2001年6月の本棚

『デモクラシーの論じ方 ―― 論争の政治』


杉田 敦 著

ちくま新書
680円+税
ISBN4−480−05894−X

「当たり前」ではない民主主義
がくせー「せんせー、今月はホームページでどんな本紹介するの?」
せんせー「んー?そうだなぁ。実はね、研究室時代の先輩から本を贈ってもらったから、それを紹介しようかなって思ってるんだ。」
がくせー「ふーん。なんていう本?」
せんせー「『デモクラシーの論じ方』っていうんだけど」
がくせー「変なの」
せんせー「なんで?」
がくせー「だって、デモクラシーって、民主主義のことだよね。論じ方も何も、中学校でも高校でも、民主主義って大事だってちゃんと教わってるよ。学級会だって話し合いでちゃんと民主的に決める練習をしてきたし、生徒会の選挙もやったし。偉い先生が今さらデモクラシーのどうのっていちいち本を出さなくってもいいんじゃないの?クドイよ。印税が欲しいのかな?」
せんせー「いや、そんなに浅ましい人じゃないと思うけど・・・。あのね、この本を書いた杉田さんは、デモクラシーっていっても、人によってとらえ方がいろいろあって、そんなに簡単な問題じゃないって考えているんだ。例えば、この9頁の所を見てみなよ。『人々の間には、デモクラシー理解をめぐる考え方の違いがあります。そして、その違いは、ささいなものではなく、かなり深刻な対立につながりうるものです。ふだんはあまり明確になることもありませんが、時として前面に出てきて、私たちの政治のあり方を大きく左右することになるのです』なんて書いてあるよね。そこから続けて、議会の決定を尊重するのがデモクラシーなのか、直接投票の結果に従うのがデモクラシーなのか、っていう問題も出されている。例えばほら、ついこの前も、新潟の刈羽村でプルサーマル型原子力発電所(一度利用された核燃料をリサイクルして発電する原発)に反対する住民投票の結果が出たよね。ああいうのも、デモクラシーがそう簡単な問題じゃないってことを示しているんじゃないのかなぁ。」
がくせー「せんせー、本気でそんなこと思ってる?」
せんせー「へ?」
がくせー「いや、そりゃあ、やり方はいっぱいあるかもしれないけどさ。でも、それは結局やり方をどうするかっていう問題で、デモクラシーっていうものそのものがダメっていうことじゃないっしょ。議会で決めても住民投票で決めても、まぁそりゃ違うといえば違うだろうけれどさ、どっちも特別悪いってわけじゃないじゃん。」
せんせー「うぅーん、でもさ。やっぱりけっこう実質的な違いって出てくるんじゃない?この直接投票に関連する問題は第5章でもっと詳しく扱われているんだけれど、そこではこんなことも書いてあるよ。日本についてだけれど、『この国のこれまでの政治を見るかぎりでは、ほとんどの重要な問題は、選挙の争点から外されてきたじゃないか。ある問題の重要性が、誰の目にも明らかな場合でさえ、選挙運動の時期には、それは大した問題ではないとされる。そして、選挙が終るやいなや、与党はまるで以前から方針が決まっていたかのように、特定の法案を出して可決してしまう、というやり方だ。そういう形で、税や防衛のような、多少とも人々の抵抗や批判が予想されるような、いわゆる「痛みを伴う」政策は押し通されてきた。そうした問題について、選挙前にきちんと提起して、国民的な議論を巻き起こすということはほとんどなされていない』(105頁)ってね。実際、議会で決めたことと住民との意見が食い違うことが多いから、いろんな住民運動が起こったり、ほら、田中康夫さんみたいな知事が出てくるわけでしょ。やっぱり、デモクラシーっていっても、そんなに簡単じゃないんじゃないのかなぁ。とにかく、値段も安いし読んでみなよ。」
がくせー「げっ、どさくさにまぎれて宿題だされちゃったよ。だからせんせーって嫌なんだよな。まぁいいや。じゃぁ、今度また読んでから、研究室に遊びに行くよ。」

「重層性」をめぐって
(”トントン”。研究室のドアをノックする音)
せんせー「はーい、どーぞー。」
がくせー「うぃーっす。」
せんせー「よー、遊びに来たの?」
がくせー「うん、こないだ宿題だされちゃったしさ。」
せんせー「そういう言い方しないでよ。そうじゃなくてもがくせーに人気あるかどうか気になって、普段からストレスたまってるんだから。」
がくせー「そうなの?でも、俺せんせーのこと結構好きだよ」
せんせー「くーっ、泣かせるねぇ。」
がくせー「だから、こないだの本もちゃんと読んできたしさ」
せんせー「杉田さんのやつだよね。どうだった?」
がくせー「うん、そこそこ面白かったよ。ふだん考えないようなことが書いてあって、へーッと思ったし。」
せんせー「ほー、例えば?」
がくせー「例えば、第3章の国民とデモクラシーのところの71頁にこんなこと書いてあるでしょ。『最近も、国旗や国家のようなナショナルな象徴の導入を正当化するために、少年非行や学校での規律低下の問題が声高に宣伝された経緯がある。何か問題が起こるたびに、「国民としての意識が足りないからだ」という論調が出てくる。しかし、例えば少年の問題は、少年を取り巻いている家族や地域社会や学校の状態との関係で、まず論じられるべきだろう。』これなんて、俺的にはピタッと来たね。だってさ、ちっちゃい頃、悪いことして怒られるのってだいたい近所のおっちゃんだったもん。総理大臣なんて滅多に会うもんじゃないしさ、子供しつけるならやっぱり近所よ近所。」
せんせー「なるほどねぇ。まだそんな近所づきあいがあった世代なんだ。最近はそういうの少なくなっているんじゃないかと思っていたけど・・・。それじゃあ、本に書いてあることだいたい納得できたんだ。」
がくせー「ぅーン、でも、よくわかんないのもあった。」
せんせー「どこらへん?」
がくせー「最後ンとこ。ほら、重層性とかよくわかんない言葉が使ってあるやつ。」
せんせー「あー、ここか。特にどのあたりがわかりにくかった?」
がくせー「いや、っていうか、言ってることはわかるんだけどサ。何か具体的なイメージ湧いてこないんだ。例えばさ、181頁にこんなこと書いてあるよね。『国と自治体のような二つの異なるレヴェルのデモクラシーの間で、対立が生じた時には、少なくとも、それについて悩むことになる。この、悩むということが重要なんだ。』って。そりゃあね、確かに世の中難しい問題もあるから悩むのって大事だと思うよ。俺も、やけに独裁的で勝手なせんせーとか政治家を見るとホント嫌になるし。でもさ、それでも最終的には悩んだあと結論を出さないといけないわけでしょ?そのあたり、杉田さんってどう考えてるのかな。」
せんせー「うん、そのあたりは、論理的に考えるのと同時に、歴史的に考えてみるということも必要かもね。現段階で、国って大事だと思うけれど、でもそれ以外に自治体にしろもっと大きな国家連合にしろ、いろんな意見を言ってもらって、その上で決めることが出来るんだったら、それはそれで悪いことではないんじゃない?実際、住民投票も、EUのような国家の連合体も可能な世の中になってきているわけでしょ。あらかじめどこでどうするというのを決めておくんじゃなくて、出来るところは国以外でする、出来なければ国でやる、という感じで、少し余裕を持って考えてみたらどうか、っていう問題提起なんじゃないのかな。」
がくせー「ふーん。でも、なんかどこで何をやっていいのかよくわかんないね。国なら国で選挙で決まった人たちの言うことは聞くって決まっていれば、それに任せた方が安心に思うけれど。」

会話体が示すもの
せんせー「それとさ、今この本で言うとAさんの言っていることを中心に話しているよね。確かに、杉田さんは『デモクラシーの重層化へ』という論文を『世界』という雑誌に発表したりしている(1996年10月号)けれど、でもだからといって決してそっちに100パーセント肩入れしているというわけじゃないと思うよ。」
がくせー「そうなの?だって、学者ってみんな自分の意見を持っていて、それを主張するために本を書いたりしているんじゃないの?せんせーだって自分の意見あるんでしょ?」
せんせー「いや、そりゃそうだけれど、でも学者だからって全部が全部の問題について答えを持っているわけじゃないし、自分の持っている答えが完全無欠だなんていう自信を持っているわけじゃないんだよ。むしろ、わかんないことがたくさんあるから、それをわかることが出来るようになりたくて勉強を続けているわけ。杉田さんだって、僕は、自分の考えがパーフェクトだとは思っていないと思う。ほら、この本って、AさんとBさんの会話体で書いてあるよね。」
がくせー「うん」
せんせー「それは、ただ分かりやすく書くため、という以上の意味があると思うんだ。つまりね、解答を示すんじゃなくて、問題を示すこと、その問題がどれだけ難しいかを示すことで、みんなにも政治を考える広場に参加して欲しいというメッセージがこめられているんだと思う。この本の副題は『論争の政治』だよね。それは何もAさんの言っているような方向で論争が決着すること、Aさんの枠組みの中での論争の政治が行われてほしいということではなくて、Bさんのような見解も含めて、お互いに議論を戦わせていくことが重要なんだ、という事だと思うんだ。だから、対話形式の、結論の出ない形にしたんだと思う。それがもしかしたら表面的なわかりにくさにつながっているかもしれないんだけれど、でも逆に言えば政治はそれだけ難しいんだ、ってことだよね。」
がくせー「ふーん、なんかいまいち信用できない気もするけどな。まぁでも、せんせー、たまにはせんせーらしいこと喋るじゃん。」
せんせー「たまにはって何だよ、たまにはって。」
がくせー「まぁまぁ。ガキ相手に本気にならないの。ねぇ、俺、次の時間休講だからさ、コーヒーでものみに行かない?こんな暗い研究室にいるの、体に悪いよ」
せんせー「それもそうだな。そこで話の続きしようか」
(バタン。研究室のドアを閉める音)

2001年6月1日
文責 早川 誠