3.民主主義は万能なのか?

B.ブレーキとしての自由主義

 では、もう1つの自由主義って一体何でしょう?私は間接民主主義について、「プロに任せる方が良いという場合も」と書きました。プロは、普段から専門領域(政治家にとっては政治)について詳しく勉強したり考えたりすることで、間違った考えに引きずられないようにすることができます。それに対して、アマチュア(政治家じゃない私たちのこと)は、生活の中でいつも政治のことを考えているわけではありません。どこのスーパーのお醤油が安いかとか、恋人の誕生日のプレゼントは何が良いのか、というようなこともとても大事な事柄で、一生懸命に考えなくてはいけません。そういう人たちが政治に関わると、間違いを犯す可能性も低くはないわけです。

 ここで一番心配なのが、ちょっと専門的な言葉を使うと、「多数者の専制」という問題です。人間は周囲の人の意見に意外なほど引きずられやすいものです。もし政治の場で、しかもたくさんの人が参加する民主主義の中で、間違った意見に多くの人が引きずられてしまったとしたら、どうでしょうか。たとえ正しい意見を持っている人でも、自分の意見を発表することはとても難しくなることでしょう。間違った多数意見が正しい少数意見を封じる「多数者の専制」は、民主主義の暗い一面なのです。

 この民主主義の暗部が表に出てこないようにカバーしてくれるのが自由主義です。例えば、選挙も、政治家を「みんなで」選ぶという点を強調すれば民主主義的な制度なのですが、みんなの中から政治家を「選ぶ」という点を強調すれば自由主義的な制度です。それから、民主主義の誤りを正すという考え方からすると、「」というものも自由主義の制度ですよね。というのは、法というのは支配される人だけではなくて支配する人も守らなければなりませんから、「多数者の専制」によって権力を持った者が暴走しないように制限する、という役割も果たしてくれるわけです。政治家以外の人と同じように、政治家も犯罪に手を染めてはいけませんよね?そうすると、自由の敵のように見える堅苦しい法律も、場合によっては自由の友というわけですね。

 つまり、「自由主義」とは、「みんなが好きなことを自由にする主義」ではなくて「みんなが好き勝手なことをしないようにすることで、逆にそれぞれの人の自由を守る主義」と定義しても良いでしょう。私たちは、民主主義の世の中で、どんどん自分達の主張を表現していっていい。ただし、やっぱり人間には間違いがあるから、それを自由主義の制度によって補わなければならない。民主主義というアクセルと、自由主義というブレーキの組み合わせが、現代の政治の屋台骨を作り上げているというわけなのです。

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