そして陽はまた昇る

「すいません、アレください」
「アレ? いやムリ」
「お願いします! 売ってください!」
「だからムリだって。非売品だから」
「そこをなんとか……! 僕の全財産お支払いします!」
「全財産ってあんたこれ……そこの定食屋で一回メシ食ったら終わりじゃん」
「いや結構ありますよ! あそこ高いですから!」
「そういう問題じゃないでしょ。とにかくお客さん、いくら積まれてもアレは売らないから。他に用がないなら帰った帰った」
「そ、そんな……!」



「そういうわけで、その品を盗んできてほしいんです!」
「ほしいんですっつわれてもなぁ……」
 きちんと膝の上に両手を乗せ背筋を伸ばして座っている若者に、だらけきった姿勢で椅子にふんぞり返った男がいかにも面倒くさそうに言った。こちらも若いが、向かい合った相手よりはいくつか年上のようだ。
「あのな、言っとくが盗賊団《眠れる獅子》はそこらの薄汚いコソ泥とは違うぞ?」
「ええ、わかってます。このあたりではあなたがたが一番の実力者だとお聞きしました」
「んー、まァそりゃ当然の評判だな」
 褒められてまんざらでもないようだ。
「お願いです。どうしても骨董品屋のオヤジが売ってくれなくて……もうこれしか方法がないんです! もちろん報酬もお支払いします」
「お支払いって……これじゃそこの酒場でちょっと引っかけてきたら終わりじゃねぇか」
「そ、それはあくまで頭金です! アレさえこちらのものになれば、すごいお宝が手に入るんです! 報酬はそこから……」
「ほう……すごいお宝ねぇ……」
 ふむ、と男は顎に指を当てた。そしてニヤリと笑った。
「よし、いいだろう。その仕事受けてやる」


        *

「しかしあの人、一体どんな評判聞いてうちを一番の実力者なんて思ったんスかね?」
 その晩、お頭レオン率いる実行部隊が意気揚々と骨董屋に向かった後、留守番を仰せつかった《眠れる獅子》の下っ端・主に雑用係のアザスが不思議そうに首をひねった。
「まあ、世の中にはアテにならない情報が腐るほど流れてるからな」
 答えたのはナンバーツーで頼れる兄貴分のナグだ。実のところ彼らは、業界でも弱小で有名なへなちょこ盗賊団なのである。
「で、そこまでして一体何が欲しいんだって?」
「壺らしいっスよ」
「壺?」
「きっと、よっぽど古くて貴重ですごい値がつく壺なんでしょうねー」
「壺か……」
 少し考え込んで、ナグはぼそりと言った。
「割ってなきゃいいんだけどな、あいつら」
「いやそんな、いくらレオンさんでもそんなお約束なー」
 とアザスは笑ったが、レオンは期待を裏切らない男だった。
 その頃、骨董屋の裏の路上で、果たして依頼の壺はきれいに、見事に粉々になっていた。
「………」
「………」
「……おい、お頭どうするよコレ」
「いや、なんつーか……マジで割れたな」
「だいたい普通めんどくさいからってワレモノを窓から投げるかよ?」
「うるっせえもとはといえばてめえがせんべいなんか食ってよそ見してたからだろ!?」
「せんべいに罪はない!」
「畜生どうにかならねえのか、おいイーユ!」
 レオンが振り返ると、立ったまま寝ていたのか前後にユラユラ揺れていた《眠れる獅子》の頭脳・イーユが「ん」と言ってなにやらごそごそと懐から取り出した。
 チャラララッチャラ〜。
「超強力瞬間接着剤〜」
「………」
「………」
「超強力瞬間接着剤〜」
「いや聞こえてっからイーユ」
「よし」
 おもむろにレオンはうなずいた。
「拾うぞてめえら! 破片ひとつ残すなよ!」



 依頼主の若者、ノイド・リアーノは首をかしげた。
「あれ……あの壺って、こんなでしたっけ……?」
 記憶と照合するように眉根を寄せ、いささか不格好に生まれ変わった壺をじっと見つめる。
 目の下にクマを作った《眠れる獅子》一同は、そんな彼をハラハラしながら見守った。
 そして彼は前から見て横から見てナナメから見て、
「まあ、いいか」
 あっさり言った。
(いいのかよ……!)
 一同は心の中でつっこんだ。後ろでなにげにイーユがピースサインをしたが、これは決して接着剤の効果ではない。
「それで? 呪文でも唱えりゃその壺の中から金銀財宝がザクザク出てくるってか?」
 割ったのがバレなかったことで気が大きくなったらしいレオンが偉そうにふんぞり返って尋ねた。
「いえ、出ません」
 すっぱり即答された。
「そうだぜお頭。そんなもんが出てくるわけないじゃないか」
 なぜかラッツが同意してチチチと指を振った。
「出てくるのはありとあらゆる味のせんべいだ! これぞせんべいパラダイス!」
「壺の模様が宝の地図になってたとか」
 せんべいマニアの主張はすっぱり無視された。
「いえ、そうではなくこの壺は……」
 ノイド青年が言いかけたちょうどそのとき。
 バンッ!
「見つけたぞ、ノイド・リアーノ! その壺は渡してもらおう!」
 突然、武装した黒装束の男たちがアジトに乱入してきた。
「ぎゃあああっ、なんスかこいつらはーッ!」
「全員動くな! 手を上げろ!」
「どっどどどっちっスか!」
 言いつつも、すでにアザスは両手を上げた降参ポーズだ。
「おい、こいつらてめえの知り合いか!?」
 襲いかかってきたひとりをねじ伏せながらレオンが怒鳴る。
「お、おまえらなんかに……この壺は渡すもんかーっ!」
 しかしノイドはそう叫ぶなり、体当たりで窓をぶち開け、壺を抱えて逃走した。
「あっコラてめえ待ちやがれ!」
 すぐさまレオンがその後を追い、
「待ってくださいよレオンさーん!」
 仲間たちが続く。
「追え! こいつらはノイドの仲間だ、ひとりも逃がすな!」


「なんとか撒いたようだな。さすがにここまでは追ってこねえだろう」
 ナグがそっと外の様子をうかがって言う。
 彼らは町外れの倉庫の奧に隠れていた。
「さあ、そろそろ説明してもらおうか? 昼飯を食いっぱぐれた責任はきっちり取ってもらうぞ」
 態度のでかさにかけては右に出る者のいないレオンに不機嫌に言われ、ノイドは壺を両手に抱えたまま縮こまった。
「す、すみません……あいつらは、この壺を狙っているんです」
「いやそれはわかってっから。ゴマせんべい食うか?」逃げるときでもせんべいは忘れないラッツ。
「この壺は、もともと聖ゲルンゲルン王朝の遺跡で発見されたものなのですが、研究所に運ぶ前に盗難にあって長いこと行方がわからなくなっていたんです」
「聖ゲルンゲルン朝って、なんか聞き覚えがある気が……」
 アザスがつぶやいたが、シナプスが切れていてそれ以上は思い出せないようだった。
 なんでも、闇市に流れて行方不明になっていたのを執念で探し続け、あの骨董屋に辿り着いたのだという。
「そんなに重要なモンなのか、その壺」
「貴重な学術資料だ」
 イーユが珍しくまともなコメントをしたが、その貴重な学術資料を接着剤でいい加減に修復した人間が言ってもあまり説得力がなかった。
 しかしそんなことは知るよしもない、というかそろそろ気づいたほうがよさそうなノイド青年も力強くうなずいた。
「もちろんです。それにこれはただの壺ではなく……失われた歴史の鍵なんです!」
「失われた歴史ィ?」
 明らかに興味がないらしくだらけきった格好でレオンが聞き返した。
「ええ。我々の調査で、この壺が出土した遺跡のその下に、さらにもうひとつの地下遺跡が存在していることがわかったのです。これまで文献の中にわずかな記述があるのみで幻とさえ言われていた地下神殿……そこを調べることができれば、古代イヴァレント大陸史の空白期、謎に満ちた聖ゲルンゲルン王朝の滅亡の理由が解き明かされるはずです!」
「ほー……で、その壺の役所は?」
「ですから、鍵です」
「っていうと?」
「この壺こそが、地下遺跡への扉を開く鍵になっているのです!」
「………」
「………」
 《眠れる獅子》の面々は、なんとなく顔を見合わせた。
 割ったよね? あの壺、割ったよね? なんかもうあんまり原型留めてないよね?
「あっ、あのーええと、調査してたってことは、ノイドさんは学者さんかなにかなんスか?」
 こんなときすかさず、かつ自然に話題を変えるのも下っ端アザスに課せられた重要な使命である。
「いえ、僕は助手として先生のお手伝いを……ああ、申し遅れましたが僕はアディントン大学でディエーニ教授に師事している研究生です。ディエーニ先生の名前はご存じですよね?」
「知ってるかナグ」
 お頭はナグに振り、
「いや。イーユはどうだ?」
 ナグはイーユに振り、
「………」
 イーユは目は開いているがどうやら寝ているらしく、
「あっやべえせんべいなくなった!」
 ラッツは聞いていなかった。
「ええっ、知らないんですか!? 聖ゲルンゲルン王朝学の権威であるディエーニ先生を!? 少しでも考古学をかじった人なら一度ならず先生の著作で勉強する機会があったはずですよ!」
「いや、そう言われても……俺たちべつに考古学関係者じゃねえし」
 というか、むしろ盗掘者とのほうが距離は近い。
「そんなっ、では考古学に何の造詣もないあなたたちがどうしてこの研究に協力してくださってるんですか?」
 ノイド青年は心底驚いたように言ったが、
「いや、そもそも協力してねえし」
「仕事だからな。つまりおまえさんから報酬をもらうためだ」
「あ……」
 レオンとナグの言葉に「そうだった」というような表情になるノイド。どうやら、いつの間にか《眠れる獅子》は彼の中で同志の仲間にされていたらしい。
 途端にレオンが詰め寄った。
「『あ』じゃねえよてめえ、『あ』じゃ。まさか忘れてたんじゃねえだろうな? その壺さえ手に入りゃがっぽりお宝がいただけるって話だったはずだぞ。盗賊団との契約を反故にしたらどうなるかわかってるだろうな」
「ももももちろん忘れてませんっ、忘れてませんってば! お宝ですよね、そうそう、お宝です! すごいですよホントに!」
 明らかに忘れていた顔だった。
「ほんとかねぇ……例えばどんなもんがあるんだ?」
 半ば呆れ顔で尋ねたナグに、ノイドはふたたび目を輝かせた。ぐぐっとこぶしを握る。
「それはもう、目も眩むような宝の山ですよ! 間違いなく、研究史に残るような重要な発見の数々が……!」
「だからそりゃ学者さんにとってのだろ。俺たちにとって価値があるってのは金銀財宝やら好事家が目の色変えて飛びつきそうな珍しい品のことだ」
「そもそもてめえ、そんな学術的に貴重な発見物を報酬として俺らに渡せるのか?」
 さっくりとレオンに突っ込まれ、研究熱心な学徒はうっと詰まった。壁の破片ひとつでも惜しいと顔に書いてある。
「無理だろ」
「そっそそそそそんなことはっ……と、とにかく、肝心の地下遺跡を開けてみないことには具体的なことはなんとも……。それに万一この壺をあいつらに奪われてしまっては元も子もありませんし……。い、一緒に来てくださいますよね?」
「………」
「レオン、面倒くさいのはわかるがここでやめたらタダ働きだぞ」
「……そりゃ行くけどよ」
 骨董屋から壺を盗んでくるだけのはずが、なんだか体よく護衛の真似事までさせられる羽目になってしまった《眠れる獅子》。そして彼らはあまりやる気のない様子で、問題の遺跡があるというダズーン島を目指して出発した。


        *

 ダズーン島は遺跡の存在を除けばとりたてて何があるわけでもない無人島で、渡るにはキッタという小さな漁村から船を出してもらわなければならないということだった。
「おやまあ、この前の学生さんじゃないか」
「よく来たね。今日は穴掘りの学者先生は一緒じゃないのかい?」
「ちょっと寄ってお茶でも飲んでいきなよ」
 そして、意外なことにノイド青年はキッタのちょっとした人気者だった。しかしこれは単に、過疎化が進んだこの村では彼のような若者が少ないからというだけのことだったが。
 ノイドの交渉で前回の調査のときと同じ老人が船を出してくれることになり、その船上でアザスがふと素朴な疑問を口にした。
「そういえば、こんな大事なことを助手のノイドさんに任せっきりにして、そのディエーニ先生って人は何してるんスか?」
 すると、それまで意気揚々としていた若者の表情がわずかに曇った。
「先生は、壺が盗まれたという報せを聞いたとき、ショックでモチを喉につまらせて……」
「あ、すいませんオレ、余計なこと聞いて……」
「いえ、いいんです」
 ノイドはそっと首を振った。束の間しんみりした空気が流れたが、他の面々は居眠りしていたり漁師と幻の巨大魚デスデ・デーデについての話題で盛り上がったりしていてまったく聞いちゃいなかった。
「で、そのデスデ・デーデってのと大王イカはどっちが強いんだ?」
「そりゃ兄ちゃん、デスデ・デーデに決まってんだろ。デスデ・デーデの顎は巨大戦艦をも噛み砕き、尾びれの一振りは津波を起こし、背中にくっついてるデスデイソギンチャクは電気を出して敵を攻撃するんだ! 大王イカなんかひとたまりもないさ」
「へーすげえな。迫力あるんだろうなぁ」
「兄ちゃんも海の男になればいつか会えるかもしれねえぞ。実はな、昔うちの曾祖父さんが嵐の夜にデスデ・デーデらしい影を見たことがあってな……」
 そうこうするうちに船は島に着き、気のいいじいさんは「用が済んだら合図しろよー」と言って村に戻っていった。
「合図って?」
「狼煙を焚くんです。これも「迎え頼む」とか「緊急事態」とか「宴会しよう」とかいろいろ種類がありまして」
「宴会してたんスか……」
「さあ、遺跡はこちらです、みなさん」
 ノイド青年を先頭にして、一行は鬱蒼と生い茂る森の奧に進んだ。森を抜けるとそこは小高い丘になっていて、大規模な建物群の遺構らしい光景が広がっていた。
「へえ……こりゃまた思ってたよりずいぶんいろんなものが残ってるんだな」
「興味深い遺跡だ」
 ナグが感心し、イーユがごそごそと荷物の中から本を取り出す。
「フィリス湾南東、そしてこの柱の並び方……これはもしや、聖ゲルンゲルン朝末期、ジャンジャローン帝の宮殿跡では?」
「そう、そうです! いやあ、話せますねイーユさん!」
「うむ」
 しかし、くどいようだがこのイーユこそが「接着剤でごまかしとけ案」の提案者である。
「先生の研究によれば、この壺を向こうの祭壇に設置し、合い言葉を唱えれば地下神殿への入り口が開かれるそうです」
「ならとっとと済ましちまおうぜ。また余計な邪魔が入ったら面倒だ」
 そう言ってレオンが遺跡の奧に足を向けようとしたとき、突然彼らの上に笑い声が降ってきた。
「ハーッハッハッハ、待っていたぞノイド・リアーノとその仲間たち! ここに来れば必ず現れると思っていたわ!」
 見上げれば、塀の跡らしい石積みの上に、アジトを襲撃した黒装束の一団の姿があった。
「お、おまえたち……いつの間にここへ……!?」
「フッ、我々にはチャーター船があるのだ。おまえのような貧乏学生と一緒にしてもらっては困るな。さあ、仲間の命が惜しくばその壺を渡せ!」
「な、仲間の命……?」
「いやー、悪い悪い」
 とあまり悪くなさそうに言ったのはラッツだった。
 なぜかしっかりと黒装束集団につかまっている。
「な、なにやってるんスかラッツさーん!」
「それが、せんべい取りにアジト戻ったらウッカリつかまっちまってさー」
 はっはっは、と朗らかに笑う。手にはちゃっかりせんべいの袋が抱えられているのでその他のことはわりとどうでもいいらしい。
「……そういやしばらくあいつ見なかったな」
「倉庫出たときにはもういなかったような……」
「あ、お頭ー、せんべい食うか? キムチせんべい」
「食うかボケ!」
 レオンが怒鳴り、ナグがガリガリと頭を掻いて塀の上の一団に向き直った。
「おまえさんたち、どうしてまたそんなにしつこくこの壺を狙うんだ? 言っとくがこれは骨董品としてもたいした値はつかねえだろうし、学者でもなきゃ価値のない代物だぞ?」
 一度割ったことをうまいこと婉曲に表現するあたり、さすがはナンバーツーである。
「フン、馬鹿め。学者だから価値があるというのだ!」
 そう言うなり、リーダー格の男がバッと頭巾をむしり取った。現れたのは、わりかしダンディなインテリ風の壮年だった。
「そやつらに幻の地下神殿の実在を証明されては、昨年の我々ビラーリオン学派の大発見、『聖ゲルンゲルン王朝最後の王の足跡』の捏造がバレてしまうのだ!」
「おい……あのオッサン同業者なのか?」
「ええ、ビラーリオン学派のボス、マッツェン教授です。聖ゲルンゲルン王朝学においてディエーニ先生と双璧をなしていた方だったのですが、近年あまり研究成果が芳しくなく……」
「ははあ、それで功を焦って捏造に走ったはいいが、おまえさんたちに真相を明かされそうになって慌てて妨害に出たってわけか」
「そそ、そんな悠長に解説してる場合じゃないっスよナグさん! このままじゃラッツさんがこここ殺され……!」
「まあ落ち着け、アザス」
 動揺するアザスの肩を軽く叩き、レオンがお頭の貫禄を漂わせながら一歩前に出た。腕を組んで黒装束ズを見上げる。
「よし、マッツェンとやら。そこまで言うならこの壺はくれてやろう!」
「なっ、何を言ってるんですかレオンさん……!」
 ノイドが青ざめるが、ナグがいいから見てろというように目配せする。
「ほう、素直だな。リアーノと違ってなかなか話がわかるとみえる」
「ただし、うちのせんべいマニアを返してもらうだけじゃ割が合ねえな。こちとら仕事でやってるんでな、タダ働きになるのはごめんだ。あんたも捏造が発覚すれば職を追われるんだろう?」
「うむ……よかろう。いくらだ?」
 ダンディの問いに、レオンは指を三本立てた。
「三百? それとも三千か」
「三秒」
「なに?」
「三秒で片づけてやるっつってんだよ、このインテリが!」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「ほらよ、欲しけりゃ受け取ってみな!」
 ノイドの腕から壺をむしり取り、黒装束に向かって思い切り投げつける。
「う、うわあっ!?」
 ノイドが悲鳴を上げ、
「なな、投げるな馬鹿者ーッ!」
 マッツェンが慌てて腕を伸ばす。
「ハッ、邪魔だとわかっちゃいながら壊れるのを見過ごせないあたりてめえも学者の端くれだな。今だ野郎ども、やっちまえ!」
「あ、そーゆーこと」
 ラッツがつぶやいて、体勢を崩していた拘束役の手下をふたり、あっさりと石積みの下に蹴り落とす。他の者が取り押さえようとしたときにはすでにアザスが駆け上がって瞬く間に叩き伏せた。気は弱いくせに並以上に腕は立つのだ。
「お、おのれ、謀ったのか!?」
「悪ィな。今のところうちの依頼主はこの貧乏研究生なんだわ」
「レオンさん……ああっ、で、でも壺がっ……!」
「そらよ」
 ナグが何気ない動作で手首をひらめかせると、壺を抱えるマッツェンの手を小石が鋭く打った。
「うっ」
 呻いたインテリの手から壺が滑り落ちる。
「わ、割れる……!」
 ノイドが叫んだが、そのときどこからともなく小さなオレンジ色の物体がわらわらと走ってきて、地面すれすれで見事にキャッチした。
「あれは……み、みかん?」
 彼の語尾が自信のなさそうな疑問形になったのも無理はない。
 それは、どこからどうみてもみかんだった。しかも、足の生えたみかんの群れだった。
「ふむ、操作性問題なし。クッション性も計算通り」
 いつの間にか少し離れたところでイーユがリモコンらしき物を操作していた。ノイドの視線に気づき、無表情にピースサインを送る。
「新兵器、みかん星人ズ。盗聴機能も検討中」
「す、すごいですみなさん……! あのピンチから一転して奴らを撃退しただけでなく、壺まで無事に取り戻してしまうなんて! さすがは《眠れる獅子》ですね!」
 青年の純粋な尊敬の眼差しに一同は、
(いつになったら気づくんだろう……)
 と思ったが敢えて誰も口には出さなかった。
 そのとき、マッツェンがゆらりと立ち上がった。
「く、くそっ……こうなったら最後の手段だ。この遺跡ごとすべて爆破してやる……!」
「なんだって!?」
「なんてお決まりなパターンだ!」
 しかし、ヤケに走ったインテリが手の中の遠隔スイッチを押すことはできなかった。なぜなら、
「天誅ーッ!!」
 甲高い掛け声とともにどこかから飛び下りてきた小柄な人影がその背中に強烈な蹴りを食らわせたのである。
「この大馬鹿者の青二才めが! 貴様のやっておることは人類の歴史への冒涜じゃ、学者のクズじゃ! ええいこうしてやるこうしてやるっ」
「せ、先生っ! ディエーニ先生!」
 ノイドの声に、もうすっかり伸びてしまったマッツェンをそれでもカンカンになって踏みつけていた老人がくるりと振り返った。
「おお、ノイド。よくぞこの阿呆から鍵の壺を守り通してくれたな」
「ディエーニ先生って……えっ、モチを詰まらせて死んだんじゃなかったんスか!?」
「え? いいえ、先生はモチを詰まらせたのですが病院に担ぎ込まれて一命を取り留め、その後ぎっくり腰で動けなくなってらしたんです。あっ、先生、先生、そんなに動いて、腰は大丈夫なんですか!?」
「うむ、大事ないぞノイド。壺発見の報を聞いて寝込んでなぞいられんわ!」
 ふははははと豪快に笑う。もう相当な歳であろうに、元気なご老体だ。
 と、そこへ突然どやどやと大勢の人間がやってきた。
「おお、これがあのジャンジャローン帝の宮殿跡ですか!」
「素晴らしい! あの柱の彫刻を見たまえ、あんな保存状態のいいものは滅多に見られないぞ」
「テントは十分離れた場所に設置するように。このあたりの地面にもまだ何か眠っている可能性があるからな」
 口々に言いながら現れたのは、どうやら学者の一団のようだった。本格的な発掘機材も携えた大所帯だ。
「せ、先生、この方たちは……?」
「うむ、壺を取り戻せたらすぐにでも調査を開始できるよう、学界に呼びかけて調査団を結成してきたのじゃ! 世紀の大発見の瞬間に立ち会うためじきに報道陣も到着するじゃろう。おまえにもしっかり働いてもらわねばならん。忙しくなるぞ、ノイドよ」
「は、はい! 先生のお手伝いができるよう頑張ります!」
 そこへ学者のひとりがやってきてディエーニに声をかけた。
「それで、教授。問題の壺はどちらに?」
「おお、ここじゃここじゃ。優秀な我が助手が見事に阿呆どもから守り抜いてくれたぞ。皆の者、見よ! これこそが聖ゲルンゲルン王朝にまつわる最大の謎を解き明かす鍵となる封印の壺じゃ! ……ん?」
 ノイドから受け取った壺を掲げ持ったディエーニがふと首をかしげた。
「……ん? ……んむ? なんかちーと記憶にあるのと形が違っとるような……はて、気のせいかの?」
 それまでなんとなく成り行きを見守っていた《眠れる獅子》の面々は、互いにちらりと顔を見合わせた。
「なんか……ヤバくねえか?」
「えらく大事になってるみたいだし」
「報道陣も来るって言ってましたよね……」
「ここであの壺が割れてることがバレたら……」
「そもそも割れた壺で開くのか? その扉っての」
「……大変なことになるな」
「間違いなくなるな」
「……どうするよ、レオン?」
「どうするもこうするも……」
「向こうの海岸にあの黒いのたちのチャーター船が泊まってるぞ」
 ラッツの言葉に、一同はこっくりとうなずいた。
 彼らの心はひとつであった。
「野郎ども、今のうちに逃げるぞッ!」
 そして。
「ああ、ところで先生、彼らが壺の奪回に協力してくださった《眠れる獅子》の……あれ?」
 ノイド青年が振り返ったときにはもう、弱小盗賊団の姿は遺跡のどこにもなかった。
 少し前まで確かに彼らがいたばずの場所では、ただ梢がさやさやと風に揺れている。
「ああ、ひょっとしてあの人たちは、鍵を守るためにやってきた遺跡の精霊だったのかもしれませんね……」
 そっとつぶやく青年の後ろでは、まだディエーニ教授が「なんか違うような……なーんか変わっとるような」と首をひねっていた。


        *

『アディントン大学の調査団、聖ゲルンゲルン王朝の隠されし地下神殿を発見! ついに解き明かされる歴史の謎!』
 そんな見出しの踊るビラが街角で配られたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「やっぱりノイドさんの言った通りあの下に地下遺跡があったんスねー。ちゃんと中入れたみたいでよかったっスよねー」
 ビラを持ち帰ってきたアザスが呑気にそんなことを言う。
「つーか結局、なんだったんだあの壺は? よかったのか? 割れてもべつによかったのか?」
「うーん……実は特殊な鉱物が含まれた土でできてて、それが重要だったとか」
「ああっ畜生こんなことならあの場に残ってきっちり報酬いただいてくるんだった!」
 レオンが心底悔しげに唸ったが、
「だが、役目は果たしたとはいえ貴重な出土品をひとつ破壊したことは確かだ」
 さっくりとイーユに指摘され、「だよなー」と大きなため息をつく。
「あっ、あっ、見てください、ちょこっとノイドさんのコメント載ってますよ。ええと……『トラブルもありましたが、遺跡の精霊が僕たちを助けてくれました。これからも真実の探求のためにより一層努力していきたいと思います』……? なんのことっスかね、コレ」
「さあ、なんだろな。せんべいのことかな」
「いやそれは関係ないと思うッスよラッツさん」
「畜生、結局タダ働きだったじゃねえか……」
「まあそう気にすんなレオン。また明日があるさ」
 お頭の肩をポンと叩いてナグが言った。そうそう、とアザスもうなずく。
「今はこんな弱小っスけど、そのうち何かどーんと大きなことができますよ。なんたって《眠れる獅子》ですから!」
「ま、それもそうだな。なんたってこの俺がお頭だからな!」
 うははははと笑う皆の期待を裏切らないお頭、レオン。
 泣いても笑っても、研究熱心な学問の徒にもへなちょこ盗賊団にも、平等に明日はくる。
 そしてまた、陽は昇る。



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