小選挙区は「天敵排除法」                      岡野加穂留
■1 「天敵排除法」の恐ろしさ

 代表制デモクラシーの存在のためには、強い反対党が必要である。

 日本は、西欧社会のように政権交換能力を持った議会主義に基礎を置く反対勢力などを排除する極めて危険な「天敵排除法」を成立させたのである。

 太平洋戦争の敗戦後は、政治的自由主義が認められ、現憲法の施行によって日本は、左翼から右翼に至るまでの諸思想の存在が認められる多元社会に生まれ変わった。

 1994年1月に、小選挙区制(衆議院可決・参議院否決)を強引に導入するまでは、49年間の間、中選挙区・単純多数一回投票制度を施行していた。この制度は、多種多様な思想や組織を政治に反映できるシステムとしての機能に有効性が有った。人が作り人が運用する制度に完ぺきなものはない。それ故に制度改革よりも、制度を悪用し、汚職・スキャンダルの泥沼に使っている政界人自体を問題視しなければならない。だが、巧妙なすり替えの論理で、中選挙区が総て悪いというスケープ・ゴート(政治的犠牲)を仕立て上げた。
 
2 日本には「ポリティカル・パーティー」が無い

 小選挙区制度は、戦後の日本のような組織構造をもったところでは、民主化を促進する手段にはならない。つまり、西欧社会と比較研究してみると、明らかに大きな相違点が見られる。我が国は政治改革の基本である議会制度、政党組織、選挙制度の三点を同時改革せずに、ひたすら選挙制度だけを問題視した点である(詳しくは 著『政治改革』東洋経済新報社刊を参照)。

 現代政党の自立性と民主的構造は、党員率(有権者中に占める党費納入党員の割合)によって決まる。その率を高め、専ら党費や党刊行物などで党財政の自主権を確立する努力が必要である。日本の政党は近代(現代以前)政党にもほど遠い存在なのである。日本には、団体徒党を組んで集団強訴するグループはあっても、西欧的概念での政党(ポリティカル・パーティ)は無い。西欧社会の保守主義政党を基準に考えると、自民党の規模ならば、日本の有権者総数から単純に割り出してみても、党費納入党員は少なくても、一千万人ぐらいがいないと現代政党とはいえないのである。他方、国会は愛も変わらず目に見えた改革すらしていない。デモクラシーでは、この三つの制度が有機的に絡み合う中で、適切な審議過程が展開される。選挙制度だけで改革の火の手を上げた所に、政界疑惑の意図が感じられる。また、この改革のねらい(正確には特定グループの政治的な陰謀と言っても過言ではあるまい)を批判し、その中に含まれた政治的もくろみを読者に訴える努力を怠り、改悪の世論形成に片棒を担ぐために奔走したマスコミ・ジャーナリズムのもつ権力への迎合性も、厳しく糾弾されなければなるまい。

3 選挙制度と政党制は関数関係

 小選挙区制は、戦後日本社会の世論を代表するには適切ではなく、多元的価値観を政治に反映するには、ふさわしい制度とは言いがたい。健全な多党制には、北欧型の大選挙区比例代表制(ラグ方式)か以前の中選挙区(単純多数一回投票方式)がふさわしい。にもかかわらず、国会は、極めて悪質な政治的な意図を持った集団のリードで、希代の悪法を成立させたことになる。

 選挙制度と政党制(一党制・二党制・三党制・多党制・群小政党乱立性など)は、数学的に関数関係にある。選挙制度が独立変数であり、正当性が従属変数になる。故に、デモクラシーの運命は、選挙制度の採用の仕方に懸かって来る。民主的な政党制度を崩壊させ、独裁主義や全体主義体制に、議会の審議過程を多数派で牛耳り、思うままの選挙制度を作り出すことは可能である。独裁者が我が気に食わぬ政党をつぶすこともできる。選挙制度は間違いなく政治制度を決定し、政治そのものの運命を左右できるのである。

 現代政治史がその事実を記録している。選挙制度を巧妙に利用したヒットラーは、自由主義者らを弾圧しナチス全体主義体制を構築した。大日本帝国時代には、政党や労働組合を壊滅させ、近衛新体制下で大政翼賛会を作った。イタリアは、ムッソリーニのファシスト党によって独裁主義政権を成立させた。これらの独裁政治は、デモクラシー体制に『日・独・伊三国同盟』で宣戦したが、政治的自由主義国家が勝利を手にした。同じ事は、ソビエト社会主義共和国を崩壊させたスターリン独裁体制にもいえる事例である。 

 デモクラシーの運営には、民衆の高度な政治意識と共に、デモクラシー体制の”三種の神器”(議会・政党・選挙)が、民主的代表制の原理に従って動かなければならない。そのための慎重なシステムづくりが大切になる。特に、自由主義を原則とする代表制デモクラシーを擁護するには、政治的遺伝子の組み替えの際に果たす選挙制度の役割を重要視しなければならない。政治改革とか行財政改革は、社会変動に対応して進めるべきではあるが、大前提は、改革の彼方にどのような社会や国家像を描いて行うのか、という視点を充分に考えなければならない。このような観点からの論議はほとんどされなかったし、当然、総選挙の主題にもならなかった。
 
■4 「ええじゃないか!」と政治的催眠
  
 竹下内閣は”政府御用達”の人を集め「賢人会議」を発足させた。明らかに、小選挙区実現のための”仲良しクラブ”の発会式であった。彼らは、政治改革の「錦の御旗」を掲げ、実は小選挙区制実現のために、選挙制度改革の方向に少しずつ論理をずらし、種類の多い選挙制度を充分な時間をかけて比較検討もせずに、小選挙区制実現に焦点を明確に絞っていった。「政治改革」の中身は、驚くなかれ初めから小選挙区実現だけであった。各界の根回しと世論操作を巧妙に仕立てた。そのために、新聞とテレビの動員をした。更に、力と数を鼓舞するために労働組合の大衆動員を利用し、幕末もどきの政治的「ええじゃないか」運動を展開したことである。「政治改革ええじゃないか!」「選挙改革ええじゃないか!」そしてついに「小選挙区ええじゃないか!ええじゃないか!ええじゃないか!」と、”命令”のまま行動をする政治的な暗示と催眠作用を駆使して、大衆の感情を扇動し、国を挙げて集団ヒステリー状況に持っていった。賛成派には改革組!反対派には守旧組!のらく印を押した。意図的に作られたものではあっても、世論の反撃を恐れた国会議員たちは、当座の解決策に「ええじゃないか」の狂喜の乱舞の輪に入って行った。
 
5 「独裁大政」奉還建白書?

 海部内閣時代の「第八次選挙制度審議会」には、「賢人会議」のメンバーが中心になっていた。バブル崩壊も予想できなかった床屋政談紛いの貧弱な知識の財界人や、プライドと気概を忘れたマスコミ人、選挙制度の初歩的な知識すら持ち合わせていない”御用学者”の大学教授、それに労働者の原点を当の昔にかなぐり捨てた組合”貴族”らが、”共同謀議”と見え透いた委員会審議と称する”談合”を重ね、「天敵排除法」を答申したのである。初めから小選挙区の結論有りきであった。その政治的なシナリオは、慎重に練られた。シナリオ通りに演技をする体制順応型の”操り人形”だけで組織を固めた。自律主義で行動する真の自由主義者らは、当初から排除された。

 「中選挙区では、政権の交代はない・・・」を明記した審議会の答案の内容は、政治学の年末試験の答案なら確実に落第点であった。委員連中のデモクラシーに関する初歩的な政治知識すら無い無能さと、ズル賢い政界人らに見事にはめられたことすら分かっていないノー天気人間の”悲劇”的な姿が、映し出されていた。つまり、日本お将来に特定集団による”独裁大政”実現のためのいわば”建白書”の”奉呈”のごとき「ポンチ絵」であった。お粗末な制度変更は、「諸刃の剣」になる。事実、それが短時日も置かずに、政治改革ではない政党の離合集散、小党乱立、政治的「ホームレス」現象、更に、「自自連立」を生んで行く結果になった。
 
6 悪魔のシナリオ

 1991年11月23日の全国紙の朝刊数紙を見て私はがく然とした。「自民党竹下派会長の金丸信氏は22日の夕刻、千葉県浦安市のホテルで開催された同派衆議院議員の講演会であいさつし、田辺誠社会党委員長に対し、来年の参議院選挙後、連立政権を樹立するよう打診した事実を明らかにした。

 金丸氏によると、田辺氏に対し『社会党の左を切ってほしい。自民党の全部が一緒にならなくてもわれわれ同志が一緒になるから来年の参議院選挙が終わったら社会党、公明党、民社党から大臣を内閣に入れ、連立内閣をつくろう』と述べたという。金丸氏は政界再編成が持論で、講演などで度々社会党に連立を呼び掛けているが、時期を特定し、田辺氏に連立を持ちかけていたことはこれまで公にされていなかった。

 政界再編成については金丸氏と極めて近い竹下元首相も、民社党の大内委員長に対し『来年の参議院選挙後すぐ始める』と同様の考え方を伝えており、金丸氏の発言は再び政界再編成論議に一石を投じる事になろう。

 金丸氏は連立政権成立後の政界の在り方について『政権というものはこうゆうものだと野党の諸君に分かってもらった上で、切さたく磨し、その次が小選挙区制の実現であり、それによって二大政党制という問題となってくるのは政治の在り方だ』と述べた。」

 西欧と日本の政党構造を、「与党」対「野党」の観点から長期間にわたって”臨床政治”学的に比較研究をしているが、自民党と社会党の関係には、西欧式の政党人としてのき然たる姿勢というものが一般的に行って見当たらない。例えば、国会対策委員会や議員運営委員会での、妥協・話し合い・取りまとめの手順や考え方の中に、日本式政治風土から醸成した実利的で、似通った共通の政治体質が見られる。ここで、「大人」の自民党が、あらゆる手練手管を駆使して、「子供」の社会党らを手なずけて行く過程が作られて行く。

 金丸氏の浦安発言はその一つだ。「政局安定・政界安定」の殺し文句で、巧妙に場面設定をする。その筋書きのねらいは、保守グループ単独による支配体制の確立にある。この種の政界人の頭の中には、西欧の政党理論や政権の交替とか、行為の結果責任から生ずる政治の責任というデモクラシーを支える重要なキー概念が、当初から理解されていないのである。

 金丸談話は、”せめて与党”になりたい社会党を初めとする疑似野党をうまく取り込んだ。金丸論理を構成する連立・左翼排除・小選挙区制・保守二党制による保守権力の安泰体制の確立というスキームは、着々と実現していくことになる。
 
7 疑似連立内閣の出現

 「金丸シナリオ」には、時々、政界アドリブが挿入される。舞台でベテラン役者が、観客の反応を見て、とっさの間に筋書きの中に繰り込ませる”観客”(有権者)のストレス解消のための台詞だ。細川内閣や村山内閣は、まさに、”アドリブ内閣”であった。”アドリブ”はあくまでも”アドリブ”であって、シナリオを食ってしまうことはないのである。

 1993年7月22日、衆議院総選挙での自民党の過半数割れの責任をとる形で、宮沢首相は退陣を表明した。8月9日には、細川日本新党代表を第79代首相に指名し、38年間続いた自民党政権に代わる細川連立内閣が発足した。山花社会党委員長を政治改革担当相、武村新党さきがけ代表を官房長官に、羽田新生党党首を副総理・外相、石田公明党委員長を総務庁長官、大内民社党委員長を厚相、江田社民連代表を科学技術庁長官に据えた。金丸のシナリオの「第一幕」の開幕である。「55年体制の崩壊!政界再編成スタート!」とマスコミは書き立て世論を沸かせた。いや現実には、隠されたシナリオに乗せられたのはマスコミ人であった。薄っぺらな「インテリやじ馬のロマンチシズム」(マックス・ウェーバー)の身上に浸るジャーナリストの脇の下を、老かいにもくすぐったのである。

 疑似連立政権の基盤は、社会(衆議院議員数76名)、新生(60)、公明(52)、さきがけ・日本新(52)、民社(19)及び社民連並びに参議院の民主改革連合の8党会派の連合であった。細川首相は就任後初の所信表明演説(8月23日)で、新政権を「政治改革政権」と位置づけ、衆議院に小選挙区比例代表並立制導入を年内に一括成立させる決意を強調した。ここで、「金丸シナリオ」は着々と実現の方向に向かい、自民党田中派と政治的”同郷”である新生党に依存する政権運営を軸に、更に外務・大蔵・通産の「主要三閣僚」を新生党で占めた。

 シナリオの巧妙さは、社会党の抱き込み作戦であった。これに応じた社会党は、自らのばん歌を書くことになった。選挙制度改革国会で、政治改革関連法案を成立の為に、敢えて山花社会党委員長を法案推進の政治改革担当相に据え、同じく佐藤観樹を選挙制度担当事務当局である自治相に充てた。

 シナリオは更に一層巧妙に書かれた。首相指名に先立って行われた衆議院議長選挙では1976年の「保革伯仲」国会以来、第一党から議長、第二党から副議長を出してきた慣例が有る。この自民党の慣例論に対し、連立与党側は「政権党から選出すべきだ」と主張し、異例の投票によって土井たか子元社会党委員長を選出した(投票総数503。土井たか子264、奥野誠亮222、山原健二郎15、白票2)。副議長は与党も自民党鯨岡兵輔を一致して押した(投票総数506。鯨岡477、白票29)。野党の自民党は、シナリオを充分に読みこなしていたと考えられる。でなければ、94年4月の細川内閣退陣、次いで羽田内閣誕生、そして2カ月後の6月に自民・社会・さきがけ連立の村山内閣が誕生するはずがないのである。

 小沢一郎新生党代表幹事や、市川雄一郎公明党書記長らの連立政権つくりの中核となった連立与党幹部は、政治改革問題での利害対立に雑居の与党内部の調整が、対野党対策の基軸となることを理由に入閣はしなかった。この種の読みは、自民党系以外は出来にくいように思われる。かくして、「天敵排除法」のおぜん立ては整えられたのである。
 
8 「天敵排除法」棚上げ臨時措置法

 1993年2月17日、東京佐川急便事件などで竹下登元首相・小沢一郎元自民党幹事長が衆議院予算委員会に証人喚問された。金丸副総裁は佐川献金事件で辞任し、竹下派の会長争いで破れた小沢一郎は脱党して93年6月に新生党を結党した。同月、衆議院本会議で、野党各党と与党の自民党から羽田派34人に他派閥5人も加わり賛成255、反対220で宮沢内閣不信任案を可決した。総選挙での過半数割れで宮沢退陣となり、細川・羽田・村山・橋本・小渕とつづく。汚職・離合集散はあとを断たない。

 比例代表をクッションにした小選挙区制は、レッテルは違うが中身は同じの二党型「一党独裁体制」の樹立をねらっている。西欧のように小選挙区が民主的に作動する政治的・社会基盤は日本では未成熟である。「天敵排除法」の作動を止める手順として、都道府県市町村の自治体議会で小選挙区制廃止ないしは施行棚上げ決議をして、国会に突きつける時期に来ている。国会もそれに答える責務ががる。明日の天気は変えられないが、明日の政治は変えられるのであるから。

『軍縮問題資料』1999.1 No,219 宇都宮軍縮研究所 P58-63



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