労働Gメン・・・・・・「労働基準監督官」として働く国家公務員。

その仕事を一言で言えば、「労働基準法などの労働保護法規を施行する公務員」ということになります。

 一線で働く監督官は全国で2000人くらいです。

 会社を抜き打ちで臨検し、労働条件や安全衛生管理について調査し、法違反を指摘してその是正を勧告するのが主な仕事ですが、労使間のトラブル処理や、重大な災害の調査、悪質企業の摘発・書類送検なども仕事の内です。法的には、「自由に会社へ行き、帳簿の提出の 指示や、尋問ができる」 など、警察官よりも強い権限があるのですが、如何せん人員が足りず、
で 会社に赴き、一人で各種帳簿や機械・設備を調査し、改善を勧告するのです。
 言うことを聞いてくれる事業主ばかりではなく、法違反の是正を説得するのに苦労することも多いのです。



< ジャポニカ 大百科事典 抜粋>

労働基準法が定める労働条件の基準(最低労働条件)の実効を確保するための監督行政を担当している国家公務員。
労働省労働基準局、都道府県労働基準局、労働基準監督署
(1988年346署)という系統の行政組織の構成員をなしている。

<沿革新>
イギリス
労働基準監督官の前身は工場監督官で、1833年工場法に
よって最初に有給で、専門に監督官が任命された。
……中略………
これまでに制定された工場法は、いずれも有給の工場監督官制度を設けていなかったため、使用者によって無視され、事実上、死文に等しい状況にあった。この監督官は工場法の違反を防止し、摘発するために工場への立入調査権を持ち、また、工場地域の住民の状態を調査し、その改善策を提案するために、政府に定期的に報告書を提出した。新たに設置された監督官は献身的に活動することによって、労働条件の改善と向上に大きく貢献した。

<日本>
明治44年に制定された日本の工場法は、極めて規制水準が低く、しかも有効な監督機構を欠いていたため、事実上死文に等しい状況にあった。
第二次世界大戦後に制定された労働基準法は、規制内容を当時の国際基準に近づけるとともに、法律の実効を全国一律に確保するために、労働省直轄下に労働基準監督官を配置し、監督機構を整備した。

<権限>
労働基準監督官はその職務を遂行するために次のような権限が与えられている。
第一に、監督官は事業場、寄宿舎、その他の付属施設を臨検し、労働条件に関する帳簿や書類の提出を求め、また労働者もしくは使用者を尋問することができる。
第二に、監督官は労働基準法違反の事件に関する限り、刑事訴訟法に定める
司法警察員として職務権限を行使することができる。
第三に、事業場が安全及び衛生に関して定められた基準に違反している場合、その使用の停止、変更その他必要な事項を命じることができる。
・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・

<問題点>
以上のように労働基準監督官には非常に強い権限が与えられているが、戦後、適用事業場数、労働者数が著しく拡大してきたにもかかわらず、監督官の定員増が抑制されてきたため、十分な監督行政ができない状況にある。
1943年と80年を比較すると、事業場数は6.3倍に増加しており、労働者数も3.9倍に増加している。
他方、監督官定数は僅か1.3倍にしか増加していない。
この結果、監督官の臨検監督実施率は1948年の35.7%から79年の5.7%へと、著しく減少している。
このため、現行定員では20年に一度しか同一事業場を臨検できないといわれている。
また、業務量が膨大になってきているにもかかわらず、事務官の定員は相次いで削減され、この面からも監督官の職務遂行は大きく阻害されてきた。
このような監督官の絶対的不足が、労働者の権利意識の低さと結合することによって、我が国において労働基準法違反が跡を絶たないという状況を生み出してきた。
ILO(国際労働機関)の勧告に従って通常の事業場に対して1年に1回臨検するためには、大幅な定員増が必要である。また、生産技術の発達にしたがって、その職務内容も年々複雑化しているので、専門官にふさわしい研修制度の充実も必要である。