2.いろいろな自由といろいろな権力

A.自由であるというのはどういうこと?

 さて、「政治」が「公」に関わるもの、つまり自分ひとりでは決められず他の人との協力が必要になるもの、ということであれば、「自分」と「他人」の関係をどうすれば良いかに悩まなければなりません。自分の部屋で一人で仕事をするなら、好きな音楽をかけて好きな服装で仕事をしてもかまいませんよね。でも、会社で友達や上司と一緒に仕事をする時にはそうはいきません。Tシャツはダメでスーツを着なければいけないかもしれないし、大きな音でロックをかけるわけにもいかない、そもそも音楽をかけながら仕事をすると怒られてしまうかもしれません。

 ということは、「政治」が行われる場所では、私たちの「自由」は制限されてしまうのでしょうか。もし「自由」ということの意味を「人から強制されずに自分の好きなことをすること」と考えるならば、確かにそうです。好きな音楽をかけられない。好きな服を着ることができない。それは、自由ではないということです。でも、ここでちょっと立ち止まって考えてみましょう。私は2行上で、「と考えるならば」と書きました。というのは、実は「自由」という言葉にはもう少し別の意味を込めることもできるからです。

 私たちが「職場であっても、自分の好きな服を着て仕事をしたい」と思った時、いったいどうすれば良いでしょうか。上司に頼む?仲間と署名運動をする?色々な活動が考えられますよね。そして、そうした活動の結果、もしかしたら(でも現実にはあんまり実現しそうじゃないかな?)好きな服で仕事ができるようになるかもしれません。こうしたこともまた「自由」と考えられないでしょうか。つまり、「強制されない」ということではなくて「自分達自身でルールを作り、好みの集団のあり方を実現していくこと」もまた「自由」なのではないでしょうか。実際、こうすることで、強制されずに好きな服を着るという、前の段落の自由も実現されるのですから。

 この「ルールを作る自由」は、みんなの活動の結果によってもたらされるわけですから、「政治」によって「自由」が実現されるのだ、とも考えることができそうです。「政治」には、確かに他の人によって「自由」を制限される側面もあります。でも、他の人とともに「自由」を実現していく側面があるのも事実です。この2つの「自由」のバランスをうまく保っていくことが重要な「政治」の課題になっているわけです。

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