2001年11月の本棚

『ライシャワーの日本史』

エドウィン・O・ライシャワー 著
国弘正雄 訳 

講談社学術文庫
1200円+税
ISBN4−06−159500−8

歴史の語り方
 2001年は、日本の歴史をどう見るかについて、様々な議論が展開された年でした。「新しい歴史教科書」に触発された教科書問題。小泉純一郎首相の靖国参拝と、それに対する中国や韓国からの批判。遺跡捏造問題や、講談社により刊行中の「日本の歴史」の第2巻の回収。こうした問題は、歴史が持つ影響力と曖昧さ、そしてそれゆえに歴史というものを真剣に考えなければならないということを、私達に教えてくれています。今月紹介する『ライシャワーの日本史』は、もともと1986年に文藝春秋から出版された著作の文庫への収録で、純粋な新刊ではありません。しかし、この時期にこの「古い」日本通史を文庫で読むことが出来るということは、それなりの大きな意味をもっていると思います。一つは、激しい論争の熱気から離れて、冷静な議論を思い起こすことが出来るということ。議論が白熱している時こそ、違う視点からの意見を聞くことで、より豊かな視野を開くことができます。その意味で、この本が出版された時からの15年の時間は、意味のある古さだと言えます。第2に、本書の内容自体は、決して「古い」ものではありません。アメリカ、アジア、ヨーロッパ・・・世界各地域との日本の交流を視野に入れながら展開される記述は、講談社版「日本の歴史」の議論に通ずる部分さえ感じさせますし、外交官かつ研究者としての著者の視野の広さを十分に感じさせます。また、議論の当否を別にしても、著者が少なくとも日本を「理解」しようとしている態度が感じられ、こうした他者を理解するための歴史というものもありうるのだな、と実感させられます。人文科学、社会科学においては、古さは必ずしも欠点ではないのです。

日本の歴史的特徴
 ライシャワー氏の日本理解では、古来より日本に存在しているいくつかの特徴と言うのが挙げられています。例えば藤原氏による摂関政治について「藤原氏は、黒幕となって傀儡を背後から操るという、以後の日本人の典型的支配形態に先鞭をつけた。日本の歴史を通じて、名目上の支配者かグループが、実は、ほかの人間かグループに踊らされているというケースは、例外ではなくむしろ通例なのである」(64頁)と述べられています。また、「島国であるおかげで、外国勢に国土を席巻されることもなければ、国境を侵されることもなかった」(23頁)、というところから始まって、「地理的孤立と文化的言語的特異性のゆえに、日本人は強く自己を意識するようになり、他者との相違に非常に敏感になった」(25頁)という形で、日本の特異性や国民的同質性が指摘されてもいます。こうした文化論的理解がどれだけ歴史の説明要因になるかについては、いろいろな反論がありうるでしょう。日本人は特殊ではない、という反論の余地は十分にあるはずです。ただ、なぜ日本が20世紀に大規模な戦争を起こし、その後世界でも奇跡と論じられるほどの経済復興を遂げたのかということを説明するためには、文化論的理解を退けるならば、それなりの長期的視野と論旨の強さを持った議論が必要となるでしょう。ライシャワー氏の議論は、海外に対して日本の「特殊性」を説明する際に反駁しなければならない、一つの典型的な例を示しているとも考えられるかもしれません。

過去からの課題、未来への課題
 ライシャワー氏の日本史の中で、現代に対する鋭い問題提起になっているものとして、2つの点があげられます。一つは、日本への民主主義への導入に関連します。ライシャワー氏によれば、大正デモクラシーの歴史的遺産は、日本が戦後復興する際の一つの軸でした。この遺産があったからこそ、急速な復興が可能になったと考えられています。しかし、戦後の民主主義の導入は必ずしも明確なものではありませんでした。「アメリカ人にとって民主主義とは、あらためて論じるまでもないわかりきったものであったから、言葉で説明しようとする努力をさほど払わなかったのである。だが日本人、それもとりわけ知識人となると、古くは徳川時代の包括的な儒教思想、近代になってからはドイツ流の観念論が思想的背景をなしており、アメリカ人が示そうとしたものよりも、もっと理路整然とした哲学的説明を望んでいた」(307頁)。ここから氏は、日本におけるマルクス主義の強さなどを導いていくのですが、それ以上に、日本人が民主主義というものを実感・体感として会得していないという批判は、現在にも通ずる面をもつものです。民主主義の歴史において、日本はまだまだ学生時代を脱していないのかもしれません。もう一つの論点は、世界における今後の日本の役割についてです。現在でも、国際社会の中で日本がいかなる役割を果たすべきか国民的な合意は取れていないように見えます。1986年の時点でライシャワー氏が記した「戦後育ちの日本人と日本全体にとって現実の問題となっていたのは、経済的もしくは軍事的な災厄を招きかねぬ事態に直面している世界のなかで、日本が果たす特別の役割とは何か、という問いかけであった」(455頁)という一文は、現在の日本の状況でもそのまま当てはまります。これに対して「これまで以上に意思疎通に熟達し、心底から他国民との共同体意識をもつことが日本人に求められている」(458頁)と氏は本書を結んでいますが、この宿題に答えが出せない限り、日本は世界からの宿題に解答を出していないということになるのでしょう。過去からの課題、未来への課題の解決に向けて、今こそ真剣に歴史を学ばなければならない時期に差し掛かっている。この通史は、日本へのそうしたメッセージを含んだ著作でもあるのです。

2001年11月8日
文責 早川 誠