タイクーデター Thai Coup d'état

ver.2.3100 77/11/18

(C) 2666-2677 cnx, All Rights Reserved.



2006年09月19日(火)夜半

タイのテレビ局が一斉に通常放送を中止し、「クーデターが発生。
国軍が全土を掌握。タイ憲法は失効した。」と繰り返し放送を始めた。



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タクシンとタクシン一族の詳説は膨大になったので、
分離してこちら(未完成) → タクシン Thaksin

1981年04月のクーデター未遂事件、1985年09月のクーデター未遂事件、
1991年クーデター(1992年の5月流血事件)は、
こちら → 1991年タイクーデター Thai Coup d'état in 1991

繰り返された政変、戦争、タイ王朝史は、
こちら(アユタヤ朝中期まで完成) → タイの王朝 Thai Dynasty


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33章  タクシンの傀儡、妹インラック登場 タクシンの売国選挙選
05月08日(日)インドネシアのジャカルタで開催された第18回ASEAN首脳会議で、議長国インドネシアのユドヨノ大統領の計らいによって、タイとカンボジアの首相が国境未画定区域の領有権争いについて約1時間意見を交わした。タイとカンボジアの首脳が直接会談したのは今年初めて。
会談でカンボジアのフン・セン首相はASEAN、国連などを調停役とする解決を主張。紛争地域にインドネシアの停戦監視団を受け入れるようタイに迫った。一方、タイのアピシット首相はカンボジアとの2国間交渉を主張して譲らず、話し合いは平行線を辿った。双方ともこれまでの姿勢を変えず、相手を非難し、話し合いはもの別れに終わった。直後に開いた記者会見でも両首相は、「責任は相手側にある。」との批判を繰り返した。また、両国は09日に外相会談を行うことでは同意したものの、何らかの進展を期待する声は少ない。
タイとカンボジアは両国の国境未画定地域近くにあるカンボジアのヒンドゥー寺院遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された2008年以降、遺跡周辺などで武力衝突を繰り返した。今年に入ってからは02月と04月に本格的に交戦し、双方合わせ、兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難した。両国の国境紛争にはそれぞれの内政問題が影響しているとみられる。フン・セン首相は2006年の軍事クーデターで失脚したタクシン元タイ首相と親しく、カンボジアにはタイを追われたタクシン派幹部が政府の庇護下で潜伏していると見られる。一方、アピシット首相は反タクシンで領土問題で強硬姿勢をとるタイ特権階級の後押しを受けており、カンボジアとの国境紛争で安易に妥協出来ない立場。
タクシン派の最大野党プア・タイ党が都内クローントイ区の寺で開いた政治セミナーで、国外逃亡中のタクシンが電話出演。「タイで新年を祝うため今年11月ごろに帰国し、薬物いっそうキャンペーンの第2弾を宣言するつもりだ。」と述べた。
薬物問題は若年層にまで拡大し、当局の努力にもかかわらず深刻な状態が続いている。タクシン政権下では、大々的な薬物一掃キャンペーンを展開。ここで、非常に多くの死者が出たことから、当時の政府は厳しい批判にさらされることになったが、タクシンは今もキャンペーンの正当性を主張している。
なお、タクシンは、在職中の職権乱用で禁固2年の刑が確定しており、帰国したら収監されることになるが、今回の電話出演では、これには言及しなかった。関係筋によれば、「タクシンは、『プア・タイ党が政権をとれば、無罪となる可能性が高い。そうなれば胸をはって帰国できる。』と考えている。」とのこと。
05月09日(月)インドネシアのマルティ外相は、外相の仲介で「タイのカシット外相とカンボジアのホー・ナムホン外相が国境問題について話し合い、ここで、インドネシアによる監視団派遣を実現すべく両国が6項目からなるパッケージを受けることで合意した。」と明らかに。先の両国首相の話し合いがもの別れに終わったことから、外相同士の話し合いとなったものだが、マルティ外相は、「予想以上の成果。」としている。パッケージは、監視団の受け入れ条件に関する同意書を両国が取り交わすことなどを求めたもの。
タクシン派のプア・タイ党が「プア・タイ党が総選挙で勝利する。」としてプア・タイ党との連立を民主党党首のアピシット首相と幹事長のステープ副首相に文書で誓約するよう求めたのに対し、ステープ副首相は、「連立政権を構えるかどうかは各政党が決めること。」と述べ、この要求を拒否。
プア・タイ党の広報担当プロムポンは08日、独自の世論調査で「プア・タイ党の政策を支持するとの回答が81.5%に達した。」とし、プア・タイ党が政権の座に就くのは確実だと述べ、プア・タイ党を中核とする連立政権への参加を文書で約束するよう民主党に求めた。だが、ステープ副首相は、「プア・タイ党が優勢との印象を与えるためのタクシン(プア・タイ党党の最高実力者)の策略に過ぎない。」として、これを一蹴。
憲法裁判所は、「選挙関連法改正に問題はない。」との判断を示した。憲法裁判所のお墨付きが出たことで、解散総選挙に向けた環境がほぼ整った。
アピシット首相(46)の録画演説がタイのテレビ、ラジオで放送された。首相は10日の下院解散と07月03日の総選挙を伝え、政権の座にあった過去2年を振り返り、各方面で十分な成果が上がらなかったことを率直に認めた。選挙については、「誰が政権に就いても、貧困対策と麻薬取り締まり、教育に力を入れるべき。」。「民主主義と法治を堅守すべき。」と強調。演説の最後では、国会議員、閣僚、公務員、国民全てに謝意を伝え、「私の義務は終わった。これからは国民の皆さんの義務だ。」と結んだ。下院解散の勅令は首相が要請していたもので、10日に官報で発表され発効。
パニターン・タイ政府報道官代行は、「プミポン国王の承認を受け、10日に下院が解散される。」と発表。総選挙は07月03日に行われる。現在の下院の任期は年末まであるが、アピシット首相(民主党党首)は政治、経済状況を考慮し、現時点で解散総選挙に踏み切った。
 過去3回の下院選を振り返ると、2001年は地方・貧困層へのばら蒔き政策、社会保障政策を掲げたタクシン派政党が単独過半数に迫り第1党となり、第1次タクシン政権が発足した。2005年は1期目で成果を挙げたタクシン派が議席の75%を占め圧勝し、2期目へ。タクシンは特権階級との権力闘争に破れ、2006年の軍事クーデターで追放されたが、クーデター政権下で行われた2007年末の総選挙ではタクシン派政党が480議席中230議席を占め第1党となり、政権に復帰。しかし、特権階級の指示で軍がタクシン派政権と距離を置き、反タクシン派のデモ隊がほぼ無防備の首相府や空港を占拠。さらに、2008年末に憲法裁判所がタクシン派与党を解党し、政権が崩壊した。混乱の中、民主党とタクシン派の一部が軍基地内で密談し、連立政権発足に合意、現在のアピシット政権が誕生。
今回の下院選は小選挙区375、比例代表125の計500議席を争う。世論調査ではタクシン派の野党プア・タイ党と与党民主党が僅差で競り合っているが、いずれも単独過半数は難しいと見られている。プア・タイ党は第1党となった場合も、特権階級の干渉で、中小政党との連立工作が難航する見通し。単独過半数もしくはそれに近い議席を得て政権に復帰しても、2008年同様、特権階級との対立で政権が立ち行かなる可能性がある。民主党中心の連立政権が続く場合は過去2年半同様、特権階級・軍の後押しを受け、政権は比較的安定すると予想される。2010年のようにタクシン派が暴動を起こしても、軍の支持があれば最終的には切り抜けることが可能。ただ、アピシット首相の後見人的立場とみられるプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官)は今年91歳と高齢で、世代交代の波が政局を揺るがす恐れがある。
どちらの党が政権に就いても、経済政策、外資誘致政策に大きな変化はないとみられる。タクシン派は2001~2006年と2008年、民主党は1998~2000年と2009年からから現在まで政権を担当し、外資の重要度は熟知している。外交面ではタクシンはもともと親支那で日本との関係はギクシャクしていた上、クーデター後の対応で日本への不満を深めた。
05月10日(火)刑事裁判所は、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)の自警団員5人に対し、2008年に路線バスを乗っ取った罪でそれぞれ禁固2年、罰金66Bの刑。しかし、この5人は控訴を予定しているため、それぞれ20万バーツの保証金で保釈が認められた。
また、チャムロン元クルングテープ都知事らPAD首脳らが警察に出頭。2008年の空港占拠に関連した容疑について説明を受けた。
プア・タイ党の最高実力者タクシンの実妹インラックが、比例代表でプア・タイ党から出馬するための手続きを党内で行った。プア・タイ党がインラックを首相候補とし、初の女性首相が誕生する可能性が高まったようだ。
タクシンは、インラックを比例代表候補リスト1位に据える意向と伝えられていたがインラックが比例代表での出馬の手続きをとったことで、「タクシンのシナリオ通りに事が進められる。」との見方が支配的。
22時頃クルングテープ郊外のサムットプラカン県で、タクシン派の野党プア・タイ党所属の元下院議員、プラチャー・プラソプディー(51)が現場近くを車で走行中、後方から近づいてきたバイクに乗る2人組に銃で肩を撃たれ重傷。タイでは同日、下院が解散し、07月03日の総選挙に向け、選挙戦が本格化したばかり。タイ政府は事件を受け、候補者の身辺警護を強化するよう警察に指示。
プラチャーは乗用車を運転中、ディスカウントストアのビッグCスーパーセンター・スクサワット店近くの路上で、バイクもしくは別の乗用車から拳銃で撃たれた。命に別状はないという。
05月11日(水)朝プラチャーさんが入院している都内の病院に、アピシット首相、タクシンの義弟のソムチャーイ前首相、プア・タイのヨンユット党首らが見舞いに訪れた。アピシット首相が野党の元議員を見舞うのは異例で、選挙戦での流血沙汰を避けるため、与野党の緊張緩和を図ったと見られる。
マレーシアのベルナマ通信などによると、死者20人以上を出したタイとカンボジアの国境紛争について、マレーシアのリチャード・リオット副外相は、「両国がインドネシアの停戦監視団を受け入れるとした停戦合意をタイが守らないため衝突が再発した。」として、タイを非難。タイのアピシット首相は「マレーシアの副外相は国境情勢を理解していないのではないか。」と反論したが、副外相の発言は東南アジア諸国連合(ASEAN)内でタイが不利な立場に追い込まれつつあることを示している。
タイとカンボジアは両国の国境未画定地域近くにあるカンボジアのヒンドゥー寺院遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された2008年以降、同遺跡周辺などで武力衝突を繰り返した。今年02月前半には双方が重火器を撃ち合うなど本格的に交戦。同下旬にジャカルタで開かれたASEAN緊急非公式外相会議で、両国は戦闘地域へのインドネシアの停戦監視団の受け入れとインドネシアによる事実上の調停に合意したが、タイ政府と距離を置くタイ軍が停戦監視団の受け入れを拒否し、事態が膠着。04月に再度戦闘が勃発。02月と04月の戦闘で、双方合わせ、兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難。
両国の国境紛争にはそれぞれの内政問題が影響している。カンボジアのフン・セン首相は2006年の軍事クーデターで失脚したタクシンと親しく、カンボジアにはタイを追われたタクシン派幹部が政府の庇護下で潜伏している。一方、アピシット首相は反タクシンで領土問題で強硬姿勢をとるタイ特権階級の後押しを受けており、カンボジアとの国境紛争で安易に妥協出来ない立場。
05月12日(木)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳の1人、チャトポン前プア・タイ党下院議員(44)が、「保釈条件に違反した。」として、保釈を取り消され収監。プア・タイ党とUDDを結ぶパイプ役だったことから、プア・タイ党関係者からは、「苦しい選挙戦を強いられる。」との見方も出ている。
チャトポン前議員は、昨年の大規模反政府デモに関連して逮捕されたが、保釈が認められていた。だが、2人は「04月10日のUDD集会で王室に不適切な発言をした。」として告発され、不敬罪にも問われることになった。刑事裁判所は、この発言が保釈条件違反に当たる判断。
パイチット前プア・タイ党議員は、「チャトポンほどUDD支持者とうまく意思疎通できる者はいない。彼がいないことはプア・タイ党にとり不利。」と述べている。
UDD幹部のニシット(54)もUDDのデモが鎮圧された昨年05月にテロ容疑などで逮捕され、今年02月まで拘留された。チャトポンはデモ鎮圧後も国会議員の不逮捕特権で逮捕を免れたが、10日に下院が解散した。
UDDは昨年04~05月、数千~数万人で都心の広い範囲を占拠し、軍により強制排除された。一連の衝突による死者は91人、負傷者は約2000人に上る。
07月03日の下院選に向け、新党の設立、候補者の擁立などに関する記者会見が相次いで開かれた。
新党「ラック・プラテート・タイ(タイを愛する)党」の設立を発表したのはソープランドチェーン元オーナーのチューウィット・カモンウィシット(50)。都内スクムビット・ソイ10通りの自宅で開いた会見には「政治家より犬の方が正直だ。」と愛犬を連れ登場。92歳の父親が見守る中、野党として政府を監視するなどと語った。
連立パートナーのチャートタイ・パッタナー党は世界王座を19度防衛したカオサイ・ギャラクシー、アトランタ五輪でタイ人として初めてオリンピックの金メダルを獲得したソムラック・カムシンら有名ボクサー4人を擁立すると発表。カオサイ、ソムラックはタイの英雄で、現在は引退してテレビや映画で活躍。お茶の間の人気は高い。
2008年にタイ首相府やクルングテープの2空港を襲撃・占拠した保守派団体「民主主義市民聯合(PAD)」系の新政治党は総選挙に参加し、77都県中21県で候補者を立てると表明した。PADは選挙のボイコットとプミポン国王が選任する新内閣の発足を主張し、首相府前で座り込みデモを続けているが、カンムアン・マイ党のソムサック党首は「反民主的な主張だ。」として、選挙ボイコットを拒否。記者会見にスリヤサイ党幹事長が欠席するなど、党の分裂は明らか。
2大政党はタクシン派の野党プア・タイ党が他の政党から移籍した元・前下院議員ら、政権与党の民主党が警察元高官、財閥関係者らの擁立を発表。
05月14日(土)昨年04、05月にクルングテープ都心のラーチャプラソン交差点一帯を占拠したタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は、05月19日午後に治安部隊による強制排除から1周年を記念し、ラーチャプラソン交差点で大規模な反政府集会を開く予定。数万人が参加すると予想され、治安当局は警戒を強めている。UDDはチャトポン前下院議員ら幹部2人が今月12日に保釈取り消しで収監されており、19日の集会は2人の保釈を求め過激化する可能性もある。
昨年05月19日に治安部隊が強制排除に踏み切り、UDDがラーチャプラソン交差点を拠点に2ケ月にわたり続けていた大規模反政府デモの終結宣言を余儀なくされたことから、UDDは05月19日を「不当な弾圧によって民主主義的な抗議活動が潰された、忘れることのできない日」としている。UDDの昨年のデモでは治安部隊との衝突で、デモ参加者、兵士、ロイター通信カメラマンの村本博之ら91人以上が死亡、1400人以上が負傷。死傷者に関する捜査は1年経ってもほとんど進んでいない。
大規模集会は午後04時30分に開始される予定で、首都圏警察は、ラッシュアワーと重なって大渋滞となることを懸念している。
「07月03日の下院選を前に選挙絡みの暗殺が増える恐れがある。」として、タイ警察は殺し屋の逮捕に力を入れる方針。下院は今月10日に解散されたが、同日夜、クルングテープ郊外で野党の前議員が乗用車を運転中に銃撃を受け、肩などを撃たれ重傷。
警察は今年に入り、「殺し屋リスト」の上位50人のうち、6人を逮捕、1人を射殺。「殺し屋リスト」はウェブサイト(http://www.gunman.police.go.th/)で公開中で、逮捕につながった情報には10万Bの報奨金が出る。これら殺し屋計112人は、金銭で殺しを請け負ったことがあるとされる「プロの殺し屋」。うち42人は新たにリストに加えられた。
警察の担当者は、「これら殺し屋が選挙運動期間中にトラブルを起こす可能性がきわめて高い。殺し屋を逮捕するとともに、有力者などが殺し屋を匿うことがないよう、リストを全国に配布することにした。」と説明。
05月15日(日)国外逃亡中のタクシンは、活動拠点としているドバイでタイ字紙とのインタビューに応え、「プア・タイ党が政権の座に就いたら、プア・タイ党の支持者は敵を許さなければならない。」と述べ、「タクシン派が復権としても反タクシン派に報復しない。」との考えを明らかに。
今回の総選挙では、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が勢いを失っていないことからプア・タイ党が最多議席を獲得する可能性が高い。しかし、その一方で、反タクシン派の民主党と中小政党が手を組めば太刀打ちできないとの見方もあり、現時点ではどちらが政権を構えるかは予想が難しい状況。
プア・タイ党の最高実力者であるタクシンはインタビューの中で、「プア・タイ党と赤服集団(UDDサポーター)は(政治的混乱によって)最も被害を受けたが、これら被害者が現実を受け入れ、仕返しをしなければ、問題解決は容易になる。」としている。だが、関係筋によれば、「タクシンの発言は、見方を変えれば、『タクシン派の復権が、政治的混乱の解消と国民和解の実現の条件。このため、プア・タイ党に政権を任せるべき。』とのメッセージとも考えられる。」とのこと。なお、「タクシン派が最大の被害者。」との主張は、換言すれば、「反タクシン派に全ての責任がある。」ということだが、UDDはこれまで過激な反政府活動を繰り返してきたことから、一般市民がこの発言に反発する可能性も否定できない。
05月16日(月)タクシンの野党プア・タイ党は、党の比例代表名簿1位にタクシン・チナワットの妹のインラック・チナワット(43)を選出。インラックはプア・タイ党の首相候補となり、07月03日投票の下院選でプア・タイ党が勝利した場合、タイ初の女性首相となる。インラックは選出後の演説で、「兄(タクシン)を信頼したように、私にチャンスを下さい。」、「女性であること生かし、国家の和解を進めたい。」、「私を比例代表トップ、首相候補としてくれた全員に感謝する。首相の職責を果たし、国民を一つにまとめる用意ができている。」、「(首相就任後に反タクシン派に)復讐するつもりはない。だが、過去の間違いは正す必要がある。」と述べた。
タクシン関連銘柄とされるSCアセット・コーポレーション(SC)は、10日及び11日に急騰。
次期下院(定数500)選では反タクシン派のアピシット首相率いる与党民主党とプア・タイ党がそれぞれ200議席前後を獲得する見通し。ただ、プア・タイ党は反タイ王室というイメージがあり、王室守護を掲げる特権階級・タイ軍主流派との関係が悪い。現状では特権階級との衝突を嫌う中小政党との連立政権樹立は困難で、単独過半数も難しく、中小政党を自陣に引き込んだ民主党に対し、やや分が悪いと見られている。
一方、これまで反タクシン派・民主党を中核とする連立政権を支えてきたプームチャイ・タイ党の広報担当スパチャイは、「インラックが選ばれたことは予想の範囲内。タクシンは、妹婿のソムチャーイが首相を務めていた際は彼に期待をかけていたが、今はインラックに期待している。タクシンにとってインラックは最後の切り札。」と指摘。
国外逃亡中のタクシンはこうした状況の中、プア・タイ党の首相候補として、ベテラン政治家のチャワリット元首相(元陸軍司令官)、チャルーム元内相、党内で頭角を現してきたミンクワン元商務相(元トヨタ・タイ法人幹部)らを検討したが、いずれも力不足と判断。2008年のタクシン派サマック政権で操り人形のはずのサマック首相(当時)のコントロールが利かなくなった苦い経験もあり、最終的に、信頼が置ける血縁者で、フレッシュな「タクシン」色を前面に打ち出せるインラックを選んだ。
インラックは1967年生まれで、9人兄弟の末っ子。タイ国立チエンマイ大学政治・行政学部卒、米ケンタッキー州立大学経営学修士。タクシンが創業したタイ携帯電話サービス最大手アドバンスド・インフォ・サービス(AIS)、チナワット財閥の不動産会社SCアセットなどの社長を務めた。政治経験はほとんどない。事実婚で子供が1人いる。
プア・タイ党の16日の会合には、新たに党に加わったサノ元内相、バントゥーン元予算局長、プラパット元首都電車公社総裁らも姿を見せた。サノは1990年代にキングメーカーとして君臨。2001年の第1次タクシン政権発足にも貢献したが、その後、サノを必要としなくなったタクシンと袂を分かった。2007年の総選挙では自ら設立したプラチャーラート党が9議席を獲得したものの、野党暮らしを余儀なくされた。プラチャーラート党はサノがプア・タイ党に参加した後も存続し、プア・タイ党が選挙違反などで解党された場合の受け皿と見られている。
一方、与党民主党も、比例代表名簿の1~10位を公表。1位はアピシット首相で、2位は1990年代に2度首相を務めたチュアン党顧問会長、3位はバンヤット前党首。若手では5位にチュリン保健相、6位にコーン財務相、8位にアピラック前クルングテープ都知事が入った。
タイの過去3回の下院選を振り返ると、2001年は地方・貧困層へのばら蒔き政策、社会保障政策を掲げたタクシン派政党が単独過半数に迫り第1党となり、第1次タクシン政権が発足。2005年は1期目で成果を挙げたタクシン派が議席の75%を占め圧勝し、2期目へ。タクシンは特権階級との権力闘争に破れ、2006年の軍事クーデターで追放されたが、クーデター政権下で行われた2007年末の総選挙ではタクシン派政党が480議席中230議席を占め第1党となり、政権に復帰。しかし、特権階級の指示で軍がタクシン派政権と距離を置き、防備の手薄な首相府や空港を反タクシン派のデモ隊が占拠。さらに、2008年末、「司法クーデター」と呼ばれた憲法裁判所によるタクシン派与党の解党で、政権が崩壊。混乱の中、民主党とタクシン派の一部が軍基地内で密談し、連立政権発足に合意、現在のアピシット政権が誕生。これに対しタクシン派は2010年04月、タクシンの巨額の資産の大半が裁判所命令で国庫に没収されたことを機に、支持基盤である地方住民、低所得者層を動員してクルングテープ都心部を占拠。同年05月19日、タクシン派の占拠地域に治安部隊が突入し、デモ隊を強制排除した。デモ隊と治安部隊の衝突による死者はデモ参加者、兵士、ロイター通信カメラマンの村本博之ら91人以上、負傷者は1400人以上。
アピシット首相は混乱収束後、行政・司法などのダブルスタンダード(二重基準)廃止、低所得者支援などによる国家和解を謳ったが、進展はみられず、持てる者(反タクシン派)と持たざる者(タクシン派)の対立が解けないまま、今年05月10日に下院解散。
反タクシン派・民主党のステープ幹事長(副首相)は、「タクシン人気が根強い最大の票田、タイ東北部で約20議席獲得を目指している。」と述べた。
人口の大部分を農民が占める東北部は、タクシン政権(2001~2006年)が低所得者層をターゲットに大衆迎合政策を次々に打ち出したことから、今でもタクシン支持者が多いことで知られる。
また、タクシン派のプア・タイ党が比例選名簿1位、そして次期首相候補に選んだ、タクシンの実妹インラックについて、ステープ幹事長は、「何を決めるにも(国外逃亡中のタクシンから)国際電話がかかってくるのを待っているようでは、彼女に国政を任せるとは考えられない。」と切り捨てた。
05月17日(火)タクシン派のプア・タイ党の幹部チャルーム前下院議員によれば、プア・タイ党は近く、タクシンや反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)首脳を含む全ての政治関連犯への恩赦適用を請求するプランを明らかにする予定。タクシンは在任中の職権乱用で禁固2年の刑が確定している。また、PAD首脳らはタクシン派政権に対する抗議活動に関連してテロ罪などに問われている。
チャルームは、「プア・タイ党が政権の座に就いたら、恩赦請求案を直ちに承認する。」と明言。関係筋によれば、「タクシン派が真に求めているのはタクシンの免罪だが、この批判をかわすために反タクシン派も免罪するとの姿勢を見せている。」とのこと。
一方、プア・タイ党の比例選名簿1位に選ばれた、タクシンの実妹インラックは、「恩赦請求について語るのは時期尚早。」としている。
民主党がアピシット党首(首相)とプア・タイ党の比例選名簿1位のインラックによるテレビ公開討論を申し入れたが、プロートプラソップ、プア・タイ党副党首は、「全ての政党がすでに政権公約を明らかにしている。」として、公開討論は不要との考えを示した。
タクシンの実妹インラックは、政治家の経験が浅く、最近の世論調査でも、「政治家としての資質ではアピシットが圧倒的に有利。」との結果が出ている。「論戦ではアピシットに勝てない。」というのが大方の見方。しかし、プロートプラソップ副党首は、「公衆の面前で論争や喧嘩をしていては国民和解は実現できない。」と説明。
05月18日(水)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は、治安部隊による強制排除で大規模反政府デモの終結宣言を余儀なくされた昨年05月19日からちょうど1年となる今月19日にラーチャトプラソン交差点大規模な集会を予定しているが、警察は不測の事態を防ぐため警察官1000人以上を警備に当たらせる予定。
また、18日に新学期が始まったことから警察は深刻な交通渋滞を懸念しているが、UDDは17日、警察との話し合いの中で、「交通の妨げにならないよう最大限努力する。」と約束。集会は午後01時にスタートし、午後11時に散会する予定。
タクシン派の野党プア・タイ党は、07月03日の下院選の比例代表名簿上位20人を明らかに。昨年04、05月にクルングテープ都心を占拠して治安部隊と衝突したタクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の幹部3人が当選確実な上位に並び、特権階級を中心とする反タクシン派との対決姿勢が鮮明になった。
1位は16日の発表通り、タクシンの妹のインラックだった。インラックはプア・タイ党が政権をとった場合、タイ初の女性首相となる見込み。2位には「お飾り」と揶揄されながらもこれまで党をまとめてきたヨンユット党首(元内務次官)が入った。3位はタクシンと旧知の仲で、演説上手で知られるチャルーム元内相、6位はプロードプラソップ元天然資源・環境次官と、党を支える重鎮が顔を揃えた。4位は1990年代にキングメーカーとして君臨したベテラン政治家のサノ元内相、5位はプラチャー元警察長官と、出戻り・新規参加組。
UDDからは、昨年の反政府デモを主導し、保釈取り消しで今月12日に収監されたチャトポン前下院議員が7位、チャトポンと並ぶ武闘派のナタウットが8位、医師のウェーンが16位に入った。デモで多大な犠牲者を出したUDDにタクシンが報いた形だが、チャトポン、ナタウットは反タイ王室のイメージが強く、王室護持を掲げる特権階級、軍主流派の神経を逆撫でしそうだ。
9~20位には元官僚、軍・警察関係者、実業家らが並んだ。
タクシン派プア・タイ党がタクシンを含む政治関連犯全員への恩赦適用を請求する姿勢を見せていることについて、アピシット首相(反タクシン派・民主党党首)は、「新たな対立の火種となる。」と警告。「タイを政治的混乱に起因する停滞から抜け出させたいのなら民主党を選んでほしい。」と呼びかけた。アピシット首相によれば、「5~6年に及ぶ政治対立のためタイは足踏み状態を強いられているが、プア・タイ党が政権をとって恩赦を請求すれば、強い反発が出て対立が再燃し、混乱から脱して前進することができなくなる。」とのこと。
タクシン派・プア・タイ党は、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部ら約10人を含む比例代表選候補の顔ぶれを明らかに。
プア・タイ党の最高実力者タクシンは、UDD首脳の不敬発言問題などでUDDと距離を置く姿勢を見せていたが、当初の予定通りUDD関係者が比例選名簿に含められることになった。
プア・タイ党は計125人を比例代表で立候補させる予定。離党の噂も出ていたプア・タイ党幹部のミンクワン元商業相は名簿に名前がないが、「これは必要書類がまだ提出されていないため。」という。
プア・タイ党の比例選名簿1位のインラックは、プア・タイ党が予定している恩赦請求は実兄タクシンの免罪が目的との見方を全面的に否定。
プア・タイ党は反タクシン派も含め全ての政治関連犯への恩赦適用を請求するとしているが、これには早くも「タクシンの免罪だけでは強い批判が出るため、反タクシン派も恩赦適用の対象に含めようとしている。」との批判意見が出ている。
また、民主党がアピシット党首(首相)とのテレビ公開討論をインラックに申し入れているが、、「政治の経験が浅いため、まず選挙区を回りたい。公開討論の件はそのあとで決める。」と述べた。
05月19日(木)クルングテープ都心のショッピングセンター(SC)、セントラルワールドは、「午後3時で閉店する。」と発表。午後から、SC前のラーチャプラソン交差点でタクシン支持派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が反政府集会を開くため。
UDDは昨年04、05月にラーチャプラソン交差点を長期占拠し、05月19日に軍によって強制排除された。衝突による死者は数十人に上り、セントラルワールドは放火され、一部が炎上倒壊。
チャリット元空軍司令官(63)が18日、プミポン国王(83)により枢密顧問官に任命され、19日に発表。チャリットはタクシン政権(2001~2006年)を追放した2006年の軍事クーデターに参加し、2007年に短期間、軍事政権トップを務めた。
枢密院はタイ国王を補佐する機関で、枢密院議長1人と最大で18人の枢密顧問官で構成される。王位が空白になった場合、後継者を指名したり、枢密院議長が摂政を務めるなど、権威は非常に重い。現在の議長は元首相、元陸軍司令官のプレム・ティンスラーノン(90)。顧問官はチャリットを含め18人で、半数が退役軍人、残りが王族、元政治家、元裁判官など。タクシン支持派はプレム枢密院議長を2006年のクーデターの黒幕、反タクシン派の現アピシット政権の後見人だとして非難している。タイには不敬罪があり、国王夫妻と王位継承者への批判は禁じられている。
昨年04、05月にクルングテープ都心のラーチャプラソン交差点一帯を占拠したタクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は、治安部隊による強制排除から1周年を記念し、ラーチャプラソン交差点で1万人規模の反政府集会を開いた。警官隊との衝突はなかった。
07月03日投票のタイ下院選の立候補受付。会場のクルングテープ都内の施設周辺には各党の支持者が集まり、お祭り騒ぎ。反タクシン派の保守派団体、民主主義市民連合(PAD)も登場し、「動物を国会に入れるな。」などと書かれたプラカードを掲げた。PADは下院選のボイコット、プミポン国王が選任する新内閣の発足などを主張。
比例代表の投票用に各党に抽選で割り振られる数字はタクシン派の野党プア・タイ党が「1」を引き当てた。与党民主党は「10」。
タクシン派のプア・タイ党が比例選名簿1位で立候補届をした、タクシンの実妹インラックに、タクシンの資産没収に関連して被選挙権欠格事項に該当する疑いが浮上。
タイ字インターネット新聞「エイシアンタイニュースネットワーク」によれば、最高裁は昨年02月、タクシン一族の凍結資産766億Bのうち463億7000万Bを不正所得として没収することを決めたが、インラックは資産の一部について所有権を主張したことがあり、これが憲法102条に規定された「不正蓄財で裁判所に資産を没収された者」という被選挙権欠格事項に当たる可能性がある。
これに対し、プア・タイ党の法律顧問チュサクは、「タクシン一族の不正蓄財裁判でタクシンの資産が没収となったが、インラックは資産も没収されず、被告でもなかった。インラックの被選挙権に影響が及ぶことはない。」としている。
一方、2006年09月の軍事クーデター後にタクシンなどの不正蓄財を証明するため設置された資産調査委員会(すでに解散)のメンバーだったケオサンは、「没収されたのはインラックが預かっていたタクシンの資産であり、これが欠格事項に該当することはない。」との判断を示す。ただ、「インラックが資産調査委員会や証券取引委員会に対し行った、資産や株譲渡に関する陳述が裁判で取り上げられることになれば、被選挙権欠格とされる恐れもありうる。」とのこと。
05月20日(金)プア・タイ党幹部のチャルームが恩赦請求の公開討論をアピシット民主党党首(首相)に申し入れたが、民主党が代表にチャムニ副幹事長を選んだことから、チャルームは、これを不満として、「公開討論には応じられない。」と述べた。
ラムカムヘン大学から法学博士号を取得しているチャルームによれば、「恩赦は法律問題であり、法律の専門家ではないチャムニ副幹事長と話し合っても意味はない。」という。
プア・タイ党は先に、「政権をとったら、反タクシン派も含めすべての政治関連犯への恩赦適用を請求する。」との方針を明らかにした。これについては、「政治対立を解消し、国民和解を実現すると装っているものの、タクシンの免罪、政界復帰だけが狙い。」と批判する意見が出ている。アピシット首相も、「恩赦が新たな対立の火種となる。」と否定的な見方を示している。
05月21日(土)プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは郷里のチエンマイで初の選挙演説を行い、集まった支持者約1万5000人を前に、「国民にカネを戻す。」、「薬物を1年以内に一掃する。」などと述べ、実兄タクシンが在任中に打ち出した大衆迎合策を踏襲する考えを明らかに。タクシン政権(2001~2006年)は、汚職まみれとの批判を浴びながらも、低所得者層をターゲットとした政策を次々に打ち出し、これが東北部や北部などでの支持拡大につながった。
インラックは涙ぐんで声を震わせながら北部の方言で、「今回郷里に戻って、こんなに感動させられるとは思っていなかった。みんなが温かく歓迎してくれた。」と述べ、「もし兄が戻ってきたら、どんなにたくさんの人が出迎えくれることでしょう。」と、タクシンに言及することも忘れなかった。
05月22日(日)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳のナタウットは、「選挙妨害で訴えられる恐れがある。」として、UDD支持者に対し、アピシット民主党党首(首相)の遊説を邪魔しないよう呼びかけた。これまでにもUDD支持者の赤服軍団が、視察に訪れた先々で首相にば声を浴びせることが度々あった。
今回は、UDD首脳らがプア・タイ党から総選挙に立候補していることから、「選挙期間中のこのような行為は、選挙妨害で訴えられ、最悪の場合、プア・タイ党が解党処分になる可能性がある。」とのこと。

UDDやプア・タイ党などタクシン派を獣と見做している反タクシン派民主主義市民連合(PAD) →

05月23日(月)プア・タイ党の比例選名簿1位のインラックは、地元新聞とのインタビューの中で、「私は何でも自分自身で判断して決めることができる。彼(実兄・タクシン)から指示を受けたことはない。」と述べ、「政治経験のないインラックは、タクシン派の象徴にすぎず、決定を下すのはタクシン」との見方を否定。
ただ、「国家・国民の利益になるなら、タクシンに限らず誰の意見にも耳を傾ける。」としている。
また、政治経験のなさが弱点とされるインラックだが、「政治の世界に飛び込んだばかり。しかし、政治については非常によく知っている。」と言ってのけた。
アピシット民主党党首(首相)は、民主党からクルングテープの33選挙区に立候補する33人を紹介するとともに、「クルングテープでどれだけ議席を獲得できるかが総選挙の勝敗を分けることになる。」と述べ、都民に民主党支持を呼びかけた。これまでの選挙や世論調査で、今回の総選挙も反タクシン派民主党とタクシン派政党の一騎打ちになると見られている。
2007年12月の総選挙では、タクシン派のパラン・プラチャーチョン党(2008年12月に解党)が最多議席を獲得。今回の総選挙でもパラン・プラチャーチョン党を前身とするプア・タイ党と民主党が接戦を繰り広げる。」と予想されている。
これについて、アピシット党首は、「厳しい選挙になると考えている。だが、民主党と都民の間には長年にわたる強い結びつきがある。」と述べ、クルングテープでの最多議席獲得に自信をノソ゛カセた。
タクシン派プア・タイ党は、「政権を取ったら全ての政治関連犯への恩赦適用を請求する。」としているが、プア・タイ党幹部のチャルームは、「タクシンとタクシン派、反タクシン派の双方が恩赦の恩恵を受ける。」と述べて国民投票を実施するかは、プア・タイ党が政権をとってから決めることになるが、プア・タイ党が総選挙で勝利すれば、国民投票で恩赦請求が認められたに等しい。」と指摘。「必ずしも国民投票が必要ではない。」としている。
チャートタイ・パッタナー党のバンハーン顧問団長(元首相)は、中部アントン県で運動員のソムサック・プリッサナナンタクンがAK47で銃撃され殺害されたことから、党の関係者に対し、単独で行動せず、周囲に注意を払う者を同行させるとともに、夜間の移動を避けるよう呼びかけた。
運動員のソムサックは22日夜、妻を乗せて車で帰宅する途中、自宅近くで何者かに発砲され、死亡。妻も重傷を負った。警察によれば、「犯人は少なくとも3人、待ち伏せしてソムサックを襲った。」とのこと。
05月24日(火)クルングテープ都内のパトゥムワン、ドゥシット、ラチャテウィーなど7区に発令された国内安保法が失効し、解除。国内安保法は軍主体の国内安全保障司令部(ISOC)に関係政府機関の動員、特定の建物、地域への進入禁止、外出禁止、集会禁止、移動禁止などの権限を与えるもので、反政府デモの取り締まりのため、02月09日に発令。タイ政府はその後数回にわたり延長を繰り返し、最終的には適用地域が7区に縮小されていた。今月10日に下院が解散、07月03日に総選挙という日程が定まったことで、政治暴動の危険が低下したと判断し、延長を見送った。
アピシット民主党党首(首相)は、「民主党の選挙運動がタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)支持者(赤服軍団)に妨害されているにもかかわらず、中央選管が見て見ぬふりをしている。」と批判。「遊説先に赤服グループが現れ、妨害行為を働いたのは1度や2度ではない。」という。民主党では、妨害対策として警備をさらに強化する方針。
アピシット党首は、「選挙戦では各党が競うのは当然だが、他の政党の運動を邪魔、妨害することがあってはならない。」としている。
UDDは、タクシン派・プア・タイ党と深いつながりがあり、UDD首脳がプア・タイ党から総選挙に立候補している。
また、アピシット党首によれば、「プア・タイ党が選挙妨害を容認するとは考えにくいものの、赤服軍団に自制を強く求めるかは疑問。」とのことだ。
タクシン派のニュースサイト、プラチャータイによると、警察は、東北部ナコーンラーチャシーマー県の民家で、タイ系米国人のルーポング・ウィチャイカムマット(ジョー ・W.・ゴードン)(54)を不敬罪容疑で逮捕。米国人ライターによるプミポン国王の評伝でタイ国内で発禁となっている「ザ・キング・ネバー・スマイルズ」の一部をタイ語に訳して自分のブログに掲載したほか、同書のウェブサイトへのリンクを張った疑い。不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。
タイではタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデター後、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の政治抗争が続き、軍、司法の実権を握る反タクシン派により、タクシン派の市民が不敬罪で投獄されるケースが相次いでいる。反タクシン派はインターネットの検閲も強化し、米人権団体フリーダムハウスによると、2007年以降、裁判所命令で7万5000のウェブページへの接続が遮断され、このうち5万7000サイトが不敬罪によるものだった。ネット上の百科事典「ウィキペディア」のプミポン国王に関する英語のページもタイからは閲覧できない。
05月25日(水)警察庁は選挙違反や選挙絡みの事件が多発する可能性のある10都県に対策センターを設置。対象は、クルングテープ、コンケン、チョンブリー、チエンマイ、ナコーンラーチャシーマー、ブリラム、ロイエット、ウドンタニー、サムットプラカン、ウボンラチャタニーの1都9県。これらのエリアでは警備強化のため警察官が増員される予定。
また、警察は、対立候補を殺害するといった事件を防ぐため、銃器不法所持の摘発に力を入れている。05月12日からこれまでに戦闘用兵器11点、爆発物12点を含む計835点を押収。
中堅政党プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィンは、「アピシット首相(民主党党首)もインラック(プア・タイ党の比例選候補名簿1位・次期首相候補)も首相になれない。」との見通しを示した。「今回の総選挙は、民主党とプア・タイ党の一騎打ちの様相を呈しているが、ネーウィンによれば、プア・タイ党が最多議席を獲得すると見られるものの、インラックでは強い反発が予想されるため、他の人物を首相に推す可能性が高い。」という。また、「民主党は議席数で第2位となり、中小政党と組んで政権を構える可能性もあるものの、アピシットはプア・タイ党に負けた責任をとって党首を辞任すると考えられる。」とのこと。
ネーウィンは、タクシン政権時代(2001~2006年)、政権党タイ・ラック・タイ党の役員を務め、タクシン首相(当時)の側近中の側近として知られていた。しかし、2008年12月のタクシン派パラン・プラチャーチョン党政権崩壊に伴い、多数の議員を率いてタクシン陣営から離脱。これら議員などの移籍を受けて勢力を拡大したプームチャイ・タイ党(2008年11月創設)がこれまで与党第2党として民主党連立政権を支えてきた。なお、ネーウィンは、2007年05月のタイ・ラック・タイ党解党処分で公民権5年停止となったことから、プームチャイ・タイ党の役職には就いていない。
タクシン派プア・タイ党は、プア・タイ党候補への民主党による選挙妨害があったとして民主党の解党を中央選管に要請。
プア・タイ党の広報担当プロムポンは、「ステープ民主党幹事長(副首相)は総選挙公示後の05月17日と23日の2度にわたり、インラックとタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部3人(プア・タイ党候補)が昨年のUDDによる大規模反政府デモ・商業施設放火で得をしたとする趣旨の発言をした。これは選挙法・憲法に抵触する行為であり、民主党を解党処分にすべきだ。」と訴えた。また、UDD幹部3人は、ステープ幹事長を名誉毀損で訴える手続きを取った。
クリスティ・ケニー駐タイ米国大使(56)は、タイ中部ロッブリー県のタイ軍特殊戦闘学校を視察。生まれて初めてというスカイダイビングに挑戦。大使は教官の腹に体を固定して2人で飛ぶタンデムジャンプでヘリコプターから飛び出し、無事着地に成功。
ケニー大使は初の女性の駐タイ米国大使で、今年01月に着任した。英語のほか、スペイン語、フランス語が堪能。
05月26日(木)下院選にタクシン派の野党プア・タイ党から出馬しているプラキットが、「選挙委員会のアピチャート委員長が22日にプレム枢密院議長宅を訪れ、議長と長時間話し合った。」として、委員長に会話の中身を明かすよう求めた。タクシン派はプレム議長を反タクシン派の黒幕とみなし、議長の動向を注視している。
下院選に向け、各党の選挙活動が活発になる中、25日、クルングテープのワット・プラヤ・クライ界隈のキングチャン市場で、「クン・イン」(高位の女性の称号)の称号を持つ上流階級の♀、プアントン・ケトアングクラ(62)が、タクシン派の野党プア・タイ党の候補者ポングピスット・チンタソポンへの支援を呼びかけていた選挙運動員のヤニー・モハマッド・イスマーイル♀(24)の頬を平手打ちし、26日、南クルングテープ裁判所から罰金500Bを科された。「クン・イン」・プアントンは「選挙活動がうるさかった。」と話している。
「クン・イン」はタイ国王が主に旧貴族や有力者の妻、富裕な女性に授ける称号で、上流階級の証しといえる。過去数年にわたるタイの政治闘争は、権力を握る上流階級(反タクシン派)対庶民(タクシン派)という構図があり、今回の平手打ち事件はこうした争いを象徴するもの。
プラウィット国防相は、「総選挙後に軍事クーデターは起きない。軍部が選挙に干渉することもない。」と改めて明言。
タイでは、1991年のクーデターから15年が経過した2006年09月、大方の予想を裏切り、軍事クーデターでタクシン政権が崩壊。このため、政情不安となると、未だにクーデターの噂が飛び交う。これを否定しないとクーデターを画策していると受け取られかねないため、国防相や軍部首脳はこれまで再三にわたって、「クーデターはない。」と述べている。
また、プア・タイ党が、「タイ軍の国内治安作戦司令部(ISOC)の関係者がプア・タイ党をスパイしている。」と訴えているが、プラウィット国防相によれば、「民主党などの活動に参加しているのはほとんどが党員となった退役軍人であり、ISOCが軍人を使ってプア・タイ党関係者の動向を探っている事実はない。」とのこと。
中堅政党プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィンが「アピシット民主党党首(首相)もインラック(プア・タイ党の比例選名簿1位・首相候補)首相になれない。」との見通しを示したことに対し、民主党もプア・タイ党も、「メディアに取り上げられたかっただけ。」、「幻想に過ぎない。」などと、ネーウィンの予想を全面的に否定。
この予想は、「プア・タイ党が最多議席を獲得するが、強い反発を恐れてインラックを首相に推さない。アピシットはプア・タイ党に負けた責任をとって党首を辞任する。」というもの。
アピシット党首は、「プームチャイ・タイ党は小さな政党でメディアがあまり関心を示さない。このため、(次期首相の予測で)関心を集めようとしたのだろう。」と述べ、「民主党は下院定数500のうち160議席しか獲得できない。」とのネーウィンの発言については、「いい加減な予想。ブリラムPEAフットボールクラブ(ネーウィンらが創設)の運営に専念したほうがいい。」と不快感を露わに。
一方、プア・タイ党の広報担当プロムポンも、「中立の立場からの見通しではない。真に受ける必要はない。我が党がインラック以外を首相に推すことはない」と明言。ネーウィン予想をきっぱり否定。
タイ・カンボジア国境に位置する世界遺産カオ・プラウィハーンに近接する国境未画定区域(4.6㎢)をカンボジアが管理するとの提案を巡る2国間の話し合いが05月25日と26日の両日、パリの国連教育科学文化機関(ユネスコ)本部で行われたが、両者の主張は平行線をたどり、もの別れに終わった。
ただ、同案は06月19~29日開催のユネスコ世界遺産委員会(WHC)では取り上げられない見通しとされ、タイは、「ユネスコがタイの主張に理解を示した結果」と評価。
2国間の領有権争いは60年以上前に遡るものだが、2008年に当時のタクシン派・サマック政権が、カンボジアの単独申請によるカオ・プラウィハーンの世界遺産登録を事実上容認したことから、さらに拗れる結果となっている。
反タクシン派は、「タクシンとカンボジアのフン・セン首相の親密な関係を背景に、タクシン派政権がみずからの利益のため国益を害してまでカンボジアに便宜を図った。」と批判。
深夜クルングテープ都ブンクム区で、クルングテープ16区に民主党から出馬している候補者の運動員宅に何者かが発砲し逃走する事件。運動員の男性や家族が家にいたが、怪我はなかった。現場からは自動小銃M16の空薬莢が複数見つかった。警察では、選挙に絡んだ悪質な嫌がらせと見ている。
05月28日(土)2大政党の民主党、プア・タイ党がそれぞれ相手の陣営で選挙キャンペーンを行ったが、有権者の反応は良好。
反タクシン派・民主党のアピシット党首(首相)は、タクシン人気の根強い東北部のうちヤソートン、アムナートチャルン、ウボンラチャタニー3県を訪れ、各会場には数百人が集まり、大歓迎を受け、「東北部で議席を増やせる。」との感触。「東北部では、民主党支持者は少数派だが、今回の遊説では、これら支持者の真剣さが目立った。」と報じられている。
一方、タクシン派プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは、民主党が南部に次ぐ支持基盤としているクルングテープのルムピニー公園で数千人に及ぶ支持者を前に演説を行った。これは、プア・タイ党にとって今回の選挙で初の首都における大規模選挙集会であり、プア・タイ党は、「クルングテープの議席増加につながる幸先のよいスタート。」と受け止めている。
両党は選挙後の連立工作をにらみ、中小政党の引き込みにも乗り出している。プア・タイ党は「民主党、(連立パートナーの)プームチャイ・タイ党との連立は困難。」(ノパドン元外相)とする一方、連立パートナーのチャート・タイ・パッタナー党、チャート・パッタナー・プア・ペンディン党に秋波を送っている。民主党は立ち位置を明らかにしないチャート・タイ・パッタナー党に対し、苛立ちを強めている。
こうした中、プームチャイ・タイ党の影の党首といわれるネーウィン元首相府相は英字紙バンコクポストに対し、下院選の獲得議席数を民主党160、プア・タイ党210、プームチャイ・タイ党111と予想。「敗戦の責任を取り、アピシット首相は民主党党首を辞任し、インラックも反タクシン派勢力の反発で首相にはなれない。」という見通しを示した。両党はこの発言に反発し、「自分の党が予想通り議席を取れるかどうかに心配したほうがいい。」(ステープ副首相・民主党幹事長)、「プームチャイ・タイ党の獲得議席は10程度だろう。」(プア・タイ党のカナワット副党首)とやり返した。
05月29日(日)タクシンの法律顧問ノパドン元外相によれば、「タクシン派プア・タイ党が連立政権樹立のため、これまで民主党連立政権を支えてきたチャートタイ・パッタナー党とチャート・パッタナー・プア・ペンディン党に政権参加を求める可能性が高い。」という。
各種世論調査では、プア・タイ党が民主党をリードしているとの結果も出ているが、プア・タイ党が政権を構えるには、過半数を超える議席を獲得するか、中小政党を取り込むしかない。
なお、民主党連立政権の第2党だったプームチャイ・タイ党と組めば盤石な政権実現が可能とみられるが、プア・タイ党は今のところ、プームチャイ・タイ党を率いる元タクシン派ネーウィンとの確執などから、「プームチャイ・タイ党と連立を組むことはない。」と明言している。
選挙戦が本格化する中、タイの選挙に付き物の発砲事件も散発している。27日に北部ラムパン県の市議会議長宅に銃弾が撃ち込まれたほか、28日にはチャート・タイ・パッタナー党の北部チエンライ県の選対幹部の男性が路上で銃撃され死亡。また、東北部ナコーンラーチャシーマー県では29日、民主党候補の選挙カーが盗まれた。29日の警察発表によると、同日までに身辺警護を依頼した下院選候補者は123人。また、警察は殺し屋75人のリストを新たに作成し、「逮捕につながった情報に対し、リストの上位29人については10万B、その他の46人については5万Bの褒賞金を出す。」としている。
05月30日(月)民主党がアピシット党首(首相)とのテレビ公開討論を申し入れていることに対し、プア・タイ党の比例選名簿1位のインラックは、「討論会の時期が適切なら応じる。」と述べ、これまでと同様に明言を避けた。
申し入れがあった当初、「地方遊説が先。」として、即答しなかったが、今回も曖昧な返答に止まった。インラックによれば、「アピシットと討論するのであれば、話術の優劣を競ったり批判し合ったりせずに、建設的な話し合いにすべきで、そのためには時期が重要。」という。
タクシンの実妹であるインラックは、タクシン支持者には非常に人気があるものの、政治経験がなく、このため、「政治討論ではアピシットに歯が立たない。」というのが大方の見方。関係筋によれば、「論戦に長けたアピシットと討論すれば、やり込められてイメージに傷がつく。かといって、言下に拒否すれば、逃げていると受け止められかねないので、言を左右に最後まではぐらかし続ける積もり。」とのこと。
また、「プームチャイ・タイ党がプア・タイ党と連立政権を構える意向」との報道について、インラックは、「知らない。」と述べ、「(プア・タイ党政権にプームチャイ・タイ党が参加する)可能性について話すのは時期尚早。選挙結果が出てからの話。」と、プームチャイ・タイ党に言及するのを避けた。プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィンはタクシン派にとっては裏切り者であり、プア・タイ党は今のところ、プームチャイ・タイ党を遠ざける姿勢を取っている。
チャート・タイ・パッタナー党に強い影響力を持つバンハーンは、「首相選びが難航したら、チャート・タイ・パッタナー党はサナン党顧問団長(副首相)を首相に推す。」と述べた。
バンハーンは、チャート・タイ・パッタナー党の前身、チャート・タイ(タイ国民)党党首だったが、同党が2008年12月に解党処分となったことから、バンハーンを含む党役員は公民権5年停止となっている。
バンハーンによれば、「今回の総選挙では、獲得議席数や中小政党の動向によっては、民主党、プア・タイ党の2大政党から首相を出せない事態も考えられ、中堅政党から首相が選ばれる可能性がある。その場合、首相はとりまとめ役に徹する必要があるが、元民主党幹事長のベテラン政治家サナン(75)はその任に向いている。」とのこと。
サンサーン陸軍報道官は、「ア・タイ党の候補らが選挙演説の中で、『軍などがタクシン派を監視している。』との偽りを繰り返している。」と、「軍人を政治に巻き込むな。」と強く批判。
これら候補は、民間人、警察官、軍人で構成される薬物制圧チームが、プア・タイ党の実動部隊とされる反独裁民主主義同盟(UDD)の動きを探っていると度々非難。これに対し、「陸軍は再々にわたり否定してきたが、候補者らは非難を止めようとしない。」とのこと。
先にタイに入国した「タイ生まれの米国人の男」が不敬罪で逮捕された問題で、法務省特別捜査局(DSI)は、「ルーポング・ウィチャイカムマットはタイと米国の二重国籍。DSIはタイ人として逮捕状をとり、身柄を拘束した。」と釈明。
ルーポングは外国メディアに対し、「自分は外国人。」と述べているが、DSIによれば、「ルーポング・ウィチャイカムマット(Joe W. Gordon)(55)は2年前にタイの身分証明カードを更新し、ナコーンラーチャシーマー県ワングナムキァオ郡で語学学校を開設し貿易業を営んでいる。また、現在も月500Bの軍人恩給をタイ政府から受け取っている。」とのこと。
ルーポングは、タイで発禁となったタイ王室関連の書籍などに関連してインターネット上で不敬に当たる行為があったとされ、逮捕された。DSIは、「捜査、情報収集、証拠固めに2年をかけ、やっと容疑者の逮捕に至った。」と説明。
05月31日(火)タイとカンボジアの国境紛争をめぐり、30、31日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所で、両国の外相と法律顧問らによる口頭弁論。
国際司法裁判所は1962年、両国の国境未画定地域にあるヒンドゥー寺院遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)をカンボジア領とする判決を下したが、周辺地域の領有権については判断を示さなかった。カンボジアはタイとの国境紛争を受け、今年04月、この判決の解釈を国際司法裁に要請し、判決が出るまでの暫定措置として、カオ・プラウィハーン周辺からのタイ軍の撤退と軍事行動の停止を命じるよう求めた。タイ外務省によると、「国際司法裁判所は1~3週間以内に暫定措置に関する判断を下す見通し。」という。
カオ・プラウィハーンは2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録され、以来、周辺地域でタイとカンボジアの武力衝突が頻発している。今年は02月と04月に両国軍が大砲、ロケット弾を撃ち合うなど本格的に交戦。双方で兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難。
チャート・タイ・パッタナー党の重鎮バンハーン元首相が「首相が約束を破った。」と発言したことに対し、アピシット民主党党首(首相)は、「スパンブリー県(バンハーンの郷里)の水族館を家族といっしょに訪れていないだけ。そのほかの約束は実行した。」と反論。
チャート・タイ・パッタナー党は、民主党連立政権を支えてきたが、バンハーンは先に、「首相は約束を守らなかったので、民主党による新たな連立政権樹立を積極的に支持できない。」と指摘。一例として、解党処分などを規定した憲法237条が改正されていないことをあげた。チャート・タイ・パッタナー党の前身、チャート・タイ党は2008年12月に解党処分。
だが、アピシット党首は、「改憲に着手すれば、(解党の瀬戸際までいっていた)民主党が批判を浴びた。元々実現不可能な要求だった。」としている。
オーストラリアからの報道によれば、同国のテレビ局とのインタビューで、タクシンは、「再び首相として国を率いる積もりはない。」と明言。
プア・タイ党の比例選名簿1位・首相候補のインラック(タクシンの実妹)は、各種世論調査でも同党が優勢との結果が出ており、タイ初の女性首相となる可能性が高まっている。
中東ドバイの自宅でタクシンは、「すでに妹がそこにいる(首相ポストに近づいている)。私が首相に戻る必要はない。私は今でも講師になることを夢見ている。ゴルフをしたり、息子・娘たちにビジネス上の指針を示したりすることが、私が本当にやりたいこと。」と述べた。
なお、インラックは政治経験がないことから、インラックが首相に就任すれば、タクシンが実質的な決定権を持つ「院政」が敷かれるとの見方が有力だが、それを承知でタクシン支持者らはインラックを応援しているとされる。
タクシン派プア・タイ党幹部のナタウット、プロートプラソプ両比例選候補は、「プア・タイ党がプームチャイ・タイ党と連立政権を組む可能性はきわめて低い。」との見方を示した。
プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィン前議員らは、2008年12月のタクシン派政権崩壊時にタクシン派から反タクシン派に寝返った裏切り者であり、プア・タイ党は、「プア・タイ党が総選挙に勝利してもプームチャイ・タイ党を政権に参加させることは考えていない。」としている。一部報道によれば、プームチャイ・タイ党はプア・タイ党側につく可能性を示唆しているが、ナタウット、プロートプラソプ両氏は遊説先で、プームチャイ・タイ党について、「一緒に仕事をすることはない。」、「連立を組むことは困難、不可能。」と明言。
22時40分頃カンボジアとの領有権争いにおけるタイ政府の対応に抗議して反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)が座り込みを続けている都内ラチャダムヌンノーク通マカワンランサン橋界隈で突然爆発が起き、付近にいデモ参加者2人とアイスクリーム屋台の販売員の計3人が重軽傷を負い、屋台1台とバイク1台が破損。
PAD幹部は、座り込み中の支持者らに対し、爆発があったことを伝えるとともに、今回の総選挙に反対するキャンペーンを継続するよう呼びかけた。PADは今年01月から、アピシット政権の退陣を求め、首相府前で座り込みデモを開始。05月11日の下院解散後は下院選のボイコットを呼びかけている。同キャンペーンは、投票には行くものの、投票用紙に記された選択肢のうち「誰も選ばない」に印をつけるというもの。
06月01日(水)アピシット首相が、タクシン派野党プア・タイ党地盤の北部で選挙演説をする予定。
タイ地元紙によると、「民主党幹部サーティットは、『アピシット首相自身が今月01日から北部チエンラーイ県、パヤオ県、ラムプーン県、04日以降は東北部のナコーンラーチャシーマー県、チャイヤプーム県を訪問し演説を行う。』と明かしている。」
アピシット党首らがまず訪れたのはパヤオ県。ムアン郡(県庁所在地)のスポーツ競技場で開かれた集会で同党首は、集まった約4000人を前に、民主党の政権公約について説明するとともに、米抵当計画といったライバルプア・タイ党の公約を「農民救済にあまり役立たない。」などと批判。なお、アピシット党首に同行したサティット首相府相によれば、「タクシンの出身地、北部チエンマイ県では、ホート郡で選挙集会を予定していたが、タクシン派が地元民に参加しないよう呼びかけていることから、遊説スケジュールを変更した。」とのこと。
タクシン派プア・タイ党の幹部らがプア・タイ党とプームチャイ・タイ党の連立について「困難、不可能」などと発言していることについて、プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは、「個人的な見解。党の方針ではない。」と述べ、現時点でのプームチャイ・タイ党の排除に慎重な姿勢。プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィン前議員らは、タクシン派にとっては、反タクシン派に寝返った裏切り者であり、プア・タイ党首脳らは以前から、「ネーウィンとだけは組まない。」などと述べている。
だが、「プア・タイ党も民主党も1党で安定政権を構えるのは不可能。中小政党の協力が不可欠。」との見方が支配的であることから、インラックは、「この時点でプームチャイ・タイ党との連立を全面否定するのは賢明でない。」と判断した模様。インラックによれば、「総選挙の結果が出てから、プア・タイ党に連立政権樹立の可能性があるなら、執行委員会が党のとるべき道を決定する。今のところ、どの党と連立するかは白紙状態。」とのこと。
06月02日(木)アピシット民主党党首(首相)は、タクシンの出身地、北部チエンマイを訪れ、「北部の人々を支援し続ける。」などと訴えて支持を求めた。
北部はタクシン人気が根強い地域で、反タクシンの民主党にとっては敵陣。アピシット党首は01日と02日の北部遊説でチエンライ、パヤオ、ラムプン、チエンマイの3県を回った。
チエンマイ県メーリム郡ではアピシット党首の車列に氷の入ったポリ袋が投げつけられるという事件もあった。犯人は人込みに紛れて姿を消したが、警察では、タクシン支持者の仕業と見ている。
チャート・タイ・パッタナー党のサナン顧問団長(副首相)は、「プア・タイ党と中堅政党の連立政権樹立に向け、水面下でタクシンの側近らと話し合っている。」との報道を否定。
報道によれば、「プア・タイ党が総選挙に勝利しても、単独での政権樹立は困難。このため、プア・タイ党のソムチャイ元首相(タクシンの妹婿)らがタクシンの命を受け、中堅政党との連立のため、チャート・タイ・パッタナー党の最高実力者バンハーン元首相やサナン、ルアムチャイ・タイ・チャートパッタナー党やプームチャイ・タイ党の幹部らと裏で交渉している。」とのこと。
だが、サナンは、「新政権樹立について、誰かに声をかけられたことも、ルアムチャイ・タイ・チャートパッタナー党党首と話し合ったこともない。」としている。
一方、プア・タイ党のヨンユット党首は、「党執行委員会は、プームチャイ・タイ党と組まないことで意見が一致した。」と述べた。
プア・タイ党とプームチャイ・タイ党では、主義主張や、目的達成の手段が大きく隔たっており、連立を組むのは不可能とのことだ。関係筋によれば、プア・タイ党がプームチャイ・タイ党を拒絶するのは、同党がタクシン派にとって裏切り者であることが最大の要因とみられる。しかし、タイの政治では、「状況が変化した。」との理由で決定が覆され、これが「柔軟な対応」として認められることがしばしば。プア・タイ党は今はプームチャイ・タイ党を遠ざけているが、選挙の結果次第では、プームチャイ・タイ党を取り込んで連立を構えるケースも考えられる。
06月03日(金)連立政権樹立を巡ってプア・タイ党とプームチャイ・タイ党のこじれた関係に注目が集まっているが、プームチャイ・タイ党のブンチョン副党首は、「主義主張が異なる。」との理由で、「プア・タイ党とは絶対に連立政権を組まない。」と公言。
プア・タイ党の執行委員会は先に、「プームチャイ・タイ党が秋波を送っている。」との報道に対し、プームチャイ・タイ党との連立の可能性をきっぱり否定。
関係筋は、「袖にされ気分を害したプームチャイ・タイ党が、面目を保つため、自らプア・タイ党拒絶を宣言した。」と指摘。
06月04日(土)カンボジアと国境未画定区域の領有権を争っている問題で、国際司法裁判所がカンボジアの要請に応えて来月にも過去の決定に関する解釈を示すとみられているが、プラウィット国防相は、「国際司法裁には権限がない。その命令には従わない。」と明言。
カンボジアの単独申請で世界遺産に登録された寺院遺跡「カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)」と周辺地域について、国際司法裁判所は1962年にカンボジアに有利な判断を示し、タイ軍に国境未画定区域(4.6㎢)からの撤退と同区域内での軍事活動の禁止を命じているが、カンボジアは先に、同地域からタイ軍を排除すべく同判断の解釈を示すよう求めた。
この解釈について、プラウィット国防相は、「タイは、国際司法裁の見解を尊重する意向だが、タイ軍に撤退を命ずる権限はなく、我々は命令には従わない。」としている。
チャート・タイ・パッタナー党のチュムポン党首は、「憲法改正ではプームチャイ・タイ党と歩調を合わせてきたが、新政権樹立については、話し合ったことがない。」と述べ、プームチャイ・タイ党との協力関係を解消する可能性を示唆。
これは、プア・タイ党がチャート・タイ・パッタナー党などを取り込んで連立政権を構える意向を示しているのに対し、プームチャイ・タイ党が先に、「プア・タイ党の連立政権を構えることはない。」と明言したことによるもの。
関係筋は、「チャート・タイ・パッタナー党は、プア・タイ党拒絶でプームチャイ・タイ党に同調していると見られるのを嫌った。」と説明。
06月05日(日)カンボジアとの領有権争いで同国が国際機関などの仲介にこだわっていることについて、アピシット首相は、「国際司法裁判所への訴えを取り下げてタイと話し合うべき。」と述べ、2国間交渉による解決を図るとのタイの姿勢を再確認。また、「2国間交渉には、カンボジアが誠意を示すことが必要。」として、国境未画定区域からのカンボジア軍の撤退を要求。
長年にわたる領有権争いは、国境地帯に位置する寺院遺跡「カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)」の世界遺産登録をカンボジアが単独で申請し、これを2008年にタクシン派サマック政権が事実上容認したことから、さらに拗れることになった。
反タクシン派・アピシット政権は当初から2国間の話し合いで解決すべきとしているが、カンボジアはこれを拒否し、国際司法裁や東南アジア諸国連合(ASEAN)に持ち込む姿勢を崩していない。
これに対し、アピシット政権は、「国際機関を巻き込んで問題を大きくしてタイに揺さぶりをかけることが狙い。」と警戒感を強めている。
06月06日(月)タクシン一族の凍結資産766億Bのうち463億7000万Bが不正蓄財として国庫没収となった件で、2006年09月の軍事クーデター後にタクシンなどの汚職を解明するため設置された資産調査委員会(ASC)の委員だったケオサンは、「プア・タイ党の比例選名簿1位インラックが資産没収に絡んで虚偽の証言をした。」として、同氏の責任を追及すべく18日にタマサート大学で署名集めを開始する考えを明らかに。「証券取引委員会(SEC)、ASC、最高裁への証言でそれぞれ偽証罪が成立する可能性がある。」という。
ケオサンは、「プア・タイ党は『政権を取ったら、タクシンへの恩赦適用を請求する。』と明言している。タクシンの汚名を雪ぐために選挙を利用させてはならない。」と述べた。
タクシンは在任中の職権乱用で禁固2年の刑が確定しており、帰国すれば直ちに収監となる。インラックの「偽証容疑」については、反タクシン派団体「国土を守るための市民ボランティアネットワーク」が21日に告発予定。
アピシット首相(民主党党首)が先に「タクシンが4つの段階を踏んで自身の免罪などを実現しようとしている。」と発言したことに対し、タクシン陣営が反発。
タクシンの法律顧問ノパドンは、「事実無根。インラックの人気が高まっているため、プア・タイ党を中傷しようとしたもの。」と批判。
民主党関係筋によれば、4段階計画では、まずタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の赤服軍団とプア・タイ党が「独立機関や裁判所が偏向している。」と非難。次に、政権奪取に向けプア・タイ党の支持基盤を拡大する。そして、プア・タイ党が政権をとったら、行政府・立法府に影響力を行使して、恩赦適用を実現。あるいは、旧憲法(1997年憲法)を復活させ、タクシンをクロとした資産調査委員会(すでに解散)などの判断・決定をすべて無効とする。そして、最後に、タクシンが自由の身になって帰国する、というもの。
チャート・タイ・パッタナー党のチュムポン党首が先に、「プア・タイ党拒絶」を表明したプームチャイ・タイ党との協力関係の見直しを示唆したが、チャート・タイ・パッタナー党の重鎮バンハーン元首相(チュムポン党首の兄)は、「まだネーウィン(プームチャイ・タイ党の最高実力者)を見捨ててはいない。」と述べ、「2党間の関係に変化はない。」と表明。
ただ、バンハーン(公民権5年停止中)は、「選挙結果が出てから、状況を慎重に分析し、野党となるかどうかを決める。」と述べ、「プア・タイ党拒絶」でプームチャイ・タイ党に同調するかには言及しなかった。
関係筋によれば、「中堅政党であるチャート・タイ・パッタナー党は、プア・タイ党、民主党のどちらが政権をとっても声がかかるよう、今から態度を明確にするのを避けている。」とのこと。
06月07日(火)タクシンの資産没収に関連する裁判などでプア・タイ党の比例選名簿1位インラックが虚偽の証言をしたとされる問題で、ケオサン元資産調査委員会(ASC)委員と反タクシン団体「国土を守るための市民ボランティアネットワーク」代表トゥンが、インラックの偽証を証明すべく、資産没収に関連する4つのケースでの国家汚職制圧委員会(NACC)、検察庁、証券取引委員会(SEC)の対応などを検証するよう上院委員会に要請。
ただ、検察当局は、「検察がこの問題を取り上げるのは、NACCなど捜査機関が捜査、送検してからであり、現時点で検察が動き出すことはない。」と説明。
最高裁は資産没収の裁判で、「インラックが兄であるタクシン所有の2000万B相当の株式を預かっていた。」としているが、ケオサンらは、この件などに関連して「インラックに虚偽の証言があった。」としている。
06月08日(水)選挙管理委員会は、街中に置かれているプア・ファーディン(天地のため)党の選挙用看板を撤去する命令を賛成多数で可決。プア・ファーディン党と都庁に対し、撤去するよう指示。プア・ファーディン党は、問題のポスターには背広を着たサルやイヌ、トカゲなどの写真とともに、「動物(人非人)を国会へ入れてはいけない。」、「投票では『誰も選ばない。』に印を。」と書かれている。候補者や党の名前などはなく、選挙委は選挙法違反と判断。選挙批判をする看板を街中に置いていたことから、「選挙活動期間中に相応しくない。」として選挙管理委員会による撤去の命令が下された。
プア・ファーディン党は首相府前で反政府集会を続けている民主主義市民連合(PAD)傘下の仏教団体「サンティアソーク」の関連政党。PADは、「今回の総選挙は、有権者を買収した政治家が政権の座に就き、汚職の悪循環を断ち切れない。」として、有権者に対し、投票用紙に記された選択肢のうち「誰も選ばない。」に印をつけて投票するよう求めるキャンペーンを展開。PADは選挙委の命令を不服とし、裁判所に撤去の差し止めを求める方針。
07月03日の下院選を前に、反タクシン派として知られる民主主義市民連合(PAD)と反タクシン派の与党の民主党の対立が深まっている。アピシット首相(民主党党首)とステープ副首相(民主党幹事長)は07日、08日に相次いで、PAD創設者で実業家の「ソンティがタクシン派に寝返った。」という疑念を示した。
PADは下院選で「動物(のような政治家)を国会に入れるな。」と投票ボイコットを呼びかけているが、PADの支持層はクルングテープの王党派中間層で、民主党と重なる。PADの呼びかけが奏功すると、民主党はクルングテープで票を失い、民主党と第1党を争うタクシン派の野党プア・タイ党に有利に働くと予想される。民主党陣営は「投票ボイコットはプア・タイ党支持と同じ。」と指摘し、PADの真意に疑いの目を向けている。
ソンティはまた、「昨年タクシンの資産没収を命じた裁判で偽証した。」として、反タクシン派の学者らが、タクシンの妹でプア・タイ党の比例代表1位のインラックを追求する姿勢を見せていることについて、自社のケーブルテレビ番組の中で、「この学者らが大政党の支持を受けている。」と発言。以前ならこうした追求はPADが先頭を切って行っていただけに、民主党の裏工作を批判するような言動はアピシット首相らの反発を買った。
ソンティとタクシンは1980、1990年代、2人が実業家だった当時からの付き合いで、2001年のタクシン政権誕生にはソンティ傘下のメディアグループも一役買った。タクシン政権にソンティの人脈から多数の人材が送り込まれるなど両者の関係は深かったが、ソンティは2005年になり突然、反タクシン派に転じ、PADを設立。当時圧倒的支持を誇ったタクシンを巧みなメディア戦略と大規模なデモで窮地に追い込み、機能不全に陥ったタクシン政権は2006年09月のクーデターで崩壊した。タクシン派は軍事政権下の2007年末に行われた下院選で勝利し、政権に復帰したが、PADによる首相府や2空港占拠などで追い詰められ、2008年12月、憲法裁判所命令による与党解党で民主党に政権を奪われた。
こうした経緯から、反タクシンの急先鋒と見られたソンティだが、今年02月、「国外逃亡中のタクシンと01月下旬にクウェートで密談した。」という消息筋情報がタイ字紙で報じられた。ソンティは「民主党が流した偽情報。」として密談を否定したが、PADはソンティが帰国したとされる翌日から、首相府前で反アピシット政権の座り込みデモを開始。ソンティは01月28日にPADのデモ会場で行った演説で、アピシット首相の支持層を「サクディナ(封建制度)の連中」と呼んで批判。タクシン派は反タクシン派の中核である特権階級を「アマタヤ(封建官僚)」と呼んでおり、ソンティの発言はタクシン派への接近と受け取られた。
反タクシン派のケオサン、トゥンが、プア・タイ党の比例選名簿1位「インラック(タクシンの実妹)に偽証があった。」として、その責任を追及しようとしていることに対し、プア・タイ党の広報担当プロムポンは、「2人の言動は、中傷であり、選挙違反に当たる。」と中央選挙管理委員会に訴えた。また、プロムポンは、「政治家が後ろで糸を引いている。」、「トゥンは民主党支持。」などと指摘し、暗に民主党を批判。
プア・タイ党の訴えについて、スティポン中央選管事務局長は、「他の訴えと同様に扱うが、激しい選挙戦が展開されている最中であり、選管は訴えに慎重に対応しなければならない。」と述べた。
06月09日(木)下院(定数500)選を前に、連立政権の中核の民主党と連立与党の一角であるチャートタイ・パッタナー党の間にすきま風。民主は自党で200議席前後を確保し、チャートタイ・パッタナー党、プームチャイ・タイ党といった連立与党を加え、過半数を維持する戦略を立てていたが、世論調査でタクシン派の野党プア・タイ党の優勢が明らかになるにつれ、チャートタイ・パッタナー党の立ち位置が不明瞭となってきた。苛立ちを強める民主党に対し、チャートタイ・パッタナー党は民主党を不誠実だと批判するなど舌戦。
チャートタイ・パッタナー党はバンハーン元首相率いるチャートタイ党が前身。2007~2008年のタクシン派政権に加わったチャートタイ党が2008年末に選挙法違反で解党された際に、所属議員の受け皿として発足。軍など反タクシン派の圧力を受け、反タクシン派の民主党陣営に参加した。バンハーンが解党にともない5年間の参政権停止処分を受けたため、弟のチュムポン観光スポーツ相が党首を務めている。
チャートタイ・パッタナー党で最初に民主への不満をもらしたのはバンハーン。「5月の下院解散後、ステープ副首相(民主党幹事長)から何の連絡もない。」、「アピシット首相(民主党党首)は連立政権発足時(2008年末)に私と交わした約束を守っていない。」などと愚痴を零し、ステープが謝罪する一幕があった。しかしアピシット首相は「家族を連れてバンハーンの地元の水族館に行くという以外は全ての約束を守った。」と反論。首相はさらに、「政権発足時には(チャートタイ・パタナーなどと連立を組む以外)選択肢がなかった」と述べた。これに対しチュムポンは、遊説先で「連立与党の名誉を損なう発言で、大変傷ついた。チャートタイ・パッタナー党も好きで連立政権に参加したわけではない。避けようのない圧力がかかったからだ。」と強い不快感を表明。
バンハーンは風見鶏的で掴み所のない政界遊泳術から「ウナギ」の異名を持ち、今回の舌戦も民主党との絶縁を意味するものではない。ただ、チャートタイ・パッタナー党に関しては、チャートタイ・パッタナー党顧問のサナン副首相(元民主党幹事長)が昨年、国外逃亡中のタクシンと会ったという噂がある上、バンハーン自身が「選挙後、タクシン派、反タクシン派の対立で両派から首相を出しにくい場合はサナンさんが首相に相応しい。」と発言。プア・タイ党の首相候補に関するタクシンの曖昧な態度を考え合わせると、プア・タイ党中心の連立政権でサナンが首相という裏取引をバンハーン、サナン、タクシンの3人が結んだ可能性があり、ここら辺りが民主党を苛つかせる原因。
クルングテープ都ノンチョーク区でプア・タイ党の候補者らが薬物一掃キャンペーンで同地を訪れた兵士らを恫喝したとされる問題で、プラユット陸軍司令官は、「何様だと思っているのか。よくもそんなことができたものだ。容認しがたい。兵士3人で不十分なら、50人を送り込む。それでも足りなかったら(妨害があったら)100人を派遣する。」と強い調子で非難。
サンサーン陸軍報道官によれば、「05月23日、サプチャルン住宅地で兵士3人が薬物対策のアンケート用紙を配っていたところ、プア・タイ党のパイロート候補(前議員)らが現れ、ピストルをちらつかせて、『わたしが合図をしたら、ここから無事に帰ることはできない。』などと脅した。」という。関係筋によれば、「同住宅地はタクシン支持者が多いことから、『軍は反タクシン派寄り』としている同候補らが、『兵士らが嫌がらせに来た。』と受け止めて過剰反応した可能性がある。」という。
プラユット司令官によれば、「当局の職務遂行を妨害したことが問題なのであり、どの政党の候補であろうと、このような行為は容認できない。」と述べた。
06月10日(金)11時頃民主主義市民聯合(PAD)の支持者数十人がクルングテープ都心のシーロム通りを行進し、07月03日の下院選での投票ボイコットを呼びかけた。PADは「動物(のような政治家)を国会に入れるな。」と書かれた、背広を着たサル、イヌ、トカゲなどの写真入りのポスターを都内の各所にはり、投票ボイコットを呼びかけている。11日にはウイークエンドマーケット周辺、17日にクルングテープ高架電車BTSエカマイ駅近くの国連教育科学文化機関(ユネスコ)クルングテープ事務所前でデモ行進を予定。
06月11日(土)アピシット民主党党首(首相)は、「プア・タイ党が民主党より優勢。」と認めたものの、「その差は、世論調査の結果ほど大きなものではない。プア・タイ党の圧勝はあり得ない。」との見方。アピシット党首によれば、「民主党はプア・タイ党のすぐ後ろを追いかけており、プア・タイ党が大勝できる状況にはない。」とのこと。
07月03日の下院選での投票ボイコットを主張するデモ団体「民主主義市民連合(PAD)」は10日にクルングテープ都心のシーロム通り、11日に戦勝記念塔、ウイークエンドマーケットなどと東北部ナコンラーチャシーマー県でデモ行進を行い、不投票を呼びかけるチラシを通行人に配った。
PADは「動物(のような政治家)を国会に入れるな。」と書かれた、背広を着たサル、イヌ、トカゲなどの写真入りのポスターを各地にはり、話題を呼んでいる。ただ、タクシン政権追放を掲げた2006年の街頭デモで数万人、2008年の首相官邸やスワンナプーム空港占拠で数千人を動員した求心力は失われ、11日のクルングテープでのデモ参加者は300人ほど。「投票ボイコット」、「国王が選任する内閣」といった主張が、支持基盤である王党派中間層にすら嫌われた模様。
06月12日(日)チャートタイ・パッタナー党のサナン顧問団長(副首相)はこのほど、「対立する勢力が政治対立の解消、国民和解の実現に向けて力を合わせることができなければ、どの政党が政権をとっても、国内は安定せず、暴力が蔓延する恐れがある。」との見方。
タクシン政権下(2001~2006年)で反タクシンの動きが拡大。これが混乱につながり、軍部がクーデターで同政権を倒すことになった。だが、タクシン派は勢力を失わず、混乱が続いており、タクシン支持・不支持を巡る対立は、タイ社会に固着してしまった感がある。
サナンは、「国民和解の実現には時間がかかる。だが、それをしなければ、総選挙後に国内が内戦状態になりかねない。犠牲者数はこれまでを上回る恐れがある。」、「その可能性は低いが、私が首相になったら、対立解消に取り掛かる。」と述べた。
国境地帯でカンボジア人ら3人がスパイ容疑で逮捕された問題で、アピシット首相は、「カンボジアによるスパイ行為を裏付ける確たる証拠が存在する。」と述べた。また、カンボジアが「捏造」と批判していることに対し、「でっち上げというなら、なぜカンボジアは容疑者の身柄解放のためタイ側に連絡してきたのか。」と反論。
カンボジア人、タイ人、ベトナム人の3人は07日、東北部シーサケート県カンタララック郡で軍事情報が記された地図を所持していたことなどから、スパイ容疑で逮捕された。「3人はいずれも容疑を否認している。」という。
アピシット首相は、「証拠はスパイ行為のあったことを示している。警察の取り調べが終わりしだい、外務省が発表を行う。」と述べた。
06月13日(月)タイのジャーナリスト団体TCIJによると、タクシン一族がタイ国内で所有する企業株式の総額はタイ証券取引所(SET)上場の不動産会社SCアセットなど26社の計346億Bに上る模様。タクシン一族はこのほかに、タイ国内の銀行預金、不動産、国外の資産などがある。
タクシンは自分が創業した携帯電話、通信衛星などの企業グループを2006年にシンガポール政府の投資会社テマセクに730億Bで売却。同年09月に起きた軍事クーデターで首相の座を追われ、タイ国内の資産、約766億Bが軍事政権により凍結された。最高裁判所は昨年02月、このうち464億Bを不正蓄財と判断し、国庫没収を命じた。
プア・タイ党の比例選名簿1位インラックに実兄タクシンの資産没収に関連して偽証があったとされる問題で、証券取引委員会(SEC)が、独自調査の結果として、「株取引に関しては、インラックの言動に違法性はなかった。」としていることが、06月13日までにわかった。
ただ、「偽証」については、「上場企業や株価に影響するものでなく、従って証券取引監視機関であるSECの権限が及ばない。」として、「判断を示していない。」とのこと。
プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは、「国民が直面する問題を解決するため政界入りを決めた。プア・タイ党が政権をとったら、この問題に最初に取り組む。」と述べ、「インラックの最大の使命は、恩赦による実兄タクシンの免罪。」との見方を否定。
また、「妹は私の分身。」というタクシンの発言について、「インラックがタクシンの操り人形であることを認めたもの。」との見方があるが、インラックは、「アイデアやマネジメントスタイルが同じという意味。意思決定は別。」と釈明。
タクシン派プア・タイ党が優勢との結果を受けて、民主党内で危機感が高まっている。タイ地元紙によると、この調査結果が発表され危機感を持った民主党アピラック元クルングテープ都知事は、選挙対策関係者約30人を緊急招集し、選挙方針について会議。この会議では、反タクシン派団体の民主主義市民連合(PAD)が選挙のボイコットを呼びかけていることで、一部有権者が民主党からプア・タイ党に流れていることなど、早急に対策を打ち出す必要がある部分の話し合いがもたれたとのこと。
民主党幹部のコプサックによれば、民主党は選挙運動の中で、都民の一部に多大な迷惑をかけ、タイの対外イメージ低下をもたらした、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)による昨年の大規模反政府デモをとりあげて、最大のライバル、プア・タイ党の責任を追及してゆく方針。
UDDは昨年05月19日、治安部隊が強制排除に踏み切ったことから、デモ終結宣言を余儀なくされたが、その直後、一部の暴徒が放火・略奪を働き、複数の商業施設が大きな被害を受ける事態ともなった。
コプサックは、「UDD幹部がプア・タイ党から総選挙に出馬している。そのうちの何人かは、プア・タイ党が政権をとったら、閣僚に任命される可能性がある。有権者は、どんな政府が誕生するかを想像してもらいたい。」と述べている。
関係筋によれば、「各種世論調査で『プア・タイ党に大きく水をあけられている。』との結果が出ていることから、民主党は選挙戦術の変更に踏み切らざるを得なかった。」とのこと。
06月14日(火)タクシン派、プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは、「プア・タイ党が政権をとっても軍部に報復しない。」と明言。
これは、「タクシン政権(2001~2006年)は2006年09月の軍事クーデターで倒されたため、プア・タイ党が政権の座に就いたら、反タクシン派・民主党寄りの軍幹部が更迭される。」との見方を否定することで、軍部の反プア・タイ党感情を和らげようとしたもの。
インラックは、「軍部やプラユット陸軍司令官には干渉しない。報復的な人事異動は行わない。」としている。
だが、関係筋によれば、「これまでどの政権も、軍部の反抗(クーデター)を恐れ、強い反発を招かぬようじわじわと人事異動で政権寄りの人材を重要ポストに据えるという手法を取ってきた。このため、プア・タイ党が露骨な反タクシン派排除に踏み切ることはなくても、適材適所を理由に息のかかった者を主要ポストに配置するという形で反・非タクシンの軍幹部を追放することは十分考えられる。」とのこと。
「有権者は、一致団結して君主を守り、国を良い方向に発展させるべく、善良な候補者を選んでほしい。」とのプラユット陸軍司令官のコメントが、チャンネル5とチャンネル7を通じてテレビ放送された。プラユット司令官は、「有権者は正しい判断で、国にとって最良の人物を選ぶべき。候補者のキャラクターに誤魔化されることなく、正しい倫理観と順法精神をもつ候補者を選択する必要がある。」と訴えた。このコメントに対し、プア・タイ党関係者の間からは、「プア・タイ党とインラックの人気が上昇していることへの危機感の表れ。」との声が挙がっている。
アピシット民主党党首(首相)は、ロイター通信とのインタビューの中で、「獲得議席が前回2007年総選挙の165を下回ったら党首を辞任する。」と明言。
前回の総選挙では、480議席中、パラン・プラチャーチョン党(プア・タイ党の前身)が233議席、民主党が165議席を獲得。今回の総選挙は憲法改正に伴い下院定数は500に増やされている。アピシット党首によれば、「民主党が200議席を獲得する可能性もあるが、165に達しなければ、責任をとって党首を辞める。」とのこと。
06月15日(水)アピシット民主党党首(首相)は、「議席減なら党首を辞任。」と報じられたことに対し、「民主党の獲得議席が170(解散前の議席数)を下回り、かつ、他の政党の議席数に及ばなかった場合。」と述べて、報道を部分否定。同日の報道では、「外国メディアとのインタビューの中で、『前回総選挙(2007年12月)の獲得議席165に満たない場合、党首を辞任する。』と明言した。」とされていた。だが、アピシット党首によれば、「発言が部分的に引用されたことで誤解が生じた。」、「もし民主党が170議席を下回る160議席に留まったとしても、これを上回る政党がない場合、私が党首を辞任する必要はない。」としている。また、党首の「引責辞任発言」を受け、ステープ民主党幹事長(副首相)も15日、「170議席に届かなかったら辞任する。」と明言。
サンサーン陸軍報道官は、「一部メディアが特定勢力を応援、批判することで政治対立を煽っている疑いがあり、治安当局が偏向報道の取締を強化しようとしている。」と話した。
タイ国軍の治安機関、「国内治安作戦司令部(ISOC)にはすでに偏向報道に関する複数の苦情が寄せられている。」という。関係筋によれば、「取締の強化は、プラユット陸軍司令官が先に偏向報道を批判したことに伴うもの。」という。この発言は、タクシン支持団体「反独裁民主主義同盟(UDD)や反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)のケーブルテレビ局などの報道姿勢に言及したものとされる。
06月16日(木)午後クルングテープ都プラナコーン区カオサン通り近くのキューピッド宝石店前の路上で、プームチャイ・タイ党の中部ロッブリー県の行政機構議長スパン・チラプンワニット(53)が殺害される事件。
殺害されたスパンの妹のマリカー・チラプンワニット前下院議員(47)は、ロッブリー県でプームチャイ・タイ党から立候補しており、殺害されたスバンは選対幹部を務めていた。スバンが妻オラピン・チラプンワニット(43)や秘書チャヌットポン・ポティサムパンウォング(24)と路上でアイスクリームを買おうとしていたところ、突然現れた男性が至近距離からピストルを発砲してきた。犯人は犯行直後にバイクで逃走、議長は頸部、妻のオラピンは右臀部、秘書のチャヌットポンは左手首を撃たれて最寄りのワチラー病院に緊急搬送されたが、議長はすでに死亡。
プームチャイ・タイ党スパチャイ報道官は、中部の選挙戦で特に重要な人物だったことから、何らかの政治的背景があるのは間違いないと語っている。
国外逃亡中のタクシンが、長女ピントンターの結婚式に出席するため12月に帰国する意向を示している。
タクシンは在職中の職権乱用で禁固2年の刑が確定しており、帰国ししだい収監される。このため、タクシンは「帰国は単なる希望。」と述べているとのこと。
だが、タクシン派のプア・タイ党は、「政権を取ったら恩赦で政治関連犯を免罪とする。」としており、タクシンの発言は、プア・タイ党の総選挙勝利を想定したものと受け止められている。
東北部マハサラカム県コースムピサイ郡で、14日、村人らが自らの村を「赤色民主村」と宣言してタクシン支持を表明したことに対し、マハサラカム県のトンタウィー知事は16日、「法律違反」との認識を示し、「村長、郡長は、赤色の旗を立てたり、宣言のプラカードを設置したりした者に法的措置をとらねばならない。」と述べた。
東北部は、タクシン人気の根強い地域として知られているが、「勝手にタクシン支持の村と宣言することは法に抵触する。」という。また、トンタウィー知事は、「マハサラカム全域でタクシン支持を宣言させようという企みがある。これに総選挙の候補者2人が関与しており、関係当局に選管への通報を指示した。」と述べた。
国内治安作戦司令部(ISOC)の報道官によれば、「プラユット陸軍司令官は、発言が政治的に利用される恐れがあることから、総選挙が終わるまでメディアに意見を述べないことにした。[関係筋によれば、プラユット司令官は軍の政治干渉を否定しているが、陸軍司令官はクーデターを起こし得る立場にあることから、その発言は政治的影響力を持ち、タクシン派などに軍部批判・政府批判の口実を与えかねない。
報道官によれば、「司令官は、国民に説明する必要がある場合、真意が直接伝わるようテレビ放送でみずから国民に語りかける。」とのことだ。
民主主義市民連合(PAD)が呼びかけている07月03日の下院選での投票ボイコットに、「タイのウルトラの父」ことソムポート・セーンドゥアンチャーイさんが賛同し、PAD幹部のクルングテープ都内の自宅を訪れ、支持を表明。
PADはプミポン国王が選任する内閣を主張。「動物(のような政治家)を国会に入れるな。」と書かれた、背広を着たサル、イヌ、トカゲなどの写真入りのポスターを各地にばらまき、選挙ボイコットを呼びかけている。
ソムポートは1960年代に日本に留学し、円谷プロダクションの円谷英二さんから特撮技術を学んだ。このとき、「タイのスコータイ王朝の仏像からウルトラマンを着想し、1976年に英二の息子の円谷皐からウルトラマンの日本以外での事業権を譲られた。」と主張。円谷プロダクションはソムポートの主張を無効として、タイと日本で両国で裁判を起こし、タイで勝訴、日本で敗訴。
06月17日(金)
10時から
民主主義市民連合(PAD)は、高架電車BTSエカマイ駅近くの国連教育科学文化機関(ユネスコ)クルングテープ事務所前で100人規模の集会を開き、タイ国境近くのカンボジアのクメール遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)の世界遺産登録に抗議。PADはまた、11時にユネスコ事務所からラーチャプラソン交差点まで自動車、バイクでデモ行進し、07月03日のタイ下院選での投票ボイコットを呼びかけた。
06月18日(土)アピシット民主党党首(首相)が、「民主党はクルングテープ中心部のラーチャプラソン交差点で今月23日に政治対立解消を話し合う選挙集会を行う。」と明らかにしたのに対し、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は「逆に対立を煽ることになる。」と批判。
UDDは昨年、ラーチャプラソン交差点を拠点に大規模な反政府デモを展開。治安部隊とデモ隊の衝突や爆弾攻撃・銃撃などで双方に92人の死者を出す結果となった。そして、最終的に治安部隊が強制排除に踏み切り、昨年05月19日、UDDはデモ終結を宣言。
アピシット党首は、「ラーチャプラソン交差点は政治対立を象徴する場所であり、国民和解を論ずるには絶好の場所。」としている。
だが、ティダUDD議長は、当局の「武力弾圧」を非難し、その責任を追及しているUDD関係者らの感情を逆撫でし、反感が強まるだけと反発する。UDDは大量の死傷者が出たことに対し、一切非を認めようとせず、すべての責任は当局にあるとして反タクシン派の民主党政権を糾弾する姿勢を変えていない。
一方、民主党は、選挙戦でタクシン派プア・タイ党が優勢とされることから、大規模反政府デモでタクシン派が都民に多大な迷惑をかけ、暴徒化したデモ隊が放火・略奪を働いたことなどを非難することに選挙戦術を変更。ラーチャプラソン交差点での選挙集会もその一環と見られている。
アユタヤ県プラナコーンシーアユタヤ郡バンマイ区で、タクシン派の野党プア・タイ党の下院候補の選対幹部だった村議会副議長のランサン・インタラスック(58)が自宅で拳銃で撃たれ死亡。ランサンが自宅を訪れたチャートタイ・パッタナー党支持者のサノンポット・ユレック(58)に、「プア・タイ党候補の酒を飲んでいるのに別の党の候補の応援をする。」などと苦情を伝えたところ、サノンポットが所持していた拳銃を発砲。
06月19日(日)朝ロッブリー県ムアン郡バーンカンマック区で、16日に殺害されたスパンの妹のマリカー・チラプンワニット前下院議員(プームチャイ・タイ党)の選対幹部で元村長のスリン・クロップトーング(60、報道により62)宅の庭でM26手榴弾が見つかった。運動員のスリンは、地元民の信頼が厚かったことから、プームチャイ・タイ党の選挙キャンペーンを任せられることになったもの。爆発前に警察が回収し、怪我人はなかった。
民間の選挙監視団体「ピープルズ・ネットワーク・フォー・エレクションズ・イン・タイランド(PNET)」が06月24日に2大政党トップによる公開討論会を予定しているが、プア・タイ党の比例選名簿1位インラックは、「都合がつかないため、オラン同党経済顧問をアピシット民主党党首と対談させる。」と述べた。
プア・タイ党のヨンユット暫定党首はもともと影が薄く、タクシンの実妹インラックが今やプア・タイ党を代表する存在となっている。インラックは、「当日は遊説の予定が決まっていて時間がない。党が選んだ人物に対談させることに問題はないはず。」としている。
これに対し、民主党の広報担当ブラナートは、「国民は、恩赦プランやタクシンの帰国などについてインラックから直接説明してもらいたいと考えている。なぜ公開討論を拒否するのかわからない。」と反発。
なお、関係筋によれば、「インラックは政治経験が皆無に等しく、論戦にたけたアピシット党首との討論は極力避けたいと考えている。」との見方が支配的。
反タクシン派の民主党が06月23日にラーチャプラソン交差点で選挙集会を予定していることにプア・タイ党とタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が反発を強めている問題で、アピシット民主党党首(首相)は、「ラーチャプラソン交差点地域は公共の場所でだれが使ってもよい。プア・タイ党が反対しているのは理解に苦しむ。予定通りに集会を開催する。」と明言。
関係筋によれば、「昨年の大規模反政府デモでUDDが拠点としたラーチャプラソン交差点は、タクシン派が不当な武力弾圧を象徴する場所としてきたことから、UDDらは、反タクシン派が集会を開くことに強い不快感を示しているもの。」という。
また、ラーチャプラソン交差点でUDDが過去に開催した集会では、赤服軍団が交差点を埋め尽くし、商業施設が混乱を恐れて営業中止を余儀なくされたが、アピシット党首によれば、「23日の集会では交通を遮断せず、周辺の商業施設や住民にも迷惑をかけないよう配慮する。」とのこと。
07月03日の下院選にラック・サンティ党から立候補しているクリットが選挙活動中にチャオプラヤー川のフェリーから桟橋に飛び移ろうとして川に転落する騒ぎがあった。クリットはずぶぬれになったものの、近くにいた人に桟橋に引き上げられ無事。クリットは党首のプラチャイ元副首相とクルングテープの選挙区を回っている最中だった。
午後タクシン支持派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバー数十人が死者を模した「プランキング(様々な場所で腹這いになった写真を撮影し、インターネットに投稿する行為)」をクルングテープ都心のショッピング街ラーチャプラソン交差点で行い、昨年同交差点で起きたUDDの反政府デモの軍による強制排除に抗議し、07月03日の総選挙での投票を呼びかけた。タクシン派の野党プア・タイ党は各種世論調査で支持率が与党民主党を上回り、選挙による政権奪回に自信をみせている。 UDDは昨年04、05月にラーチャプラソン交差点などクルングテープの広い範囲を占拠し、民主党政権と対立。最後は軍により強制鎮圧された。一連の衝突による死者はデモ参加者、兵士、ロイター通信カメラマンの村本博之ら91人、負傷者は1400人以上に上るが、死傷者に関する捜査は1年経ってもほとんど進んでいない。
06月20日(月)タイ東北部ロイエット県はこれまで、選挙となれば有権者買収の現金が飛び交うことで有名だったが、関係筋によれば、今回の総選挙は事情が少し異なり、現ナマ作戦が影を潜めている。住民から「運動員が現金を配ってくれない。」という苦情が出ている地区もある。
その最大の理由は、「優勢が報じられているプア・タイ党候補の当選が確実で、他の候補が『買収しても意味がない。』と考えているから。」とのこと。
クルングテープ都内ラーチャプラソン交差点地域の商店主らのグループが、昨年の大規模反政府デモが商業活動に与えた影響に関する政党代表の討論会を予定しているが、プア・タイ党は不参加の意向を示しており、同グループ内から批判の声が挙がっている。
プア・タイ党と深いつながりのある反独裁民主主義同盟(UDD)は長期にわたりラーチャプラソン交差点をデモ拠点としたことから、商業施設は多大な被害を受け、住民も不便を強いられることになった。
グループのメンバー、チャイは、「プア・タイ党は、『党を代表して討論会に出席する者がいない』としているが、われわれは、新政権がデモで影響を受けた人々にどのように対応するかを知りたい。討論会不参加は、プア・タイ党の体質を窺わせる。」と批判。討論会にはこれまでに、民主党、ラック・サンティ党、プア・ペンディン党が参加を表明。
クルングテープ都クローンサーン区ラートヤー通りの路上で、プア・タイ党を批判するビラやCDを配布したとして、ラームカムヘーン大学の生徒6人が逮捕。タイ地元紙によると、「この6人の学生は逮捕時、CD約1万2000枚、タクシンを批判するビラ約8000枚、ショットガンを所持していた。」という。6人は、「友人に『1日500Bの報酬がもらえるバイトをやらないか。』と誘われ、ビラなどを配った。」と供述。
タイでは、選挙活動期間中に選挙候補者への過度な批判は選挙法で禁じられており、今回それに抵触したものと見られている。
07月03日投票のタイ下院選で劣勢が報じられている与党民主党は23日、クルングテープ都心のラーチャプラソン交差点で党幹部による街頭演説を行う方針。ショッピングセンターのセントラルワールド前にステージを設け、23日午後04時半から、アピシット首相、ステープ副首相らが演説を行う。
ラーチャプラソン交差点は昨年04、05月、民主党と対立するタクシン支持派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)に占拠され、治安部隊による強制排除で多数の死傷者が出た。民主は因縁のこの場所で集会を開くことで、国民の間にタクシン派にまつわる災厄の記憶を呼び覚まし、選挙戦の流れを引き戻したい考え。ただ、この作戦は同時に、UDD支持者らの死亡状況に関する捜査が全く進んでいないこと、不敬罪などによる弾圧強化といった民主党政権の負の側面に光が当たる可能性もあり、諸刃の剣。
15時15分頃深南部ヤラー県ムアン郡で、民主党の選挙運動員のソポン・ソンケーオ(52)がモスク近くの結婚披露宴の会場から出てきたところを頭と胴を銃撃され死亡。いっしょにいた妻ウィモンも重傷を負って病院に緊急搬送された。警察によれば、「総選挙絡みの事件とみられるが、イスラム過激派のテロの可能性も否定できない。」とのこと。
19日夜には、サラブリー県ではプラ・プッタバット郡カオウォング区の自治体長を2度務めた、プア・タイ党の運動員チョングコン・ブーニャ(52)♀がバイクに乗った2人組の男に心臓を銃撃され死亡。
スコタイ県では、プームチャイ・タイ党候補のマヌー・プックプラサートの乗った小型トラックを追跡したチャナカーン・クワンマングマアングとアピチャート・スリパン軍曹が乗ったピックアップが停止させられた。アピチャートは「マヌー候補の対立候補の運転手を2日間務め、他に逃げたのはチョクという男の名前しか知らない。」と自供。
また、中部アユタヤ県で19日にプア・タイ党の選挙運動員のランサン・インタラスック(58)が殺害される事件が起きたが、遺族やプア・タイ党関係者が20日、棺を担いで県庁舎まで市街を練り歩き、「事件が適正に捜査されていない。」と抗議。
06月21日(火)朝タクシン派の野党プア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラック・チナワットが、44歳の誕生日を迎え、クルングテープ都内の自宅前で、夫のアヌソン、息子のスパセークと一緒に托鉢の僧侶に食べ物を寄進。

← 左から、事実婚の夫、アヌソン・アモンチャット、インラック・チナワット、息子のスパセーク・アモンチャット。

07月03日に下院選が行われ、プア・タイ党は政党支持率調査で与党民主党をリードし、インラックがタイ初の女性首相になる可能性が出てきた。反タクシン派はタクシン派政権の阻止に向け、裁判によるプア・タイ党の解党、インラックの首相資格剥奪などを狙っている。
アピシット民主党党首(首相)は、選挙キャンペーンの一環として最南部3県の一つヤラー県を訪れ、これら3県を特別行政区とするとのプア・タイ党のプランを、「当局と住民を分断するもの。」と批判。
イスラム教徒が人口の大部分を占める最南部は、数年来にわたりイスラム過激派のテロが頻発しており、政府の努力にもかかわらず、治安が極度に悪化した状態が続いている。
また、アピシット党首によれば、プア・タイ党のプランは具体性に欠け、プア・タイ党が政権をとっても、実行に移すのは困難との見方を示した。
反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)が、プア・タイ党がタクシンの強い影響下にあるのは法律違反として、プア・タイ党の解散を中央選挙管理委員会に要請。
タクシンは在職中の職権乱用で禁固2年の刑が確定している。PADによれば、「タクシンは公民権5年停止の身で、政治活動を禁じられており、タクシンがプア・タイ党を牛耳っているのは違法。」と訴えた。
同日、「昨年タクシンの資産没収を命じた裁判で偽証した。」として、反タクシン派の学者らが法務省特捜局(DSI)にインラックを告発。DSIは告発文をもとに、15日以内に立件の可否を判断する。
06月22日(水)
昼頃より
タイのデモ団体、民主主義市民連合(PAD)は17日に続き、22日も、BTSエカマイ駅近くの国連教育科学文化機関(ユネスコ)クルングテープ事務所前に集まり、ユネスコに対し、タイ国境近くのカンボジアのクメール遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)の世界遺産登録の抹消を要求。参加者は数百人で、スクムビット通りの一部が占拠され、渋滞が起きた。
関係筋によれば、「軍当局は、『総選挙後に新政権樹立を巡って暴力事件が多発する。』との見方を取っている。プラユット陸軍司令官はすでに、首都圏を管轄する陸軍第1管区に対し、警戒態勢を強化するよう指示。また、06月23日にも関係当局が対応策を協議する。」という。このほか、法務省特別捜査局(DSI)関係筋も、「治安を脅かす問題は、選挙期間中、そして、選挙後にも起きる可能性が依然ある。」としている。
在タイ日本大使館は、クルングテープ都心ラーチャプラソン交差点のショッピングセンター(SC)、セントラルワールド前で23日午後05時から午後11時にかけ、タイの与党民主党が街頭演説を行うため、注意を呼びかけた。「周辺の交通が混乱する可能性がある。」としている。
ラーチャプラソン交差点は昨年04、05月、民主党と対立するタクシン支持派のデモ隊に占拠され、治安部隊による強制排除で多数の死傷者が出た上、セントラルワールドやその対面のSCなどが放火された。民主党は07月03日投票のタイ下院選で、タクシン派の野党プア・タイ党に対し劣勢と報じられており、因縁のこの場所で街頭演説を行うことで、国民の間にタクシン派にまつわる災厄の記憶を呼び覚まし、選挙戦の流れを引き戻したい考え。アピシット首相(民主党党首)は当日の演説で、「昨年のタクシン派デモの真相を明かす。」と話している。一方、プア・タイ党は、「民主党の街頭演説中にタクシン派によると見せかけた爆破、放火などが起き、これを口実に軍が介入し、下院選が中止される恐れある。」と主張。支持者に対し、23日はラーチャプラソン交差点周辺に近づかないよう呼びかけた。
警察はラーチャプラソン交差点一帯に警官約500人を配し、周辺の警戒に当たる予定。
06月23日(木)6政党の党首会談で、アピシット民主党党首(首相)は、「民主党が政権を率いることになったら、政治関連犯を免罪とする恩赦は請求しない。」と明言。
恩赦は、タクシン派プア・タイ党が政治対立解消、国民和解実現の手段として提案しているもの。だが、反タクシン派が当初から、「タクシンの免罪が真の目的。」と批判していることもあって、民主党も否定的な姿勢を取っている。アピシット党首は、「法律に従うことが、平和を実現する唯一の手段。罪を帳消しにすることでは実現できない。」としている。
なお、党首会談は、経済、社会、教育、治安などに関する各党の方針を話し合うために開かれたものだが、恩赦案論争に時間の大半が費やされてしまった。
17時から深夜与党民主党は、クルングテープ都心のラーチャプラソン交差点で、アピシット首相(民主党党首)、チュアン元首相(党顧問会長)、ステープ副首相(党幹事長)ら党幹部が街頭演説を行い、集まった約3万人(報道により数千人)の聴衆に対し、07月03日のタイ下院選での支持を呼びかけた。ここでアピシット党首(首相)は、「今回の総選挙は、タクシンに毒されたタイを解毒するチャンス。」、「政党番号10番(民主党)に投票するのが怖いのなら、国民はいつまでたっても(タクシンの)人質のまま。」、「プア・タイ党に投票することはテロリストを議員に選ぶこと。」などと述べ、タクシン派プア・タイ党を牽制するとともに、民主党への投票を呼びかけた。懸念された暴力沙汰、爆破テロなどは発生しなかった。
ラーチャプラソン交差点は昨年04、05月、民主党と対立するタクシン派の反独裁民主主義同盟(UDD)のデモ隊に占拠され、昨年05月19日には治安部隊が強制排除に踏み切ったことから、タクシン派UDDは、ラーチャプラソン交差点を「不当な武力弾圧」の象徴として、大勢の死傷者が出た責任がすべて政権党・民主党にあると非難し続けている。
一方、これについて、街頭演説でステープ民主党幹事長(副首相)は、「アピシット首相は、デモを平和的に終わらせようと努力した。だが、UDDは聞く耳を持たなかった。アピシット首相を殺人者などと非難するのは間違っている。」と反論。
治安部隊による強制排除で多数の死傷者が出た上、周辺のショッピングセンターなどが放火された。民主党は下院選で、タクシン派の野党プア・タイ党に対し劣勢と報じられており、因縁のこの場所で街頭演説を行うことで、国民の間にタクシン派にまつわる災厄の記憶を呼び覚まし、選挙戦の流れを引き戻そうと図った。
アピシット首相らは演説で、「金権政治、司法のダブルスタンダード(二重基準)といったタイが抱える諸問題はタクシン政権(2001~2006年)に悪化した。」と主張。タクシン派デモの死傷者についての責任を否定。「タクシンの毒」を排除するために下院の過半数が必要と訴えた。
一方、プア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラックは同日、東北部のカラシン県などを遊説。会場はどこも数千人の支持者で埋まり、インラックの人気の高さを印象付けた。プア・タイ党はまた、地方の有権者に関する理解度で民主と差があるところを見せた。インラックは演壇上に、選挙用紙を幅1m、長さ数mに拡大した紙を用意し、「ここがプア・タイ党の党名です。ここの白い空白に、こうやって×印を書いてくださいね。」と、投票の仕方を丁寧に講義。「見えますか?」、「わかりましたか?」とにこやかに語りかけ、歓声を浴びた。
タイではタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデター以降、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、低所得者層を支持基盤とするタクシン派の抗争が続いている。今回の下院選でタクシン派が政権に復帰しても、軍、司法を握る反タクシン派の妨害で政権運営は難航が必至。反タクシン派の民主党政権が続く場合は2009年、2010年同様、タクシン派市民による街頭デモが起きる可能性がある。
06月24日(金)07月03日投票のタイ下院選について、在タイ日本大使館は、在住日本人や旅行者に対し、政治集会やデモが開催される場所に近づかないよう呼びかけた。今回の下院選はこれまでのところ、タクシン派の野党が優勢と報じられている。タクシン派の政権復帰を嫌う特権階級・軍が選挙前後に介入する恐れもあり、状況は流動的。
06月25日(土)パリで開かれた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第35回世界遺産委員会会合で、カンボジアの世界遺産カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)の管理計画を同委が認める見通しとなったことを不満とし、タイ代表団が世界遺産条約からの脱退を表明。タイは、「カオ・プラウィハーンはタイとカンボジアの国境未画定地域に隣接し、管理計画の承認はタイの領土侵害に繋がる。」と主張。
世界遺産条約からの脱退はタイが初めてで、アユタヤ遺跡、スコータイ遺跡といったタイ国内の5つの世界遺産への影響が懸念。ただ、タイは07月03日に下院総選挙があり、政権が交代した場合、脱退を取り下げる可能性がある。
タイの現政権は領土問題に敏感な王党派、保守派の支持を受け、カンボジアとの国境紛争で強硬姿勢を貫いてきた。世界遺産条約からの撤退は、こうした硬直した外交の結果であり、国際世論の支持を受けていないことも自国民にさらけ出してしまった。現政権の中核である民主党は下院選でタクシン派の野党プア・タイ党に対し劣勢と報じられており、選挙の1週間前という最悪の時期で大きな外交的な失点を犯した形。
世界遺産委員会会合に出席したタイ代表団長のスウィット天然資源・環境相は25、26日、ツイッターで、「(世界遺産委員会は)任務を忘れて紛争を引き起こしている。」、「ユネスコに脱退の書状を出した。」、「タイの世界遺産には影響はない。」などと強気の書き込みを続けたが、タクシン派のノパドン元外相はフェイスブックに「現政権は世界に友人がほとんどなく、ロビー能力がない。」と酷評。プア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラックはタイの地元メディアに対し、「(世界遺産条約からの脱退は)タイ国内の世界遺産に影響を与えるかもしれず、慎重に考慮する必要がある。」と述べ、政権を取った場合、脱退を取り下げる可能性を示唆。
06月26日(日)までタイのテレビ報道によると、中部ロッブリー県自治体議長のスバン・チラプンワニット(53)と妻、秘書が06月16日に県内の路上で銃で撃たれ、スバンが死亡、妻と秘書がけがをした事件で、タイ警察は、エカチャイ・ポムバデット(仇名:オーム)(32)とトラクーン・トンティップ(仇名:クング)(27)を逮捕。2人はいずれも犯行を認めている。スバンは07月03日の下院選に立候補している連立与党プームチャイ・タイ党のマリカー前下院議員の兄で、マリカーさんの選対幹部を務めていた。
エカチャイは25日、クルングテープ郊外のノンタブリーのバン・クルアイ郡のホテルで逮捕された。「暗殺チームの一員としてスバンさん殺害を依頼され、殺害実行犯を乗せたバイクを運転し、報酬として22万Bを受け取った。」と供述。「殺害の依頼は仲介者を通じて行われ、依頼者は知らない。」という。「過去数年、同じ暗殺チームのメンバーとして活動した。」と話しており、05月10日にタクシン派の野党プア・タイ党のプラチャー前下院議員が銃撃され負傷した事件についても関与を認めた。

← エカチャイ・ポムバデット(32)。

トラクーンは25日夜、警察に出頭。「スバン殺害の見張り役として4000Bを受け取った。」と供述。「殺害の依頼者・暗殺チームに口封じで殺されるかもしれないと思い、警察に保護を求めた。」と話している。
反タクシン派団体の民主主義市民連合(PAD)は、タイ政府が世界遺産条約からの脱退を表明したことを受け、「クルングテープ都内各所で行っている活動を07月01日に終了させる。」と発表。PADは、カンボジアとの国境沿いにある寺院カオ/プラウィハーンのタイ政府の弱腰外交に批判を続け、国連教育科学文化機関(UNESCO)タイ支部前で抗議集会を行ったり、マッカワーン橋やチャマイマルシェート橋などを封鎖し政府に圧力をかける集会を行っていた。
アピシット首相は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会から脱退するとのスウィット天然資源環境相の決定を支持する考えを明らかに。
委世界遺産員会は、タイ・カンボジア国境に位置する世界遺産カオ・プラウィハーンについて、カンボジアが周辺地域を管理するとの提案を一部認めることにしたが、アピシット首相によれば、「これは、タイの立場に不利にするものであり、容認できない。」、「このため、世界遺産委員会からの脱退は正しい決定。」とのこと。
07月03日の下院選の期日前投票が行われ、タイ選挙委員会によると、約169万人が投票。選挙委は「概ね順調だった。」としているが、投票所で有権者の名前が漏れていたり、準備不足で時間内に投票が行えないなどのトラブルが報じられている。
06月27日(月)
09時頃
東部ラチャブリー県バングペェー郡で、プームチャイ・タイ党の選挙運動員で、ドンヤイ区長のウィタヤー・スリプーム(49)が頭部を撃たれて死亡する事件。ウィタヤーはピックアップトラックを運転してパトゥムタニー(報道によりナコンパトム)県の自宅からラチャブリー県内のオフィスに向かっていたところ、何者かに発砲され、右のこめかみに弾を受けて死に至った。警察では、ウィタヤーが影響力のある運動員だったことから、「総選挙絡みの可能性が高い。」と見ている。また、ウィタヤーの携帯電話には、脅迫のメールが残されており、警察は発信者の特定を急いでいる。
経済専門家によれば、「プア・タイ党も民主党も大衆迎合的な政権公約を掲げているが、どちらの政党が政権を取ろうと、今年度(昨年10月~今年09月)はこれら公約を実現するのに十分な歳入が期待できないことから、新政権が資金難に直面するのは必至。物価上昇の折から付加価値税(VAT)の増額で歳入拡大を図るという手も使えない。」、「この他、国際機関から借り入れるという手段もあるが、その場合、財政の健全性が損なわれ、長期にわたりタイ経済に悪影響が及ぶことが懸念される。」という。
東北部ナコンラーチャシーマー県でプームチャイ・タイ党から総選挙に出馬していたプラパット候補が、3年前の不正資産報告で有罪となったことから、候補者の資格を失った。
最高裁は、「前回総選挙で当選したあと、国会議員に義務づけられている資産報告で虚偽の申告で350万Bの資産を隠そうとした。」として、罰金2400B、執行猶予付き禁固2ケ月か、公民権5年停止を言い渡した。
カンボジアとの領有権争いで、世界遺産委員会の対応を不満としてタイ政府が世界遺産委員会からの脱退を決めたことから、国境地帯では両国軍が軍備を増強しており、軍事衝突の可能性が高まっている。
プラユット陸軍司令官によれば、「カンボジア軍が兵員を増やしているとの報告に伴い、タイは挑発的な行為に備える必要から警備を強化したまでであり、タイから攻撃を仕掛けることはない。」とのこと。ただ、プラユット司令官は、「タイの主権が侵される事態となれば、タイ軍は直ちに反撃する。」としている。
06月28日(火)プア・タイ党のインラック候補と民主党のアピシット候補(首相)が、北部ナーン県の洪水被災地を視察。ナーン県では15の郡が深刻な洪水に見舞われ、被災地域に指定されている。
しかし、「軍隊や関係当局の救援チームが活動を開始しており、状況はすでに安定している。」という。両候補がナーン県を訪れたのは、国民の生活を気遣っていることを示し、得票のつなげることが狙い。
中央選挙管理委員会のソットシー委員によれば、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳で、現在テロ容疑などで拘留中の「チャトポン前プア・タイ党議員が、プア・タイ党から総選挙の比例選に立候補しているが、投票ができないことから、議員になれない見通し。」と言う。
憲法では、「裁判所の命令で身柄を拘束されている者は投票ができない。」とされている。そのため、代理人が前議員に投票を許可するよう刑事裁判所に請求したが、06月28日に却下された。
ソットシー委員によれば、「下院議員になるには政党に所属しなければならないが、チャトポン前議員は投票できないことで党員資格を失い、そのため、国会議員になることができない。」とのこと。
スウィット天然資源環境相がカンボジアとの領有権争いに絡んで国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会の対応を不満として脱退を表明したが、関係政府機関の意見が対立していることから、閣議了解が見送られた。このため、脱退するか否かの決定は新政権に委ねられることになった。
パニタン政府報道官代行によれば、「新政権が速やかに決定を下すことができるよう、アピシット首相は、天然資源環境省、文化省、外務省に対し、関連情報の収集や書類の準備を指示した。」と言う。
一方、遺産委脱退については、投票直前であることから、票集めの演出との見方も出ている。国立チュラロンコーン大学政治学部のスラチャートによれば、「反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)などが領有権争いで強硬姿勢を求めていることもあり、遺産委脱退の表明は、スウィット天然資源環境相(社会行動党所属)と娘の獲得票増加につながることが予想される。」という。「しかし、脱退となれば、自ら話し合いを拒否したことになり、タイの対外イメージ悪化は避けられない。」との見方が支配的。
「ケニー駐タイ米国大使がクーデター発生を懸念している。」との報道について、プア・タイ党比例選名簿1位のインラック候補は、「報道は事実。」と認めたが、詳細には言及しなかった。
インラックは27日、ケニー大使と大使公邸で面談した。
また、「プア・タイ党がプラウィット国防相に新政権でも国防相を務めるよう要請した。」と一部で報じられているが、インラックは「閣僚人事は時期尚早。」と否定。
06月29日(水)カンボジアとの領有権争いに絡んでタイがユネスコ世界遺産委員会からの脱退を表明したことについて、アピシット首相(民主党党首)は、カンボジアのフン・セン首相が脱退の正式手続きを取るよう求めたのに対し、余計なお世話とばかりに「タイの内政に干渉すべきでない。」と明言。 アピシット首相によれば、「脱退の表明は、領有権問題への遺産委の対応に不満を示したものという。だが、「正式脱退すれば、タイを見る国際社会の目が厳しくなる。」との指摘も続出。
一方、アピシット首相は同日、遊説先のサムットサコン県で、「国土を失いたくないなら民主党を選んでほしい。」と有権者に訴えた。アピシット首相はその理由を、「2008年に当時のタクシン派サマック政権がカンボジア単独による寺院遺跡カオ・プラウィハーンの世界遺産登録申請を容認したことで領有権争いがさらに拗れる結果を招いたことから、タクシン派のプア・タイ党が総選挙に勝利し政権を構えれば、国益がさらに害される。」と説明。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳のナタウットは、「テロ容疑などで拘留中のUDD首脳チャトポン前プア・タイ党議員は投票できず、このため、議員になれない。」とのソットシー中央選管委員の発言に強い不快感。チャトポン前議員はプア・タイ党から総選挙の比例選に立候補している。
ナタウットによれば、「前議員が投票できるよう許可を申請し、裁判所が先にこれを却下したが、再申請することで許可が得られるとの見通し。」という。また、「議員になれるか否かは選管が決めることではないため、ソットシー委員は私見を述べるべきではない。」と批判。
06月30日(木)香港を拠点とするニュースサイト、アジアタイムズが、「07月03日のタイ下院選後のタイの政治的枠組みについて、反タクシン派の特権階級の一部と軍がタクシンとの取引に応じた。」と報じた。 「プラウィット国防相(元陸軍司令官)らが02月にブルネイでタクシンと密談し、タクシン派が下院選で勝利した場合、タクシン派による政権樹立を軍が認める一方、タクシン派が昨年04、05月のタクシン派デモ弾圧について軍幹部を訴追しない、軍の人事に介入しない、王室批判を中止する、タクシンなどへの恩赦を検討する委員会を設置し、恩赦案を国民投票に掛けるなどの条件に同意した。」という。
この報道について、タクシン派野党プア・タイ党の比例代表1位でタクシンの妹のインラックは、「詳細は知らない。事実ではないと思う。」などと述べた。プラウィット国防相らに同行したとされるワタナー元商務相はブルネイでタクシンに会ったことは認めたが、国防相らが一緒だったことは否定。

← 同日選挙応援に駆けつけた(左から)タクシンの長男パントングテー、末妹イングラック、次女ペントングターン、長女ピントングター。

アジアタイムズの今回の記事はタイの権力中枢の複数の消息筋情報をもとに書かれており、内容が事実とすれば、記者は普通ではありえない情報源を持っていることになる。アジアタイムズはタイ人実業家のソンティが率いる新聞大手マネジャー・グループと関係がある。ソンティはタクシンの支持者だったが、2005年に反タクシン派に転じ、民主主義市民連合(PAD)を設立。2006年、2008年に大規模な反タクシン派デモを組織し、2008年には首相府やスワンナプーム空港を占拠するなどした。しかし今年に入り、反タクシン派のアピシット民主党政権打倒を掲げ、タクシン派に寝返ったのではないかという疑念をアピシット首相らが示していた。
タイではタクシン政権(2001~2006年)を追放した2006年の軍事クーデター以降、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、低所得者層を支持基盤とするタクシン派の抗争が続いている。今回の下院(定数500)選は当初、民主党とプア・タイ党がそれぞれ200議席程度の接戦と予想されたが、女性のインラックを前面に押し出したプア・タイ党が支持を広げ、単独過半数を窺う展開。特権階級はタクシンの反王室的な動きを嫌い、クーデターや司法判断などでタクシン派の政権を潰してきたが、アジアタイムズの記事によると、タクシン派の人気が衰えず、反王室的な動きが顕著になってきたことから、一部がタクシンとの妥協に傾いたと見られる。
ソムチェート上院議員らの率いる市民団体、「サイアム・サマキー」が、大規模反政府デモ終結(昨年05月19日)の直後に暴徒化したデモ隊が商業施設などに放火した事件を取り上げ、その責任者に投票しないよう呼びかけている。
責任者とは、タクシン派のプア・タイ党から総選挙に立候補している、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の主要幹部とされる。また、呼びかけは、タクシン派の排除が狙いとみられているが、ソムチェート議員は、「反UDDでも、親民主党でもない。」と述べて、不偏不党の立場を強調。
「駐タイ米国大使がクーデターを懸念」と報道されたことで、「総選挙の結果次第では軍部が再び武力で政権を奪取する。」との噂が再び流れているが、プラユット陸軍司令官は、「何度も繰り返し述べているが、クーデターはない。」と明言。
プラユット司令官によれば、「陸軍にはやるべきことがたくさんあり、今は北部洪水被災者の救援に力を傾注している。クーデターを起こすことを考えている暇などない。」とのこと。
だが、最近では、2006年09月に軍部がクーデターで当時のタクシン政権を倒しており、その15年前の1991年にも軍事クーデターによる政権転覆が起きている。このため、国民の多くが、「クーデターはもう起きないだろう。」と思いつつも、「もしかしたら」という不安を払拭できないでいる。また、心理的影響が小さくないことから、政敵を攻撃するために「クーデターの噂」が使われているという側面もある。
「総選挙でのスウィット・クンキティ天然資源環境相の得票が、カンボジアとの領有権争いに絡んで世界遺産条約脱退を表明したことで増える。」との見方があるが、脱退を支持しているとされる反タクシン組織、民主党市民連合(PAD)の関係者は、この見方を否定。
スウィット大臣と娘はクルングテープでプア・ペンディン党から立候補していることから、「脱退表明は当選を確実にするための政治的演出」との指摘もある。
PADは以前からカンボジアに強硬姿勢を取るよう求めており、脱退も評価しているというが、「PAD陣営は合法的な総選挙ボイコットを呼びかけており、PAD支持者がスウィット大臣らに票を投じることはない。」とのこと。
選挙報道で一部の記者が金銭を受け取ってプア・タイ党の比例選名簿1位インラックの記事や写真を新聞に掲載させたとの疑いが浮上しており、タイ記者協会が現在、事実関係を調査している。
この疑惑は「ウィム」と名のる人物が「ポンサック」に発信したとされるメールがオンラインタイ字紙「ASTVマネジャー」に掲載されたことから表面化。メールには、金銭を受け取ったとされる記者数人のニックネームが記されていた。
このことから、「タクシン派プア・タイ党のウィム副スポークスマンが、ポンサック元タイ・ラック・タイ党議員に送った記者買収に関するメール」との見方が出ている。しかし、2人とも「このようなメールを送受信した事実はない。」としている。
なお、関係筋によれば、「マスコミにインラックを何度も大きく取り上げさせるために買収があったとしても不思議ではないが、同様に、インラックのイメージダウンを狙ったでっち上げの可能性も否定できない。」とのこと。
07月01日(金)
夕方から
07月03日のタイ下院選を前に、01日、アピシット首相率いる与党民主党とタクシン派の野党プア・タイ党がクルングテープで最後の政治集会。

集会で支持者に囲まれたアピシット民主党党首(首相)。 →
← 傘を広げたプア・タイ党の支持者。

大粒の雨の中、民主党がラチャダムヌンノーク通りのラマ5世像前、プア・タイ党がラチャマンカラ国立競技場で、支持者に自党への支持を訴えた。周辺は渋滞。
プア・タイ党ウィシャーン副党首は、前日の06月30日、「明日の演説準備が万全である。今回の総選挙で議席数が300議席を超えることを期待している。」とタイ地元紙に語った。
一方、アピシット政権の退陣などを要求して今年01月からラチャダムヌンノーク通りの首相府近くで座り込みのデモを続けてきたデモ団体、民主主義市民連合(PAD)は01日夜、PAD創設者で実業家のソンティ、幹部のチャムロン元クルングテープ都知事らの演説を最後にデモを終了。「アピシット政権が世界遺産条約からの脱退を表明し、目的が達成された。」としている。
下院選は即日開票され、03日夜には大勢が判明する見通し。タイ選挙委員会のシティポン事務局長は、選挙の監視のため、欧州連合(EU)と日本、南鮮、オーストラリア、インド、スイスなど10ケ国のオブザーバーを招いたことを明らかに。
07月02日(土)関係筋によれ ば、タイが世界遺産条約からの脱退を表明したことでカンボジアとの領有権争いがエスカレートする恐れがあることから、プラウィット国防相は陸海空3軍に対し、国軍が主権を守るため万全の対策をとるとした国家防衛計画の実行を指示。これに伴い、陸軍はタイ・カンボジア国境を管轄するスラナリ特別部隊 (東部方面部隊)が軍備をさらに増強。海軍はカンボジアと国境を接するチャンタブリー、トラート両県に部隊を移動するとともに、領海を守るため艦船を出動させた。空軍は戦闘機を使って空から国境地帯を監視。


34章  インラック傀儡政権 カンボジアへの売国と身贔屓バラマキ政治
07月03日(日)15時下院総選挙の出口調査。タクシン派のプア・タイ(タイ貢献)党が299議席、民主(プラチャーティパット)党の132議席に大差をつけた。この出口調査は、アサンプション大学世論調査センター、チャンネル9、タイマスコミ機構による合同調査。
今回の選挙は小選挙区(375議席)、比例代表(125議席)並立制で行われた。出口調査によれば、比例代表区はプア・タイ党65議席、民主党40議席、小選挙区はプア・タイ党234議席、民主党92議席。このほかの政党であるが、プームチャイ・タイ(国家威信)党28議席、チャートパッタナー・プア・ペンディン(国家開発貢献)党14議席、チャートタイ・パッタナー(タイ国民開発)党12議席、パランチョン(人民力)党6議席、パラングチョン(母国)党3議席。また、元風俗王チューウィット党首のラック・プラテート・タイ(タイ愛国家)党が4議席と大健闘。
中央選管からの非公式発表は03日午後09時から10時にかけて行われる見通し。
クルングテープ都内サパンクワイ区の投票所で投票した40代男性は、「朝から興奮していた。国の運命を決める歴史的選挙に参加できることを嬉しい。」と話していた。
プア・タイ党の実質的党首であるタクシンは総選挙投票終了後、滞在先のドバイからタイのテレビ番組に国際電話で出演し、「プア・タイ党が政権党となった場合には、実妹のインラックを首相に推す。」と明言。さらに、「過半数を大きく超えたとしたも単独政権ではなく、連立政権にすべき。」と提言。これまでのところ、バンハーン元首相のチャートタイ・パッタナー党、スワット元副首相のチャートパッタナー・プア・ペンディン党との連立が濃厚と見られている。
タクシンは、タクシンは2007年に汚職で実刑判決を受け、国外逃亡中。参政権も停止中。インタビュアーはタクシンから恩赦や帰国の見通し、連立政権の枠組みなどに関する話を引き出そうとしたが、タクシンは参政権停止中に政党運営に関わったとされることを避けるため、慎重な言い回しに終始。ただ、タクシンはプア・タイ党の政治集会に何度もビデオ電話で登場しており、こうした活動が原因でプア・タイ党が裁判所に解党を命じられる可能性が出ている。
なお、チューウィット、ラック・プラテート・タイ党党首は、「民主党とともに野党として政権を監視する。」と早くも公言。
19時30分アピシット民主党党首は、総選挙での敗北を宣言。初の女性首相となるプア・タイ党のインラックを祝福した。
その一方で、「プア・タイ党は比例代表区で過半数に達したわけではない。」として、タクシンを含む政治犯の恩赦には断固として反対する姿勢を示した。
19時45分プア・タイ党のインラック首相候補は、党本部で記者会見を行い、「バンハーン元首相率いるチャートタイ・パッタナー党と連立合意ができた。」と発表。
インラックは「他の政党とも連立に向け接触している。」と報告。党名には言及していないが、スワット元副首相のチャートパッタナー・プア・ペンディン(国家開発貢献)が濃厚。
さらに、実刑判決により海外逃亡を続けている実兄の「タクシンのためだけに恩赦を求めることはない。」と明言。「恩赦については党として介入することなく、カニットを長とする特別委員会に委ねる。」と説明。
タイ下院選は、タクシン派の野党プア・タイ党が過半数を制し、中小政党を取り込み連立政権を樹立する見通し。タイでは2006年の軍事クーデターと2008年の司法判断で、選挙で選ばれたタクシン派政権が2度覆された。タイ国民はこうした経験から、国の実権を握り、民意を軽視する反タクシン派特権階級への反発を強めており、今回の選挙結果は国民が特権階級に「NO」を突きつけた。ただ、特権階級が選挙結果を受け入れるかどうかは不透明で、新政権はプア・タイ党の解党を求める裁判や軍事クーデターに怯えながら、特権階級との妥協点を探すことになりそうだ。
22時のタイ選挙委員会の非公式集計で、下院(定数500)選の獲得議席数はプア・タイ党264、アピシット首相(46)率いる民主党160、アピシット政権の連立与党だったプームチャイ・タイ党34、チャートタイ・パッタナー党19、チャートパッタナー・プア・ペンディン党7、東部を中心とする地域政党のパランチョン党6、元風俗王チューウィット党首のラック・プラテート・タイ党4など。
プア・タイ党は今年03、04月の政党支持率調査で民主党と互角かやや不利と報じられていた。しかし、タクシン(61)が「私のクローン」と呼ぶ末妹のインラック(44)を比例代表名簿1位の首相候補とした戦略が奏功。庶民的ながらカリスマ性があるインラックが行く先々で熱狂を巻き起こした一方、名門出身のエリートであるアピシット首相は庶民の中にいると最後までぎこちなさが抜けず、両党の差は急速に開いていった。
インラックは記者会見を開き、緊張した面持ちで、支持者らに謝意を伝え、「プア・タイ党が勝ったとは言いたくありません。国民の皆さんから、我々が国のために奉仕する機会を頂いたと思っています。」と述べた。また、チャートタイ・パッタナー党に連立政権入りを打診したことを明らかにした。連立政権の枠組みはプア・タイ党とチャートタイ・パッタナー党にチャート・パッタナー・プア・ペンディン党、パランチョン党などを加え、300議席弱になると予想される。
アピシット首相は記者会見で敗北を認め、タイ初の女性首相となる見通しのインラックに祝意を伝えた。また、民主党の獲得議席数の最低ラインを2007年の前回下院選で獲得した165としていたことから、進退について「胸の中で決めてある。」と述べ、党首辞任を匂わせた。
過去4回の下院選を振り返ると、2001年は地方・貧困層へのバラマキ政策、社会保障政策を掲げたタクシンの新党タイ・ラック・タイ党が単独過半数に迫り第1党となり、第1次タクシン政権が発足。2005年は1期目で成果を挙げたタクシン派が議席の75%を占め圧勝し、2期目へ。タクシンは特権階級との権力闘争に破れ、2006年の軍事クーデターで追放されたが、クーデター政権下で行われた2007年末の総選挙でタクシン派のパラン・プラチャーチョン党が480議席中233議席を占め第1党となり、政権に復帰。しかし、特権階級の指示で軍がタクシン派政権と距離を置き、反タクシン派のデモ隊がほぼ無防備の首相府やクルングテープの2空港を占拠。さらに、2008年末に憲法裁判所がパラン・プラチャーチョン党を解党し、政権が崩壊。混乱の中、民主党とタクシン派の一部が軍基地内で密談し、連立政権発足に合意。アピシット政権が誕生。
2010年にはタクシン派のデモ隊がクルングテープ都心部を長期間占拠し、治安部隊との衝突で91人が死亡、1400人以上が負傷する非常事態となったが、アピシット政権はデモを武力鎮圧してこの危機を切り抜け、任期満了まで半年以上残した今年05月に下院を解散、総選挙に踏み切った。民主党は政党支持率調査を見て、「連立与党の議席を足せばプア・タイ党に勝てる。」と踏んだようだが、今回の下院選では2007年の前回よりも議席を減らし、政権を失うことになった。
アピシット政権は発足の経緯からして、特権階級・軍の後押しを受けていることが明らか。2010年の衝突では、軍幹部の訴追につながることを懸念してか、デモ参加者の死亡状況に関する調査を事実上放棄し、「タクシン派、反タクシン派の和解に取り組む意思がない。」と、国民に見做された。また、タクシン派潰しの強引な司法判断や不敬罪による投獄が相次ぎ、不敬罪容疑で遮断されたウェブサイトは6万ページ近くに上る。経済政策は玄人筋の評価が高かったが、物価上昇を抑え込むことが出来ず、庶民の間に不満が広がった。アピシット首相、コーン財務相らアピシット政権幹部の多くは留学経験が豊富な国を代表するエリート。一方のタクシン派は「汚職体質」、「反王室」というレッテルを貼られている。それでもタクシン派が選挙で勝利したのは、「汚職でも民主主義を失うよりはまし。」という民意が働いた。
07月04日(月)07月03日に投開票が行われた下院総選挙で265議席(04日午前06時時点)を獲得して第1党となったプア・タイ党であるが、すでに連立で合意のできているチャートタイ・パッタナー党に加え、ベテラン政治家スワット元副首相率いるチャートパッタナー・プア・ペンディン党、東部チョンブリ県を基盤とするパランチョン党とも連立する見通し。
これで下院定数500議席のうち、与党議席は298議席前後、民主党を第1党とする野党議席は202議席前後となる模様。
連立を希望していると見られるプームチャイ・タイ党(34議席)が加わると政権基盤はさらに盤石になるが、プームチャイ・タイ党はタクシン派を裏切ってアピシット政権に参加した経緯があることから、インラック首相候補は「方向性が違う。」として連立の考えはないことを公言している。
一方、閣僚ポストの割り振りであるが、チャートタイ・パッタナー党が要求しているのは、財務、商業、運輸の正大臣2ポスト、副大臣3ポストと見られている。
アピシット民主党党首は、「総選挙敗北の責任を取るため党首を辞任する。」と発表。アピシットは03日の時点で辞任を仄めかしていた。「90日以内に党総会を開催し、そこで新党首を決定する。」とのこと。後任の党首にはアピラック前クルングテープ都知事、コーン財務相、チュリン保健相らの名前が浮上。
2007年の前回総選挙での獲得議席165議席から今回は159議席に減少。総選挙に先立ち、アピシット首相は「解散時の議席数を下回った場合は責任を取る。」と宣言していた。一方、ライバル政党のプア・タイ党は前回の233議席から265議席へと躍進。
選挙管理委員会は、本日(04日)予定していた下院総選挙の開票結果を、「明日に延期する。」と発表。いまだターク県及びメーホンソーン県の2県から投票用紙が届いていないことが理由。
選挙管理委員会からの非公式発表によると、野党プア・タイ党が264議席(小選挙区制で204議席、比例代表制で60議席)と単独過半数を取得。民主党は160議席(小選挙区制で115議席、比例代表制で45議席)となり、プームチャイ・タイ党は34議席(小選挙区制で29議席、比例代表制で5議席)。プームチャイ・タイ党支持者がプア・タイ党に流れたことで、単独過半数を取得できた模様。
総選挙で圧勝したプア・タイ党のインラック・チナワット首相候補(44)は、「5党連立政権を樹立する。」と発表。
プア・タイが連立を組むのは、バンハーン元首相(役員だった政党の解党により参政権停止中)が実質的な党首のチャートタイ・パッタナー党、スワット元副首相(役員だった政党の解党により参政権停止中)が実質的な党首のチャートパッタナー・プア・ペンディン党、東部の地方ボスと呼ばれたカムナン・ポことソムチャーイ・クンプルーム(汚職で実刑判決を受け逃亡中)の影響下にあるパランチョン党、サナン副首相の影響下にあるマハーチョン党の4党。中央選管はまだ当選者の正式発表を行っていないが、合計299議席(下院定数は500)。
これに先立ち、プア・タイ党の実質党首であるタクシンは「与党議席数は300議席が妥当。」と発言。
チャートタイ・パッタナー党のバンハーン最高顧問(元首相)は、ネーウィン元副農相が実質支配するプームチャイ・タイ党の参入を提言していたが、これはプア・タイ党に聞き入れられなかった模様。
プアタイと連立を組む4党の主要政治家はほとんどがタクシン政権(2001~2006年)、タクシン派サマック政権(2008年)に参加したことがあり、特権階級の介入を受けていったん別れたものの、もとの鞘に収まった形。
インラックは新政権の優先課題として、(タクシン派と反タクシン派に分かれた)国民の和解、プミポン国王の84歳の誕生日(12月05日)の祝典、物価上昇の抑制、近隣国との関係改善、汚職取り締まりを挙げた。国王誕生日に言及した際には声が上ずった。インラックはタクシンの妹で、プア・タイの比例代表名簿1位。近くタイ初の女性首相に就任する見通し。
中央選管のスティポン事務局長によれば、世論調査センターなどが実施した出口調査の結果が、実際の開票結果と大きく異なるものが少なくなかったことから、出口調査に関する規定を見直すことを検討。特にクルングテープの小選挙区選に関しては、すべての出口調査で「プア・タイ党が33議席中20議席以上を獲得する。」との結果が出ていたが、実際には民主党が23議席を占め、プア・タイ党は10議席に過ぎなかった。
スティポン事務局長は、「出口調査を禁止するというのではない。だが、正確な結果が出るよう調査のやり方を標準化する必要があろう。」と説明。
プア・タイ党筋によれば、プア・タイ党は新政権のイメージ悪化を避けるべく、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部らを入閣させない見通し。
UDD(通称、赤服)はプア・タイ党と深い繋がりがあり、複数の幹部らがプア・タイ党から総選挙に立候補。だが、「UDDとその支持者たち(赤服軍団)は、過激な行為を好む。」と考える人も少なくなく、「幹部を入閣させるとプア・タイ党も過激路線を支持していると受け止められかねないことを党幹部は懸念している。」とのこと。「プア・タイ党に失敗は許されない。また問題を抱えたら、党は生き残れず、タクシン一族にも未来はない。」としている。
総選挙で圧勝したプア・タイ党は、4党との連立で下院500議席のうち299議席を占めようとしているが、「タクシンの免罪・帰国を可能にする恩赦案の下院通過を確実にすべく、プームチャイ・タイ党からの引き抜きでさらに議席を増やそうと画策している。」とのこと。
プア・タイ党が取り込もうとしているのは、プームチャイ・タイ党内の2つの派閥という。プームチャイ・タイ党の最高実力者ネーウィンは、タクシン派にとっては裏切り者であり、タクシン派・プア・タイ党は以前から「プームチャイ・タイ党とは組まない。」と明言していた。プア・タイ党からの議員引き抜きには、プームチャイ・タイ党に対する報復との意味合いもある。ただ、恩赦をごり押しすれば、反タクシン派の強い反発を招き、新政権の不安定要因となりかねないため、プア・タイ党はタイミングを計って恩赦案を提出する見通し。
首相就任が確実視されているプア・タイ党のインラックは、「新政権にとり近隣国との関係改善が最優先課題の一つ。」と述べた。国名には言及しなかったが、「カンボジアとの関係修復の必要性」を示したものと受け止められている。
これまで民主党政権は、国境未画定区域を巡る領有権争いでカンボジアと鋭く対立し、軍事衝突が起きていた。だが、カンボジアのフン・セン首相は親タクシンであり、プア・タイ党率いる新政権の誕生で、関係が一変する可能性が高い。
しかし、反タクシン派は以前から、「タクシンらが自らの利益のためカンボジアに譲歩し、その結果、国益が損なわれた。」と批判しており、新政権がカンボジアに急接近すれば、タイ国内で強い反発が起こる可能性も否定できない。
03日のタイ下院選ではスポーツ選手や俳優などのタレント候補が相次いで落選。落選した主なタレント候補は、世界王座を19度防衛したボクシングの英雄カオサイ・ギャラクシー(チャートタイ・パッタナー党)、アトランタ五輪でタイ人として初めてオリンピックの金メダルを獲得した男子ボクシングのソムラック・カムシン(チャートタイ・パッタナー党)、アテネ五輪のテコンドー女子で銅メダルを獲得したヤオワパー・ブンポンチャイ(チャート・パッタナー・プア・ペンディン党)、男優・司会者のテーンクン・チットイッサラ(民主党)など。
元男子プロテニス世界ランク9位のパラドン・シーチャパンは2008年のクルングテープ都議選で投票しなかったため、立候補資格がないことが判明。不戦敗。
カンボジアの世界遺産カオ・プラウィハーン寺院の管理計画をめぐり世界遺産条約からの脱退を表明したスウィット天然資源・環境相も落選。
07月05日(火)選挙管理委員会は、03日に行われた下院選総選挙の正式な開票結果を発表。
これによると、タクシン派の野党プア・タイ党は265議席(小選挙区制が204議席、比例代表制61議席)と単独過半数を取得し、アピシット首相率いる与党民主党は159議席(同115議席、同44議席)に止まった。この他、2008年末にタクシン派から離脱した派閥で構成されるプームチャイ・タイ党は34議席(同29議席、同5議席)、バンハーン元首相(役員を務めた政党の解党により参政権停止中)が実質的な党首のチャートタイ・パッタナー党は19議席(同15議席、同4議席)、スワット元副首相(同参政権停止中)が実質的な党首のチャートタイ・パッタナー・プア・ペンディン党は7議席(同5議席、同2議席)、東部の有力者カムナン・ポことソムチャーイ・クンプルーム氏(汚職で実刑判決を受け逃亡中)の影響下にある東部の地域政党パランチョン党は7議席(同6議席、同1議席)、元ソープランドチェーン・オーナーのチューウィット氏が設立した新党ラック・プラテート・タイ党は4議席(同0議席、同4議席)、タクシン政権を追放した2006年の軍事クーデターを指揮したソンティ元陸軍司令官が党首のイスラム政党マートゥプーム党は2議席(同1議席、同1議席)、ラック・サンティ党は1議席(同0議席、同1議席)、マハーチョン党は1議席(同0議席、同1議席)、プラチャー・ティパッタイ・マイ党は1議席(同0議席、同1議席)。有権者総数は4692万1682人、総選挙の投票率が比例選で75.03%、小選挙区選で74.85%。都県別では北部ラムプーン県が88.61%と最も投票率が高かった。2位は北部チエンマイ県で83.1%、3位は南部トラン県で82.7%。
プア・タイ党はチャートタイ・パッタナー党、チャートパッタナー・プア・ペンディン党、パランチョン党、マハーチョン党(1議席)の4党と連立政権を組むことで合意し、現在、組閣作業を進めている。首相にはプア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラックが就任する見通し。主要閣僚では経済担当の副首相にオラーン元サイアム・コマーシャル銀行社長、財務相に証券会社パタラ・セキュリティーズのスパウット社長、スチャート元財務相、外相に元トヨタ・タイ法人幹部のミンクワン元商務相らの名前が浮上。
クリスティー・ケニー駐タイ米国大使は、03日の下院総選挙で敗北し近く退任するアピシット首相と約20分間会談した。ケニー大使は会談後、タイ初の女性首相となる見通しのインラックに電話して祝意を伝えたことを明らかにし、「新政権と仕事することを楽しみにしている。」と述べた。
プア・タイ党は、中小4党ともに下院議席の6割を占める安定政権を誕生させようとしているが、経済界からは、「プア・タイ党政権が短命に終わるのではないか。」と懸念する声が出ている。
これは、「タクシン派政権には不正や汚職に絡む問題がつきまとう。」というイメージがあるため。タクシンは2001年の総選挙直後に資産の不正申告容疑で失脚の瀬戸際までいったことがあるほか、複数閣僚の汚職疑惑が浮上した。さらに、「タイ初の女性首相となる見通しのタクシンの実妹インラックも、タクシン関連の訴訟で偽証の疑いが完全には晴れておらず、これも政権の安定を脅かしかねない。」とのこと。
連立政権樹立を発表したプア・タイ党は、政権公約に掲げていた最低賃金の引き上げについて、来年01月にも行われる見通し。
タイ地元紙によると、プア・タイ党チャルポン秘書官は、「まず10月に公務員の最低月収を1万5000Bに引き上げ、最低賃金については民間企業らと合意ができれば、来年01月にも引き上げる。」と語っている。この急激な賃金引上げは経済界からの反発が大きいが、チャルポン秘書官は「法人税の引き下げや輸出の拡大支援などを行い、民間企業が賃金引上げの負担に耐えられるようにしたい。」と明かしている。
党は、現在平均200B前後の最低賃金(地域差あり)を300B以上に引き上げることを公約に掲げている。
プア・タイ党関係筋によれば、プア・タイ党は国外逃亡中のタクシンを貿易特使に任命する見通し。
タクシンは首相在任中の職権乱用で禁固2年の刑が確定しているが、この最高裁判決を不当として、帰国して刑に服すのを拒んでいる。
タクシンの法律顧問、ノパドン元外相は、「政治的ポストでないため、新政権はタクシンを貿易特使に任命できる。そうなれば、タクシンはモンテネグロ発給の旅券で海外を自由に移動できる。」としている。
プア・タイ党のインラックが外国メディアとのインタビューの中で、実兄タクシンの再審の可能性に言及。
タクシンは、首相在任中に妻(当時)の土地取得に関連して職権を乱用したとして2008年11月に禁固2年の刑が確定。今年02月には、資産約460億Bが不正蓄財として国庫に没収された。
インラックは、「タクシンに限らず、全ての政治関連の裁判を見直すことが国民和解の実現に繋がる。」としている。関係筋によれば、「プア・タイ党はこれまで国民和解のため恩赦適用を請求するとしていたが、裁判の見直しに方針を転換したもの。」という。
しかし、このような動きに対し、反タクシン派は、「タクシンの免罪が狙い。国民和解は口実に過ぎない。」としており、新政権が裁判見直しに向けて具体的な手続きをとることになれば、反タクシン派が強く反発するのは必至の状況。
ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首が、アピシット民主党党首(首相)を激励するため、フラワーバスケットを持って民主党本部を訪れた。
チューウィット党首は対応したチュアン元民主党党首(元首相)に対し、「民主党と協力して新政権の仕事ぶりを厳しく監視し、野党としての役割を果たしたい。」と伝えた。
チューウィット党首は、複数のソープランドを所有・経営していた風俗王の異色の政治家で、歯に衣を着せぬ発言と派手な演出で知られる。
07月06日(水)プア・タイ党のインラックは、「国民和解、物価抑制、近隣国との関係修復、薬物対策などが同党率いる連立政権の最優先課題。」と発表。
国民和解は、タンシン支持不支持を巡る対立が長引いていることから、国民の多くがその実現を望んでいる。しかし、親タクシン派と反タクシン派では、互いに相手の和解案を批判しており、プア・タイ党が「和解」をごり押しすれば、逆に政治対立が再燃する可能性が強い。近隣国との関係修復についても、反タクシン派は以前から「私利私欲のためにカンボジアと結託した。」とタクシン派を批判しており、新政権が領有権争いでカンボジアに譲歩する姿勢を示せば、強い反発にあうことは避けられない。
なお、インラックは「首相に就任し次第、これらの課題に直ちに着手する。」としている。
プア・タイ党のインラックは、新政権がタクシンを貿易特使に任命するとの報道を「考えたこともない。」と否定。
この報道については、「首相在任中の職権乱用で禁固2年の刑が確定している身であり、特使にはふさわしくない。」(ステープ民主党幹事長)といった批判意見が出ていた。
インラックによれば、外国で快適な生活を送っているタクシンは、「国民和解の実現だけを望んでおり、特使になりたいなどとは考えてもいない。」とのこと。
タクシン政権(2001~2006年)は宝籤販売の収益を政府のプログラムに投入するなどして法的問題に直面したが、政府宝籤室(GLO)のワンチャイ室長によれば、「大衆迎合的な政策の実施に巨額の資金が必要なこともあり、新政権は再び資金調達に宝籤を利用する可能性が高い。」とのこと。
ただ、現行法では、宝籤販売収益を政策運営のために利用することは違法となるため、法改正が必要となる。また、「オンライン宝籤は、アピシット政権が廃案としたが、GLOと民間企業の契約は現在も有効で、新政権が販売収益を増やすため復活させる可能性も十分ある。」という。
07月07日(木)中央選挙管理委員会のプラパン委員は、「比例代表で出馬したチャトポン前プア・タイ党議員の当選認定についてはまだ検討中。」と発表。タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳のチャトポン前議員は、プア・タイから総選挙に立候補(比例選名簿6位)したが、昨年の大規模反政府デモに絡む不敬容疑などで拘留されており、投票することができなかった。中央選管のソットシー委員は、「党員資格、被選挙権を失った可能性がある。」との見方を示していた。また、プラパン委員によれば、「チャトポン前議員の事例は選管に処分を決める権限がないため、憲法裁に判断を求める必要がある。」とのこと。プア・タイ党は比例選で名簿61位までが当選枠となっている。
タクシン派のプア・タイ党を中心とするタイの次期連立政権に新たにプラチャー・ティパッタイ・マイ党(下院議席数1)が加わり、連立に参加する政党は計6党、下院(定数500)議席数は300。
プアタイのプロームポン報道官は、08月02、03日に下院が召集され議長を選出し、08月08~10日に首相指名が行われるという見通しを示した。新首相はプミポン国王による任命後、組閣を行う。クーデターなどの異変がない限り、次期首相にはプア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラック就任予定。
プア・タイ党は03日に投開票されたタイ下院選で265議席を獲得。159席だった与党民主党を破り、タクシン派が3年ぶりの政権復帰を果たした。
また、「プア・タイ党は、プームチャイ・タイ党の一部派閥を取り込む意向。」と伝えられており、議席数がさらに増える可能性もある。ただ、プア・タイ党内では、主要閣僚ポストを巡り派閥間で激しい権力闘争が繰り広げられているため、これ以上の議席数増には反対する議員も少なくない。
プア・タイ党から総選挙に出馬して当選したタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部らの入閣について、反対意見が党内から出ているとことに対し、プア・タイ党のインラックは、「条件がそろえばUDD幹部の入閣もあり得る。」との認識を示した。
UDDは、プア・タイ党の実動部隊とみなされているが、過激な反政府活動を展開してきたことから、党内には「距離を置くべき。」との意見が多い。
総選挙直前にプア・タイ党に移籍し、比例選で当選したベテラン政治家、サノも慎重派の1人で、「UDD幹部の入閣で政治対立が再燃しかねない。」と懸念を表明。
関係筋によれば、「UDDは、各方面から批判を浴びているものの、タクシン派の勢力維持・拡大、総選挙におけるプア・タイ党の勝利に大きく貢献しており、プア・タイ党はそれなりの対応が必要と考えている。」とのこと。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)のティダ議長代行は、外国メディアとのインタビューの中で、昨年の大規模反政府デモに関連して多数のデモ参加者などが死傷した問題について、責任者の特定や処分で正義が実現されるようプア・タイ党に要求するとともに、これが叶えられない場合、同党はこれまでのようにUDDの支持を受けられない。」と警告。
この発言は、「『プア・タイ党が、タクシンの免罪・帰国を可能にする代わりに、軍幹部の責任を問わないという密約を交わした。』と一部で報じられたことから、プア・タイ党を牽制することが狙い。」と見られる。
関係筋によれば、「アピシット政権に全責任がある。」とするUDDは、当局者の罪を認めて処分することなどを求めている。しかし、国民の間には「UDDに責任がある。」とする意見も根強く、新政権が「加害者=アピシット政権、被害者=UDD。」というUDDの主張を全面的に受け入れた場合、批判を浴びるのは避けられない。
中央選挙管理委員会のプラパン委員によれば、「中央選管では07月12日に総選挙の当選認定を行う予定。」。だが、暫定当選者500人のうち約50人について選挙違反の有無を確認する調査が現在行われており、詳しいチェックが必要なケースもあるため、12日の当選認定は全体の約95%、475人程度に止まると見られている。また、特別国会開催であるが、今のところ、定足数に問題はないと見られるため、憲法規定に従い、総選挙から30日以内、つまり08月03日までに開催できる見通し。
経済界が今最も注目しているのは、経済閣僚の人選。担当分野に不慣れな者が閣僚に任命され、その結果、他の大臣との連携・協力も図れず、民間ビジネスがその皺寄せを受ける恐れがあるため。閣僚ポストの割りふりは、政権の安定度に影響する重要なプロセスのため、過去の政権で「適材適所」を実現させたのはアナン政権だけといわれている。
タイ商工会議所のドゥシット会頭は、「好むと好まざるにかかわらず、プア・タイ党が圧倒的な支持を得て政権を構えることになった。だが、愚か者が大臣に起用されるのだけは見たくない。」と話した。
07月08日(金)03日のタイ下院選でタクシン派政党プア・タイ党に破れ下野が決まった民主党は、プア・タイ党を政党法違反でタイ選挙委員会に告発。有罪の場合、プア・タイ党は解党され、党役員は5年間の参政権停止処分を受ける。反タクシン派の反撃が早くも始まった形だが、こうした事態を想定してか、プア・タイ党の比例代表名簿1位で近く首相に就任する見通しのインラック・チナワットら党幹部の多くは党役員になっておらず、タクシン派はプア・タイ党が解党処分を受けても、党所属の下院議員を別の政党に移籍させ、政権を維持できる見通し。
民主党は「インラックの兄のタクシン元首相、義兄のソムチャーイ前首相、チャトゥロン元副首相といった参政権停止中の人物がプア・タイ党の選挙活動に加わったと主張。タクシンの写真が選挙ポスターに使われたり、ソムチャーイらが街頭演説に参加するなど、違反は明らか。」としている。
「選挙委は違反があったと判断した場合、プア・タイ党の解党を憲法裁判所に要請する。判決までには数ケ月かかる。」と予想される。
タイではタクシン政権(2001~2006年)を追放した2006年の軍事クーデター以降、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の抗争が続いている。初代のタクシン派政党タイ・ラック・タイ党はクーデター政権下の2007年に選挙違反で解党。タクシン、チャトゥロン元副首相ら党役員111人が5年間の参政権停止処分た。その後結成された2代目のタクシン派政党パラン・プラチャーチョン党は2007年末に行われた総選挙で第1党となり政権に復帰したが、2008年に反タクシン派市民による首相府と2空港の占拠で追い詰められ、2008年末、「司法クーデター」と呼ばれた憲法裁による解党命令で政権を失った。判決理由は選挙違反で、ソムチャーイ前首相はこのときに参政権停止処分を受けた。判決後、タイ軍基地内での密談でタクシン派の一部が反タクシン派の民主党側に寝返り、アピシット民主党連立政権が発足した。
タクシン派は昨年、数千~数万人のデモ隊でクルングテープ都心部を長期間占拠し、アピシット政権に退陣を迫ったが、政府はデモを武力鎮圧して危機を切り抜けた。デモ隊と治安部隊の衝突による死者は91人、負傷者は1400人以上。同年11、12月、政党交付金の使途違反と裏口献金疑惑で民主党の解党を求めた裁判で、憲法裁は訴追手続きのミスを理由に訴えを2件とも棄却。司法のダブルスタンダード(二重基準)としてタクシン派が反発を強めた。
アピシット政権は任期満了まで半年以上残した今年05月に下院を解散、総選挙に踏み切り、プア・タイ党が500議席中265議席を獲得し圧勝、民主は159議席に終わった。
03日のタイ下院選で勝利したタクシン派政党プア・タイ党の比例代表名簿1位でタクシンの妹のインラック・チナワットは、クルングテープ都内の党本部で管木駐タイ支那大使と会談。管木大使は下院選の勝利に祝意を述べ、「支那とタイは兄弟親戚のようなものだ。支那はタイを重視している。」と伝えた。
スティポン中央選管事務局長によれば、「プア・タイ党のインラックが選挙運動中に東北部ナコーンラチャーシーマー県で焼きそばを作って有権者に配ったのは選挙違反。」との訴えがあったことから、ナコーンラチャーシーマー県の選管が事実関係を調査中。だが、「今のところ、違法性を裏付ける証拠は見つかっていない。」という。
訴えは、「支持者に囲まれて焼きそばを作っている写真を見て選挙違反を疑った。」というもので、中部ナコンサワン県の選管が受理している。
ただ、スティポン事務局長は、「インラックが到着した時にはすでに露天商が焼きそばを作っていたもので、インラックは露天商に頼んで焼きそばを作らせてもらった。これだけでは、有権者に配ることが目的だったとはいえない。」としている。
民主党の法律専門家チームを率いるウィラットが、公民権停止中の者らがプア・タイ党の活動にかかわっているのは政党法違反と中央選管に訴えた。違法性が確認された場合、同党は解党処分となる可能性がある。
ウィラットによれば、タクシンとチャトゥロンは、2007年05月のタイ・ラック・タイ党の解党処分で公民権5年停止となり、政治的な活動を禁止されている。
だが、「今回の総選挙で2人は、プア・タイ党の候補欠選びなどに深く関与しており、政党法97条に抵触しているのは明らか。」という。
ただ、関係筋によれば、「2人の関与を立証するのは容易ではなく、解党処分に持ち込める可能性は低い。」とのこと。
07月10日(日)03日の下院選でタクシン派の政党プア・タイ党が過半数を制したことを受け、プア・タイ党中心の連立政権に参加する予定のチャートタイ・パッタナー党の事実上の党首であるバンハーン元首相、タクシンの妹のヤオワパー元下院議員、ヤオワパーの夫のソムチャーイ前首相、プア・タイ党の下院議員らが、国外滞在中のタクシンの元を相次いで訪れた。タクシンの妹で次期首相に就任する見通しのインラックは10日、「バンハーンとタクシンの会談は私的なものだ。」として、組閣との関連を否定。「私の知るかぎり、バンハーンは政治活動を禁止されている。」と述べ、「タクシンとの間で閣僚ポストの割りふりなどが話し合われたはずはない。」としている。
民主党が公民権停止中のタクシンなどが党務にかかわったとして政党法違反でプア・タイ党を訴えていることもあり、タクシンの政治関与を否定したものと見られている。
バンハーンも2008年12月にチャート・タイ(タイ国民)党(チャートタイ・パッタナー党の前身)が解党処分を受けたことから公民権5年停止中。
なお、タクシン・バンハーン会談の内容は不明だが、バンハーンが閣僚ポスト(農業相、観光スポーツ相など)を直接要求したとの見方が支配的。「次期タイ政権の所在地はクルングテープではなく(タクシンが滞在している)ドバイ。」という陰口も囁かれている。
ステープ民主党幹事長によれば、アピシット民主党党首が総選挙の敗北の責任をとって党首辞任を表明したが、08月の党大会でアピシットが再び党首に選ばれる見通し。
アピシット党首は、選挙運動期間中に「民主党が最多議席を獲得できず、かつ獲得議席が下院解散時を下回ったら、党首を辞任する。」と明言し、この約束を守るべく先に辞意を明らかにした。
また、「民主党内にアピシットの指導力について意見対立が存在する。」と一部で報じられているが、ステープは、「なぜそのような見方が出てくるのか。対立など存在しない。」と全面否定。
プア・タイ党のインラックは、「正式に首相に就任したら、主要機関のトップなどと会う用意がある。」と述べ、反タクシンで知られるプレム枢密院議長も表敬訪問する意向を示した。
タクシン派は、「プレム議長がタクシン政権を倒した2006年09月の軍事クーデターの黒幕」と決めつけ、厳しい批判を繰り返してきたことから、インラックがプレムを拒絶するとの見方も出ていた。
05日、タイ中部ラヨーン県に住む民主党を支持していた女性が、下院選惨敗でショックを受け服毒自殺。タイ地元紙によると、この女性(80)の葬儀が午後行われ、ラヨーン県の民主党系下院議員らをはじめ800人が参列した。またこの自殺の話を聞いたアピシット首相も、電話で弔辞を述べた。
07月11日(月)反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)」が、規定違反などを理由に今回の総選挙を無効とするよう中央選挙管理委員会に要求。
PAD首脳のチャムロン元クルングテープ都知事によれば、「不在者投票で技術的問題のため200万人あまりが投票できなかった、5政党が大衆迎合的な政権公約を掲げたのは有権者買収に当たる、小選挙区と比例代表制の投票者数に8万3000人の差があると中央選管が誤った報告をした、公民権停止で政治活動を禁止されている者が選挙運動に関与したなどの理由から、今回の総選挙を合法的で妥当なものとみなすことはできない。」とのこと。
関係筋によれば、08月半ばまでに新首相が選出される見通し。
中央選挙管理委員会は「投票日から30日以内に当選認定の是非を決定する。」と発表。また、憲法規定により、特別国会は投票日から30日以内に下院議員の95%、475人以上の出席をもって開催することが義務付けられている。
今のところ、07月下旬に特別国会が開かれて正副下院議長が選ばれ、その翌週に首相指名選挙が行われる見通し。
バンハーンは、タクシンとブルネイで会ったことを認め、「一緒に食事をしたが、政治の話はなかった。」と述べた。
タクシンは国外滞在中の2008年に、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主に中東のドバイに滞在している。ブルネイはタイ同様、東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国だが、タイ政府からのタクシンの身柄引き渡し要求を無視し、タクシンの出入国を認めている模様。
クルングテープ都内のシリラート病院で、各県に赴任する検事の就任宣誓式が行われ、入院中のプミポン国王が、孫でノーンブアラムプー県副検事のパチャラキティヤーパー王女ら検事90人に訓示を行った。国王は背広姿で椅子に座り、椅子の前には黄色い服を着た愛犬のトーンデーンが伏せていた。
プミポン国王は体調を崩し、2009年09月19日からシリラート病院に入院している。今年05月には過剰な脳脊髄液を除去する手術を受けた。
07月12日(火)選挙管理委員会は、先日行われた下院選当選者のうち500人のうち445人(89%)を正式に下院議員として公認したことを明らかに。残り55人は、選挙法違反の疑いがあることから、選挙日(07月03日)から30日以内に事実関係を調査し公認の有無を決定する。
単独過半数を取得し次期首相候補とされるインラックが、市民にタイ料理を配り票集めをしたと民主党に訴えられている件については、選挙管理委員会は現時点では問題なしとの考えを示している。
アピシット民主党連立政権最後の閣議。下院の召集、イスラム過激派と治安当局の抗争が続く深南部3県に発令している非常事態宣言の60日間延長などを決めた。下院(定数500)は07月03日の総選挙の議席の95%以上が確定されてから召集される。
アピシット首相は任期満了まで半年を残した今年05月に下院を解散、総選挙に打って出たが、タクシン派の野党プア・タイ党に過半数を奪われた。アピシット政権の在任中の2年半に行われた閣議は133回。
中央選挙管理委員会は、今回の総選挙で当選圏内に入った候補者500人のうち358人の当選を認定。プア・タイ党のインラック、民主党党首のアピシット首相など142人は、選管に寄せられた選挙違反に関する訴えの調査が完了していないため、認定が見送られた。中央選管は容疑が晴れた候補者の当選認定を19日に発表する見通し。
憲法規定では、投票日から30日以内(08月02日まで)に中央選管が当選認定を終え、特別国会が開催されることになる。ただ、特別国会の定足数は475人(下院議員全体の95%)で、当選認定がこの人数に達しなければ、開催できない。さらに、特別国会召集の勅命を申請する手続きがあるため、475人以上の当選認定は遅くとも07月31日中に完了する必要がある。
プア・タイ党では、マニット法律顧問が、「現行憲法存続か1997年憲法復活かを問うべく国民投票を実施すべき。」と主張しているが、プア・タイ党から総選挙(比例選)に立候補・当選(暫定)したタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のウェーンなどが、「この問題に慌てて取り組むのは得策ではない。」と反対。
マニット顧問は、「現行憲法を改正するか1997年憲法を復活させなければ、プア・タイ党が解党処分を受けかねない。」と主張。
ただ、1997年憲法は制定当初、「最も民主的な憲法」と評価が高かったものの、タクシン創設のタイ・ラック・タイ党(すでに解党)による「議会制独裁」を招いたとの批判から、2006年09月の軍事クーデターに伴い廃止されたという経緯があり、その復活には、反タクシン派が猛反発するのは必至。
ウェーンによれば、「早急に着手しなければならない課題がほかにある。憲法の改正や復活は取り組むにしても景気が回復してからにすべき。」とのこと。
民主党政権による最後の閣議で、ヤラー、パタニー、ナラティワートの最南部3県に発令されている非常事態宣言の適用を、状況の改善が報告されているヤラー県メーラン郡を除き07月20日から09月19日まで60日間延長を了承。パニタン政府報道官代行によれば、「最南部でのテロ発生は、2008年が850件、2009年が860件、昨年が656件となっているが、以前に比べて減少しており、非常事態宣言適用の効果が窺える。」とのこと。
07月13日(水)先に中央選管に総選挙無効を求めた反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)が、最高裁に対しても、「選管の落ち度で有権者約200万人が投票できなかったのは憲法違反。」として、総選挙を無効とし、総選挙のやり直しを命ずるよう求めた。
また、PAD傘下の市民団体「タイ市民評議会」も、「公民権停止中で政治活動が禁止されている者が選挙キャンペーンなどに関与したのは政党法違反。」と主張。該当する政党を解党処分とすべく、調査を開始するよう中央選管に要求。タイ市民評議会は、「選管がこの求めを無視して当選認定を続けるようなら、有権者2万人の署名を集め、中央選管委員5人全員の罷免を請求する。」としている。
プラユット陸軍司令官は、「軍人としての務めを果たしたまで。何も間違ったことはしていない。」と述べ、「政権が反タクシンから親タクシンに交代したことで更迭されるのを恐れている。」との見方を否定。司令官によれば、「軍は国を守り秩序を維持するために最善を尽くし、国民もこれを評価しており、軍人が政権交代を恐れる理由はない。」とのこと。
ただ、関係筋によれば、「軍部が反政府に向かわないよう、意にそぐわない軍人を主要ポストから外すのは通常のこと。プア・タイ党がプラユット司令官をどのように見ていたかによるが、陸軍司令官のポストから外される可能性は否定できない。」
プア・タイ内で、「1997年憲法を復活させる。」との意見が出ていることについて、アピシット首相(民主党党首)は、「狙いはただ一つ。(タクシン派の)政治関連犯の免罪。」と指摘し、「プア・タイ党が自らの利益のためだけに憲法を変えようとしている。」と批判。
「最も民主的な憲法」とされた1997年憲法のもとでタクシン派が勢力を大きく伸ばしたことから、2006年09月にクーデターでタクシン政権を倒した軍部は、1997憲法を廃止して暫定憲法を制定。翌07年には軍事暫定政権下で現行憲法が作成、制定。
アピシット首相は、「タクシン派は、どの憲法であれ、自分たちに都合のよいルールを好む。1997年憲法の復活を言い出したのは、同憲法のほうがタクシン派の政治関連犯の免罪に都合がよいため」と対決姿勢を明確にしている。
プア・タイ党から総選挙に立候補したタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部らの当選認定が見送られたことに対し、ティダUDD議長代行は、「UDD支持者は、どのような状況下でも行動を起こせるよう力を蓄えよ。」と述べ、赤服軍団による抗議活動を示唆。UDD幹部らの当選を速やかに認定するよう選管に迫った。
中央選管は12日、500人中358人の当選認定を発表したが、19日と26日に追加の当選認定を明らかにする見通し。
ティダ議長代行によれば、「UDD幹部の当選が認定されないのは、市民が発言権を持つことを嫌う勢力が妨害しているため。」とのこと。
07月14日(木)首相就任が確実視されているプア・タイ党比例選名簿1位のインラックは、「インラックが首相に選ばれなかった場合、ヨンユット、プア・タイ党党首が首相に就任する。」と一部で報じられたことについて、「党内では、そのようなことを話し合ったことはない。」と述べ報道を否定。
インラックは、選管に選挙違反の訴えがあったことから、まだ当選認定を受けておらず、調査の結果クロとされ、当選が認められない可能性もわずかながら出ている。このため、ヨンユット党首は、比例選名簿2位であることから、「インラックがダメなら、首相ポストが自分に回ってくる。」と考えているという。だが、関係筋によれば、「プア・タイ党は、党首選びで意見が割れたため、実力のないヨンユットを暫定的に党首に据えたまでで、その状態が今も続いているだけ。比例選名簿2位というのも曲がりなりにも党首であるためで、それ以上の意味はない。」とのこと。
関係筋によれば、プア・タイ党は、「全ての都県で1日当たりの最低賃金を一挙に300Bに引き上げる。」との選挙公約を掲げていたが、経済界や学識経験者から強い反対意見が出ていることから、公約の実現を断念せざるを得ない状況。
プロートプラソプ副党首によれば、「有権者に約束したものの、実現は無理。だが、1年以内には全ての都県で最低賃金を300Bに引き上げる」とのことだ。
プア・タイ党では現在、まず最低賃金が最も高いクルングテープとプーケットで300Bに引き上げ、その他の県は1年以内に段階的引き上げで最低賃金を300Bとすることを考えているという。
中央選挙管理委員会は、選挙違反2件を理由に、ソムキット、プア・タイ党候補(東北部ノンカイ2区)の当選認定を拒否することを決定。今回の総選挙における当選認定拒否の第1号となった。ただ、違反は重大なものではなく、補欠選挙に立候補できる(イエローカード)。選管の説明によれば、「ソムキットは、街頭演説に有権者を集めるためサムローの運転手に200Bを払い、また、集まった人にそれぞれ100Bを渡した。」とのこと。選管の調査チームは、補欠選出馬も禁ずるべき(レッドカード)としていたが、中央選管は、当選を認めないだけで十分と判断。
総選挙で大勝したプア・タイ党が、「政権党の民主党のアピシット党首(首相)と与党第2党のプームチャイ・タイ党のポンティワ幹事長(商業相)に重大な選挙違反があった。」として、これら2党を解党処分とすべく、調査を行うよう中央選管に要求。
プア・タイ党が問題視しているのは、「不在者投票が行われた06月26日に『ブルーフラッグプログラム』のもとで小売店が日用品などを廉価販売したこと。これが有権者の買収に当たる。」という。ブループログラムは、国民の負担を軽減する目的で以前から実施されているもの。アピシット首相は、「閣議決定に基づいて商業省が行っているプログラム。政治家が直接関与している事実はない。」としている。
07月15日(金)経営破綻したドイツの建設会社がクルングテープの高速道路建設をめぐる契約違反でタイ政府に賠償金約3000万€を求めていた裁判で、12日、ドイツの裁判所命令により、ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン、王太子の専用機が差し押さえられた。タイ政府はこの問題で、「差し押さえられたボーイング737型機は王太子個人の所有でタイ政府の資産ではない。」と主張し、差し押さえの即時解除を要求。カシット外相が急遽ドイツ入りし、15日にドイツのコルネリア・ピーパー外務省国務大臣と会談したが、ドイツは「司法に介入出来ない。」と説明し、話し合いは平行線を辿った。
タイ国営通信社タイ・ニュース・エージェンシーによると、タイ空軍は差し押さえられた航空機について、「2007年にタイ空軍が王太子にプレゼントした。」と説明。タイには不敬罪があり、タイ国王夫妻と王位継承者に対する批判が禁じられている。違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。
07月16日(土)アピシット民主党党首(首相)は、「党役員選出は複数人が立候補する見通しで厳しい戦いになるだろう。だが、いがみ合っているわけではない。」と述べ、「党役員選びを巡って党内に対立、亀裂が生じている。」との見方を否定。
民主党では、総選挙敗北の責任をとってアピシット党首とステープ幹事長が辞意を表明しており、8月半ばに新しい党首、幹事長が選ばれる。党首はアピシットの再任の可能性が強いとされるが、幹事長については、カラヤ♀などが適任といった意見が出ている。しかし、南部出身議員はステープ再任を支持しており、これが、「対立、亀裂」との報道に繋がった。
07月17日(日)タイ外務省によると、ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン、タイ王太子の専用機が12日、ドイツ企業に対するタイ政府の債務不払いにより、ドイツの裁判所命令で差し押さえられた問題で、タイのカシット外相は、フランクフルト空港で王太子と会談し状況を説明。
タイ政府は「差し押さえられたボーイング737型機は2007年にタイ空軍が王太子に贈ったもので、政府の所有物ではない。」と主張。ドイツの裁判所に差し押さえの解除を求めている。
07月18日(月)国際司法裁判所は、タイとカンボジアの国境未画定地域近くの世界遺産カオ・プラウィハーン(プレアビヘア)の問題について、周辺の国境未画定地域の領有権に関する判断を求めたカンボジアの訴えを受理し、タイとカンボジアが武力衝突を繰り返している地域に非武装地帯を設定し、両国が出動させている軍を即時撤収を求める判断。これと共に、両国はこの問題解決に向け対話を再開すること、監視団の査察を受け入れることを求めた。また、カオ・プラウィハーンへのカンボジアのアクセスをタイが妨害することを禁止し、紛争地域に東南アジア諸国連合(ASEAN)の停戦監視団を受け入れるよう両国に指示。
カオ・プラウィハーンはクメール王国が9~11世紀に建立したとされ、タイ・カンボジア国境地帯の崖の上に建つ。国際司法裁判所は1962年、カオ・プラウィハーンをカンボジア領とする判決を下したが、周辺の領有権については判断を示さなかった。2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたが、世界遺産の共同登録・管理を主張していたタイはこれを不満とし、同年以降、周辺地域でカンボジアと武力衝突を繰り返した。今年02月と04月には両国軍が大砲、ロケット弾を撃ち合うなど本格的に交戦し、双方の兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難。この問題をめぐり、タイは今年06月、世界遺産条約からの脱退を表明。カンボジアはタイとの国境紛争を受け、今年04月、この判決の解釈を国際司法裁判所に要請し、判決が出るまでの暫定措置として、カオ・プラウィハーン周辺からのタイ軍の撤退と軍事行動の停止を命じるよう求めていた。
タイはカンボジアとの紛争の2国間協議による解決を主張し、ASEANの停戦監視団受け入れを事実上拒否。国際司法裁に対しては、カンボジアの訴えを却下するよう求めていた。国際司法裁判所に出廷したカシット外相は、「両国に撤兵を呼びかける内容で、満足した。」と述べ、アピシット首相は、「一時的な措置であり、タイの主権に影響するものでも、タイにとって不利なものでもない。」と説明したが、実際にはタイの主張はほぼ全て退けられた形。
アピシット首相は19日に国防相、陸軍司令官、外務次官らを集め、対応を協議する予定。ここ数年、アピシット政権など反タクシン勢力に揺さぶりをかけるためか、親タクシンのフン・セン首相のもとでカンボジアは挑発的な姿勢を見せている。ただ、タイでは今月03日の下院総選挙で、領土問題に敏感な特権階級・保守派が支持するアピシット民主党政権が破れ、タクシン派の政権復帰が決まった。タクシンはカンボジアのフン・セン首相と個人的に親しく、カンボジアは態度を軟化させ、「妥協」が成立する可能性が高い。
07月19日(火)中央選挙管理委員会は、プア・タイ党比例選名簿1位のインラック、アピシット民主党党首(首相)、ステープ民主党幹事長(副首相)など総選挙の候補者12人の当選を認定。これで、12日の358人を加え、下院議員500人中370人の当選が確定。
新政権を発足させるには、特別国会を総選挙投票日から30日以内に開催することが必要で、特別国会の定足数は下院議員の95%、475人となっており、まだ105人不足。
これまで連立政権を率いてきた民主党のステープ幹事長代行によれば、民主党は08月06日に開く特別党大会で党首、幹事長を含む新しい党役員を選出。
民主党では、総選挙でプア・タイ党に敗北したことを受け、アピシット首相が07月04日に党首を辞任。これにより党役員全員の任期が終了。
特別党大会は、クルングテープ都ドンムアン区にあるミラクルグランドホテルで開かれる予定。また、幹事長ポストについては、アピラック元クルングテープ都知事、カラヤ♀などの名があがっているが、ステープは「幹事長を含めどのような役員ポストにも就かない。」と明言。
2010年05月19日、クルングテープ都心のショッピングセンター、セントラルワールドの一部が放火された事件で、当時現場にいた建物側の責任者が、検察側証人として南クルングテープ刑事裁判所で証言。
セントラルワールドを運営するセントラル・パッタナ社で、ビル管理の副責任者を務めるチュパン(47)は、「反独裁民主主義同盟(UDD)の幹部、ナタウットが、『ラーチャプラソン交差点付近における67日間の戦いを終える。』と宣言した約10分後には、私は部下たちとともに、建物内で起きた小火の消火に当たっていた。小火はゾーンAとゾーンBの間にある正面入り口近く、アディダス・ショップで発生。消火活動の際、商品が略奪されるのを目撃した。」と述べた。その後、地上階の別のエリアでも火災が発生したため、チュパンらは移動。スプリンクラーが作動しているのを確認したところで、今度はエレベーターから煙が出ているのを発見した。そのため、部下と無線で連絡を取りながら状況把握のため、ゾーンDへ向かっている際、建物内から逃げようとしていた男と遭遇。その男は、「センターの職員に追われ、集団で逃げているようだった。商品を略奪していたようだが、私は早く避難するよう呼びかけた。」という。「その時、ラマ1世通りでは、顔を覆った3、4人の男がタイヤ、ダンボール、調理用ガスなどを燃やしており、セントラルワールド内に火種を投げていた。」という。さらに、40ー50人の集団が、建物内のチュパンと部下らに向かって石やレンガなどを投げつけたほか、「レンジャーのズボン姿の男らがリュックサックから手榴弾を取り出し、我々に投げてきた。」(チュパン)という。この手榴弾攻撃により、職員計9人が負傷。
同社勤続16年のチュパンは、07月26日にも証言台に立つ予定。
07月20日(水)中央選挙管理委員会は、スコータイ3区から総選挙に出馬したチャカワン、プームチャイ・タイ党候補に選挙違反があったとして、その当選を認めず、同選挙区で31日に補欠選挙を実施することを決定。チャカワン候補は、有権者20人にそれぞれ200Bを渡したのが有権者買収に当たるとされた。
チャカワン候補は、「選挙運動を手伝ってもらうために雇った人々に報酬を支払ったまで。」と釈明していたが、認められなかった。
最高裁判所は、先の総選挙を無効とするよう求める、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)幹部のチャムロン元クルングテープ都知事の訴えを、「法的根拠に欠ける。」として却下。
チャムロンは、「選挙管理委員会の落ち度で大勢の有権者が投票の機会を奪われた。」と主張していたが、最高裁は、「このような理由で選挙無効を求めることに法的裏付けはない。」と判断。
なお、PADは、合法的な総選挙ボイコットを有権者に呼びかけていたが、これが結果的に同じ陣営の民主党の得票を減らし、はからずもタクシン派プア・タイ党の勝利に貢献したとの見方も出ている。
次期首相とされるプア・タイ党のインラックは、同党の公約としている一日あたりの最低賃金の引き上げについて、改めて「実現するよう努めていく。」との考え。「物価が急騰する中、最低賃金は抑えられ続けてきた。引き上げることで労働者の生活を救済したい。」としている。
プア・タイ党は、現時点で一日あたり159~221B(地域差あり)から、最低300Bに引き上げるとしているが、一部地域では賃金が約2倍となることなどから、経済界からは歓迎されていない。
07月21日(木)中央選挙管理委員会は、今回の総選挙でさらに32人の当選認定を発表。これで下院定数500人のうち402人の当選が認められた。当選認定はこれまでに12日と19日の2回発表されているが、今回は、プア・タイ党から出馬したタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部12人のうち6人が当選となった。
中央選管によれば、「党員であることが被選挙権の条件のひとつとなっているが、UDD幹部5人については、大規模反政府デモなどに関連して逮捕された者が含まれており、党員の条件を定めた党規との関連で党員であることが確認できていないといった理由からまだ当選認定に至っていない。」
中央選管は22日に4回目の当選認定を発表する予定。
なお、今回当選が確定したUDD幹部6人は、ウーエン・トチラカーン、コーケウ・ピクントーング、アピワン・ウィリヤチャイ、ウィプタレン・パッタナポームチャイ、ウィチア・カオカム、ピチット・チューンバン。一方、当選確定が先送りされたのは、ナタウット・サイクア、チャトポン・プロムパン、カルン・ホサクン、パヤップ・パンケット、チャルパン・クルディローク、プラシット、ウォラチャイ、サタポンなど。
アピシット首相は、カンボジアに対し、国境の紛争地帯から直ちに兵を引き揚げるよう改めて要求。
国境の紛争地帯からの撤兵は、国際司法裁判所が先にタイとカンボジアに命じたものだが、カンボジアは「インドネシアの監視団が国境の紛争地帯に入ることが撤兵の条件。」と主張している。しかし、アピシット首相によれば、「国際司法裁判所に領有権争いを持ち込んだのはカンボジアであり、まずカンボジアが命令に従うのが筋。」とのこと。
07月23日(土)中央選挙管理委員会のスティポン事務局長は、特別国会の開催期限が迫っているため、総選挙候補者の認定作業を急ぐ意向。
憲法では、「総選挙投票日から30日日内に下院議員500人の95%、475人以上の出席を持って特別国会を開催する。」と規定されている。これまでに中央選管が当選の認定・認定拒否を決めたのは402人。当選認定について検討・決定する中央選管委員の次回会合は26日に予定されているが、25日にも会合を開く予定。
07月24日(日)首相就任が確実視されているプア・タイ党のインラックは、 「操り人形にすぎない。」といった批判が絶えないことについて、「組閣が完了してから論じてほしい。」と述べ、「リーダーシップのもとで組閣が進められている。」と強調。
インラックは政治経験が皆無に等しいことから、ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首などは、「閣僚の人選は、実兄のタクシンや実姉ヤオワパー(ソムチャイ元首相の妻)が全て決めている。」と批判。
しかし、インラックによれば、「国民の期待に応えるべく、仕事のできる内閣を作ろうと しているところであり、これにタクシンなどは口を挟んでいない。」
07月25日(月)クルングテープ都庁が水増し価格で消防車・消防艇を購入することになったとされる2004年の問題で、国家汚職制圧委員会(NACC)は、最高裁に対し、当時のアピラック、クルングテープ都知事(先の総選挙に民主党から出馬し当選)、ポキン内相、プラチャ副内相、ワタナ商業相、アティラック都庁消防救急課課長の5人を起訴する手続き。
購入契約は、2004年08月に当時のサマック都知事とオーストリア企業との間で交わされたが、後にタイ製の車両・船舶を外国で消防用に改造し、それを輸入するというものであることが判明。後任のアピラック都知事は、内務省にかけ合ったが、「タイ・オーストリア間の契約で変更できない。」と突っぱねられ、「仕方なく信用状を発行した。」と釈明。検察庁は昨年、嫌疑不十分で、アピラック、ポキン、ワタナーなどを不起訴とすることを決定。だが、NACCは今回、「違法性を認識していたはず。」として、起訴に踏み切ることにした。
NACCによれば、「契約では消防車315台と消防艇30隻は総額66億8000万Bだが、タイ国内で改造していれば輸送費もかからず、30~35億Bで調達できていたはず。」という。
カンボジアとの領有権争いに絡んで、タクシンの法律顧問ノパドン元外相が、国際司法裁判所への訴えがなっていないなど、民主党政権を批判したことに対し、アピシット首相は、「ノパドン元外相が問題がこじれる結果を招いた張本人だ。」と強く反論。
カンボジアは単独で、国境地帯の寺院遺跡カオ・プラウィハーンを世界遺産に登録するよう申請し、これが認められたことが、問題が複雑化した原因とされているが、ノパドンは2007年、タクシン派・サマック政権の外相として登録申請を支持する共同声明に署名。
アピシット首相によれば、「これによって、カンボジアは、立場が有利になり、面積4・6平方キロメートルの国境未画定区域の領有権をも主張するようになった。」
07月26日(火)ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン、タイ王太子の専用機(ボーイング737型機)が12日、経営破綻したドイツの建設会社ウォルターバウに対するタイ政府の賠償金不払いにより、ドイツの裁判所命令で差し押さえられた問題で、22日、ドイツ駐タイ大使館のホームページに、差し押さえに至った経緯を説明し、タイ政府に賠償金の支払いを求める報道発表を掲載。タイ政府のパニターン報道官代行は26日、「これまでの両国の良好な関係を考慮して欲しい。」とドイツの対応に不快感を示し、「ウォルターバウの破産管財人が王太子の2機目の専用機の差し押さえを検討している。」という報道について、「(実施されれば)タイの国民感情に影響が出るかもしれない。」として、慎重な対応を求めた。王太子の2機目の専用機は1機目が差し押さえられた後、ミュンヘンに飛来した模様。
独大使館の報道発表によると、ウォルターバウは1980年代に、クルングテープと郊外のドンムアン空港を結ぶ自動車専用道路ドンムアントールウェイの建設に携わったが、タイ政府の度重なる契約違反で損失を被った。ウォルターバウの破産管財人は2005年、タイ政府に賠償金の支払いを求める国際仲裁手続きを開始し、2009年、タイ政府に3600万€の支払いを命じる最終判断が下った。しかしタイ政府はその後も支払いに応じず、ドイツ地裁の命令により、王太子専用機が差し押さえられた。タイ政府は「差し押さえられた機は2007年にタイ空軍が王太子に贈ったもので政府の所有物ではないと。」主張、無条件での返還を求めている。
独大使館の報道発表は「問題の早期解決はドイツとその他の外国人投資家のタイへの信頼を回復させ、独タイ関係の発展に前向きなメッセージを送ることになる。」と結ばれていた。こうした上から目線の率直な物言いが、婉曲を好み自尊心が高いタイ上流階級の神経に触ったのは確実で、両国関係がこじれる可能性もある。
タクシンが62歳の誕生日を迎え、生まれ故郷の北部チエンマイや東北部ナコーンラーチャシーマー、中部アユタヤなど国内の10ケ所以上で支持者が祝賀行事。タクシンは国外滞在中の2008年、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。07月03日の下院総選挙でタクシンのプア・タイ党が過半数を制したことから、タクシンの恩赦に向けた動きが活発化する見通しだが、特権階級を中心とする反タクシン派の反発は必至で、タクシンの帰国への道のりは険しい。
プア・タイ党は、総選挙後初めてとなる党役員全員の出席する執行部会議を開き、比例選名簿1位のインラックとヨンユット党首に閣僚、下院議長、下院委員会の委員長などの人選を一任することを決定。下院議長候補については、下院議員500人の95%、475人以上が当選認定となり、特別国会開催が可能となったあとで発表される見通し。
民主党のアピラック元クルングテープ都知事は、消防車・消防艇購入問題で起訴されたことについて、記者会見を開いて、幹事長ポストを断念する考えのないことを明らかに。民主党は08月06日に新しい党首、幹事長などを選出する予定で、アピラックは幹事長候補として名があがっている。
この問題は2004年に当時のサマック都知事が退任間際に購入を承認したことに端を発するものだが、アピラックは当初から、「契約破棄を試みたものの、関係当局が応じなかった。」などと釈明しており、検察庁も昨年、嫌疑不十分で同氏の起訴を見送った。今回の起訴は、国家汚職制圧委員会(NACC)によるもの。
アピラックは、「この問題に関しては、民主党の党員も一般市民も(アピラックに責任のないことは)理解しているはず。」としている。
中央選挙管理委員会は、投票者数と票数が合致しないとの訴えがあった最南部ヤラー2区について、31日に再集計を行うことを決定。同選挙区では、民主党候補が最多議席を獲得したが、次点のプア・タイ党候補との票差がわずか33票だったため、プア・タイ党候補が、選管の発表に不整合があったとして再集計を求めていたもので、これが認められた。
一方、中部ラチャブリ県では、記入済みの投票用紙100枚あまりが放置されているのが見つかったことから、次点の民主党候補が補欠選挙の実施を要求。選管は「詳しい調査を実施した後で対応を決める。」としている。
07月03日のタイ下院総選挙を受け、下院の招集詔書が公布。08月01日、ワチラロンコン王太子の主宰で開会式が行われる。 下院選はタクシン派の野党プア・タイ党が過半数を制し、タクシン派が2年半振りに政権に復帰。首相にはタクシンの妹のインラックが就任する見通し。プア・タイ党は最低賃金の大幅な引き上げなどを掲げており、次期政権と経済界の摩擦は必至。また、特権階級を中心とする反タクシン派はプア・タイ党の解党裁判などで政権転覆を狙うとみられ、荒れ模様の政局が続く見通し。
07月27日(水)中央選挙管理委員会は、「新たに94人の当選を認定した。」と発表。これで、下院議員は500人中496人が決まり、特別国会(定足数=下院議員定数の95%、475人)を憲法の定める期限内(総選挙投票日から30日以内)に開催することが可能。
また、プア・タイ党から出馬した、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン候補の当選認定が今回も見送られた。これは、昨年の大規模反政府デモに関連した逮捕や拘留によって被選挙権を喪失していた可能性があり、その最終的な判断がまだ下されていないことによる。残りの3人に関しては、2人が31日の補欠選挙(ノンカイ2区とスコータイ3区)で選ばれ、1人が票の再集計(ヤラー2区)で決定されることになっている。
ソットシー中央選管委員によれば、「選管に寄せられた選挙違反の訴えが非常に多く、また、選管は法律で30日以内に当選認定の作業を完了するよう求められていることから、調査・検討が不十分だった事例も少なくない。」このため、当選認定後に選挙違反とされる事例も考えられるが、選管には当選認定を取り消す権限が与えられている。
高架有料道路「ドンムアン・トールウェイ」に絡むドイツ企業とのトラブルを巡って先に「ドイツ当局が独企業に賠償金が支払われていない。」としてワチラロンコン皇太子殿下の専用機を差し押さえた問題で、在タイ、ドイツ大使館がホームページ上で賠償金支払いを求めたことに対し、アピシット首相は、「裁判に決着がついていない段階で、このような要求をするのは不適切。」と、ドイツ政府を批判。
ドイツ政府は、「タイ政府は3600万€(約15億5000万B)を支払うべき。」とのジュネーブの国際仲裁機関の決定に基づいて、タイ政府に賠償を請求している。だが、アピシット首相によれば、タイ政府は、「賠償を命じたニューヨーク地方裁判所の判決に対し控訴の手続きを進めているところで、その結果が出る前にタイ政府に賠償を求めるのは適切とは言えない。」
07月28日(木)米国からの報道によれば、タクシン政権(2001~2006年)で首相副秘書官、副首相顧問、農相顧問などを務めた人物が、2004~2008年にかけ、タイの現地法人を通じて英国酒造メーカー「ディアジア」から、ジョニーウォーカーなどの国内販売促進のため、総額60万US$あまりの賄賂を受け取ったという。2005年05月、タクシン首相(当時)が、ディアジオにとって有利な課税方針を発表したが、これは同人物による根回しの結果と考えられる。米当局によれば、ディアジオが2003~2009年にかけアジア地域全体にばらまいた賄賂は総額270万US$ほどで、これによって1100万US$あまりの増益となった。
プア・タイ党から総選挙に出馬した、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポンの当選がまだ認定されていないことから、UDD幹部のナタウットは、「中央選挙管理委員会の対応に問題がある。」と指摘し、中央選管を訴える構えを示した。チャトポンは、テロ容疑、不敬容疑などで逮捕・拘留されたことで、被選挙権を喪失していた可能性があるとして、中央選管委員5人は3対2で当選認定を見送ることを決めた。だが、ナタウットによれば、「中央選管にはこのような決定を下す権限はなく、憲法裁判所の判断を仰ぐべき。」と訴えている。
なお、ナタウットは、赤服軍団(UDD支持者)に対し、「刑務所前でチャトポンを激励するのはよいが、中央選管には押しかけないでほしい。」と呼びかけた。
経営破綻したドイツの建設会社ウォルターバウに対するタイ政府の賠償金不払いにより、ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン、タイ王太子の専用機(ボーイング737型機)がドイツの裁判所命令で差し押さえられた問題で、22日、駐タイ、ドイツ大使館のホームページに、差し押さえに至った経緯を説明し、タイ政府に賠償金の支払いを求める報道発表が掲載された。タイ外務省はこれに対し、28日、「ドイツ政府がこのような報道発表したことは、不要で不適当で、非常に遺憾である。」、「タイ政府と民間投資家の係争であり、王太子とドイツ政府は無関係。」、「王太子の名誉を守り、迅速に差し押さえ解除を実現する。」といった内容の声明を発表。タイのアピシット首相は27日、「賠償金問題は依然係争中」という認識を示し、ドイツ政府を非難。
ドイツの報道発表によると、ウォルターバウは1980年代に、クルングテープと郊外のドンムアン空港を結ぶ自動車専用道路ドンムアン・トールウェイの建設に携わったが、タイ政府の度重なる契約違反で損失を被った。ウォルターバウの破産管財人は2005年、タイ政府に賠償金の支払いを求める国際仲裁手続きを開始し、2009年、タイ政府に3600万€の支払いを命じる最終判断が下った。しかしタイ政府はその後も支払いに応じず、ドイツ地裁の命令により、王太子専用機が差し押さえられた。報道発表は「問題の早期解決はドイツとその他の外国人投資家のタイへの信頼を回復させ、独タイ関係の発展に前向きなメッセージを送ることになる。」と結ばれていた。
ドイツ紙の報道によると、ドイツ政府は07月03日のタイ下院総選挙でタクシン派が過半数を制したことを受け、タクシンに対する入国禁止処分を15日付で解除した。この報道についてタイ外務省は28日、「ドイツから詳細に関する連絡はまだない。」と述べた。タクシンは2008年にドイツに滞在したが、独政府は2009年に滞在許可を破棄。
07月30日(土)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部チャトポンの当選認定を求めてUDD支持者(赤服軍団)が過激な行動に出る姿勢を見せていることについて、ソットシー中央選管委員は、「我々委員は職務に命をかけており、脅迫には屈しない。だが、我々が傷つけられるようなことがあれば、政治状況の流れが変わり、軍部がクーデターを起こしかねない。」と警告。チャトポンはプア・タイ党から出馬し当選圏内となったが、拘留中で投票できなかったことから、被選挙権欠格事項に該当との指摘がある。
米当局が英国の酒造メーカー、ディアジオがタイなどで賄賂をばらまいたと明らかにした問題で、民主党は、「収賄容疑者はタクシンの側近」との報道を否定したタクシンの法律顧問ノパドン元外相に対し、その人物の実名を明らかにするよう要求。容疑者はタクシン政権下で要職に就いていたとされるが、氏名は明らかにされていない。
なお、ノパドンは29日、容疑者とタクシンのつながりを否定し、捜査に協力する姿勢を示している。
一方、民主党のブラナート広報担当によれば、「ノパドンは容疑者が誰かを知っているはずであり、約束通りに氏名を明らかにして捜査に協力すべき。」と訴えた。
07月31日(日)東北部ノンカイ2区と北部スコータイ3区で総選挙における選挙違反に伴い補欠選挙が実施され、南部ヤラー2区では総選挙の票の再集計が行われたが、いずれの選挙区でも07月03日の総選挙で最多票を獲得していた候補者が選ばれる結果。
ノンカイ2区とスコータイ3区では、それぞれソムキット、プア・タイ党候補、チャクラワン、プームチャイ・タイ党候補が選挙違反のため当選が認められなかったが、「違反は軽微」として補欠選出馬が許可され、再び最多票を獲得。ヤラー2区では、選管の発表で投票者数と票数に食い違いがあったことから、小差で次点となった候補の訴えで再集計が行われたが、アブドゥルカリム民主党候補の獲得票が最多となり、先の結果は覆らなかった。
総選挙の当選認定を巡ってタクシン派が中央選管に圧力をかける姿勢を見せている問題で、アピシット首相は、ソットシー中央選管委員がタクシン派を牽制しようとクーデターの可能性に言及したことに対し、「軍部を困難な立場に追い込むことになる。」と、苦言を呈した。
ソットシー委員は、「タクシン派が実力行使に出れば、軍部にクーデターの口実を与えることになる。」と述べた。これに対して、アピシット首相は、「軍部は選挙とは無関係。ソットシー委員の発言で、軍部は問い合わせへの対応に忙殺されかねない。」との考えを示した。
08月01日(月)選挙管理委員会が先日行われた下院総選挙当選者の95%以上を公認したことを受け、ワチラロンコン王太子の主宰で下院の開会式。数日中に、タクシン派の政党プア・タイ党所属のソムサックが下院議長に、プア・タイ党の比例代表1位でタクシンの妹のインラックが首相に就任する見通。
プア・タイ党は下院選で過半数を制し、タクシン派が約2年半振りに政権に復帰。タクシンと敵対する特権階級はプア・タイ党の解党裁判などで政権転覆を狙うとみられ、荒れ模様の政局が続く見通し。ただ、タクシン派が2001年、2005年、軍事クーデター翌年の2007年、2011年と過去4度の下院選を連続して制したことで、特権階級の影響力低下は明らか。将来を睨み、特権階級の一部がタクシンとの関係修復に動く可能性も。
経営破たんしたドイツの建設会社ウォルターバウに対するタイ政府の賠償金不払いにより、ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン王太子の専用機(ボーイング737型機)がドイツの裁判所命令で差し押さえられた問題で、王太子の事務局は、「差し押さえ解除に必要な保証金2000万€を王太子が自費で立て替える。」と発表。「王太子自身はこの問題に無関係だが、タイ独関係への影響や自身の名誉などを考慮した。」という。
07月22日に駐タイドイツ大使館のホームページに掲載された報道発表によると、ウォルターバウは1980年代に、クルングテープと郊外のドンムアン空港を結ぶ自動車専用道路ドンムアン・トールウェイの建設に携わったが、タイ政府の度重なる契約違反で損失を被った。ウォルターバウの破産管財人は2005年、タイ政府に賠償金の支払いを求める国際仲裁手続きを開始し、2009年、タイ政府に3600万€の支払いを命じる最終判断が下った。しかしタイ政府はその後も支払いに応じず、07月12日、ドイツ地裁の命令により、王太子専用機が差し押さえられた。報道発表は「問題の早期解決はドイツとその他の外国人投資家のタイへの信頼を回復させ、独タイ関係の発展に前向きなメッセージを送ることになる。」と結ばれていた。
王太子機の差し押さえという事態を受け、タイのカシット外相は07月15日にドイツ入りし、ドイツのコルネリア・ピーパー外務省国務大臣と会談したが、ドイツは「司法に介入出来ない。」と説明し、話し合いは平行線を辿った。タイ政府は賠償金の問題について、「依然係争中。」(アピシット首相)という認識を示し、「タイ政府と民間投資家の係争であり、タイ王太子とドイツ政府は無関係」、「ドイツ政府がこのような報道発表をしたことは、不要で不適当で、非常に遺憾である。」(タイ外務省)と強い調子で非難。また、「差し押さえられた機は2007年にタイ空軍が王太子に贈ったもので政府の所有物ではない。」と主張。「王太子の名誉を守り、迅速に差し押さえ解除を実現する。」(タイ外務省)と無条件での返還を要求。
ドイツの地裁は07月20日、保証金2000万€と引き換えに差し押さえを解除する決定を下したが、タイ政府は支払いを拒否。ジュラシン検事総長によると、「王太子はタイの国民感情に懸念を示し、タイ政府に保証金を支払わないよう求めた。」という。差し押さえに関する独裁判所の最終判断は08月中に下る見通し。
一方、この問題で、タクシンの顧問弁護士でカナダ人のロバート・アムスタダムは07月17日、自身のウェブサイトに声明を出し、差し押さえに関与したという噂を否定。アムスタダムは「事実無根の極めてばかげた噂だ。」と述べ、タイの政治を牛耳る反民主主義的な勢力が噂の出元と断じた。
中央選挙管理委員会は、昨年の大規模反政府デモに関連してテロ容疑・不敬容疑などに問われているタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部チャトポン前プア・タイ党議員の当選を発表。中央選管委員5人のうち4人が当選認定に賛成。
チャトポンは、「今年04月10日の発言が不敬容疑に抵触する。」として拘留されたことで、党員資格を喪失。このため、被選挙権欠格事由に該当するとの訴えが選管に出ていた。
08月02日(火)2010年05月19日に起きたセントラルワールド放火事件の裁判が行われているが、サイチョン・ペーブア(29)は、「自分はスケープゴート。警察に自白を強要された。」と訴えた。南クルングテープ刑事裁判所下の留置所にいるサイチョンは、「『逮捕状に記された人物であることを認めないと、軍系列の留置所に連れて行く。』と警官に脅された。そんなところへ行ったら拷問されると思い、警官の指図どおり書類に署名してしまった。」と供述。
08月02日に開かれた裁判では、セントラルワールドの職員が「店舗が放火された時、サイチョンが調理用ガスのタンクを運んでいるのを目撃した。」と証言したが、サイチョンは「店舗には入っていない。その時私はプラトゥーナム界隈からデモ隊の臨時避難所、パトゥムワラナム寺へ向かっていた。」と反論。
なお、サイチョンを逮捕した警官のひとりは、「サイチョンの身柄を王宮前広場で拘束したが、逮捕状の写真の男のほうがサイチョンよりも背が高いことは分かっていた。逮捕状に氏名は書かれていなかった。」と法廷で証言。
特別国会で下院の正副議長が決まったことから、早ければ05日にも首相が指名される見通し。下院議長に選ばれたソムサク、プア・タイ党議員によれば、「国王が正副下院議長の任命を承認した後、首相指名選挙が行われることになるが、すでに05日に指名選挙を実施できるよう調整が進められている。」という。
首相指名選挙では、タクシンの実妹であるプア・タイ党のインラックが第28代首相に選ばれ、タイ初の女性首相誕生となる見通し。
マハワチラロンコン王太子の専用機がドイツ当局に差し押さえられた、ドイツ企業とタイ政府間の賠償問題で、アピシット首相は、王太子に迷惑がかからぬよう、これまで通り交渉や裁判を通じて解決を図る方針。
王太子は先に、ドイツ当局の要求に応えて私財で賠償金を支払い、専用機を取り戻す意向を明らかにした。しかし、アピシット首相によれば、法律専門家チームが03日にもドイツに向かう予定。「王太子を煩わせることになく、08月中に決着をつけることができる。」とのこと。
反タクシン派の市民団体「国土を守る市民ボランティア・ネットワーク」のトゥン代表は、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン前プア・タイ党議員の総選挙当選が認定されたのは法的に問題として、中央選管を相手取って訴訟を起こす考え。同団体は、まず刑事裁判所に提訴する予定で、行政裁判所に訴えることも検討中。
チャトポン容疑者は保釈が認められ、待ち受けていたUDD支持者約500人の前で演説。昨年の大規模反政府デモに関連してテロ容疑などで逮捕されたあと保釈されたが、不敬発言があっとして保釈が取り消され、総選挙前から再び身柄を拘束されていた。
08月03日(水)プア・タイ党関係筋によれば、プア・タイ党の最高実力者、タクシンが、民間人起用などで「クリーン」内閣を作ろうとしていることに反発が高まっている。 これは、東北部出身議員らが、「東北部での議席獲得がプア・タイ党の総選挙勝利につながった。」と主張し、その見返りとして可能なかぎり多くの閣僚ポストを要求しているため。国外逃亡中のタクシンは、「実妹インラックの率いる内閣を見栄えの良いものにしたい。」との意向を示しており、「担当分野に精通した民間人をできるだけ多く閣僚に抜擢するのが望ましい。」との意向。
だが、多くの議員は、〈閣僚ポスト=褒美〉と考えているため、党内に強い反発が起きている。
なお、関係筋によれば、「タクシンの意向もあり、イメージ的な問題を抱える反独裁民主主義同盟(UDD)幹部は、少なくとも第1次インラック内閣に入ることは考えられない。」
民主党関係筋が明らかにしたところによると、08月06日に新しい党首や幹事長を選出する予定だが、幹事長候補のチャルムチャイ議員が、「将来の党首」としてコーン財務相を推す考えを明らかにしたことから、これに反発した議員らが幹事長選をボイコットする構え。一方、党首ポストはアピシットの再選が確実視されている。
幹事長は現職のステープが出馬しない意向を示しており、唯一名のりをあげたチャルムチャイ議員が選ばれる見通しとなっていた。だが、チャルムチャイ議員は、「アピシットの後にコーン財務相が党首に就任できるよう努力する。」などと述べたとされ、コーンの党内のおける影響力拡大を嫌う派閥が、コーン議員の幹事長就任を阻止する動きを見せている。
08月04日(木)総選挙におけるタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン(前プア・タイ党議員)の当選認定に批判意見が出ていることについて、ソムチャイ下院議長は、「中央選管から要請があれば、憲法裁判所の判断を仰ぐ。この問題を長引かせるつもりはない。」と明言。
下院議員選挙については、党員であることが立候補の条件とされている。だが、同容疑者は、プア・タイ党の党員規定に抵触し、また、拘留中で総選挙の投票ができなかったことから被選挙権喪失の疑いがあり、このため、当選認定を違法とする意見が出ている。中央選管は同容疑者の当選を認定したものの、さらなる調査の可能性を示唆しており、その結果次第では、憲法裁の裁定を求めることも考えられる。
08月05日(金)タイ下院議会(定数500)は、プア・タイ党のインラック・チナワット(44)を賛成296票で首第28代首相に選出。インラックは現在国外逃亡中のタクシンの実妹。タイの首相に女性が就くのは初めて。
インラックは政治経験がほとんどなかったが、公職追放処分と汚職で有罪判決を受け国外滞在中のタクシンが07月03日の下院総選挙を前にプア・タイ党の比例代表1位に抜擢。インラックは選挙戦でタクシン譲りのカリスマ性を見せ旋風を巻き起こし、プア・タイ党は総選挙で過半数を獲得、政権与党の民主党を大差で破り、政権に復帰。
タクシン派は2006年に軍事クーデター、2008年には司法判断により、政権を追われたが、2001年以降、選挙では連戦連勝中だ。ただ、特権階級を中心とする反タクシン派は反王室的な色合いが強いタクシン派に対する警戒を緩めておらず、インラック政権発足後も、軍、司法などを通じ、タクシン派潰しに動くとみられる。
一方、プア・タイ党では、閣僚ポストを巡って水面下で活発な根回し、駆け引きが展開。関係筋は、「タクシンは、早期に閣僚人事を決めるよう望んでいる。内閣発足の期限を08月第2週半ばとしている。」と明らかに。これは、閣僚人事が難航すればするほど、無用なしこりが残り、その後の政権運営、党の結束に影響する恐れがあるため。同筋によれば、閣僚人事は06日もしくは07日にまとめ、週明けの08日か09日にも国王に内閣人事の承認を求める見通し。
インラック内閣の経済政策の鍵を握る財務相にはティーラチャイ・タイ証券取引委員会事務局長(59)、反タクシン派の軍との交渉役となる国防相にはユタサク元国防次官(74)が有力視されている。ティーラチャイ氏は英ロンドン大学経済学部卒。タイ中央銀行副総裁を経て、2003年から証取委事務局長。05日付で証取委に辞表を提出。
08月06日(土)】民主党党大会で、アピシット首相(47)を党首に再選。ステープ幹事長(副首相)は退任し、後任には中部での党勢拡大を目指し、中部閥のチャルームチャイ・シーオーン下院議員(46)を選出。また、アピラック元クルングテープ都知事など3人が副党首に選出された。今回の人事は、党役員、所属議員など328人の投票で決められたが、賛成票の割合は、アピシットが96%、アピラックも92.5%とほぼ満場一致。一方、チャルームチャイは、幹事長候補が1人だったにもかかわらず、「アピシットの次はコーン財務相を党首に。」との先の発言が党内の反発を買ったためか72.2%。
民主党は2008年末に当時のタクシン派与党が選挙違反で解党された、いわゆる「司法クーデター」の際に、タクシン派政権に参加していた中小政党、派閥を、特権階級・軍の後押しを受けて抱き込み、政権を発足。しかし、07月03日の下院(定数500)総選挙ではタクシン派政党が過半数を制し、民主党は2007年の前回下院(定数480)選の165を下回る159議席と惨敗。アピシットは敗戦の責任を取り、選挙翌日に党首辞任を発表。しかし、党の重鎮らもアピシットを推す考えを明らかにしていたことから、党大会ではアピシット1人が推薦を受け、党幹部330人の96%の支持を受け、再選。民主党はアピシット体制で4年後の政権交代を目指すが、先行きは厳しい。南部の地盤は磐石で、クルングテープでも優勢を保っているが、選挙の鍵を握る東北部、北部ではタクシン派に全く歯が立たない。反タクシン派特権階級の後押しを受けているという党のイメージから、特権階級への反発を強める東北部、北部で支持を広げる可能性は低く、政権奪回にはタクシン派の失政・分裂、もしくは2006年の軍事クーデター、2008年の「司法クーデター」のようなウルトラCが必要。
08月07日(日)タクシン派政党プア・タイ党は、「05日に下院で首相指名を受けたインラック・チナワット(44)が08日にプミポン国王の承認を受け正式に首相に就任する。」と発表。インラックの首相就任については、アピシット首相(47)が06日、「国王による承認が私のときも首相指名と同じ日ではなかった。」と、プア・タイ党に対し、「誤解を招くような噂を流さないよう支持者に言うべきだ。」と話した。
プア・タイ党のプロムポン報道担当は、「プア・タイ党が09日にも承認を受けるために閣僚名簿を提出する。」との見通し。「すでにプア・タイ党の要請を受け、内閣官房が閣僚候補のチェックを始めている。」という。プロムポンによれば、「新政権は体裁が整った状態で12日の王妃陛下誕生日を祝わなければならないため、それまでに内閣を発足させる必要がある。」とのこと。
なお、関係筋によれば、「閣僚人事はほぼ纏まっているものの、ぎりぎりの段階で変更される可能性もあることから、未だに水面下で活発な駆け引き・根回しが繰り広げられている。」
08月08日(月)プア・タイ党が「クルングテープを洪水から守るため」との理由でクルングテープ都バンクンティエン区で4万8000haに及ぶ海の埋め立てを行うとの選挙公約を掲げていたが、スクムパン都知事(民主党所属)は、都知事の権限を使ってこれを阻止する考えを明らかに。「埋め立てには1000億B以上が必要とみられるが、これほど巨額の予算を投じずに効果的な洪水対策を実施することは可能。」という。
このほか、スクムパン都知事は、1日当たり最低賃金を300B、大卒者の初任給を1万5000Bに引き上げるとのプア・タイ党の選挙公約にも反対する意向も明らかに。
都庁の年間予算は現在600億Bあまり。都庁は人件費を予算全体の40%までとしているが、すでに39%に達している。最低賃金と初任給が引き上げられれば、都庁が深刻な財政難に陥るのは必至。
アピシット民主党党首(前首相)は、プリアオパン警察大将を警察庁長官に据えるため、ウィチアン現長官が更迭されるとの見方があることについて、「警察のトップとしてしっかり職務を遂行してきた。彼を外すというなら、それなりの理由がなければならない。」と述べ、長官の交代に反対する考えを明らかに。プリアオパンは、タクシンの元妻ポチャマンの兄。
なお、インラック首相(プア・タイ党)は、「政府職員の人事についてはまだなにも考えていない。」と述べ、「今のところ警察庁長官交代の計画はない。」としている。
18時過ぎ総選挙で大勝したプア・タイ党の比例選名簿1位インラック・チナワット下院議員(44)が、05日の議会の議決による指名に伴い、国王により第28代首相に任命。国王が首相就任を承認した旨は、プア・タイ党本部でパイトゥン下院官房事務局長からインラックに伝えられた。女性がタイの首相に就任するのは初めて。インラク氏は政治経験がほとんどなく、兄で国外逃亡中のタクシン・チナワット(62)がリモートコントロールで国政を操る見通し。
インラックは任命を受けた後、クルングテープ都内のプア・タイ党本部で記者会見を開き、「王室に対し繰り返し忠誠を誓い、タクシン派と反タクシン派に分断された国民の和解に努める。」と強調。今年12月のプミポン国王の84歳の誕生日に言及した際には、「80回目の誕生日」と言い間違えたが、落ち着いて言い直した。閣僚名簿は一両日中に国王に提出する予定。
インラックは9人兄弟の末っ子で、チエンマイ大学政治・行政学部卒。米ケンタッキー州立大学で経営学修士号を取得後、兄のタクシンが創業したタイ携帯電話サービス最大手アドバンスド・インフォ・サービス(AIS)、チナワット財閥の不動産会社SCアセットなどの経営幹部を務めた。事実婚で子供が1人いる。過去数年、タクシン派政党の議員候補の応援演説をこなしてきたが、これまで国会議員になったことも、行政に携わった経験もない。しかし、2008年に汚職で有罪判決を受け国外逃亡中のタクシンはインラックを「自分のクローン」と呼び、07月03日の下院総選挙を前に、プア・タイ党の比例代表1位に抜擢。インラックは選挙戦でタクシン譲りのカリスマ性を見せ旋風を巻き起こし、プア・タイ党は総選挙で過半数を獲得、政権与党の民主党を大差で破り、政権に復帰。
タイでは過去数年、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の政治抗争が続いている。タクシン派は2001年、2005年、2007年、2011年と総選挙で4連勝中だが、2006年には軍事クーデター、2008年には「司法クーデター」と呼ばれた裁判所によるタクシン派与党解党で政権を失った。また、タクシン派政権当時の2008年には反タクシン派の市民が首相府や2空港を占拠。反タクシン派政権の2010年にはタクシン派が都心部を長期占拠し、治安部隊との衝突で91人が死亡、1400人以上が負傷。
08月09日(火)朝08日に就任したインラック新首相は、クルングテープ都内のプア・タイ党本部でユー・オイ駐タイ・カンボジア大使と会談。大使は首相就任を祝うカンボジアのフン・セン首相とホー・ナムホン副首相兼外相からの書簡をインラック首相に手渡し、国境紛争で険悪化した両国の関係改善に意欲を示した。一方のインラック首相は就任後初の外国の要人との公式会談にカンボジア大使を選んだことで、カンボジアに誠意を見せた格好。首相と大使はともに女性で、会談は和やかな雰囲気の中、行われた。
フン・セン首相は2008年末に発足した反タクシン派のタイ・アピシット政権と激しく対立。国境未画定地域をめぐり武力衝突を繰り返し、今年02月、04月には交戦により双方の兵士、住民ら30人近くが死亡。インラック首相の兄のタクシンはフン・セン首相と関係が良好で、両国関係は改善に向かうと期待されている。
インラック首相は09日、カンボジアのほか、インドネシア、アルゼンチン、ブラジル、ペルー、メキシコ、チリ、パナマの大使と会談。
経営破綻したドイツの建設会社ウォルターバウに対するタイ政府の賠償金不払いにより、ミュンヘン空港に駐機していたワチラロンコン・タイ王太子の専用機(ボーイング737型機)がドイツの裁判所命令で差し押さえられた問題で、アピシット前首相は、「賠償金の全額(利子、裁判費用を含む)に当たる3800万€をタイ国営クルンタイ銀行が「保証金」として支払い、王太子機の差し押さえが解除された。」と述べた。チャワノン前外相秘書官によれば、タイ政府が要求通りに3800万€(約16億B)を支払うことを約束したとのこと。賠償が済めば、専用機差し押さえの法的根拠が消失する。「賠償金に関する裁判は今後も続ける。」としているが、タイでは政権交代があったばかりで、先行きは不透明。
駐タイ、ドイツ大使館のウェブサイトに掲載された報道発表によると、ウォルターバウは1980年代に、クルングテープと郊外のドンムアン空港を結ぶ自動車専用道路ドンムアン・トールウェイの建設・運営に携わったが、タイ政府の度重なる契約違反で損失を被った。ウォルターバウの破産管財人は2005年、タイ政府に賠償金の支払いを求める国際仲裁手続きを開始し、2009年、タイ政府に3600万€の支払いを命じる最終判断が下った。しかしタイ政府は支払いに応じず、07月12日、ドイツの裁判所命令で、王太子機が差し押さえられた。
タイ政府は「差し押さえられた機はタイ空軍が王太子にプレゼントしたもので政府の所有物ではない。」と主張し、独裁判所が設定した差し押さえ解除の保証金2000万€の支払いを拒否。しかし、王太子が保証金を自費で支払う考えを示したため、今回の決着に至った。
タクシン(62)の妹のインラック(44)を首班とする新内閣の閣僚名簿がプミポン国王の承認を受け、インラック内閣が正式に誕生。新内閣は以下の通り。
首相インラック・チナワット。
副首相は5人。副首相プア・タイ党所属のベテラン政治家で法相、内相などを歴任したチャルーム・ユーバムルン(63)、副首相プア・タイ党枠の非議員で元警察長官のコーウィット・ワッタナー(64)、副首相兼内務相タクシン派政権与党プア・タイ党党首で元内務次官のヨンユット・ウィチャイディット(69)、副首相兼商務相はプア・タイ党枠の非議員で元タイ証券取引所(SET)所長のキティラット・ナ・ラノーン、副首相兼観光・スポーツ相は連立与党チャートタイ・パッタナー党党首のチュムポン・シラパアーチャー(71)。
首相府相はスラウィット・コンソムブーン、同クリッサナー・シーハラック、反タクシン派の軍との交渉役となる国防相は元国防次官のユッタサック・サシプラパー(74)、財務相はプア・タイ党枠の非議員で前タイ証券取引委員会事務局長のティラチャイ・プワナートナラーヌバーン(59)、副財務相ブンソン・テーリヤーピロム、同ウィルット・テーチャパイブーン、工業相は元医師で下院議員を5期務めたワンナラット・チャーヌクン(62)、外務相はプア・タイ党の北部閥幹部でタクシンに近いスラポン・トーウィチャックチャイクン(58)、社会開発・人間の安全保障相サンティ・プロムパット、農業・協同組合相ティラ・ウォンサムット、副農業・協同組合相ポンサック・チャルーンプラサート、運輸相は士官候補生学校でタクシンと同期だった元空軍司令官補スカムポン・スワンナタット(60)、副運輸相チャット・クンディロック、同キッティサック・ハッヤソンクロ、天然資源・環境相プリーチャー・レンソムブーンスック、情報通信技術相は元ジェット戦闘機パイロットで空軍大佐のアヌディット・ナーコンタッブ(46)、エネルギー相は実業家のピチャイ・ナリップタパン(49)、副商務相プーム・サーラポン、同シリワット・カチョーンプラサート、副内務相シューシャート・ハーンサワット、同ターニット・ティアントーン、法務相プラチャー・プロムノーク、労働相パダームチャイ・サソムサッブ、文化相スクモン・クンプルーム、科学技術相プロートプラソッブ・スラッサワディ、教育相ウォーラワット・ウアアピンヤクン、副教育相ブンルーン・シータレート、同スラポン・ウンアムポーンウィライ、保健相ウィッタヤー・ブロンシリ、副保健相トーポン・チャイヤサーン。
詳細は☞ http://www.newsclip.be/news/2011814_031754.html
新閣僚は10日17時30分から、国王が入院中のシリラート病院で執り行われる就任宣誓式に臨む。
一方、インラック首相は、「仕事のできる内閣」を目指すと述べていたが、一部の人選には関係者から疑問の声もあがっている。「外相に決まったスラポン、プア・タイ党副党首に関しては、下院外交委員会の委員長を務めたことはあるものの、外交手腕は未知数で、元外交官などを差し置いて選ばれたことに外務省幹部らは当惑している。」という。天然資源環境相を務めることになったプリチャー、プア・タイ党議員についても、環境問題などに関わったことがなく、適材適所とは言い難い。
08月10日(水)午後プミポン国王(83)は、インラック首相と就任宣誓式に臨んだ新閣僚36人に対し、「正直に職務に務め、国民のお手本となって欲しい。」、「世界には問題が山積しているが、タイを平穏で楽しく暮らせる国にして欲しい。」、「国民が平穏に暮らし続けられるよう職務を忠実に遂行してほしい。」と伝えた。宣誓式は国王が入院しているシリラート病院のチャルムプラキアット館14階のホールで執り行われた。また、国王は新閣僚を前に、「宣誓通りに職務を全うすれば、これが国家の発展、国民の幸福につながる。」と述べた。国王は体調を崩して2009年09月19日からシリラート病院に入院。今年05月には過剰な脳脊髄液を除去する手術を受けた。
就任宣誓式をもってインラック政権が正式に発足した。法律規定により15日以内に議会で所信表明演説を行う。
カンボジアとの領有権争いが拗れたままとなっているが、ユタサク国防相は、「インラック首相とカンボジアのフン・セン首相が会談すれば、問題解決に向けた2国間協議を再開することができる。」との見通しを示した。インラック首相も「近隣国との関係改善が必要。」としており、近い将来に首相会談が実現すると見られている。
フン・セン首相はタクシンと親交があり、インラック首相とも仲が良いとされている。
関係筋によれば、「これまでカンボジアが歩み寄りを見せなかったのは、アピシット政権が反タクシン派だったため。カンボジアにはインラック政権に対して強硬姿勢を取る理由はない。」とのこと。
海軍は、13日の防空沿岸警備隊の設立記念日を前に、タイ東部チョンブリー県サタヒープの海軍基地で閲兵式。「13日が土曜日なため、10日に実施した。」と主張。
10日にはクルングテープでタクシン派新政権の閣僚就任宣誓式が行われた。タクシン政権が2006年の軍事クーデターで追放されて以来、反王室的な要素を含むタクシン派と王党派が幹部を占める軍は関係が悪く、今回の閲兵式も軍がタクシン派に警告したと取られかねない。
タイ憲法裁判所のチャット長官が10日付で辞任。チャットと憲法裁は理由を明らかにしていないが、タクシン派新政権の発足との関連を指摘する声もある。
憲法裁はタクシン派と反タクシン派の抗争が激化した2006年以降、タクシン派の政党を選挙違反で2度解党し、同派の首相2人を失職させた。一方、反タクシン派の民主党が裏口献金や政党交付金の使途違反で訴えられた裁判では、昨年11月と12月に、「公訴手続きにミスがあった。」として2件とも棄却し、「司法のダブルスタンダード(二重基準)。」として批判を浴びた。民主党の解党裁判を前にした昨年10月には、チャット長官の秘書のパシットと民主党国会議員が密談するビデオや、憲法裁判事とみられる男性2人とパシットが憲法裁職員の不正採用を隠す方法を話し合う内容のビデオが動画投稿サイトのユーチューブに投稿され、パシットは同月、解雇された。不正採用疑惑などに関する調査は行われず、当時の反タクシン派アピシット政権はこうしたビデオのタイからの閲覧を遮断。憲法裁の中立性への疑念が強まる中、タクシン派は今年07月の下院総選挙で過半数を制し、2008年末の同派政権与党の解党以来ほぼ2年半ぶりに政権に復帰。チャットが辞表を出した10日に新政権が発足。
08月11日(木)経済界からは、経済に精通した人々がインラック政権の経済閣僚に起用されたことを歓迎する声が出ているが、「これら経済通が協調して経済政策を実行に移せるか疑問。」といった意見も一部で出ている。タイ商工会議所のドゥシット会頭は、「経済閣僚はそれぞれ経験と実績があり、有能であることはわかる。しかし、さまざまな経済政策をバランスを取りながら実施できるかどうかは別の話で、3~6ケ月後に政策が軌道に乗っているかを見極める必要がある。」と指摘。また、タイ工業連盟のタニット副会長によれば、キティラット商業相は、証券取引のエキスパートだが、インフレ問題などにうまく対処できるかどうかは不明。
東京電力は、「東北関東日本大震災の影響で電力不足に陥ったことで、タイ発電公社(EGAT)より無償貸与された2台のガスタービンが運転を開始した。」と発表。「1997年より電気事業分野における交流覚書を締結しているEGATと当社との協力関係を踏まえ、同社より無償で貸与されたものとし、川崎火力発電所構内および、大井火力発電所構内に設置した。」
インラック政権下でカンボジアとの関係が一挙に改善する可能性が高いとされることについて、副外相を務めたことのあるスクムパン都知事(民主党所属)は、「国民が注目している。タイの国益を最優先に関係改善を進める必要がある。」と述べ、「国益と引き換えに両国の政権が利益を得ることがあってはならない。」との考えを示した。
関係筋によれば、反タクシン派は、「カンボジアのフン・セン首相がタクシンを支持する理由は、タクシン派の政治家らが国益より私利私欲を優先させる都合のよい相手であるため。」と見ており、スクムパン都知事の発言もこのような認識に基づいたものとみられる。
また、総選挙で民主党が敗れた原因について、スクムパン都知事は、「党幹部の考え方、発言のしかたがエリート的で、庶民と意思の疎通がうまくできていない。一般市民が何を考えているかよく理解できていない。」と指摘。
スラポン新外相は、駐タイ日本大使と会談し、この中で国外逃亡中のタクシンの日本入国を許可するよう求めた。タクシンは22~28日にかけ日本を訪れ、宮城県内の被災地を訪れるとともに、講義を行う意向と伝えられている。
日本の入国管理法では、懲役・禁固1年以上の有罪が確定した外国人の入国は原則禁止となっているが、例外規定もあり、スラポン外相はこの例外規定の適用を求めたものという。タクシンは在任中の職権乱用で禁固2年の有罪が確定。
08月14日(日)外務省情報局のターニー局長は、タクシンが22~28日に日本を訪問することを明らかに。東日本大震災の被災地を訪れるほか、講演を行う予定。国外逃亡中のタクシンは複数の外国政府から発給された旅券を所持しているが、ターニーは、「いつ、そして、どのような旅券を使って日本を入国する予定かはわからない。」としている。
一方、スラポン外相は、「タクシンが日本に入国できることになって嬉しい。入国許可は、日本当局が慎重に検討した結果だ。」と述べた。
タクシンは国外滞在中の2008年、首相在任中に当時の妻が競売で国有地を取得したことで汚職の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。反タクシン派アピシット政権(2008~2011年)下でパスポートも取り上げられ、現在はモンテネグロなどのパスポートを使用。日本の入管法では原則として入国が認められないが、07月のタイ総選挙でタクシン派政党が勝利し、タクシンの妹のインラックが首相に就任したことから、日タイ関係を考慮した日本政府が入国を特別に許可する模様。
タイの首相は就任後、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国を訪問し、その後、日本や支那を訪れるのが慣例。タイの「影の首相」であるタクシンの早期訪日はインラック政権と日本の関係構築にプラスに働く見通しだが、タイ国内の反タクシン派からは「タイと同じ立憲君主制の日本が(反タイ王室のイメージがある)タクシンの入国を認めるのは心外。」といった反発。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が、インラック首相に対し、昨年の大規模反政府デモに関連して死亡した92人の遺族に対し、それぞれ1000万Bの賠償金を支払うよう求めている。UDD幹部のチャトポン、プア・タイ党議員によれば、「賠償をしっかり行うことが国民和解の実現にプラスであり、インラック首相も賠償に前向きな姿勢を見せている。」という。また、UDDの要求では、賠償は総額9億2000万バーツにのぼることになるが、チャトポンは、「前政権が兵士や警察官に付与した賠償金などは合計60億Bであり、これに比べれば多いとは言えない。」としている。
08月15日(月)枝野官房長官は、タイ政府の要請を受け、ドバイに滞在中のタイのタクシンに対し、在ドバイ総領事から査証(ビザ)を発給したことを認めた。タクシンは汚職で懲役2年の実刑判決を受け国外逃亡中で、日本の入管法では原則として入国が認められないが、「政府の公式な要請に基づいて対応するのは二国間関係として当然。」として、特別に入国を許可。
タイでは07月の下院総選挙でタクシン派政党が過半数を制し、タクシンの妹のインラックが首相に就任。
タクシンへの査証発給について、退陣したばかりのタイのアピシット前首相は、「査証を発給するしないは日本次第だが、タクシンは逃亡者であり、タイの当局者が(査証発給に)関与したとしたら問題だ。」と述べ、インラック政権を牽制。
タクシンの法律顧問、ノパドン元外相によれば、タクシンは日本政府が入国を許可したことを受け、08月22日から日本を訪問する予定。23日には東京の日本外国人特派員協会(FCCJ)で「タイにおける民主主義」について会見したあと、日本・中国・ASEAN経済文化研究会でビジネスマンらを前に講演。24日に多摩大学で地震と津波について講演した後、25~26日、東日本大震災の被災地を訪れることになっている。ノパドンによれば、タクシンはモンテネグロ発給の旅券で日本に入国する見通し。
タイ東部サケーウ県の有力一族、ティエントーン家が07月03日の下院総選挙後、県知事、県選管幹部らとともに日本を訪れたとする怪文書が出回り、選挙委員会が捜査に乗り出す見通し。ティエントーン家は下院選にタクシン派のプア・タイ党から出馬し、ベテラン政治家のサノ元内相ら一族の5人が当選。この怪文書によると、スラウォン・ティエントーン議員らティエントーン家の5人は07月30日発の便で日本に向かったが、同じ便にサケーウ県のサーニット知事夫妻、副知事、同県選管委員長、県内の複数の郡長らサケーウ県の関係者16人が搭乗していた。サーニット知事は、日本に行ったことを認めたが、個人的な視察のためと主張。ティエントーン家が選挙支援の見返りに県知事らを「慰安旅行」に連れて行ったという見方を否定。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン、プア・タイ党議員らが昨年の大規模反政府デモの際に死亡した人々の遺族に対し犠牲者1人につき1000万Bの賠償金を支払うよう求めていることについて、ユタサク国防相は、「国民和解につなげたいのなら、政府は赤服(UDD関係者)だけでなく、黄服(反タクシン団体、民主主義市民連合(PAD)関係者)や兵士・警察官の遺族にも同様に賠償する必要がある。」と明言。
昨年04月~05月にかけての大規模デモでは民間人81人、治安要員11人の計92人が死亡。現政権はタクシン派であることから、「UDD関係者だけに手厚い賠償が行われる。」との見方も出ている。だが、ユタサク国防相は、「政府は、特定グループを優遇するのでなく、国家全体のためになることをすべき。」としている。
なお、大規模デモは「タクシンが黒幕」との見方もあり、最大野党の民主党からは、「UDDは政府でなく(税金で賠償するのでなく)、タクシンに賠償を求めるべき。」といった皮肉も出ている。
08月16日(火)タイ東北部ウドンタニー県の裁判所は、昨年05月に同県庁を焼き打ちにするなどして逮捕されたタクシン支持派の市民22人の保釈を認めた。今年07月の下院総選挙でウドンタニー県から出馬し当選したタクシン派政党プア・タイ党の下院議員9人が保証人となり、1人100万Bの保釈保証金を積んだ。
タクシン派の弁護士によると、今回の保釈を受け、昨年から拘留されているタクシン派の容疑者は約110人。タイ字紙ポストトゥデイなどが報じた。
スラポン外相がタクシンの入国を許可するよう日本側に求めたことについて、最大野党・民主党のアピシット党首(前首相)は、「有罪が確定していながら国外逃亡を続け刑に服しようとしないタクシンのために政府が特別の配慮を払うことは間違っている。」として、外相を告発する考えを明らかに。
タクシンは在任中に妻ポチャマン(当時)の国有地購入において職権を乱用としたとして2008年に禁固2年の有罪が確定。
アピシット党首は、「インラック政権は、判決に基づき法に従ってタクシンを帰国、服役させることを求められている。」と訴えた。民主党では現在、法律専門家が外相などへの法的措置を検討している。
タイが世界遺産条約から脱退するとのタイ世界遺産委員会の決定について、閣議でスラポン外相に見直しが指示。タイ世界遺産委員会は先に、タイ・カンボジア国境の世界遺産カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)などに関するカンボジアの提案へのユネスコ世界遺産委員会の対応を不満として、世界遺産条約から脱退すると表明。アピシット前政権は次の政権に判断を委ねていた。
スラポン外相は関係当局と協議し、その結果を次回の閣議に報告する予定で、これに基づき新政府が脱退するか否かを決めることになる。脱退表明の背景にあったのは、カンボジア政府と反タクシン派アピシット政権の対立であり、親カンボジアのタクシン派インラック政権が脱退を是認する可能性は低い。
08月17日(水)タクシンが19~21日にカンボジアを訪れ、同国のフン・セン首相らと会談。タクシンの妹のインラック首相が17日、認めた。タクシンはタイとカンボジアの国境紛争やタイ湾の天然ガス田開発についてフン・セン首相と話し合うと見られる。タイ・カンボジア関係はタイの反タクシン派前政権下で悪化したが、フン・セン首相と旧知の仲であるタクシン氏が事実上復権したことで、急速に回復する見通し。
「タクシンは国外逃亡中の犯罪人であるにもかかわらず、インラック政権にタクシンの名誉を回復するような動きが見られる。」として、最大野党・民主党のアピシット党首(前首相)は、「政府は国益を最優先する必要がある。」と警告。タクシン寄りの姿勢を改めるよう求めた。
また、タクシンがカンボジアを訪れ、タイ湾でのタイとカンボジアの石油・ガス共同開発について話し合うと報じられているが、これについても、アピシット党首は、「利害が衝突する(国益が損なわれる)ようなことがあってはならない。」と釘を刺した。
アピシット党首によれば、「石油・ガス開発に関しては、関係する政治家や企業の利益が優先されるとの見方が出ており、タイの保有する資産が私利私欲のために切り売りされる恐れがある。」とのこと。
なお、インラック首相は、タクシンのカンボジア訪問について、「個人的な旅行」と述べ、タクシンがタイ政府を代表してカンボジアと交渉するとの見方を否定。
タイ中央銀行は、クルングテープ都内ラチャダピセーク通り沿いの更地5.3haを競売にかけ、地場ディベロッパーのスパーライが18.2億Bで落札。スパーライはマンション、ショッピングモールなどを建設する計画。
落札された土地は1997年のアジア通貨危機後に差し押さえられたもので、2003年に1回目の競売が行われ、タクシン首相(当時)の妻のポチャマンはタクシン政権下の2003年に中銀の金融機関開発基金の競売で約5.3haの土地を7億2200万Bで取得。だが、これにタクシン首相(当時)の職権乱用があったとして、競売は無効とされ、タクシンは2008年に禁固2年の実刑判決を受けた。土地は2010年に裁判所命令でポチャマンからタイ中銀に返却された。タクシンは判決前に出国し、以来、タイに帰国していない。
08月18日(木)民主党は、日本政府からタクシンの訪日許可を得るため支援したのは憲法違反に当たるとして、スラポン外務相の辞任を求め、党内議員など下院議員125人の署名集めを開始。民主党は22日にも罷免請求を下院議員125人以上の署名とともに、タイ国家汚職防止委員会に訴え調査されることになる。
民主党ニピットは、「汚職防止法違反で実刑判決が確定している犯罪者のタクシンを、外相が日本政府に働きかけることは外相の権限を行使した公務であり、『閣僚は議会で政策綱領を発表したあとに公務を始める。』との憲法176条に違反する。」と語っている。
民主党は、タクシンの日本訪問に関連して、外相がタクシンの身柄拘束・本国送還・収監に向けた手続きを怠ったとして、外相を警察に訴える手続きを取った。
ニピットは、「タクシンは禁固2年の有罪が確定した犯罪人であり、タクシンが日本を訪問することがわかっているなら、外相はタクシンの身柄を拘束して帰国させ刑に服させるべく関係当局と調整しなければならない。」と訴えている。
在タイ日本大使館では、タクシンの東日本大震災被災地訪問に反対するグループが同大使館前で抗議行動を予定しているとして、在タイ日本人の来館予定者に注意を喚起。
日本大使館によれば、タクシンの訪日に反対するタイ人グループが19日(金)(時間未定)に日本大使館前に集合し、タクシンに査証(ビザ)を発給した日本政府に対する抗議行動を行うべくフェースブック上で賛同者を募っている。現時点で、抗議行動の内容・規模(人数)などは判明していないが、抗議行動賛同者の数が多くなれば、交通混乱などが予想されるとして、19日に来館を予定している者は、周辺状況に十分注意を払うよう警告。
タクシンに日本政府が査証(ビザ)を発給したことに対し、タイ国内の反タクシン派が反発を強めている。18日には反タクシン派の市民団体メンバー数十人が在タイ日本大使館前に集まり、査証発給に抗議する書簡を大使館職員に手渡した。このグループは同日午後、タイ情報通信技術省を訪れ、タイ王室を批判するウェブサイトの取り締まり強化を求めた。
一方、07月の下院総選挙で政権をタクシン派に明け渡した野党民主党は、犯罪者であるタクシンへの査証発給を日本政府に働きかけたとして、スラポン外相を警察に告発。スラポン外相は就任翌日の11日、小島誠二駐タイ大使と会談し、タクシンへのビザ発給を要請。
こうした動きについて、タイ政界筋は「各国が入国を許可したという既成事実を積み上げ、帰国へ繋げる狙いがある。」と分析。一方、アピシット前首相は「タクシンは逃亡者であり、タイ当局がビサ発給に関与したのであれば問題だ。」と批判。
タクシンは汚職で懲役2年の実刑判決を受け国外逃亡中で、日本の入管法では原則として入国が認められないが、日本政府は「タイ政府から要請があった。」(枝野官房長官)として、特別に入国を許可した。タクシンは22~28日に日本を訪問し、東日本大震災の被災地を訪れるほか、講演を行う予定。
インラック政権は、国民和解を最優先課題のひとつにあげているが、外相などは早くもタクシン寄りの動きを見せており、今後の閣僚の言動しだいでは反タクシン派が政府批判を強め、抗議行動を展開することも予測されている。
タクシンの法律顧問のノパドン元外相は、タクシンが19~21日にカンボジアを訪れるという報道を否定。タクシンと電話で話し、カンボジアを訪れる予定がないことを確認したという。
キティラット副首相兼商業相は、1日当たり最低賃金を一律300Bとする政策は、強制力を持たない指導などに止める考えを明らかに。この賃上げは、政権党プア・タイ党が政権公約として掲げていたもの。
だが、経済界を中心に、企業経営が成り立たなくなるといった強い批判意見が出ており、政府も見直しの姿勢を見せざるを得なくなった。
08月19日(金)15時頃タクシン派団体の反独裁民主主義同盟(UDD)の一部がラーチャプラソン交差点で集会を開始。今回の集会は前政権によるデモ隊の強制排除事件から15ケ月を記念したものだとし、午後12時までに解散する予定。これに対し首都圏警察は約300人を動員し、警備。
インラック首相は、政府庁舎内のプレスセンターを訪れた際、「マスコミの質問に毎日答える必要はないと思う。大きな問題や事件が起きないかぎり、質問に答えるのは週2回で良いだろう。」と述べた。「担当閣僚が毎日具体的な説明をしており、首相が頻繁に質問に答える必要はない。」とのこと。
なお、インラックは、外相がタクシン寄りの言動を見せていることなどから、タクシンについて質問攻めにあっており、関係筋は、「報道陣を遠ざけたいのが本音。」
タクシンの日本入国が例外的に認められたことで、民主党が「スラポン外相に憲法違反があった。」と主張している問題で、プア・タイ党のプロムポン報道担当は、「入国許可は日本当局の判断によるもの。スラポン外相はまったく無関係。」と述べ、民主党幹部らに法的措置を取る考えを明らかに。
「国外逃亡中の犯罪人であるタクシンの日本入国については、スラポン外相が先に在タイ日本大使を通じて日本に要請したことから、許可された。」と報じられている。これに基づいて、民主党は外相の責任を追及しようとしているが、プロムポンは、「民主党の主張は虚偽であり、根拠がない。」としている。
08月21日(日)インラック首相は、「プレム枢密院議長の誕生日に議長に直接会って祝意を伝えたい。」と述べた。26日に92歳になる同議長(元首相、元陸軍司令官)は、反タクシンで知られており、タクシン派からは、2006年の軍事クーデターの黒幕と非難されている。しかし、軍部などには依然として強い影響力があり、インラック首相も「議長と敵対していると見られるのは得策でない。」と考えているようだ。なお、議長に近い筋によれば、「インラックが訪ねてくれば会う可能性はある。」という。
08月22日(月)08月23日と24日の両日、政府が議会で政策綱領を発表し、今後これに関する質疑応答が予定されているが、与党院内総務は、政策綱領発表について協議し、野党議員がタクシンに関する問題を取り上げるのを禁止するよう国会議長に要請することで意見が一致。与党の筆頭院内総務代行のウィタヤ保健相によれば、「タクシンの件は政策綱領とは関係がなく、野党議員は質疑の中でタクシンに言及すべきではない。」という。
関係筋によれば、スラポン外相が就任早々に日本にタクシンの入国許可を要請したとされることから、反タクシン派の最大野党・民主党などが批判を始めている。
政府首脳らは、この問題によって「タクシンの方を向いた政権」とのイメージが強まるのを避けたいと考えているようで、このため、「タクシン関連発言の禁止」を要請したもの。
スラポン外相が、タクシンの日本入国を日本に要請した事実はなく、この件で批判を受けて名誉を傷つけられたとして、都内パヤタイ署で最大野党・民主党のアピシット党首ら4人を告訴する手続きを取った。報道では、外相は駐タイ日本大使を通じて入国許可を要請したとされる。また、日本政府も「タイ政府の要請で元首相の入国を特例として許可した。」と発表。
これについて、アピシット党首は、「外相が入国許可要請に関与していないというのなら、日本政府の発表は虚偽ということになる。なぜ外相は日本に抗議しないのか。」と反論。
午後タクシンが自家用機で羽田空港に来日。タクシンは記者団に対し「日本に来ることができてとても嬉しい。滞在中はいくつか講演を行い、震災の被災地を視察する。」と述べた。東日本大震災の復興支援が主な目的で、宮城県の被災地を訪問する予定。汚職事件で実刑判決を受けたタクシンは日本の入管難民法では懲役または禁固1年以上の判決を受けた外国人の入国は入国禁止対象者に該当するが、タクシン自ら「わたしのクローン」と呼ぶインラック新政権の要請を受け、日本政府は、特別に入国を許可した。来日は2008年08月以来、約3年ぶり。
タイ情勢に詳しい東南アジア研究所(ISEAS、シンガポール)のパビン・チャチャバルポンプンは、来日についてタクシンが、自分こそ「事実上の首相」だと世界に示す狙いがあると見る。ただ、タクシンの「行動は速すぎる」ため、タイ国内の「エリート層と軍部の反撃に遭うだろう。」と、分析。チュラロンコーン大学のティティナン・ポングスディラック(政治学)は、「タクシンが表舞台に舞い戻ろうと急ぐのは挑発的であり、もし妹にチャンスを与えたいと思っているなら賢明なやり方ではない。」と指摘。パヤップ大学のポール・チャンバースは、「タクシンの訪日をインラックが進んで支援したと見える点が、野党の政府批判の格好の材料になっている。」と言う。
タクシンは2006年の軍事クーデターで失脚後、汚職防止法違反罪で禁錮2年の判決が確定。しかし服役を拒み、アラブ首長国連邦のドバイを拠点に事実上の逃亡生活。タクシンは28日まで滞在。東京で講演や与野党議員、経済界関係者らと会う。
08月23日(火)今月08日に就任したインラック首相の施政方針演説が国会で行われた。国会議事堂の周りにはタクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の支持者約100人が集まり、タクシンの妹であるインラックに声援を送った。支持者はタクシン派のトレードマークである赤服で、中の1人はインラックの仇名「プー(蟹)」にちなんで蟹のコスチュームで登場。
国会前にはタクシン派のほか、動物愛護団体のメンバー約10人が姿を見せ、犬肉の食用を法律で禁止するよう訴えた。
インラック首相が議会で施政方針演説を行ったのを受け、最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は、「政治不信を払拭するためにも政府は国民に約束した政策を誠実に実行する必要がある。」と指摘。「政治家は『約束を守らない。』と国民から批判されている。国民が政府を信用しなくなれば、民主主義も揺らぐことになる。」と述べた。
インラック政権は、施政方針演説の中で現行憲法の改正などを最優先課題としていることを明らかに。
改憲は1997年憲法を手本に進められる予定で、まず291条を改正するという。同条の改正で暫定憲法下での軍事暫定政権の施政などを正当化している309条を削除することが可能になる。だが、この改正により、タクシンが汚職の罪に問われたことが無効とされ、免罪となる可能性があることから、早くも「タクシンを助けることが狙い。」といった批判が出ている。
なお、2006年09月にクーデターでタクシン政権を倒した軍部は、1997年憲法(1997年に制定)を廃止し、暫定憲法を制定。間もなく軍事暫定政権のもとで現行の2007年憲法が制定された。1997年憲法は、当初は「非常に民主的」と高い評価を受けていたが、2大政党制を念頭に置いた制度改正などがタイ・ラック・タイ党による「議会制独裁」を招いたなどと批判を浴びるようになった。このため、軍部はクーデター後に直ちに1997年憲法を廃止。一方、1997年憲法の復活を望んでいるタクシン派は、「2007年憲法にはタクシン派つぶしの仕掛けが組み込まれている。」などと批判しており、インラック政権は1997年憲法を手本に2007年憲法を改正することにしたもの。
中央選挙管理委員会は、野党プームチャイ・タイ党副党首のブンチョン議員の公民権5年停止を最高裁判所に求めることを決めた。これは、昨年12月12日にナコンラチャーシーマ県で実施された下院補欠選挙に立候補していた同議員が、投票日前に宴会を開いて有権者をもてなし、公職選挙法に抵触したというもの。プームチャイ・タイ党は、前政権で民主党に次ぐ議員数を有していた中堅政党。
08月24日(水)株譲渡に絡む脱税の罪で禁固3年の有罪判決を受けていたタクシンの元夫人であるポチャマン・ナ・ポンペットに対し、タイ高等裁判所は「納税の義務はなく脱税もなかった。」として無罪。
ポチャマンは1997年、タクシンが創業したタイ通信大手シンの株式7.4億B相当を「結婚祝い」としてバナポットに無償譲渡。国税局は当時、「贈り物なので納税の必要はない。」という判断を下したが、2006年のクーデターでタクシン政権を追放した軍部が再調査を実施し、2007年に検察が脱税として起訴。2008年の1審判決では、「意図的で悪質な脱税」として、ポチャマンとバナポットに懲役3年、ポチャマンの個人秘書のカーンチャナパー・ホーンフーンに懲役2年の実刑判決が下り、3人が控訴していた。控訴裁はポチャマンとカーンチャナパーについては証拠不十分で無罪とし、バナポットに関しては犯罪歴がなく多額の寄付をしているなどの理由で執行猶予付に減刑。
ポチャマンは政争の様々な局面で冷静かつ大胆な強心臓ぶりを見せ、一部にはタクシンを上回るやり手という評価もある。2審判決には3人の子供とともに出廷し、判決後も、いつものように冷静さを崩さなかった。タクシンとポチャマンは2008年に離婚したが、政敵の注意をポチャマンから逸らし、一族の資産を守るための措置という見方が強い。
クルングテープ都庁がオーストリア企業から割高な消防車・消防艇を購入せざるを得なくなった問題で、最高裁判所は、「アピラック元都知事(民主党副党首)らにも責任がある。」とする国家汚職制圧委員会(NACC)の訴えを受理。
購入契約は2004年、サマック都知事(当時)が任期満了直前に承認。しかし、その後、タイ製の車両・船舶を外国で改造し輸入することが判明。後任のアピラック都知事(当時)は、「内務省などに掛け合ったが、突っぱねられ、結局購入に必要な信用状を発行することになった。」と説明。
検察は昨年、アピラックなどを不起訴処分としたが、NACCがこれを不服として起訴に踏み切った。なお、通常は、NACCが送検し、検察が起訴という手続きがとられるが、NACCも起訴権を有しており、単独で起訴することも可能。
施政方針演説2日目、野党陣営からは「美辞麗句ばかり」など厳しい批判が続出。最大野党の民主党のサティット議員は、「施政方針には、貧しい人々のことが触れられていない。プア・タイ党は選挙公約を守っていない。」などと指摘。これに対して、プア・タイ党幹部は、「これから具体的な準備に入る。」などと反論。
また、政府がタクシンへの言及を禁止するよう求めていたことから、ソムサック下院議長が民主党議員らの発言を制限しようとし、これが野党の強い反発を招くという一幕もあった。
なお、インラック首相が議場にいたのは午前09時半までの15分あまり。野党の質疑・批判には、プア・タイ党幹部のチャルーム副首相が首相の代わりに対応。
昨年05月にタイ東北部ウボンラチャタニー県でタクシン支持派が暴動を起こし、県庁が放火で全焼した事件の判決公判が、ウボンラチャタニー県裁判所であり、被告21人のうち12人に懲役8ケ月から34年の実刑判決。9人は証拠不十分で無罪。
タクシン派は昨年04、05月、反タクシン派アピシット政権の退陣を求めクルングテープ都心部を占拠し、治安部隊との衝突で、デモ参加者、兵士、ロイター通信カメラマンの村本博之ら91人が死亡、1400人以上が負傷し、都内のショッピングセンター、銀行などビル数棟が放火され炎上。これに呼応し、タクシン派が優勢な東北部、北部の都市で暴動が起きた。
08月25日(木)ユタサック国防相(元国防省次官)とプラユット陸軍司令官ら軍・警察の幹部は、タイ国王の諮問機関である枢密院の議長、プレーム・ティンスラーノン(元首相、元陸軍司令官)のクルングテープ都内の私邸を訪ね、翌26日に91歳となるプレーム議長に祝辞を述べた。プレーム議長は例年、私邸をメディアにも公開して祝賀を受けるが、今年は軍・警察の幹部だけを招き入れた。公開された写真によると、議長はユタサック国防相の祝辞を受けた際に拳を軽く握り、強い視線を国防相に向けていた。ユタサック国防相はプレーム邸訪問後、議長から「国王夫妻と王室の守護に全力を尽くせとだけ言われた。」と述べた。
プレーム議長はプミポン国王の代理人的な立場で、政財官界に極めて強い影響力を持つ。誕生日前日には毎年、現役の軍・警察の最高幹部が祝賀に訪れることから、「軍の最終的な人事権はプレーム議長が握っている。」という見方がある。反タクシン派の前政権では年末年始やタイ正月に、当時のアピシット首相が閣僚を連れプレーム邸を訪れ、祝賀の挨拶を行っていた。タイでは今年07月の下院総選挙でタクシン派が過半数を制し政権に復帰した。タクシン派の多くはプレーム議長を反タクシン派の黒幕と見做し、一方の議長は反王室的な要素を含むタクシン派に対し警戒感を隠さず、両者は鋭く対立している。
08月23日の施政方針演説で、野党ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首が違法カジノの存在、および娯楽施設のトイレで半ば公然と違法薬物が売買されていることを暴露したのを受け、警察当局は、事実関係解明のため、職務怠慢があったとされるクルングテープ都内の警察署長など警察幹部6人を30日間、閑職に異動する措置。
チューウィット党首は下院会議場で、大勢の客でごった返すカジノの様子や、娯楽施設のトイレで違法薬物売買を隠し撮りした映像を示し、違法行為が罷り通っていることを指摘。違法カジノは公然の秘密とも言えるものだが、チューウィット党首は、「警察幹部所有のカジノもある。」と指摘。また、政府汚職対策委員会(PACC)のアムポン事務局長もこれを「事実」としている。
23日から25日にかけて発表されたプア・タイ党政権の施政方針に対して、野党は「選挙公約違反」などと厳しい批判を浴びせたが、インラック首相は、「国民に選ばれた政府が国民に不誠実であるはずがない。われわれは約束を実行する。」と明言し、3日間に及んだ施政方針演説を締めくくった。施政方針演説および質疑応答は、当初23日と24日の2日間の予定だったが、時間が足りず1日延長された。
最大野党の民主党は、「スラポン外相に憲法違反があった。」として、その罷免を求める文書を同党議員130人の署名を添えて上院議長に提出。憲法規定により、罷免請求には下院議員125人以上の署名が必要とされている。
民主党は、「憲法167条には、『閣僚は、宣誓式、施政方針演説終了後に公務を始める。』と規定されている。しかし、スラポン外相はそれ以前に、外相の権限を行使し、犯罪人であるタクシンの日本入国を許可するよう日本側に要請した。」と訴えている。
上院は30日以内に、署名を確認し、問題がなければ国家汚職制圧委員会(NACC)に捜査を要請。この捜査でクロと判断された場合には、罷免に向けた法的手続きが取られることになる。
08月28日(日)タイ政府広報局によると、22日から日本に滞在していたタクシン(62)が訪問を終え、出国。マカオ経由で自宅があるドバイに向かう予定。タクシンの訪日はタイのタクシン派新政権の日本重視の姿勢をアピールする狙いがあったとみられるが、タイ国内では様々な波紋を呼んだ。
タクシンは2006年の軍事クーデターで失脚、国外滞在中の2008年に汚職で懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。日本の入管法では原則として入国が認められないが、タイのタクシン派新政権から要請を受けた日本政府がタクシンの入国を特別に許可した。
タクシンは日本滞在中、東日本大震災の被災地を視察し、義援金を贈ったほか、村井嘉浩宮城県知事らと会談。また、東京で自見庄三郎金融・郵政担当相や与野党の国会議員らと会談。
反タクシン派の前政権はタクシンを犯罪者として各国政府に身柄引き渡しを要求したが、タイと同じ東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国のブルネイ、カンボジアなどがタクシンの入国を認めるなど、なかなか協力を得られなかった。こうした中、タクシン派は今年07月の下院総選挙で過半数を制し政権に復帰、タクシンの妹のインラック(44)が首相、遠縁のスラポンが外相に就任し、タクシンは実質的な政権の最高実力者に返り咲いた。
タイの首相は就任後、ASEAN諸国を訪問し、その後、日本や支那を訪れるのが慣例。タクシンはクーデター後のタクシンに対する日本の対応に強い不満を抱いていたとされるが、新政権発足直後に「影の首相」であるタクシンが日本を訪れたことで、インラック政権と日本の関係構築に前向きなシグナルを送った格好。
一方、タイ国内の反タクシン派はタクシンの訪日に強く反発。18日には反タクシンの王党派市民団体メンバー数十人がクルングテープの在タイ日本大使館前に集まり、タクシンに対する査証(ビザ)発給に抗議。ビザ発給をめぐっては、枝野官房長官が「タイ政府の要請を受けた。」と述べた一方、インラック首相は日本政府への働きかけを否定。スラポン外相は「日本に要請した。」と述べた後、前言を翻し、反タクシン派が多いタイのメディア関係者の間では、嘘を言っているのは日本かタイかと話題になった。前政権与党のタイ民主党は「ビザを出す出さないは日本の権利。」と対日関係に配慮しつつ、犯罪者であるタクシンに対するビザ発給を日本政府に働きかけたとして、スラポン外相の弾劾手続きを開始。
施政方針演説の国会討論の中で野党ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首が違法カジノの存在などを暴露した問題で、警察庁が設置した調査委員会は、「都内スティサン区にカジノがあったのは事実と考えられるものの、今はもう存在しない。」と説明。チューウィット党首はカジノ内部の隠し撮りとされる動画を見せて、警察の怠慢を批判したが、警察当局は当初、「賭博場はない。」と主張。しかし、「その直後にギャンブル用のテーブルやマシンが運び去られた。」との見方が支配的。なお、違法カジノは国内各地にあるとされ、クルングテープだけでも相当数に上ると見られている。
政権党のプア・タイ党の広報担当プロムポンは、「タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部らの政治任用職への起用が30日に閣議で検討される。」と発表。UDD関係者はすでに10人が政治任用職に就任しており、さらなる起用で政府への批判がいっそう強まることは必至。
最大野党・民主党のワロン議員は、「プア・タイ党は、総選挙での働きに対し、褒美としてUDD関係者を政治任用職に就けようとしている。このような起用は適切とは言い難い。」と批判。このほか、私立シーパトゥム大学政治観測センターのソムチャイ所長も、「UDD関係者を多く起用することは、プア・タイ党にとってマイナス。能力や実績に基づかないものであり、党は信頼を失いかねない。インラック首相には見直しを求めたい。」と述べた。
08月29日(月)最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は、政治関連犯の免罪が憲法改正の目的との疑いがあることから、政府に対し、施政方針演説で示した約束通りに改憲を進めるようあらためて要求。
先に憲法291条の改正を提案した政権党のプア・タイ党は、改憲プロセスを改善することだけが目的と説明。しかし、この改正により、2006年09月の軍事クーデター後に樹立した軍事暫定政権下の捜査なども無効となるため、複数の有識者からは、タクシン元首相らの免罪が目的との見方が出ている。このため、アピシット党首は、「民主党は、憲法改正と改憲プロセスを詳しくチェックしてゆく。」としている。なお、改憲については、世論調査などでも、「国民生活にかかわるものではない。政府は先にやるべきことがほかにあるはず。」といった否定的な意見が多数を占める。
チューウィット、ラック・プラテート・タイ党党首が違法カジノの存在などを暴露したことを受け、政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、「クルングテープ都内の違法カジノ42ケ所を摘発・閉鎖する。」と明言。
チャルーム副首相は、「警察には任せておけない。」との姿勢を示し、プリアオパン警察大将を警察長官に据えるべく、ウィチアン現長官に引責辞任を迫ったものとの見方が出ている。プリアオパンはタクシンの元夫人であるポチャマンの弟。
だが、関係筋によれば、違法カジノ撲滅を宣言したあと、チャルーム副首相はインラック首相と会って警察長官などの入れ替えを進言したものの、「政府はすでにいくつもの問題に直面している。しばらくは波風を立てないでほしい。」と断られた。
08月30日(火)タイのインラック首相は、野田新首相に祝電を送り、「出来るだけ早い機会に会談したい。」という意向を伝えた。また、日タイ関係は非常に緊密、友好的、かつ強固だとして、東南アジア諸国連合(ASEAN)の統合、メコン川流域の開発などで日本に協力を求めた。
タイでは07月の下院総選挙でタクシン派が過半数を制して政権を奪還し、タクシンの妹のインラックが首相に就任。タイの首相は就任後、ASEAN諸国を訪問し、その後、日本を訪れることが多いが、支那の影響も強まっていることから、インラック首相のASEAN以外の初の訪問先が注目される。タクシンは2006年の軍事クーデターで失脚、国外滞在中の2008年に汚職で懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。日本の入管法では原則として入国が認められないが、タクシンとタイ新政権の要請を受けた日本が特別に入国を許可し、08月22~28日に日本を訪問した。タクシンの訪日はインラック政権の日本重視の姿勢をアピールする狙い。タイ国内では波紋を呼び、反タクシン派市民が在タイ日本大使館前で小規模な抗議集会を開いたほか、「犯罪者であるタクシンに対するビザ発給を日本政府に働きかけた。」として、野党が外相の弾劾手続きを開始した。
閣議で、新たにタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部7人を大臣顧問などに起用することを決定。関係筋によれば、「『UDDは過激。』とのイメージがあることから、インラック政権はUDD関係者を閣僚に起用しなかったが、これにUDDから不満が続出したことで、幹部を政治任用職に採用することにした。」という。ティティマ政府報道官は、「UDDを政治システムに参加させることで、UDDは街頭デモをする必要がなくなる。草の根レベルの意見を汲み上げることも可能になる。」と説明。
警察を管轄する立場にあるチャルーム副首相は、「ウィチアン警察長官は就任してほぼ1年になるが、国内のいたるところに違法カジノが存在する。適材適所を実現すべく7日以内に警察を手直ししなければならない。」と述べ、他の省庁に異動になる公算が強まっている。タクシン派の新政権は都内に数十ケ所存在するとされる違法賭博場について、警察幹部の関与の調査に乗り出しており、ウィチアン長官は監督責任を問われる見通し。
警察トップの入れ替えにインラック首相は慎重な姿勢を見せていると報じられていたが、チャルーム副首相は、「カジノ問題がウィチアン長官のせいとは言わない。だが、誰かが責任をとらなければならない。」と、長官交代は不可避としている。
一方、「長官更迭は、タクシンの元夫人であるポチャマンの弟、プリアオパン副警察長官を長官に昇進させることが狙い。」との見方も強く、最大野党の主党のアピシット党首は、「警察人事を政治的に利用することがあってはならない。政権交代に連動して、長官を交代させることがあってはならない。」と述べた。
都内のテレビ局「チャンネル7」の前に集まった赤服姿の約20人が、インラック首相とのインタビューで同局の女性リポーターに不適切な発言があったとして、局側に抗議書に提出。
同リポーターは先に、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバー、赤服軍団に嫌がらせを受けたと警察に被害届を提出しており、これが抗議理由になった。赤服軍団は「クビにするよう求めたものではない。」としており、局側も「今のところリポーターを解雇する理由は見当たらない。」との見解を示した。
なお、UDD本部は、同グループの抗議について、「一部のメンバーの勝手な行動。UDDは関知していない。」としている。
08月31日(水)政権与党プア・タイ党が07月の下院選で選挙公約に掲げた最低賃金の1日300Bへの引き上げ(現行水準からの上げ幅36~89%)について、パドームチャイ労相はクルングテープ都、サムットプラカン県、サムットサコン県、パトゥムタニー県、ナコンパトム県、ノンタブリー県(現行の最低賃金215B)と南部プーケット(同221B)の7都県で来年01月から実施する方針。
最低賃金は物価などを考慮して都県別に設定されており、政権党のプア・タイ党は先の総選挙で「全国同時に一律300Bに引き上げる。」と公約していたが、経済界からは「企業の負担が大きすぎる。」と反発。労働省の賃上げ案は、09月半ばに賃金3者委員会で検討される予定。同案はまだ最終的なものでなく、10月に具体的内容が決められ、賃上げ実施は来年01月01日となる見通し。労働側はあくまで77都県全てでの実施を求め、政府を公約違反で追求する構え。政府は最低賃金引き上げについて様々な観測気球を打ち上げており、実際にどういった形で実施を図るのかは依然不透明。
タイの警察長官は過去数年、タクシン派と反タクシン派の政争で度々、更迭・左遷されてきた。ウィチアン長官もこうした政争に巻き込まれた形。ウィチアン長官は者会見で、政治圧力に強い不満を示したが、次官級ポストを提示された場合、異動に応じる考えを示唆。
関係筋によると、ウィチアン警察庁長官が辞任に同意した。観光スポーツ事務次官に就任する見通し。政権党のプア・タイ党は、違法カジノ問題の発覚に伴い、長官に辞任を迫っていたもので、これに屈した形。
同筋は、「タクシン派のプア・タイ党は以前から、タクシンの元妻ポチャマンの兄、プリアオパン副長官を長官に据えることを計画していた。総選挙の直後にウィチアン長官に事務次官ポストを提示して辞任を促したが、長官は首を縦に振らなかった。だが、違法カジノ問題で警察の責任が問われ、長官は圧力を突っぱねきれなくなったようだ。」と指摘。
タイとラオスを繋ぐタイ・ラオス友好橋からラオスに入ろうとした赤服軍団が、ラオスの入国管理当局に入国を拒否された。一行はタクシン支持団体、反独裁民主戦線(UDD)」の東北部ウドンタニー支部の責任者率いる約500人で、バス10台に分乗して観光目的でラオスに入ろうとしたものだが、全員が赤服姿だったことから、ラオスがトラブルを恐れて入国を許可しなかった。このため、急遽さまざまな色のTシャツを調達して着替えさせて、ようやく入国できた。
09月01日(木)警察を監督する立場にあるチャルーム副首相は、ウィチアエン警察庁長官が辞任の意向を固めたことを明らかに。
これで、タクシンの元夫人であるポチャマンの実兄プリアオパン副長官が数日中に長官に就任することが確実。タクシンは2008年11月にポチャマンと離婚したが、これは資産を守るための便宜上の離婚であり、ポチャマンやその親族は今もタクシンと太い繋がりがある。
インラック首相(タクシンの実妹)は、「タクシンの繋がりでなく、仕事ができるかどうかに注目してもらいたい。」と述べているが、批判が出るのは必至の状況。
ウィチアン長官は国家治安委員会(NSC)事務局長に就任する予定で、チャルーム副首相はその理由について、「ウィチアンの得意分野は企画であり、犯罪制圧はプリアオパンの方が適役。」としている。
前政権下でステープ副首相(当時)がカンボジアとタイ湾の大陸棚の石油・ガス開発について密談したとされる問題で、ティティマ政府報道官は、インラック首相が外務相に対し、事実関係を調査するよう指示したことを明らかに。
この「密談」は、カンボジア国家エネルギー機構が先に暴露したもの。それによると、同機構を監督する立場にある「ソク・アン副首相とステープが香港で会って密談をした。」という。しかし、ステープ民主党議員は、「カンボジアの求めに 応じてソク・アン副首相に会った。だが、密談した事実はない。」としている。しかし、会談の内容は明らかにしていない。
インラック首相によれば、「不適切な密談があったとしたら、タイ・カンボジア関係に悪影響を及ぼしかねない。このため、何が話し合われたかをはっきりさせる必要がある。」
09月02日(金)タウィン国家治安委員会(NSC)事務局長は、ウィチアン警察長官の辞任に伴い、首相府の閑職への異動が内定したことに強い不満を示した。
チャルーム副首相はかねてより「前政権の治安対策(タクシン派対策)に深く関与したタウィン事務局長とはいっしょに仕事ができない。」と述べていたが、今回の人事は、タクシンの元夫人であるポチャマンの兄、プリアオパン警察副長官を長官に昇格させるため、ウィアン長官に辞任を強要。さらに、その後、もっともらしい名目を付けて、同長官をNSC事務局長ポストに据えることで、厄介者のタウィン事務局長を排除することにしたとの見方が支配的。
一方、チャルーム副首相が「前政権で要職に起用された者を排除することは考えていない。人事は適材適所で行う。」と述べていたことを取り上げ、最大野党の民主党のアピシット党首は、「仕事ぶりに問題があるというなら、詳しく説明せよ。」と述べ、タウィン事務局長の異動を強く批判。
09月04日(日)最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は、インラック政権が「アピシット政権が予算を使い切ったため、洪水被災者の救済に必要な資金が不足している。」と批判していることに対し、あらためて「国家予算は十分に残っているはず。」と反論。また、民主党幹部のコーン前財務相は、キティラット副首相が「前政権が残した国庫金の不足を補うため借り入れが必要。」と述べたことに対し、「国庫金は民主党政権が誕生した2008年12月の582億Bから総選挙前には3010億Bにまで増加した。国庫金に不足が生ずるのは、現政権が来年度予算を1100億Bほど増額する方針だからだ。」と述べ、民主党への責任転嫁との見方を示した。
09月05日(月)タイ上院は、放送・電気通信事業の許認可権を持ち、放送・電気通信分野の研究開発、産業界育成支援などを行うタイ国家放送通信委員会(NBTC)の委員11人を選出。任期は6年。
NBTCの前身は1997年憲法で設立が定められたが、利権争いと政局の混乱で委員の選出が遅れ、過去10年以上、ほとんど機能しなかった。NBTCの委員が選出されたことで、第3世代携帯電話(3G)の事業権入札など懸案が前進すると期待される。一方、選出された委員のうち5人は軍・警察の高官で、タイの放送・通信事業への軍の利権、影響力は維持される見通し。
上院で放送・通信行政を監督する機関「国家放送通信委員会(NBTC)」の委員11人が選出されたが、軍人が5人含まれることから、上院議員の選考基準を疑問視する声が上がっている。NBTCは、放送行政と通信行政を別個に監督していた国家放送委員会(NBC)と国家通信委員会(NTC)が法改正により統合された機関。放送・通信事業にかかわる重要な決定を下す役目を担っており、委員職は非常に大きな利権のかかわるポストとなっている。
市民メディア開発研究所のウアチット会長によれば、「委員は放送・通信分野で経験・知識を持つ者とされているが、多くの委員はこの条件を満たしていない。」という。
また、ある上院議員は、「北部・東北部で影響力を持つ、タイ・ラック・タイ党(2007年に解党処分)の元役員ら(公民権停止中)が、自分たちとかかわりのある3人を委員にしようと根回しを行っていた。上院議員らは、資格に問題のあるこれら3人に票を入れている。多くの上院議員の多くは国益を二の次に考えているようだ」と話している。
タクシンの恩赦請求は法的に不可能との意見が出ていることに対し、政権党のプア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、「刑事訴訟法をよく読んだほうがよい。刑に服していない者でも恩赦を請求できる。」と反論。
法律専門家によれば、恩赦を請求できるのは、刑に服している者に限られ、国外逃亡中に有罪が確定したタクシンは刑に服すのを拒否しており、恩赦請求の権利はない。だが、チャルーム副首相はこれを、「個人的な見解に過ぎない。」としている。
09月06日(火)タイ政府は閣議で、国家安全保障会議(NSC)事務局長のタウィンを首相府相顧問に異動する人事を決めた。これは、ウィチアン警察庁長官をNSC事務局長に任命するための措置で、この人事は閣議では取り上げられず、現在、同ポストは空席となっている。
政府は閣議で、タクシン政権下(2001~2006年)で政府宝籤庁(GLO)長官を務めたスラシットをGLO審議官に、また、タクシンの長男パーントーンテーと長女ピントーンターへの課税に公然と反対したベンチャ財務副事務次官を物品税局局長に任命。
スラシットは約2500人が殺害された同政権の薬物一掃キャンペーンで警察官僚として中心的な役割を果たしたほか、同政権下の新宝籤導入に絡んで起訴されたことがある。2009年には警察を辞めて海外でビジネスをしていたが、先の総選挙でプア・タイ党が勝利したことから帰国していた。
一方、ベンチャは、タクシン政権下、国税局で昇進を重ね、国税局局長か財務事務次官への昇格が確実視されていたが、2006年09月の軍事クーデターで状況が一変。その後、タクシン政権の不正などを暴くため設置された資産調査委員会が、タクシンの長男パーントーンテーと長女ピントーンターの株式売却に課税すべきとの判断を示した時は、「納税の必要はない。」と主張。
09月07日(水)朝タウィンは、記者会見を開き、「警察長官人事に関連した不公正な玉突き人事だ。」として、公務員委員会の資格任用制保護部会に訴える考えを示した。同部会は、専門能力の優劣に基づいて公務員の採用・異動が適正に行われているかをチェックする部門。
08月に発足したタクシン派のインラック政権はウィチアン警察長官を異動し、後任にタクシンの元妻ポチャマンの義兄のプリアオパン警察副長官を充てる考えを示していた。ウィチアン長官が異動先に次官級のポストを要求したことから、安全保障会議事務局長のポストを空けたと見られている。
タウィンは、「インラック首相も認めているように、私には能力不足も落ち度もない。」と主張。今週中にも資格任用制保護部会に提訴する考えという。
タイ外務省によると、インラック首相は10日にブルネイを訪問し、恒例となっている首相就任後の東南アジア諸国連合(ASEAN)歴訪を開始する。12日にインドネシア、15日には午前中にカンボジア、午後にラオスを訪れる予定。
タイの首相は民族、文化、言語が近いラオスを就任後初の訪問先にすることが多いが、インラック政権は原則アルファベット順とし、日程の調整がつかない場合は変更する方針。
「インラックの兄で現政権の実権を握るタクシンは国外滞在中の2008年にタイ国内で汚職で懲役2年の有罪判決を受け、以来、タイに帰国していない。タイの反タクシン派前政権は各国にタクシンの入国拒否や逮捕・送還を要請したが、ブルネイやカンボジアはタクシンの入国を認めていた。インラック首相はこうした経緯からブルネイを初の訪問先に選んだのではないか。」という見方もある。インドネシアは現在のASEAN議長国で、タイとカンボジアの国境紛争で調停役を務めた。
国家放送通信委員会(NBTC)の委員11人が上院で選出され、長年に渡り設置が待ち望まれていた放送・通信行政監督機関がようやく活動を開始する見通しとなっていたが、チャルーム副首相は、「委員選出に問題がある。」として、国王の承認を延期し、法務省特別捜査局(DSI)が捜査を行うべきとの考えを明らかに。一方、タリットDSI局長も、「委員選出では透明性の欠如など7つの規定違反が疑われる。」と指摘。。捜査には6ケ月かかる見通しで、第3世代携帯電話(3G)の事業権入札などがさらに遅れる恐れが出てきた。
 NBTCは放送・電気通信事業の許認可権を持ち、放送・電気通信分野の研究開発、産業界育成支援などを行う。上院が05日に委員11人を選出したが、軍・警察出身者が6人を占め、軍による放送支配が続くとして、一部から批判が出ていた。NBTCの委員に軍出身者が多いことについて、プラユット陸軍司令官は、「国家のためで、軍のためではない。」と反論。
なお、承認請求の延期については、「首相の権限の範囲内」との指摘もあるが、「上院での委員選出を受け、首相は速やかに承認を求めなければならず、これを遅らせた場合、委員らは首相を訴えることができる。」とする意見も出ている。
タクシンへの恩赦適用を検討する委員会が設置されたことが、07日までに明らかになった。委員会設置はプラチャ法相の指示によるもので、ラムカムヘン大学のウティサク准教授が委員長、チュムポン元最高裁判事、トントン教育評議会事務局長などが委員を務める。
恩赦については、「禁固2年の有罪が確定した元首相は、刑に服すのを拒んでおり、恩赦を求める権利がない。」といった指摘があり、これも委員会で検討されることになる。一方、反タクシン派が恩赦に強く反発することは避けられないことから、与党のチャートタイ・パッタナー党幹部のサナン議員は、「国民の対立を煽りかねない。」との懸念を表明。
09月08日(木)チャルーム副首相は、「『不正義』を放置しておくことはできない。」として、「タクシンの免罪、潔白の身での帰国を実現するため努力する必要がある。」と改めて強調。
タクシン派は、「2006年09月の軍事クーデターによるタクシン政権打倒に伴い、反タクシン派がタクシン派に無実の罪を負わせた。その汚名を雪ぐ必要がある。」と主張しており、チャルーム副首相の発言もこれに沿ったもの。タクシンは職権乱用で禁固2年の有罪が確定しているが、これについても、タクシン派は、「無実の罪」と言い張っている。
なお、チャルーム副首相は、タクシンの名誉回復について、「タクシンや実妹のインラック首相の要請によるものではない。」とも述べている。
一方、関係筋によれば、チャルーム副首相がタクシンの恩赦請求に関連して頻繁に発言していることに対し、プア・タイ党の経済戦略検討チームからは、「徒に批判を招くもので迷惑。」といった声も出ている。
国家治安委員会(NSC)事務局長を解任されたタウィンが「不当な人事」と反発している問題で、チャルーム副首相は、「民主党政権でもタクシン派の政府高官が異動になった。」と述べ、政権交代に伴う政治的な人事は当然との考えを明らかに。チャルーム副首相によれば、民主党政権も「何も悪いことをしていない者を排除しており、民主党はこれを忘れるべきではない。」。とはいうものの、タクシン派のプア・タイ党は政権の座に就くとすぐに次々に親タクシンの役人を要職に起用しており、これに対しては「あまりに露骨」との声も出ている。
「国家放送通信委員会(NBTC)の委員選出に規定違反があった。」として法務省特別捜査局(DSI)が捜査に乗り出すことを決めたことを受け、政府が国王の承認を延期するとしている問題で、最大野党・民主党幹部のサティット議員は、「委員リストの提出を遅らせれば、インラック首相が訴えられる可能性がある。」と警告。
議員によれば、「首相が承認を得るのを遅らせることができるのは、委員選出の全体的なプロセスに問題があった場合に限られるが、今回はこの事例には当たらないため、DSIの捜査を理由に委員リスト提出を延期することはできない。」という。
09月10日(土)インラック首相は、恒例となっている首相就任後の東南アジア諸国連合(ASEAN)歴訪の第1弾として、ブルネイを訪問、ボルキア国王と会談、国王主催の晩餐会に出席し、深夜にタイに帰国。
インラック首相は帰国後、「兄のタクシンが同時期にブルネイを訪れた。」という一部報道を否定。
一方、タクシンの法律顧問であるノパドン元外相は、タクシンがカンボジアから招待を受け、09月第3週にカンボジアを訪れる可能性があることを明らかに。インラック首相は15日にカンボジアを訪問する予定。
タクシン派団体、反独裁民主義同盟(UDD)のタイ下院議員らも23、24日にカンボジアを訪問し、プノンペンでカンボジア政府関係者とサッカーの親善試合を行う予定。タイとカンボジアは反タクシン派のタイ前政権下で武力衝突を繰り返し、関係が険悪化したが、カンボジアのフン・セン首相と個人的に親しいタクシンがタイ政権の最高実力者に返り咲いたことで、雪解けが進むと見られている。
タクシンは国外滞在中の2008年にタイ国内で汚職で懲役2年の有罪判決を受け、以来、タイに帰国していない。タイの前政権は各国にタクシンの入国拒否や逮捕・送還を要請したが、ブルネイやカンボジアはタクシンの入国を認めていた。
1日当たり最低賃金を全国当時に一律300Bに引き上げるという政権党プア・タイ党の選挙公約に批判が出ていることに対し、キティラット副首相兼商業相は、「政府としては公約を実現したい。だが、民間企業すべてに賃上げを強制することはできない。」と発言。
最低賃金は物価などを考慮して都県別に設定されている。これを一挙に300Bに引き上げることに対しては、特に中小企業から「やっていけない。」といった声があがっている。
キティラット副首相は、「準備のできている大企業には賃上げを奨励する。だが、できない企業には無理強いしない。」と述べた。
なお、最低賃金の引き上げについては、現在も政府部内で検討が続けられており、最終的な案はまだまとまっていない。
09月11日(日)タクシンの恩赦請求に最大野党の民主党が法律違反との見方を示していることに対し、政権党のプア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、「違法と思うなら、不信任決議案を提出すれば良い。」と述べ、恩赦請求は合法との考えを改めて主張。
恩赦請求では、タクシンが刑に服していないことが争点となっているが、これについては、法律専門家の間でも意見が割れている。
チャルーム副首相によれば、「総選挙でプア・タイ党に投票した1500万人がタクシンの免罪を望んでいる。」。
09月12日(月)タクシン派の政権与党プア・タイ党によると、タクシンは16~24日にカンボジアを訪問。滞在中に旧知の仲であるフン・セン首相とゴルフを楽しんだり、講演を行ったりする模様。
15日にはタクシンの妹のインラック首相が、23、24日にはプア・タイ党の下院議員、タクシン派団体の反独裁民主義同盟(UDD)のメンバーらがカンボジアを訪れる予定で、タイの反タクシン派前政権下で冷え込んだ両国関係は急速に改善する見通し。
一方、インラク首相は、首相就任後の東南アジア諸国連合(ASEAN)歴訪の2ケ国目として、インドネシアを訪問し、ユドヨノ大統領と会談。
与党首脳と野党間でタクシンの恩赦請求を巡る論争が起きていることに対し、インラック首相(タクシンの実妹)は、「恩赦に政府は関与しない。」と述べ、恩赦問題に距離を置く姿勢を明らかに。
政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相が恩赦請求を擁護する発言を繰り返していることに一部から批判が出ていることから、政府批判がエスカレートするのを避けようとした模様。また、「タクシン一族はタクシンの恩赦請求に賛成か。」との質問に対し、インラック首相は、「一族は支持するか否かをはっきりさせるだろう。だが、私は首相。特定個人でなく国民全体のことを考えるのが首相。」と返答し、恩赦請求を明確に支持する考えのないことを示した。
放送・通信行政を一元的に監督する機関、国家放送通信委員会(NBTC)の委員11人の中から軍出身のタレート空軍大将が委員長に選出された。
委員は5人までが軍出身者だが、副委員長2人も陸軍大佐が選ばれ、軍が放送通信業界の利権を保持し、放送内容を管理する体制が明確になった形。
関係筋によれば、「委員長は委員の互選で決められたが、委員長候補に名が上がっていたのはタレート1人だけだった。」という。また、委員選出について、「軍が複数のテレビ局を所有していることから、放送行政への発言権を確保するため軍出身者がNBTCに送り込まれた。」との批判も出ている。タレートもこれを承知しており、委員長就任が決まった後、「軍が幅をきかせているとのイメージを払拭したい。」と述べた。
NBTCは放送・電気通信事業の許認可権を持ち、放送・電気通信分野の研究開発、産業界育成支援などを行う。上院が05日に委員11人を選出したが、軍・警察出身者が6人を占めたことから、「軍による放送支配が続く。」として、一部から批判が出ていた。タイの上院は軍事政権下の2007年に導入された現行憲法で約半数が任命制となり、保守派、反タクシン派の牙城となっている。タクシン派の現政権は、「NBTCの委員選出過程に不正があった疑いがある。」として、タイ法務省特捜局(DSI)に捜査を行わせる方針。タクシン派と反タクシン派の抗争が放送通信利権に飛び火した格好で、第3世代携帯電話(3G)の事業権入札などがさらに遅れる可能性が浮上。
関係筋によれば、国立公園野生動植物保護局では、局長に就任したばかりのダムロンがすでに20人を超える国立海洋公園長を入れ替えており、職員から批判・困惑の声が上がっている。ダムロン局長はさらに公園長10人程度の入れ替えを考えている。新局長は、タクシンのかつての側近で、タイ・ラック・タイ党副党首を務めたヨンユットに近いとされるが、今回の大量入れ替えは、前民主党政権下で任命された公園長を排除することが目的と見られている。
09月13日(火)タイを訪れた英国のブラウン外務閣外相は、タクシン問題について、「タイの国内問題であり、外国政府の関心事ではない」と述べるとともに、「タイが自力で解決しなければならない問題。」との見解。また、英国政府は2008年の有罪確定に伴い、タクシンの英国入国を禁止したが、ブラウン外務閣外相は、「元首相が入国を申請したら許可するのか」との質問に対し、「入国管理法に基づき、包括的に検討して入国を許可するかを決める。」と説明。タクシンの入国許可については、「個別のケースには返答できない。」と明言を避けた。
09月14日(水)インラック首相が09月15日にカンボジアを訪問することで、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)傘下の市民団体「タイ愛国者ネットワーク」のコーディネーターの男性と女性秘書を釈放するとの見方が強まっている。2人は昨年12月に民主党議員らと国境地帯を視察した際、国境侵犯の疑いでカンボジアに逮捕された。議員らは間もなく保釈・帰国となったが、2人だけはスパイ罪で有罪となり、それぞれ8年、6年の禁固刑となった。「カンボジアはインラック首相の訪問に合わせ、親善の証しとして2人を釈放する可能性がある。」という。関係筋によれば、「カンボジア政権はもともと親タクシンであり、タクシン派・インラック政権の人気を高めるべく、同政権に釈放実現という形で手柄を立てさせることは十分に考えられる。」なお、「タクシンが16日から24日にかけカンボジアを訪問する。」と報じられているが、インラック首相は、今回の同国訪問とは「無関係」としている。
前民主党政権で副首相を務めたステープ議員は、「民主党政権下でカンボジアを訪れ、フン・セン首相とタイ湾の石油・ガス開発について密談しようとした。」との一部報道を全面的に否定。
報道によると、「書類を持参して自宅を訪れたステープ副首相(当時)が話し合いをしようとしたところ、フン・セン首相は、『(カンボジアの)副首相に任せてある。』とこれを拒否。その後、アピシット首相(当時)のカンボジア批判が強まった。」とのこと。
一方、ステープ議員は、フン・セン首相と会ったことは認めているものの、密談しようとした事実はなく、反タクシン派の民主党を嵌めようとした謀略としている。
09月15日(木)カンボジアを訪問したインラック首相に対し、フン・セン首相は、スパイ罪で服役中のタイ人2人の早期釈放に向け方策を探ると約束。 反タクシン組織、民主市民連合(PAD)傘下の市民団体「タイ愛国者ネットワーク」のコーディネーターの男性と女性秘書の2人はスパイ容疑でも起訴され、それぞれ禁固8年と6年の有罪が確定している。フン・セン首相は、刑期短縮を可能にすべく関係当局に検討させる意向を示した。ただ、その数時間前にカンボジア外務省は、「刑期の3分の2まで刑に服して初めて仮釈放が可能。」との見解を示しており、これを覆すようなフン・セン首相の発言は驚きをもって受け止められた。
また、今回の首脳会談では、タイとカンボジアがともに領有権を主張している、タイ湾の大陸棚でのガス・石油共同開発も取り上げられ、その実現に向けて2国間交渉を再開することを合意。
政府が先の閣議で新たに「司法問題対策委員会」を設置することを決めたのに対し、最大野党・民主党のアピシット党首は、「既存の機関と役割が重複する。設置は不要。」と批判。
政府は、「法の適用における二重基準の問題を解決するため、新委員会が必要。」と説明。だが、アピシット党首によれば、「憲法の規定に従ってすでに司法改革委員会が設置されており、この委員会を通じて問題の解決が可能なはず。」と言う。なお、関係筋によれば、「新委員会の設置は、政府の意向に沿った恩赦を実現するための布石。」とのこと。
タクシン政権を追放した2006年09月19日のクーデターから5周年を記念し、タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が18日にクルングテープで反クーデター集会。午後15時にラーチャダムヌンクラーン通りの民主記念塔に集合し、翌19日午前01時に散会予定。
インラック首相は、カンボジアを公式訪問。恒例となっている首相就任後東南アジア諸国連合(ASEAN)歴訪の3ケ国目。フン・セン首相と会談したほか、シハモニ国王を表敬訪問。両首相は会談で、両国が領有権を主張するタイ湾の海域の共同開発の交渉再開、インフラ整備、新たな国境検問所の設置、国境地帯の緊張緩和などで合意。
スパイ罪で服役しているタイ人2人についても協議し、フン・セン首相は、早期の釈放を検討すると伝えた。2人は、反タクシン派の幹部と秘書で、それぞれ禁固8年、禁固6年の判決を受けている。
09月16日(金)インラック首相は、ラオスを公式訪問。トンシン首相と会談し、エネルギー開発での協力促進などで一致。
タイ法務省特別犯罪捜査局(DSI)のタリット局長は16日、タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)と政府治安部隊が昨年04~05月に衝突した際に民間人が死亡した件で、「13人の死因についての再調査を首都警察に要請する。」と発表。チャルーム副首相が「捜査が進んでいない。」として、これまで捜査を担当していたDSIに指示。13人は、04月10日の衝突を取材中に銃撃され死亡したロイター通信の日本人カメラマン村本博之ら。
DSIは当初、「治安部隊が関与した可能性がある。」としていたが、今年02月に一転して、関与の可能性を否定。
海外逃亡中のタクシンは、カンボジアのプノンペンに到着。妹のインラック首相が前日の15日にカンボジアを日帰り訪問したが、野党の批判をかわすため、同時期の滞在を避けた模様。
09月17日(土)タクシンはカンボジア首相府を訪れ、カンボジアのフン・セン首相と抱き合って再開を喜び、兄弟と呼び合うなど親密な関係を示した。両氏は同日会談し、経済問題で協議した。「政治的な問題は話し合わなかった。」としている。タクシンは、24日まで滞在する模様で、経済フォーラムでの講演、フン・セン首相とのゴルフなどが予定されている。
タクシンは国外滞在中の2008年にタイ国内で汚職で懲役2年の有罪判決を受け、以来、タイに帰国していないが、カンボジアには数回訪問している。
09月18日(日)タクシン政権を追放した2006年09月19日のクーデターから5周年を記念し、タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は、クルングテープのラーチャダムヌンクラーン通りの民主記念塔で集会。
警察は、民主記念塔周辺の道路を通行止めにして、1300人体制で警戒したが、混乱はなかった。集会には、ティダ会長のほか、タイ・カンボジア・サッカー親善試合準備のためカンボジアを訪問していた幹部のナタウット、コーケウ、ウェーンらも駆けつけた。
最大野党の民主党が「タクシンのカンボジア訪問はガス・石油開発などに絡んで個人的な利益を得ようとしたもの」との見方を示していることに対し、タクシンの法律顧問、ノパドン元外相は、「単なる憶測」と批判するとともに、「証拠を提示した者に最高100万バーツを提供する。」と明言。
今回のカンボジア訪問は、経済に関する講演とカンボジア国首脳とのゴルフが目的とされているが、民主党によれば、両国が領有権を主張しているタイ湾内の大陸棚に眠るガス・石油の開発に関する話し合いが真の目的。また、タクシンが国外逃亡中の犯罪人であることから、民主党は、「タクシンのカンボジア訪問が事前にわかっていながら身柄引渡しなどをカンボジアに求めなかった。」とスラポン外相を非難。
連立内閣の小政党、チャート・パッタナー・プア・ペンディン党が党大会で、チャート・パッタナー党(CPN)への党名変更を決めた。党名が長すぎたことが理由。選挙管理委員会に党名変更を申請。
チャート・パッタナー・プア・ペンディン党は、ルアム・チャート・パッタナー党にプア・ペンディン党の主流派が合流して発足。07月03日の下院(定数500)総選挙では7議席に止まった。民主党連立内閣に参加していたが、今回はタクシン派のプア・タイ党連立内閣に鞍替えした。内閣でのポスト配分は1人で、ワナラット党首が工業相。
09月19日(月)最大野党の民主党幹部のカシット前外相は、「カンボジアのフン・セン首相は、タクシン元首相、タクシン派の政権党プア・タイ党、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)の肩を持っている。」と指摘するとともに、「タイの内政への干渉。」と批判。
フン・セン首相はタクシン支持を公言していたこともあり、親タクシンとされている。 カンボジア訪問中のタクシンは、議員や実業家を前に経済に関する講演を行っており、フン・セン首相との親密な関係を物語っている。
カシットによれば、「タイはカンボジアの内政に口出ししたことはないが、フン・セン首相はタクシンやタクシン派を擁護する一方、反タクシン派を敵対視することでタイの内政に干渉を続けている。」
最南部ナラティワート県スンガイコロク郡で起きた連続爆発事件について、アドゥン副警察長官は、「『インラック政権に揺さぶりをかけることが狙い。』との見方を裏付ける証拠は、今のところ見つかっていない。」と述べた。
犯人に関しては、警察や軍が「薬物取り締まりに対する密売組織の報復」、「イスラム過激派の犯行」といった見方を示しているが、「誕生間もないインラック政権を動揺させることが狙い」との意見も出ている。
なお、警察では容疑者2人の逮捕状をとる準備を進めているが、アドゥン副長官によれば、事件には少なくとも5人が関わっているとのこと。
09月20日(火)ステープ前副首相(治安担当)は、「パンロップは南部問題に強硬な姿勢をとっており、治安機関のトップには不適格。適任者はほかにいくらでもいる。」と述べ、インラック首相がパンロップを国内治安作戦司令部(ISOC)司令官に指名したことを批判。
パンロップはISOC副司令官として南部問題に取り組んだ経験があるが、在任中の2004年04月にパタニ県でモスクに立てこもったイスラム教徒の若者など32人が治安部隊の攻撃で死亡する事件が起きた。ステープ民主党議員は、この事件について、「多くの人の心に深い傷を残した。」と述べている。
閣議で、プラナイ内務副事務次官を事務次官に昇格させる人事案が承認された。 プラナイはパラコン枢密顧問官の弟。このため、「タクシン派・インラック政権と枢密院との関係改善が狙い。」との見方が出ている。
プレム枢密院議長が反タクシン派として知られていることもあって、タクシン派と枢密院の関係は良好といえない状態が続いているため、関係筋によれば、「インラック政権は、国民和解の実現を最優先課題の一つに掲げており、これを口実に枢密院との関係を良好にして政権の安定度を高めようとしている。」とのこと。
インラック首相は、首相府内でユンユット副首相兼内務相らと昼食をとり、記者団に公開。「20万Bの昼食をケータリングで注文している。」との噂がインターネットで流れているため、鶏肉の唐揚げ、グリーンカレーなど普通のタイ料理を並べて、贅沢をしていないことを強調。
インラック首相は、「そんなに食べたら太ってしまう。」などと述べた。首相府によると、20万Bは、政府が主催する宴会の食費に当たる。
コーウィット副首相、クリサナ首相府相、アヌタマ政府副報道官、記者の代表も一緒に食事を楽しんだ。
タクシン派系の衛星テレビ「アジアアップデートTV」によると、タクシンが、カンボジアを出国し、講演のためマレーシアに向かった。タクシン派団体「反独裁民主主義同盟(UDD)とカンボジア政府の代表が24日にサッカーの親善試合をプノンペンで行うが、タクシンはカンボジアを再訪しない予定。
タクシンは16日、カンボジアに入国し、フン・セン首相と会談したほか、経済フォーラムで講演した。また、タイから訪れた支持者と面会した模様。
09月21日(水)不敬罪に問われているニュースサイト「プラチャタイ」の管理者が、法廷で「サイト管理には最善を尽くしていた。」と証言。
プラチャタイは、2006年09月19日の軍事クーデター後、掲示板のコメント数が急増。トラブルを避けるため、書き込みを会員制にして管理徹底に努めた。2007年から2008年にかけては、1日あたりのログイン数が2万回から3万回を記録、一時は300種類にのぼるトピックそれぞれに2800件から2900件のコメントがついた。これらの監視には、医師や実業家、弁護士などがボランティアで協力した。しかし、2008年08月14日から11月03日にかけて、「王室に関する不適切な書き込み10件を放置した。」として、不敬罪、およびコンピュータ犯罪法違反の罪に問われることになった。
管理者は法廷で、「サイト運営については、書き込み監視や情報提供を含め、情報技術省に全面協力をしてきた。」と主張。
国連総会出席のためニューヨークを訪れているスラポン外相は、「だれもが身分を証明するものを持つ権利がある。」と述べ、「国外逃亡中のタクシンにも一般旅券を再発給する必要がある。」との考えを示した。さらに、外交旅券の再発給を検討していることも明らかに。
タクシン一般旅券は、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)による2009年04月のクルングテープ騒乱で、「デモ隊を煽る発言があった。」として、同月12日に無効とされた。
外交旅券については、軍部が2006年09月のクーデターでタクシン政権を追放したあと無効としたが、その後に誕生したタクシン派のパラン・ブラチャーチョン党政権下で無効が取り消された。しかし、その後の民主党政権下で再び無効とされた。
スラポン外相によれば、「旅券の無効化は、正当な理由のない政治的なもので、諸外国もそう考えている。また、旅券は一種のIDカードであり、タイでは受刑者でも身分証明カードの所持を許されていることを考えると、タクシンに旅券を再発行することに問題はないはず。」という。
タクシンは有効なタイ旅券を所持していないため、外国訪問にはモンテネグロ政府発行の旅券を使っているが、ニカラグアやウガンダの旅券も所持している。
なお、スラポンの外相起用については、「タクシンへの旅券再発給が任務の一つ。」との指摘が出ていたが、スラポンは外相就任の折、この見方を全面的に否定していた。
タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)と同派の政党のプア・タイ党の代表チームが24日、カンボジア政府代表チームと行うサッカー親善試合を観戦するため、数千人のUDDメンバーと陸路でカンボジア・プノンペンに向かう。UDD幹部のチャトポン下院議員が明らかに。
試合は、プノンペンのオリンピック競技場で行われる。タイはタクシンの義弟ソムチャイ元首相が、カンボジアはフン・セン首相がキャプテン。タクシンは参加しない。UDDはラオスやビルマでも親善試合を行う。
09月22日(木)クルングテープ都庁の設置した防犯カメラにダミーが存在することが判明し、政権党のタクシン派プア・タイ党が「汚職の疑いがある。」として徹底的な調査を求めている問題で、最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は、「諸外国でもダミーは併用されており、タクシン政権(2001~2006年)も最南部にダミーを約7000台設置した。都庁のダミー購入も公正なものだった。」と反論。
クルングテープは歴代の知事の多くが民主党幹部で、スクムパン現都知事も民主党所属。都議会議員も民主党が多数派となっている。
アピシット党首によれば、「プア・タイ党は、なにかにつけて反タクシン派の民主党に疑いの目を向けさせようとしており、今回の調査要求も民主党批判が狙い。」
なお、ダミー防犯カメラは、見分けのつきやすいものを安易に設置することは逆効果だが、本物と同一形状のものを紛れ込ませるのは経済的かつ抑止効果があり犯罪防止に有効とされている。
プア・タイ党のコーケウ議員は、今年の国王の誕生日を祝って政府が大規模な受刑者恩赦を予定していることを明らかに。国王は12月05日に84歳になるが、これは干支が7巡(12×7)したものでとりわけめでたく、これまでにも増して多くの受刑者を釈放するのが望ましいとのこと。
コーケウ議員によれば、「国内の刑務所は収容能力が14万人であるのに対し、実際に収容されているのは23万人以上にのぼり、刑務所の過密問題を緩和するためにも大量恩赦が必要。」
タクシンが受けた有罪判決を取り消そうとタクシン派が躍起になっていることから、「大量恩赦はタクシンの免罪が最大の目的。」との見方が支配的。
政府が先に決めた、500万Bまでの住宅購入を対象とした「初めてのマイホーム購入支援」で、インラック首相は、「SCアセット社(タクシン一族の不動産開発会社)が扱っているのは500万B以上のものがほとんど。購入支援で恩恵を受けることはない。」と述べ、「支援措置が同社の住宅販売促進を目的としたもの。」との最大野党の民主党の批判に反論。
SCアセット社の高層コンドミニアムプロジェクトはユニット価格が500万B以下であるものの、その完成は支援措置の終了に間に合わない見通しという。
しかし、アピシット民主党党首によれば、「SCアセットの販売する住宅はほとんどが200万~500万B。このため、支援対象の上限が500万Bに設定された。同党の調査では、SCアセットの扱う住宅のうち500万B以下は1700戸あまり。これが全て売れれば、同社の年間収入の約8割に当たる51億Bあまりの売り上げになる。」という。インラック首相の前職は、SCアセット社代表取締役。
インラック首相は政治経験が皆無にひとしく、「実兄タクシンの操り人形」とみる向きが少なくないが、政権党プア・タイ党関係筋によれば、「タクシンは21日に党首脳と電話会議をしたが、これはインラック首相に託したメッセージが閣僚に伝わっていなかったため。」とのことだ。これが事実とすれば、インラック首相は単なる伝令役に過ぎず、実質的に政府を動かしているのはタクシンということになる。
同筋は、「インラック首相は若く経験不足であり、とりわけベテランの閣僚にはなかなか指図できなかったようだ。最愛の妹の窮状を見かねたタクシンが電話会議を開き、プア・タイ党の閣僚らに直接指示した。タクシンは、自分の意思が閣僚に十分伝わらず、これが政府の仕事ぶりに影響するのを懸念している。」と述べている。
09月23日(金)タイのユタサク国防相はカンボジアを訪問し、ティア・バン副首相兼国防相と会談を行い、国際司法裁判所(ICJ)の判決に従い、紛争地域のヒンドゥー寺院遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)周辺から兵力を撤収することで合意した。新華社電が伝えた。
カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)は2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されて以来、周辺地域でタイとカンボジアの武力衝突が頻発している。
ティア・バン国防相は「両国の国境委員会で兵力撤収の日程、方法などを決定する。撤収の原則については両国国防相による合意が成立した。」と述べた。両国はまた、両国の紛争地域に東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国インドネシアが監視要員を派遣することにも同意。
タイ政府はこのほど、タイ湾でタイとカンボジア両国が領有を主張している「重複主張海域(OCA)」での海底ガス田の共同開発に向け、カンボジアとの非公式交渉を再開。
タイのピチャイ、エネルギー相は今月20日にブルネイで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)エネルギー相会議で、カンボジアのイット・プラン鉱工業エネルギー副大臣と非公式に会談した。両国の交渉再開は2001年以来10年ぶりとなる。OCAはタイ湾にある2万6993㎢の海域で、豊富な天然ガスが存在するとされる。
ピチャイ・エネルギー相は「(交渉再開で)採掘がすぐ可能になるわけではない。準備作業、交渉、探査には10年の期間が必要になるだろう。」と述べた。
カンボジア訪問中のユタサク国防相は、同国国防相と会談し、国際司法裁判所の判断を尊重し、インドネシアの国境監視団を受け入れるため、タイ・カンボジア両国が国境地帯から撤兵することで合意。撤兵の時期は、11月に開かれるタイ・カンボジア国境委員会で協議、決定される見通し。
反タクシン派の前民主党政権下では、国境未画定区域の領有権を巡る問題でカンボジアが話し合いを拒否し、両国は対立状態にあった。しかし、カンボジアのフン・セン首相が親タクシンであることから、「今後、2国間関係は改善に向かう。」との見方が支配的。
09月24日(土)午後カンボジアの首都、プノンペンのナショナルオリンピックスタジアムで、タイとカンボジアの政府関係者らによるサッカーの親善試合が行われ、カンボジアのフン・セン首相率いる赤チームがタイのソムチャーイ元首相率いる青チームに10対7で勝利。両チームはタイ、カンボジアの混成で、プノンペン市長、タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)などが参加。フン・センは、「タイ・カンボジア関係の悪夢の時代は去った。今日の試合は両国にとり歴史的なイベントである。」と演説。観客約5万人のうち数千人は、タイから駆けつけたタクシン支持者。
関係筋によれば、「これまで2国間関係が険悪な状態にあったのは、親タクシンのフン・セン首相が反タクシン派の前民主党政権を敵対視していたことが最大の要因。今回の親善試合は、2国間関係の改善を明確に示し、タクシン派・インラック政権の評価を上げるとともに前民主党政権の評価を下げることが狙い。」
一方、アピシット前首相率いる民主党は、洪水被災者への義援金を募るサッカーのチャリティー試合をクルングテープで行った。1試合目は記者チームを相手にアピシット前首相、アピラック前クルングテープ都知事、コーン前財務相が得点し、3対2で勝利。2試合目は芸能人チームに0対2で敗れた。
カンボジアからの報道によれば、昨年の大規模反政府デモでテロ容疑に問われ指名手配中のアリスマン元議員が、プノンペンのホテルで開かれたパーティーに姿を見せ、「我々赤服(タクシン支持者) を『不敬』と中傷するのは止めるべきだ。」と訴えた。
タクシン支持団体「反独裁民主戦線(UDD)」幹部の中でも強硬派とされているアリスマンは、他の幹部らが出頭したにもかかわらず、姿を眩ましたままで、以前から「カンボジアに潜伏している。」との見方が出ていた。
09月25日(日)汚職撲滅を呼びかける集会に、インラック首相がアピシット前首相らと参加。都心のルンピニ公園からシーロム通りにかけて大規模な行進を行った。
行進前のスピーチでインラック首相は、「タイにおいて汚職は由々しき問題だ。この行進を通して、汚職撲滅について国民の意識を高めたい。」とし、アピシット前首相らに集会参加への謝意を述べた。さらに、国力強化のために、「自らも権力を乱用せず、法律と社会規範を敬い、社会的モラルの向上を図りたい。」と明言。
反汚職同盟が主催したこの集会には、タイ証券取引所やタイ工業連盟を含む民間組織約30団体も参加。タイ商工会議所のポンサク会長は、「汚職撲滅は容易ではないが、我々が協力し合うことで減少するはず。」と述べた。反汚職同盟の会長代理も務めるポンサクは、「公的調達における不正を失くすため、財務省や国家汚職制圧委員会と協力し、規制強化を推し進めたい。」と述べた。
09月26日(月)チナワット・コンピューター&コミュニケーションズ社株の譲渡に絡む脱税事件で、タクシンの元妻ポチャマンらを無罪とした2審判決に対し、検察当局は、上告しない方針を明らかに。
同事件で1審は2008年07月31日、7億3800万B相当の株譲渡で5億4600万Bの脱税があったとしてポチャマンらを有罪とした。しかし、2審は今年08月24日、ポチャマンと女性秘書のカーンチャナパー・ホーンフーンの2人に一転無罪を言い渡した。今回の検察の判断は、この判決を受け入れたもの。
これに対し、最大野党の民主党のタウォン議員は、「検察は独立機関であるが、勝手に判断を下すことは許されない。ポチャマンらを起訴した検察がその姿勢を変えることは国民に不信感を与える。」などと批判。さらに「民主党が検察の判断を調査するよう国家汚職制圧委員会(NACC)に要請する可能性がある。」との考え。
国税局によれば、「株譲渡に関連する税申告があったのが14年前。脱税の時効は10年であるため、有罪が確定したとしても、もはや追徴課税は不可能。」
09月27日(火)インラック首相は、閣議後に「海軍の潜水艦購入案が承認された。」と発言。承認されたのが海軍の潜水艦購入案でなく、陸軍のヘリ購入案であったことに気づき、数時間後に政府報道官に訂正させた。
関係筋によれば、首相が間違った発言をしたことから、ティティマ副報道官が他の報道官を集めて対応を協議。「海運局のボート購入案と混同した。」との説明でその場を切り抜けようとしたが、同案も、27日の閣議では取り上げられていなかったことから、訂正報道を余儀なくされた。
国立タマサート大学の法学者7人からなる「ニティラート」が「2006年09月の軍事クーデターに伴うあらゆる法律関係の変更をすべて無効とし、不敬罪を規定した刑法112条を改正すべき。」としていることに対し、プラユット陸軍司令官は、「君主はだれも傷つけたことがなく、国に対し大きな貢献をしている。」として、不敬罪規定の改正に反対する考えを明らかに。
同規定については、不敬容疑が政敵を攻撃する手段に使われることが多くなっていることから見直しを求める声も出ているが、プラユット司令官は、「改正要求には理由があるはずで、それを見極める必要がある。」と指摘。
また、プラソン元国家治安委員長は、「ニティラートは、クーデターを悪として、クーデターがもたらしたものをすべて否定しようとしているが、クーデターが起きた原因には目をつむっている。結果的にタクシンの過去の行いを正当化するに等しい。」との見方。また、「このような要求には市民が反発して抗議活動に出る可能性があり、これが新たなクーデターを招く恐れがある。」
09月28日(水)国家汚職制圧委員会(NACC)は、下院議員とインラック内閣の閣僚から提出された資産報告の内容を公開。タクシン(62)の妹で首相就任前はタクシン財閥の企業経営者だったインラック首相(44)の負債を差し引いた資産額は、2位で資産5億4113万B。内訳は自宅、マンションなど不動産、株式、現金のほか、ポルシェ・ケイマン、メルセデス・ベンツS280、メルセデス・ベンツSLK200、ランドローバー、BMW730など自動車8台、指輪、ネックレスなど宝飾品4180万B相当、時計180万B相当、鞄210万B相当などで、気さくな庶民派というイメージとは裏腹の豪勢な生活ぶりが伝わってくる。
資産が最も多かった閣僚は元官僚のプロードプラソプ科学技術相(65)で9億6349万B。3位は約4億4100万Bのチュムポン副首相。4位は約3億8000万Bのユタサク国防相。5位は約2億7900万Bのプラチャ法相。閣僚中の最下位は、キティサク副運輸相(71)で394万B。
一方、最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は首相就任時の5000万Bから5400万Bに増加。ステープ同党議員(前副首相)は3900万Bから9500万Bへと2倍以上の増加となっている。
09月29日(木)国会でクルングテープ都内の違法カジノの存在などを暴露した野党ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首によれば、「都内に新たに大型の違法カジノが建設されたにもかかわらず見て見ぬ振りをしている。」という。違法カジノは、ホアイクワン区メンチャイ交差点から約500m離れた場所に建てられている。建設工事は完了し、間もなくオープンする見通し。「警察はその存在を把握しているにも関わらず、何も手だてを講じていない。」という。チューウィット党首は、「警察官100人に家宅捜索させているが、誰も逮捕していない。」と批判。「本気でカジノを摘発するつもりなら、警察官1人を私に同行させてくれればいい。私が(責任者を逮捕するための証拠として)カジノの内部を撮影してやる。」と述べた。
最高裁判所は、「野党ラック・プラテート・タイ党のチューウィット党首が資金洗浄を行った。」として2審判決を覆して有罪とし、チューウィット党首と関連会社の資産355万B相当を没収することを決めた。資産の内訳は、14万4000Bの現金と株式。
株式は、チューウィット党首が過去に所有・経営していた特殊浴場からの売り上げを隠すために購入されたものという。チューウィット党首は、「判決を受け入れる。だが、(同じことをしている)他の特殊浴場が(罪に問われずに)営業を続けているのはなぜか。警察は速やかに摘発すべき。」と述べている。
10月02日(日)
10時20分頃
インラック首相の短文投稿サイト「ツイッター」のアカウント(@PouYingluck)が何者かに乗っ取られ、インラック首相の洪水対策や教育政策などを批判する内容が8回、約25分間にわたって書き込まれた。首相府の担当者「今、インラック首相のツイッターに表示されている書き込みは、本人によるものではない。」と説明。コンピュータ犯罪室にハッカーの割り出しを指示したアヌディット情報通信技術相は、「書き込みはiPhoneで行われており、発信元もわかった。現在は犯人逮捕のために、警察と共同捜査を進めているところ。」と報告。「首相周辺からパスワードなどが流出した可能性もある。」と見て、捜査を進める方針。今回の犯行は軍事政権が2007年に導入したコンピューター関連犯罪法に抵触し、懲役5年以下、罰金10万B以下の処罰の対象。
ツイッターには「政治もビジネス、我々はタイ国民のためではなく身内や仲間のために動いている。」、「我々は票取りのため、我々の利益のためだけに貧困層を欺いている。」、「タイは今こそ転機。より良い国を目指す時。特定の企業や組織のイメージアップばかりしている場合ではない。」、「今が目覚めの時。愚行は根絶されなければならない。」、「(政府が)大規模公共事業を推進するのは、国のことを理解していないからだ。」、「自分のツイッターすら守れない者が、どうやって国を守るのか。」などの内容が、数分置きに書き込まれた。
08月に就任したインラック首相は、5年前にクーデターで追放されたタクシンの妹。実業家からの転身で政治経験はない。
10月03日(月)昨年の大規模反政府デモの際に死亡したデモ参加者や治安要員など約90人についてはいまだに死に至った状況がはっきりしていない事例が多いが、チャルーム副首相は、「13人に関しては、当局による新たな調査で驚天動地の結果が出るだろう。」と豪語。再調査は副首相が法務省特別捜査局(DSI)に指示したことに伴い09月に開始された。
チャルームは、「私が(死に至った状況の調査を)命じなければ、いつまでたっても事実関係が明らかにならず、混乱が続く。」としている。
だが、関係筋によれば、「再調査は、治安当局に責任のあったことを示し、当時政権の座にあった民主党を批判することが目的と考えられる。これにより民主党や反タクシン派が反発し、新たな混乱に繋がる恐れがある。」
国民議会系研究教育機関、プラポッククラオ研究所により、「女性首相が国内対立を解決できるか」をテーマにしたセミナーが開かれ、有識者らがインラック首相が持つべき展望について意見を交わした。セミナー主催者のエカチャイ代表は、「インラック首相がタイ初の女性首相として成功するには、兄であるタクシンの干渉、強い影響力を乗り越えなければならない。」と提言。さらに、インラック首相の政治的手腕が示されるのは6ケ月から1年後とし、「決断力、誠実さ、集中力が成功の鍵」との見方。
タマサート大学の法学者グループ「ニティラート」が2006年09月のクーデターとそれ以後の法令改定を見直すよう提案していることに「タクシンを利するもの」との批判が出ているが、著名社会評論家であるプラウェートは、「ニティラートの提案を直ちに否定するのでなく、客観視する必要がある。」と提言。「タイ社会は不平等という大きな問題を抱えているが、これを解決するには、相手を拒絶することなく話し合いで議論を詰めることが重要。ティラートの提案についても同じことが言える。」とのこと。
10月04日(火)首相府に猿が現れ、官僚らを驚かせた。近くにあるドゥシット動物園の職員が麻酔銃などで猿の捕獲を図ったが、猿は電線を伝って逃げ、首相府の敷地外に姿を消した。
閣議で、ウィチエン前警察庁長官を国家治安委員会(NSC)事務局長に起用が承認された。政権党のプア・タイ党幹部のチャルーム副首相によれば、国王が同人事を認証した後、プリアオパン警察庁副長官(現長官代行)が長官に任命される予定。プア・タイ党は、「プリアオパン警察大将の長官就任は、違法カジノ問題でウィチエンが長官を引責辞任したことに伴うもの。」と説明。
だが、関係筋によれば、「違法カジノの存在は長年にわたる公然の秘密。長官が辞任する必要があったのか疑問。にもかかわらず、プア・タイ党はウィチエンに執拗に辞任を迫った。プア・タイ党は以前から、タクシンの元妻ポチャマンの弟であるプリアオパンを長官に起用しようと画策しており、『カジノ問題を絶好の機会ととらえ、長官交代をごり押しした。』と考えるほうが自然。」
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)による昨年の大規模反政府デモに関連して逮捕状の出ていたUDD幹部のダルニー♀がクルングテープ都ルンピニー署に出頭。
昨年04月に国内治安法に違反したとされるダルニーは姿を眩ましたままだったが、先にカンボジアのプノンペンで両国の議員などによるサッカー親善試合が行われた際、同地で催されたUDDの祝賀パーティーにアリサマンとともに姿を見せていた。テロ容疑などに問われているアリサマンは「すぐに帰国するつもりはない。」と明言。
10月05日(水)インラック首相のツイッター(@PouYingluck)が02日一時乗っ取られ、洪水対策や教育政策などを批判するタイ語の文章が投稿された事件で、警察はチュラロンコーン大学建築学部4年のエカウィット・トングディーウォラクン(22)の身柄を拘束。エカウィットは04日夜、母親に付き添われて警察に出頭。コンピューター犯罪法違反で有罪なら、2年までの禁固刑、4万Bまでの罰金刑が科せられる。
アヌディット情報通信技術(ICT)相はエカウィットと共に記者会見。報道陣が質問することは許されなかった。エアカウィットは不正アクセスを認め、「自分一人でやった。」と話しており、組織的背景はない模様。
不正書き込みには首相のパスワードが必要だが、これを不正取得した人物は特定できていない。関係筋によれば、「パスワードは09月30日に不正取得されてハッカーのネットワークに流され、これを使ってエカウィットがアカウントに侵入して不正書き込みをした。」
10月07日(金)夜東北部シーサケート県のカンボジア国境近くで木材を違法伐採していたカンボジア人とパトロール中のタイの警官隊が銃撃戦になり、カンボジア人1人が死亡、4人が負傷。警察は現場周辺で違法伐採された木材数十本を押収した。タイ字紙デーリーニュースなどが報じた。
10月09日(日)インラック首相は近くマレーシア、シンガポールを訪問する予定だったが、洪水被害の拡大で国内が深刻な状況にあることから、外遊を延期。インラック首相は、ASEAN加盟国間の関係強化を目的に11日にマレーシア、12日にシンガポールを訪問することになっていた。
東北部でタクシン支持と民主主義を掲げる「赤服の村」が増殖中。タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD、通称「赤服」)のクルングテープでの大規模デモが武力鎮圧されてから約7ケ月後の2010年12月15日、東北部ウドンタニー県で最初の「赤服の村」が誕生。これまでに4000以上の村が「赤服の村」を宣言。10月09日にはウドンタニー県で初の「赤服の郡」の設立式典が行われ、UDD幹部のチャトポン下院議員らがクルングテープから駆けつけた。
「赤」は1960~1980年代に北部、東北部の農村に浸透したタイ共産党を彷彿させ、「赤服の村」の存在は反タクシン派特権階級の神経を逆撫でしている。UDD幹部の一部は「赤服は王室を愛する。」という標語を掲げ、特権階級との摩擦回避を図ろうとしたが、「特権階級に買収された。」といった批判が出て、支持は広がらなかった。
タイではタクシン政権(2001~2006年)を追放した2006年の軍事クーデター後、特権階級を中心とする反タクシン派と、経済発展が比較的遅れている北部、東北部などの地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の政治抗争が続いている。タクシン派はクーデター政権下の2007年末に行われた総選挙で政権に復帰したが、2008年に反タクシン派デモ隊による首相府と2空港の占拠で追い詰められ、2008年末、「司法クーデター」と呼ばれた憲法裁判所によるタクシン派与党の解党で政権を失った。その後政権を握った反タクシン派アピシット政権は今年05月に下院を解散、07月の総選挙でタクシン派が過半数を制し、タクシンの妹のインラックが首相に就いた。
10月12日(水)昨年04月10日に クルングテープの大規模反政府デモを取材でロイター東京オフィス所属のカメラマン、村本博之が被弾して死亡した事件で、首都圏警察は、これまでに明らかになった、村本が死に至った状況を在タイ日本大使館側に説明。
首都圏警察幹部は、「調査は50%以上にまで進んでいる。」と説明。だが、同幹部は先月、「数週間のうちに調査が完了する。」と明言していた。大規模デモに関連する死者数は90人を超えるが、村本の事件を含め死亡例13件については、法務省特別捜査局(DSI)が捜査を行っている。
10月13日(木)までインラック政権は、前政権が06月に表明した世界遺産条約からの脱退を撤回する方針を固めた。18日の閣議で正式決定する見通し。
アピシット前首相率いる前政権は「タイ国境近くにあるカンボジアの世界遺産、カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)寺院の管理計画がタイの領土侵害に繋がる。」と主張。06月にパリで開催された国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第35回世界遺産委員会会合でこの計画を承認される見通しとなったことから、世界遺産条約からの脱退を表明。ただ、正式な脱退手続きをとる前に、アピシット政権は07月の総選挙で敗れ退陣。新政権はカンボジアのフン・セン首相と親しいタクシンの影響下にあり、タイとカンボジアは急速に関係改善を進めている。
カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)はクメール王国が09~11世紀に建立したとされ、タイとカンボジアが領有権を争った末、1962年に国際司法裁判所がカンボジア領とする判決を下し、2008年に世界遺産に登録された。周辺地域でカンボジアと武力衝突が起こり、今年02月と04月には両国軍が大砲、ロケット弾を撃ち合うなど本格的に交戦した。この戦闘で双方の兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難。


35章  泣いた赤鬼、インラック 洪水に泣くしか能のない木偶人形
10月14日(金)タイ字紙マティチョンのウェブサイト「Matichon Online (www.matichon.co.th)」で短時間アップされ、タイ人記者がFacebookで転送しまくっている写真。洪水被災地を視察してヘリコプターに乗り込んだ途端、なす術のなさに泣き出すインラック首相。
被災地で泥をかぶり、「綺麗な指が汚れてしまったわ。」と顔をしかめている程度かと思っていたのだが、「タイの女が泣くときは指をいじくる振りをするのよ。」(タイ人女性記者)。確かに、政府はほとんど何もできていないように見える。被災者に真っ先に救援物資を届けるのは、レスキュー隊、という状況。取り巻きやほかの大臣は、インラックでは話にならないので、兄で国外逃亡中のタクシンに国際電話をかけて、指示を仰いでいる。「タクシンが何でもできる天才なら、タイに戻ってきて水の汲み取りをすればいい。」と軽口を叩かれている。
10月15日(土)洪水のため国内が非常に深刻な事態となっていることから、インラック首相は先にマレーシア、シンガポール2ケ国の訪問を延期したが、関係筋によれば、同じ理由で19~21日に予定されていた支那訪問も延期。
タイにとって支那は、近年の経済的な繋がりを深め、東南アジア諸国連合(ASEAN)域外で、タイにとって最大の投資受け入れ国である日本ではなく、支那を最初の訪問国に選び、「インラック政権が対日関係よりも対支関係を優先させる意思の表れ。」との見られていた。アピシット前首相は就任後、ASEAN域外のアジアでは日本を最初に訪問。政権交代による外交姿勢の変化を象徴する動きと言われていた。
インラック首相は、できるかぎり早期に支那を訪れたいところだが、関係筋は、「国内の状況が予断を許さないことから、いつ支那に行けるかわからない。」
10月17日(月)労使と政府の代表からなるタイ中央賃金委員会は最低賃金の引き上げについて合意。クルングテープ都と首都圏のパトゥムタニー県、ノンタブリー県、サムットサコーン県、ナコンパトム県、サムットプラカーン県、南部プーケット県の1都6県では2012年04月01日から最低賃金を1日300Bに引き上げる。現在の最低賃金はクルングテープ都215B、プーケット221Bで、上げ幅は40%近くになる。
それ以外の70県では2012年04月01日から最低賃金を40%引き上げる。最低賃金が159Bと最も低い北部パヤオは引き上げ後、223Bになる。最低賃金が300Bに達した都県では2015年まで追加の引き上げを行わない。40%の引き上げ後に300Bに達しない県については2013年に300Bまで引き上げる方向で調整する。
08月に発足したタイの現政権は選挙公約である最低賃金の300Bへの引き上げを2012年01月から実施する方針だったが、産業界が強く反発した上、10月に中部を襲った大洪水で多数の工場が被災したことから、引き上げ時期を04月にずらした。政府は最低賃金の引き上げに合わせ、現行30%の法人税率を2012年に23%、2013年に20%に引き下げる。
最大野党の民主党のアピシット党首(前首相)は、「円滑な洪水対策のために不可欠。」として、被災県を対象に非常事態宣言を発令するよう改めて政府に要求。
インラック政権は今のところ、対外イメージや観光業への影響を懸念し、非常事態宣言の適用に消極的な姿勢を見せている。
だが、アピシット党首は、「洪水対策や被災者救済で、関係当局間の調整不足に起因する問題が起きている。インラック首相は甚大な被害の出ている5県に軍隊を出動させることにしたが、非常事態宣言を発令すれば、軍も活動しやすくなる。」としている。また、民主党のチャワノン報道担当は、「水害被災者救済センターでタクシン支持団体・反独裁民主主義同盟(UDD)の赤服軍団がインラック首相がインタビューに答えるたびに声援を送ったり、インラック首相に質問しようとする報道関係者を威圧したりしている。センターを首相のイメージアップに利用するのは止めよ。」と、政府を批判。
反タクシン派の衛星テレビチャンネル「ASTV」の放送が停止。オランダの通信衛星会社への料金40万ドルの未払いが原因で、再開の目途は立っていない。
ASTVはタイ字経済紙大手プーチャッカーン創業者のソンティ・リムトーングクンが2004年末に創設。ソンティが設立した反タクシン派団体、民主主義市民連合(PAD)のチャンネルとして、反タクシン派市民の支持を集めた。2008年には経営破綻したプーチャッカーンを吸収。ASTVプーチャッカーンとして、テレビ・新聞事業を展開。しかし、PADは今年に入り、同盟相手だったはずの民主党政権と敵対し、それまでの支持層の多くが離反。民主党政権を追い込むため始めた首相府前での座り込み戦術も不発に終わり、07月の総選挙ではタクシン派の政権復帰を許した。PADの迷走とタクシン派政権の発足で、ASTVプーチャッカーンの経営は悪化し、従業員への給与遅配が起きている。
10月18日(火)大洪水が首都クルングテープに迫る中、インラック政権が発する情報や危機管理能力への不信感が急速に高まっている。
今回の洪水ではすでに、中部アユタヤ県のサハラタナナコン工業団地、ロチャナ工業団地(アユタヤ)、バンワー(ハイテク)工業団地、バンパイン工業団地、ファクトリーランド・ワンノイ工業団地が浸水した。被災した日系企業はホンダ、ソニー、味の素、ニコン、キヤノンなど 300社以上。浸水した団地内の水位は場所によっては4、5mに達し、広い範囲で製造設備や製品が水没。クルングテープ郊外のパトゥムタニー県、ノンタブリー県では広い範囲で洪水が発生。クルングテープ都庁によると、クルングテープ北部の防水壁を乗り越えて水が流れ込み、サーイマーイ区の一部で洪水が発生。隣接するドンムアン区のタイ空軍基地では空軍機数十機を東部チョンブリー、北部チエンマイなどの基地に移動。
タクシンが実権を握る政権と、タクシンに反目する軍やスクムパン都知事の連携が不十分との見方も広がっている。スクムパン都知事は、クルングテープとパトムタニー県の境界付近の運河を視察後、記者団に「クルングテープは引き続き危険な状況だ。」と述べた。これに対し、政府の洪水対策本部のプラチャー法相は「首都は被害を受けない。住民はパニックにならないように。」と即座に懸念を打ち消した。スクムパン知事は、07月の選挙でタクシンの妹インラック首相のプア・タイ党に敗れた民主党の大物党員。「都民に避難を命じるのは私だ。」と強調。
10月19日(水)警察政策委員会(委員長、インラック首相)は、タクシンの元妻ポチャマンの兄のプリアオパン警察副長官(59)を警察長官に昇進させる人事。この人事を実現するため、ウィチアン警察長官は国家安全保障会議事務局長に、タウィン国家安全保障会議事務局長は首相顧問に異動。タウィンは自らの左遷を「警察長官人事に関連した不公正な玉突き人事。」だとして、公務員委員会に訴えている。
タクシンは2001年の首相就任後、当時軍の出世コースを外れていた従兄弟をスピード昇進させ、2003年に陸軍司令官に起用。露骨な縁故人事として批判を浴びた。
2006年にタクシン政権をクーデターで倒した軍部は政権の王室軽視、汚職に加え、縁故人事をクーデターの理由に挙げた。タクシン派は今年07月の総選挙で勝利し、政権に復帰。タクシンの妹のインラックが首相に就いた。
クルングテープでは、北からの水の流入に伴い東側に位置する7区(クルングテープの全面積約1569㎢の4割を占める)の住民に水位の上昇・家屋の浸水に備えることが呼びかけられたが、アヌディット情報通信技術相は、「クルングテープ中心部を洪水から救うべく北方面からの水をクルングテープ東部を経由して速やかにタイ湾に排出する必要がある。これら7区の浸水は止むを得ない。」との認識。また、インラック首相の側近の1人で、政府の水害被災者救援センターのアドバイザーを務めるスダラット♀(元タイ・ラック・タイ党副党首)は先に、「クルングテープ東部を洪水から守るより、北からの水を海に排出するのを優先すべき。」と提言。水害被災者救援センターの最高責任者プラチャー法相もこれに同意。
陸づたいの洪水は、クルングテープに近づいており、政府、クルングテープ都、隣県は、都心への流入を防ぐため、土嚢で一時的な水路を作り、クルングテープ東部地域への誘導を試みている。この地域は人口密集地域でもあり、住民の負担は大きい。
10月20日(木)インラック首相は、クルングテープ北部で洪水となり徐々に中心部に水が押し寄せていることについて、「クルングテープへの浸水は回避できない。」と明らかに。
タイ地元紙によると、インラック首相は、現在クルングテープ都に対し、急ぎ河川の水門を開放しクルングテープの上流から流れ込んでいる水を海に流すよう要請していることを明らかに。今月末に控える大潮の前に、上流から流れ込んでいる大量の水を海に流そうという考えと見られている。
タイ工業連盟(FTI)が、政府に非常事態宣言の発令を求めていることがわかった。タイ地元紙によると、「一部で市民による防水壁破壊といった暴動が出ていることから、一刻も早く非常事態宣言を発令し対応するべき。」としている。FTIはこの他、企業への打撃を考慮し承認された最低賃金の引き上げ時期を来年04月から再来年01月に延期すること、復興ファンドの設立を急ぐことなどを求めている。
10月21日(金)インラック首相は、防災・災害救助関連の権限を首相に集中する防災・災害救助法を発令。洪水対策関連の権限を首相に一極化する措置を取った。軍、クルングテープ都庁などに対し、王宮、プミポン国王が入院中のシリラート病院、発電所、上水道施設、スワンナプーム空港、ドンムアン空港といった首都圏の重要拠点を洪水から守るよう指示。首相が洪水対策の最高責任者となり、関係当局は直接首相に報告をあげ、首相の指示に従うこととなった。
今回の洪水では、クルングテープの防衛方法や洪水情報をめぐり、政府と都庁の足並みがそろわず混乱する場面があった。「タクシン派の現政権と対立関係にある軍が防災に本腰を入れていない。」という批判もある。関係筋によれば、「政府の水害被災者救済センターは、クルングテープ東部を経由して水をタイ湾に排出すべく、関連の水門をすべて開くよう指示したが、都庁がこれを拒否。このため、首相に権限を集中させて、都庁に政府の指示に従わせる必要があった。」とのこと。
タイでは09月下旬から10月上旬にかけて大雨が降り、北部、中部で大規模な洪水が発生。クルングテープにも洪水の危機が迫り、郊外のドンムアン空港に設けられた避難所には約1700人が避難。
21日現在、洪水が発生しているのはスコータイ、ピチット、ピッサヌローク、ナコンサワン、ウタイタニー、チャイナート、シンブリ、アントン、アユタヤー、ロッブリー、サラブリー、スパンブリー、ナコンパトム、パトゥムタニー、ノンタブリー、ウボンラーチャタニー、コンケン、シーサケート、スリン、チャチュンサオ、ナコンナヨク、プラチンブリ、ロイエット、カムペンペット、ターク、マハーサラカム、サムットサコーン、カラシンの28県、被災者は約246万人。07月29日~10月20日の水害による死者は342人、行方不明2人。
10月23日(日)タイ中部を襲った大洪水が南下しクルングテープに到達し、22、23日にクルングテープ北部やチャオプラヤー川岸で洪水が発生。タイ政府はクルングテープでの洪水は4~6週間続くと予想。23日午前の時点で洪水が発生しているのは北部のドンムアン区、ラクシー区、サーイマーイ区、バンーケンー区、チャオプラヤー川岸のドゥシット区、プラナコーン区など。
タイ政府の洪水対策本部があるドンムアン空港は空港前の道路が浸水。都心部のラーチャプラソン交差点、日本人が多く住むスクムビット地区では洪水の報告はない。ラーチャプラソン交差点のショッピングセンターでは23日も、通常よりは少ないとはいえ、かなりの数のタイ人、外国人がショッピングを楽しんでいた。ただ、浸水を恐れ多くの自動車が高架橋やビルの駐車場などに移されたため、道路はいつもに比べ大幅に空いている。クルングテープの上水は21日ごろから一部で緑がかった色に変色。洪水の水がクルングテープの上水取水路に流れ込んだ影響と見られている。
23日未明には、北から南下する洪水の防衛線であるクルングテープ北郊パトゥムタニー県のランシット運河とパホンヨーティン通りが交差する地点で、防水壁を強化しようとしたクルングテープ都庁職員らを地元住民数十人が襲撃し、都庁職員らは撤退。暴徒化した住民が激しい勢いで職員らに殴るけるの暴行を加える様子がテレビで報道された。今回の洪水では、被災した各地で、住民同士が防水壁の設置場所をめぐり衝突したり、当局が設置した土のうを住民が撤去するなどの騒ぎが起きた。クルングテープの防衛方法をめぐるタクシン派の政府と反タクシン派のクルングテープ都庁の対立も報じられた。
洪水の原因となったのは09月から10月上旬にかけて北部、中部で降った大雨で、北部の大規模ダムが一気に大量の放水を始め、事態が悪化した。23日の時点で洪水が発生しているのはクルングテープのほか、北部ナコンサワン、中部アユタヤ、パトゥムタニー、ノンタブリーなど28県、被災者は約247万人。07月29日~10月22日の水害による死者は356人、2人が行方不明。
洪水対策で浸水を余儀なくされた地元住民と当局との間でトラブルが起きていることから、パトゥムタニー、アユタヤ両県では日、防災法31条に基づき、水門、防水堤、排水ポンステーションへの一般人の立ち入りを禁止。また、同じ理由でインラック首相が、アユタヤ県にある水門を警護するよう警察に指示。
パトゥムタニー県ラムルークカーでは22日、防水堤の建設を阻止すべく住民が実力行使に出るなど、浸水の長期化に伴い当局に対する住民の不満が高まっている。
プラユット陸軍司令官によれば、軍はクルングテープ東部に位置するラートクラバン、バンチャンの2工業団地の浸水を阻止するため全力を挙げている。具体的には、防水作業に従事する兵員を増やして防水壁をさらに高くする措置をとっている。
ただ、「最大限の努力を払っているが、それにもかかわらず、水が浸入する可能性がある。これら工業団地を守りきれるとは明言できない。」とのこと。
在タイ日本大使館は短文投稿サイト、ツイッターでの情報提供を開始。アカウントは、@JapanEmb_Thai。
タイのアメリカ大使館の@ACSBKKと日本大使館の@JapanEmb_Thaiとでは、twitterでの情報発信の質と量が比較にならない。
10月25日(火)夜クルングテープ北部のドンムアン空港が浸水したことを受け、インラック首相は、地上波テレビ全局を通じて、クルングテープ全域が浸水する可能性のあることを国民に伝えた。「北部、中部から流れ下ってきた膨大な水が防水壁と運河で対応できる量を超えているとして、最悪の場合は全域で10㎝から1.5m浸水する。」と述べた。
今週末には南下してきた洪水が本格的にクルングテープ北郊に押し寄せる一方、高潮でチャオプラヤー川の水位が上昇し、深刻な危機を迎える見通し。政府は閣議で、クルングテープなど洪水で被災した21都県について、27日木曜日、28日金曜日、31日月曜日を公休日とすることを決めたが、クルングテープ都民に対する婉曲な避難勧告と受け取られている。
タイ政府、クルングテープ都庁は当初、「クルングテープ中心部が浸水する可能性はない。」と主張していたが、洪水対策で政府と都庁の足並みが乱れるなど混乱が続き、楽観論は徐々に消えた。すでにクルングテープの北部、チャオプラヤー川岸などでは浸水地域が増え、政府の洪水対策本部がある北部のドンムアン空港の滑走路に水が流れ込んだ。
クルングテープでは、チャオプラヤー川の水位が海抜2.35~2.4mに達し記録を再び更新。都庁によれば、川沿いの防水堤の高さは2.5m。これを超えて水位が上昇すれば、川沿いの地域は浸水・水嵩上昇は避けられない。インラック首相は、「浸水の程度は当局がどの程度状況に対応できるかにかかっている。」としているが、浸水被害がクルングテープ中心部にまで及ぶ可能性が高い。
タイのメディアでは過去数日、「クルングテープ全域が浸水する恐れがある。」という報道が勢いを増し、首相の放送の後は、「クルングテープに残る必要がない住民は急いで他県に避難すべきだ。」と主張するテレビキャスターも出てきた。全域浸水した場合、水が引くまでに1ケ月以上かかると予想され、経済への影響が懸念される。
10月26日(水)タイのテレビ報道によると、インラック首相は、ドンムアン空港の洪水対策本部で記者団の質問に応じ、「あと1日以内にクルングテープ都内の洪水が本格化する。」と述べた。洪水の見通しについては、「防衛線の急所3ケ所を守りきれば都心部の50%以上は浸水しない。」、「スワンナプーム空港は安全。」、「都内の洪水の深さは10㎝から1mほどになる。」、「事態が悪化した場合、排水に2週間から1ケ月程度かかる。」などと話した。「クルングテープを流れるチャオプラヤー川の水位が週末にかけ、堤防を最大で25㎝上回る。」という見通しについては、「全力で排水を進める。」と答えた。
洪水の原因となったのは06月から10月上旬にかけて北部、中部に降った大雨で、北部の大規模ダムが一気に大量の放水を始め、事態が悪化した。25日時点で被災者は約240万人。07月29日~10月25日の水害による死者は373人で、2人が行方不明。水の中を歩いていた人が漏電で感電死する事故も起きている。
今週後半には南下してきた洪水が本格的にクルングテープ北郊に押し寄せる一方、高潮でチャオプラヤー川の水位が上昇し、深刻な危機を迎える見通し。
10月27日(木)インラック首相は、政府の洪水対策本部があるドンムアン空港で記者団の質問に応じ、クルングテープの洪水が危機的な状況にあり、全域で10㎝から1m浸水し、水が引くまでに1ケ月程度かかるという見通しを示した。インラック首相は時折笑顔浮かべたものの、涙目で声は震えていた。記者らに「泣いたのか。」と聞かれると、「泣いていない。」、「しっかり問題に対処する。」などと応じた。
ドンムアン空港は滑走路や空港前の道路が浸水し、タイのテレビ報道によると、27日未明に停電が起きた。
タイ中部を襲った大規模な洪水を受け、日本の外務省は、タイのクルングテープ都、アユタヤ県、パトゥムタニー県、ノンタブリー県、ナコンパトム県、サムットサコン県に対する危険情報を「渡航の延期をお勧めします。」に引き上げた。
クルングテープについては、緊急の目的・業務の必要など止むを得ない事情で渡航する場合は渡航予定地域の洪水状況の推移に十分な注意を払い、洪水被害に巻き込まれることのないよう適切な安全対策を講じる、すでに滞在中の場合は停電・断水を含む水害に備えて備蓄を進めるなど具体的な安全対策を講じる、中心部で浸水が拡大した場合、停電・断水、道路の寸断、公共交通機関の麻ひ、衛生面などで大きな支障が生じる恐れがあるので、洪水状況の推移・見通しに十分な注意を払いつつ、事情が許す限り、早めに国外への出国を含め安全な場所の確保もしくは安全な場所への移動を検討するよう呼びかけた。
10月29日(土)クルングテープ都庁は、「北部の洪水が南下を続け、ラープラーオ区、チャトゥチャク区、ワントーンラーン区でも浸水が始まった。」と発表。タイ政府、都庁は北から押し寄せる水を防水壁と運河でクルングテープの東西に流し、中心部を守る作戦だが、かなりの量の水が防衛線を超え、都内に流れ込んだ。ムエンエークでは1部で冠水エリアの水位が2m近くになった。防衛線の南側にあるドンムアン空港はほぼ全面的に浸水し、同空港に拠点を置いていたタイ政府の洪水対策本部は、ウィパワディランシット通りのラートプラオ交差点のタイ国営石油会社PTTのビル高層ビルに移転。同ビル前のウィパワディランシット通りがさらに浸水する恐れもあり、一部から「再度の移転が必要なるのでは。」との声も出ている。
最高責任者プラチャー法相は、午前04時頃に「発電装置が浸水して停電し、水道も使えなくなった。」として、対策本部の移転を発表。だが、突然の指示だったため、センターに詰めていた職員の間に混乱が広がった。ドンムアン空港には水害被災者が避難していたが、何の指示もなく、取り残された。また、同空港に寄せられた救援物資も水浸しのホールに放置されたままとなっている。
インラック首相は、「来週には落ち着き、これまで通りの日常が戻ってくることを祈っています。水が引けば、すぐに『ほほ笑みの国』に戻るでしょう。」と述べ、楽天的ともとれる見通し。しかし、洪水対策の本丸すら守れなかったことで、国民からの信頼が低下する可能性は否定できない。
また、洪水拡大のおそれもある。大潮のピークとみられる29日は、中心部の王宮付近などで朝の満潮時に人の膝の高さまで水が流れ込んだ。水の大半は一旦引いたが、16時半には再び満潮を迎えるため、厳重な警戒が続いている。
一方、チャオプラヤー川沿岸は午前も潮位の上昇と増水で一部地域が氾濫。浸水があったのはロイヤルオーキッドシェラトンホテル周辺や高架電車BTSタークシン橋駅南の造船所と魚河岸一帯、中華街のヤワラート通りなど。
タイ湾への早急な排水のため、主要4道路を掘削して臨時運河とすることも検討されたが、インラック首相は、「効果が期待できない。」として改めて同計画に消極的な姿勢を示した。
今後のプランであるが、複数の治水専門家によれば、「クルングテープに隣接するパトゥムタニー県の運河のうち、いまだ閉鎖している水門数箇所を開放し、ミンブリ、ラートクラバンなどクルングテープ東部に流す水量を増やすことで、都心の被害を軽減、冠水期間を短期化できる可能性が高い。」しかし、現在、パトゥムタニー県の有力政治家が地元の被害をこれ以上拡大することに猛反対しているほか、工業団地、スワンナプーム空港が被害を受ける可能性もでてくる。インラック首相も、「これ以上、工業団地に被害を出すわけにはいかない。」と考えている。都心部浸水は時間の問題であるが、政府はまだ対応を決めかねている。
今回の洪水では、タイ政府、都庁、専門家とされる人々の情報発信の遅さと混乱、内容の貧弱さが、タイ国民、外資企業などを苛立たせている。
バンコク日本人商工会議所や日本貿易振興機構(ジェトロ)は再三にわたり、タイ政府に対し、情報の整理・一元化と正確で迅速な英語、タイ語の情報発信を要請したが、洪水の本格化から1ケ月経っても、公的機関からの英語による洪水情報はほとんどない。タイ語の発表も「全力で取り組んでいる。」と繰り返し、具体的な見通しがわからないものが多い。テレビに出演する「専門家」も「ここがこうなってここがこうなると、クルングテープは大変なことになる。」といった不明瞭な話ばかりで、ネット上には「私はオカマだけど、私たちが知りたいのは、いつ、どこで、どのくらいの深さの洪水になるかということ。それぐらいは、私でもわかる。」といった怒りの声が渦巻いた。
こうした中、人気を集めているのが、タイの王室系研究機関の所長であるセーリー准教授。地図を使い、「この地域は水深が何㎝になる。」とてきぱきと説明して一躍時の人となり、最近はテレビに出ずっぱりの状況。クルングテープ北郊のセーリー准教授の自宅は洪水で水没状態。
10月30日(日)大洪水に見舞われているタイで、クルングテープ北郊のドンムアン空港の倉庫に保管された市民や外国から寄せられた大量の救援物資を撮影した動画が動画投稿サイト、ユーチューブに投稿され、救援物資が洪水対策本部の関係者などが物資を被災民に届けずに私物化し、被災地に届いていない疑いが浮上。動画はタイ人男性数人が10月27日に撮影した模様。倉庫内に大量の飲料水ペットボトル、ボート、竹のイカダ、日本政府が送った簡易トイレなどが保管されている様子が撮影されている。倉庫の外には洪水の水が数十mまで迫っていた。
この疑惑について、洪水対策本部を統括するプラチャー法相は、「物資管理の責任者であるチャムルン首相府監査主任から説明を聞く必要がある。」と釈明。しかし、同主任は、「ボートやいかだなど市民や慈善団体から寄付された物資の大半は、防災局が管理している。」と、「自分には責任がない。」と述べている。なお、「ドンムアン空港浸水による対策本部移転に伴い、支援物資の一部は国立競技場に移動中。」という。
タイ政府はドンムアン空港に洪水対策本部を設置していたが、滑走路や空港前の道路などがほぼすべて浸水したことから、29日に本部を移転した。30日時点ではターミナル内も浸水し、倉庫内の救援物資は搬出されなかった場合、水没したと見られる。タイ政府は今回の洪水で対策が後手に回り、情報提供も不十分なまま。政治的に対立する政府、クルングテープ都庁、軍の連携不足も指摘される。外国からのものも含め救援物資が「水の泡」となったとなると、政府に対する批判がさらに強まりそうだ。
クルングテープ各地で政府の洪水対策に対する住民の不満が高まっている。ドンムアン区ムアンエークでは1~2mの冠水が続いているが、一向に水が引かないことから、住民らがプレムプラパ運河の防水堤として置かれている土嚢を無断撤去。このため、汚染水が運河に流れ込むとことになった。プレムプラパ運河は浄水場に水を供給するための運河であり、ここに病原菌が大量に流れ込むなど、浄水能力を超えて汚れた場合には最悪、都内各地への水道水供給ができなくなる。そのため、水道公社、都庁などは住民に冷静な対応を求めている。11月01日以降、タイ湾の潮位が下がり、排水効率が高まることから、冠水状況は好転するが、それまでに住民の不満を抑えることができるかどうかは微妙な状況。
一方、サームワー運河でも、長期間の冠水を不満とする周辺住民が、運河水門の開放を求めて、運河水門を壊そうとした。都庁は住民らとの話し合いの後、運河の水門を短時間開放したが、住民の求める水位まで下がらなかったことから、夜、再び住民数十人が水門を破壊するため、集まった。水門の破壊行為は続いており、警察官も遠巻きで、制止する動きをみせていない。水門を住民の求めに応じて開放した場合、センセーブ運河の水位が一気に高まり、ラートクラバン地区周辺が洪水となる危険性が高まる。
ラートクラバン地区にはナワナコン工業団地に次ぐ歴史を持ち、日系企業20社が入居するバンチャン工業団地がある。クルングテープ都庁のティラチョン副都知事も、サームワー運河水門開放により、バンチャン工業団地浸水の可能性が高まるとして、住民の求めには応じない姿勢を示しているが、同地区はインラック政権の支持者が多いことから、政府がどの程度、断固とした姿勢を見せることができるかは不透明な状況。
10月31日(月)「都庁のせいで浸水が悪化した。」として住民らが無断で土嚢を撤去している地区があるほか、なかには作業員に土嚢の積み上げを止めさせるようと威嚇発砲。スクムパン都知事は、「ランシット運河の氾濫を防ぐために、この地区の防水堤を設置することは必要不可欠。」として、住民に理解を求めている。
クルングテープ東部のミンブリー区で、長引く冠水に不満を募らせた地元民らの抗議に当局が屈する形で、サームワー運河水門を開放したことから、バンチャン工業団地が浸水する可能性。この日、サームワー運河水門では、これまでの80㎝から一気に倍近い150㎝へと開口幅を引き上げた。その結果、抗議民の住む地区では排水が促進されることになったが、同区内のバンチャン工業団地周辺では逆に水位が上昇することになり、浸水の可能性が高まっている。
水害被災者救済センターのティラチョン顧問(クルングテープ副都知事)によれば、「水門の開口幅が拡大したことで、サパーンスーン区のセンセープ運河沿い、バーンカピ区、ブンクム区でも浸水被害が拡大する恐れが出てきた。」
クルングテープ都庁では「バンチャン工業団地を守るため、住民の要求には応えられない。」との態度を明確にしていたが、インラック首相が首相特権を行使。水門開放を命じた。サームワー運河周辺にはタクシン支持派が多く、抗議民の多くはタクシン派のシンボルマークである赤服を着ていた。
11月01日(火)クルングテープ都内ミンブリー区でサームワー水門の開門幅が広げられたほか、水門の一部が壊されて下流への流水量が増大していることから、ティラチョン副都知事は、「クルングテープの全50区のうち浸水の危険性のない区はなくなった。」と述べ、「19区は大丈夫だろう。」との前日の発言を撤回。
クルングテープ都内の運河は地下水路でつながっており、サームワー運河の下流に位置するセンセープ運河に水が流れ込むことで、全域に浸水が拡大する恐れがある。このため、スクムパン都知事は、防災法に基づいて、クルングテープ防災の最高責任者としての権限を行使して、下流域に流れ込む水量を減らすため、警察官の警護の下、都職員にサームワー水門を修理させる意向を明らかに。これは、「水門の開放幅を1m広げよ。」とのインラック首相の命令に反するもの。
11月02日(水)夜までクルングテープ都庁は住民が破壊した北部クローンサームワー区のサームワー運河の水門の修復に成功。現場周辺には住民の襲撃を阻止するため、警官多数が配備された。
タイ政府、都庁はクルングテープの北から押し寄せる洪水を、土嚢の堤防と運河で東西に流し、中心部を守る作戦をとっている。この防衛線の外側では浸水が長引き、不満を強めた住民が堤防を壊したり、集団で運河の水門開放を当局に要求するなどしている。
水門の開放を巡っては、長引く浸水に不満を募らせる住民の反発を懸念する政府と、浸水区域の拡大防止を最優先とする都庁が真っ向から対立する形。
クルングテープで洪水被害が広がる中、タクシン派のタイ政府と反タクシン派のクルングテープ都庁の間で主導権争いが続いている。
スクムパン都知事は、クルングテープ都内クローンサームワー区の住民がサームワー運河の水門の一部を破壊した問題でインラック首相に電話したことを明らかにし、「政府の洪水対策本部の幹部が、『都庁とは一緒に働けない。』と言っていたが、首相は私に協力を求めてきた。トップ2の間に問題がなければ、両機関の間に問題は生じないだろう。」、「危機を乗り切るには都庁と洪水対策本部が協調する以外の道はない。」と述べた。
クローンサームワー区では浸水した地域の住民数百人がサームワー運河の水門を開け水を流すよう要求し、近隣の道路を封鎖したり、警官を押しのけて土嚢の堤防を壊すなどした。インラック首相は31日、水門をより広く開けるよう都庁に命じたが、都庁は洪水が拡大するとして強い不満を示している。こうした中、水門の一部が住民により破壊され、都庁は修復作業に乗り出した。インラック首相はタクシンの妹、スクムパン都知事は反タクシン派の民主党に所属。
水門の開閉などを巡って地元住民と当局の対立、いざこざなどが起きているが、プラユット陸軍司令官は、「これらのいざこざを解決するために非常事態宣言を発令することに反対する。」と明言。
に非常事態宣言下では、軍が治安維持などで主導的役割を果たすことが可能になる。
これまで最大野党の民主党のアピシット党首などが、洪水対策や被災者救済の円滑化のために非常事態宣言の発令を求めていたが、プラユット司令官は、「当局に対する住民の反発を抑え込むために非常事態宣言を使えば、昨年の大規模反政府デモの際のような衝突が起きる。」としている。
11月03日(木)インラック首相は、浸水したドンムアン区をボートで視察。被災者に支援物資を配布したほか、水質改善のための有用微生物群「EM菌」を水中に投入。
同区内ブラパ地区では400人以上の住民が首相を出迎え。「これで我々も生き延びることができる。」と喜びを示したが、約500人が支援物資を求めて集まったコスム・ルアムチャイ市場では、一部の被災者に物資が行き渡らず怒りを露わにする住民が多かった。
また、浸水しながらも約200人の被災者を受け入れているドンムアン技術専門学校では、建物の前を通りがかったインラック首相に支援を求める叫び声が上がった。同校は避難所に指定されたものの、当局からは誰も来ることがなく、ボートもないため、取り残された状態が続いている。
政府の洪水対策本部が設けられている、ウィパワディ・ランシット通りラートプラオ交差点付近の高層ビル「エネルギーコンプレックス」は、周辺の水位上昇で浸水の恐れが日々高まっている。インラック首相は、「考えさせてほしい。実際のところ、本部は移転したくない。ここしばらくはこの場所で洪水対策に尽力したい。」、「状況は改善に向かうと確信している。大きな土のうで水をブロックしているので、クルングテープ中心部が浸水することはない。」などと述べて、再移転の予定がないことを明らかに。
当初ドンムアン空港に設置された対策本部は浸水で10月29日に急遽現在の場所に移転。政府の見通しの甘さを露呈する結果。政府としては、「恥の上塗り」となるため、再移転は避けたいところだが、再び慌てて移転することになれば、政府の信頼度がさらに低下するのは避けられそうにない。
11月05日(土)スクムパン都知事は、「洪水対策で政府が都庁の要請を無視している。」として、政府が07日までに協力する姿勢を示さない場合、政府の指示を無視して都庁独自の洪水対策を実施する構えを明らかに。
政府の洪水対策本部がクルングテープを洪水から守るうえで適切な対策を打ち出せていないこともあり、最大野党の民主党幹部のスクムパン都知事は、洪水問題への対応で政府とそりが合わない状態が続いている。スクムパン都知事は、「1週間ほど前から排水ポンプを増やし、排水作業を迅速化するよう求めているが、洪水対策本部はなにもしていない。48時間以内に前向きな返答がなければ、(洪水対策本部の指示に基づいた)現在の洪水対策を見直さなければならない。」としている。
危機的状況にもかかわらず、タクシン派のタイ政府と反タクシン派のクルングテープ都庁は互いに非難合戦を続けている。スクムパン都知事は記者会見で、農業協同組合省灌漑局が排水に必要なポンプを引き渡そうとしないことに強い不快感を表明。政府側のバンハーン元首相は、スクムパン都知事の対応を批判。政府はこれを受け、06日までにポンプ24台を引き渡した。
一方、インラック首相は、洪水が引いた北部ナコンサワン県を訪れ、復興の手本になって欲しいと、涙を流して住民に呼びかけ、喝采を浴びた。
クルングテープの北郊では、洪水被災地の地元住民が、水を早く流すため、運河の水門をあけるよう当局に強要したり、堤防の土嚢を崩すなどのトラブルが多発。被災地では空き巣や寄付金と偽って集めた金の持ち逃げ、バイクタクシーの運賃が10倍以上つり上げられるなどの問題が相変わらず続いている。テレビ報道によると、都内ではマンションから高架高速道路に直結する足場が作られ、住民が高架道路からタクシーに乗車している場所がある。
日本の独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、タイ地理情報宇宙技術開発機関(GISTDA)と協力して、航空機搭載Lバンド合成開口レーダー(Pi-SAR-L)による、クルングテープの観測を開始。クルングテープ都市部、工業団地などの浸水状況を正確・迅速に把握し、タイ政府などによる浸水予測や被災者救援、洪水被害復旧対策を支援する。26日まで観測を続ける予定。Pi-SAR-Lは雨天や曇天、夜間でも地表面が観測できる最新技術。
11月09日(水)水利局は、北から南下する水量の減少や現在の排水能力などから、「クルングテープは11日間で浸水が解消する。」との見通しを明らかに。「南下の水量は合計140億㎥。その半分は海に流れ込んでおり、中央平野に残っているのは85億㎥あまり。その内訳は、チャオプラヤ川が約30億㎥、中部の農地や北部が約35億㎥で、残りが防水堤を潜り抜けてクルングテープ各所に浸水を引き起こしている。」という。現在の排水能力が1日当たり約4億㎥であることから、計算上では11日間でクルングテープは浸水エリアがなくなることになる。
なお、インラック首相を含め当局はこれまで甘い見通しばかり示し、国民の信頼を失っており、今回の発表も「希望的観測」との見方も出ている。
11月10日(木)クルングテープの洪水の見通しについて、タイ政府洪水対策本部のアノン・タイ地理情報宇宙技術開発機関(GISTDA)長官代行は、タイのテレビ局数局のニュース番組に出演し、「チャオプラヤー川東側のクルングテープ中心部の幹線道路は今後7~10日で通行可能な状態まで水が引く。」という見通しを示した。また、「戦勝記念塔まで洪水が達することはない。」と言い切った。最新の衛星写真から、「クルングテープの北にある洪水の水量は約30億tで、今後20~30日でチャオプラヤー川東側に10億t、西側に15億tが流入すると推定。東側の中心部は北側に設けられた大型土嚢の堤防『ビッグバッグ』と運河による排水で、海に流れ出る水量が洪水の流入量を上回り、状況が改善しつつある。」と分析。「西側は流入量が多く、今後3週間、幹線道路の浸水が続く。」という見通し。
スクムパン都知事も、「都内各所で洪水の水位が下がった。」として、「今後水の流入がなければ2週間以内に幹線道路から水が引くだろう。」と述べた。
一方、ランシット大学のセーリー准教授(東北大学工学博士)は公共放送局タイPBSの夜のニュース番組で、クルングテープ各地の洪水の水量と今後予想される流入量、排水能力を示し、「クルングテープ中心部の浸水地域で2週間以内に水が引く可能性はない。」と断言。
今回の洪水はピーク時の水量が満水時の琵琶湖の3分の2に相当する160億t、浸水した地域が1万6000平方キロに及ぶ。これまでに500人以上が死亡、ホンダ、ソニーなど日系企業400社以上の工場が水没。
クルングテープは南下してきた洪水で10月下旬から広い範囲が浸水。中心部は過去数日、東西に走るバンスー運河で水の南下が止まり、日本人が多く住むスクムビット地区やショッピング街のラーチャプラソン交差点などは浸水していない。
タイ政府は洪水の今後の見通しに関する公式見解を示さず、インラック首相、洪水対策本部長であるプラチャー法相ら政府高官からの情報発信はほぼゼロ。専門家の意見はバラバラで、住民は苛立ちを強めている。
インラック首相は、一部のメディアで報道されている首相辞任説について「事実無根」と否定。これまで複数のメディアが、「首都圏浸水を防ぐことができなかった責任を取り、首相が辞任するのではないか。」と報道したが、インラック首相は、「この洪水被害を収めるため、これからも首相として最善を尽くしていく。辞任など考えていない。」と明言。
ヒラリー・クリントン米国務長官は16日、大規模な洪水に見舞われているタイを訪問。タイのインラック首相らとクルングテープで会談し、洪水からの復興に向け、タイに対する米国の支持を示す。
クリントン国務長官はアジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため09日からハワイを訪れ、その後、15日にフィリピン、16日にタイを訪問。17~19日には東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議にあわせバリ島を訪れる。
野党民主党のランシマー議員は、「政府の水害被災者救援センターによる支援物資の調達に不正があった。」と指摘。ランシマー議員は、「水害被災者救援センターは、5㎏あたりの市場価格が85Bの標準米を195Bで購入している。医薬品については、保険局から無料で入手できるものについても費用を請求。缶詰や即席麺なども、卸売り店で買えば安いものをわざわざ高価格で購入している。」と糾弾。さらに、「仮設トイレの費用も不当に高額であるほか、米の購入については議員秘書による請求書の改竄もあった。」としている。
これに対し、水害被災者救済センターのプラチャー所長(法相)は、「支援物資の調達については厳密に監視しており、水害被災者救済センター調査委員会により不正はないとの報告を受けている。」と反論。「300B、500B、800Bと3種類ある支援物資セットの中身については、価格が妥当かどうか自ら最終チェックを行っている。」と説明。
チュラロンコーン大学経済学部のナロン准教授は、「法律専門家などと洪水で甚大な被害が出たことを話し合った結果、いくつかの点について法的に(当局の)責任を追及できることがわかった。」と述べ、被災者などによる集団訴訟が可能との見方。「洪水によって家屋が浸水して直接的な被害を受けた人々だけでなく、収入が途絶えたり減少したりしたという間接的な被害者も原告となり得る。」という。ナロン准教授は、「閣僚だけでなく、関連の政府機関すべてが責任を負うべき。」としている。

← セントラルデパート・ラートプラーオ店前のパホンヨーティン通りでのローイクラトング。

11月11日(金)国会審議の中で、政府の洪水対策本部「水害被災者救援センター」の最高責任者、プラチャー法相が洪水対策の遅れを被災者に謝罪。また、インラック首相は、最大野党の民主党のアピシット党首が一部から要求の出ている首相の引責辞任は不要としたことに対し感謝の意を示した。アピシット党首によれば、「タイは現在国難に直面しており、このタイミングで首相が辞任、下院を解散することは政治の不安定化につながり、国民にとってプラスにならない。」また、洪水対策で当局に落ち度があったとして集団訴訟で政府の責任を追及する動きがあるが、これについて、アピシット党首は、「政府が支持者を動員して対抗させるようなことがあれば、政治的対立がエスカレートするだけ。」と警告。
国外逃亡中のタクシンの長女のピントーンター・チナワットの婚約式が、クルングテープ都内のホテル、スイソテル・ナイルートパークで行われた。相手は若手実業家のナタポン・クンナーコンウォン。

← 左から、タクシンの長男のパーントーンテー、次女ペートーンターン、末妹インラック首相、長女ピントーンター。

婚約式は当初、クルングテープ都内のタクシンの自宅で行われるはずだったが、タクシン宅が洪水で浸水したため、ホテルに変更された。結婚披露宴は12月12日、都内のプラザアテネバンコク・ロイヤルメリディアンホテル。

← 左から、タクシンの長男のパーントーンテー、末妹インラック首相、次女ペートーンターン、長女ピントーンター。

11月14日(月)洪水の南下を防ぐためクルングテープ中部の北側に設けられた大型土嚢の堤防「ビッグバッグ」が住民によって約10mにわたり撤去され、都内に水が流入。タイ当局はビッグバッグで洪水の流入を緩和し、その南を東西に走るバンスー運河でそれ以上の南下を食い止めることに成功。ビッグバッグとバンスー運河の間の浸水地域でも徐々に水位が下がっていた。しかし、ビッグバッグに穴が開いたことで、洪水が悪化する懸念が生じている。ビッグバッグを撤去したのはクルングテープ都北部ドンムアン区の住民。数週間に渡り、悪臭を放つ水の中で生活を強いられ、水を流して洪水の水位を下げようとした。土嚢の撤去は12、13日に行われた。
この問題を巡っては、「ドンムアン区選出のタクシン派与党議員がビッグバッグの撤去を認めた。」という報道が流れ、政府が否定。反タクシン派のクルングテープ都知事とタクシン派の政府の対立も再燃している。
一方、クルングテープ西部では、幹線道路のラマ2世通りを住民が封鎖し、浸水した地区の排水を都庁に要求した。都庁が「ポンプを追加し排水作業を急ぐ。」と約束したことから、住民は数時間後に散会。
クルングテープ北部ドンムアンで冠水が続いている住宅地の住民が水かさを減らすとともにボートの往来を可能にするなどの目的で防水堤の一部を壊した問題で、政府の洪水対策本部「水害被災者救援センター」と都庁は、住民が長期にわたり冠水を強いられている状況を考慮し、防水堤を修復せずに欠損部分幅約6mを10mまで拡大することで合意。同センターの最高責任者プラチャ法相とスクムパン都知事によれば、防水堤を一部撤去するだけでは、「クルングテープ都中心部を洪水から守るという都庁の作戦に支障が出ることはない。」とのこと。
11月15日(火)インラック政権は秘密閣議を開き、海外逃亡中のタクシンの帰国を可能にする恩赦令を承認。恩赦案は今回の閣議で取り上げることが予定されておらず、閣僚以外は全員退室させて検討、了承された。
手続きが順調に進めば12月05日の国王誕生日に恩赦が実施され、タクシンの年内帰国の道が開かれる。野党、民主党や反タクシン派グループの反発は必至で、政情が再び不安定化する恐れ。承認された恩赦令は60歳以上で、禁錮3年以下の刑に処せられた者が対象。タクシンは62歳で、在任中の汚職の罪で禁錮2年の有罪が確定しており、対象に含まれる。
秘密閣議はチャルーム副首相が主宰。本来、閣議を主宰するインラック首相は洪水の被災地視察を理由に欠席、「兄のタクシンに便宜を図ったとの批判を避けるため故意に欠席した。」との観測が浮上。一方、インラック首相は報道陣に対し、「閣議で恩赦案が取り上げられるとは知らなかった。(議長を務めた)チャルーム副首相に聞いてほしい。」と、同案に言及することを避けている。
これに対し、最大野党の民主党が、「国外逃亡中のタクシンの免罪が目的。」などと批判。アピシット民主党党首(前首相)は「タクシンへの恩赦は法治の破壊であり、新たな政治危機を招く。」として、反対の立場を明確に。国王の誕生日にはこれまでにも同様の恩赦が行われているが、適用条件は、前民主党政権下では「汚職関連は除外。刑に服していない者も除外。」とされていた。
外務省によると、インラック首相(44)は17~19日にバリ島で開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議に出席。現地で野田佳彦首相、オバマ米大統領、支那の温家宝首相らとの個別会談も予定。インラック首相は日米支の首脳が参加する国際会議で実質的な外交デビューを果たすことになる。
インラック首相は2006年に軍事クーデターで追放されたタクシン(62)の妹。タクシン財閥の企業経営者だったが、今年07月の総選挙でタクシン派政党が勝利したため、政治経験ゼロの状態で、タイ初の女性首相となった。就任早々、過去50年で最悪という大洪水への対応を迫られ、首相就任後の慣例であるASEAN歴訪も済ませていない。
11月16日(水)タクシンの免罪を目的としたとみられる恩赦案が閣議了承されたことに反タクシン派などが反発を強めている。反タクシン組織の代表格、民主主義市民連合(PAD)のソンティーは、恩赦が国王からの賜与という形を取ることから、「国王に圧力を加えるもの」と恩赦案を厳しく批判。「黙って見過ごすことはできない。PADはどのような行動に出るべきかを早急に話し合う。」としている。今回の恩赦は、12月05日の国王陛下誕生日に因んだものだが、関係筋は、「未だに国内各所が冠水しており、反タクシン派が抗議の街頭活動を大々的に展開するのは難しい状況。」
ヒラリー・クリントン米国務長官が、大規模な洪水に見舞われているタイを訪れ、タイのインラック首相と会談。クリントン長官は洪水復旧のためタイに1000万ドル以上の追加支援を約束したほか、ビルマ問題、タイとカンボジアの国境紛争、東アジア首脳会議などについて、インラック首相と意見を交換した。クリントン長官は会談後の記者会見で、「米国政府はタイの文民政権を支持する。」と述べた。
クリントン国務長官はアジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のため09日からハワイを訪れ、15日にフィリピンを訪問。17~19日には東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に合わせバリ島を訪れる。
世界の血塗られた悪鬼、クリントンでもワーイをすると殊勝に見えてしまう。宗教とは困ったもんだ。
大洪水に襲われているタイ。クルングテープやタイ中部の被災地では生活にボートが不可欠となっている。こうした中、タイ国立電子コンピュータ技術センター(NECTEC)の研究者チームが安価で簡単に製作できるボートを開発。木枠の中に大型の盥2個を入れ、2本の塩化ビニル管で挟み、ヒモで縛りつけたもので、原材料費は2990B。重さ250㎏まで積載可能。

タイ科学技術開発庁(NSTDA)主催の洪水時に使用できる乗り物の発明コンテストがクルングテープのルムピニー公園で行われ、モンクット工科大学トンブリ校のチームが開発した水上自転車がクリエイティブ部門で優勝。
敗戦後、原動機付き自転車とか零戦のカウリングで鍋や釜を作ったり、やぐらこたつに電気釜、ラジカセとか、こういった部門は日本人がお家芸の筈だったのだが、最近は、下らない新製品しかお目にかからない。ゆとりの教育という洪水で脳味噌が湿気ってしまったのだろう。
11月17日(木)閣議で先に了承された恩赦案が「タクシン元首相の免罪が目的」との批判を招いている問題で、国内の7大学の教授や講師ら88人が反対を表明。
今回の恩赦では、これまで対象外とされていた汚職や薬物に関連した犯罪者にも適用されることになっている。チュラロンコーン大学政治学部のシリパン准教授は、「恩赦案は刑事訴訟法に抵触する。恩赦が実施されれば、安全保障が脅かされ、混乱が生ずる。政府は国政の運営が困難になる。」と指摘。
一方、チャルム副首相は同日、「恩赦によって2万6000人あまりが恩恵を受ける。タクシン(汚職・職権乱用で禁固2年の有罪が確定)のためだけの恩赦ではない。」と釈明したが、適用条件の変更が異例であることから、恩赦案への批判がさらに強まることは必至。
クルングテープ都北部サイマイ区で、地元住民約100人が防水堤の欠損部分を修理していたところ、何者かが投げ込んだ爆発物が爆発して6人が負傷。
警察では、防水堤の北側と南側の住民らの対立を煽ろうとしたものとみて、事態がエスカレートするのを避けるため現場に機動隊を派遣し警備に当たらせた。
70mに及ぶ欠損部分は、サイマイ区の北に隣接するパトゥムタニー県の住民約300人が水を南側に流して自分たちの住む地区の水量を下げようと同日朝に土嚢を撤去したことからできたもの。これによってサイマイ区では防水堤の南側地区の水位が約20センチから30~40㎝に上昇。このため、地元住民らが流入する水量を減らそうと防水堤の欠損部分に土嚢を積むなどしていた。
警察によれば、投げ込まれた爆発物は、レンガと爆薬を組み合わせたもの。
11月18日(金)反タクシン派団体の民主主義市民連合(PAD)パーンテープ報道担当は、タクシンを含めた恩赦案への反対を表明。週明け「21日に首相府直轄の法律機関本部前で抗議集会を行う。」と明らかに。
15日、「インラック首相が外遊中で不在の中、関係者のみを集めた閣議で、タクシンなどを含めた恩赦案が秘密裏に進められた。」と地元紙各紙で報じられていた。
インラック首相(44)は17、18日、バリ島で開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議に出席し、野田佳彦首相らとの個別会談。野田佳彦との会談は18日、約30分間行われた。インラック首相は「タイ中部の大洪水で浸水した工業団地の復旧に向け、タイ政府が必要な資機材の輸入関税減免や支援要員の滞在許可などの支援策を取る。」と約束。中長期の洪水対策に向け、相当規模の予算措置を講じる方針も示した。
タイでは例年、プミポン国王の誕生日(12月05日)に恩赦を実施している。タクシンは12月12日にクルングテープで行われる長女ピントーンターの結婚式に出席するため、妹のインラック首相らに自身の恩赦を急ぐよう指示したと見られ、「国王に提出する恩赦勅令案の内容が15日の閣議で、タクシンを対象に含むよう変更された。」と報じられた。こうした報道を受け、クルングテープでは18日、タクシンの恩赦に反対する集会が開かれ、数百人が参加。「大洪水の最中に自身の利益を優先させた。」として、中間派からも反発が強まっていた。
11月19日(土)東北部のムクダハン、コンケン両県と中部サムットプラカン県で、赤服姿のタクシン支持者たちが、閣議で先に了承された恩赦案への支持を表明する集会。参加者数は、ムクダハンが約1000人、コンケンとサムットプラカンがともに数百人。
同案については、適用対象に汚職関連の犯罪者、刑に服していない犯罪者が含まれたことから、「タクシンの免罪が目的」といった批判意見が出ており、先に反タクシン派が都内で反対集会を行った。
11月20日(日)汚職で懲役2年の実刑判決を受け国外逃亡中のタクシンの恩赦をタクシン派の現政権が画策したとされる問題で、タクシンは、滞在先のドバイで声明を出し、恩赦を求めない考えを明らかに。
声明の発表から数時間後、プラチャー法相は記者団に対し、「恩赦は従来の条件で実施される。」と、今年の恩赦がこれまで同様、麻薬犯と汚職犯を対象外とすることを確認。
タクシンは声明で、「タクシン派と反タクシン派に分断された国民の和解を優先すべきだ。」と主張。「政府が私を含め特定の個人にだけ利することをするとは考えていない。」と述べ、自身の恩赦に反対する考えを示した。
条件変更とは、汚職・薬物関連の犯罪人、および逃亡犯を適用対象に含めるというもの。反タクシン派は、タクシンへの恩赦が可能になることに強く反発し、学識経験者からも「違憲」といった批判意見が出ていた。
関係筋によれば、プラチャー法相が恩赦適用条件を発表する数時間前にタクシンが「恩赦を望まない。」と書簡で明らかにしたことから、これを受け政府は条件変更を断念した模様。だが、プラチャー法相は「各方面からの批判に伴い再検討した結果。」と述べ、タクシンの書簡公表と政府の決定は無関係としている。
クルングテープ北部ドンムアン区とバンコクに隣接するノンタブリー県の住民数百人が、冠水が長期化していることに耐えかねて、クルングテープ都庁に対し、複数の運河の水門を開放することを求めた。さらに、「他地域を浸水から守るために犠牲になっている。」として追加の賠償も要求。住民らは、「要求が受け入れられない場合、防水堤を破壊するなどの実力行使に出る。」としている。
なお、防災局によれば、水害関連の死者数は20日時点で602人。
11月21日(月)朝反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)は、「クルングテープ都内自治委員会前で予定していた大規模集会を中止する。」と発表。
PADは、先日閣議了承された恩赦案が、「タクシンの免罪を目的としている。」として、21日に大々的な反対集会を行うとしていた。
しかし、プラチャー法務相 が20日、「この恩赦案は前法務相(民主党)が進めていたもの。」と説明したことで、PAD幹部らは「タクシンの恩赦が目的でないなら、反対集会を開く必要はなくなった。」との結論に達した。
反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)首脳のソンティーは、「政府が再びタクシンへの恩赦を企てることがあれば、PADは長期にわたり大規模な抗議集会を展開する。」と述べ、政府に警告。
PADは、政府が元首相への恩赦を可能とする適用条件変更を断念したことから、予定していた抗議集会の中止を決めた。
だが、ソンティーによれば、「インラック政権がタクシンの免罪に向けた動きに出たり、不敬行為を見過ごすようなことがあれば、PADはすぐに抗議行動に訴える。」
11月23日(水)刑事裁判所は、「王妃に関する不適切なショートメッセージを他人に送ったことが不敬罪とコンピュータ犯罪に当たる。」として、サムットプラカン県在住のアムポン・タンノップパクン(61)に4件の罪についてそれぞれ5年、合計20年の禁固刑。
検察によれば、アムポンは昨年05月、アピシット首相(当時)の個人秘書に対し、複数回にわたってメッセージを送付。捜査当局は携帯電話会社の送信記録から国際移動体装置識別番号(IMEI)を手がかりに発信元を特定した。
アムポンは、「IMEIが偽造された。」、「メッセージ送信のやり方を知らなかった。」、「事件当時、携帯電話を修理に出していた。」などと、容疑を否認していたが、それを裏付ける証拠を示すことができなかった。
不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。タイではタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデター後、特権階級を中心とする反タクシン派と、地方住民、中低所得者層が多いタクシン派の政治抗争が続き、軍、司法の実権を握る反タクシン派により、タクシン派の市民が不敬罪で投獄されるケースが相次いだ。今年05月には米国人ライターによるプミポン国王の評伝でタイ国内で発禁となっている「ザ・キング・ネバー・スマイルズ」の一部をタイ語に訳して自分のブログに掲載し、同書のウェブサイトへのリンクを張ったとして、タイ系米国人のルーポング・ウィチャイカムマット(ジョー・ゴードン)(54)が不敬罪容疑で逮捕された。反タクシン派はインターネットの検閲も強化し、米人権団体フリーダムハウスによると、2007年以降、裁判所命令で7万5000のウェブページへの接続が遮断され、このうち5万7000ページが不敬罪によるものだった。ただ、今年07月の総選挙でタクシン派が政権に復帰したため、今後、不敬罪の適用が減る可能性がある。ネット上の百科事典「ウィキペディア」のプミポン国王に関する英語のページは08月時点でタイから閲覧できなかったが、11月23日現在では閲覧が可能。
クルングテープ都心部が洪水を免れ、都内各所で水が引く一方、北郊のパトゥムタニー県や西北のノンタブリー県では広い範囲で数十㎝から1m以上の浸水が1ケ月以上続いている。水が悪臭を放ち、虫が大量発生するなど状況は厳しく、不満を強めた住民が抗議行動に出たり、政府を裁判所に訴えるなどの動きが広がっている。
クルングテープ中央部の北側に設けられた大型土嚢の堤防「ビッグバッグ」の北側のパトゥムタニー県ラムルッカ郡の住民数百人が「ビッグバッグ」を十数mにわたり撤去し、制止しようとした警官と揉み合った。「ビッグバッグ」は南下してくる洪水のクルングテープへの流入を防ぐため設置されたが、ラムルッカの住民は「ビッグバッグのせいで洪水が引かない。」と怒りを露わに。
現場から数㎞西では、高架高速道路ドンムアントールウェーの出口をラムルッカの住民数百人が封鎖し、居住地域の排水を急ぐよう当局に要求した。道路封鎖で渋滞が発生し、強行突破しようとした乗用車の上に住民が飛び乗ったり、フロントガラスを割るなど、混乱が続いた。
また、ほぼ時を同じくして、クルングテープ都ドンムアン区では、ドンムアン区とサイマイ区の住民数千人が当局との話し合いが決裂したことから、大型土嚢で築かれた防水堤を撤去。サパンマイ地区に大量の水が流れ込んだ。
ノンタブリー県では22日、洪水被災地の住民数百人が県庁前に集まり、洪水の水を流すため、クルングテープとの境にある運河の水門を開くようクルングテープ都庁に要求した。スクムパン都知事は当初、「都内が洪水になる。」として拒否したが、23日になり、要求の一部を飲んだ。都庁首脳は、「防水堤が壊されたことで全体的な排水が遅れ、結果的に浸水が長引き市民はさらなる困難を強いられることになる。」と説明するが、とりわけパトゥムタニー県やクルングテープ都北部では、浸水に苦しめられてきた人々の忍耐は限度に達しており、防水堤破壊といった実力行使は今後も頻発しそうだ。
ノンタブリー県の洪水被災者らが、「住民がクルングテープ都都庁の洪水対策で被害を受けている。」として、都庁の権限縮小を行政裁判所に求めた。
現行法では、「都庁は、他県であってもクルングテープ都に隣接する地域については洪水対策の決定権を有する。」とされている。
都庁は現在、ノンタブリー県で国道340号線とカンチャナピセーク通りを浸水から守る対策が講じているが、地元住民らは「これによって住宅の浸水が長期化している。」と反発。住民のひとりは、「クルングテープでは水が引き始め、清掃作業が行われているのに、われわれはいつになったら洪水から解放されるのかもわからない。クルングテープの住民だけを優遇すべきでない。」と訴えた。
11月24日(木)アヌディット情報通信技術(ICT)相は、交流サイト(SNS)「フェイスブック」の利用者に対し、不敬罪に抵触する恐れがある書き込みについて、「『シェア』や『いいね!』のボタンを押したり、コメントした場合、不敬罪に問われる可能性がある。」と警告。また、こうした書き込みを見た場合、当局に通報するよう呼びかけた。
不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。特権階級を中心とする反タクシン派と反王室のイメージが強いタクシン派の政治抗争が激化する中、不敬罪は頻繁に適用されるようになり、人権団体などが警鐘を鳴らしている。今月23日には、携帯電話でタイ王室を批判するショートメッセージ4通を送信したとして、61歳のタイ人男性が懲役20年の実刑判決を受けた。
07月の総選挙でタクシン派が政権に復帰したため、不敬罪の適用は減るとみられるが、タクシンは2008年に汚職で実刑判決を受け国外逃亡中で、帰国するにはプミポン国王による恩赦が必要。タクシン派の現政権は不敬罪を振りかざして王室への忠誠心を示す一方、支持者の反王室的な言動を抑える必要に迫られている。
11月28日(月)政府の洪水対策本部トップとしてのプラチャー法相の責任を問うため野党が提出した不信任案は、前日の国会審議で大きな波乱もなかったことから、大方の予想通り273対188で否決。
関係筋によれば、インラック政権は、洪水に関し甘い見通しばかり示し、対策が後手に回ったとされ、国民の不評を買うことになった。しかし、数十年に1度という大災害で甚大な被害が生じたのは不可抗力との部分も大きく、洪水対策のまずさで同政権が窮地に追い込まれるという状況にはなっていない。
タイのキティラット副首相兼商務相が日本を訪問。野田首相を表敬訪問し、玄葉外相と会談。野田首相とは約20分間会談した。野田首相はタイの洪水に対し見舞いを述べ、洪水で被災した日本企業の操業再開に向け、必要資機材の関税減免や応援要員の滞在許可などに向けタイ政府が対応しようとしていることに謝意を示した。玄葉外相とは約30分間会談。キティラット副首相は洪水の再発防止に向け、治水対策を含むインフラ設備の全面的な見直しを進める考えを伝えた。
11月29日(火)未明インラック首相が下痢、腹痛などの症状を訴え、食中毒でラマ9世病院に入院、定例閣議を欠席。
ラマ9世病院によると、「インラック首相は午前03時ごろ、家族らとともに病院に現れた。前日夜に食べた海鮮料理による食中毒に、洪水対策による過労が重なった。」
なお、定例閣議の議長はヨンユット副首相が代行。インラック首相が定例閣議を欠席したのは、今回で2度目。最初は今月15日で、洪水被災地の視察先で立ち往生となったことを理由に欠席。しかし、この時の閣議では、国外逃亡中の兄、タクシンの帰国を促す恩赦案が承認されたため、「直接便宜を図ったとの批判を避けるために故意に欠席したのではないか。」との疑惑。なお、この日はヨンユット副首相も視察に同行していたため、チャルーム副首相が議長を代行。
中央選挙管理委員会は、与党プア・タイ党下院議員で、タクシン支持を掲げて時に過激な政治活動を展開してきた赤服軍団、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポンについて、議員資格を剥奪すべきとの判断。委員5人のうち4人の賛成をもって、「議員資格を有せず議員に留まることはできない。」との決定。
今年07月03日行われた下院総選挙日時点で不敬罪容疑で拘留されており、そのことで投票ができこれが、欠格事項に該当。チャトポンは投票に行くため、一時的に拘留を解くよう裁判所に求めていたが、認められなかった。投票しないことは被選挙権に影響する違法行為であることから、総選挙直後に「被選挙権がない」といった訴えがあったが、選管は時間的制約のためチャトポンの当選を認定したものの、引き続き調査・検討を行い、今回欠格との決定に至った。
また、どの時点でチャトポンを議員失職とすべきかについて、中央選管は「政党法と憲法規定の間に不整合がある。」として、下院議長を通じて憲法裁判所の判断を仰ぐことを決めた。今後憲法裁判所で、最終判断が下される。
洪水対策を巡ってパトゥムタニー県の住民らとクルングテープ都庁が対立している問題で、スクムパン都知事(民主党所属)は、「法律が捩じ曲げられた状態を正すのが先。」として、住民らと話し合うとの要求を退けた。
問題の発端は、パトゥムタニー県ラムルークカー郡の住民約30人が27日、「インラック首相やプラチャー法相(洪水対策本部の最高責任者)の許可を得た。」として、プラヤスレン運河水門を1.5mに引き上げたこと。
これに対し、スクムパン知事はすぐに水門を1mに下げさせた。だが、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)」幹部率いる住民200人以上が28日、再び水門を1.5mに引き上げた。
ここで、対立に終止符を打つ必要があるとの理由で、UDD幹部らが、都知事と住民の話し合いを要求。しかし、都知事は、違法な状態を放置したままでは話し合いではないと、要求を拒否。UDD幹部を提訴する構えも見せている。
タイのテレビ報道によると、昨年04月、トムソン・ロイター通信のカメラマン、村本博之がクルングテープでタクシン支持派のデモ隊と治安部隊の衝突を取材中に射殺された事件で、チャルーム副首相は、タイ首相府で小島誠二駐タイ大使と会談。「鑑識結果と目撃証言から、村本が治安部隊の発砲で死亡したのは明らかだ。」と伝えた。捜査を担当するタイ法務省特捜局(DSI)が今後、当時首相だったアピシット民主党党首、治安担当副首相だったステープ前民主党幹事長の事情聴取を行う予定。
村本さんが殺害された状況に関しては当初から、「治安部隊が発砲した。」という複数の目撃証言があった。事実とすれば軍、政府の責任問題に発展するためか、反タクシン派のアピシット政権下で捜査はほとんど進展せず、今年02月にはDSIが当初の見通しを翻し、「政府側の発砲ではない。」という報告をまとめた。しかし、今年07月の下院総選挙でタクシン派が政権に復帰し、状況は一変。新政権は村本らの事件の再捜査を命じ、アピシット前首相らの責任を追及する構えを見せている。
タイでは過去数年、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。反タクシン派はタクシンを反王室、腐敗政治家と糾弾し、2006年のクーデターでタクシン政権を追放。タクシン派は特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治を捩じ曲げているとして、昨年03~05月にクルングテープ都心部を長期間占拠し、アピシット政権に退陣を要求。アピシット政権は最終的にデモ隊を強制排除したが、このときの衝突でタクシン派市民ら91人が死亡、1400人以上が負傷。
警察関係筋によれば、首都圏警察の高官13人あまりが12月15日付で異動となることが決まったが、いずれも前民主党政権に近い高官であり、民主党色払拭を狙った大量左遷との見方が出てる。この異動は11月30日に正式発表される予定。
同筋は、「これほど多くの高官が一挙に異動になるのは前例がない。異動先はいずれも閑職。」と述べている。
11月30日(水)29日未明に食中毒で入院したインラック首相は、予定通りベトナムを日帰りで訪問し、グエン・タン・ズン首相らと会談。
中央選管に「欠格事項に該当」とされ議員失職が決まったタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳のチャトポンは、「プア・タイ党の議員としての資格を失っても正義と民主主義のために闘い続ける。」と宣言。
また、チャトポンは、「(選管の決定は)プア・タイ党の勢いを削ぎ、(タクシン派に批判を集中させるため)UDDを刺激して過激な行動に走らせることを狙った企み」との見方を示すとともに、「この謀略の仕掛け人が誰なのか間もなく明らかになるだろう。」と述べた。
12月01日(木)インラック首相は朝から公務に復帰。午前中、タイ中部ノンタブリー県パーククレット郡内の洪水被害状況を視察。自らフライパンを握って料理を振舞うなどしたが、途中で目眩や吐き気や頭痛を覚えたため、午後の予定はキャンセル。
中央選管がタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)首脳チャトポンの議員失職を決めたことについて、マスコミは「拘留中で投票できなかったことが原因」と報じたが、ソムチャイ中央選管委員は、「党籍を有せずに立候補したとされることが第1の要因。投票できなかったことは決定的要因ではない。」と説明。
現行法では、有権者は投票を義務づけられており、また、政党に所属していることが下院議員選挙における被選挙権の条件となっている。チャトポンは、「大規模反政府デモに関連して罪に問われ拘留されたことなどから、プア・タイ党の党規に従って党籍を失っており、立候補が無効。」という。
これに対し、プア・タイ党は、「総選挙前に党規が改正され、党籍が復活していたため立候補は有効。」などと反論。なお、法律専門家の間では、党規改正で直ちに党籍復活となるかについては意見が分かれている。
12月02日(金)午前スラポン外務相は、タクシンにタイの一般パスポートを近々再発給する予定であることを明らかに。
タクシンは、土地の不正取得で禁固2年の判決が下されると、海外に逃亡。その後、民主党政権時のカシット外務相にパスポートを剥奪されたため、現在はモンテネグロから発給されたパスポートを利用し、各国を移動している。一般パスポートの発給は、外務相の権限で行うことができ、その逆の剥奪も可能。
これに対し、反タクシン派が早くも批判の声をあげており、「発給手続きに入ったら外相の罷免を求める。」といった意見も出ている。
だが、スラポン外相は、「旅券の発給・無効化は外務省に権限がある。新年の贈り物としてタイ旅券を提供したいと考えているが、その前に発給する可能性もある。」としている。スラポン外相によれば、「タクシンのタイ旅券は、前民主党政権の外相が無効としたが、これは法律や裁判所の決定に基づいたものではなく、外相の権限で旅券を復活させることも可能。」。
関係筋によれば、「現政権は、タクシン派本流のプア・タイ党を中核とし、タクシンの実妹インラックが首相を務めるタクシン派政権。プア・タイ党は先の総選挙で、『その罪を晴らして国外逃亡中のタクシンの帰国を実現させる。』と公約していた。」
だが、露骨な親タクシン的姿勢は反タクシン派の猛反発を招くのが必至。このため、インラック首相には「中立・公正」の立場をとらせ、代わりにチャルーム副首相やスラポン外相が批判を浴びる役を買って出ている。
12月03日(土)スラポン外相が「タクシンに旅券を発給する。」と述べたことに反タクシン派が反発を強めている問題で、最大野党の民主党は「犯罪人の便宜を図ることは違法。」として、旅券が発給された場合、外相を不正行為の容疑で訴える構えを明らかに。タクシンは汚職(職権乱用)で禁固2年の有罪が確定し、当時の反タクシン派・民主党政権下でカシット外相によってタクシンのタイ旅券が無効とされた。
スラポン外相はこれを覆す意向を示して批判を浴びることになったが、スラポン外相は、「旅券無効化も旅券再発給も外相権限の範囲内であり、問題はないはず。」としている。
なお、タクシンの法律顧問ノパドン元外相によれば、「タクシンは旅券発給の件を聞いているが、政府への介入と受け止められかねないため、発言を控えている。」とのこと。
12月07日(水)昨年の大規模反政府デモに関連してテロ容疑などで指名手配中だった反独裁民主民主主義同盟(UDD)幹部アリスマン・ポングルアンロング(47)がクルングテープの法務省特別捜査局(DSI)に出頭して逮捕された。保釈を刑事裁判所に出頭と共に保釈を申請したが、裁判所は「逃亡の恐れある。」とし、申請を却下。
表舞台に出ていたUDD幹部の中では強硬派として知られていた元歌手のアリスマンは、首相官邸侵入、タイコム社侵入、銃器強奪など5つの容疑が掛けられている。昨年05月の大規模デモ終結の直後に姿を眩まし、カンボジアなどに身を潜めていた。
アリスマンは「逃走中はカンボジアのサトウキビ畑で働いていた。」、「おかげで少し痩せた。」などと話している。タクシン派は今年07月に行われた下院総選挙で過半数を占め、政権に復帰。タクシンの妹のインラックが首相に就いた。アリスマンはこうした政治状況の変化を見て、帰国、出頭したと見られる。
タイでは過去数年、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。反タクシン派はタクシン氏を反王室、腐敗政治家と糾弾し、2006年のクーデターでタクシン政権を追放。タクシン派は「特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治を捩じ曲げている。」として、2009年、2010年と反タクシン派政権打倒のデモを行った。2010年のデモでは治安部隊との衝突で、市民、兵士ら91人が死亡、1400人以上が負傷。
昨年の大規模反政府デモ関連死について、デモを制圧する立場にあった当時のアピシット首相(民主党党首)とステープ副首相(治安担当)に対する事情聴取を警察が予定していることに対し、「両氏を罪に問い、恩赦を求めることで、タクシンへの恩赦適用を民主党に呑ませることが狙い。」との見方が一部から出ている。
しかし、ステープ民主党議員は、「罪に問われることになっても、恩赦を求めるつもりはない。」と明言した。事情聴取は08日に予定されているが、ステープは、「その手には乗らない。罪に問われたら、正々堂々と闘う。海外に逃亡するつもりもない。」と述べた。
12月08日(木)インターネット上でプミポン・タイ国王(84)を批判したとして、タイ系米国人のルーポング・ウィチャイカムマット(ジョー・ゴードン)(55)がタイで不敬罪に問われた裁判で、一審のタイ刑事裁判所は、禁固5年を言い渡した。ただ、容疑を認めたことが捜査に役立ったとして刑期は2年6ケ月に短縮。ルーポングは控訴せず、1ケ月以内に国王に恩赦を請願する模様。
ルーポングは米コロラド州在住の自動車セールスマン。米国在住中の2007年から2010年にかけ、タイ国内で発禁となっている米国人ジャーナリストによるプミポン国王の評伝「ザ・キング・ネバー・スマイルズ」の一部をタイ語に訳して自分のブログに掲載し、今年05月にタイを訪れた際に逮捕された。裁判で罪を認めたため、刑期は当初の半分に減刑された。
在タイの米大使館は、「刑が重すぎる。」との懸念を表明。
不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。特権階級を中心とする反タクシン派と反王室のイメージが強いタクシン派の政治抗争が激化する中、不敬罪は頻繁に適用されるようになり、今年11月には、「携帯電話で王室を批判するショートメッセージ4通を送信した。」として、61歳のタイ人男性アムポン・タンノップパクンが懲役20年の実刑判決を受けた。
外国人が服役したケースでは、国王のポスターに黒ペンキをスプレーしたスイス人男性オリバー・ルドルフ・ ジュファーが2007年に懲役10年、著書で王室を批判したオーストラリア人男性ハリー・ニコライデスが2009年に懲役3年の実刑判決を受け、いずれも数ケ月服役した後、恩赦で出獄し、タイを出国した。
12月09日(金)タイで不敬罪による投獄が相次いでいることについて、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のシャムダサニ報道官代行は、「このような厳しい刑罰は不要で不相応であり、国際的な人権保護義務に違反している。」と警告。タイ政府に対し、法改正を求めた。
12月11日(日)政権党プア・タイ党の広報担当プロムポンは、プア・タイ党幹部がシンガポールでタクシンに会ったことは認めたものの、「新年のあいさつをしただけ。」と述べ、「内閣改造に関する密談」との報道を否定。さらに、「内閣改造は、党とインラック首相が決めること。」と強調。
プア・タイ党関係筋からは、「年明け早々に内閣改造」との見方が出ているが、プロムポンは「個人的意見に過ぎない。」としている。なお、プア・タイ党、およびインラック首相は、タクシンが現政権に強い影響力を発揮していることを否定しているが、党首脳らがたびたびタクシン詣でをしていることもあり、「重要事項については、タクシンの意向を無視できない。」とする見方が支配的。
12月12日(月)タクシン(62)の長女、ピントーンター・チナワット(30)と若手実業家のナタポン・クンナーコンウォン(31)の結婚式がクルングテープ都内のホテル、プラザ・アテネ・バンコクで開かれ、ピントーンターの叔母のインラック首相(44)ら家族・親族と友人、政財官界の有力者らが出席。汚職で懲役2年の実刑判決を受け国外逃亡中のタクシンは出席できず、シンガポールからビデオ電話で新郎新婦を祝福。
政権党プア・タイ党幹部のパイチット議員は、今月21日に開幕する通常国会の会期中に恩赦法案と改憲案を提出する方針を明らかに。恩赦法案は、国民和解と政治対立解消を実現するため、タクシン、反タクシン両派の政治関連犯の罪を帳消しにするもの。
しかし、プア・タイ党は、タクシンの「汚名」をはらし、帰国・政界復帰を実現させるという動きをたびたび見せていることから、反タクシン派は、「恩赦もタクシン免罪が狙い。」としており、恩赦案提出が波紋を広げることは必至。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)による昨年の大規模反政府デモで、UDD武闘派の代表格とされるカティヤ少佐が狙撃・殺害された事件について、政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、「東北部からクルングテープに来ていた警察高官らの指示による犯行。」と明言。
また、デモ隊と行動を共にしていた黒服の武装集団が治安部隊に発砲したとされる件についても、チャルーム副首相は、「彼らは昼間、警官の服装をしていた。」と述べ、「当局の関与」を示唆。
しかし、最大野党の民主党のチャワノン報道担当は、「チャルームはこれまでにも世間の関心を集める『爆弾発言』をしているが、それを裏付ける証拠を1度たりとも示したことがない。」と、「今回の発言も信憑性に欠ける。」との見方。
12月13日(火)2010年03月にクルングテープ都内の国防省裏の路上で擲弾が爆発し、清掃員の男性が負傷、近くの店舗の窓ガラスが割れるなどした事件で、タイ刑事裁判所は、元警官のブンディット・シティトゥム(44)にテロ、銃火器不法所持などで懲役38年の実刑判決を言い渡した。被告ブンディットは控訴する方針。
検察によると、ブンディットは国防省に向けグレネードランチャーで擲弾を発射したが、弾は電線に当たり路上に落ちた。当局は現場付近に駐車したピックアップトラックの車内で事件に使われたと見られるグレネードランチャー、擲弾、拳銃などを発見。トラックから採取した指紋などからブンディットを割り出した。
この事件はタクシン支持派が反タクシン派政権の退陣を求めるデモをクルングテープ都内で開始した時期に発生。検察は被告とタクシン派の繋がりを主張。裁判所は証拠不十分として退けた。
タイ東北部サケーウ県のカンボジア国境地帯で、タイ軍による地雷の撤去作業中に爆発が起き、タイ軍兵士3人が死亡、1人が重傷。現場周辺にはカンボジアの内戦中に多数の地雷が埋設され、撤去作業中にこのうちの1つが爆発したと見られている。
警察当局は、新年を祝う人々を狙った爆弾事件が起きる恐れのあるクルングテープ都内10ケ所を発表。
危険地域に指定されたのは、戦勝記念塔、メジャー・ラチャヨティン・シネマコンプレックス、シーコンスクエア、セントラルワールド、カオサン通り、チトラダパレス、シサオテウェート、モチット、ソイ・ナナ、パタ・ピンクラオの各地域。警察は、できるだけ近寄らないよう呼びかけている。
5年前にはクルングテープ都中心部と近隣ノンタブリ県で新年を迎えるカウントダウンの会場近くなどに仕掛けられた爆弾が爆発して3人が死亡。38人が重軽傷を負う事件が起きている。今年も都内ラチャダムヌンクラン通りで先日爆弾が見つかっており、警察が警戒を強化している。
都内の国軍本部を訪れたインラック首相は、軍首脳らの同席のもと、記者会見。「クーデターを恐れていないか。」との記者の質問に対し、「私を信じてくれている国民のために最善を尽くしている。そのため、わたしはだれからも正当な扱いを受けると考えている。」と述べ、「軍部が政府に歯向かうことはない。」との認識を示した。 「インラック首相の実兄、タクシンは2006年09月の軍事クーデターで首相の座を追われており、このため、インラック首相も軍部に不信感や恐怖心を抱いている。」との見方が支配的。 このため、記者会見では、「本当にクーデターが起きないと思っているか。」との質問も出たが、インラック首相は「起きないと確信している。」と返答。タナサク国軍最高司令官も、「我々は、国家の結束と繁栄のため、政府の政策を全面的に支持する。国軍は全力をあげて政府をサポートする。」と強調。
12月14日(水)政府の不敬対策委員会(委員長・チャルーム副首相)は、「タイ王室に関する不適切な記述や発言などがインターネットに流されていることに対して、早急に適切な対応をする必要がある。」として、約4億Bを投入し合法的傍受システムを導入する案を発表。
「ネット上での個人間のやりとりに当局がアクセスできるようになり人権が侵害される。」との批判が出る可能性は高いが、委員の1人、警察庁犯罪制圧課のシリポン副課長は、「広範に適用されるわけではない。裁判所の許可があった場合にかぎり、合法的傍受システムが使われる。市民の人権侵害を心配する必要はない。」と説明。チャルーム副首相も「投資に値するツール。」と述べ、不敬問題の解決に有効との見方を示した。
これに対して、最大野党の民主党のシリチョーク議員は、「不適切な内容がインターネットに流されるのは、情報通信技術省がコンピューター犯罪法を適切に運用していないためだ。問題は同省にあり、新しいツールを導入しても意味がない。」と批判。
政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、プア・タイ党がすでに恩赦法案をまとめており、タイミングを見計らって同案を議会に提出する方針であることを明らかに。
プア・タイ党は、国民和解実現のためには恩赦が必要と訴えているが、国外逃亡中のタクシン元首相にも適用される見通しであることから、反タクシン派の強い反発が必至とみられている。
恩赦の対象は、タクシン、反タクシン両派の政治関連犯とされているが、チャルーム副首相は「(タクシン派による)昨年の大規模反政府デモの際、デモ参加者殺害に関与した前民主党政権関係者には恩赦が適用されない。」としている。
12月15日(木)「タクシン支持派の集会でプミポン国王を批判した。」として、元新聞記者のダラニー・チャーンチェンシラパクン♀(53)ことダー・トーピドーが不敬罪に問われた裁判で、タイ刑事裁判所は、ダラニーに15年の実刑判決。判決によると、ダラニーは2008年、クルングテープの王宮前広場で開かれたタクシン派集会で3度演壇に立ち、国王を批判。それぞれ5年、計15年の禁固刑。
王室などに直接的には言及していないものの、大学で政治学と行政学を学び、記者としての経験もあることから、裁判所は「王制を傷つける意図があった。」と判断。ダラニーは2008年に逮捕され、保釈を認められないまま、すでに3年間拘留された。タイでは殺人、強盗といった容疑でも保釈されるケースがあるが、不敬罪の場合は保釈が認められないことが多い。
ダラニーは、「控訴せずに弁護士を通じて恩赦請求の手続きを取る。」としている。
不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。特権階級を中心とする反タクシン派と反王室のイメージが強いタクシン派の政治抗争が激化する中、不敬罪は頻繁に適用されるようになり、11月には、「携帯電話で王室を批判するショートメッセージ4通を送信した。」として、アムポン・タンノップパクン(61)が懲役20年の実刑判決を受けた。
スラポン外相が先にタクシンへの旅券発給に言及し、反タクシン派などから批判の声があがったが、反タクシン派の最大野党の民主党の広報担当チャワノンは、「外務省筋から『旅券がすでに発給済み。』との情報を得た。」と暴露。チャワノン(前民主党政権下で外相秘書官)によれば、「情報提供者は外務省職員で、同職員は、「外務省職員や政治家らが10月31日、洪水のため休日とされ閉じられていた、チェンワタナ通りの領事局に入り込んで、コンピューターのロックを解除して、ブラックリストから名前を削除するとともに旅券発給の手続きを行った。旅券は11月22~25日にドバイを訪れたスラポン外相からタクシンに手渡された。」としている。
この情報について、報道機関が問い合わせをしたが、タニ外務報道官は、「領事局から連絡を受けていない。外相が直接説明するだろう。」と返答。スラポン外相は、「今忙しいので、あとでインタビューを受ける。」とのこと。
13時半頃
(報道により14時頃)
タイ東部トラート県のカンボジア国境付近を飛行していた国境警備警察のヘリコプターがカンボジア軍から銃撃を受け、ローターを破損してトラート県ムアン郡のカオラン村に緊急着陸。怪我人はなかった。「カンボジア側は100発ほど発砲した。」という。この事件についてカンボジアは「タイ軍機が領空侵犯した。」と主張。タイ軍は否定。食糧などをクロンヤイ郡の基地に輸送する途中。
12月16日(金)未明クルングテープ東部の3ケ所で手製爆弾6個が見つかり、警察の爆発物処理班が爆発前に処理・回収。爆弾が見つかったのは、ラートクラバン通りソイ20のバンコク銀行スクンビット77支店の外壁近くで1個、カンチャナピセーク通りソイ89入口で2個、ラートクラバン通りソイ13のスワンナプーム市場向かいの橋の下で3個見つかった。
朝、警察はこの事件で、カンチャナピーセック通りソイ39の入り口で、サコンナコン出身のチラワット・チャンペング(44)を逮捕し、取り調べを進めている。チラワットは、報道陣の質問に対し、「法廷で述べる。」との発言。チラワットは、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の自警団員だったことを認めている。
クルングテープでは今月06日にも、王宮に近いラチャダムヌンクラーン通りの中央分離帯で手製爆弾がみつかり、爆発前に処理された。「今回見つかった3個は06日のものとよく似ている。」という。
タイでは2006年以降、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政情が混乱。政府施設などを狙った爆弾事件が度々起きている。
支那の次期最高指導者とされる習近平国家副主席が20~22日にベトナム、22~24日にタイを公式訪問する。タイではインラック首相らと会談する予定。
スラポン外相は、外務省が、汚職で実刑判決を受け国外逃亡中のタクシンに一般旅券を発給したことを認めた。スラポン外相は「新年の贈り物」と述べていたが、すでに10月26日にアラブ首長国連邦のアブダビで旅券は発給されていた。
タクシンの一般旅券は、前民主党政権下の2009年04月12日、外務省の規定に基づき無効とされていた。
スラポン外相は、「政府も私も、タクシンの存在がタイにも外国にも損害を与えないと判断した。このため、旅券無効の措置を取り消すことにした。」と説明。だが、タクシンが汚職(職権乱用)で禁固2年の有罪判決を受けたにもかかわらず帰国して刑に服すことを拒んでいる犯罪人であることから、最大野党の民主党や反タクシン組織は、政府の責任を追及する構え。
今年07月の総選挙でタクシン派が政権に復帰したことから、状況が一変。08月には、それまでタクシンの入国を認めていなかった日本から特別許可を得て訪日を果たし、その後は南朝鮮、シンガポールなどを自由に動き回っている。タイ字紙タイラットによると、16日にはビルマからネパールに飛んだ。
「不敬罪の刑罰が重すぎる。」などとする批判的意見が米国大使館や国連の専門家から出ている問題で、予てから反発を示していた市民団体「サイアム・サマキ」メンバー200人あまり(報道により100人)が、国連ビル前と米国大使館前で抗議集会を行い、「内政干渉」と批判。参加者は「クリスティー・ケニー(駐タイ米国大使)、黙れ。」、「我々は国王を愛する。」などと書いたプラカードを掲げ、国連と米国に謝罪を要求。同団体は、「外国政府や国連は、タイ国民と立憲君主の関係に悪影響を与えるような行為は慎むべき。」と訴えている。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のシャムダサニ報道官代行は今月09日、「このような厳しい刑罰は不要で不相応であり、国際的な人権保護義務に違反している。」と警告し、タイ政府に対し、「不敬罪を規定した刑法112条の改正が望ましい。」と法改正を求めた。ケニー大使は同日、簡易ブログのツイッターに「国際的な表現の自由の基準にそぐわない告発。」と批判。タイ国内にも、これに賛同する意見があり、複数の市民団体が同条改正を支持する公開書簡を国連に提出。
在タイ米国大使館のウェブサイトには、「米国政府はタイの王室とタイ文化に最大の敬意を払う。」、「タイの法律を尊重し、タイの国内問題に関して中立を守る。」、「我々は世界中で表現の自由を支持し、それを基本的人権と考える。」といった内容の声明が掲載。
12月17日(土)国外逃亡中のタクシンに外務省が旅券を発給したことについて、最大野党の民主党のチャワノン広報担当は、「外務省の規定に違反する。」、「スラポン外相は国民に嘘をついた。」などと批判。チャワノン広報担当は、民主党がスラポン外相の責任を追及すべく刑事訴訟を起こし、国家汚職制圧委員会(NACC)に提訴する方針も明らかに。外務省規定では、刑事裁判所が逮捕状を発行した人物への旅券発給を禁じている。
また、スラポン外相は「10月25日にタクシンからアブダビのタイ大使館に申請があり、翌26日、旅券を発給した。」と説明しているが、チャワノン広報担当は「スラポン外相は12月02日の時点で『旅券発給を検討中』と述べていた。」と指摘。外務省の担当者に対し、実際に25日に申請があったかを明らかにするよう求めた。
12月18日(日)インラック首相が第4回大メコン圏(GMS)首脳会議に出席するため12月19~20日にビルマを訪問するが、その裏舞台でビルマ政府要人および投資家とタイ・ビルマ間の陸上輸送やエネルギー開発を協議すると見られていることから、チュラロンコーン大学政治学部のパニタン准教授(前民主党政権の政府報道官代行)は、「タクシンと繋がりのある者らが私腹を肥やすために開発プロジェクトを利用する恐れがある。」との懸念を表明。
政権党プア・タイ党関係筋によれば、「タクシンが先日、ビルマを訪れているが、これは、インラック首相とビルマ政府の協議のための根回しが狙いだった。」という。
なお、タクシンは首相在任中、ビルマの陸上輸送・エネルギー・通信開発事業からタクシン一族の関連企業が利益を得られるよう、10億Bの対ビルマ融資をタイ中央銀行に働きかけることを外務省に指示した。
タクシンに一般旅券が再発給されたことに批判が出ているが、タクシンの法律顧問のノパドン元外相は、「旅券無効化は前政権による違法・差別行為であり、旅券再発給はこれを正したもの。」との見解を示した。ノパドンによれば、「大罪を犯し有罪となり国外逃亡した者には何も措置を講じず、タクシンの旅券だけ無効としたのは納得がいかない。」という。
一方、最大野党の民主党のアピシット党首は、「旅券再発給では、政府の法的責任を追及する。」と明言。「インラック首相には、旅券再発給が正しいと思うかどうか、意見を述べてほしい。」と述べ、「首相も責任を免れることはできない。」と付け加えた。
12月19日(月)午後刑事裁判所はタクシン派団体の反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のアリスマンの保釈申請を却下。申請却下は2度目。今回保釈金130万B(報道により400万B)が準備され:妻のラピワン、プア・タイ党議員を身元引受人にして再び保釈を請求したが、裁判所は、「これまでの発言などからアリスマンは暴力的思想の持ち主であると判断される。これを覆す証拠が提示されておらず、保釈は認められない。」、「逃走の虞れがある。」とし申請は却下。
アリスマンは逃亡先のカンボジアから帰国し、07日に警察に出頭・逮捕された。その直後の保釈請求が退けられた。
東部トラート県の国境地帯でタイ軍のヘリコプターがカンボジア軍から銃撃を受けた問題で、スラサク海軍司令官は、国境警護に当たっている部隊などに対し、カンボジア側からの攻撃に備え厳戒態勢を取るよう指示したことを明らかに。
タイ軍によれば、タイ領空で武器を搭載していない物資輸送中のヘリが銃撃を受け、緊急着陸したのが15日。当初はだれが発砲したか不明だったが、後にカンボジア軍が「領土侵犯のヘリに銃撃した。」と認めた。
スラサク司令官によれば、「両軍担当者による話し合いの結果、カンボジア側から謝罪があった。」が、カンボジア軍はこれまでにも挑発行為を繰り返していることから、タイ海軍は厳重な警戒態勢を取ることにしたもの。
タクシンへの一般旅券再発給に批判が出ている問題で、タクシンの法律顧問ノパドン元外相が「旅券無効化について前民主党政権による虚偽説明があった。旅券再発給は当然。」との見解を示したことに対し、民主党のチャワノン広報担当は、「事実の歪曲」と強く反論。チャワノンは、「ノパドンは単純な法律関連の文章も理解できない。ほんとうにオックスフォード大学で法律を学んだのか。これまでは馬鹿を装っていると思っていたが、装っていたのではない(本当の馬鹿である)ことが明らかになった。」とこき下ろした。
12月20日(火)15日にタイ東部トラート県のカンボジア国境付近を飛行していたタイ軍のヘリコプターがカンボジア軍からの銃撃で被弾し、緊急着陸した問題で、タイ、カンボジア両軍の高官が19日、トラート県で会談し、カンボジア側は領空侵犯と誤認し発砲したことを認め、タイ側に遺憾の意を伝えた。タイ軍は15日から、現場周辺のタイ・カンボジア国境検問所2ケ所を閉鎖したが、20日、再開。
インラック首相(44)は19、20日、ビルマを訪問し、同国の首都ネピドーで開催されたメコン川流域6ケ国による第4回大メコン圏(GMS)首脳会議に出席した。20日にはヤンゴンを訪れ、ミャンマーの民主化運動指導者アウンサン・スーチーと会談。
インラック首相の兄のタクシン(62)が一足早くビルマを訪れ、16日に出国していたことから、「ビルマとの実質的な外交交渉はタクシンが済ませていた。」という見方もある。タクシンはカンボジア、シンガポールもインラック首相の訪問の前後に訪れている。
タクシンは2006年の軍事クーデターで失脚し、国外滞在中の2008年、首相在任中(2001~2006年)に当時の妻が競売で国有地を取得したことで懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。タクシン派は今年07月の総選挙で勝利し、妹のインラックが首相に就任したが、インラックは政治経験が皆無で、政府の実権はタクシンが握っている。
国連の専門家などから言論の自由に反するなどの理由で不敬罪を規定した憲法112条の改正を求める意見が出ている問題で、プラユット陸軍司令官と政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、同条の手直しに反対する考えを再確認。
プラユット司令官は、「タイは民主国家だが、物事をすぐに変えるのは良くない。」と述べて、不敬罪規定の修正は不適切としている。「外国の人権団体も改正を求めているが、」との質問には、「外国に留まっていればいい(タイに来なければいい)。」と返答。
また、チャルーム副首相によれば、王室は国家の発展、国民の生活向上に貢献しており、不敬罪規定で王室を守るのは当然。このため、同規定の改正は不要とのこと。
12月21日(水)タイのユタサク国防相とカンボジアのティア・バニュ副首相兼国防相はプノンペンで会談し、07月の国際司法裁判所の命令に従い、国際司法裁が両国国境の紛争地域に設定した非武装地帯にインドネシアの停戦監視団を受け入れ、非武装地帯からタイ、カンボジア両軍を撤兵させることで合意。具体的な撤兵の手順は今後協議する。
カンボジアのフン・セン政権とタイの前政権は両国国境にある世界遺産の山上遺跡カオ・プラウィハーン(プレアビヒア)周辺の領有権をめぐり、国境で武力衝突を繰り返し、今年02月と04月には砲撃・銃撃戦で、双方の兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難。
紛争激化を受け、カンボジアは04月、国際司法裁にカオ・プラウィハーン周辺の国境未画定地域の領有権に関する判断を求めた。国際司法裁は07月、訴えを受理するとともに、暫定措置として、紛争地域に非武装地帯を設定し、両国に即時撤兵するよう命じた。
下院与党院内総務のまとめ役、ウドムデート議員によれば、与党院内総務は、憲法を改正するための手順を決めて、今国会に改憲法案を提出することで一致。その目的は、改憲手続きを規定した憲法291条の改正という。
これについて、最大野党の民主党のアピシット党首は、「政府が意のままに憲法を改正できる仕組みを作ろうとしている恐れがある。」として、国民に改憲の動きを監視するよう呼びかけた。また、与党院内幹事の改憲案とは別個に、政府と与党議員も、独自の改憲案を提出する予定。
なお、関係筋によれば、かねてからタクシン政権が倒された2006年09月の軍事クーデターを「非民主的」と批判しているタクシン派からは、「非民主的なものを憲法から排除すべき」との意見が出ており、タクシン派のインラック政権が、クーデター後に設置された軍事暫定政権の行為をすべて合法、合憲とした憲法309条の削除に動き出すことも考えられる。だが、そうなれば、反タクシン派などが激しく反発し、政治が混乱に陥る恐れがある。
12月22日(木)反タクシン派の最大野党、民主党は、「タクシンへの一般旅券再発給において職権乱用があった。」として、年内にもインラック首相とスラポン外相の罷免を請求する方針。具体的には、上院議長に対し、国家汚職制圧委員会(NACC)による捜査を要請する。NACCが起訴し、受理されれば、2人は裁判に掛けられることになる。
旅券再発給については、スラポン外相が、「前民主党政権下でのタクシンの旅券無効化がそもそも法的要件を満たすものでなく、裁判所もタクシンの旅券所持を禁じていない。」などと主張。
これに対し、民主党は、「明らかな外務省規定違反。」、「事実を歪曲している。」などと批判しており、両者間の舌戦は法律論争の様相を呈している。
政権党プア・タイ党は年明け早々に改憲手続きを規定した憲法291条の改正案を議会に提出するとしているが、最大野党の民主党は、「一見無関係と思えるこの改憲もタクシンの免罪・帰国実現に向けた布石。」と見ている。
民主党関係筋は、「プア・タイ党案では、憲法草案の作成にかかわる市民代表の大部分は、プア・タイ党の支持者、すなわち、タクシン支持者によって占められることになろう。タクシンにプラスになる形で憲法が改正されることは想像に難くない。」との見方を示した。
また、プア・タイ党は、クーデター首謀者らの責任を問わないとした憲法309条の削除も計画しているとされるが、民主党幹部のチュリン議員は、「タクシン1人が恩恵を受けるだけ。」と指摘し、反対して行く考えを明らかに。
12月23日(金)ユタサク国防相は、「東北部シサケート県の国境地帯で見つかった残骸は人工衛星の破片のようだ。」と報告。残骸が散らばっていたのは、世界遺産カオ・プラウィーハン(プレアビヒア)が位置する丘陵地帯の裾野。付近の住民は轟音を聞いていたという。今年初めに、軍事衝突でカンボジア側から砲撃があったことから、「攻撃がまた始まった。」と怯えた人も多かった。
なお、残骸を調べたタイ軍の専門家によれば、「いずれの国の人工衛星かは特定できていない。」という。
12月24日(土)支那の次期最高指導者とされる習近平国家副主席が20~22日にベトナム、22~24日にタイを訪問。
ベトナムではグエン・タン・ズン首相、グエン・フー・チョン共産党書記長、グエン・シン・フン国会議長らと相次いで会談し、両国が領有権を争う南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)・西沙諸島(パラセル諸島)問題の平和的解決を目指すことで一致。ベトナム政府の発表によれば、習副主席はズン首相と会談した際、「中越友好は貴重な共通財産であり、より大切にしていかなければならない。」と述べた。
タイではインラック首相と会談。クルグテープ-チエンマイ間などの高速鉄道開発、洪水対策・治水事業、クリーンエネルギー開発、タイ政府が掲げる小学1年生全員へのタブレット型コンピュータ支給政策など教育・人材開発などで支那がタイを支援することで合意。支那はタイの開発事業に4億ドルの融資枠を設定も約束。
習副主席はアナン元首相、チュワン元首相らタイの歴代首相経験者や財界人、支那系団体トップらとも相次いで会談。23日にはプミポン国王の長女のシリントン王女主催の昼食会に出席。
インラック首相を含め、タイの政財界トップは支那系がほとんど。シリントン王女は祖母が支那系で、支那語は会話に加え、読み書きも堪能。
12月26日(月)タクシンの法律顧問のノパドン元外相は、「タクシンが子どもたちと年末年始を欧州で過ごす。」と述べ、カンボジアに滞在するとの噂を否定。「カンボジア滞在を中止したわけではなく、当初から計画していなかった。」と説明。
タクシンの滞在先について具体的な国名は公表しなかった。タクシンは、東欧モンテネグロのパスポートを所持しているほか、同国のリゾートホテルを所有。
「カンボジアはタイから陸路でも気軽に訪れることができるため、多くの支持者がカンボジア旅行を計画していた。」という。
タクシンは09月16~20日、カンボジアを訪問し、フン・セン首相と会談したほか、経済問題で講演した。直前の15日に妹のインラック首相がカンボジアを公式訪問。
12月28日(水)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部で元人気男性歌手のアリスマン・ポンルアンローン(47)は、控訴裁判所の許可で保釈されたが、その後すぐに、名誉毀損容疑で逮捕され、警察署に連行。 アリスマンは、昨年の大規模反政府デモに関連したテロ容疑で12月07日に逮捕され
、3度目の請求でようやく保釈が実現した。保釈金は600万Bで、「出国しないこと、騒動を起こさないこと、証拠隠滅を図らないこと」が条件。拘束されていたUDD幹部は、ほとんどが保釈されているが、アリスマンは1年半にわたり逃亡していたことから、これまで2回の保釈申請が却下されていた。アリスマンは昨年05月にデモが治安部隊に鎮圧された後、行方をくらまし、テロなどの容疑で指名手配されていた。カンボジアに潜伏していたが、今月07日、タイ法務省特捜部(DSI)に出頭し、逮捕された。タクシン派は今年07月に行われた下院総選挙で過半数を占め、政権に復帰。タクシンの妹のインラックが首相に就いた。アリスマンはこうした政治状況の変化を見て、帰国、出頭したと見られる。
だが、野党の民主党議員が「タイ南部ソンクラー県でアリスマンに名誉を傷つけられた。」と訴えていたことから、この容疑で逮捕。
アリスマンは「29日にもソンクラー県の裁判所に保釈を請求する。」という。
スラポン外相が12月29日にカンボジアを訪問することから、「スパイ罪で服役中のタイ人男女2人の早期釈放が実現するのではないか。」との見方。
2人は、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)傘下の市民団体「タイ愛国者連盟(TPN)」のウィーラと女性秘書。
昨年末に民主党議員などとともに国境を侵犯したとしてカンボジア軍に捕らえられたが、2人だけはスパイ行為で有罪となり、いまだ釈放されていない。
12月29日(木)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のアリスマンの保釈が、南部ソンクラー地方裁判所によって認められた。昨年の大規模反政府デモに関連してテロ容疑で逮捕されたアリスマンは先に保釈されたが、名誉毀損で訴えられていたことから、再び逮捕された。このため、訴えが提出されたソンクラー県で保釈を請求していた。
タイ東北部を中心にタクシン支持と民主主義を掲げる「赤服の村」が増殖中。「赤服の村」の連合組織の最高顧問を務めるプラソン元労働相によると、これまでに8702村が「赤服の村」を宣言した。会員は計380万7520人。来年末には3万村に達する勢い。今後は、反タクシン派の民主党が優勢な南部でも「赤服の村」を誕生させる計画。
タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD、通称「赤服」)」のクルングテープでの大規模デモが武力鎮圧されてから約7ケ月後の2010年12月15日、東北部ウドンタニー県で最初の「赤服の村」が誕生。今年10月09日にはウドンタニー県で初の「赤服の郡」の設立式典が行われた。
タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)」の北部の活動家100人が、国会でウィスット下院副議長に面会し、憲法改正を求める書簡を提出し、署名活動を開始する計画を伝えた。タクシン派の政権与党プア・タイ党のサグアン下院議員(北部ランプーン県選出)、ルアンクライ元上院議員らが中心となり活動を行う。
憲法改正草案を策定する議会(CDA)を発足させるため、憲法291条の改正を求める。CDAは、77都県から各1人のほか、学識経験者24人の101人で組織させる。CDA発足により、大幅な憲法改正を狙っている模様。来年02月01日までに、5万人の署名を集め、291条改正案とともに署名簿を国会に提出する計画。汚職で有罪判決を受け海外逃亡中のタクシンが逮捕されずに帰国できるようにするため、タクシン派が憲法を改正する計画だとみて、反タクシン派は警戒。
プミポン国王の諮問機関である枢密院の議長、プレム・ティンスラーノン(元首相、元陸軍司令官)のクルングテープ都内の私邸を、ユタサク国防相(元国防省次官)、プラユット陸軍司令官らタイ軍幹部、パーンシリ警察副長官ら警察幹部らが新年の祝賀のため訪れた。タクシンの元妻の兄のプリアオパン警察長官は姿を見せなかった。
ユタサク国防相が花のバスケットを贈呈。プレム議長は、「今でも自分は軍の一部だ。」と述べ、いかなる状況にも対応できるよう団結の必要性を訴えた。
プリアオパン長官は同日、タイ中部のアユタヤ県などを視察。プリアオパン長官がプレム邸を訪れなかった理由について、タイ警察はコメントを拒否。
プレム議長は92歳。プミポン国王の代理人的な立場で、政財官界に極めて強い影響力を持つ。「年末やタイ正月、自身の誕生日前日などには毎年、現役の軍、警察の最高幹部が祝賀に訪れることから、軍の最終的な人事権はプレムが握っている。」という見方がある。
タイでは今年07月の下院総選挙でタクシン派が過半数を制し政権に復帰した。タクシン派の多くはプレム議長を反タクシン派の黒幕とみなし、一方の議長は反王室的な要素を含むタクシン派に対し警戒感を隠さず、両者は鋭く対立。
スラポン外相は、2日間の日程でカンボジア訪問に出発。両国の協力強化などで協議するほか、スパイ行為、不法入国などでカンボジアの刑務所に服役しているタイ保守派政治団体「タイ愛国者連盟(TPN)」の活動家2人の早期釈放を要請。恩赦実現のため刑期の削減を求める模様。
2010年12月29日に両国国境係争地域を訪れたTPNのウィーラら7人がカンボジア当局に不法入国などで逮捕され、起訴された。うち5人は2011年01月21日に不法入国で執行猶予付きの有罪判決を受け、翌22日に帰国したが、ウィーラと秘書のタイ人女性はスパイ行為でも起訴され、プノンペン市裁判所が02月01日、ウィーラに懲役8年、秘書性に懲役6年の実刑判決。2人は03月、恩赦を請求したが、刑期の3分の2以上を務めていないない場合、恩赦請求の資格がないとして拒否されている。
TPNは反タクシン派団体だが、2人の親族がタクシン派のプア・タイ党に支援を要請したため、インラック政権が釈放に向けてカンボジア政府に働きかけている。
2012年01月01日(日)新年を迎えるカウントダウンがクルングテープ都やチョンブリ県などで催されたが、爆弾事件などの混乱は報告されなかった。
昨年12月、クルングテープ都内で時限爆弾が見つかったことから、治安当局はニューイヤーイベントに照準を合わせた事件が起きる恐れがあるとして、厳重な警戒態勢。
なお、クルングテープ都内の複合職業施設、セントラルワールド前のカウントダウンには警備に警察官約2000人と警察犬6頭が動員。
01月05日(木)2010年にクルングテープ都心を長期間占拠して治安部隊と衝突したタクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン下院議員と2008年にタイ首相府やクルングテープの2空港を襲撃・占拠した王党派団体、民主主義市民連合(PAD)幹部のスリヤサイがテレビ番組に出演して握手し、和解をアピール。2人は現在は対立する陣営に属しているが、「20年来の友人だ。」という。
スリヤサイが不敬罪容疑で逮捕・保釈中のチャトポンと握手したことについて、ネット上には「国王陛下に楯突く連中との和解などありえない。」、「あなた(スリヤサイ)とPADの関係は終わった。」といったPAD支持者の怒りの声が渦巻いた。
タクシン派が求める現行憲法の改正には、以前から「タクシンのため」、「タクシン勢力の基盤固めが目的」といった批判が出ているが、タクシン派の政権党プア・タイ党のポンパン議員は、「憲法改正は批判、国民間の対立を招きかねない。このため、プア・タイ党は改憲を推し進めないという点で所属議員の意見が一致した。」と述べた。「今後、憲法改正の動きを側面からサポートして行く。」とのこと。
関係筋は、「批判の矢面に立たれるのを嫌っただけ。今後はタクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)などが改憲の必要性を訴えて行くことになる。」としている。
01月06日(金)タクシン派団体の反独裁民主主義同盟(UDD)が、昨年04月に都内ラーチャプラソン地区を占拠、そして政府による強制排除が行われた際、タクシン派が軍に強制排除された2010年05月19日、暴徒化したデモ参加者に略奪、放火され、改修作業が続いていたデパート「ZEN」が営業を再開。営業するのは全7階中1~5階で、営業時間は午前10時~午後10時。1階には「タダシ・ショージ」、「ヴィヴィアン・ウエストウッド」といったアパレルブランド、5階には「無印良品」の大型店(売り場面積700㎡)が入居。
ZENに隣接するセントラル・ワールド・プラザ(CWP)も放火されたものの、被害が大きくなかったことから、バンコク伊勢丹は2010年06月、セントラルワールド本体の大部分は2010年09月に営業を再開。
不敬罪を巡って、「罰則が重すぎる。」、「言論の自由に反する。」といった意見が国連の専門家などから出ているが、与野党の9党全てが、不敬罪を規定した刑法112条、王室に言及した憲法の条文のいずれについても改正しないことで意見が一致。
不敬罪に関しては、タイ国内でも論議が起きていたが、それは、政敵を不敬容疑で訴えるなど、不敬罪を政治的な目的で悪用することを問題視したもので、法改正を求める意見は少数派となっている。
予算案審議3日目、最大野党の民主党は、政府に対し、「国のためになることをほとんどしていない。」として、外務省の予算を15%削減するよう要求。
民主党によれば、「タクシン支持を鮮明に打ち出しているスラポン外相が支配する外務省は、国外逃亡中の犯罪者、タクシンに一般旅券を再発給したほか、不敬罪に対する国連の専門家などからの批判に対し、反論を一切行っておらず、同省には国の利益や威信を守るという姿勢が見られない。」という。
01月08日(日)最大野党の民主党幹部のコーン前財務相はこのほど、「インラック政権は経済運営が独裁的。」と批判し、運営システムの見直しを求めた。「重要な経済政策のいくつかは、閣外の意見によって決定されたものであり、政府の経済運営には透明性が欠如している。」という。
その例としてコーン前財務相は、洪水被災地の復興資金を募るための政令や、アジア通貨危機によって生じた巨額債務をタイ中央銀行に押しつけたことなどを挙げている。
「タクシンの意向を受け、年明け早々に内閣改造がある。」とされていたが、政権党プア・タイ党関係筋によれば、タクシンは「時機を窺う必要がある。」としており、改造は04月か05月に延期される見通し。
これは、タクシンが創設したタイ・ラック・タイ党の解党(2007年05月)に伴い、公民権5年停止となった元同党役員が、05月末に処分解除となり、閣僚就任が可能になるため。
01月09日(月)政権党プア・タイ党のプレスルームに監視カメラが設置されたことに報道関係者から反発が起きている。カメラは週末に取り付けられたものというが、一部記者は、「誰もいないときにこっそり設置した。」と批判。
これに対し、プア・タイ党の広報担当プロムポンは、「党本部の入居するビルの管理者が設置した。党は関与していない。カメラは防犯が目的であり、報道関係者を監視しようとしたものではない。」と釈明。
01月11日(水)枝野経済産業相がタイを訪問。インラック首相、キティラット副首相兼商務相らと会談。
タイ側の発表によると、枝野経産相は東日本大震災へのタイの支援に謝意を示した上で、日系企業多数が被災した昨年10~12月のタイ中部の洪水について、再発防止への取り組みを促した。インラック首相は「1200億Bの予算を組み堤防などの建設を進める。」と説明。「日本など外国人投資家の信頼回復に向け全力を尽くす。」と述べた。
01月12日(木)タイ治安当局は、タイ国内でテロを企てた疑いで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーとみられるレバノン系スウェーデン人のアトリス・フセイン(47)の身柄をスワンナプーム空港で拘束。イスラエルからの情報提供によるもので、タイ国内にいるとみられるもう1人の男については似顔絵を公開して行方を追っている。中東風の顔だち、身長約180㎝、短髪、不精ひげの男。警察は「見かけたら直ちに通報してほしい。」と市民に呼びかけている。警察庁のピヤ報道官によれば、「現在もクルングテープに留まっているとみられるが、近隣の県に移動した可能性もあり、パタヤやタイ南部の警察にも捜索に力を入れるよう指示した。」という。
2人はバンコク都内の西洋人旅行者が多い安宿街カオサン通り、娯楽街のスクムビット・ソイ22、イスラエルやカナダ、オーストラリアといった西側の大使館などを標的に自動車爆弾などによるテロを企てていた模様。ヒズボラはレバノンに拠点を置き、イスラエルと対立する急進派で、イラン、シリアから支援を受けているとされる。イランは核開発をめぐり、米国、イスラエルとの間で緊張が高まっている。
タイは人口の大多数が仏教徒だが、マレーシア国境に近い深南部はイスラム教徒が多数派で、タイからの独立を求めるイスラム過激派によるテロで過去10年に住民、兵士ら約5000人が死亡。クルングテープにはイスラム教徒住民のコミュニティーがあるほか、高架電車BTSナナ駅周辺に中東、アフリカからの旅行者、滞在者が集まっている。
クルングテープでは2006年以降、手榴弾や手製爆弾を使った爆弾テロが度々起きている。いずれもタクシン派と反タクシン派の政治抗争絡みとみられ、深南部のイスラム過激派や国際的なイスラム・テロ組織が関与したという証拠は上がっていない。ただ、2003年には東南アジアのイスラム・テロ組織ジェマイスラミアの幹部で国際テロ組織アルカーイダともつながりがあるハンバリがタイ中部アユタヤで逮捕されており、クルングテープバンコクでイスラムテロ組織による攻撃が起こる可能性は以前から指摘されている。
01月13日(金)在タイアメリカ大使館より「クルングテープ都内観光スポットで国際テロ組織によるテロ行為が行われる可能性がある。」とアメリカ人に対し注意喚起を行った。特に、放置された鞄に注意し、不振な振る舞いを見かけた場合は警官などにすぐ通報するよう求めた。日本、英国なども自国民に警戒を呼びかけた。
在タイアメリカ大使館がテロ注意を呼びかけたことに対して、タイ政府が緊急会見。この発表は、警告から数時間後に出された。
チャルーム副首相は、「国家警察本部が現在不審人物とされるイスラム教シーア派の政治組織ヒズボラのレバノンとスウェーデンのパスボートを持つレバノン人2人を拘束しており、尋問中である。警察の情報が正しければテロが発生することはない。」と語っている。正月前に情報を得ており、独自に捜査を進めていた。タナティプ・サワンセン国防省報道官は、「タイがこれまで中東テロリストのターゲットになったことはない。2人のタイ入国は、テロ目的ではなく、何らかの理由で本国から逃げてきたのだろう。」と述べている。また法務省特別捜査局(DSI)ターリット局長は、「現時点でそのようなテロが行われる事態にはならない。」と大使館のテロ懸念を否定。
タイの観光業界は2010年のタクシン派による都心部占拠、2011年の大洪水で痛手を受け、今回の事件で回復がさらに遅れる可能性がある。タイ政府は「テロの心配はない。」(コーウィット副首相)などと打ち消しに必死だが、13日のタイ株式市場では旅行関連株が売られ、ホテル大手マイナー・インターナショナルは3.4%、同業のドゥシタニは4%下げた。スラポン外相は米国がタイ政府への事前連絡なしに渡航警告を出したことに強い不満を表明し、近く説明を求める方針。
政府は2005年から10年までの6年間に起きた政治関連事件の犠牲者遺族と負傷者に総額20億B賠償することを決めたが、対象外とされた人々が不満を強めており、賠償対象を拡大せざるを得ない状況になりつつある。この賠償計画は、「政治対立の解消と国民和解の実現に向けたステップ」とされており、それゆえ、政治対立の主因である、タクシン支持・不支持を巡る事件に賠償が適用される。
だが、過去にも政治的な理由で多数の人々が死傷する事件が起きており、そのため、遺族などから不満の声があがっている。国家人権委員会のニラン委員は、「不平等感が拭えず、対立を招きかねない。国民和解には役立たない。」と警鐘を鳴らしている。
01月14日(土)在タイ日本大使館は、タイ警察がテロの危険性が高い場所として、都内のイスラエル大使館(スクムビット・ソイ19、オーシャンタワー2の25階)、カオサン通り、スクンビット・ソイ22の警戒を強化したとして、日本人のタイ在住者、旅行者に警戒を呼びかけた。以下はその全文。

バンコクにおけるテロ脅威に関する注意喚起について(2012年1月14日現在)

1.14日、タイ警察は、テロの危険性が高い場所として、イスラエル大使館(スクンビット19、オーシャンタワー2の25階に所在)、カオサン通り、スクンビット22を挙げて警戒を強化している旨発表しました。

2.バンコクにおけるテロ脅威に関する注意喚起については、昨日、在タイ米国大使館も「多数の西側の観光客が集まる公共の場所を訪れる際には十分注意することが求められる。」旨の緊急メッセージを発出しております。

3.つきましては、在留邦人及び旅行者の皆様におかれては、引き続き、最新の情報を入手するように努めていただくとともに、大勢の人が集まる場所等においては周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察知したら、速やかにその場を離れるなど十分注意を払ってください。

○在タイ日本国大使館領事部
電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
FAX :(66-2)207-8511
スワンナプーム空港でテロ容疑者が逮捕され、米政府などが自国民に対し、クルングテープでのテロに十分注意するよう呼びかけた問題で、プリアオパン警察庁長官は、 「テロリストグループは、テロ計画がタイ当局の知るところとなったため、これを中止した。」と供述していることを明らかに。
また、首都圏警察によれば、「テロの恐れがまだ完全に払拭されたわけではないため、テロの標的となる可能性のある、カオサン通り、スクンビット22などに警察官、爆発物処理班、警察犬などを派遣して警備を強化している。」とのこと。
01月15日(日)クルングテープにおけるテロを警戒し、米国など10か国以上が自国民に注意を呼びかけた問題で、インラック首相は、「市民に危害が及ばぬよう24時間態勢のテロ対策をとってている。」と述べ、クルングテープの安全性を強調。同時に、タイの観光業への悪影響を避けるため、タイ当局が適切に対応していることなどを諸外国に説明するよう外務省に指示したことも明らかに。
だが、テロ犯人がいまだに国内に潜伏中とされることについては、詳細な情報を明らかにすることを避けた。
2009年04月にタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が当時の民主党政権の退陣などを求めて、クルングテープで過激な反政府活動を展開し、パタヤで開催中のASEANの会議を中止に追い込んだ事件で、UDD幹部のアリスマンは、「会議を妨害するつもりはなかった。」と釈明し、「迷惑をかけた人々に謝罪したい。」と述べた。
会議の会場となっていたホテルには、UDDメンバーが乱入し、会議は打ち切りとなったが、アリスマンによれば、「危険回避のためホテルに入ったに過ぎない。」なお、アリサスンは、一昨年の大規模反政府デモに関連したテロの疑いで昨年12月に逮捕され、現在は保釈中。
タイ政府は、北部チエンマイ市で閣議を開き、チエンマイ県など北部8県のインフラ整備事業128件を承認。クルングテープ-チエンマイ間の高速鉄道建設、北部の電車網整備、洪水防止策などで、予算総額は3874億B。チエンマイはタクシンと妹のインラック首相の地元。
01月16日(月)早朝タイ国内でテロを企てた疑いで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーとみられるレバノン系スウェーデン人アトリス・フセイン(47)が12日、スワンナプーム空港で身柄を拘束された事件で、タイ警察は、男の供述に基づき、クルングテープ西郊サムットサコン市の3階建ての建物を捜索し、2階の部屋から、爆発物の原料となる硝酸アンモニウム約260ℓ、尿素肥料4380㎏などを押収。捜索に立ち会ったプリアオパン警察長官は「タイ国内でのテロが目的ではなく爆発物原料の輸出拠点だった。」という見方。アトリスらは2011年01月からこのビルを賃借していた。
警察によれば、尿素系肥料には規制はないものの、硝酸アンモニウムは武器規制法で売買や所持が規制されている。
関係筋によれば、タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のナタウットが近く行われる見通しの内閣改造で入閣する可能性が強いという。
改造は当初「年明け」とされていたが、現在では「04月もしくは05月初め」との見方が有力。同筋は、「インラック首相は改造に備えて一部の閣僚や閣僚候補と話し合いをしたが、ここにナタウットが呼ばれた。」としている。
01月17日(火)テログループの一員とされるレバノン系スウェーデン人のアトリス・フセイン(47)の逮捕後、民家で大量の爆弾材料が発見、押収されたが、国家治安委員会のウィチエン事務局長(元警察庁長官)は、「アトリスがテロ計画に関与していたか定かでない。」として、関係当局に対し、慎重に捜査を進めるよう命じた。
これまでの報道では、「アトリスはイスラム教シーア派の政治組織、ヒズボラとの繋がりが疑われる。」というが、ウィチアン事務局長によれば、「テロ容疑がはっきりしないままアトリスを逮捕し、身柄拘束を続けているのは問題。」
押収された爆弾材料の中に武器規制法で売買や所持が規制されている硝酸アンモニウムがあったことから、アトリスは現在、武器規制同法違反の罪に問われている。首都圏警察関係筋によれば、アトリスは取り調べに対し、硝酸アンモニウムなどを購入したことは認めたものの、「違法とは知らなかった。」、「医療目的で中東とアフリカに送る予定だった。」などと主張。テロ計画への関与を否定している。
先週末、在タイアメリカ大使館がタイ国内観光スポットでテロ行為が行われる恐れがあるとし緊急警告していたが、特に観光業界への影響は見られていない模様。
タイ地元紙によると、フォーシーズンズホテルのセールスマネージャーの話では、「現在ホテルの宿泊率は60~70%程度とし、予約キャンセルなどの数字に変わった動きは見られない。」という。またカオサン企業者協会元会長スラットも、「特にカオサン地区の観光者の状況に変わりはない。」と語っている。
01月18日(水)プミポン国王は、インラック首相が提出した内閣改造名簿を承認。主要経済閣僚がほぼ総入れ替えとなるなど、16の閣僚ポストで異動があり、10人が新たに入閣。
新入閣組で問題となりそうなのが、女性実業家のナリニー・タウィーシン首相府相と、2010年にクルングテープ都心部を占拠したタクシン支持派団体、反独裁民主主義同盟(UDD、通称赤服)幹部のナタウット副農相。
ナリニー首相府相は2008年、金融、不動産、宝石などの取引でジンバブエの独裁者、ムガベ大統領の便宜を計ったとして、米政府から米国内の資産凍結、米国民との金融・商業取引禁止などの措置を受けた。タイ-米関係はこのところ、米国がタイの不敬罪を批判したり、テロの危険からタイへの渡航警告を出すなどしてギクシャクしており、ナリニーの入閣でさらに拗れそうな雲行き。ナタウット副農相には不敬罪疑惑がかけられており、王党派が反発する可能性が高い。
このほか、主要閣僚ではキティラット副首相兼商務相が副首相兼財務相、ユタサク国防相(元国防次官)が副首相、スカムポン運輸相(元空軍司令官補)が国防相、ウォラワット教育相が首相府相、ブンソン副財務相が商務相に転任。
工業相には王族のポンサワット、タマサート大学イノベーション学部長、エネルギー相にはタクシンの財閥の通信衛星会社で経営幹部を務めたアーラック、運輸相には与党プア・タイ党のチャルポン幹事長、教育相にはスチャート元財務相が就任。
コーウィット副首相(元警察長官)、ティーラチャイ財務相、ピチャイ・エネルギー相、ワナラット工業相らは退任。
キティラットはタクシンが好む積極財政に前向きで、財務相兼任でばら蒔き政策が加速する可能性がある。
スカムポン国防相はタクシンと同期の士官候補生学校10期。10期生はタクシン政権を追放した2006年のクーデター後、軍で閑職に追いやられた。スカムポン国防相はクーデターを起こした軍主流派に批判的とみられ、政府と軍の関係が緊張する恐れ。
内閣改造が報道の通りとすると、インラック首相の兄であるタクシンが論功行賞や側近の起用に眼目を置いた形。
今回の改造で首相府相就任か決まった女性実業家のナリニーは、米財務省が「アフリカの独裁国家ジンバブエのムガベ政権を支援した。」として2008年にナリニーをブラックリストに載せていたことについて、この容疑を全面的に否定。「閣僚の職務を遂行するうえでは取るに足らないこと。」と言い切った。
ナリニーによれば、「10年以上前からムガベ大統領や夫人と面識があるが、米財務省が指摘するような、ムガベ政権に関連した不動産売買や宝石取引などには一切関わったことがない。」、「米財務省は、ブラックリストに載せた人物らについて、米国内の資産を凍結するとともに、米国民との商取引などを禁ずるとしているが、ナリニーは米国に資産を有しておらず、資産面では影響を受けていない。」という。
米当局が先に出した「タイにおけるテロ警告」を解除していないことについて、カチャッパイ元国家治安委員会事務局長は、「タイ-米国両国の捜査協力を実現するためのタイ当局への圧力」との見方を示した。
「タイ当局は1週間ほど前にテログループとの繋がりを疑ってスワンナプーム空港で外国人の男を拘束したが、その取り調べに米当局が関与することを拒んでいる。」とされる。
カチャッパイによれば、「テロ警告は観光などに影響するため、タイは早期の解除を望んでいるが、米当局は、『アトリスを直接尋問したい。』と考えており、タイが折れるまで警告を継続する方針と見られる。」
01月19日(木)内閣改造で運輸相から国防相に起用されたスカムポンは、「国防省管理法など2006年09月の軍事クーデター後の暫定政権が打ち出した法律・規則の改正に着手する。」と述べ、政府による軍部掌握を強化する意向を明らかに。
2008年制定の国防省管理法は、国軍人事における政府に独断を排除するという軍部の意向を反映した仕組みになっているが、スカムポンは、「政治家が政策を打ち出しても、政治家に権限がなければ、政策は意味をなさない。」としている。
関係筋によれば、「軍部は『王室、国家、国民を守ることが使命』と考え、特定の政権の利益のために利用されることを嫌い、政府が人事などに深く介入するのを拒んでいる。このため、政府は軍部を完全に掌握できずにおり、それが、クーデターの温床にもなっている。」との見方が出ている。
現在国政を担っているタクシン派は、2006年09月のクーデターで政権の座を追われるという経験をしており、政権転覆を防ぐための政府による軍部の掌握強化は同派の念願と見られている。ただ、タクシン派については、以前から「不敬」「反愛国的」といった批判もあり、タクシン派インラック政権が軍事関連の権限を強めようとすれば、反タクシン勢力が強く抵抗する可能性が高まりそうだ。
大量の爆弾材料が見つかった事件で、警察当局は、事件にかかわった疑いでレバノン人のアトリスの逮捕状を取った。
爆薬に転用可能な化学薬品は、空港で拘束したアトリスの供述に伴い、クルングテープに隣接するサムットサコン県ムアン郡の商業ビルから見つかったが、この男は、これら爆弾材料の購入・保管に関与していたことを認めている。また、スラポン外相によれば、空港で身柄を拘束したアトリスは、イスラム教シーア派の政治組織ヒズボラとの関係を否定。
また、テロ警告を発した米国、イスラエルからも男に関する情報提供はないため、アトリスの容疑は現在、規制対象の化学薬品の違法所持のみとなっている。
今回の内閣改造で首相府相に起用されたナリニーが米財務省のブラックリストに含まれていたことについて、インラック首相は、「事前のバックグラウンドの検査で問題はなかった。憲法にも抵触していない。政府には影響はない。」と明言。
米財務省は、世界最悪の独裁国家とされるジンバブエのムガベ政権とつながりがあるとして、2008年にナリニーをブラックリストを載せたが、タイ政府はこの事実を事前に把握していなかった。最大野党の民主党のアピシット党首は、「仕事の内容によっては、首相府相としての職務遂行に支障が出かねない。」としている。
都内のタイ陸軍クラブで開かれたタイ陸軍記念日の晩餐会で、インラック首相(44)とプミポン国王の側近であるプレーム枢密院議長(91)が初めて顔を合わせた。インラック首相はタクシン(62)の妹、プレーム議長はタクシン派が反タクシン派の黒幕とみなす人物で、にこやかな笑顔の中にも緊張をはらんだ初対面となった。
01月20日(金)米国などが「クルングテープの観光スポットを狙ったテロが計画されている。」と警告している問題で、テログループとの繋がりを疑われてスワンナプーム空港で身柄を拘束されたレバノン系スウェーデン人の男、アトリス(47)が「大量の爆弾材料が見つかったのは、モサド(イスラエルの諜報機関)によるでっち上げ。」と潔白を主張。
しかし、ウィナイ首都圏警察長官は、「無実を訴えるのは勝手だが、爆弾材料の発見・押収には秘密機関などは一切関与していない。」と述べ、アトリスの言い分を全面的に否定。
アトリスは、テロ計画への関与を疑われて逮捕されたが、容疑を裏付ける確たる証拠が見つからなかった。しかし、その後、クルングテープに隣接するサムットサコン県ムアン郡で爆薬に転用可能な化学薬品が大量に見つかったことから、爆弾材料の違法所持の罪に問われることになった。
アトリスは、「(爆弾材料発見の際にサムットサコンに連れて行かれた)車の中でモサドから来たに違いない3人から尋問を受けた。」、「爆弾材料はモサドが持ち込んだもの。」などとしている。だが、ウィナイ長官は、「警察は、アトリスの供述によって爆弾材料の保管場所を特定できた。でっち上げが疑われる状況ではない。モサドは関わっていない。」と述べている。
内閣改造で首相府相に起用されたナリニーが米財務省のブラックリストに載せられていたことから、これを問題視する声が聞かれるが、政権党プア・タイ党関係筋によれば、「政権のイメージ低下を回避すべく辞任すべき。」との意見がプア・タイ党内からも出ている。
ナリニーもインラック首相も「問題はない。」との姿勢をとっている。だが、同筋は、「タイの法律には抵触しない。だが、党内には、『閣僚に留まることは政権のイメージに影響する。30日以内に辞任すべき。』などとする意見もある。」と指摘。
タイの王党派の間で対立するタクシン派インラック政権を追放するクーデター待望論が再浮上。
2008年に首都近郊の2空港を占拠した王党派団体、民主主義市民連合(PAD)」は、クルングテープで集会を開き、「タクシン派が王室廃止、共和国設立を目指し策謀している。」と非難。PAD創始者で実業家のソンティーは支那から会場に国際電話をかけ、クーデターで権力を完全掌握するよう軍に呼びかけた。
01月22日(日)タイ士官候補生学校財団理事長のブンルート陸軍大将がラジオ番組に出演し、国連、米国などが批判しているタイの不敬罪について、修正や撤廃は不要との考えを表明。「王室への攻撃が止まない限り、クーデターが起きる可能性が高い。」と警告。
タクシン派は2006年にクーデター、2008年に司法判断で政権を追われたが、2007年、2011年と2度の総選挙に連勝し、現在はタクシンの妹のインラックが首相に就いている。
01月22日(日)ブラックリスト問題でその去就に注目の集まっているナリニーは、米財務省がナリニーをブラックリストに載せた理由を「事実無根」と否定。首相府相を辞任する考えのないことを再確認。米当局が問題としているのは、ナリニーと「世界最悪の独裁国家」(米財務省)とされるジンバブエのムガベ政権との繋がり。
だが、ナリニーによれば、「ムガベ大領がタイを訪問した際に世話をしたことはあるが、外交的・社交的役割を果たしたにすぎず、米財務省が言うような、大統領夫人のためのビジネスなどはしたことがない。」という。また、ナリニーによれば、「制裁対象とされただけで、『ブラックリストに載せられた。』とする表現はまちがっている。制裁についても「米国人とビジネスができず、米国内に資産を保有することを禁じられたに過ぎない。」
警察当局によれば、「クルングテープの観光スポットを狙ったテロ発生の可能性あり。」との警告に伴い、クルングテープでは今も厳重な警戒態勢が取られている。 外国人旅行者の多いカオサン通り、スクンビット通りの商業エリア、イスラエル大使館、アメリカンスクールなどの警備が強化されており、警察官が24時間態勢でパトロールを行っている。
なお、関係当局は、01月12日にスワンナプーム国際空港で身柄を拘束したアトリスとテログループとのつながりを解明すべく、捜査に力を入れているが、今のところ「テロ計画」を裏付ける証拠は見つかっていない。
タクシンの法律顧問のノパドンはフェイスブックに、「タクシンがラオスの古都ルアンパバンに1泊し、観光したり、仏教儀式に参加するなどした。」と書き込んだ。「タクシンはその後、プライベートジェット機で活動の拠点としているドバイに戻った。」という。フェイスブックにはルアンパバンで撮影されたと見られるタクシン、ノパドンらの写真も公開されている。
ノパドンは「タクシンのラオス訪問は政治的なものではない。」と主張。タクシンの妹のインラック首相は18日、昨年08月の首相就任後初の内閣改造に踏み切った。
01月23日(月)都内シリラート病院でプミポン国王を迎えて新閣僚の宣誓式。第2次インラック内閣が正式に発足。
プミポン国王は数年前からシリラート病院に入院し、プミポン国王の臨席を必要とする行事などはシリラート病院のホールで執り行われている。
最大野党の民主党は、米財務省がブラックリストに載せたナリニー首相府相に対し、その責任をとって辞任するよう改めて求めた。
また、ナリニーは、「(ジンバブエのムガベ政権との繋がりで)制裁対象とされただけ。」として、「ブラックリストに載せられた。」との表現に反発しているが、民主党の広報担当チャワノンによれば、「世界最悪の独裁国家とされるジンバブエとの関係で制裁を受けるのは、ブラックリストに載せられるよりずっと不名誉。」
01月24日(火)外国から不敬罪の罰則に批判的意見が出ていることなどから、不敬罪を規定した刑法112条の改正が一部で論議されているが、インラック首相は、「君主は守らなければならない。王制については、介入したり、利用したりしてはならない。」と述べて、初めて同条改正に反対する考えを明確に。
不敬条に関しては、国立タマサート大学の法学者グループ・ニティラットが先に改めて改正を要求。これに対し、インラック首相が政府の姿勢を示した格好。インラック首相によれば、「改正論者は、『言論の自由』の重要性を強調しているが、政府としては、言論の自由より王室を護持する方が大切。」
最大野党の民主党は、国外逃亡中のタクシンに一般旅券を再発給したことを問題視し、その責任をとらせるべく、インラック首相とスラポン外相の罷免を求める請願書をティラデート上院議長に提出。罷免請求には、下院議員125人以上の賛同が必要だが、請願書に署名したのは145人に上る。
なお、罷免請求に伴い、国家汚職制圧委員会(NACC)が捜査、起訴し、憲法裁判所が有罪判決を下して、初めて罷免が実現する。
01月25日(水)野党ラック・プラテート・タイ党のチュウィット党首は、「首都圏にはフランチャイズのカジノが22店も存在する。」、「警察がそれを知りながら見て見ぬ振りをしている。」と批判。
党首は、かつて複数の特殊浴場を経営していた際、「賄賂を渡していたのに摘発された。」などとして警察を声高に批判し、一躍有名になったが、政治家に転身してからも度々警察批判を繰り広げている。
カジノフランチャイズは2つあり、カジノの数はそれぞれ8店、14店という。クルングテープ、パトゥムタニ、ノンタブリにあるこれらカジノのいくつかは、警察署のすぐ近くに位置している。
バンコクにおけるテロ脅威に関する注意喚起について(2012年1月25日現在)

1.報道などによれば、タイ当局の捜査では、容疑者一人の逮捕、爆発物原材料保管場所の捜索などが行われる一方、タイ警察は、テロの可能性が完全に排除された状況ではないとして、引き続き警戒を強化している状況です。
2.つきましては、在留邦人及び旅行者の皆様におかれては、引き続き、最新の情報を入手するように努めていただくとともに、大勢の人が集まる場所等においては周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察知した場合には、速やかにその場を離れるなど十分注意を払ってください。

(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
FAX :(66-2)207-8511
01月26日(木)ヨンユット内相は、「内相には都知事を解任する権限がある。」と述べ、今後政府が打ち出す洪水対策に協力するようスクムパン都知事に要求。
昨年の記録的大洪水では、首都圏の洪水対策を巡って、タクシン派のインラック政権と、反タクシン派の最大野党の民主党幹部のスクムパン都知事が対立し問題となったが、今回の内相の発言からは、「政府の方針に文句は付けさせない。」という姿勢が窺える。
ただ、内相は、「都知事に圧力をかけようしたものではない」と述べている。
なお、内相による都知事解任については、クルングテープ都庁法52条8に「都知事によるその地位を著しく損ねる言動や職務怠慢によって、クルングテープ、都民、都民の財産に甚大な被害が及んだ場合、内相は閣議の承認をもって都知事の任務を終了させることができる。」とされている。
クルングテープ都内サイマイ署のハン署長が、違法賭博に関する発言で名誉を傷つけられたとして、チューウィット、プラテート・タイ党党首を告訴する手続き。
警察批判で知られるチューウィット党首によれば、ハン署長は、「トップレスカジノを摘発したことに腹を立てて副署長を更迭した。」というが、ハン署長によれば、「摘発はサイマイ署が行ったものではない。」とのこと。
01月28日(土)タマサート大学の法律学者からなるグループ・ニティラットが不敬罪を規定した法改正を求めていることに対し、タマサート大学法学部の1958年度同窓会が、法改正に反対を表明。さらに、同窓会は、これら法学者の大学施設使用の禁止や停職などを大学当局に要請する書簡を公開。同窓会のステープ会長によれば、「ニティラットは国王を君主とする現在のタイの民主主義体制を軽んじており、なんらかの処分が必要。」とのこと。
同窓会のメンバーであるチュアン民主党顧問団長(元首相、元民主党党首)は、「ニティラットには意見を表明する権利がある。だが、個人的には、(国王の権威を傷つける言動などを禁じた)憲法8条、(不敬罪を規定した)刑法112条の改正は失敗に終わると思う。」と述べている。
また、最大野党の民主党は、これら2条の改正に反対する姿勢を打ち出しており、、民主党のチッパット副報道担当が、民主党の支持者とともに、都内ロイヤルプラザで改正反対を訴える集会。
国際NGO(非政府組織)の「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)がまとめた2011~2012年の報道の自由度ランキングで、タイは179ケ国・地域中137位だった。不敬罪による市民の投獄、王室関連の報道自粛、インターネットの検閲などが低評価に繋がった。
報道が最も自由だとされたのはフィンランドとノルウェー。日本は原発事故の報道規制を理由に前年の11位から22位に順位が下がった。米国は47位、支那は174位。アジア諸国・地域は南朝鮮44位、台湾45位、カンボジア117位、マレーシア122位、シンガポール135位、インドネシア146位、ビルマ169位、ベトナム172位、北朝鮮178位。
01月29日(日)タマサート大学の法学者グループ、ニティラットが不敬罪関連の法改正を求めていることに対し、各方面から批判が出ていることについて、ニティラットのウォラチェートは、「不敬罪関連法の改正だけを取り上げて、ニティラットの主張を意図的に曲解しようとした反ニティラット・キャンペーンだ。」と批判。「ニティラットが求めているのは、裁判所、軍、政治機関などを含めた包括的な改革であり、不敬罪関連法の改正はその一部に過ぎない。」という。
ウォラチェートによれば、「不敬罪の最高刑は禁固15年とされているが、君主である国王はすでに法によって一般国民より手厚く守られており、最高刑は禁固2、3年が妥当。」という。
なお、ニティラットは、2006年の軍事クーデターを批判し、クーデター後に制定された暫定憲法下で軍事暫定政権が下した決定、およびその決定に伴うタクシンの資産没収などを無効とするよう求めており、反タクシン派からはタンシン寄りと批判されている。
01月30日(月)国立タマサート大学の法学者グループ・ニティラットが主張する不敬罪規定改正に対する批判が拡大している問題で、ソムキット学長は、「学内で(不敬罪を規定した)刑法112条改正に関連するいかなる活動も禁止する。」と述べて、ニティラットが同大学の施設内で改正を論議することなどを許可しない方針を明らかに。ニティラットは、禁固15年という不敬罪の最高刑を「過剰」とし、禁固2~3年に引き下げるべきとしているが、これに対しては、「王室を軽んじるもの」といった批判が巻き起こっている。ソムキット学長によれば、「学内におけるニティラットの活動を容認し続ければ、タマサート大学が不敬罪規定改正を支持しているかのように受け止められかねない。」
警察批判で知られるチューウィット、ラック・プラテート・タイ党党首が「違法カジノの中には、首都圏警察付の記者らに新年の贈り物としてノートパソコンを贈ったところもある。」と発言。これに対し、タイ記者協会(TJA)が証拠を提示するようチューウィット党首に要求。
チューウィット党首によれば、「違法カジノが表社会に影響力を浸透させつつあるもので、危険な動き。」しかし、この情報の真偽がまだ不明なことから、TJAは、「報道機関や国家報道評議会による事実解明を可能にするため、チューウィット党首は、発言を裏付ける証拠を提示すべき。」としている。
01月31日(火)スラポン外相によれば、先にイスラエルや米国が「クルングテープの観光スポットを狙ったテロの可能性」を示唆したことから、多くの国がタイ渡航を控えるよう自国民に促したが、いまだに16ケ国がこの注意喚起を解除していないことから、これらの国々の大使を外務省に呼んで、現在の治安状況を説明することになった。
スラポン外相は、「状況は改善しており、米国も注意喚起のレベルを引き下げ、新たに注意喚起を発した国もない。」として、「タイ渡航自粛を継続する必要はない。」としている。
不敬罪規定改正問題で、改正を要求する、タマサート大学の法学者グループ、ニティラットに改正関連で大学の施設を利用することを禁じた大学当局の決定に「言論の自由を侵すもの」といった批判が出ていることについて、ソムキット学長は、「大学内で問題が発生し、これが10月06日事件のような惨事にエスカレートするのを避けるための措置。」と釈明。
10月06日事件は、1976年にタマサート大学や王宮前広場(サナムルアン)で当時の政府に批判的な学生など50人あまりが当局の武力弾圧で死亡した。
政権党プア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、2006年09月の軍事クーデター以降に政治関連で有罪とされた者全てに恩赦を適用するという「国民和解法案」を準備中であることを明らかに。同案は、6つの部分から構成されており、プア・タイ党は今後、その6つを1つずつ説明してゆく方針という。
タクシン派のプア・タイ党は、「反タクシン派も含む全ての政治関連犯の罪を帳消しにすることが政治対立の解消、国民和解の実現に繋がる。」としているが、反タクシン派は、「タクシンの免罪が狙い。」などと批判しており、恩赦法案を無理に通そうとすれば、新たな対立に繋がることは必至。
タクシン派インラック政権は閣議で、オラーン・チャイプラワットを首相顧問兼タイ通商代表会長に任命した。同日付。
オラーンは1944年生まれ。米マサチューセッツ工科大学経済学博士。1982~2001年にタイ王室系のサイアム・コマーシャル銀行社長を務めた。2008年のタクシン派ソムチャーイ政権で副首相。
02月01日(水)国立タマサート大学の法学者グループ・ニティラットが求めている、不敬罪を規定した刑法112条の改正は、国内では反対意見が拡大しつつあるが、このほど、著名な学者を含む16ケ国の224人が、「刑法112条は改正が必要」とするインラック首相宛て書簡を公開。
それによると、「不敬罪は、不満を表明する国民に「不敬」のレッテルを貼って批判を抑え込むための強力な道具となっており、これによって国民の基本権権利が侵されている。このような状況を改めるために刑法112条の改正が不可欠。」
02月02日(木)スラポン外務相は、「タイ国内のテロ警戒を注意喚起している国が依然13ケ国ある。」と発表。
タイ地元紙によると、現在注意喚起している国は、英国、オーストラリア、オーストリア、台湾、ギリシャ、南朝鮮、日本、カナダ、スウェーデン、イタリア、ルーマニア、アイルランド、ニュージーランドの13ケ国。
すでに注意喚起を取り下げた国は、支那、ドイツ、フランス、イズラエル、アメリカ、ブラジル、ノルウェー、オランダ、デンマークの9ケ国。
タマサート大学の法学者グループ・ニティラットが不敬罪を規定した刑法112条の改正を要求し、これに各方面から否定的な意見が出ているが、大学当局がニティラットに同法改正に関連して大学の施設を使用するのを禁じたことに対し、学内で賛成、反対双方の動き。
ジャーナリズム・マスコミ学部の現役学生と卒業生など200人以上がタプラチャンキャンパスでニティラットを批判。これに対抗する形で、ランシットキャンパスでは学生たちが施設禁止措置に反対する意見を表明。このグループは02月05日にタプラチャンキャンパスでも集会を行う予定。
02月05日(日)タマサート大学当局が不敬罪を規定した刑法112条の改正を求めている法学者グループ、ニティラットに対し同法改正に関連して大学施設を使用するのを禁止したことで賛否両論が巻き起こっている問題で、ソムキット学長は、この措置の見直しを13日にも大学役員会に提言する意向を明らかに。同措置については、「言論の自由」を侵すものといった批判が出ており、大学内で措置に反対する学生など2000人あまりが抗議集会。
02月06日(月)不敬罪を規定した刑法112条の改正を巡る問題で、プラユット陸軍司令官が改正の動きに不快感を示し、これを中止するよう求めているが、改正を求めている学者グループ、112条改正キャンペーン委員会は、今後も改正に向けて活動を継続してゆく方針を確認。同グループは、「112条改正のため01月15日から署名集めを開始したが、署名者数は数千人に上っている。」としている。署名集めは当初の予定通り112日後の05月05日まで続けられる。
ただ、112条改正キャンペーン委員会のプアントン、チュラロンコーン大学政治学部講師によれば、「与党も野党も不敬罪関連法の改正に否定的で、112条改正案が議会を通過する可能性は低い。」
スラポン外務相は、タイ国内でのテロに警戒するよう注意喚起している国が、残り6ケ国となったことを明らかに。現在出されている注意喚起を取り下げるよう、各国の在タイ大使館などに求めている。依然注意喚起をしている国は、イタリア、ドイツ、カナダ、オーストラリア、日本、南朝鮮の6ケ国。
一番最初にテロが発生する恐れがあると注意喚起をしていた米国は、すでに注意喚起を取り下げている。
政府が先に洪水被災地の復旧・復興や洪水対策などのために決めた4つの政令のうちの2つについて、憲法裁判所がこのほど、「憲法に抵触する。」とのコーン民主党議員(同党副党首・元財務相)とカムヌン上院議員の訴えを受理したことから、その合憲性が詳しく検討されることになった。
これら2政令は、河川管理や洪水対策などのため政府に3500億Bの借り入れを許可するとともに、1997年のアジア通貨危機によって生じた1兆1400億Bの債務をタイ中央銀行・金融機関開発基金に返済させるというもの。
憲法裁によれば、「原告の両議員は10日までに陳述書を提出し、15日に出廷、陳述する。これを受け、憲法裁が30日以内に判断を下す。」
02月07日(火)不敬罪を規定した刑法112条を改正するという学識者グループなどの要求を巡って論争が起きている問題で、複数の閣僚が、改正に反対するプラユット陸軍司令官の姿勢を支持する考えを表明。
改正のポイントは、不敬罪の最高刑禁固15年の引き下げとなっているが、これに対して、「君主を軽んじるもの。」といった批判意見が出ている。ユタサック副首相は、「君主や国民感情を傷つける行為はすべて止めるべき。」と明言。チャルーム副首相も「陸軍司令官の意見に全面的に賛成。」と表明。「閣僚や議員が改正しないと言っているのだから、改正はできない。改正を要求するのは止めてほしい。」と述べている。
タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチナワット運輸相顧問は、「政権党のプア・タイ党の実動部隊として知られるUDDが、02月15日に新しい議長を選出する。」と明らかに。
UDDは一昨年の大規模反政府デモに関連して首脳陣がテロ容疑などで逮捕されたことから、現在、ティーダ♀が議長代行を務めている。UDD幹部約40人が、13日と14日にナコンナヨック県で新議長選出などを協議することになっている。
02月08日(水)タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)首脳のチャトポン、プア・タイ党議員は、「04月に軍事クーデターで現政権が倒される可能性がある。」と指摘。さらに、これを阻止するため、「UDDは大規模な街頭デモや集会を展開する必要がある。」と訴えた。クーデターの情報は、UDDのメンバーや、米国の情報機関とつながりのある知人から得たとのこと。
議員は、「UDDはクーデターを阻止しなければならない。02月25日にはUDDによるコンサートが開催され、また、(国外逃亡中の)タクシンが、外国からビデオリンクを通じてUDD支持者に呼びかける予定だが、赤服軍団(UDD支持者)が集結することによって、政権転覆を目論んでいる者たちを牽制することができる。」


36章  国外逃亡犯タクシンのための憲法修正 爆弾テロと不敬罪続発
02月09日(木)連立与党とタクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が、それぞれ新憲法案を起草する憲法起草議会の設立を求める憲法291条改正案をタイ国会に提出。連立与党案はタイの全77都県から各1人選挙で選ばれた議員と有識者22人の計99議員からなる憲法起草議会の設置を求めるもので、下院議員275人が署名。UDD案は直接選挙で選ばれた議員100人が240日以内に憲法案を起草し、その後60日以内に国民投票にかけるという内容で、国民6万人の署名を集めた。
タイの現行憲法は2006年の軍事クーデターでタクシン政権を追放した特権階級・軍が制定したもので、半数が任命制の上院や独立機関を通じ、特権階級・軍が政治に影響力を持つ内容。2011年07月の総選挙で政権に復帰したタクシン派は特権階級・軍の影響力排除には憲法改正が必要と判断したもようだが、改正の内容次第では政局が大きく混乱する恐れがある。
タクシン派は2006年の軍事クーデターと同派解党を命じた2008年の司法判断で、2度、政権を追われたが、総選挙では2001年、2005年、2007年、2011年と4連勝中。タクシン派と対立する特権階級・軍は攻め手を失ったのか、2011年のタクシン派インラック政権発足後、表立った政権打倒の動きはみせていない。
ただ、今年に入り、「特権階級・軍がクーデターに踏み切る。」という噂が再浮上しているほか、国王夫妻と王位継承者の批判を禁じた不敬罪の改正をめぐる議論が激化。不敬罪では改正・刑罰の緩和を求める学識者グループを軍幹部が強く非難し、不穏な雰囲気となっている。クーデターに関しては、特権階級のフロント組織とみられる市民団体、民主主義市民連合(PAD)創設者のソンティが軍にクーデターを呼びかける一方、UDD幹部のチャトポン下院議員が「04月までにクーデターが起きるという情報がある。」と主張。プラユット陸軍司令官は09日の記者会見で、チャトポン議員の発言に強い不快感を示し、「(クーデターを)誰がやるというのだ。」と語気を荒らげた。
スカムポン国防相は、「04月にクーデターが起きる可能性がある。」と発言したタクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン、プア・タイ党議員に対し、クーデターに言及しないよう強く求めた。タクシン派は、タクシン政権が軍事クーデターで倒されたことから、今でも軍部の動きを警戒しているとされる。
だが、政府関係者がクーデターに言及することは、国民の間に不安を広げ、軍部と政府の関係悪化も招きかねないことから、スカムポン国防相は、「チャトポン議員は喋り過ぎ。クーデターを口にすべきではない。」と警鐘を鳴らした。
著名な実業家のエカユットが、記者会見。「都内ラーチャダムリ通りの一流ホテルでタクシンの関係者に殴られた。」と、インラック首相に真相を明らかにするよう要求。エカユットによれば、同ホテルを訪れていたインラック首相がホテルを出た約10分後に何者かに顔面を殴られ、床に倒れた。犯人は「制服を着て、武器を所持していた。」、「事件を目撃した人々から『犯人はタクシン元首相の関係者。』との情報を得た。」
なお、エカユットは、タクシン政権(2001~2006年)下で反政府的なキャンペーンを展開。反タクシン派として知られている。
02月10日(金)タクシン派のインラック政権は、昨年の中部で発生した大洪水で対策・救援にあたった官民の関係者を慰労する盛大な晩餐会を催した。「パーティーの経費は1000万Bに上る。」と報じられ、反タクシン派の野党民主党は「税金の無駄遣い。」と批判。
閣僚、枢密顧問官、外交官、軍高官、実業家ら500人以上が出席したが、かつてタクシン派が目の敵にしたプレム枢密院議長が出席したことで、プレム議長とタクシン派との和解の可能が囁かれている。インラック首相とプレム議長が公の場で会うのは01月19日の陸軍記念日の晩餐会以来2度目。
プレムはタクシン政権(2001~2006年)に一貫して批判的だったことから、タクシン派はプレムを「タクシン政権を倒した2006年09月の軍事クーデターの黒幕」と批判。タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の支持者(赤服軍団)が大挙してプレムの自宅前に詰めかけたこともある。
ただ、「プレムがどのような考えでパーティーに出席したか定かでない。『タクシン派に気を許した。』とみるのは早計。」との見方もある。
02月13日(月)タマサート大学では、法学者グループ、ニティラットの不敬罪規定改正要求に各方面から批判が出たことから、ニティラットに法改正関連の学内施設利用を禁止する措置が取られたが、大学当局はその措置を撤廃することを決定。
施設の使用禁止に対しては、法改正の是非とは別に、「言論の自由を侵すもの」という強い批判が学内からも出ていた。
ただ、ソムキット学長によれば、「禁止措置は解除されたものの、ニティラットは学内で不敬罪規定改正に関連する活動をする場合、大学当局に許可を求める必要がある。」
政府は閣議で、憲法改正手続きを規定した憲法291条の改正案を承認。タイの全77都県から各1人選挙で選ばれた議員と有識者22人の計99議員からなる憲法起草議会が発足から180日以内に新憲法案を起草し、国民投票に掛けるというもので、先に連立与党が国会に提出した法案とほぼ同じ内容。
これによってタクシン派の求める憲法改正が一歩前進したことになるが、この改正には以前から「タクシン派の勢力をさらに強化することが狙い。」といった根強い批判もあり、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)が一貫して反対していることから、政治対立の再燃に繋がる可能性がある。
著名な実業家エカユットが先にインラック首相が訪れた都内の一流ホテルで暴漢に襲われ事件に絡んで、複数の活動家グループが、「なぜ首相が国会審議を欠席してまでホテルを訪れたのか。」などと批判。「正当な理由もなく国会審議を欠席することは憲法に抵触する。」として、オンブズマン室に対し調査を要請。
インラック首相は「疚しいことはしていない。」としているものの、ホテルで誰と会ったかなどは明らかにしていない。これに対し、活動家グループは、「悪いことをしていないというのなら、ホテルで何をしたかを国民に説明すべき。」と主張。
なお、ホテルで「タクシン関係者に顔面を殴られた。」と主張している実業家のエカユットは、法務省中央科学捜査研究所のポンティップ所長同席のもとに記者会見を行い、「顔面の傷について2つの病院に診断書を書いてもらえなかった。」と訴えた。所長の見解も「すでに数日経過して傷が癒えつつあるため、中央科学捜査研究所としては診断書を発行できない。」というものだった。
02月14日(火)
14時20分頃
クルングテープ都内スクムビット・ソイ71内のソイ・プリーディパノムヨン31~35付近の3ケ所で爆弾が爆発。爆弾を所持していたイラン人のサイード・モラディ(28、報道により50は誤報)は両足切断の重傷。17時現在、チュラロンコーン病院で治療。チュラロンコーン病院の医師は、「モラディは右脚を失い、目と腹部を負傷し、左脚を切断しなければならなかった。」と述べた。通行人のアピチャート・カムルー(33)、カングワン・ホープラサートング(80)、スタティップ・サチャダムロング(62)ら3人(報道により4人は誤報)が重軽傷。
1発目の爆弾はモラディらイラン人3人(報道により5人)が住んでいたスクンビット・ソイ71を2㎞ほど入った、ソイ・エカマイ(スクンビット・ソイ63)に通ずるソイ・プリディパノムヨング36の2階建ての借家で爆発。この爆発でイラン系の2人は小路の入り口でタクシーに乗って逃走。約5分後にモラディもタクシーで逃走しようとしたが、タクシーがなかなか止まらず、怒ったモラディは、手榴弾をタクシーに投げつけ運転手を負傷させた。報道によりタクシー運転手1人が病院で死亡は誤報。
負傷したモラディは借家を離れ徒歩で逃げようとし、表通りのスクムビット・ソイ71に出た所で、駆けつけた警察官と鉢合わせし、警察のバイクに手榴弾を投げたが、それが走行中のピックアップトラックに当たって跳ね返ってきて足下で爆発。両足に重傷を負った。近くにいた3人が負傷。モラディはガラスの破片で喉を切って死のうとしたが、警察に取り押さえられた。
警察は最初に爆発が起きた借家を捜索し、高性能プラスチック爆薬C4約4㎏が2つのラジオの中に仕込まれた手製爆弾を発見。周辺の住民を避難させた上、爆弾を回収。情報筋は、「爆弾が半径40mで深刻な損害を引き起こすかも知れない。」と述べた。
犯人は3人で、負傷したモラディ以外は発覚を恐れ逃走。

← 左から、サイード・モラディ、モハマド・ハゼエイ、マソウド・ゼッダガットザデー。

17時現在、同ソイ、およびスクムビット通り側およびペッブリ通り側三叉路周辺では交通規制が行わており、渋滞。
ピシット・ピスットサック首都圏警察副長官は、「スクムビット通りソイ71の民家を借りているモラディがタクシーを呼んだところ、乗車を拒否されたことから、激怒して、爆弾を投げつけた。このため、タクシー運転手のほか、近くにいた市民2人が負傷した。その後、逃走しようとしたところ、たまたま警察官が通りかかったことから、ここでも爆弾を投げつけようとしたが、このとき、手が滑り、自爆。両足切断の重傷を負うことになった。」と説明。
クルングテープでは今年01月、タイ国内でテロを企てた疑いで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバー、レバノン系スウェーデン人のアトリス・フセイン(47)が逮捕され、その後、アトリス・フセインが賃借していたクルングテープ郊外のビルで、爆発物の原料となる硝酸アンモニウム約40ℓ、尿素肥料4.4tなどが押収。日本、米国など各国はアトリス・フセインの逮捕後、タイへの渡航に警告を出したが、タイ政府の要請を受け、その後、ほとんどの国がこうした警告を取り下げていた。タイ警察はこの事件で、テロの危険が高い場所として、都内のイスラエル大使館(スクムビット・ソイ19、オーシャンタワー2の25階)、カオサン通り、スクンビット・ソイ22などを挙げていた。
イランは核開発をめぐりイスラエルとの間で緊張が高まっている。13日にはインドの首都ニューデリーとグルジアの首都トビリシで、イスラエル大使館関係者の車に爆発物が仕掛けられ、ニューデリーでは爆発でイスラエルの外交官ら4人が負傷。
18時20分頃都内ワッタナー区スクムビット・ソイ71通り周辺の3ケ所で爆弾が爆発し、爆弾を所持していたサイード・モラディとタクシー運転手の男性らタイ人の男女4人が死傷した事件で、タイ警察は爆発の数時間後、別のイラン人のモハマド・ハゼエイ(42)をスワンナプーム空港で逮捕。クアラルンプール行きのエア・アジア機に搭乗する所を、出入国管理局によって拘束。これにより爆発事件で逃走したイラン系の男は残り1人となった。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のナタウット副農相はバレンタインデーの02月14日、バレンタインデーに関連づけて、「愛だけでは、国民和解は実現できない。愛と理解が必要。」と強調。
によれば、「理解なき愛は思い込みを生み、思い込みは誤解を招く。このため、だれもが互いに相手を理解するよう努めることが望まれる。」関係筋は、「政権党プア・タイ党などのタクシン派と反タクシン派は、何を善しとするかで見解が大きく隔たっている。『理解せよ。』との呼びかけは『われわれの主張を受け入れよ。』と言っているのに等しく。歩み寄りの余地がないのが現状。」
政府が先に憲法改正手続きを規定した憲法291条の改正案を閣議了承したことに対し、野党議員のまとめ役である野党院内幹事は、この改憲に反対することで意見が一致。幹事の1人、最大野党の民主党幹部のチュリンは、「政府の求める改憲は、民主的な政治改革を実現しようとしたものではなく、特定個人の罪を帳消しにすることが狙い。」と述べて、国民の大多数に不利益が齎される憲法改悪だとしている。
02月15日(水)都内の住宅などで起きた爆発でイラン人、サイード・モラディを含む4人が重軽傷を負った02月14日のクロングタン爆弾テロ事件で、関係当局は全容を解明すべく、捜査に全力をあげているが、住宅を借りていた外国人らの目的や国際的テロリストとの関連、住宅で爆発が起きた原因などは、今のところ明確にはなっていない。
プリアオパン警察庁長官は、「犯人の狙いは外国人。タイ人ではない。」としているが、その理由などは明らかにしていない。
14日のクロングタン爆弾テロ事件で、駐タイ・イスラエル大使は、「犯人らは、今週初めにインドとグルジアで爆弾事件を起こしたテロ・ネットワークと属している。」との見方を示した。さらに、テロの標的については、まだ不明な部分が多いが、イスラエル大使は、「今まで経験から、我々(イスラエル人)を狙ったものと考えている。」と一連の事件へのイランの関与を指摘し非難。3ケ国では、イスラエルの諜報機関なども事件を調べている。
一方、イラン外務省はこれらの事件への関与を否定し、「(イスラエルは)イランとタイの友好関係を阻害しようとしている。」と批判。米国務省は「イランと関連性がある事件が続き留意している。調査結果を待っている。」(ヌランド報道官)
15日には、マレーシアの首都クアラルンプールで事件関与の疑いで3人目のイラン人、マソウド・ゼッダガットザデーが逮捕された。マレーシア警察は、「タイから提供された情報に基づき身柄を拘束した。」と説明。男は爆発が起きた借家から爆発直後に立ち去り、14日夜、スワンナプーム空港発のエア・アジア機でクアラルンプールに移動。
この事件で逮捕されたのは重傷を負ったサイード・モラディと14日夜にスワンナプーム空港で逮捕されたイラン人モハマド・ハゼエイを含め3人となった。このうちモラディは今月08~13日にパタヤのトップ・タイ・ホテルに宿泊。ハゼエイは08日に京城発のタイ航空機でタイに到着。
借家に同居し05日にタイを出国したイラン女、ロハニ・レイラ(31)を4人目のテロリストとして国際手配している。
今回の事件についてタイ治安当局は使用された爆発物が13日にニューデリーで起きたイスラエル大使館員の車爆破事件のものと類似し、テロリストがクルングテープでイスラエル人外交官を狙ったテロを企てていたと見ている。タイ政府は当面のテロ対策として、イランなど中東からの旅客の入国審査を厳しくし、国民に対し、不審な外国人がいたら警察に通報するよう呼びかけている。
チャルーム副首相、スラポン外相らは観光への影響を懸念し、「テロ」という言葉を避けているが、すでにクルングテープ都内のカオサン通りなど西洋人旅行者が多い地区では客足が減り始めている。
爆弾犯人らが住んでいた借家は日本人が多く住むエカマイ通りに隣接した地区にある。借家前の防犯カメラの映像には爆発で家の破片が道路の反対側まで飛び散る様子が映っていた。周辺の住民は爆発直後に民家の前に集まったが、血を流したモラディが両手に爆弾を持ち鞄を背負って家から出てくると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
クルングテープで起きたクロングタン爆弾事件でイラン人が逮捕され、対イスラエル・テロの可能性が取り沙汰されているが、民間からは、「諸外国でタイにおけるテロへの懸念が高まっており、これがタイの観光産業に深刻な打撃を与えかねない。」として、この懸念を払拭すべく、タイ当局に事実関係を詳しく外国に説明するよう求める声が強まっている。
タイでは先に、「国際的なテロ組織がクルングテープの観光スポットでテロ事件を起こそうとしている。」との情報に伴い、諸外国が自国民にタイ渡航を自粛するよう呼びかけたが、タイの観光業界筋は、「再び欧米人がテロの標的との見方が広まっている。これを放置しておけば、観光業は損失を被るばかり。」と指摘。「タイ政府はこの状況を改善するため、一刻も早く事実関係を明らかにする必要がある。」としている。
02月16日(木)都内で爆弾が爆発しイラン人が逮捕された事件に関連し、プリアオパン警察庁長官は、「国際空港がテロの標的となる恐れがある。」として、運輸省に対し、タイ空港社(AOT)が管理・運営する国内の国際空港6ケ所の警備を強化するよう指示。これを受け、スワンナプーム、ドンムアン、チエンマイ、チエンライ、ハジャイ、プーケットの6空港のセキュリティーが通常のレベル2から3に引き上げられた。
関係筋によれば、「空港が狙われる。」との情報は、イスラエル当局からタイ警察に直接伝えられたもの。
タイ警察は、この事件で、爆発物所持、殺人未遂などの容疑でイラン人の男3人、女1人の逮捕状をとったことを明らかに。3人の男のうちサイード・モラディは14日の事件で重傷を負い入院中。モハマド・ハゼエイは14日にスワンナプームで、マソウド・ゼッダガットザデーは15日にクアラルンプールで身柄を拘束された。女の行方は不明だが、すでにロハニ・レイラは、イランに帰国したと見られている。タイ警察は都内の借家に出入りしていたイラン系とみられる男についても逮捕状をとる方針。
この他、大勢が利用する公共輸送機関もテロの標的とされる恐れがあることから、関係当局が地下鉄などの警備強化に動き出している。
タイ政府は当面のテロ対策として、イランなど中東からの旅客の入国審査を厳しくするとともに、国民に対し、不審な外国人がいたら警察に通報するよう呼びかけている。また、都内のカオサン通り、イスラエル大使館(スクムビット・ソイ19通り、オーシャンタワー2の25階)、空港などの警備を強化。
イランは核開発をめぐりイスラエルとの間で緊張が高まり、02月13日にはインドの首都ニューデリーとグルジアの首都トビリシでイスラエル大使館関係者の車に爆発物が仕かけられ、ニューデリーでは爆発でイスラエル人外交官ら4人が怪我。クルングテープの事件で使用された爆発物はニューデリーの爆破事件のものと類似。
クルングテープでは今年01月、タイ国内でテロを企てた疑いで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーとみられるレバノン系スウェーデン人アトリス・フセインが逮捕され、その後、男が賃借していたクルングテープ郊外のビルで、爆発物の原料となる硝酸アンモニウム約40ℓ、尿素肥料4.4tなどを押収。日本、米国など各国はアトリス・フセインの逮捕後、タイへの渡航に警告を出したが、タイ政府の要請を受け、その後、ほとんどの国がこうした警告を取り下げた。
タイのスラポン外相は、「14日にクルングテープで起きた爆発事件で、14ケ国がタイに渡航、滞在する自国民に警戒を呼びかけた。」と述べた。14ケ国は日本、米国、英国、台湾、カナダ、オランダ、アイルランド、オーストリア、ノルウェー、イタリア、南朝鮮、ブラジル、イスラエル、ニュージーランド。
在タイ日本大使館はこの事件について、ウェブサイトで「大使館からのお知らせ」として、「詳しい事実関係について引き続き確認中。」として、タイ警察などからの最新の発表に留意するよう求めた。
タイ国政府観光庁(TAT)によると、「先日都内で起きた連続爆発事件によってタイへの渡航注意を発している国が、13ケ国に達した。」という。現在注意喚起をしているのは、スウェーデン、日本、オーストラリア、アイルランド、オランダ、カナダ、英国、ニュージーランド、ブラジル、香港、南朝鮮、オーストリア、アメリカの13ケ国。
タイ地元紙によると、タイホテル協会会長の話では、「これまでにスクンビット地区のホテルのキャンセル率に大きな変化はなく、現時点で観光業界への影響は見られない。」という。
最大野党の民主党のアピシット党首は、「政府は影響の拡大を懸念し、先に都内で起きた爆弾事件を矮小化することだけに努力を払っている。」と批判。
これまでのところ、治安当局は「標的は個人であり、テロではない。」といった見解を示し、スラポン外相も「犯人らは外国で使うためにタイ国内で爆弾を製造しただけ。」などと述べた。
だが、アピシット党首は、「標的がなんであれ、犯人らが爆弾を所持していたのは事実。タイ当局の出方に国際的な関心が集まっている。」、「事件を殊更小さく見せることだけに躍起になっているのは問題。」と述べた。
反タクシン派とされる著名な実業家エカユットが都内のホテルで「タクシン関係者に殴打された。」と訴えている事件で、インラック首相が国会審議を欠席して事件発生直前まで同ホテルを2時間ほど訪れていたことが問題となっているが、下院審議で、野党議員が欠席理由を問いただしたことから、審議が紛糾、打ち切りとなった。野党側は、「国会を欠席したのであり、その理由を明らかにすべき。」などと主張。
だが、下院の正副議長は、「首相のプライベートに関すること。」として、それ以上の質問を許可しなかった。これに野党議員が激しく反発。与党議員が応戦する格好となって、議場は混乱した。このため、下院議長は24時50分に「休憩に入る。」としたものの、約1時間後に「議論は尽くされた。」との理由で閉会を宣言。
02月18日(土)都内スクンビット71(ソイ・プリディバノムヨング36)爆弾事件で、警察はこれまでに4人の逮捕状をとってその行方を追っているが、捜査当局はさらに爆発の直前に現場付近の防犯カメラに映像が残っていたニッカファード・ジャヴァッド(52)と爆発のあった住宅を借りたイラン女ロハニ・レイラとともにいたイラン女ファテメ・ガヘリの2人の逮捕状も取った。
この事件では、爆発で負傷したサイード・モラディが現場で、マレーシア行きのフライトに搭乗しようとしていたモハマド・ハゼエイがスワンナプーム空港で、また、マソウド・ゼッダガットザデーがマレーシアの首都クアラルンプールで逮捕されている。
マレーシアの首都クアラルンプールで事件翌日の02月15日に身柄拘束されたイラン人マソウド・ゼッダガットザデーの身柄引渡しを要求すべく、逮捕状を取った。また、首都圏警察によれば、ニッカファード・ジャヴァッド(52)は、「爆発のあったスクンビット71の住宅に事件の1週間ほど前から出入りし、14日早朝に住宅から出てきたのが確認されている。」警察は、「他のイラン人らに爆弾製造の手ほどきをした可能性がある。」と見ている。
スクンビット・ソイ71(ソイ・プリディバノムヨング36)爆弾事件で、警察は、同小路にあったオートバイがマソウド・ゼッダガットザデーが購入したものと確認。ゼッダガットザデーは事件翌日の15日にマレーシアの首都クアラルンプールで逮捕されている。
警察は、家電品修理店から「不審なオートバイが放置されている。」との連絡を受け、オートバイを調べたところ、マソウド・ゼッダガットザデーが、クロンタンにある店で2万6400Bで購入し、スワンナプーム空港で逮捕されたモハマド・ハゼエイ名義になっている。
また、犯人らはオートバイを移動手段に使っていたとされるが、警察は、オートバイに爆弾を仕掛けるつもりだったのではないかと疑っている。イスラム過激派のテロが頻発するタイ最南部では、犯人が爆弾を仕掛けたオートバイを市場などに駐車したあと、遠隔操作で爆発させるという事件も起きている。
02月19日(日)インラック首相が国会審議を欠席し、都内のホテルで密会したが、インラック首相はそれが誰かを明らかにするのを拒んでいる問題で、最大野党の民主党の広報担当チャワノンは、「首相が誰と会い、何を話し合ったかを明らかにするまで追及の手を緩めない。」と明言。インラック首相が沈黙を守り続けるなら首相罷免の請求も辞さないとの構えを示した。
反タクシン派とされる実業家エカユットが02月08日に同ホテルで「タクシン関係者に殴られた。」と訴えたことから、事件直前にインラック首相がこのホテルを訪れていたことに関心が集まっている。
17日に、不動産開発大手サンシリ社の社長が、6~7人とともにインラック首相と会っていたことを認めたが、インラック首相はその後も「女性の役割と地位を尊敬してほしい。タイの社会、政治では女性は常に攻撃対象となっている。」などと述べて、あくまでも個人の問題との姿勢を変えていない。
02月20日(月)スクンビット71の爆弾事件で、イラン人テロリストらが沿道にはったステッカーを爆弾攻撃の目印にしようとしていた可能性が出てきた。イスラム教の聖典コーランの言葉を引用したとみられる「SEJEAL」と書かれたステッカー計52枚が、クルングテープ都クロントイ区ドゥアンピタック通りの歩道橋あたりから、JWマリオット・ホテルに通じるBTSスカイトレイン・プルンチット駅近くのソイ・ルアムルディ口までの道に沿って沿道約1.5㎞にかけ電柱や道路標識50ケ所以上に貼られていた。
同様のステッカーは、爆発のあったスクンビット71の住宅、住宅を借りたイラン女レイラ・ロハニが借りていたラムカムヘーン通りのもう1軒の住宅、マソウド・ゼッダガットザデーが購入し放置していたオートバイのシートの下からも見つかっている。
イラン人テロリストらは、アソーク通りのイスラエル大使館とその関係者を標的としていたとされるが、ステッカーの貼られていた通りはイスラエル大使館職員が頻繁に利用する道路。
警察は、爆弾を作った5人目のテロリストをノロウジ・シャヤ・アリ・アクバル(57)であると確認された。この人は02月02日にタイに入り、爆破事件のあった14日08時50分のテヘラン行きの航空機でタイを去った。以前は、防衛情報筋はこの5人目のテロリストをニッカファード・ジャビッドとしていた。
インラック首相が国会審議を欠席としてホテルで実業家らと密会していたとされる問題で、キティラット副首相兼財務相は、この件に初めて言及し、密会に同席していたことを認めた。02月08日の密会については、これまでに不動産大手サンシリ社の社長が複数人とともに首相に会ったことを認めているが、インラック首相はそこでのやりとりを明らかにするのを拒んでいる。
キティラットによれば、「政府にとって民間部門の意見に耳を傾けることも大切。だが、政府寄りと見られるのを好まない実業家などもおり、このため、政府庁舎でなくホテルで会った。」
02月21日(火)クルングテープ都クロントイ区の沿道で電柱や交通標識に不審なステッカー計52枚がはられているのが見つかった問題で、首都圏警察関係筋は、「警察当局はステッカーとスクンビット71の爆弾事件との関連を確信している。沿道のステッカーが逃走経路を示すための目印との見方を取っている。」と明らかに。
同様のステッカーが、イラン女ロハニ・レイラが借りた住宅から約300枚見つかっている。沿道のステッカーについては、「攻撃目標の目印」との指摘も出ていた。
インラック首相が国会審議を欠席して都内のホテルで実業家グループと会っていたとされる問題で、行政機関のありかたを監査する機関、オンブズマン室は、インラック首相の行動は政治倫理の観点から不適切と判断。密会を問題視する市民団体のグリーンポリティカルグループの訴えを受理し、首相に30日以内に釈明するよう文書で求める方針を明らかに。
密会については、これまでにサンシリ社社長やキティラット副首相兼財務相がその場にいたことを認めているが、インラック首相はまだ何も説明していない。 最大野党の民主党の広報担当チャワノンによれば、「排水路や遊水池の指定を含め洪水対策の内容がまだ纏まっていないが、対策が実業家らの利害に絡むことから、その意見を聞くために密会した可能性がある。」という。
02月22日(水)スクンビット71の爆弾事件で、これまでの捜査により、「SEJEAL」と書かれた不審なステッカーが借家内や都内の沿道で大量に発見されているが、警察はいまだにステッカーと爆弾攻撃の関連性を把握できていない。
ステッカーについては、警察筋の情報として、「爆弾攻撃の標的の目印」、「逃走経路の目印」といった見方が出ていたが、警察当局は、「犯人らが計画していたとみられる爆弾攻撃とステッカーの関連を示す証拠はまだ見つかっていない。」との見解を示した。
ステッカーは同日、ラマ4世通りの沿道の壁に数枚貼られているのが見つかった。
SEJEALに関しては、「イランの関与を示唆している。」との指摘もあが、イスラム教シーア派の関係筋は、「ボーイスカウトに道順を教えるのでもあるまいし、防犯カメラがあちこちにある中で、犯行を企てた者たちがステッカーを目印に使うことなど考えられない。」としている。可能性としては、「イランの関与を疑わせることによる、400年に及ぶタイ・イラン関係に亀裂を入れること。」が濃厚。
政府は02月23日に憲法改正案の下院上程を予定しているが、反タクシン組織の民主主義市民連合(PAD)は、記者会見を開いて、「政府の狙っている改憲は、タクシンの免罪を目的とした謀略の一環。」と批判し、同時に、改憲を推し進めようとしている者たちを告発するとともに反改憲の大規模集会を展開する構えを明らかに。改憲に反対する上院議員グループも同日、改憲を批判する姿勢を明らかに。
PAD首脳の1人、チャムロン元クルングテープ都知事は、「(政府の予定している)改憲は国家に甚大な被害を及ぼす。これを見過ごすことはできない。」としている。
02月23日(木)スクンビット71の爆弾事件との関連が疑われている「SEJEAL」ステッカーについて、警察関係筋は、「スクンビット地区の銀行の防犯カメラにステッカーを貼っている男の映像が残されていた。」と明らかに。警察は現在、夕暮れ時にステッカーをはっていた男の身元を突き止めるべく情報を収集中。また、ステッカーがタイ国内で製造された可能性があることから、印刷所に情報提供を求めている。
タイ法務省特捜局(DSI)とタイ陸軍、タイ警察は、昨年12月にカンボジア国境近く東北部スリン県プラサート郡の林の中に隠されていたロケット弾36発、擲弾64発、銃弾1000発以上などが見つかったことを明らかにし報道陣に公開。
「武器商人による取引がある。」という情報を摑み、民家横の草地に隠してあったものを発見、押収。犯人や背景などの詳細は明らかにしなかった。
法務省特別捜査局(DSI)のタリット局長は、「誰が隠したのかを捜査する必要があったため、公表が遅れた。」と説明。だが、今のところ、誰が何の目的で、どこからどこへ運ぼうとしていたか解明できていない。今になって公表した理由については、「追跡捜査を進めたが、これ以上成果が上がる見込みがなくなったため。」としている。
タイでは今月14日、都内のスクムビット71近くで爆弾3発が爆発し、爆弾を所持していたイラン人サイード・モラディが両足切断の重傷を負ったほか、タクシー運転手らタイ人の男女4人が怪我。最初に爆発があった民家では高性能プラスチック爆薬C4を使った爆弾2発が見つかっている。タイ当局は「イラン人テロリストがイスラエルの外交官を狙ったテロを企てていた可能性がある。」とみて捜査を進めている。
また、01月にはタイ国内でテロを企てた疑いで、イスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーとみられるレバノン系スウェーデン人のアトリス・フセインが逮捕され、その後、フセインが賃借していたクルングテープ郊外のビルで、爆発物の原料となる硝酸アンモニウム約40ℓ、尿素肥料4.4tなどが押収された。
政府主導の改憲3案の審議が、下院で行われ、賛成341対反対181で同案を詳しく検討してゆくことが決まった。しかし、2時間におよぶ審議の中で、最大野党・民主党は、「改憲は国外逃亡中のタクシンの免罪・帰国が目的」などと厳しく批判するとともに、王室に関連する憲法規定の手直しには断固反対するとの姿勢を明らかに。
タクシンは在職中の職権乱用で禁固2年の有罪が確定している。だが、プア・タイ党を含むタクシン派は、この有罪判決を不当として、有罪を取り消し、タクシンの帰国を実現するために、いろいろと画策しているとの見方が支配的。
インラック首相が国会を欠席して都内のホテルで実業家グループと会っていた問題で、インラック首相は「この問題に関連して民主党議員4人の発言で名誉を傷つけられた。」として、弁護士を通じて被害届を警察に提出。また、インラック首相は同日、自身のフェイスブックの中で、密会問題に絡んで浮上している疑惑に反論。それによると、「ホテルでの話し合いでは、排水路建設のための土地収用、地価公示の遅れなど、民間企業の利害に絡むことは一切取り上げられなかった。」とか。

← 国会前でインラック首相を激励する赤服軍団UDD。

02月25日(土)チャルーム副首相は、前日の国会審議の中で野党民主党議員に「酔っている。」と指摘されたことについて、「酒は飲んだが、酔ってはいなかった。男が酒を飲むのは当たり前。何も悪いことはない。」と反論。
23、24日に行われた上下両院会議では反タクシン派の野党民主党と任命制上院議員らが改憲に反対。審議の最中に、民主党議員が「チャルーム副首相が酒に酔っている。」と批判したり、タクシン派市民による2010年のクルングテープ都心部占拠を指揮したチャトポン議員と取り締まる側だったステープ元副首相が口論。一時は大荒れとなった。チャルーム副首相は憲法改正が論議された審議の中で、熱弁をふるって執拗に民主党とアピシット民主党党首を批判。これに対し、ランシマ民主党議員が「酒臭い。酔っ払っている。」などと反撃。
チャルーム副首相によれば、「結婚披露宴に出席して酒を飲んだものの、酔ってはおらず、国会での発言にも問題はなかったはず。」という。
なお、ランシマ議員は28日にも下院議長に対し、政治倫理委員会による調査を要請する意向。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟((UDD)は、東北部ナコーンラチャーシーマ県パクチョン郡のホテル敷地内で数万人規模の集会。幹部らが憲法改正の必要性を訴えた。国外逃亡中のタクシンは電話出演し、一昨年の大規模反政府デモの犠牲者遺族に対し、「3ケ月以内に政府からそれぞれ750万Bの賠償を提供させる。」と約束。コンサートには、UDD関係者約5000人が参加。
タクシンは、国外逃亡中の犯罪人だが、タクシン派の現インラック政権を実質支配。
なお、コンサートは、「軍事クーデターを許すな。」と国民に呼びかけるとともに、政府主導の憲法改正に支持を表明するため開かれたもの。
新憲法案を起草する憲法起草議会を設立するための憲法291条改正案がタイ上下両院会議の第1読会を賛成399、反対199、棄権14で通過。今週から上下両院の合同委員会で法案を審議。
タイの現行憲法は2006年の軍事クーデターでタクシン政権を追放した特権階級・軍が作成したもので、約半数が任命制の上院や独立機関を通じ、特権階級・軍が政治に影響力を持つ内容。2011年07月の総選挙で政権に復帰したタクシン派は特権階級・軍の影響力排除に向け、改憲に動き出した。
改憲に対しては2008年にクルングテープの2空港を占拠した民主主義市民連合(PAD)など王党派市民団体が反対を表明。クルングテープ都内では改憲反対の街頭デモが行われた。
02月26日(日)クルングテープ都内スクンビット通り71で02月14日に起きた爆弾事件で、警察当局は、男2人、女1人の計3人を事件に関わった容疑で逮捕。マダニ・サエド・メルデッド(33)とソイ・ナナにあるホテルのシェフ、ラヒニ・ラッド・イラジとその妻マハブーブ・タスベヒ。3人は、指名手配中のイラン人女レイラ・ロハニが居住していた都内ワタッナ区のナサベガスタワーの14階に住んでいた。今回逮捕されたメルデッドは、事件当日に逮捕されたイラン人の男サイード・モラディ(28)、モハマド・ハゼエイ(42)と携帯電話で頻繁に連絡を取っていたことがシムカードの追跡により判った。賃貸アパートからコンピューター、携帯電話および他の物品を差し押さえた。
「『02月14日にメルデッドはアソーク通りのイスラエル大使館の前で他のテロリストを待っていた。』と供述している。」と警察は述べた。メルデッドは昨年06月27日にタイに入国し、ビザは09月29日に失効し、オーバーステイをしていた。彼が到着以来アパートに閉じ籠もり滅多に外出しなかった。彼は、ソイ・ナナにあるホテルのシェフ、ラヒニ・ラッド・イラジとその妻マハブーブ・タスベヒ(同じ建物の11階の21122号)が運ぶ食品・飲料の差し入れを受けていた。
この他、事件に関係するとみられる不審な「Sejeal」ステッカーについて、パンシリ警察庁副長官は、「これを沿道にはっていた複数の者たちの顔を、防犯カメラに残されていた映像から確認し、ステッカーから集められたDNAサンプルを調査している。」と述べた。
「国会審議でチャルーム副首相が酒酔い状態で答弁した。」と野党民主党議員が非難した問題で、チャルーム副首相は、「タイ字4紙が同議員の発言を記事に引用したことで名誉を傷つけられた。」として、弁護士を通じて警察に被害届を提出。チャルーム副首相は、審議出席前に飲酒したことは認めているものの、「酒酔い状態で答弁した事実はない。」と主張。
関係筋によれば、副首相は、「酒酔い状態」と批判した者たちに対し、民事、刑事の双方で訴訟を起こす意向。
タイのインラック首相は03月06~09日に日本を、03月下旬に南朝鮮を訪問する予定。いずれも昨年08月の就任以来初の訪問。04月に支那を訪れる方向で調整を進めている。
日本では野田首相と会談するほか、企業経営者に昨年のタイ中部の洪水からの復旧状況と再発防止策を説明する予定。仙台訪問も予定。
タイの首相は就任後、まず東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国を訪問し、ASEANと国際会議以外の外遊としては日本もしくは支那を最初に訪れるのが一般的。
インラック首相は昨年10月、首相就任後のASEAN以外で最初の外遊として支那を訪れる予定だったが、タイ中部を襲った大洪水で延期。その後、今年01月にインドを訪問。
インラック首相の兄のタクシンは首相在任中(2001~2006年)に支那との関係強化を推し進め、2008年のタクシン派政権では当時のサマック首相が首相就任後のASEAN以外では最初の外遊先として支那を選んだ。同年末の政変で発足した反タクシン派政権ではアピシット首相が支那の前に日本を訪問している。
02月28日(火)タイの野党民主党のアピシット党首(前首相)は02月29日~03月02日、日本を訪問。滞在中に岡田克也副総理、鳩山由紀夫元首相、自民党の谷垣禎一総裁、ホンダの伊東孝紳社長、丸紅の朝田照男社長、三井住友海上火災保険の柄澤康喜社長、経団連幹部、保険業界幹部らと会談予定。タイ国際航空を利用し、宿泊先はザ・ペニンシュラ東京。
政権党プア・タイ党幹部のワッタナ議員がタイ字紙とのインタビューの中で、現在議会で審議されている政府主導の憲法改正に触れて、憲法裁判所と行政裁判所の廃止を提案。これに対し、最大野党の民主党のアピシット党首は、「チェック・アンド・バランス(抑制均衡)の原則に反する。廃止案が議会で取り上げられたら、民主党はこれに反対する。」と明言。
ワッタナ議員は、国外逃亡中のタクシンに近い人物とされることから、裁判所廃止はタクシンの意向との見方もある。だが、プア・タイ党内ではまだ合意はできていないようで、プア・タイ党幹部のチャルーム副首相もナタウット副農相も、「ワッタナ議員の個人的な意見。」としている。

反タクシン派の改憲批判集会、「タクシンのための改憲に反対する。」→

「2010年にクルングテープやタイ北部チエンマイなどで開かれたタクシン支持派の集会でタイ王室を批判する演説を行った。」として、元タイ共産党員でタクシン派団体「デェーン・サヤーム(レッド・サイアム)」指導者のスラチャイ・ダンワッタナヌソーン(70)が不敬罪に問われた裁判で、1審のタイ刑事裁判所は、被告に懲役7年6ケ月の実刑判決を下した。スラチャイは控訴せず、プミポン国王に恩赦を求める方針。スラチャイは昨年02月に逮捕され、保釈が認められないまま拘留。
人権保護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW、本部ニューヨーク)は24日、「不敬罪容疑で逮捕されたタクシン派12人全員が保釈を認められていない一方、同じ容疑で起訴された反タクシン派幹部は即日保釈され、一度も拘留されていない。タクシン派への保釈拒否は法的理由というより処罰とみられる。」として、タイの裁判所を批判。
不敬罪はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。特権階級を中心とする反タクシン派と反王室のイメージが強いタクシン派の政治抗争が激化する中、不敬罪は頻繁に適用されるようになり、昨年11月には、携帯電話で王室を批判するショートメッセージ4通を送信したとして、アムポン・タンノップパクン(61)が懲役20年、同12月には、タイ国内で発禁となっている米国人ジャーナリストによるプミポン国王の評伝の一部をタイ語に訳して自分のブログに掲載したタイ系米国人ラートポン(ジョー・ゴードン)(55)が懲役2年6ケ月の実刑判決を受けた。
不敬罪による投獄が相次いでいることについては昨年12月、連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のシャムダサニ報道官代行が「このような厳しい刑罰は不要で不相応であり、国際的な人権保護義務に違反している。」と警告し、タイ政府に法改正を要望。ケニー駐タイ米国大使も簡易ブログのツイッターに「国際的な表現の自由の基準にそぐわない。」と批判。こうした中、一部の学識者グループが不敬罪の改正を求める活動を始めたが、反タクシン派の軍幹部や野党、王党派団体などは改正反対を表明。昨年08月に発足したタクシン派インラック政権はこの問題で反タクシン派を刺激することを避け、不敬罪改正に反対の立場を取っている。
刑事裁判所は、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)首脳で、新聞社マネジャー・メディア・グループ(MGR)の創業者でであるソンティ・リムトーングクンが証券取引法違反に問われた裁判で、「関連会社が銀行から融資を受ける際などに計17回にわたり不正を働いた。」として、禁固20年の有罪判決を言い渡した。
ソンティは同日午後には1000万Bの保証金で保釈された。同様の罪でマネージャー社の元幹部3人にも有罪判決が下された。ソンティの刑罰は禁固85年だったが、ソンティも他の3人も罪を認めたことから、禁固20年に減刑された。
判決によると、ソンティは1996~1997年にかけ、MGRの経営状況を偽り、タイ国営クルングタイ銀行(KTB)から約11億Bの融資を受けた。
MGRは1983年創業。1980年代の経済成長で部数を伸ばし、1990年にタイ証券取引所(SET)に上場。その後、通信衛星、携帯電話サービス、英字紙へと事業展開を図ったが、急拡張と1997年のアジア経済危機で経営破綻し、1999年に会社更生法の適用を受けた。MGRは2001年の下院総選挙で全社を挙げてタクシン派政党を支持。タクシン政権が発足すると、ソンティと親しい銀行家のウィロート・ヌアンケーがKTBの社長になり、KTBはウィロート社長の下、MGRに対する債権16億Bを放棄。MGRは経営再建に失敗し、2008年に裁判所が破産を宣告したが、傘下の新聞、雑誌はその後、スタッフごとPAD系の別会社に移動し発行を続けている。
インラック首相は03月06日から4日間、日本訪問。この間、天皇に会い、宮城県の地震・津波被災地を訪れる予定。現在日本で就労している、昨年のタイの大洪水で被害を受けた日系企業のタイ人従業員との懇談も予定。
一方、最大野党の民主党のアピシット党首(元首相)が、3日間の日本訪問のためタイを離れた。2国間関係の強化と日本企業の信頼回復が目的。
02月29日(水)政権党プア・タイ党幹部のワッタナ議員が先に「独立行政機関の中には不要なものがある。行政裁判所と憲法裁判所は、最高裁判所がその役割を担うことができるため、廃止すべき。」などと発言したことに対し、行政裁の広報担当パイロートは、「行政裁は今後も行政にかかわる問題を適切に裁くという責務を全うしてゆく。行政裁の廃止を提案している者は、納得のいく理由を示し、また、廃止が国民に有益であることを説明する必要がある。」と述べて、廃止案に否定的見解を示した。
また、ワッタナ議員が、「行政裁は扱う案件が少なく、存在価値がない。」と指摘していることについても、「地方支部を含めると行政裁が処理している案件は年間6000~7000件。発足からの11年間では7万件を超えている。」と反論。
「不敬罪を規定した刑法112条を改正する。」とした、タマサート大学の法学者グループ、ニティラートの提言に各方面から批判が出ているが、ニティラートの中核メンバー、ウォンチェート・パッキールット講師がタマサート大学タプラチャン・キャンパス内で男2人に暴行を受け、顔面に軽症を負った。
講師は傷の手当を受けたトンブリ病院で、報道関係者に対し、「不敬罪規定改正問題に絡んだ暴行事件。」との見方を示した。講師によれば、自分の車に向かって歩いていたところ、突然背後から2人の男に襲われ、地面に倒れたところを殴られた。メガネが外れて落ちたため、犯人の顔を確認できなかったが、『朝から待っていた。』と言っていたのが聞こえた。」と言う。目撃談では、犯人らはその直後オートバイで現場から逃走。
チャルーム副首相が酒酔い状態で国会答弁をしたとされる問題で、タイ記者協会は、チャルーム副首相が「新聞記事で名誉を傷つけられた。」として警察に被害届を提出したことを、「法の乱用。」と批判。
「酒は飲んでいたが、酔ってはいなかった。」と主張するチャルーム副首相は、批判的な新聞記事に腹を立てて被害届を出したものというが、同協会幹部は、「名誉毀損を罰するとした刑法規定を、メディアを黙らせるための道具に使おうとしている。チャルーム副首相の対応を不誠実。」と批判。
03月01日(木)タイ政界の実力者、ネーウィン元首相府相が「ソンクラーン(水掛け祭)の04月13、14日に地元のタイ東北部ブリラム市で開くパーティーに、AV女優中心の日本のセクシーアイドルグループ、恵比寿マスカッツを招く。」と表明。タイでも日本のアダルトビデオの人気は高く、有名女優は女性の間でも名前が知られている。
ブリラムのパーティー会場はサッカー競技場のニュー・アイモバイル・スタジアムで、入場無料。ネーウィンは「ブリラムをクルングテープのカオサン通りのような水掛け祭のメッカにしたい。」と話している。
タマサート大学の法学者グループ、ニティラートのウォンチェート・パッキールット講師が学内で2人の男に顔面を殴られた事件で、双子のスポットとスパット・シララート(30)が警察に出頭し、暴行したことを認めた。ニティラートは、不敬罪を規定した刑法112条の改正を提案したことで各方面から批判を浴びているが、警察によれば、スポットとスパットは、暴力を振るった理由については、「意見の相違」としか説明しておらず、改正に反対か否かは明らかにしていない。関係筋によれば、「2人はパトゥムタニ県内のパブの警備員をしていたことがあり、うち1人は傷害で逮捕された過去がある。」
03月02日(金)憲法修正に抗議するため、ソムチェット・ブーンタノム上院議員率いる反タクシン連合のサイアム・サマキの約1000人の支持者が、ルンピニー公園内のルンピニー・ホールで集会。「タクシンの帰国を許可する修正が盛り込まれる場合、憲章改正に反対する。」と表明。
憲法起草議会の設置を求める憲法291条の修正のための3法案が、先月25日、タイ上下両院会議の第1読会を,通過している。2006年のクーデターにも加担したソムチェット大将は、「グループは公の怒りを掻き立てるつもりでないが、単に修正に関して人々に通知したい。タクシンが政権を再び握るのを妨げたい。」、「私は必ずしも憲法起草議会自体に反対しない。しかし、それらがプア・タイ党と本当に独立しているのか疑問を抱く。」と述べた。
サイアム・サマキのワリン・ティアムチャラットは、「街頭抗議は当分の間行わない。」、「憲法の役割と効力は、君主制の規定の憲法2章を除外してない。従って、それらが2章に触れないだろうという憶測は王の権力に影響しない保証にはならない。」と述べている。
03月06日(火)政府は閣議で、一昨年04月10日に大規模反政府デモを取材中に銃撃され死亡したロイター東京オフィス所属のカメラマン、村本博之の遺族に賠償を決定。
インラック首相は、「タイ政府から遺族に弔書を送る。外務省が賠償金支払いの手続きを行う。」と説明。インラック首相はその数時間後、4日間の公式訪問のため日本に出発。同訪問は、昨年の記録的大洪水で多くの日系企業が被害を受けたことから、洪水対策を進めていることなどを説明して日本側の信頼を回復することが狙い。
なお、インラック首相が日本訪問中に遺族と会うとの見方もあったが、インラック首相は、「私の名前で遺族に書簡を送る。」と説明しただけで、その他の予定はない。
行政機関のありかたを監査する立場にあるオンブズマン室は、ナリニーとナタウットをそれぞれ首相府相、副農相に任命したことについて、「インラック首相は慎重さを欠いていた。」とし、任命を見直し、それを30日以内に報告するよう求めた。
ナリニー氏は、「ジンバブエの独裁政権とのつながり」を理由に米当局が米国内の資産凍結や米国人との取引禁止を決めていたことが判明。ナタウットは一昨年の大規模反政府デモでのテロ容疑が問題視された。
03月07日(水)インラック首相は昨年8月の就任後初めて日本を訪問。東京で野田佳彦首相、枝野幸男経済産業相らと会談。
首脳会談後の共同記者会見で野田首相は、「タイ政府の洪水からの対応策が効果を上げていることを確認し、今後も日タイ両国が緊密に協力する、タイの宇宙、鉄道、ICT(情報通信技術)基盤整備などで2国間協力を推進する、タイ人短期旅行者に対し、一定の条件のもと、数次ビザ(一定期間に複数回入国できるビザ)を発行する。」と表明。
インラック首相は昨年のタイ中部の洪水で多数の日系企業が被害を受けたことに言及し、洪水対策を着実に実施し、被害を再発させないと約束。「タイで続く政治抗争も沈静化しつつある。」と主張し、最後は「ありがとうございました。」と日本語で締め括った。 
2011年に日本を訪れたタイ人は東日本大震災と原発事故、タイの洪水の影響で前年比32.5%減の14万5000人に落ち込んだ。日本を訪れた外国人全体の2.3%を占め、国・地域別の7位だった。今年01月は前年同月比6%増の1万2100人と回復が進んでいる。
政府がタクシン支持・不支持を巡る政治対立に起因する事件の犠牲者遺族・負傷者に総額20億Bの賠償金支払いを決めたことに対し、最大野党の民主党が「真の国民和解に繋がらない。」などと批判していることについて、政権党プア・タイ党の広報担当プロムポンは、「事実を捩じ曲げて賠償を遅らせようとしている。」と、民主党を厳しく非難。プロムポンによれば、「民主党は政権の座にあった約2年間、国民和解の実現につながるような政策を実施しておらず、賠償計画を批判する資格はない。」という。
一方、アピシット民主党党首は、「政治事件の犠牲者は他にも大勢いる。一握りの犠牲者だけを救済しても国民和解は到底実現できない。」。
03月08日(木)不敬罪改正を訴える学識者グループのリーダーでタイ国立タマサート大学法学部講師のウォンチェート・パーキーラット先月29日、都内のタマサート大学の構内で双子の兄弟スポットとスパット・シララート(30)に顔を殴られ怪我をした事件で、地裁は、兄弟に懲役3ケ月の実刑判決を言い渡した。1人は銃刀法違反で別に7ケ月の刑。
スポットとスパット・シララート兄弟は事件翌日に警察に自首し、「不敬罪改正の動きに反発し、ウォンチェートを襲った。」と供述。兄弟は不敬罪改正に反対するグループのメンバーと自称。1人は両腕と胸、1人は両腕に刺青を入れ、ライフルや拳銃の練習を行なっている写真も公開された。
この事件について英字紙ネーションは、インターネット上で右派が兄弟の行動に賛辞を送っていることを取り上げ、「過去数十年にわたる主要メディアの報道と学校教育で王室に対する見方、考え方が固定化されたと指摘。異なる考えを受け入れる社会を築かない限り、真の民主化は達成できない。」と主張。 ウォンチェートらは、不敬罪の改正を求める署名活動を始めたが、反タクシン派の軍幹部や野党、右派団体などは改正反対を表明。昨年08月に発足したタクシン派インラック政権はこの問題で反タクシン派を刺激することを避け、不敬罪改正に反対の立場。
政治関連事件の犠牲者遺族などに賠償金を支払うとの政府の計画を最大野党の民主党などが批判している問題で、行政裁判所は03月08日、賠償の即時差し止めを求めたサティット民主党議員らの請求を退けた。この請求は、03月06日に政府が犠牲者遺族などへの20億B賠償を閣議決定したことに伴うもの。
行政裁は、「内閣官房長官から閣議決定の報告を受けてから、差し止めるか否かを決める。」民主党は、現在の賠償計画を「対象が偏っている。」などと批判しているが、サティット議員によれば、「閣議決定の無効を求めたのは、対象を拡大して公正で平等な賠償を実現すべく政府に賠償条件を見直させることが目的。」
日本を公式訪問中のインラック首相は日、皇太子に会い、宮城県名取市で避難所を訪れた。さらに、同地の工場で働くタイ人従業員約100人とも面談。
宮内庁によれば、殿下は首相に対し、被災地への配慮と被災地視察に感謝の意を伝えられた。
一方、報道によれば、インラック首相は07日に日本商工会議所のメンバーを前にスピーチを行ったが、それが英語でなくタイ語だった。スピーチ内容の日本語訳が配られていたが、発言内容を直接理解することができず、出席者らは戸惑った様子だった。
03月09日(金)インラック首相が日本訪問中に日本商工会議所のメンバーを前にタイ語でスピーチを行ったことに一部で否定的な見方が出ていることについて、外務省は、「インラック首相がタイ語で、同商工会議所の岡村会頭が日本語で話すことが事前に決まっていた。」と釈明。「出席者には、スピーチの英語訳と日本語訳が配布されていた。」という。また、時間が限られていたことから、通訳を使わないことになっていたとのこと。
03月10日(土)政府主導の憲法改正に反タクシン派の批判が強まる中、反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)の支持者約2000人が集まったクルングテープ都内ルンピニ公園ホールで、PAD首脳は、「政治対立のエスカレートを避けるべくクルングテープで大規模な抗議行動には出ない。」と宣言。だが、その直後、首脳らは、「大規模な抗議を行うかどうかは、改憲が王室に関する条文の改正やタクシンの恩赦の道筋を付けないという2つの条件が満たされるかどうかにかかっている。」と補足。なお、PAD筋によれば、大きな政治的変化につながりそうな情勢となれば、大規模な抗議活動に出る可能性がある。
PADはタクシンと対立する特権階級のフロント組織とみられ、王室守護、タクシン派の追放を掲げている。2006年には大規模な街頭デモで当時のタクシン政権を窮地に追いやり、同年09月の軍事クーデターを呼び込んだ。2008年にはタイ首相府と首都の2空港を占拠し、タクシン派政権を実質的な機能停止に追い込んだ。2011年07月の総選挙では同じ反タクシン派の民主党政権に反対して投票ボイコットを呼びかけ、支持者の多くが民主党につき、影響力が低下した。2011年08月にタクシン派インラック政権が発足してからは目立った動きを見せていなかったが、今年01月に集会を開き、PAD創始者で実業家のソンティが軍に対し、クーデターで権力を完全掌握するよう呼びかけた。
タイの現行憲法は2006年のクーデター後、特権」階級・軍が作成したもので、約半数が任命制の上院や独立機関を通じ、特権階級・軍が政治に影響力を持つ内容。タクシン派はは特権階級・軍の影響力排除に向け改憲に動き出し、今年02月、新憲法案を起草する憲法起草議会の設立法案が上下両院の第1読会を通過。
03月13日(火)警察によると、「タイ王室に関する不適切な内容を含んでいる。」として、昨年12月07日~今年03月12日に裁判所が閉鎖・遮断を命じたウェブサイトは5064だった。王室に関する不適切な内容を含むウェブサイトは減少傾向にある。」と発表。
タイ枢密院のサワット顧問官が、都内のラマティボディ病院でがんのため死去。77歳。
サワットは深南部パタニー県出身。農業・協同組合省灌漑局長、最高行政裁判所判事などを経て、2002年に枢密顧問官に任命された。
枢密院は国王を補佐する機関で、枢密院議長1人と18人の枢密顧問官で構成される。王位が空白になった場合、後継者を指名したり、枢密院議長が摂政を務めるなど、権威は重い。現在の議長は元首相、元陸軍司令官のプレム・ティンスラーノン。顧問官は退役軍人、王族が多い。
昨年、枢密顧問官の死去で欠員が出た際には、チャリット元空軍司令官が枢密顧問官に任命された。チャリットはタクシン政権(2001~2006年)を追放した2006年の軍事クーデターに参加し、2007年に短期間、軍事政権トップを務めた。
03月15日(木)タクシンの法律顧問を務めるノパドン元外相は、「タクシンが15日からカンボジアを訪問する。」と述べた。タクシンがカンボジアのフン・セン首相やタイのタクシン派与党国会議員と会う可能性を認めたものの、「私的な訪問で、政治的なものではない。」としている。ノパドンはカンボジアでタクシンに会う予定。一方、タクシン派与党プア・タイ党のソムキット下院議員は14日、「タクシンがタイ正月(水かけ祭り)の04月13~15日、ラオに滞在する。」と述べた。
タクシンは国外滞在中の2008年、首相在任中(2001~2006年)に当時の妻ポチャマンが競売で国有地を取得したことで懲役2年の実刑判決を受け、以来、タイに帰国していない。2009年には反タクシン派政権によりパスポートを破棄され、その後は投資などを通じ取得したモンテネグロなどのパスポートを使用していたが、入国出来ない国もあり、行動は制約されていた。しかし、昨年07月の総選挙でタクシン派が勝利し、タクシンの妹のインラックが首相に就任したことから、状況が一変。同年08月には、それまでタクシンの入国を認めていなかった日本から特別許可を得て訪日を果たし、その後は南朝鮮、シンガポール、ビルマ、ネパール、ラオスなどを自由に動き回っている。同年10月にはインラック政権の指示を受け、タイ外務省がタクシンにパスポートを再発行した。
プア・タイ党関係筋によれば、タクシンが、カンボジアのフン・セン首相の父親を見舞うために同国を訪れたことから、プア・タイ党議員がタクシンに会いに次々にカンボジアを訪問している。フン・セン首相の父親は現在、病気療養中。タクシンは近隣諸国を訪れてから生活の拠点であるドバイに戻る予定また、ソムキット、プア・タイ党議員によれば、「タクシンは04月13~15日にかけラオスに滞在してソンクラン祭を祝う考え。」という。
03月18日(日)最大野党の民主党のアピシット党首は、「物価の上昇が国民を苦しめている。」として、政府に対し、憲法改正を一時棚上げにし、現状を直視して物価問題に取り組むよう要請。アピシット党首によれば、「現在政府主導の憲法改正案が議会で審議されていることから、タクシン派のインラック政権はタクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)の支持者を動員して改正を実現させようとしている。だが、物価上昇が国民生活を圧迫しており、この問題の解決が喫緊の課題となっている。」
なお、政権党のプア・タイ党は、「一部で目立った値上がりが認められるものの、物価変動は全体としては許容範囲内。」としている。
03月19日(月) 政治学者のティラユットが先に軍事クーデターの可能性を指摘したことに対し、陸軍のウィンタイ副報道官は、「ティラユット氏の個人的見解。国民は慌てないでほしい。」と強調。
国立タマサート大学サンヤダムマサクティ民主主義基盤の代表を務めるティラユットは18日、「政府がタクシンに恩赦を与える法律を制定すれば、軍事クーデターが起きかねない。」と述べた。だが、ヨンユット副首相も、「軍人は民主主義を尊重するようになっており、再びクーデターが起きるとは思わない。」としている。
なお、軍部による政権奪取は、タクシン政権が倒された2006年09月のクーデター以降起きていないが、これは、国民の大多数が「もう軍人が政治に干渉することはない。」と考えていた中で発生した15年ぶりのクーデターだった。
南部パンガー県での閣議開催に備えてプーケット空港から現地入りしたインラック首相を6000人以上の女性が出迎えた。南部は反タクシン派の最大野党の民主党の支持基盤であることから、タクシン派は選挙で苦戦を強いられてきた。関係筋によれば、政権党プア・タイ党は、女性首相の人気を背景に南部の女性を取り込むことで民主党の牙城を切り崩す戦略。
03月20日(火)最高裁判所は、選挙違反の罪に問われていた野党プームチャイ・タイ党のブンチョン副党首に無罪を言い渡した。
ブンチョン副党首は株式保有に関する法律違反で2010年に議員失職となり、これに伴い同年12月に東北部ナコーンラチャーシーマ県で行われた補欠選挙に出馬して当選。
これに対し、補欠選で敗れたプア・タイ党(現政権党)候補が「宴を催して有権者を買収した。」と訴えたことから、中央選挙管理委員会がクロ判定を下し、最高裁に公民権5年停止を求めていた。しかし、最高裁は、「有権者をもてなしたとされるセミナー・パーティーは、県知事が承認した訓練プロジェクトの一環であり、出席者約300人が会場でブンチョン副党首の姿を見ていたかも不明。」として、「選挙違反に当たらない。」と結論。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のクワンチャイが「タクシン元首相はソンクラン祭(04月13日)に帰国する。」と言及したことについて、タクシンは「彼の個人的な見解。彼の考えるような形での帰国は考えていない。」と述べ、4月帰国の可能性を否定。これは、報道機関との電話インタビューの中で答えたもの。
タクシンによれば、「クワンチャイは思ったことをすぐに口にする。『ソンクラン帰国』も彼の思いつきであり、何のことか見当もつかない。」ただ、「ずっと外国に留まるつもりはない。いずれ帰国したいと思っているが、タイミングと政治状況が整わなければ帰国できない。」と話している。
03月21日(水)当時のタクシン政権を倒した2006年09月の軍事クーデターについて、陸軍司令官としてクーデターを指揮したソンティ・ブンヤラカリン(退役陸軍大将、66)下院議員(下院国民和解委員長)に政界の大ベテランであるサナン・カチョンプラサート(退役陸軍少将、76)がクルングテープで開かれたフォーラムの席上、クーデターの真相、黒幕を明かすよう迫り、物議を醸している。ソンティは「死んでも答えられない質問がある。」と答えを避けた。
タクシン派は、反タクシン派とされるプレム枢密院議長を黒幕と決めつけ、ソンティ議長を激しく非難している。
なお、関係筋によれば、「軍部を背後で操ってタクシン政権を追放した者が実際に存在したか定かでない。ソンティ議員の発言は、責任回避が目的との見方もある。」という。
03月22日(木)2006年09月の軍事クーデターを陸軍司令官として指導したソンティ・ブンヤラカリン(退役陸軍大将、66)議員(下院国民和解委員長)が、「黒幕を暴露せよ。」とする野党、チャート・タイ・パッタナー党のサナン・カチョンプラサート(退役陸軍少将、76)顧問団長の質問に回答を拒んでいることに対し、サナンは、「事実を国民に知らせないことは状況のさらなる悪化を招く。」として、改めて黒幕を明らかにするようソンティ議員に求めた。
サナンによれば、「ここ数年の政治対立はクーデターに起因するもので、クーデターについて真実を国民に伝えれば、政治状況は改善に向かう。下院国民和解委員会のトップであるソンティ議員が黙して語らないのは理解に苦しむ。」とのこと。
ソンティは、記者団に対し、「誰もが真相を知っている。」、「過去にこだわれば亀裂が深まるだけだ。」と述べた。
ソンティは2006年09月19日、タクシン首相(当時)の外遊中に陸軍部隊をクルングテープに送り込み、首相府やテレビ局などを制圧、憲法を停止して全権を掌握した。同日中にプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官、91)同席のもと、プミポン国王(ラマ9世)夫妻に面会。その後、元上司であるスラユット枢密顧問官(元陸軍司令官、68)を首相に据えて自らは表舞台から徐々に身を引き、2007年に陸軍を定年退官した。以降、目立った動きを見せていなかったが、昨年の下院総選挙にイスラム系小政党の党首として出馬し当選。「タクシン派が多数を占める下院で、タクシン派と反タクシン派の和解を模索する国家和解検討委員会の委員長に就任し、タクシン派に寝返った。」という見方も浮上していた。
サナンは昨年の総選挙で過半数を獲得したタクシン派与党プア・タイ党と連立政権を組むチャート・タイ・パッタナー党の顧問会長。「国外逃亡中のタクシンと欧州で何度か会った。」という噂があり、タクシン派と反タクシン派の和解の仲介に熱意を示している。
今回の騒動について、反タクシン派の保守派政党、民主党を率いるアピシット前首相は「真実を明らかにしなければ和解などない。」として、ソンティに真相を明かすよう要求。「タクシン派の一部がクーデターの黒幕とみなすプレム枢密院議長も側近を通じ、ソンティに事実を公にするよう求めた。」という。
タイでは2006年以降、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と、旧来の支配層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。タクシン派は2006年のクーデターと同派解党を命じた2008年の司法判断で、2度、政権を追われたが、総選挙では2001年、2005年、2007年、2011年と4連勝。両派の抗争については、「新興財閥と旧来の支配層との権力闘争が、民主化勢力と旧来の支配層の対立に深化した。」という見方もある。
税務裁判所が、2006年初めの株式売買に絡んでタクシンの長男パーントーンテー長女ピントーンターに納税を求めた税務当局の訴えを却下したことについて、国税局はこのほど、控訴しない考えを明らかに。 税務当局は、「タクシンの株を実質的に所有していたのは長男パーントーンテー長女ピントーンターの2人であり、その売却益について納税する義務がある。」としていた。
だが、税務裁判所によれば、「株の所有権が当初からタクシンにあったのは明らかであり、子供たちが納税する必要はない。」とのこと。
インラック首相は24~27日、南鮮を訪問。李明博大統領らと会談するほか、26、27日に京城(漢城)で開かれる核安全保障サミットに出席。
インラック首相が南鮮を訪問するのは昨年08月の就任以来初めて。
03月23日(金)05月末で元タイ・ラック・タイ党役員111人の公民権が復活することについて、インラック首相は、タイ外国人特派員協会(FCCT)で外国人記者を前に、「辞任するつもりはない。」と明言。元役員に首相の座を譲る考えのないことを明らかに。
タクシンが創設したタイ・ラック・タイ党は、2007年05月30日、前年の総選挙で党役員に選挙違反があったとして、解党処分を受け、役員を務めていた111人が公民権5年停止となった。
関係筋によれば、一部では、「ベテラン政治家の元役員に政治を任せるため、インラックが首相を辞める。」との見方も出ていた。
だが、インラック首相によれば、「昨年の総選挙でプア・タイ党が勝利し、インラックが首相に選ばれたのは、国民の大多数の支持があったからであり、これに応えるべく首相として国政を担当し続ける。」とのこと。
03月24日(土)インラック首相は、訪問先の京城(漢城)で南鮮の李明博大統領と首脳会談。双方は北鮮の弾道弾ミサイル発射計画が「重大な挑発行為」に当たるとの点で一致し、北朝鮮に計画中止を求めた。
一方、二国間関係では、「両国の貿易規模が昨年、過去最高の139億US$に達したことを歓迎し、2016年までに貿易規模を300億US$にまで拡大するため、努力していく。」とした。これに関連し、両国の国防省は、災害救助、平和維持、原子力研究の分野でなどで広範囲に協力を強化させていくことを盛り込んだ「国防協力覚書」に調印。この他、両国政府は近く、洪水対策に向け、「水資源管理技術協力覚書」も結ぶことで合意。
03月25日(日)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン、プア・タイ党議員は、「タクシンがラオスとカンボジアで数千人に及ぶUDD支持者とともにタイ旧正月ソンクラン祭を祝うことになる。」と述べた。タクシンは04月12日と13日、ラオスの首都ビエンチャンを訪れ、13日と14日(報道により14日と15日)にはカンボジアのシェムリアップに滞在する予定。
タクシンの訪問に合わせて、ウドンターニ県やノンカイ県からUDD支持者がビエンチャンに入り、また、シェムリアップにはチャトポン議員がUDD支持者を率いて向かうことになっている。
なお、タクシンは汚職(職権乱用)で禁固2年が確定した犯罪人。だが、カンボジアはタクシン支持を表明しており、その他の近隣国も、タイ国内の政治対立に巻き込まれるのを嫌っていることから、タイ政府がタクシンの身柄拘束を要請しても協力は得られない。
タクシンが「タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)の支持者らの保釈に向けて判事と交渉している。」と述べたとされることについて、シティサク裁判所広報官は、「(自身が努力していることを)支持者に印象づけようとしたのかもしれないが、実際には(タクシンと判事の間で)話し合いが行われたことはない。」と、「判事との交渉」を全面的に否定。
保釈については、「担当判事がさまざまな条件を検討して決定することになる。シティサク広報官によれば、逮捕拘留されているUDD支持者は相当数に上ることから、判事と交渉するには、相当数の判事に接触する必要があり、事実上不可能。」
タクシンは24日に東北部で開かれたUDDの集会に電話出演し、「UDD支持者の保釈のため判事と交渉している。」と述べた。
03月27日(火)上下両院合同会議で、政権党プア・タイ党が、キング・プラチャティポック研究所(議会付属の研究教育機関)のまとめた国民和解報告を優先的に取り上げるよう求めたのに対し、最大野党の民主党が「報告は不完全。合法性に疑問があ。る」などと強く反対。議場は、民主党議員らの怒号が乱れ飛び、野党プームチャイ/タイ党議員らも退席するなど一時騒然とした。
結局、野党陣営の抵抗にもかかわらず、賛成348対反対163で、同報告を優先的に審議することが決まった。
なお、この報告は、タクシンなど2006年09月のクーデター後に有罪となった者への恩赦を求める内容となっていることから、民主党は以前から議会で取り上げることに強い抵抗感を示していた。
03月28日(水)最大野党の民主党は、国税局に対し、2006年のシン・コーポレーション株売却からの利益に課税すべきとして、タクシンと元妻ポチャマンから税を徴収するよう要請。
この株取引は、タクシンの長男パーントーンテー長女ピントーンター名義で行われたもの。国税局は先日、「納税義務はない。」との税務裁判所の決定を受け、子供たちには課税しないことを決めている。同局は当初、長男パーントーンテー長女ピントーンターに120億Bの納税を求めていた。
しかし、民主党は、「株の売却益には国民の利益を守るために課税すべきであり、タクシンと元妻ポチャマンに税金を納めさせる必要がある。」と主張。
憲法裁判所は、プアン・カセータコン・タイ党とサイアム党の2政党を解党とするとともに、党役員を公民権5年停止とする判決。これらの政党に所属する下院議員は存在しない。2政党は、政党法で求められている活動報告を行っておらず、選挙管理委員会が解党処分を請求していた。
なお、昨年の総選挙に候補を擁立した政党は40あまり。このうち候補者が当選を果たした政党は11のみ。
03月29日(木)タクシンのシン・コーポレーション株保有を隠すためインラック首相が当局に虚偽の説明を行ったと、最大野党の民主党のコーン副党首が訴えていた問題で、法務省特別捜査局(DSI)のタリット局長は、「違法行為はなかった。」として、「インラック首相に法的措置をとる必要はない。」との認識。
コーン副党首は、「インラック首相は2004年までに証券取引委員会(SEC)事務局長に虚偽の説明をした。」と訴えていた。
インラック首相は、「実兄のタクシンとプレム枢密院議長の会談を実現すべく、そのお膳立てをする第三者を選出する必要がある。」との考えを明らかに。
反タクシンとされるプレム議長は、タクシン派がかつて「2006年09月のクーデターの黒幕」と激しく非難した人物。だが、タクシン派は最近、プレム議長に歩み寄る姿勢を見せている。
インラック首相によれば、「政府の積極介入は批判を招きかねないため、下院議会での審議を通じて、仲介者を選ぶのが望ましい。」
近隣国を訪れるタクシンとともにソンクラーン祭を祝うため、大勢の支持者がラオ、カンボジアを訪れるとみられているが、インターネット上では、これに合わせた「タクシン詣でツアー」の募集が始まっている。
ツアーは、04月13日~15日にかけカンボジアのシェムリアップの4星ホテルに宿泊するというもの。14日にタクシンに会うほか、アンコールワット・ツアーも予定されている。料金は1人6500Bで、赤服着用が条件。
03月31日(土)正午前マレーシア国境に近いタイ深南部ヤラー県ヤラー市の繁華街のパークビューホテルの近くでバイク、自動車に仕掛けられた2個の爆弾が爆発。しばらくして約20m離れた場所で3個目の爆弾が爆発。11人が死亡し127人が重軽傷。爆弾が仕掛けられていたピックアップ2台は大破し、付近の車両や商店なども爆風と炎で破損し燃えた。
パタニー県でも小型の爆弾が爆発。警察当局は一連の攻撃は、深南部の独立を目指すマレー系イスラム武装勢力による大規模な連続テロと見て捜査。
深南部の爆弾テロとしては過去5年間で最悪規模。深南部(ヤラー、ナラティワート、パタニーの3県とソンクラー県の一部)は都市部に支那系、郊外にマレー語方言を話すイスラム教徒が多く居住し、タイ語、仏教徒が中心のタイで異質の地域となっている。タイからの独立を求めるマレー系イスラム過激派による武装闘争が2001年から激化し、これまでに5000人以上が銃撃、爆破などで死亡。現在も連日のように銃撃・爆破事件が起き、30日にはナラティワート県の下院議員宅に擲弾が撃ち込まれている。
13時頃最南部の北隣ソンクラー県のハジャイ市で高級ホテルとショッピングセンターの入った33階建てのリー・ガーデンズ・プラザ・ホテルの地下駐車場に駐車した車に仕掛けられた爆弾が爆発し火災が発生。5人が死亡、350人以上が負傷。
ホテル地下で激しい爆発が起き、ホテルのショッピングセンター部分の4階まで火が燃え広がった。消火活動が行われる中、煤、煙で真っ黒になった買い物客、宿泊客らが次々に建物から避難した。そのほとんどが、煙を吸ったり、割れたガラスの破片で怪我をしたりした買い物客。警察によれば、最初の爆弾2個は、ガスボンベに爆薬を詰めたもので、爆薬の量は60~70㎏。
一方、ハジャイ市長は当初、ガス漏れによる爆発と見て、テロとの可能性を否定していたが、現場を視察した後、前言を撤回してテロとの見方を示した。
ハジャイは支那系住民が多いタイ南部最大の都市。タイは04月中旬にソンクラン(タイ正月、水掛け祭り)の連休を迎えるが、ハジャイでは爆発後、タイ人、マレーシア人など観光客の多くが町を去り、ホテルの予約キャンセルも相次いでいる。
当サイトでは、基本的には南部のイスラムによるテロは取り上げない方針だが、今回は被害が大きくタイの政情に影響が大きいため掲載した。
04月01日(日)シハサク外務事務次官は、「スパイ容疑でカンボジアの刑務所に服役中のウィーラと女性秘書の帰国を犯罪人交換という形で実現できないかをカンボジア側と協議中。」と発表。
これら2人は、反タクシン派組織のメンバーで、国境侵犯で逮捕されたあと、スパイ容疑でも有罪とされた。
関係筋によれば、カンボジアのある国会議員は先に、服役中の2人について、「タクシンが良い知らせをタイに伝えるだろう。」と述べており、「近くカンボジアを訪れるタクシンとフン・セン首相との話し合いで帰国が実現する。」との見方も。なお、「カンボジアが2人をスパイ容疑で有罪にしたのは、国民の歓心を買うためのカードをタクシン派に与えることが狙いだった。」と考えられる。
最南部ヤラーと南部ハジャイで03月31日に発生したテロ事件で、警察当局は、「犯人を特定し行方行を追っている。」と明らかに。

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警察は、「ソンクラー県ハジャイ市ではさらなるテロの恐れがある。」と市民に警戒を呼びかけ、「犯人らが爆弾事件に使用する可能性のある盗難車両のピックアップトラック3台(青色と茶色のイスズ、白色のトヨタ)と乗用車1台(黒のホンダのセダン)の計4台を特定している。このうちピックアップトラック2台はヤラー市の事件、乗用車はハジャイ市の事件で犯人らが爆発の前に現場から逃走するのに使われていたことが防犯カメラの映像から確認された。」と発表。
黒のホンダ・シビック・セダンは、警官タナソーン・クアスック(39)が所有していたが、昨年10月、ナラティワート県シーサコン郡の警察署が銃撃され殺害たときに奪われている。
インラック首相は犠牲者と家族に弔辞を表明したが、「安全が確保できないため、スタッフが許してくれないので、視察をすることができない。」と言った。
04月02日(月)南部のヤラー、ハジャイで数百人に及ぶ死傷者が出た03月31日の爆弾テロ事件について、プラユット陸軍司令官はこのほど、「一部の過激派組織とだけ話し合いをした結果、全ての過激組織と交渉する必要がある。」との見方。「深南部3県と隣接するソンクラー県では、複数の過激派組織が覇権を争って自らの力を誇示するためテロを起こしているのが現状であり、タイ当局が一部の組織にだけ接触すると他の組織が反発し、自らの存在を誇示するためにテロを起こす。」
なお、プラユット陸軍司令官によれば、「深南部3県では数多くの小規模組織が暗躍しているものの、治安当局は、国際的なテロ組織とは繋がりがないと見ている。」と言う。
カンボジアと国境を接するサケオ県の国境地帯で、子供を含むカンボジア人28人が不法入国の疑いでタイ軍に逮捕された。
取り調べに対し、「タイ国内で働くために陸路でタイに入った。」と述べているが、当局は、「子供が多いのが不自然であり、これらの子供をクルングテープやパタヤで物乞いさせようとしていたのではないか。」と見ている。
クルングテープなどでは、近隣国から連れてきた子供らに物乞いさせることが以前から問題となっている。
南部のヤラー、ソンクラー両県で大規模なテロが起きたことで、早くも南部の観光業に影響が出ている。
ソンクラー観光ビジネス評議会とハジャイ・ソンクラー・ホテル協会の会長を務めるソムチャートによれば、「ハジャイ市では、テロ事件に伴い、ソンクラン期間中の宿泊予約が入っていた12500室の約半分がキャンセルになった。」という。会長は、「政府の治安対策に不安を覚える人が多く、観光業以外のビジネスにも影響が及ぶだろう。」としている。
また、タイ観光評議会によれば、今回のようなテロ事件の再発を恐れて行楽に出かける人も減少する見通しで、ソンクラン期間の観光収入が2億B程度落ち込むことが予想されている。
南部2県で人的物的被害を出す大規模な爆弾テロが起きたことから、治安当局はクルングテープでも空港やバスターミナルなど大勢の人の利用する施設の警備を強化してい る。
政府関係筋は、「『(南部から)遠く離れたクルングテープにまで脅威が及ぶことはない。』と考えている。だが、ソンクラン(タイ正月)祭も迫っており、万が一に備える必要があ る。」と説明。
また、インラック首相の指示で、関係当局が近く、ソンクラン期間中の包括的な治安強化策を協議・決定する予定。
政府は閣議で、18日に閉幕予定だった今国会の会期を期限を定めずに延長することを決めた。
パクディハン副政府報道官によれば、「審議未了の法案が数多く残っているため、会期延長を決めた。」また、現在国会では、政府主導で憲法改正に向けた審議が行われており、会期延長に対しては、「憲法改正を推し進めることが狙い。」との見方が出ている。しかし、政府首脳は、これを全面的に否定。
インラック首相は、東部チョンブリ県沖で、タイ海軍の演習を視察。演習は06日まで行われる。
インラク首相は、03月31日に爆弾テロで多数の死傷者が出たタイ南部ソンクラー県ハジャイ市のリー・ガーデンズ・プラザ・ホテルを訪れ、現場を視察。その後、市内の病院を訪れ、入院中の被害者を見舞った。
爆弾はリー・ガーデンズ・プラザ・ホテルの地下駐車場で爆発し、爆発と火災でタイ人2人、マレーシア人1人の計3人が死亡、400人以上が重軽傷。31日には隣県のヤラー県ヤラー市の中心部でも大規模な爆弾テロがあり、11人が死亡、100人以上が重軽傷。タイ治安当局はいずれもタイ南部の独立を目指すマレー系イスラム過激派組織の犯行とみて捜査を進めている。また、「04月中旬のソンクラン(タイ正月、水掛け祭り)の期間中にテロが起きる可能性がある。」とみて、南部やクルングテープで警戒を強化。
04月03日(火)深南部ヤラー 県ムアン郡と南部ソンクラー県ハジャイ市で起きた爆弾事件で、ソンクラー県知事は、「ハジャイ市の事件の犯人2人の逮捕に繋がる情報の提供者に50万Bの報賞金を提供する。」と発表。
この事件は、リー・ガーデンズ・プラザ・ホテルの駐車場で乗用車に仕掛けられていた爆弾が爆発し、3人が死亡、350人以上が負傷。駐車場の防犯カメラには、その車から離れる男2人の姿が捉えられていた。
プミポン国王の側近であるプレム枢密院議長(91)は、都内で行われたセミナーで講演し、「タイの守護神が善人を助け、悪人を滅ぼすと信じている。」と述べた。また、国家に報いるために必要なこととして、国家、宗教、王室への忠誠、国王の教えを守ること、タイ文化を維持すること、国家の将来に責任を持つことなど9点を挙げた。
プレム議長はタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデターの黒幕と一部で見做されている。最近、連立与党チャート・タイ・パッタナー党のサナン顧問会長が反タクシン派とタクシン派の和解に向けたプレム議長とタクシン元首相の直接会談を提案し、物議を醸した。
タイでは2006年以降、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と、特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。タクシン派は2006年のクーデターと同派解党を命じた2008年の司法判断で、2度、政権を追われたが、総選挙では2001年、2005年、2007年、2011年と4連勝中。「両派の抗争については、タクシン率いる新興財閥と旧来の支配層である特権階級の権力闘争が、民主化勢力と特権階級の対立に深化した。」という見方も。
04月04日(水)プラユット陸軍司令官が先に「当局が一部の分離主義者・過激派組織と話し合いをすれば、他の組織が反発し事件を起こす。」などと述べたことについて、「水面下で話し合いを行っている。」と報じられた南部国境県管理センター(SBPAC)のタウィー事務局長は、「最近マレーシアを訪れた。だが、同国で分離主義者と話し合いをした事実はない。」と明言。
「深南部には、以前から同地域の分立独立を求めて活動している組織が存在するが、その幹部らがマレーシアに潜伏している事例もある。」と言う。
タウィー事務局長によれば、「南部国境県管理センターの使命は、マレーシアと国境を接する県の発展と住民の権利を尊重することであり、使命の範囲を逸脱して分離主義者と話し合いをすることはない。」
南部、ハジャイ、ヤラー、パタニー県で03月31日に起きた爆弾事件で、警察が容疑者人5人を逮捕。
ソンクラー県ハジャイ市で起きた爆弾テロでは、ナラティワート県で警官隊がルソ郡の容疑者宅を包囲して約30分間にわたり交渉。家から出てきた3人を逮捕。その後、警察庁はクルングテープで記者発表。ハジャイ事件の犯人2人を逮捕。
また03月31日には最南部パタニー県でも爆弾事件が起きているが、パタニー県警は、この事件に関与した疑いで男2人の身柄を拘束し、取り調べを行っている。
名前を公表しているのは、犯人とほぼ確定のサムリー・プルドエレーとヤラー県ヤラー市ユポ区在住のアヌワット・トーチャー(22)。
ソンクラン祭の期間中に大勢のタクシン支持者がラオス、カンボジアにタクシンに会いに行く予定であることから、ウィタヤー保健相秘書官は、こ れら2国と国境を接する県に対し、急病人を手当てする医療チームを配備するよう指示したことを明らかに。
保健省によれば、「真夏の暑さのなかで出国手続きやバスに乗るために長時間待たされて体調を崩す人も出ると予想される。」と言う。
タクシンは11~13日にラオ、14~15日にカンボジアに滞在する予定。
04月05日(木)最大野党の民主党は、「タクシンとインラック首相が深南部の過激派と密談をした。」と指摘し、「過激派とは交渉しない。」との政府の方針に反したと強く非難。
タウォン民主党議員によれば、「隣国でタクシンは02月18日に過激派の代表18人、インラック首相は03月17日に代表15人と話し合いをした。」という。
また、アピシット民主党党首は、「これまでに得られた情報は、タクシンが過激派と密談したことを示している。タクシンの関与は、事態の複雑化を招くだけ。」
これに対し、政権党のプア・タイ党幹部のチャルーム副首相は、「民主党の批判は事実無根。タクシンもインラックも過激派と交渉したことなどない。」と反論。
04月08日(日)タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)の東北部スリン県支部幹部によれば、「スリン、ヤソトン、ブリラム、ロイエットの東北部4県から約1万人がソンクラン(タイ正月)祭の期間中、タクシンに会うために隣国カンボジアのシェムリアップに向かう予定。」という。タクシンは04月11~13日にラオ、14~15日にカンボジアでソンクランを祝う予定。
幹部は、「UDD支持者は午前06時にスリン県カプチュン郡のチョンチョム国境通行所に集合してカンボジアに入り、バス30台、乗用車やピックアップトラック100台以上でシェムリアップに向かう。」と述べている。
政権党プア・タイ党の広報担当、プロムポンが、「我が党は08月か09に国民和解を実現するための恩赦法案を、次の通常国会に提出する予定。」と明らかに。
プア・タイ党の提唱する恩赦については、「タクシンの免罪、帰国の実現が第1の狙い。」といった批判が以前から出ているが、プロムポンは、「タクシンだけでなく、全ての人が恩赦の対象。」と釈明。
だが、反タクシン陣営が恩赦に激しく反対するのは必至で、プア・タイ党がごり押しすれば、反タクシン派が抗議活動を展開。国内が再び混乱し、国民和解がさらに遠のく可能性も否定できない。
民主党議員が「インラック首相とタクシンが深南部の過激派と隣国で密談した。」と指摘したことについて、タクシンが「事実無根。」と批判していることに対し、アピシット民主党党首は、「マレーシアでタクシンが過激派とひそかに会ったことを示す明確な証拠が存在する。」と反論。
密談の目的は、マレーシアとのエネルギー交渉を有利に進めることであり、アピシット党首は、「政治的利害のための軽率な行動であり、これによって深南部の状況はさらに悪化する。」と非難。アピシット党首は、「タクシンが自ら密談の内容を明らかにしなければ、証拠を関係当局に提出する。」
04月09日(月)最大野党の民主党がタクシンと過激派との密談を指摘し、タクシンがこれを強く否定しているが、南部国境県管理センター(SBPAC)顧問評議会のメンバー、チャイヨンは、「タクシンが03月18日にマレーシアで過激派と話し合ったのは事実。」と暴露。この密談については、チャイヨンが情報を提供したことでマレーシアの一部メディアが報じていた。
また、タクシンは再び過激派と話し合う予定だったが、最初の密談が報道されたことから、2度目の密談は断念。
タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)によれば、UDDは05月19日に一昨年の大規模反政府デモの終結からちょうど2年経ったことを記念する大規模な集会をクルングテープ都内ラチャダムヌン通りで行う予定。
デモでは、UDDはラーチャプラソン交差点を拠点として反政府活動を展開したが、治安部隊が強制排除に踏み切ったことから、UDDは05月19日にデモ終結を宣言。
04月11日(水)国外逃亡中のタクシンは、ラオの首都ビエンチャンで、タイ国内の支持者に向け、「あなたたちの支援のおかげで年内に帰国できるだろう。」と明言。タクシンのラオ訪問は以前から予定されていたもの。
タイ東北部ノンカイ県では同日、タクシンに会うため、支持者2000人あまりがラオに入国。
タクシンが、反独裁民主主義同盟(UDD)の支持者らの前で、「年内にタイに帰国する。」と発言したことがわかった。東北部ノーンカーイ県で行われた支持者らの集会で、タクシンはスカイプ経由で参加。その際、タクシンは「今年はタイに帰国できると思う。」と語った。現在タクシンは隣国ラオの首都ビエンチャンに滞在している。
04月12日(木)タイのインラック首相は04月17~22日に支那と日本を訪問。
支那では北京で胡錦濤国家主席、温家宝首相、次期最高指導者とされる習近平国家副主席らと会談。19日夜に北京から東京入りし、21日に開催される第4回日本メコン地域諸国首脳会議に出席。22日には福岡と熊本を訪れ、22日夜、タイに帰国する。
インラック首相は03月に日本と南朝鮮を訪れている。訪中は昨年08月の就任以来初めて。
04月14日(土)国外逃亡中のタクシンが、ラオからカンボジアのシェムリアップに到着し、数千人に及ぶ支持者の歓迎を受けた。これら支持者は数日前からタイから入国し、同地のホテルでタクシンを待っていた。
また、カンボジアのフン・セン首相はタクシンと親しく、そのためか、カンボジア国政府は、タイから来たタクシン支持者のアンコールワット入場を無料とした。
04月16日(月)国外逃亡中のタイのタクシンは13~15日のタイ正月(水掛け祭)にあわせ、11~16日にラオのビエンチャンとカンボジアのシェムリアップを訪れ、息子のパーントーンテー、妹のヤオワパー元下院議員、ベテラン政治家のサノ元内相、ウィタヤー保健相ら現役閣僚、タイから国境を越えやって来た支持者数千人から歓迎を受けた。
シェムリアップでは支持者の前にサングラス姿で片手に水掛け用のホースを持って登場。タイでは今年07月にワチラロンコン王太子が60歳の、08月にシリキット王妃が80歳の誕生日を迎えることを指摘し、「誰にとっても縁起のいい年になるだろう。」と話した。
インラック首相は、実兄の「タクシンが年内帰国に言及した。」と報じられたことなどについて報道陣から質問を受けたが、返答するのを避けて、足早にその場を後にした。
なお、タクシンは汚職で禁固2年の有罪が確定した犯罪人であり、現状のまま帰国すれば、直ちに身柄拘束、収監となる。
タマサート大学のプリンヤ副学長によれば、「汚職(職権乱用)で禁固2年の有罪が確定しているタクシンの免罪・帰国を実現するには3つの方法が考えられる。」
まず、①恩赦を可能にする法律を制定すること、もしくは、②恩赦規定を盛り込んだ新憲法を制定すること、これは、反タクシン派が激しく抵抗し、インラック政権の屋台骨を揺るがしかねない。このため、もっとも現実的は方法は、③国王陛下による恩赦を求めること。ただ、この場合、恩赦は禁固2年の有罪にのみ適用されることが濃厚なため、タクシンは帰国後、審理停止中の4つの容疑で裁かれることがないよう、過去の捜査結果を無効とし、国家汚職制圧委員会(NACC)などによる再捜査を要請する可能性がある。
04月17日(火)インラック首相は、3日間の支那公式訪問のため、スワンナプーム空港から北京に向かった。20~23日には日本を訪れ、東京で開かれるメコン地域諸国首脳会議に出席する予定。
そのため、17日の閣議は、ヨンユット副首相がインラック首相の代わりに議長を務めた。
インラック首相は北京の人民大会堂で支那の温家宝首相と会談。インラック首相は昨年の大洪水の影響で、訪中を延期していた。 新華社電によると、インラック首相は「昨年12月に習近平国家副主席がタイを訪問し、重要分野での協力が進んだ。」と評価。温首相は「今回の訪問で相互の理会と信頼が深まり、中タイ関係がさらに高いレベルに達すると信じている。」と述べた。
インラック首相の訪支に合わせ、両国は貿易、農産物、洪水・旱魃の防止、鉄道開発、自然資源保護など7分野での協力に関する文書に調印。
04月18日(水)反タクシン組織の民主主義市民連合(PAD)は、「タクシンに恩赦を適用する法律が制定されたり、国王の権限を削減したり、王制が変更されたりした場合、大規模な抗議集会を決行する。」と表明。このほか、PADは04月26日に、現行憲法の廃止を企てたとして、下院議員、上院議員、閣僚など416人を告訴する予定。
スカムポン国防相(退役空軍大将)、プラユット陸軍司令官、プリアオパン警察長官らタイ軍・警察の幹部は、都内のプレム枢密院議長(91)宅を訪れ、タイ正月の祝賀の挨拶を行った。
プレム議長はプミポン国王(84)の側近で、年末年始や議長の誕生日にはタイ軍・警察幹部がそろって祝賀に訪れる。反タクシン元首相派の前政権では当時のアピシット首相が議長の誕生日やタイ正月などに議長宅を表敬訪問した。一方、タクシン派の一部は「プレムがタクシン政権を追放した2006年の軍事クーデターの黒幕だ。」として批判している。
インラック首相は、北京の人民大会堂で中国の胡錦濤国家主席と会談。
新華社電によると、インラック首相は席上、昨年の大洪水に対する支那の支援に謝意を述べ、「今回の訪支では、タイ支関係の強化に関する重要な共通認識が形成された。(両国間で)2件目となる戦略的協力共同行動計画の調印は、今後の両国の協力にとって明確な道標になる。」と述べた。胡主席は「全面的な戦略的協力パートナーシップ関係の構築をきっかけとして、政治的な相互信頼と友好関係が深まっている。」として、テロリズムや国際犯罪に共同で対処していく意向を示した。
04月20日(金)憲法裁判所は、 虚偽の資産報告をしたとして、タクシンの姪のチンニチャー、プア・タイ党議員に禁固2ケ月、執行猶1年、罰金4000B、公民権5年停止を言い渡した。
チンニチャーは、母親がタクシンの妹ヤオワパー、父親がソムチャイ元首相。憲法裁によれば、「国会議員には憲法で資産報告が義務づけられているが、 チンニチャーは、親戚から1億Bを借りたことなどを意図的に報告しなかった。」
04月21日(土)タクシン派の与党プア・タイ党の地盤、パトゥムタニー5区選出のプア・タイ党所属スメート下院議員がパトゥムタニー県行政体(PAO)長選挙に出馬するため辞任。下院補欠選が行われた。パトゥムタニーはタクシン派市民団体、反独裁民主主義同盟(UDD)(通称スア・デーン=赤服)の首都圏の拠点。下馬評ではプア・タイ党が有利だったが、最大野党の民主党のキアティサク候補が最多の2万8156票を獲得し、2万4255票のプア・タイ党のソムチャイ候補を退けて当選を果たした。投票率は39.7%。
反タクシン派の市民約100人がクルングテープ都内のタイ陸軍保養施設「タイ陸軍クラブ・ウィパワディ」やタイ陸軍本部の前で集会を開き、「国家を裏切る政治家から権力を取り返すよう軍に求めた。名指しを避けながら、軍事クーデターによるタクシン派インラック政権転覆を呼びかけたと見られる。
反タクシン派はタクシンを王室廃止を目論む汚職政治家と糾弾し、2006年には数千~数万人の大規模街頭デモを連続開催。2008年には首相府と2空港を占拠。しかし、動員力は徐々に衰え、昨年のインラック政権発足後は目立った動きを見せていない。
04月22日(日)タクシン派の与党プア・タイ党の地盤とされるタイ中部パトゥムタニー県5区下院議員補欠選挙に引き続き、県行政体(PAO)長選挙でも連敗。
県行政体(PAO)長選挙は無所属で前職のカーンが21万4408票を集め、2位のプア・タイ党のスメート候補にほぼ倍の差をつけ、3選を果たした。投票率は47.7%。「カーンは洪水時に強い指導力を発揮した。」として県民の支持が高かった。選挙では野党プームチャイ・タイ党の支持を受けた。
今回の補欠選は、プア・タイ党のスメートが県行政機構のトップを決める選挙に立候補するために下院議員を辞職したことから行われたが、スメートは落選。プア・タイ党は議席を維持できなかった。
パトゥムタニーは昨年10~12月の洪水で県内の広い範囲が水没して甚大な被害を被っており、政府の洪水対応への不満が投票に影響したと見られている。
また、プア・タイ党のチンニチャー(タクシンの姪、ソムチャイ元首相の娘)が虚偽の資産報告で公民権5年停止となったことから、北部チエンマイ県では45日以内に補欠選挙が実施される予定。
04月23日(月)インラック首相は04月26日に副首相らを引き連れて、反タクシン派とされるプレム枢密院議長に面会することを予定しているが、タクシン支持団体:反独裁民主主義同盟(UDD)幹部チナワットは「UDD内には面会に反対する意見がある。」と述べて、現政権が反タクシン派に接近することに難色。
チャルポン運輸相の顧問を務めるチナワットによれば、「今のところUDDはインラック政権を全面的に支持しているが、反タクシン派と手を組むようなことになれば、UDDは黙ってはいない。」
プア・タイ党のスメートが下院議員を辞職してパトゥムタニー県行政機構長の選挙に出馬して落選、この議員辞職に伴う下院議員補欠選挙でプア・タイ党が民主党に敗れた問題について、プア・タイ党首脳は、国外逃亡中のタクシンと協議。タクシンからは、「スメートを許すべきではない。」との見方が示された。
プア・タイ党は議員辞職に反対だったが、スメートは党の意向に反して県行政機構長選に立候補したもの。タクシンによれば、「スメートが落選したのは、身勝手な行動に対する有権者の怒りが原因であり、プア・タイ党は、スメートを選挙に再び擁立することがあってはならない。」
04月24日(火)タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)のティダ議長は、「インラック首相が副首相らととともにプレム枢密院議長に面会するとしているが、これは悪い影響を及ぼす。」と述べ、改めて自重を求めた。
プレムは反タクシン派とされるが、政府は最近、プレムに接近する姿勢を見せている。ティダ議長は、「我々はプア・タイ党(政権党)を支持しているので、プレムとの面会には反対しない。だが、不適切であることは指摘しないわけにはいかない。」と説明。報道によれば、インラック首相は26日にプレム議長と面会する予定。
プア・タイ党のスメートの身勝手な行動が党に被害をもたらした問題で、「タクシンがスメートを出入り禁止にした。」などと報じられたが、インラック首相は、「党の執行委員会がスメートの処遇を決める。」と述べ、報道を部分的に否定。
スメートは党が反対したにもかかわらず下院議員を辞職してパトゥムタニー県行政機構長選挙に出馬し落選。また、スメートの議員辞職に伴う下院議員補欠選挙でプア・タイ党が敗北し議席を維持できなかった。関係筋によれば、「インラック首相の発言は、国外逃亡中の犯罪者であるタクシンが党内で絶対的な権限を持つと見られることを避けようとしたものと考えられる。」
04月25日(水)タクシン派団体、反独裁民主主義同盟(UDD)は26日午後、クルングテープ都心のラーチャプラソン交差点で集会。
一方、タクシン(62)の妹のインラック首相(44)は同日午後、タクシン派の一部が反タクシン派の黒幕とみなすプレム枢密院議長(91)のクルングテープ都内の自宅を訪れ、タイ正月の祝賀の挨拶を行う予定。
UDDは2010年03~05月にラーチャプラソン交差点一帯などを占拠し、治安部隊との衝突で死者数十人を出した。インラック首相らタクシン派幹部はプレム議長との関係改善に前向きだが、UDDには反タクシン派への蟠りがあり、26日の集会は、反タクシン派との和解を急ぐタクシン派幹部に対するUDDの無言の圧力という見方も。
プレム議長はプミポン国王(84)の側近で、年末年始や議長の誕生日にはタイ軍や警察幹部がそろって祝賀に訪れる。反タクシン派の前政権では当時のアピシット首相が議長の誕生日やタイ正月などに議長宅を表敬訪問した。
タイでは過去数年、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。反タクシン派はタクシンを反王室、腐敗政治家と糾弾し、2006年のクーデターでタクシン政権を追放。タクシン派は特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治を捩じ曲げているとして、2009年、2010年と反タクシン派政権打倒のデモを行った。2010年のデモでは治安部隊との衝突で、市民、兵士ら91人が死亡、1400人以上が負傷。
04月26日(木)インラック首相(44)は、プミポン国王(84)側近のプレム枢密院議長(元首相・元陸軍司令官、91)のクルングテープ都内シサオテウェートの自宅を訪れ、タイ旧正月に因んだ聖水を手に注ぐ儀式を執り行った。プレム議長はタクシン派の一部が反タクシン派の黒幕と見做す人物で、タクシン(62)の妹のインラック首相によるプレム邸訪問は両派の休戦・和解に向けたシグナルと受け取られている。
インラック首相は王党派が好む桃色の上着を着用。一方のプレム議長は赤がシンボルカラーのタクシン派に配慮したのか、定番のピンクもしくは黄色(プミポン国王の誕生日の色)の服ではなく、橙色の上着で首相一行を出迎えた。

← インラック首相(左)とプレム議長(右)。

インラック首相はヨンユット副首相兼内相(元内務次官)、キティラット副首相兼財務相(元タイ証券取引所所長)、ユタサック副首相(元国防次官)とプレム邸に入り、副首相3人は約15分後に退室した。プレム議長の希望で、約40分にわたりインラック首相と2人だけで会談。インラック首相とプレム議長の面会には、報道関係者の同席は許されず、何が話し合われたかは不明。
インラック首相のプレム邸訪問について、タクシン政権を追放した2006年のクーデター後、暫定政権の首相を務めたスラユット枢密顧問官(元陸軍司令官)は「(両派の和解に向けた)スタート地点かどうかは知らないが、タイの新年に伝統にもとづいた行動を取るのは良いことだ。」と述べた。
インラック政権でタクシン派与党プア・タイ党と連立を組むチャートタイ・パッタナー党の実質的な党首であるバンハーン元首相は「子どもが大人に挨拶に行くのが最も良いこと。」と述べ、両派の和解に期待。
タイ国立マヒドン大学平和構築研究所のゴートム所長は「目上の人に敬意を示すのは良いことだ。多くの人がこれを前向けに受け止めれば、状況は好転するだろう。」と述べた方、「一部の人は上の方だけ和解し、(タクシン派を支える)草の根は捨てられたと考えるかもしれない。」とも述べた。
タイでは過去数年、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と特権階級を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。反タクシン派はタクシンを反王室、腐敗政治家と糾弾し、2006年のクーデターでタクシン政権を追放。タクシン派は特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治を捩じ曲げているとして、2009年、2010年と反タクシン派政権打倒のデモを行った。2010年のデモでは治安部隊との衝突で、市民、兵士ら91人が死亡。1400人以上が負傷。
タクシン派団体UDDの一部が、クルングテープ都心のショッピングセンター、セントラルワールド前で集会。2010年に治安当局との衝突で死亡したタクシン派の女性の誕生日を記念したものだったが、参加者は100人程度で、UDD幹部は姿を見せなかった。
04月30日(月)カンボジアからの報道によれば、同国の兵士が国境地帯をパトロール中にタイ兵から銃撃を受けたことから、手投げ弾や自動小銃による戦闘が約10分続いた。カンボジア兵1人が負傷。一方、タイ軍は、「タイ領に不法伐採のために入り込んだカンボジア人らがタイ軍に発砲して逃走した。」と説明。両者の言い分が食い違っている。
タイ・カンボジア国境では、昨年初めに兵士・民間人17人が死亡する戦闘が起きているが、カンボジア政権がタクシン支持であることから、それ以降目立った事件は報告されていない。
スラポン外相は、「タクシンは自由に外国を旅行することができる」と指摘。その理由として、「タクシンが受けた有罪判決が政治色の強いものであることを諸外国が認識しているため」と説明。
タクシンは、首相在任中の汚職(職権乱用)で禁固2年の有罪が確定しており、タイに帰国すれば、直ちに収監される。
スラポン外相は、「タクシンがこれまでに訪れたのは、支那、日本、南朝鮮、英国、インドなど。次は米国を訪れる予定。(タクシンは入国を拒否されることもなく)普通の生活を送れるようになっている。」と述べた。
05月01日(火)国外逃亡中のタイのタクシンが英国を訪れ、マンチェスター市で英サッカーのイングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッド対マンチェスター・シティ(マンC)の試合を娘夫婦らと観戦。英国は2008年以降、タクシン氏の入国を禁止していたが、タイの政治状況の変化を受け、解除した。試合はタクシン氏が元オーナーのマンCが1対0で勝利した。タクシンは一般席で観戦し、タクシンの顔を覚えていたマンCのファンから記念撮影を求められるなど上機嫌。
タクシンは2006年に軍事クーデターで首相の座を追われ、娘の留学先の英国に事実上亡命。2007年にマンCを約8200万ポンドで買収し、翌年約2億ポンドで中東の投資会社に売却した。2008年にタイで汚職で懲役2年の実刑判決を受けたため、英国が滞在許可を取り消し、タイにも帰国できなくなり、現在はドバイに拠点を置いている。2009年には反タクシン派政権によりパスポートを破棄され、その後は投資などを通じ取得したモンテネグロなどのパスポートを使用していたが、入国出来ない国もあり、行動は制約されていた。しかし、昨年07月のタイの総選挙でタクシン派が勝利し、タクシンの妹のインラックが首相に就任したことから、状況が一変。同年08月には、それまでタクシンの入国を認めていなかった日本から特別許可を得て訪日を果たし、その後、南朝鮮、シンガポール、ビルマ、ネパール、ラオなどを訪問した。同年10月にはインラック政権の指示を受け、タイ外務省がタクシンにパスポートを再発行。
タクシン氏が創設したタイ・ラック・タイ党が2007年に解党処分を受け、同党役員111人が公民権5年停止となったが、これら元役員は05月末に公民権復活。このため、元役員が政治の表舞台に復活するとの見方があるが、政権党プア・タイ党首のヨンユット副首相はこのほど、元役員らの入閣の可能性を示唆。
元役員がインラックに代わって首相を務めるとの見方もあったが、インラック首相はこれを否定。
ヨンユット副首相によれば、「能力があり、インラック首相の承認があれば、入閣は可能であり、公民権停止となったことで差別されることはない。」
05月02日(水)政界観測筋によれば、タクシン派のベテラン政治家たちが05月30日の公民権停止解除に伴い政界復帰が可能となることから、これら政治家を入閣させるべく06月か07月に内閣改造が行われるとの見方が強まっている。
タクシンが創設したタイ・ラック・タイ党は2007年05月30日 に党役員の選挙違反で解党処分を受け、党役員を務めていた111人全員が公民権5年停止となった。
同筋は、「少なくとも元役員5人が入閣する見通し。」とし ている。だが、政権党プア・タイ党の一部の派閥は、閣僚ポストを失う恐れがあることから、元役員の入閣には神経質になっている。 また、プア・タイ党の実動部隊、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン議員が内閣改造でチュチャート副内相の後任に起用されるとの見方も出ているが、チュチャートの支持者たちが早くも反発の声を挙げている。
05月03日(木)タイ・ラック・タイ党(2007年解散)の元役員は、公民権停止が05月30日に解除されることから、入閣の可能性が取り沙汰されているが、中央選挙管理委員会のソットシー委員は、「閣僚になるには政党に所属している必要はなく、公民権が復活したらすぐにでも閣僚に就任することができる。」と説明。
また、下院議員であることも、閣僚の条件とはされていない。ただ、国政選挙に出馬するには、立候補届の時点で政党所属期間が90日以上であることが条件。
05月05日(土)最大野党の民主党のアピシット党首は05月04日、インラック首相が「物価は上昇していない。」と述べたことに対し、「実際に物価が上がっており、国民は苦しい生活を余儀なくされている。」と反論。
インラック首相によれば、物価上昇については、「多くの人がそのような印象を持っているだけ。実際には物価は下がっている。」だが、アピシット党首は、「政府が決めた措置が物価高を招いている。これが国民の負担を増やしている。」と反論。
インラック首相はラジオ番組の中で、「昨年の洪水のため一部の商品は値上がりしており、エネルギーも値上がりしている。」と認めたものの、「大幅な物価上昇は起きていない。」との見方を繰り返した。
「国民の多くが、物価が相当上昇していると感じているが、これは、感覚的なものにすぎず、実際には物価は下降傾向にある。」という。なお、インラック首相は、「値上がりした一部商品」が何なのかには具体的に言及していない。
タイ北部チエンライ市の市長選が05日行われ、野党プームチャイ・タイ党のワンチャイ元市長(55)が現職でタクシン派与党プア・タイ党のソムポン市長(50)を破り当選。得票数はワンチャイ1万5109票、ソムポン氏1万1312票。有権者数5万0311人で、投票率は63%。
プア・タイ党は04月に行われた中部パトゥムタニー県の下院補欠選と県長選挙で連敗した上、今回、タクシンの地盤の北部でも敗北を喫した。
05月06日(日)タイ-カンボジア国境で05月02日にパトロール中のタイ兵1人が地雷を踏んで右足を吹き飛ばされたことについて、タニ外務報道官はこのほど、「タイ・カンボジア関係が改善に向かっているときだけに残念な出来事。」と述べ、遺憾の意を表明。タニ報道官によれば、「地雷埋設はタイの主権をも侵害するものであり、カンボジアは再発防止に努力する必要がある。」
タニ外務報道官は、「国境地帯でカンボジア人がローズウッドを不法伐採している。」と指摘。「タイ-カンボジア2国間の友好関係を維持するためにはカンボジア政府がこの事実を認めることが必要。」と強調。
カンボジアは先に国境地帯で軍事衝突があったと主張しているが、タニ報道官によれば、「不法伐採のカンボジア人らが発砲してきたことが原因であり、軍事衝突ではない。カンボジア外務省は不法伐採の事実に触れようとしていないが、不法伐採問題を放置したままでは、2国間関係が悪化しかねない。」と言う。
「物価上昇に有効な対策を講じていない。」と政府を批判する声が出ていることから、関係閣僚が、クルングテープ都ドンムアン区の生鮮食品市場を訪れて商品の価格をチェックした上で、「昨年に比べて値段が下がっている。」と強調。政府の説明によれば、「一部の商品は値上がりしているものの、全体として、物価は下降傾向にある。」という。
また、石油化学工場の爆発事故現場を視察するため東部ラヨーン県を訪れたインラック首相も、同県内の市場に足を運び、「予想していたほど値上がりしていない。」と同行の報道陣に訴えた。
05月07日(月)物価変動について政府の見解と国民の感情に隔たりがみられる問題で、インラック首相は、クルングテープ都に隣接するノンタブリー県パクレット郡の生鮮食品市場を視察。ここで、物価に関するインラック首相の発言に一部で批判が出ていることについて、「私の言ったことが正しく報じられていない。」と指摘し、報道に問題があるとの見方。
報道によれば、インラック首相は、「インフレは取るに足らない。(物価が上昇しているという)市民の受け止め方が間違っている。」と述べたと される。だが、インラック首相は、「このような発言はしておらず、報道内容を知って当惑した。」という。実際の発言は、「輸送コストや季節的な価格変動のせいで人々は以前に比べて物価が上昇しているように感じている。」なお、パクレットの市場で多くの商人がインラック首相に対し、「現実に物価は上昇している。」と訴えた。
05月08日(火)朝不敬罪で服役中のアムポン・タンノップパクン(62、報道により61)が、収監先の矯正局の医療施設で死亡。04日に胃の痛みを訴えて搬送され、治療を受けていた。死因は明らかにされていないが、死因は癌と見られている。
「2010年05月に当時のアピシット首相の私設秘書に王室を批判するショートメッセージを携帯電話で4回送信した。」とされ、同年08月に逮捕。一審のタイ刑事裁判所は昨年11月、アムポンに対し、送信1回につき5年、計禁固20年の実刑判決。
刑法112条(不敬罪)はタイ国王夫妻と王位継承者への批判を禁じたもので、違反した場合、1件につき最長15年の懲役刑が科される。特権階級を中心とする反タクシン派と反王室のイメージが強いタクシン派の政治抗争が激化する中、不敬罪は頻繁に適用されるようになり、今年02月にも、タクシン派集会で王室を批判した、スラチャイ・ダンワッタナヌソーン(70)に懲役7年6ケ月の実刑判決。
不敬罪による投獄が相次いでいることについては昨年12月、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のシャムダサニ報道官代行が「このような厳しい刑罰は不要で不相応であり、国際的な人権保護義務に違反している。」と警告し、タイ政府に法改正を要望。ケニー駐タイ米国大使も簡易ブログのツイッターに「国際的な表現の自由の基準にそぐわない。」と批判。こうした中、一部の学識者グループが不敬罪の改正を求める活動を始めたが、反タクシン派の軍幹部や野党、王党派団体などは改正反対を表明。昨年08月に発足したタクシン派インラック政権はこの問題で反タクシン派を刺激することを避け、不敬罪改正に反対の立場。
アムポンの死を受けて、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバー数十人が矯正局の医療施設や刑事裁判所の前に集まり、不敬罪規定の内容を改めて批判。
近く行われる予定の内閣改造で、「タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン、プア・タイ党議員が副内相に起用される。」との見方が出ているが、同党のチャロン議員は、「まず不敬疑惑を払拭すべき。」と述べて、チャトポン議員の入閣に反対を表明。チャロン議員によれば、「不敬疑惑の閣僚がいることは、批判に晒されることであり、仮に有罪となれば、政府は大きなダメージを受ける。チャトポン議員を入閣させることは、プア・タイ党とインラック首相にとって時限爆弾を抱え込むに等しい。」
これに対し、チャトゥポン議員は、「彼は私の不敬疑惑について何も知らない。法務省特別捜査局は不起訴を決めており、検察も同様の判断を下す見通しだ。」と反論。
05月09日(水)不敬罪で服役中のアムポンが05月08日に矯正局の医療施設で死亡したことについて、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバーが、アムポンの棺をクルングテープ都ラチャダピセーク通りの刑事裁判所前に運び込み、刑事裁判所の対応を非難。アムポンは8回に渡り保釈を請求したが、いずれも刑事裁判所が却下。肝臓癌で死亡。
一方、UDDメンバーの抗議について、最大野党の民主党のアピシット党首は、「アムポンの死に関し政府には説明責任があるものの、UDDはこれを政治的に利用すべきではない。」と批判。UDDのティダ議長によれば、「不敬罪規定の改正を求める者たちが起こした行動であり、UDDは関与していない。」
タクシン創設のタイ・ラック・タイ党の役員だった111人が、05月30日に公民権5年停止が解けることから、近く集まって話し合い。これら元役員で構成される「111タイ愛国基金」のメンバー、ピニットによれば、話し合いは都内のSCパークホテルで16日に予定。
関係筋によれば、「元役員全員に声がかかっており、反タクシン陣営に寝返ったネーウィン(野党プームチャイ・タイ党の最高実力者)も招待されている。」また、ピニットによれば、「元役員のうち50~60人が公民権復活後にプア・タイ党に入党する意向を示している。」
05月10日(木)タイ法務省特捜局(DSI)のターリット局長は、不敬罪容疑で取り調べていたタクシン派与党プア・タイ党のチャトポン下院議員について、不起訴が妥当とする報告書を検察に送ることを明らかに。ターリット局長によれば、「DSIと検察当局は、『発言内容は刑法112条(不敬罪規定)に抵触しない。』との結論に至った。」
チャトポンはタクシン派団体「反独裁民主主義同盟(UDD、通称赤服)」の幹部で、UDD支持者と治安部隊の衝突で多数の死傷者が出た2010年のUDDによるクルングテープ都心部占拠を指揮した。チャトポンは「2011年04月のUDD集会で演説した際に、この事件に触れ、王室を批判する発言があった。」として、捜査が行われていた。
不敬罪で服役中に死亡したアムポン・タンノップパクン(61)の遺体が09日と10日、抗議のため、クルングテープ都内のタイ刑事裁判所前に安置され、男性の家族や不敬罪に反対するタクシン支持派らが葬儀を行った。タイのメディアは男性の死を大きく取り上げたが、タクシン派のインラック政権は反タクシン派を刺激することを避け、不敬罪改正に反対の立場を取っており、不敬罪改正・廃止に向け政治が動く機運は見られない。
05月11日(金)不敬罪で服役中のアムポンが肝臓癌のため獄中死したことから、タクシン派の中からも不敬罪規定の改正を求める声が出ているが、インラック首相は、不敬罪を規定した刑法112条を改正する考えのないことを再確認。
不敬罪は最高刑が禁固15年と重いことから、以前から法改正を求める意見が一部で出ている。
だが、インラック首相は、「これまでにも繰り返し述べているが、政府の最優先課題は経済問題の解決。この方針は継続される。」と発言。「経済問題に取り組むことが先であり、現在のところ不敬罪規定の改正に力を注ぐ余裕はない。」との認識。
05月12日(土)夜不敬罪で服役中のアムポンが獄中で死亡したことに関連して、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバーたち(赤服軍団)が人気女優のボンコット・コンマーライのコメントに腹を立て、パタヤ市で、ボンコット出演の映画の撮影現場に押しかけ騒ぎを起こしたことで、撮影が中止となった。
ボンコットは、インターネットの交流サイト「フェイスブック」に「不敬の罪を犯したのだから、死んだのは当然。」、「(死は)喜ばしいことだ。」、「私の父(プミポン国王のこと)を侮辱したため地獄に落ちた。」などと書き込み、これをに対し、UDDの赤服軍団数十人が、ボンコットさんが乗った高級乗用車をバイクで追いかけ回す騒ぎがあった。ボンコットさんは映画撮影のためパタヤを訪れていた。問題の書き込みは13日までに削除された。
UDD支持者の間からは、アムポンの獄中死を問題視し、不敬罪規定の改正を声高に求める意見も出ており、ボンコットのコメントを容認できなかったようだ。なお、ボンコットさんは、身の危険を感じているためか、「赤服軍団を訴えるつもりはない。」としている。
05月13日(日)反タクシン組織、民主主義市民連合(PAD)幹部のカルン元上院議員が、PADによる2008年の空港占拠事件に関与した疑いで、車内に24時間以上立て籠もった末、逮捕。
警察庁犯罪制圧課の係官がブリラム県パクチョン郡で12日18時30分ごろ、ピックアップトラックで帰宅途中のカルン元議員を令状を示して逮捕しようとしたが、カルン元議員はドアをロックして車外に出るのを拒否。間もなく現場に駆けつけたカルン元議員の妻が「夫は農園から戻ったばかりなので、帰宅してシャワーを浴びさせてほしい。」などと要求。また、PAD支持者約100人が現場に集まって政府の対応を批判。
警察は翌13日、警官約200人を動員してPAD支持者を排除し、カルン元上院議員が乗ったピックアップトラックをクレーンで吊り上げ6輪トラックの荷台に載せてクルングテープの犯罪制圧課に搬送。鍵職人にドアを開けさせてカルン元議員を逮捕。
空港占拠事件では、PAD支持者たちが当時のタクシン派政権の退陣などを求めて、ドンムアン、スワンナプーム両空港で座り込みを行い、空港を閉鎖に追い込み、国に甚大な経済的損失をもたらした。PADは合法的な抗議活動と主張しているが、警察・有識者はテロ容疑などに当たるとしている。
政権党プア・タイ党の広報担当、プロムポンによれば、「『タクシン創設のタイ・ラック・タイ党(2007年05月に解党処分)の役員だった111人が、インラック首相に内閣改造を迫っている。』と一部で報じられているが、そのような事実はない。」という。
これら元役員は、05月30日で公民権停止が解除されることから、政界復帰を望んでおり、このため、首相が近く改造に踏み切るとの見方が出ている。
だが、プロムポンは、「だれも首相に改造を強いることはできない。」、「近々に内閣が改造されることはない。」と明言。しかし、政界観測筋によれば、「元役員の中には、活発な動きを見せ始めている者もおり、首相に改造を迫っているのは間違いない。」
05月14日(月)不敬罪で服役していたアムポンが獄中死したことについて、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)のメンバーらが、国家人権委員会(NHRC)のアマラ委員長に対し、「人権侵害からアムポンを守ることができなかった。」と批判するとともに、人権侵害の実態を調査するよう要請。
UDDのニティワットは、「なぜか国家人権委員会は、アムポンの保釈請求が8回に渡り却下されたにもかかわらず、手を拱いていたうえ、アムポンが死んだあとも沈黙を守っている。国家人権委員会はアムポンが適切な治療を受けたかどうかを検証する必要がある。」としている。
反タクシン組織の民主主義市民連合(PAD)による2008年の空港占拠事件に関与した疑いで逮捕されたPAD幹部のカルン元上院議員が、関連容疑について警察に出頭して取り調べに応じると約束したことから、釈放された。
カルン元議員は先に東北部ブリラム県で逮捕されるのを拒んでピックアップトラック内に立てこもり、車ごとクルングテープに移送されて逮捕され、マスコミで大きく報じられた。 また、カルン元議員は朝から夕方まで事件について取り調べを受けたが、容疑を全て否認したという。警察は、空港施設の破壊や、空港のセキュリティーシステムに関する容疑についても取り調べをする予定。
05月15日(火)政権党のプア・タイ党党首のヨンユット副首相は、これまで同党は国内を5地域に分けて、それぞれの地域選出の議員から意見を聞いて党の運営などに反映させてきたが、国民の意見によりきめ細やかに対応できるよう、国内を19ゾーンに細分化することを明らかに。
地域別に行われてきた議員の会議もゾーン別に行われるという。だが、関係筋によれば、「この組織再編は、05月30日で公民権復活となる元タイ・ラック・タイ党役員111人の受け入れ、入閣をスムーズに行うことが目的と考えられる。」
5地域制のまま元役員を党に参加させた場合、その影響がはっきりし、反発や反対が出かねないが、組織再編を行うことでその影響をオブラートに包むことができると党は期待しているようだ。
05月16日(水)軍事政権下の2007年に解党されたタクシン派政党タイ・ラック・タイ党の元役員111人のうち約50人が、タイ・ラック・タイ党の後継政党である政権与党プア・タイ党の本部で会合。111人は解党にともなう参政権の5年間停止処分が今月末で解けるが、一部は政界を引退、一部は2008年末の政変で反タクシン派陣営に鞍替えしており、プア・タイ党に参加するのは50~60人と予想されている。
会合に参加したのはチャトゥロン元タイ・ラック・タイ党首代行、ポンテープ元法相、チッチャイ元副首相、ワンムハマッドノー元副首相、ポーキン元下院議長ら。元祖タクシン政党の幹部だけに、派閥領袖クラスの大物が多く、プア・タイ党は06月以降、閣僚ポストや党役職で処遇すると見られる。
「タイ・ラック・タイ党の役員だった111人が05月30日の公民権復活で政界に復帰する。」との見方が強まっているなか、元役員の1人、チャトゥロンは、「元役員が政権党プア・タイ党に参加することで党員数が飛躍的に増加する。」との見通し。
関係筋によれば、プア・タイ党内には、元役員の参加に消極的な意見もあることから、チャトゥロンの発言は、元役員の復帰がいかに党勢の拡大に役立つかを訴えることが狙いと見られる。
タイ・ラック・タイ党は実業家から転身したタクシンが本格的な政界進出を目指し設立した政党で、2001年の下院総選挙で勝利し、政権を獲得。2005年の総選挙では議席の約3分2を占め圧勝したが、2006年の軍事クーデターで政権を失い、翌2007年、軍事政権下の特殊法廷で解党。タクシン派はその後、後継政党パラン・プラチャーチョン党で2007年の総選挙に勝ち、政権に復帰したが、2008年末、同党が選挙違反を理由に裁判所命令で解党されたため、新たにプア・タイ党を結党。2011年の総選挙で勝利し政権に復帰し、タクシンの妹のインラックが首相に就いた。
タクシン創設のタイ・ラック・タイ党の流れを汲むタクシン派本流のプア・タイ党は、現在の党員数が約3万人。一方、タイ・ラック・タイ党の党員数は2005年時点で約1400万人。
タクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)が各地に開設している「赤服村」のうち、南部ソンクラー県チャナ郡の村が焼き打ちにあったことから、プラユット陸軍司令官は、「深南部とその周辺地域には赤服村を設置すべきではない。」との考えを明らかにした。
UDDは、国家、宗教、君主、憲法、民主主義を守るためとして、これまでに東北部、北部を中心に2000あまりの赤シャツ村を開設。これがタクシン派の支持基盤拡大、薬物密売やクーデターの阻止に役立っているとされる。
だが、プラユット司令官によれば、「イスラム過激派によるテロが頻発している、ヤラー、パタニー、ナラティワートの深南部3県と隣接のソンクラー県の一部では、赤服村を開設することが過激派を刺激し、テロの増加につながる恐れがある。」という。
なお、UDDは政権党プア・タイ党の実動部隊とされるが、UDD幹部のコーケウ、プア・タイ党議員によれば、「政府は赤服村開設には関与していない。」という。
05月17日(木)法務省特別捜査局(DSI)のタリット局長は、2010年の大規模反政府デモで死亡した89人の調査状況について報告し、「ここで、少なくとも25人の死は当局に責任がある。」との見方を示した。同デモは、治安部隊とデモ隊が対峙する中で衝突も起きており、また、最終的に治安部隊による強制排除で幕を閉じることになった。DSIは以前、首都圏警察に中間報告をしていたが、その際は、当局に責任がある死亡ケースは22人とされていた。
タクシン支持派団体、反独裁民主主義同盟(UDD、通称:スアデーン=赤服)は多数の死傷者が出たUDDデモの強制排除から2周年を記念し、19日正午から20日午前2時にかけ、都心のラーチャプラソン交差点で集会を開く予定。治安当局は警官1200人を動員し、警戒にあたる予定。周辺の道路は混雑する恐れ。
タクシン派は翌2011年の下院総選挙で過半数を制し、タクシンの妹のインラックを首相とするタクシン派政権が発足。このため、19日のデモが暴徒化したり、警官隊と衝突する可能性は低い。ただ、デモの死傷者に関する捜査は政権交代後も全く進展せず、不敬罪で投獄されたタクシン派市民の保釈、恩赦に向けた動きもみられないことから、タクシン派市民の一部にはインラック政権への不満が強まっている。
反独裁民主戦線(UDD)によるデモ集会実施について(5月17日現在)

1.治安当局によれば,反独裁民主戦線(UDD:通称「赤シャツ・グループ」)は,2010年にバンコク都内ラチャプラソン交差点を中心として行われた大規模デモに対する強制排除から2年を迎える5月19日(土)に同排除による犠牲者の追悼をするため,以下のとおりデモ集会を行う模様です。

●日  時:5月19日(土)14時頃~翌15日午前00時頃迄
●場  所:ラチャプラソン交差点
●人  数:数万人が参集する可能性有り

2.つきましては,上記1.のとおり,UDDによるデモ集会の影響で,デモ集会当日の早朝からラチャプラソン交差点周辺では警察による規制等により交通渋滞や人の混雑が予想されますので,報道等から最新情報の入手に努めるとともに,同交差点の周辺に近づく場合には,十分に注意を払ってください。

(問い合わせ先)

○在タイ日本国大使館領事部
 電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
 FAX :(66-2)207-8511
タクシン創設のタイ・ラック・タイ党の役員だった111人が05月30日に公民権停止が解け政界復帰が可能になることについて、インラック首相はこのほど、「プア・タイ党は元役員に対し門戸を開いている。」と明言したが、「元役員を入閣させるため近く内閣改造がある。」との見方については、「時期尚早。」と述べて、その可能性を否定。 元役員は、タクシン政権(2001~2006年)で当時のタクシン首相を支えていた人々で、ベテラン政治家も多い。
インラック首相によれば、「元役員は有能な人々で、プア・タイ党を中核とする現政権は、有能な人々の参加を歓迎する。だが、現時点では、元役員のうちだれが、現政権に協力してくれるのか、現政権にとってプラスになるかまだ決めかねている。」
05月18日(金)午前憲法裁判所は、タクシン派団体の反独裁民主主義同盟(UDD)幹部でプア・タイ党下院議員のチャトポンについて、下院議員資格の剥奪を決定。昨年07月の総選挙でプア・タイ党から立候補して当選を果たしたものの、2010年04~05月の反政府デモ関連で刑務所に収監されており、選挙投票に行かず党員資格を失っていたことが剥奪の理由。
判決の瞬間、傍聴席に詰めかけたUDDメンバーらは怒りの声を上げた。チャトポンは「今回の判決は公正さのために戦い続ける必要があることを教えてくれた。」と述べ、司法に対する不信感をあらわにした。この判決を受け野党民主党は、「プア・タイ党に非がある。」とし、プア・タイ党の解党を求める模様。
一方、チャトポンは入閣が取り沙汰されているが、下院議員であることが閣僚の条件ではないため、近く行われる内閣改造で閣僚に起用される見通し。
05月19日(土)2010年の大規模反政府デモ終結からちょうど2年となる05月19日、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)が拠点としたクルングテープ中心部のラーチャプラソン交差点に集まったUDD支持者約4万5000人を前に、国外逃亡中のタクシンはビデオリンクを通じて、「正義を実現する前に心を一つにすることが大切だ。」と強調。タクシンはさらに、性急な憲法改正やデモにおける当局の責任の明確化などの要求を自重するよう呼びかけた。
今回の集会では、UDD幹部が「殺人者を裁け。」などと当時の治安責任者などを非難していたが、タクシンの発言は対照的な内容となっている。
全国から支持者が集まり、集会参加者が道路を占拠したため、ラーチャプラソン地区周辺は交通封鎖され交通が麻痺したが、警官隊との衝突などは起きなかった。
「不正義に怒るより国民和解の実現が大事。」とするタクシンの姿勢に支持者から不満の声が出ている。 大規模反政府デモ終結からちょうど2年の経過した05月19日、タクシン支持団体の反独裁民主主義同盟(UDD)が開催した大集会で、国外逃亡中のタクシンは、「国民和解を達成することが重要。」との見方を示し、社会や法制度に抗議するのを自重するよう呼びかけた。
一方、大規模反政府デモで息子を失ったUDD支持者の父親は、タクシンの発言について、「他人より自分が大事ということを示している。」と批判。このほか、支持者の間からは、「安易な道を選ぼうとしている。」、「自己中心的。」といった意見も出ている。
05月20日(日)法務省特別捜査局(DSI)のタリット局長によれば、最大野党の民主党がウエストウオーターグループ社から不正な献金を受けていた可能性があり、DSIが現在、捜査を進めている。この疑惑は、先に議員失職となったチャトポンが指摘したもの。
によれば、「憲法では政府が株式の50%以上を保有する法人は政治献金が禁止している。ウエストウオーターグループも政府が株の過半数を保有しているものの、民主党に100万Bの献金を行った。」とのこと。
東北部ウドンタニー市で市長選が行われ、現職のイティポン市長がタクシン派与党プア・タイ党推薦のソムポン副市長を破り再選。得票数はイティポン市長2万8384票、ソムポン副市長1万9108票。投票率は57%。
プア・タイ党は04月に行われた中部パトゥムタニー県の下院補欠選と県長選挙、05月05日の北部チエンライ市長選、そして今回のウドンタニー市長選と、地盤とされる地域で敗北が続いている。
05月21日(月)2010年の大規模反政府デモでデモ隊と治安部隊の衝突を取材中に銃撃され死亡したトムソンロイター通信のカメラマン、村本博之さんの死因審問が、クルングテープ南刑事裁判所で開かれ、村本さんの弟が証言。
今回の審問では、村本を含む3人の死亡例が取り上げられた。村本の弟は、「真実を知りたい。何が起きて、誰が兄を殺害したのか知りたい。」などと述べた。なお、大規模反政府デモにおける死亡事件については、07月02日に次回の審問が開かれ、56人が証言することになっている。
05月23日(水)ステープ民主党議員(元副首相)は、不敬罪に問われていたタクシン支持団体、反独裁民主主義同盟(UDD)幹部のチャトポン元プア・タイ党議員を法務省特別捜査局(DSI)が不起訴としたのは不当として、DSIのタリット局長とプラウェート副局長の責任を追及すべく国家汚職制圧委員会(NACC)に調査を要請。
ステープ議員によれば、「タリット局長とプラウェート副局長は当初、チャトポンが反王室勢力から支援を受けていたなどと繰り返し発言していたが、タクシン派のインラック政権が誕生したことから、掌を返したように態度を変え、チャトポンを不起訴とすることを決めた。政府による司法への介入が疑われる。」
05月24日(木)2010年の大規模反政府デモの犠牲者遺族・負傷者522人余りへの賠償金支払いが開始されたが、国への訴訟取り下げが受給条件であることが判明し、一部から強い不満の声が上がっている。
国を相手取って民事訴訟を起こしたのは75人に及ぶが、その多くは訴訟を取り下げて賠償金を受け取ることに同意している。だが、裁判による事実関係の解明、正義の実現に期待していた一部遺族は、「政府は政治課題である国民和解の実現を優先し、遺族の感情を蔑ろにしている。」などと批判し、賠償金の受け取りを拒否している。
タクシンに対する実刑判決の無効化などを含む「国家和解法案」が30日に国会審議入りする見通し。野党民主党、市民団体、民主主義市民連合(PAD)といった反タクシン派陣営は一斉に反発し、PADは30日に国会議事堂近くで反対集会を開く方針。
法案は下院の国家和解検討委員会(委員長、ソンティ・ブンヤラカリン元陸軍司令官)が取りまとめ、24日に下院に提出。
法案の骨子は①2005年09月15日~2011年05月10日に起きた政治集会や政治的な意見表明による法律違反と、政府によるこれらの取り締まりに際した法律違法について、全ての刑事責任追及を中止し、すでに出た判決を無効とする。②2006~2007年の軍事政権が設置した組織による司法案件の刑罰を無効とする。③役員を務める政党の解党で5年間の参政権停止処分を受けた政治家全員の参政権回復する。の3点。
ソンティ元司令官は2006年09月の軍事クーデターでタクシン政権(2001~2006年)を追放し、軍事政権を樹立した人物で、軍政の命令を否定する法案を自ら提出するという皮肉な役回りとなった。ただ、ソンティは反タクシン派の特権階級から命令を受けクーデターを実行し、渡されたシナリオ通りに行動しただけとみられ、2007年には軍を定年退官した。今回はクーデターの際に自らが「反王室の腐敗政治家」と呼んだタクシンのために一肌脱ぐ形となった。
タクシンは国外滞在中の2008年、首相在任中に当時の妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受け、その後は投獄を避けるため、タイに帰国せず、主にドバイに滞在している。2010年02月には一族の資産約470億Bが不正蓄財として国庫に没収され、これをきっかけに、03~05月のタクシン派市民によるクルングテープ都心部の占拠、死者91人、負傷者1400人以上を出した治安部隊との衝突に発展。タクシンへの実刑判決と資産没収はいずれも軍政が設置した組織による調査の結果で、和解法が施行されれば、②により、無罪放免、資産返還となる見通し。①に関しては、不敬罪も対象になる可能性があり、その場合、不敬罪で逮捕、投獄されたタクシン派市民が出獄することになる。
和解法案に対し、野党民主党は「和解ではなく、タクシンに利するだけ。」、「司法制度の破壊。」(アピシット党首・前首相)と反対の立場を明確にしている。
タクシン派インラック政権は、タクシン政権を追放した2006年の軍事クーデターから2010年のタクシン派によるクルングテープ都心部占拠に至る政争で死傷した、もしくは逮捕・拘束された人に対する補償金の支払いを開始。初日は遺族ら524人に5億7766万Bが支払われた。
今回の補償は01月の閣議で決まったもので、予算総額20億B。死者の遺族には葬儀代などを含め775万B、負傷者には22.5万~660万Bと治療費、逮捕・拘束され不起訴になった、もしくは無罪となった人にも拘束期間に応じ補償金を支払う。タイでは交通事故で死亡した場合、数万から数十万Bで示談となることがほとんどで、今回の補償金が異例の高額になったことについては、多数の死者を出したタクシン派市民に対する、タクシンからの税金を使った報償という見方が出ている。
05月25日(金)プミポン国王は、2009年09月から入院しているクルングテープ都内のシリラート病院を出て、約90㎞離れたアユタヤ県を車で訪問。シリキット王妃、次女のシリントン王女らが同行し、現地でインラック首相、アユタヤ県知事らが出迎えた。沿道には多数の国民が詰めかけ、「国王陛下万歳。」と声を上げた。沿道に徹夜で泊まりこむ人や地方から駆けつけた人の姿も見られた。
国王一行はアユタヤで、アユタヤ王朝時代にビルマ軍とタイ軍が戦った古戦場、地元産品の販売場、貯水池などを視察し、アユタヤ王朝時代を模したゾウや舟のショー、コンサートなどを楽しんだ。国王は車椅子に乗り、濃緑色の軍服姿だった。
インラック首相は国王が1996年に田植えを行ったアユタヤ県内の土地約1.2haを地主から私費で買い取り、国王に献上。



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