中が、ということか?
台頭したことで、政治的にはFDR以降の進歩派が活路を見出せなくなっている。
2.テレビについて言えば、自分の出身国のブラジルではテレビは
depoliticizeではなくpoliticizingの効果を持っている。
メディアの影響は政治的・制度的設定の中で考えなくてはならないと。
#だから、あくまでも1.の問題が優先ということでしょうね。

パットナムの再反論としては、
1.フォーディズムの時代にも不平等は現れていたので、
そこに原因を求める事はできない、とか色々。

この後、授業は教官相互のやり取りと学生からの意見も含めて
様々な方向に展開したのですが、その中で一つ印象に残ったのは、アンガーが、
「progressiveの方向性として考えた場合、私たちは目指すべき方向を
わかっているように思っているが、実際には何を目指すべきかが
わからなくなっているのであって、(パットナムの言う)社会資本や
信頼の低下というのはこの目標喪失と政治的幻滅への合理的反応なのではないか」
という意見です。

私自身は、社会科学的分析の厳密さとしてはパットナムの方が内容的にも方法的にも
納得できるものがあるので、この数回パットナムの方に共感するような感じで
授業を聞いていました。ただ、アンガーのこの問題提起もかなりの説得力があります。
パットナムの議論は、基本的には、ある種の自由・平等の達成状態を想定して
#だから60年代がピークだと言えるわけですが、
そこからの逸脱原因を求める事で現代アメリカの不平等を解決しようとするものです。
でも、そもそもそうした達成状態の望ましさに疑問が付される時(自助努力でやれよ!とか)
あるいはそうした達成状態に到達しようとするインセンティブを人々が持たない時
(みんなそこそこやっているし、そんなに頑張らなくていいじゃん、とか)、
一見イデオロギーの束縛から比較的自由に見えるパットナムの議論が、ある種の
イデオロギー的な作用をするケースもありえるわけで、そうなると自覚的に(?)
アジっているアンガーの方がまだましだ、ということになるかもしれない。
しかもアンガーの提起したこうした問題は単に理念的な問題ではなくて、
アメリカ保守のバックラッシュや日本における政治的関心の低さとも
関連してくる可能性がある問題だと思うのです。

ということで、これからはちょっとアンガーにも肩入れして聞こうか、
と思ったりしたのでした。
2005/2/18 (Fri)
NBA見てきました
授業の合間を縫って、日曜日にバスケを見てきました。
フリートセンターで、ボストン・セルティクスとサクラメント・キングス戦。
試合の時はバッグ持ち込み禁止だって知らなくて、
お土産屋さんから追い出されちゃいましたよ。

第3クオーター途中ではセルティクスが12点リードしていたのに、
あれよあれよという間に逆転されて104対100で負けちゃった(泣)

MLBと比べると、室内でやっているせいか、近代的に感じるかなぁ。
応援とか、タイムアウトのときのショーもすごく組織化されているし。
個人的には、レッドソックスの試合の時の方が、試合に「入れた」という感じ。

キャップとTシャツをお土産に買ってきたので、
4月からの授業の時にでも着てやってみようと思っています。
学生の皆さんはお楽しみに!
2005/2/16 (Wed)
アッピアの講演会
今日ハーバード・ブック・ストアでアンソニー・アッピアの講演会があり、
雪の降る中、楽しみに行ってきました。
新著にサインもらっちゃった〜!わ〜い!

講演の内容は、
まず自分の生い立ちを話しながら(ガーナ出身)、
「アメリカに来たときに周りの人に『多様性のある国だ』と言われたけど、
自分の育ってきた環境の方が言語も何十種類もあって多様だったから
違和感を持った」そうで、
それがアイデンティティーの問題を考えるきっかけになったそうです。

新著のThe Ethics of Identityについては、文脈的な話をして、
一つはコミュニタリアンとの対比でリベラリズムが擁護可能な事
(内容を度忘れした・・・。本を読もう。)
もう一つは多文化主義との対比を話していたのですが、
リベラリズムに対する多文化主義の挑戦を
西欧的価値観への反感と位置づけていたのが印象に残りました。
アッピア自身の立場としては、
思想の価値とその出生地とは関係がないということと、
実際にリベラリズムは個人の善き生の追求をもっとも良くサポートする
ので、普遍的に通用するのだ、ということを主張していました。
この場合、リベラリズムは、アメリカの特殊な政治的意味合いを追う使い方
をしているのではなく、本の中でミルがヒーローになっているように、
もっと古典的な文脈の中で使っているとのこと。

最後に、(古典的な)リベラリズムの否定は、
政治的には退出不可能な共同体からの追放という結果をもたらす、
という政治的な含意を説明。

ただし、アイデンティティーが必要ないということではなくて、
それをリベラリズムの中でどう考えていくのか、という問題意識ですね。
新著の序文でも(まだ序文までしか読んでいない)
I write neither as identity's friend nor as its foe.
って書いてるし。

サイン会で「論文何本か日本でも翻訳されてますよ」って言ったら、
「じゃあ行かなくちゃね〜」って笑って言っていました。
来てくれるといいなぁ。ダンディだし。
2005/2/11 (Fri)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義2
American Democracy講義の第2回。
聴衆の中に何人かファカルティ・メンバーも見えるので、話題の講義なのかな。
今回は、アメリカ政治の文脈における民主主義の意味というテーマで、アンガーから。

アンガーによれば、アメリカのデモクラシー観は三層構造をとっている。
同心円の一番小さい部分にはpolitical ideaがあり、
代議制の形で組織された民主制と少数派の保護の両立が支持されている。
二番目の円には、social ideaがあり、
経済・社会的powerの拡散が重要とされる(Harrigntonianだと。)。
一番外側の円にはform of life, faithが位置づけられる。
つまり、一般の人民がcommon humanityを高める事が重要と考えられている。

問題なのは、同心円の外に行くにつれ問題解決が難しくなることで、
その原因は、前回の講義で述べたような改革を忌避する構造的な問題による、と。
つまり、アメリカの民主主義は権力の断片化を支持するliberalな原理と
権力の抑制・均衡を重視するconservativeな原理を中心とするが、
これは民主主義の解釈としてはnatural wayではなく、大胆な実験が重要と主張します。

これに続いて3つの基本原則と7つのテーゼというのを述べたのですが、まとめると、
アメリカの民主主義観そのものが民主主義の困難につながっているために、
民主主義をreinterpretationすることがもっとも必要とされていると。
例えば、歴史的には危機の到来が非日常的に民主主義を改革するとされてきたが、
むしろ危機や民主主義の改革を日常のものとして概念化する必要があるとのこと。

最後に結論として、民主主義の失敗は権力によってもたらされたものではなく、
poverty of idea; narrowing idea of democracy
によってもたらされたものだと結論。

これに対してパットナムは比較的短く応答して
(というか、アンガーが口舌絶好調で1時間近い大演説をぶった)
まずアメリカ民主主義の現状についてはアンガーと同じ意見だが、
それをどういう尺度で見ていくかについては自分は違う手法をとると。

その上で、まず社会・経済的な不平等が存在している事を指摘。
これに対して、classical conception of democracyとして、
アリストテレス等に見られるような
一つの共同体に積極的に参加するタイプのデモクラシーがあると指摘し、
アメリカにもこの伝統は存在すると主張。
ただし、ここには過度の政治重視の問題も存在するとして
これを第一のジレンマだと述べていました。

次に第二のジレンマとして、民主主義と規模の問題を指摘。
シュンペーターをひきながら競争型民主主義を説明し、
そこでの問題は競争の質ということにあると。
この点からすると、アメリカの民主主義の問題点は、
実質的に競争が行われない独占の場合があること、
また競争参入への障壁が高いのが問題だと指摘していました。
パットナムの方は標準的な民主主義をテーマとした講義かな。

質疑応答では、パットナムが
「本当に(直接民主制的な)governmentをaccelerateしたいの?
レフェレンダムへの参加が不平等だったりとか色々問題もあると思うけれど」
と質問したのに対し、アンガーが
「別に古典的な民主主義モデルに戻ろうって言っているわけじゃない。
あくまでも近代の個人というものは前提としてしっかりあって、
その上でその個人の持つ力を高めていくにはどうしたらいいかという問題意識なんだ」
「問題は、個人の力の保障が制度と分断されて考えられてきたところにあるんだ」
と応答。これに対してパットナムがさらに
「でも、アメリカ人民はよくやっていると思うよ。(考え方の問題より)
環境・状況の問題なんじゃないかな」と聞くと、アンガーは
「個人はよくやっているかもしれないけれど、そうした努力がlocalなものになってしまっている。
そうしたlocalな努力と中心的な権力とを結びつけた民主化が必要なんじゃないか」と。

多分アンガーの立場の特異性は、問題の原因を制度改革の不十分さに求めながら、
なおかつ制度改革ができない理由を特殊アメリカ的な民主主義の概念化に求める、
といういわば制度的な議論と哲学的な議論の組み合わせ方にあるんでしょうね。
パットナムからすると、一つはアメリカ思想史の文脈の中でアンガーの言うような
実験的な民主主義の概念化もあったという反論が可能なのと、
もう一つはもっと直接的に、「本当にそういう解決がいいのかな?」という疑問がありそう。
つまり、社会環境を変えることで問題解決が可能なところを
まるで扇動に近い(アンガーの講義自体ほとんど演説で、時々学生から苦笑いが出る)
やり方で民主主義を支持する事が果たして現代アメリカの問題解決につながるだろうか、と。

私個人的には、ややパットナム寄りかなぁ。
2005/2/11 (Fri)
パットナムとアンガーのアメリカ民主主義講義1
American Democracyはロースクール、ケネディスクール、カレッジ合同の大講義。
ロースクールの大教室、Langdell Southで行われます。
昨日はショッピング期間とういこともあり、廊下まで人が溢れる状況。
私も座る所がなかったので、机の間の通路に座って聴講でした。

この講義をパットナムとアンガーの共催でやるのは今回が初めてとのこと。
形としては、最初30分くらいずつ同じテーマを違う視点から話して、
その後、フロアも巻き込んで討論。
ゲストも呼ぶそうで、アル・ゴアが来るって言ってました。

コースの説明をしばらくした後、早速パットナムからアンガーの順番で講義。
パットナムの講義は、1960年台以降のアメリカの変化をデータを使って提示するもの。
それによれば、アメリカの社会環境は必ずしもデモクラシーにとって好ましくない、と。
例えば、移民社会であることはもっとも重要な要素で、
血統でまとまれないのでcreedへの忠誠からデモクラシーを基礎付けなければならず、
それが国旗への忠誠心につながったりしている、と説明していました。
また、この多様性ゆえに、libertyとequalityがしっくりと噛合ってこないとも。
(この議論が成立するとすると、例えばliberal egalitarianが発展するのも
結局はこうした歴史的・社会的環境ゆえ、ということになるのかな。だとしたら、
日本で議論をすることの意義・位置づけというか、それはどうなるんだろう。)

これ以外にも、
・産業化が進展した後に唯一奴隷制が実質的に存続した国であり
(しかも社会的にはまだ現在もこれが深甚な影響を及ぼしているとも。)
・公定宗教がないのに宗教的な国家であったり
・高い犯罪率とそれゆえの法律職の拡大があったり
・ラディカルな労働者階級が存在しないのに教育への公的出費が大きかったり
と、いわゆるAmerican exceptionalismを講義していました。

さらにパワーポイント(かな?)で19から20世紀に渡る諸指標を表示して
投票率、高所得層による富の独占、自発的団体への参加、移民の割合などから
1960年頃アメリカに根本的な変化が起こったと解説。ちなみに、パットナム本人の
最初の投票は1964年だそうで、「私の投票によってこの変化が起きたかもしれない」
と学生の笑いを誘っていました。最後の問題設定としては、
これらの変化をどう説明できるのか、トレンドの原因は何だろうと問いかけ講義を終了し、
そのままアンガーの講義へ。

アンガーはまずトクヴィルをひいて「敬虔、協調的、かつ平等主義の人民」という
classical republicとしてのアメリカの自画像が根強く存在していると指摘し、
これが、アメリカは良い国で改革は不要だというseductive explanationに
なっていると主張します。何か問題が起きた場合に、議論されるのは
moral upliftにすぎないと。しかし、実際に不平等も社会不安も残っているので、
moralの議論は様々なアイデアをinfuseするという働きをしてしまうと批判します。

この主張は、アンガーのアメリカの制度への批判に結びついていきます。
現実に問題が残っている以上、現在とは異なる制度を実験する必要があるのに、
トクヴィル的な自画像が邪魔をして制度改革に非常に消極的であるとの批判です。
そして、制度改革が不可能ゆえに、small buisinessを保護したり
(これをある種のcommunitarianだと主張)、政府規制に依存したりという
非常に不満足な打開策を継続することになると。

現実には失敗は社会各所に現れていて、例えば階級社会が存続していることや
popular cultureがクリスチャン的なロマンティックなものとreality showのような
対抗文化に分断されることが挙げられると述べて、講義終了。

このあとはディスカッションでしたが、
アンガーが、アメリカは20世紀半ばの恐慌・大戦時、あるいは19世紀には
意欲的な実験の潮流もあったのに今はimaginationが見られないと批判したのに対し、
(たぶん、imaginationを抑制する制度的制限が存在しているのではないか、
という法学的視点からの批判ですね)
パットナムが、実際には制度的改革はたくさんあったのだが、
にもかかわらず現代これだけ変化が起きているかはなぜかというところに関心があるのだ
(つまり、問題は制度面にあるのではなく、
social capital研究に見られるようなある種のmoralの問題だ、と)
と応答していたことなど、興味深く聞くことが出来ました。

法学者と政治学者、歴史的アプローチと計量的アプローチ、
色々な要素が混じりあってこれはこれでなかなか面白い授業。

こういう報告、日本の社会科学者の皆さんにとって需要はあるのかな?
いずれにしても、これは帰国まで継続してでてみようと考えているので、
また時間があったら日記に書いておこうと思います。
2005/2/4 (Fri)
お小遣いを稼ぐには
受け入れ教官と色々話して、
アメリカの政治理論をやるのにアメリカ政治の勉強も役に立つだろうということで、
今学期はいくつかその手の授業を受けてみることに。
もともと3月末で帰国しなくてはいけませんから、
学期全部を過ごすことはできないので、
ちょっと違うこともいいだろうという感じですね。

ちなみに、帰国後の研究のこともちょっと話していて、
「マコト、そのアイデアいいよ!帰って本を書けば売れるよ!」
「うーん、でもちょっとアカデミックじゃないし・・・」
「いいじゃん、一般で売れればお小遣い稼げるし!」
「でも日本だとそういう売れ方は学者として軽蔑されるし・・・」
「でもお小遣い稼げるじゃん!」
「でも学者仲間から疎まれそうだから・・・」
「大丈夫!僕のイギリスの友達もアメリカから帰国してこの本書いてお小遣い稼いだから!」

・・・「こいつ、学者としてはもう無理だ」って思われてるのかしら。(^^;

で、昨日はR.パットナムとR.アンガー共催American Democracy講義をショッピングしてきたので
次回の日記で様子を書いてみたいと思っています。
2005/2/3 (Thu)
今日ちょっと思ったこと
今週からハーバードも春学期が始まるが、
それはともかく日本に帰ったらaikoのアルバムを買おう。
2005/1/31 (Mon)
雪の日々
アメリカ東海岸は先週末から連続的に雪が降っています。
日本でも報道されたようですが、
この週末には2フィートから3フィートにも及ぶ大雪で、
ハリケーン並みの風も加わり非常事態宣言が出されました。

幸いなことに、ケンブリッジ市のハーバード周辺は大きな混乱もなく、
停電もなかったため、私も通常通りの生活を維持。
もっとも、学校が休みになっていたり、
近所のBroadway Marketというスーパーマーケットもお休みになったりと
(ただしスターバックスはあいていたとのこと。恐るべし。)
外出はできないというか、しても意味がないという状況でした。

昨日は1日晴れたのですが、今日はまた雪が降っていて、
10から20センチほど積もるようです。
いま少し玄関前の雪かきをしておきました。

出ても寒いだけなので、
部屋の中で暖房をつけて勉強をしたいと思います。
2005/1/27 (Thu)
就任演説
今日はブッシュ氏の2期目の就任式でテレビ局は朝から中継。

各局コメントでなるほどと思ったのは、
CNNでコメンテーターの1人が
「今までの演説の中でもっともinternationalな演説だった」
(確かに、たとえ国際協調路線から外れているとしても、
問題関心が国際的であること自体が特徴的なのかも)
と言っていたのと、
夕方のABCニュースのキャスターが
「セキュリティの厳しさを見れば4年前といかに違っているか容易に理解できる」
「まるでロシアでのパレードみたいだ」
(ロシアの人たちはどう思うんだろう???)
と感想を述べていたこと。
参考までにテキスト全文はこちら。
ホワイトハウスホームページからブッシュ大統領2期目就任演説全文

ちなみに、テロリストがメキシコ国境を越えて東部に侵入した可能性があるとの情報で、
ボストンの警備関係は昨日からややピリピリしています。
今のところ、情報としては確度の高いものではないみたいですけれども。
2005/1/21 (Fri)
リフレッシュした週末
レポートを提出し終えて、先週末は「色々な人と会ってみよう」ウィークエンド。
研究者じゃない人たちと会ってきました。
カレッジ・アイスホッケーのトレーナーさんと会って試合見せてもらったり、
植民当時みたいな生活してるおじさんとアメリカの個人主義と村落について議論したり。

1人、かつての某政権の某長官のアシスタントをしていた人がいて、
某件で日本側某機関とコンタクトを取りたいといわれたので、
私も日本側某機関と知らない仲でもないためちょっとだけお手伝い。
要するに小・中規模のジョイント・リサーチを立ち上げたいという事なのですが、
おそらくとっかかりだけ作ってあげられれば後は自分で動くでしょう。
政治とは別に、平和なリサーチプロジェクトで友好関係が維持されるのならば何より。
たぶん私自身は絡みませんが、楽しみに成り行きを見守りたいと思っています。

それにしても、ボストン寒すぎ。
横浜生まれの横浜育ちとしては、冬とはいえ、
快晴の空の下で氷点下っていうのは感覚的にわからないよなぁ・・・。
2005/1/19 (Wed)
ペーパー執筆中
年明けからボストンは雪の日が多くなっています。
こちらの雪って、さらさらしていて、
風が吹くと舞い上がるんですね。

年明けからは、帰国後に執筆予定の論文の準備と、
秋学期のゼミのファイナル・ペーパーを執筆中。
昨日はハーバード便りを作ったりもしていたので、
けっこうパソコンに向かったままという感じです。

ペーパーのほうは、できれば発展的に論文にしたいと思っているので、
完成度は低くても拡張可能性があるように注意して書かないと。
頑張ります。
2005/1/11 (Tue)
あけましておめでとうございます
ボストン、ケンブリッジも穏やかな元日を迎えました。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

1年半くらい前はまさかアメリカで年越しするとは思ってもいませんでしたが、
何とか怪我も病気もなく年を越せたので、良かったかな。

今年は今年でまた一段と忙しくなりそうな気がしないでもないのですが、
今まで通りマイペースで、のったりのったりと過ごしていきたいと思います。

皆さんにとっても2005年が良い年でありますように。
2005/1/1 (Sat, Cambridge) 1/2(Sun, Japan)
もうすぐ年越し
日本ではもう大晦日に入っていますね。
こちらは、30日の夜。
年末の買い物を済ませて、一落ち着きしたところです。
あとは明日さっと掃除機をかけて新年へ、という感じかな。
ホームページのほうも、今年最後の更新をしました。
結局まだ掲示板を復旧させていませんが、
慌ててやるより、来年度の講義開始に合わせてでいいかな、
と考えています。

年末年始はゼミのファイナル・ペーパーの執筆と、
今後数年間で書かなければいけない数本の論文の準備で終わりそう。
今年は初めての在外研究で、色々苦労もしましたが、
自分なりに良い経験を積めた一年だったのではないかと思っています。

それでは、日本の皆さんは良い新年をお迎えくださいね。
私も14時間遅れで2005年を楽しく迎えることにしたいと思います。
2004/12/31 (Fri)
アメリカに来てこれは間違っていると思ったことその3
吹雪警報が出ていて一帯が停電中の深夜に犬の散歩をしなくてもいいような気がするのは、
まだ私がグローバル化の潮流に対応しきれていないからなのでしょうか・・・。
2004/12/28 (Tue)
授業終了
年内の授業が今日で全て終了しました。
無欠席で通したので、まぁ努力賞はもらえるかなという感じ。
とてもついていけているという状況ではないですが、
とにかく経験しないことには話しにならないので、
これはこれで良しとして次のステップへ、という事だと思います。

帰り際の道々、先生と色々お話。
「ニューヨークタイムズで読んだんだけど、日本では今
学校の先生が国歌を歌わないと罰せられるんだって?
それっておかしくない?」
と聞かれたので、愛国心が強いといわれるアメリカの真相はどんなものかと、
「例えば、アメリカでもMLBの試合で国歌歌いますよね?
あれ、僕が起立せずに座って黙っていたら変に思いません?」
と聞き返したら、
「それは敬意を表するという意味では立って歌うというのはあるけれど、
別に歌わなくても気にしないよ。そんなことで国を侮辱された
ということにはならないと思う。」
とのこと。
さらに、こちらから
「アメリカだと学校で子供に忠誠の誓いを言わせますよね」
と聞いてみると、
「確かにそうだけれど、でもその一方でアメリカの建国時以来どれだけ
原住民や人種問題での醜い争いがあったかも教えるようにしているんだ。
愛国心教育と過去の汚点への反省はセットなんだよ。」
との回答。

リベラルなハーバードでの会話だという事もありますが、
こういう、愛国心と反省がセットになり得るという考え方を、
日本としては、自国に当てはめる場合、どう受け取るべきなんでしょうかね。
一つはその通りだという考え方。
もう一つは、それにしても今までの日本の教育は自虐的すぎたという考え方。
他方で、これでは過去の反省が過剰な愛国心教育を正当化してしまうという逆方向からの反論。
歴史・事実認定の問題まで加わってくると、単純な問題ではなさそう。
歴史的な負荷からはどうやっても逃げる事はできない、ということでしょうか。
学生の皆さんは、どう思うのでしょうかね。
来年のゼミの時に聞いてみようかな。
2004/12/22 (Wed)
マンデイ・ナイト
うわぁ、ドルフィンズがペイトリオッツに勝った。
びっくり。
2004/12/21 (Tue)
年末も近づいて
Fall Semester授業も、今度の火曜日で終わり。
研究会も水曜ので終わり。
冬休みは、Final Paperを書かなければいけないけれど、
時間を見つけてもう一度メイン州を訪問し、
メイン州日米協会の皆さんと親交を深めてくる予定です。

年末が近づいてきたということで、ケンブリッジにある
吉野屋さんや寿屋さんといった日本食スーパーにも
お正月食材が並び始めています。
私も、実家がお正月のお飾りを送ってくれたので、
ちょっと早いけれどドアのノブのところに括りつけてみました。

まだ3ヶ月あるとはいえ、在外研修の1年も終わりに近づきつつあります。
この間、ゼミの3,4年生から就職活動の報告メールなどが入るたび、
直接話せないもどかしさというものも感じたりしました。
でも、離れている中で、その状況の中だからこそ
お互いに学べる事もあると思っていましたし、
そういう状況の中で学べる学生として、
みんなが立正大学を巣立っていって欲しいとも思っています。

残りの期間、自分なりに精一杯の努力をして、
目に見えるお土産も目に見えないお土産もたくさん持って、
みんなのところへ帰ります。
お互い、もう少し。頑張ろうね!
2004/12/19 (Sun)
コメント執筆中
レポートは提出したのですが、
大学院ゼミの先生に1月に発表する原稿のコメントが欲しいと言われているので、
その執筆中。米中日の政治倫理比較みたいなものですね。
あれこれと考えながら書いています。

その最中にネットをうろうろしていたら、
うちのラグビー部が一部昇格を決めたとのニュースが目に入りました。
ラグビー部の皆さん、よかったですね!!!
熊谷キャンパスも沸いているかな?
これにあやかって、野球部、サッカー部も頑張って下さいね!!!
2004/12/12 (Sun)
国防長官留任へ
やっとレポートが書き終わって、提出しました。
洗濯をしながら今CNNをつけたら、
ラムズフェルド国防長官が留任するようだとのニュースが
流れていますね。

政権内部事情のようなことはこれから色々流れ出すでしょうが、
性格的にこういうところでやめるというタイプではないかな。
2004/12/4 (Sat)
レポートを書いています
サンクスギビングの連休中で我が家の大家さんもお出かけ中。
車に自転車を積んで、奥様と出かけていきました。
ということで、郵便物・新聞整理などお出かけ中のアルバイト(?)を
こなしながら、来週提出のゼミのペーパーを書いています。

来年某地方公共団体関連の仕事を1つすることになったので、
書類を送ってもらって、夜寝る前にはそっちもお勉強。
私みたいな政治理論屋さんがこうした実務の経験を出来るのは
とても貴重で、何とかして抽象と具体の間を架橋できるような
スタンスを見つけてみたいと思うのですがどうでしょうか。
学者としては不純だと見られるかな?

さて、もう少し頑張ってレポート書いて、
午後からはボストン・カレッジのアメフトの試合を応援しようと思います。
2004/11/27 (Sat)
サイエンス・センターとの相性
今日はゼミの後、4時からサイエンス・センターでイラク戦争について
スタンリー・ホフマンの参加するパネル・ディスカッションがあるというので
会場に行ってみたら・・・

係りの人が来てすまなさそうに
「すみません、延期になりまして・・・。12月になると思うんですけれど・・・」
とのこと。(^^;

前にも一回サイエンス・センターの講演会が日程変更でキャンセルされた事があったので、
僕ってサイエンス・センターと相性良くないかも(TT)
2004/11/19 (Fri)
初雪!
本を読んでいてふと窓の外を見たら、雪だ!
月曜日の夜にほんの少し数片降ったらしいのですが、
私としては直接見ていなかったので、
これが「初雪」です。

午後からは受け入れてもらっている先生の本の
出版記念インタビュー会がハーバードブックストア(生協とは別物)
であるので、外のきりっとした空気を感じがてら、
雪の中の散歩を楽しんできたいと思っています。

それでは、もう少しゼミのリーディング・アサインメントをこなしてから、
のんびりとお出かけです。

ケンブリッジ11月12日金曜日午前11時57分
2004/11/13 (Sat)
お休み
今日のアメリカは退役軍人の日Veterans Dayの祝日でお休み。
木曜日はいつも1限のゼミで6時起きしているので、
ちょっとホッとしています。午前中いっぱい寝ました。(^^;

それとは別に出席している学部ゼミで「うーん」と思ったのが、
将来の職業の話になって、2人ほど「軍に行くことを考えている」
という学生がいたこと。
日本だと「自衛隊」(これは微妙か・・・)とか「警察」ということはありますが、
自分の学生が軍隊に行くということは基本的にはないわけで、
もし自分が教員としてこういう希望に向かい合わなければならないとしたら、
どういった言葉をかけてあげることが出来るのだろうかと、
しばらくゼミの内容放ったらかしで考えてしまいました。
もっとも、複数名の希望者が同一年度にいるというのは非常に珍しいとのことなので、
これも対テロ戦争中のアメリカの雰囲気を如実に表している、
ということなのでしょうか。

月曜日に自衛隊からハーバードに派遣の方とお食事していて、
お子さんの事をとても可愛がっているお話をうかがったりしたので、
「やっぱり理屈はともかく感覚としてはどんな戦争も嫌だよなぁ」
と思った後だっただけに、なんとなく引っかかったという感じ。
今度機会があったら、こちらの親がどういう気持ちで子供の将来を考えているのか、
一度聞いてみたいと思っています。
2004/11/12 (Fri)
ブッシュ大統領再選
昨日の深夜段階ではブッシュ氏優勢ということでしたが、
ただオハイオの票の問題があったのでしばらくかかるかもと思っていました。
じっさい、今朝のニュースでは徹底抗戦を主張するエドワーズ氏の姿も映され、
前回なみに時間がかかるかと思ったのですが・・・。
11時に午前中の授業を終えて家に帰りテレビをつけると、
ケリー氏が敗北を認めブッシュ氏の再選が決まったとのニュースが流れていました。

ただ、やはり一般投票の得票率を見ても、議会選挙の結果を見ても、
今回は明確にブッシュ氏の勝利ということだと思います。
問題は、おそらくどちらが勝ったかということよりも、
このような結果を選択したアメリカが果たして今までのアメリカからどのように変化しているのか、
ということでしょう。

例えば、今回は出口調査での予想と開票結果とがいつも通りの結びつきを見せなかったり、
予想以上の高投票率がケリー氏の得票に結びつかなかったりと、
有権者の編成・行動が従来と変化している可能性を示す事実がいくつかあります。
このあたりはアメリカ政治や投票行動の専門家の人たちの分析を待つ必要がありますが、
日本としても単にイラク戦争に踏み切ったことの是非という個別問題を考えるのみではなくて、
その背景にあるアメリカ自体の変化を、その変化が本当にあったのかなかったのかも含めて、
冷静に判断する事が必要になるでしょう。

事実認識は全ての判断の基礎です。
日本からも、共和党の勝利・民主党の敗北に一喜一憂することなく、
背後に潜む論理への冷徹な観察がなされるといいのですが。

私はこの後午後1時からファヌエル・ホールで行われるケリー氏の演説の中継、
三時から行われるブッシュ氏の勝利演説を見たいと思います。
2004/11/4 (Thu)
大統領選へ
レッドソックスの優勝パレードに320万人が集まるという規模にびっくりしながらも、
10月末締切りの原稿があったので週末は部屋にこもりきりでした。
まぁでも、お天気も悪かったし。
とりあえず提出できたので一安心。

そうこうしているうちに、今週は大統領選です。
討論会が終わった後はボストン周辺はあまり派手なやり合いはなかったようですが、
いずれにしても接戦で、いまだに勝敗が見えない状況。
火曜日以降はテレビや新聞などを参照しながら、
そして街の雰囲気などもあちこちで感じつつ、
選挙の様子をしっかりと身体に叩き込んでいきたいと思います。

立正のほうは学園祭が近づいてきましたね。みんな元気に準備してるかな?
法学部は7日にホームカミングデーも実施するようなので、
卒業生の皆さんもお時間があれば足を運んでくださいね。
2004/11/1 (Mon)
レッド・ソックス、ワールド・シリーズ制覇!
ヤンキースに三連敗の後、八連勝。
すごすぎる・・・。
明日ももちろんレッド・ソックスの帽子をかぶって授業に行きます!
2004/10/28 (Thu)
ボストン・カレッジ
3日ほど前、APSAで知り合った友達から電話が来て、
「ボストン・カレッジで講演するんだけど聞きに来ない?」
というので、お言葉に甘えて車に同乗しカレッジに行ってきました。
哲学科主催だったのですが、研究室をうろうろしていると
何となく見覚えのある名前が。
J.バーナウアーとD.ラズミュッセン。
そう、フーコー研究で著名な2人ですね。
研究室まで隣り合わせなんだぁ〜、とか観光客気分で見入ってしまいました。
講演会の後は、Philosophyの先生方も交えてのお食事にも参加。
さすがに、Stem Cell Issueの倫理的問題点についてなど、
てつがくぅ〜、っていう話題で持ち切りでした。
それにしても、ボストン・カレッジ、キャンパスや周辺がとっても綺麗。

さて、今夜からフェンウェイ・パークでワールドシリーズです。
ヤンキースとのア・リーグ・チャンピオン・シリーズに勝った後、
ボストンの群集を散らそうとした警察の威嚇弾の流れ弾にあたって
女子学生が死亡するという悲しい事件がありました。
レッド・ソックスが勝ったのは嬉しいけれど、
ワールド・シリーズではどうかそんな悲しい事件が起きませんように。
激しく、そして楽しい野球を、そして暖かい応援を、見たいと思います。
私はそれまでに来週の宿題をしっかりと終えて、テレビ観戦します!
2004/10/23 (Sat)
レッドソックス、ワールドシリーズへ
つい今しがた、レッドソックスが史上初のポストシーズン3連敗から4連勝で
ワールドシリーズへ進出を決めました。
僕が住んでいる所はハーバードスクエアから徒歩で10分ほどだけれど、
スクエアからの歓声がここまで聞こえています。

8月末にフェンウェイに試合を見に行って、
そのままレッドソックスのファンになって、
ここのところは授業やゼミにもレッドソックスの帽子をかぶっていって。
そうした中で、だんだんボストンに親近感を持つようになって。
夜中の1時過ぎまでかかった延長戦や、祈るように見守った第5戦、第6戦。
ワールドシリーズもドキドキするような試合が見られるといいなと思います。

松井もすごかった。
レッドソックスのファンとして見ていると、
本当に怖いバッターだというのがよくわかります。
ピンチの時なんて、とても抑えられる気がしなかった・・・。
大リーグの試合をこちらで見て、日本から離れた視点で松井を見て、
初めて松井がどんなに素晴らしい選手かがわかったような気がします。

さぁ、明日は一限から授業です。
レッドソックスの選手達や松井に負けないように、
頑張って受講してこようと思います。
それでは、おやすみなさい。
2004/10/21 (Thu)
先は長い
なんとかmidtermの課題を提出しました。
それでも今日は、明日以降の宿題をこなすのに一日使ってしまった・・・。
まったく、こんな事では先が思いやられます。
大学のせんせーだなんていってらんないな、ホントに。
勉強しなくちゃ。

先週は、火曜日に最後の大統領選討論会をケネディ・スクールで見てきて、
木曜日にはトクヴィル・レクチャー、土曜日は入江昭教授の記念シンポジウムに参加。
だいたい週に3つから4つセミナーがあるので、さすがに全部は出られない。
週3つがいっぱいいっぱいという感じです。

それはそうと、レッドソックスは崖っぷち。
松井さんにお願いなのですが、もう実力があるのは十分にわかっていますので、
もうちょっと遠慮してもらえませんかね・・・。
なんかボストンに住んでいる日本人としては肩身が狭いのですが・・・。(^^;
2004/10/18 (Mon)
連休ですが
Columbus Dayの連休も、ゼミの宿題でいっぱいいっぱい。
クラスのウェブページへ週1回投稿する宿題と、今週はペーパーの提出期限でもあるので、
両方やっていたら連休が終わってしまいました。

先週は、ラルフ・ネーダーの講演会が反対派の怒号の中、ちょっとした混乱で終わったり、
(司会はSunshine Hillygusというガバメントの若手のアメリカ政治担当でしたが苦労していました)
二度目の大統領候補討論会がまた互角で三度目の今週の討論会が重要だと報道されたり、
レッド・ソックス対ヤンキースのディヴィジョン・シリーズ決勝になる事が決まったり、
いろいろとあったのでちょっと疲れ気味。

火曜日はジェラルド・カーチス他の講演会に行ってきたのですが、
その中でカーチスが質問に答えて(これも言葉とか正確じゃないですが)、
「日本には確かに文化的な側面でのソフトはあるが、
それを『ソフト・パワー』と呼べるかどうかにはまだまだ問題がある。
パワーになるためには、政策として実現していく事が必要になるから」
というようなことを話していたのが印象的でした。

また明日から忙しい1週間が始まります。
2004/10/12 (Tue)
アドレスを移行しました
ジオシティーズのシステム変更に伴って、アドレスが変更になりました。
旧アドレスでも表示されるのですが、カウンタ等の継続性がなくなるため、
JavaScriptで旧ページからは自動で新しいページに飛ばしています。
JavaScriptが効かない方は申し訳ありませんが、手動でアクセス変更をお願いします。

日記も雰囲気が変わり、掲示板も変わるなど、いくつかの変更があります。
掲示板は、まだ新しいのをリンクしていないのでリンク切れになっていますが、
もうしばらくお待ち下さい。

今週は、月曜日にラルフ・ネーダー講演会、火曜はジェラルド・カーチス出席の研究会、
アメリカ副大統領候補討論会など色々書きたいこともあったのですが、
少しシステムが落ち着いてから色々書いていきたいと思っています。

さて、このシステムでの最初の日記、ちゃんとUPできるかな?
2004/10/7 (Thu)