ストラディバリウスはほんとに名器?

前回の、大江健三郎vs踊るマハラジャ、についてちょっと。
この日記の反響があちこちからありまして驚いています。私の意見に共感するメールやら電話やらを頂きました。

みなさん、一様にインドのマサラムービーをNHKで放映していることに驚き、初めての人もそうでない人も、等しく「ムトゥ」に魅せられてしまったようですね。そして大江氏の出ていた裏番組の虚しさを指摘する声が小さくありませんでした。
そうなんです。現代は思想家が大衆を啓蒙できる時代じゃないんですよ。大江氏の発言で、そのことがよくわかりました。

21世紀は思想が死ぬ時代です。

さて、先週の日曜にテレビ東京の番組「なんでも鑑定団」の再放送を見ていたら、4本のヴァイオリンの中から本物のストラディバリウスを探し出す、というコーナーがあって、面白かったのでその感想を書きます。

4本のうち3本は良くできたレプリカで、1本が本物。それぞれの見た目と生演奏を聴いた印象で決めるのですが、結果は以下のとおりでした。

1番・1億円   1689年製、本物   投票者1人
2番・30万円  フランスの量産品、    2人
3番・200万円 国産の高級品、      3人
4番・700万円 18世紀のフランス製、   0人

ちなみにテレビからの音質ではよくわからなかったのですが、私は3番じゃないかと思ってはずれました。

この3番の投票が一番多かったということは、普通に考えると、音の良し悪しは素人には分からない、ということなんでしょうけど、別の考え方をすると、ストラディバリウスは聴衆にとって必ずしも良い音ではない、とも言えるじゃないでしょうか?

ヴァイオリンの場合、楽器の音色は演奏者がまず第一の選定者ですね。次にお客が楽器の音と演奏者の腕前をプラスした音を聴いて演奏会が成立し、音色にうっとりしたり、技量に驚いたりするわけです。演奏会はそれに先だって鑑定家がいちいち音色の良し悪しを評価してから始められるわけではありませんし、音楽は聴衆のものですから、みんなが聴いて良い音がする、と感じられる楽器だって、充分に優秀だと思うんですけど、どうでしょう?

ごく一部の聴き比べが出来る立場にある専門家が、ストラディバリウスは名品だと支持するから大衆もそう思ってしまうだけで、名器だからすぐれた音楽が発生するはずはないですし、番組では3番目の楽器に一番人気があったんですから、その楽器でコンサートを開いても、お客は充分に納得できるのではないでしょうか。

それにしても、一位と二位の価格差が9800万!一体どこにそんな違いがあったのでしょう?私には理解不能でした。

昔、芸大の海野元教授が業者からワイロをもらった容疑で逮捕起訴されるという事件があって、そのときにはガダニーニという名器が取り沙汰されていました。で、それでNHKが特別番組をつくってヴァイオリンの音色の聴き比べ実験をやりました。

審査員は音楽評論家、N響団員などの専門家ばかり数名。弾き手はストラディバリウスを愛用している江藤俊哉氏。数本のバイオリンがカーテンの向こう側で審査員には見えないように演奏され、私の記憶が正しければ、結果は国産高級品が1番、ストラディバリウスが2番でした。驚くべきことに、専門家の耳ですら名器の音が分からなかったのです。

番組では高価な名器への疑問が投げかけられ、江藤氏がそれに対して、実際に弾いてみるとストラディバリウスの素晴らしさが良く分かる、という主旨の反論をして終わりました。つまり弾く者には良さが分かるけど聴くだけじゃ分からない、という結論ですね。(もし私の記憶が間違っている場合にはメールください。)

つまり、このNHKの番組と、なんでも鑑定団では、ほぼ同じ結果が出たと言っていいでしょう。ですから、聴衆にとってストラディバリウスは必ずしも良い音ではない、ということが証明されたのではないでしょうか。にもかかわらず、値段が凄まじく高価なのは何故でしょう?確かにストラディバリウスなら音色の良さが保証されている、という信用がありますけど・・・・

例えば1億円の貴金属と200万円の貴金属を比べてごらんなさい。その違いが分からない人はいないでしょう?でもヴァイオリンの品質について、基準が国際的に決められているわけじゃありません。ましてや9800万円もの価格差の客観的な根拠なんてありません。よく考えてみれば私には非現実的な価格差だと思われます。ストラディバリウスの歴史的かつ骨董的価値は高いでしょうけど、誰が聴いても良い音がするわけではない楽器に、それほどの価値を与えるのは行きすぎではないでしょうか?

それに、江藤氏が言うように、ストラディバリウスは演奏者の気持ちに良く反応してくれるから名器だ、という声を根拠とするなら、一般に売られている非名器の中に、もしそのような良い楽器が見つかった場合、江藤氏の意見はすぐに破綻してしまいます。

クラシック業界だって商売なんだから、プロスポーツ選手の年棒みたいな値段を楽器につけて、お客に「夢」を売りたい気持ちがあるんでしょうし、実際、専門家は名器を神格化することで、相対的に専門家の地位向上も期待できるので、そんな非常識な値段をつけるのだと思います。神格化する以上、一般には手の届かない非現実的な価格設定が必要なんですね。1億円ときくと驚いてしまいますが、よく考えればこの程度の話です。

実はこの現象は、名器を崇め奉るという意味で宗教的な共同幻想です。そして、金銭欲のある人なら誰もがその値段に象徴される幻想に酔いしれ、夢に触れてみたいと願うのです。1億円という宝くじのような丁度いい値段に設定されているのはそのためです。逆に言えば、音楽の本質とは無関係なところで、夢を見たい人達みんなでこの価格を決めているのかもしれません。そう、ヴァイオリニストも含めて。

今、思いつきましたが、いわゆる名器と非名器の銘をふせて、多数の演奏家を招いて弾き比べをさせてたら、どんな結果が出るでしょうか?とても興味ありますねー。ストラディバリウスを扱っている日本財団にやってもらいたいなー。

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