2002年2月の本棚

『国際人道法 戦争にもルールがある』

小池 政行 著

朝日選書
1200円+税
ISBN4−02−259792−5

殺し合いにルールはないのか?
 政治に取り組んでいると、どうしても目にしたくないものを見なければならない、考えるのが嫌なことを考えなくてはいけない、という状況に突き当たることがあります。たとえば、私たちの代表である国会議員には素晴らしい人間性が期待されますが、かといってあらゆる国会議員が「善人」であるというわけではありません。能力の差もあるでしょうし、汚職に手を染める人もあるでしょう。これは、国会議員も私たちと同じ人間であって神ではない以上、仕方がないという部分もあります。しかも、政治の世界が、選挙に見られるような激しい競争社会でもあることを考えれば、そして国際社会での激しい駆け引きを考えるならば、実は「善人」であることは政治家にとって必ずしも良いことではない、という結論を導き出すのさえ不可能ではないのかもしれません。本書が扱っている「戦争」の問題も、こうした政治の悲しい現実の一つの表れといえます。多くの命が犠牲となる戦争は、決して喜ばしい行為ではありません。しかし、当面の間、戦争を完全に回避する望みを抱くことができないのも事実です。では、その現実の中で、私たちはどのように戦争に向き合えばいいのか。「戦争や武力紛争を全廃させることはいまだできていない。未来にわたってもそれは不可能かもしれない。その冷徹な現実認識に立って、戦乱の中でもできる限り人命が失われるのを防ぎたい、人間の尊厳が踏みにじられることを防ぎたい。それが国際人道法の精神である」(8頁)。つまり、殺し合いを廃絶できないとしても、その殺し合いを何らかのルールによってコントロールして最小限に食い止めるために努力する、そういう試みもあるというわけです。本書は赤十字国際委員会の活動等を具体例に取りながら、こうした国際人道法の歴史や意義、問題点などを指摘していきます。

人道主義とリアリズム
 本書でくり返し言及されるのは、主に1949年に採択されたジュネーブ4条約(47頁)と、1977年の2つの追加議定書(71頁)です。これらの取り決めによって、戦争においてもできる限り人命・人権を尊重するという考え方が確認されているとされます。これらの取り決めは、平和を絶対的な価値とする考え方から見れば、戦争肯定ともとられかねません。戦争が存在することを前提にして、いわばその穏健化だけを目指すわけですから。しかし著者は、むしろ戦争が存在することを前提とするリアリズム(現実主義)の重要性を強調しています。「理想として考えれば、戦いのルールを作ることに努力するより、戦いそのものをなくすことに努力すべきだと言われるだろう。しかし残念ながら人類の歴史は、戦いに終わりがないことを示している。理想は理想として、現実に今ある戦いの犠牲者を救う努力が必要であろう。この現実主義こそ、国際人道法の優れた特色である」(35頁)。確かに、政治において絶対的な理想を追求することは、その理想が実現不可能なことが多いだけに、何もしなかったのと同じ、という結果を生み出しやすい側面があります。つまり、人道的な世界を作るために現状の国際人道法を批判し戦争の全面的廃絶を主張することが、結果的に人道的な世界の実現を不可能にする、という可能性もありうるわけです。現在の国際人道法の歩みは、こうした肥大化した理想主義に対する、もう一つの政治手法の試みであると言ってもいいのかもしれません。
 

残された矛盾点
 そうはいっても、国際人道法がバラ色の世界をもたらしてくれるというわけではありません。現実主義には現実主義の難しさがあり、いくつもの困難な課題が解決を待っています。たとえば、1992年ボスニアでの強制収容所問題で、赤十字国際委員会が中立を堅持するため、強制収容所存在の事実を世界にアピールしなかった事例が取り上げられています。赤十字としては、このことによって救援活動の継続を維持しようとしたわけですが、他方では赤十字内部にさえ沈黙が非人道的行為の黙認と加害者への消極的加担を意味するとの批判があったと記されます。「赤十字国際委員会は武力分その両陣営での活動を可能とするため、活動の中で知り得た事実をマスメディアに告げることはなく、どちらが非人道的行為を行っているかも、決して公表することはない。この態度が長い間赤十字の人道援助活動を保障してきたが、それが現在では、ときに批判に曝されている」(142頁)。ここでは、人道的配慮のためにあえて採択した現実主義が、結果的に非人道的な帰結を産み出しかねないという矛盾が表面化してきているわけです。また、国家という戦争主体の役割が変わってきたことも、問題を難しくしているということもいえるでしょう。著者も指摘するように、グローバル化の進んだ現在、戦争のコントロールは、国家の手に余る事態になりつつあります。「テロリズムは、これまでの国家間の戦争、局地戦争に加えて、第三の戦争となった。そのことがますます武力による問題解決、テロに対する報復攻撃、戦争の連鎖を生んでいる。そしてこのようなテロリズムに対しては、国家間の戦争、武装集団間の戦闘を想定して作られた現在の国際人道法では、十分に対応できない状況となっているのである」(193頁)。しかし、現在の国際人道法では対応できないから戦争のルールは定めない、という姿勢を私たちは取るべきでしょうか。たとえば、国家内の民族紛争において復讐と報復が繰り返されることを、人間の一つの性として、私たちは黙って見過ごすべきでしょうか。
 本書は、前半部分で具体例が多くやや散漫な印象を受けますが、最後まで読んでもう一度多くの事例に戻った時、今後の私たちが取るべき行動について多くの示唆が与えられるかもしれません。テロや内戦の衝撃があまりにも大きい今だからこそ、こうした本を手に取り考えてみることが必要とされている、そう考えてみてもいいのではないでしょうか。

2002年1月28日
文責 早川 誠