全ての人に伝えたいこと

(いじめの絶えない世の中だから・・命の重さ)


これは、虐められている立場にいる人にも、虐めた経験や心当たりのある人、そして大人達にも読んで頂きたいのです。

私は言葉が話せなかったので、おとなしいと言うだけで必然的に虐められてきました。

私のホームページを、もし、私を虐めた人が、今読んだらきっと、「あ〜、そんなに辛かったのか・・・悪いことしたなあ・・・」と思っていると思うのです。

そして私も、今だから素直に許すことができると思います。

虐めの移り変わり

むかしっからいじめっ子、虐められっこというのは必ずいて、特殊な問題ではありませんでした。しかし、昔の虐めは作為がなく、単純だったり、理由が何かしらあったり筋が通っていたように思うのですが、近頃の虐めは悪質です。いまは大人の世界にも虐めが存在するだなんてなんて大人気ないことでしょう。

日本は、戦争のない平和な国・・なはずなのに虐められて、生きていくのが苦しくて死んでいく人がいたとしたら・・命の尊さ、重さは同じなのです。

現代の虐めはこれと言って欠点がなくても虐められるケースが多いいのが昔の虐めと違います。少しでもあら捜しをしてターゲットが自分にならないように虐めても抵抗しなさそうな人を見つけて集団で虐めるのです。陰湿ですね。

現代の簡単に人を虐めて痒いとも思わない短絡思考は食生活の乱れなども影響しているのではないでしょうか?切れやすい子供、そしてメディアの影響で今のこは昔より早熟です。

でも、考えてもみてください。基本の基本ですよ。自分がされたら嫌なことを人に平気でする・・・これは最大のルール違反だし、そんな事も思いやる余裕がなかったり、無感情、無神経は怖いですね。小さいころからこう言うことのしつけはとても、何より大事だと思います。

今は大人も虐待など多くて、まともな世の中とは言えません。いつからこんなになってしまったのでしょうか?

人と人は、さしで話し合えば誰とでも分かり合える生き物だと私は思います。集団対個人、卑怯ですね。

そもそも、虐めと言う物は、人と少し変わっていてわからない、話しかけてみようとしないで話してみれば何てこともないかもしれないのに勝手に話しを大きく膨らませてぬれ衣を着せる、「わからないことへの恐怖」からくることなのではないかと思います。

でも、私は私、あなたはあなたで違って当たり前でそれを許せない、受け入れられないのはおかしいです。誰一人、同じ顔の人がいないのと同じように。

虐められる側も、SOSを気がついてほしいと言う人もいれば、親には知られたくないという人もいます。わたしは後者でした。

苦しまないで

私は、学校で虐められている状態の中へいる時に、自分に言い聞かせたことがあります。

私はクラスが30人なら、30人のことを休みの日でも毎日考えていました。でも、クラスの人は、学校を離れたらもっと面白いことがあって30人が30人とも私のことを考えているわけではないと。そう思うと、少し楽になりました。

休んでいいんだよ

私は親にも先生にも虐められていると言えなくて、ついに、体の具合が悪いといって学校を休むようになりました。小学校高学年に1年間、中学校でも一年間。こうするしか自分を守り、さりげないSOSを送ることができなかったのです。でもしっかり勉強をして大学まで行きました。

学校をしんどかったら命には代えられないのだから休んでもいいと私は思っています。親御さんは自分のおこさんの様子が変だったら無理に行かせないで上げてください。

敵に足をすくわれてたまるもんか

私が虐められながらも目標を意地でも上ってきたことができたのは、私は、私がやりたいことを虐めるやつらにじゃまされて足をすくわれてそがいされてたまるもんか!!と言う意地です。根性ではなく、意地です。

自分の命を虐める人達のためにふいにするのは相手の思う壺です。いや、思う壺、というほど相手は深刻に考えてはいないかもしれない。虐めた人も死んでしまったら一生悔いることでしょう。いじめにあってる側も、「やつら」のために自分の人生を犠牲にしたら負けです。たった一回の人生です。苦しいのならいくらでも休んでも回り道もしてもいい。ただ偶然はいってしまったクラスの環境の運が悪かっただけなのだから。抵抗できなかったら休むという無抵抗の抵抗をするのです。人より何年回り道をしてもいいから自分のやりたいことを貫いてください。

むかしいじめっこだたあなた・・・

いまではきっと立派な大人になっていらっしゃるのではないでしょうか。

この記事を読んで、「あー、悪いことしたなあ・・・。」て、とくにリーダー格の人ほどそう思うのでないでしょうか?でも、昔いじめっ子だった人も大人になればちゃんとしている場合が多いのです。何も経験しないよりもいたずらで親が手を焼いた腕白小僧は大成する物です。

これから自分が子供を持ったとき、強く優しい子に育ててください。強くなければ人を守れないから。

最後に

命は尊い。虐められる人で誰にも言えない人、死に行く人の神経は普通の人達の何倍もデリケートです。

普通は気にしないほどのことも繊細に感じる場合が多いです。でも、繊細な人にしか出来ないことって沢山あるのです。

私がもし図太かったら、きっと芸術の道を選ばなかったでしょう、と言うより、感性が開かなかったかもしれない。

普通の人が見えないものまで見えてしまうから辛いですね。でも、繊細に生まれたことは良かったと思っています。

人間には必ず何かしらの使命があると感じる今日のこの頃です。私が虐められなかったら虐められる人の気持ちがわからなかった。

このページも存在しなかったでしょう。

しんどかったら避難していいんです。人生は長い、そして一度きりしかありません。はやまっては行けません。私だって何度も死のうと思いました。自殺するななんていう大人達はなんて酷いのだろう、代わってくれるわけでもないのにと思ったこともあります。

でも死ななかったからみれてよかったものも沢山ある・・・。だから生きてて良かったです。

みんなが思いやれる平和な世の中が訪れるようみなでちからを合わせましょう。


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