2001年7月の本棚

『永田町政治の興亡』

ジェラルド・L・カーティス 著 
野口 やよい 訳

新潮社
1800円+税
ISBN4−10−540701−5

「日本政治の論理」
 カーティスといえば、『代議士の誕生』で一躍名を馳せた、日本研究の大家。その知日派研究者が、今年の小泉政権誕生をどう見ているかは、学者ならずとも気になるところです。いったい、小泉政権は海外からどのように見えるのでしょうか。
 この本の中でのカーティスは、90年代政治改革の中での政治家の動向に対して素朴かつ鋭い問題提起をしながら、小泉政権の歴史的意義までを視野に入れた議論を展開しています。ただし、そこでのアプローチはあくまでも論理的なもの。実は、『永田町政治の興亡』という邦語タイトルや『「超」知日派の戦後政治通史』という帯の宣伝文句が一見期待させるような政界裏物語的発想は、この本には見られません。例えば、第一章で55年体制の特性が語られてはいますが、それも物語仕立てではなく4つの柱、つまり、幅広い国民の合意、強力な利益団体、官僚制、自民党一党支配に対する論理的な分析になっており、その意味ではLogic of Japanese Politics(日本政治の論理)という原著名の方が、本の内容を誤解なく伝えています(ただしこの題名だと、あまりにも堅すぎて売れなさそう)。

民主主義と政治家
 この本でのカーティスの議論の1つの中心は、現代民主主義では政治家の果たすべき役割が圧倒的に大きいということです。例えば、「本書は分析対象の中心に政治家を置くが、それは現代の民主政治が政治家を中心に動いているからである。現代の民主国家で政治は職業であり、政治家は政治のプロである。彼らは権力を目指す競争というビジネスに従事する職業政治家である。その競争とは、消費者、すなわち有権者の購買意欲をそそると考えられる商品を売り込むことである」(12頁)という所にそれははっきりと現れています。そして、もし政治家が重要だとするならば、日本の政治家は日本政治の現状について責めを負わなければならない。「有権者の側に不満があり、政治家も有権者も気に入られる商品をどう作ればいいか分からない時、ここ数年の日本の政治を特徴づけてきたような閉塞状況が台頭する」(13頁)のです。では、なぜ政治家は商品の売込みに失敗したのでしょうか。本書の中ではかなり複雑な分析もなされていますが、もっとも簡単な解答の1つは、明るい未来を描く政治家の構想力です。本書冒頭と末尾でそれぞれ、「小泉がこれまでのどの総理大臣よりも人気がある最大の理由は、彼の楽観主義にあるだろう。大体の場合、変化を求める日本の政治家の話は暗い限りである。・・・小泉が国民の自信を引き出す能力を失わない限り、徹底的な構造改革の追求が世論の支持を得られる可能性は高い」(9−10頁)「政治的リーダーシップの本質的な条件は、日本が変わらなければこれだけひどいことが起こると人々を脅す能力ではない。そのような仕事は学者や評論家に任せておけばよい。政治家の仕事は、国が変わったならば、より明るい未来が待っていると人々を納得させることである。そういう意味では、小泉総理の人気は決して新しい現象ではない。彼の楽観主義、明快な言葉、大胆なビジョンは、日本人が前から求めている政治指導者の条件である」(244頁)と、小泉政権の特徴についての指摘があります。田中角栄や細川護煕にも類するとされる小泉首相の明るさ・楽しさこそ、日本政治改革への原動力といったところでしょうか。

国民の役割
 ただし、カーティスの議論には、政治家の問題だけではすまない要素も入っています。当たり前のことですが、主役が政治家だとしてもその主役を選ぶのは国民です。となると、国民の意識改革は主役の活躍を支える舞台の役割を果たすことになります。この点で、日本国民はどのように考え、行動してきたのでしょうか。「日本人は依然、社会の安定と比較的公正な所得分配を失わずに経済成長を実現した、従来の諸制度を強く支持している。長引く不況のため、こうした制度への信頼は揺らぎつつあるし、かつて成功をもたらした制度も日本経済が成熟した今は反対に足枷になるという議論も盛んになされている。それでも、日本の戦後の功績と結びついた制度を変えることに対する抵抗は根強い」(25頁)とカーティスは指摘します。ここは、楽観主義を伝える政治家のリーダーシップによって変革がなされていくのか、それともまずはそうしたリーダーを選ぶ国民の思い切りが必要なのか、「鶏が先か卵が先か」の難しいところ。さらに言えば、リーダーの楽観主義と国民の思い切りが結果として導く政策の妥当性について、この論旨の流れからは評価の指針を得ることが出来ないというのも、同じく難しいところです。
 いずれにせよ、現実問題として日本の政治が変化しているのは確かでしょう。本書は、その流れにしっかりとした見通しを与えてくれる良書になっています。ちなみに、翻訳はほとんど例外的とも言っていいほどの読みやすさ。翻訳者に拍手!

2001年6月25日
文責 早川 誠