卑屈になってもいいんだよ


私は、願わくはポジティブでありたいと理想としては、思っています。でも、時にはそうでばかりではいられないときもあります。

小さいころから人見知りが激しく愛嬌もなく、手のかかる子供だったので、妹のほうがずっと小さい時から親を含め色んな人から自然と愛されてきたことは事実です。

見た目も妹のほうが愛嬌があるし、妹はある程度の歳になって同居していた時も近所の人から、「下の妹さんはいいですね。」とか、「下の妹さんはきれいですね。」とかしょっちゅう祖母越しにきかされ、私の評判なんてきいたことはありません。

とくに最近、どんなに明るく振舞っていても、みじめったらしいオーラが出ているらしく、多分、日々のつかれからだと思いますが、損しています。

これだけ妹だけがもてはやされ、しかも本当にしっかりしているのなら仕方ないのですが、当時、近所の誰も知らない中で、いばり散したり当り散らしたりする妹に怯え、しかも妹のした事の尻拭いをしていたのは全部私だったのです。そんな家の事情は家族以外誰も知らないので仕方なかったですね。あんなに欲しがって反対を押しきって飼った犬も面倒見たのはせいぜい一、二年であとは私が散歩させたり、私は病気で殆ど寝たきりなのに父が出張でもともと犬が好きではなかった私が自分自身が動くのですら大変なのに散歩を押し付けられたときや、入院する事になって父親が車で犬をだまって捨てにいってしまったあとも、ずっと、母の病気などで、満足にしつけができず、それに加え、捨てられかけてた子犬をもらったので犬のほうも始めから頑固で言うことは聞かず、臆病で、道を人がとうると、物凄く大きな鳴き声でしつこくなく事から近所でも煩い事で評判のワンちゃんでした。

その犬を妹は捨てていえをでてって、やがて数年後突然犬の鳴き声もしなくなって誰一人犬のことをきいてくる人はいませんでした。いぬについてはそんなわけで、私が散歩していた時期のほうが長かったので、多分近所の人は私が飼いたがってかった犬だと思っていると思います。けど、私の犬ではなかったので、私も人と口を聞くのは苦手なほうなので煩くて済みませんでしたとか、何も近所の人にわびてなかったので余計悪く思われてるかもしれません。私だって、ショックでしたよ。いくら煩くても、九年も飼ってた犬が私が散歩させられないからと捨てられてしまうなんて・・・。

そんなわけで、今は、妹はしっかりと一人で暮らしているようですが、当時は妹の尻拭いばかりしてきました。それなのに決まって誉められるのは妹だけ。・・・そんなバックグラウンドがあるとやっぱり今までの生育歴などから卑屈になってしまう自分と言うのが残ってしまう事もあるんです。

外でマイナスな話をしたりすると疎まれたりいやがられるので、卑屈にならないように気をつけていても出てしまう事ってあるんです。

昨日までポジティブだったのに、また卑屈に戻ってしまう事ってあるんです。駄目だ、私・・・。と思ってもそう言う歪んだ自分というものを打ち消してはいけなくて、せめて一人のときには許してあげる事も必要なんだと最近感じました。

そもそも、何が人を卑屈にさせられるかというと、原因は、激しく比べられて育ったり、孤独な人生を歩んできた場合なんですね。

うちの祖母も凄く卑屈なんですが、原因を探れば凄く寂しい人生を送って自分を押し殺してきた人だったんです。育ての親に頭が上がらなくて好きなのに離婚を強いられて、育ててもらった恩を捨てて子供と一緒に夫の基へ走る事もできず、再婚もせず、女手一つで母を育て。小さい時には病弱な母親だったので大阪に親や兄弟から引き離され東京のおばさんのもとに引き取られ・・・。だから育ての親がボケたとき、酷い逆上をしたそうです。

今までずっと無口だった人が、物凄く人に厳しく自己主張の強い煩い人になりました。友達も少なかったです。

私も似てるんです。祖母に。きっと、沢山の心の許せる友達に恵まれたりすればひがみ根性も薄らぐのではないかというぐらい、強がってはいるものの実はとっても寂しがりで、もし、恋人と付き合うときが来たら(今までは失敗しましたが)たっぷりと愛情を注いで甘えさせてくれるような人となら上手くいくのでしょう。寂しがりなんです。心もやせこけているんです。

でもそんな事人に言っても仕方ないし、一番の理解者は自分しかいませんものね。突然ひがみ根性が襲ってきた時には無理にポジティブにふるまおうとせずにとことん自分をいたわってあげていいと思うんです。外での明るい私はまるでピエロみたいと思うと空しくなります。無理やり明るく振舞うことが痛々しい。

でも私の目標はポジティブですから月に数回落ちこんでも前向きになれるときはちゃんと前を向こうと努力します。ひがんだところで誰も同情もしてくれないし、自分が惨めなだけで幸せからも遠ざかってしまうので。

私が本当は人が好きで寂しがりの証拠があります。二回目の入院のときに手帳に仲良くなったひとたちに書いてもらった言葉です。これはかけがえのない宝物です。それを見ると人に愛されていた楽しい自分もいたんだ、人間て暖かいんだと元気になります。表情が楽しげな写真を眺めるのも落ちこんだ時にはいいです。

いくら着飾ってもメイクしてもいたいしいほど寂しい人間オーラが出てるときはあります。前を向く事は大事ですが、自分しか知らない自分の弱さを時に受け入れて自分を認めてあげる時間も必要だと、私は思います。明日、元気な自分になれるために。


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