2001年9月の本棚

『自治体・住民の法律入門』

兼子 仁 著 

岩波新書
780円+税
ISBN4−00−430744−9

住民にも要求される法律知識
 意識していても意識していなくても、私たちは普段の生活の中で法律と深く関わりながら生活を送っています。信号を守ったり、お金を払って品物を買ったり、結婚したり・・・そういった様々な生活の場面場面を、法律は時には緩やかに、そして時には厳しく、包み込んでいるのです。特に、最近では地方分権が進んでいて、市町村のような身近な共同体が作る「条例」という形の法も、私たちの生活を大きく左右するようになってきています。駅前放置自転車の撤去を定める「自転車条例」や、煙草やごみのポイ捨てを禁止する「ポイ捨て処罰条例」などは耳にしたことのある方も多いでしょう。本書は、こうした身近な「自治体法」の実例を多くあげながら、住民にとっての法律の重要性を主張しています。著者によれば、分権改革の推進に伴い、「自治体が国の法令を執行したり自治立法をしていく際に、国に対して「法解釈の闘い」をしなければならない場合が少なくないことは、すでにいろいろ例示した。また住民は、事業者と生活者それぞれかなり違う意味で自治体行政をめぐって法的な権利主張をし、争っていく努力がときに必要なようである」(232頁)とされています。法はいまや専門家が独占できるものではありません。「私たち地域住民はふつうは、「法」についてしろうとだろうが、住民参加や苦情申出・争訟のしくみが生じてくるにしたがって、法的な勉強をしなくてはならないように迫られてくる」(232頁)、つまり、市民・住民にとっても法律知識は生活に欠かすことの出来ない情報なのです。

自転車をめぐる法律問題
 例えば、具体的な例として先にも挙げた自転車条例のケースを見てみましょう。皆さんの中にも、駅前に「放置」した自転車を撤去されたという経験のある方がいらっしゃるのではないでしょうか?では、なぜ自分の持ち物である自転車が、勝手に撤去されてしまうのでしょうか?
 自転車を撤去する根拠は、国の法律ではなく、自治体が定めた「条例」、各地自体の自転車条例です。そしてその条例は、「住民が選挙した議会がつくった法規(議会立法)で、その自治体の区域内では「法律」なみの効力をもつ」(10頁)とされます。したがって、自転車の撤去は、ただ単に行政が強引に行っているわけではなくて、法律に基づいた、適正な処置になるというわけですね。逆に言えば、法律・条令上許されない処置というものもある。自転車を撤去すること自体は「財産の使い方に対する地域的規制」なので許されるのですが、でももし持ち主が一定期間内に引き取りにいけば自転車を返してもらうことが出来ます。これは、「所有権の移転」までは、自転車条例では不可能だからで、そのために別のシステムがあり、民法と結びつけた条例システムの説明が別途なされています(169−170頁)。

自治体の政治的意義
 こうして自治体がつくる条例により住民の生活が形づくられていくということは、単に法律上の問題だけではなく、もっと広く政治的な意味も持っています。1つは、古くからの問題ですが、民主主義の規模の問題です。通常、現代の民主主義が議会議員による代表システムを持っている理由は、住民の直接参加が大規模な政治体では不可能だからということに求められています。もっとも、代表制には、エリートによる冷静な判断が可能になるといった独自の価値もあるのですが、ただそれは参加を重視する民主主義と全く両立しないというものでもありません。自治体を、そして自治体法を通じて住民が政治参加を行うことで、一方では政治家が緊張感を持った作業をし、他方では住民が政治の面白さを再発見するという良い循環が可能になるかもしれません。
 もう1つの意義は、自治体が国に先立って先進的な立法を行い、「新しい人権」(34頁)を実現させていく可能性があるということです。新しい人権として本書にはプライバシーの権利、知る権利、環境権、平和的生存権、子どもの人権、(少数)民族の権利などが挙げられていますが、こうした権利を自治体が具体化させていく可能性がある。実際、公害問題や核問題などで、日本の自治体は重要な役割を歴史的に果たしてもいます。「自治体は、条例をはじめとする自治立法や自治行政執行を通じて、すべての既存人権とともに新しい人権の制度的しくみづくりと現実化に努めなければならない」(36頁)と著者は主張します。こうした役割を果たすだけの意識と実力が自治体にあるかどうか、そしてそれを育てていくことができるかどうか。地方議会議員や自治体首長だけではなく、市民・住民の意識が試されている、ということも言えるのではないでしょうか。

 なお、同じ岩波新書に同著者の『新地方自治法』が入っています。もう少し突っ込んで法律上の議論を調べてみたいという方は、参考になるかと思います。

2001年9月5日
文責 早川 誠