2001年8月の本棚

『地方分権と司法分権』

木佐 茂男 編 

日本評論社
1400円+税
ISBN4−535−51284−1

「自治」と「分権」をどうとらえるか
 「自治」や「分権」は、最近の政治を考える上での1つのキー・ワードになっているといってもよいでしょう。各地で住民投票の試みが見られますし、ボランティア活動の活発化もこうした流れと一体のものと考えられます。また、首相公選制を巡る議論も、国民の参加を尊重するという点では、中央政界での出来事とはいえ関係がないというものではありません。自治が「自ら治める」ということであるならば、そしてそうした参加への意識が民主主義の根本だとするならば、私達はこうした潮流を暖かく見守り、育てていかなければなりません。
 しかし、実はこうした潮流を「どのように」育てるかについては、現在の日本にはっきりとしたイメージが存在しているわけではない、という問題があります。例えば、参加を重視するためには、小規模で身近な政治の単位からはじめるのが一番。そういう意味で、「地方分権」ということが主張されるのは当然です。2000年に行われた分権一括法の施行によって、制度的な基盤も整備されつつあります。ところが、こうした政治制度面での分権の流れと、住民の自治要求がどれだけ一体のものとして考えられるかは、決して明らかではないのです。住民は住民の側で行政に対して参加運動型の政治を行い、行政は行政の側で制度面での分権化を進める。こうした分断状況では、住民と行政が一体となって進めることも可能なはずの分権の意義が損なわれてしまう危険性があります。今回紹介する本は、「司法分権を伴った三権一体の分権」(宮脇淳北大院教授・92頁)を視野に入れることで、地方分権の実効性を高めようという視点を導入しています。

自治体の立法権
 まず課題となってくるのは、司法の前提となる立法の問題、つまり自治体の制定する「条例」をどう作っていくのかという問題です。分権ということからすれば、各自治体の特性に合わせた法を、各自治体の事情を熟知する者が作成していくのが望ましい。実際、新たな地方自治制度でも「拡大された条例制定権」(木佐茂男九大院教授・iii頁)が自治体に認められています。しかし、これについては、様々な問題があることが指摘されます。例えば、スタッフの問題。ニセコ町の逢坂誠二町長は、「スタッフに十分に恵まれているという状況では必ずしもございません。特に法的知識、大学の法学部を出たような職員の数は必ずしも多くないのです。でも、小規模な自治体でも自治基本条例に取り組んだり、情報公開条例を作ったりなど、これからは法的に高度な仕事をしていかなければなりません。それをこなしていくための工夫も、ぜひ必要だと思います」(18−19頁)と述べています。ニセコ町では、こうした課題への対策として、他の自治体や大学研究者とのネットワーク作りなどに力を入れているとのこと。権限が中央から降りてくれば、それに対応した専門性が必要になるのは目に見えていますから、その点で人材育成システムの整備は欠かせないものといっていいでしょう。また、条例の意義が高まるからこそ、どこまでそれを自治体で扱うことが可能なのか、という冷静な状況判断も必要でしょう。「たしかに、法律等を解釈する能力は、これからの地方分権を支える政策法務の基本、土台だと思います。でも、自治体は、そこが弱い状態のまま地方分権を迎えたのですから、そこを補完する方法の1つとして民間業者委託もありうるし、先進自治体の条例を参考にして自分の身の丈にあった改正をしていくことも必要になると思います」(道前緑島根県庁職員・53頁)「分権改革による地域づくり、そのための条例制定の範囲も広がったけれども、はたして何でも条例で定める、規制することが住民の幸福につながるのか、ということです」(木佐教授・88頁)といった現実的な判断、一歩引いた視点というのは、分権の現実性という意味で頭に入れておかなければならない問題だと思います。

司法分権の意義
 条例が作られた先に待っているのは、その執行の問題です。実効性が確保されなければ、法は有名無実化してしまいます。特に、罰則付き条例の現状は、課題を明確にしてくれるでしょう。例えば、熊本市役所の西川公祐氏は、熊本市のラブホテル建築規制条例で罰則規定が実効性を欠いていること、また「熊本市ごみのない町を創る条例」制定の際に、ポイ捨てが微罪で違法性が可罰的なものではない、あるいは有罪事例がないという考慮から、罰則がつけられなかったこと、などの現場の事情を指摘しています(96頁)。では、条例制定後の政策執行、紛争処理を実りあるものにしていくためにはどのようにすれば良いのでしょうか。1つには裁判所側の問題があります。自治体の条例には、それに応じた裁判システムが必要と考えられます。そこで、「現行の司法裁判所ではなく行政内部に司法的機能を担う第三者機関を設立する方法も考えられる」(宮脇教授・192頁)といった見解が本書中でも繰り返し述べられています。自治体の司法機能をレベルアップさせることで、受け皿の拡大を図るわけです。そしてこれに対応してもう1つ、地方での弁護士過疎の解消が論じられています。受け皿が拡大したとしても、それを利用する手段がなくては現実は変わりません。その意味で、日本弁護士連合会による「公設事務所」設置の試みが議論されています。実際、住民の側に司法へのニーズはかなりあると考えることが可能で(182頁、注8)、こうした試みが浸透していけば、住民と行政との距離が縮まることも考えられるでしょう。
 いずれにせよ、自治体が法を作成・執行し、住民が利用するという形になって、はじめて自治と分権の可能性が十分に導き出されるはずです。官と民が対立するのではなく、両者が連携する形で民主主義を活性化させること。それが成熟した民主主義の姿ではないかということを、この本は具体的な事例を交えて効果的に表現してくれているといえるのではないでしょうか。

2001年7月31日
文責 早川 誠