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政治学原論やゼミの掲示板

Re:まとまってませんが、とりあえず
Icon In Reply to: ナショナリズム(かなり長文です)
はやかわくん - 2004年06月29日 01時14分57秒
引用
こんにちは、書き込みありがとうございます。
昨年授業をとってくれていたんですね。
今年はゼミで活躍していらっしゃるようで、何よりです。

さて、問題のナショナリズムですが、最初に少し私の考えを整理しておきますね。
私自身も、必ずしもはっきりとした結論を持っているわけではないのです。
難しい問題ですから。

まず、戦争の問題については、
・自衛のため(あるいは国際貢献のため)の戦争(というより介入かな)は正当化されてよい。
・ただし、それを日本が政策として追求するかどうかは、別の問題である。
愛国心の問題については、
・必ずしも日本人が愛国心がないわけではないし、アメリカ人が愛国的とも限らない。
・愛国心の表現には様々な形がありうる。

というあたりが私の考えの基本線です。

2番目の問題から行きますが、私は日本人が必ずしも愛国心がないとは思いません。
こうやってアメリカに住んでみると、やっぱり私も日本は懐かしいですし、
日本に帰りたいなぁ、日本の方がいいなぁ、と思う事もたくさんあります。
他の日本人の人達で同じようなことを感じる人も少なくないと思います。
逆に、アメリカ人が皆が皆愛国的だということでもないと思います。。
例えば、アメリカでも大統領選挙の投票率は50パーセント前後というところですし、、
レーガン氏死去の際の反応も、マスメディアはともかく、街中では限定的だったと思います。
(こういった問題を厳密に愛国心の問題として論じられるかは微妙ですが。)

むしろ問題は、愛国心がどう現れるかというところにあると思うのです。
アメリカにいて非常に強く感じるのは、軍事的な行動が要求される場合に国民の理解が高いということです。
イラクへの介入にしても、仮に人質がとられても、政治的・軍事的な理由が説得的であれば、
国民は政権の政策を積極的に支持しますし、マスメディアも日本ほど敏感に反応しません。
これは、「日本が攻められたらどうするんだ」という問いに対する答えになりますよね。
やはり、国民の(あるいは人類普遍の)生命や自由を守るために、必要なコミットメントはする、
ということなのだと思います。アメリカ国歌の最後にあるような
the land of the free and the home of the brave への誇りは高いということでしょう。
逆に、日本ではこの軍事的な行動へのコミットメントは非常に低いですよね。
ワールドカップやオリンピックで自国を応援はするけれども、
でも軍事的な状況が出て来た時に自らの責任でそれに対抗するという感覚は、
おそらく日本ではあまり見られない。それが、「愛国心がない」という批判につながるのだと思います。
(ただし、議論はもうちょっと複雑にできます。というのは、非常に極端な議論ですが、
「他国から攻撃されても反撃しないほど憲法の奉じる平和主義にコミットしている点で、日本人は世界一愛国的だ」
という議論も可能だからです。)

ただし、「だから日本も憲法9条を改正し自前の軍隊を持って自衛戦争を行うべきだ」
あるいは「憲法の枠内であっても自衛隊を積極的に海外派兵して平和貢献するべきだ」
等々の結論がそこからすぐに導き出されるわけではない、と私は考えています。
もっとも、こうした議論が出てくる背景は、私は私なりに理解できるつもりです。
政治の歴史は、「自由」「平和」「平等」等々を戦い取ってきた歴史であると共に、
自由、平和、平等等々を「戦い取ってきた」歴史でもあります。
そして、自らの(あるいは普遍的な)権利が侵害された時に、その勢力に戦いを挑むということは、
場合によっては民主主義を奉ずる者の義務ですらあるとも言えます。
その面で、命を賭けてでも民主主義や立憲主義の価値を守ろうと姿勢が日本に見られないという批判は、
一面の事実を述べていると思います。

しかし、私は必ずしも憲法9条や自衛隊への限定を、マイナス面だけでとらえる必要はないと思っています。
こちらで、ABCニュースなどを見ていると、戦死した兵士の追悼をコマーシャルの合間で流していたりします。
もちろんそれは尊い犠牲なのですが、
そして兵士たちは政府の指示で義務を遂行している以上、その点で批判されるべき事はないのですが、
(アメリカ政府の今回の戦争に至る過程については、理解可能であっても、重大な疑問があると思いますので)
もしこうした犠牲が「普通の民主主義」の結果であるならば、
「普通ではない民主主義」を実験してみる価値はあるのではないかと考えてしまうのです。
つまり、おっしゃるような「他の国と比べるととても違和感のある国」というのが事実だとしても、
では果たして「違和感」があるのがそんなに悪いことだろうか?ということですね。

自衛戦争もできないようでは主権国家としての基本的要件すら満たせない、とか
平和維持・民主化への貢献が出来ないようでは国際社会への義務を果たしていない、とか、
そういう批判は確かに正論だと思います。そして、今回のイラクに関しても、
アメリカが日本の自衛隊派遣を一定程度歓迎しているということも事実です。
ただ、では、軍隊派遣や自衛力の所持だけが国の成熟度、民主主義の到達度を測る物差しなのかというと、
そんな事はないと思うんですね。
例えば、他国以上に突出して外交努力を行うことも民主主義国家として重要な事でしょう。
あるいは、NGOによる支援活動を国として積極的に援助するというやり方もあります。
(この意味では、人質事件の際の政府あるいはメディアや国民の対応は、あり得る反応なのですが、
政策的には非常にまずいやり方だったと思います。日本がはっきりと貢献可能な政策の選択肢を、
自分たちで一つ消してしまいましたから。)
実際アメリカですら、外交活動や民間支援などのオプションは使います。
仮にアメリカが軍事的介入を7やって、外交努力を3やるとしたら、
日本としては外交努力を9やって、人道支援を1に抑えるというやり方もあると思うのですね。
もちろん、「金だけ出して」という批判はあると思います。
しかし、その批判は、軍事的な介入を行う事と比較考量が可能なもので、
比較考量が可能である以上、絶対的な批判ではありません。
あくまでも政策選択の問題なのではないでしょうか。
そして選択肢の一つとして、他の政策を他国以上に進めるという条件の下で、
日本が「違和感のある」国にとどまるというオプションはある、と私は考えています。
ここでは論じませんが、これにはもちろん、
日本のアジアの中での歴史的・政治的位置という問題も絡んでくるはずです。

ちなみに、「攻撃されても反撃しない」というのは、小学校6年生の時の社会の授業で、
私が先生の質問に答えた内容と全く一緒です。当時はクラス中から総攻撃されました(笑)。
今ではさすがに攻撃されても反撃しないという答えはしないと思いますが、
ただ、可能な限り反撃の必要がないようにあらゆる政策の可能性を追求する、
というのが本来の政治の役目でもあります。その意味では、私は小学校6年生の時と変わりません。
そして、現代の日本政治のもっとも深い問題点は、反撃できないということにあるのではなく、、
反撃能力を使わなくてもいいように交渉する能力やシステムが整っていないことにある、と私は考えています。
また、「日本は攻撃されることはない」という見解については、
一つはそのような状況に至るためのあらゆる外交努力をすること、
もう一つは他国の軍事力を借りる(結局、日米安保ということですね)ということ、
という二つの条件の下でならば、必ずしも非現実的な判断とは言い切れないと思います。
これも上で書いた問題点と一緒ですが、
「日本は攻撃される事はない」という意見と「日本だって現実に攻撃される可能性がある」という見解の
対立が一番の問題なのではなくて、
攻撃されないような国際的立場をいかに作っていくかという事の方をまず論じるべきだ、
というのが、現在の実状を踏まえた上での私の感覚です。

ザァーっと書いたので不十分だったり矛盾しているかもしれません。
でも、十分に矛盾なく論ずる事がとてつもなく難しい問題でもあると思います。
ゼミでの議論や、本を読んだりして、是非見解を深めてください。
日記でも書きましたが、私が最近読んだ中では、
Michael Ignatieff,"The Lesser Evil"が好感が持てました。
テロと立憲民主制、政治理論の問題を扱っています。
夏休みに、英語の原書に挑戦するだけの価値はあると思いますよ。

Iconhttp://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/3666/

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