書評(国家学会雑誌、学界展望)
Reconstructing Political Pluralism
Avigail Eisenberg
State University of New York Press, 1995


 今世紀の政治学は、「政治的多元主義論(political pluralism)」と称される議論をいくつか生み出してきた。アイゼンバーグの著書は、この議論の系譜を、20世紀末の政治学の問題関心から逆照射しようとする試みである。第一章で概要が示されるが、そこからは二つの意図を見てとることができよう。すなわち、多元主義論を利益集団論へと限定してきた戦後アメリカ政治学への批判と、いわゆる「リベラル−コミュニタリアン」論争の超克である。第一に戦後アメリカ政治学への批判だが、アイゼンバーグによれば、多元主義論は今世紀後半の政治学においてはほとんど利益集団論として扱われてきたという。そこで看過されてきたのが、集団が人格の発達(personal development)に果たす役割、すなわち "developmental power" の問題である。この問題は集団間の権力バランスに関心を集中する利益集団論では扱われることがなかった。本書では、20世紀前半の多元主義論に依拠しながらこの論点の再提示がおこなわれる。第二の「リベラル−コミュニタリアン」論争に関わる議論も、この論点と密接に関連している。アイゼンバーグによれば、リベラルは個人の権利を重視するあまり集団の役割を軽視しており、逆に共同体論は抑圧的な性格を持った共同体の危険に鈍感であるという。こうした議論の分極化の原因は、両者の権力観が貧困であることに求められている。共同体の持つ権力はその内部で成長する個人のためには不可欠だが、濫用されれば個人への抑圧をも導く。必要なのは権力を適切に統制する手段であり、そのために多元主義が必要とされるのである。
・・・・・・(中略)・・・・・・
 最後に、二点ほど問題点を指摘しておきたい。第一に、集団の多元性が権力の濫用をどれだけ防止できるかは必ずしも明らかではない。集団への所属の仕方によっては、権力の集中が強化される可能性もある。こうした事態を防ぐためには、多極共存型民主主義等、多元主義のみからは導き出されない制度的工夫が必要となるであろう。この意味で、多元主義論は現代政治の問題に対する万能薬ではない。第二に、多元主義が存在すべきもともとの共同体イメージが明確ではない。現代における多元主義論の背景の一つには、国家という枠組みの流動化がある。多元性は、国際社会に対する集団のレベルでも、あるいは国家の下位集団のさらに内部というレベルでも論じられ得る。本書では国家内での多元主義に重点が置かれているが、国家の範疇で制御できない集団への対応は明らかになっていない。
 本書は、現代政治学のトピックスに歴史的視点を盛り込んだ意欲作である。価値観の多様化が論じられる現代において、その多様な価値をいかに政治的な場に実現していくのか。そうした議論へ一つの素材を提供するものとして参照されるべき一冊であろう。

付記:本書評で、192頁部分に「彼」との表記がありますが、「彼女」の誤りです。
謹んでお詫びするとともに訂正いたします。