2001年10月の本棚

『カラー版 近代化遺産を歩く』

増田 彰久 著 

中公新書
980円+税
ISBN4−12−101604−1

現在に残る「近代化」
 21世紀を迎え、情報化も進んだ現在、もはや「近代」も歴史の1コマになったといってもいいのかもしれません。江戸時代末期から昭和初期まで、世界の先進技術に追いつこうと必死の努力を重ねた日本は、多くの建造物や設備を取り入れ、また開発してきました。本書の著者はこうした中で生み出されたもの、「幕末から明治、大正、昭和戦前にかけて建設された工場、鉄道、トンネル、ダム、発電所など、日本の近代化に貢献してきた」建物や構築物である「近代化遺産」を、「日本の若い技術者がゼロからスタートし、欧米から当時の最先端技術を取り入れ、情熱をそそいだ夢の結晶である」と表現しています(3頁)。時計塔や火の見櫓、ドックなど、本書に登場する私達にも決して馴染みの薄くない光景は、ある1つの時代を生きた人間から私達に残されたかけがえのない財産といっていいでしょう。しかも、「上からの近代化」といわれる日本の近代にもかかわらず、こうした遺産を現代の私たちが大切な文化財としてみる時、近代化遺産は「川下から川上へ上げていく、市民からアプローチしていく文化財といえるのではないか」(6頁)と提起しています。このような光景を見つめることで、私たちは現在の基礎となった時代の息吹を感じ取ることができるのではないでしょうか。

「近代化遺産」の現代的意味
 ただし、こうした近代化遺産が語るのは、何も過ぎ去った時代へのノスタルジーだけではありません。著者も指摘するように、近代化は戦争の世紀としての20世紀と密接に結びついてもいます。そして戦争の世紀としての20世紀をはっきりと清算しきれない限りにおいて、近代化遺産は現代の私達にも問題を提起しつづけているといえるかもしれません。本書中にも「要塞」という項目が立ててありますが(166−171頁)、東京湾の海堡(写真は無し)や猿島要塞など、日本の軍事化の走りとも言うべき施設が紹介されています。こうした施設の光景を見、考えることは、それらが第2次大戦での軍事大国日本から少し時代的に隔たっているだけに、逆に冷静に歴史判断をするための適切なヒントとなってくれるでしょう。「21世紀がどのようになるのかを考えるには、20世紀がどんな時代だったかを振り返ってみることもいいのではないだろうか。日本の『近代化遺産』は単なる過去の遺物ではない。21世紀の日本人が人間らしく生きるために、どうしたらいいか。未来への伝言として、いま「近代化遺産」をとらえていくことも必要ではないだろうか」(8頁)。著者のこうしたメッセージも、本書の中からしっかり受け止めていかなければならない課題なのだと思います。

時間の流れの早さの中で
 もう1つ本書の中で私が非常に印象的に思ったのは、「近代」の中で流れている時間の早さです。あちこちの項目で、せっかく建てられながら、技術発展によって使用されなくなった施設への言及がなされています。例えば、蒸気機関車と共に消えていった大型の機関庫であったり、送水ポンプ技術の発達で用済みとなった配水塔であったり、「短波」時代の到来で引退した送信塔であったり。通常、こうした変化のスピードアップというものは、近代というよりも現代の特徴として把握されることが多いかもしれません。しかし、むしろ近代と現代は(そのように区別することが可能だとして)、変化の速度という点では連続した時代だということなのかもしれません。その意味で、私たちは近代化遺産の中に、自分達の行動の指針を見出すことも可能でしょう。
 また、法律を学ばれている方には、最後に取り上げられている「刑務所」(208−218頁)の項目が面白いかも。そこでは、小菅刑務所や奈良少年刑務所の美しい姿とともに、「およそ人間的な扱いではない」刑務所を人間らしいものにするために「心血を注いだ」設計者達が紹介されています。刑罰が何のためのものなのか、ということを考える時に、刑務所の外観は、1つのヒントになるのかもしれません。

2001年10月6日
文責 早川 誠