2009 shelf 1


著者名 タイトル 出版社
10 丸山健二 水の家族 求龍堂
9 スティーブン・キング リーシーの物語(上・下) 文藝春秋
8 打海文三 覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪 角川書店
7 イタロ・カルヴィーノ 冬の夜ひとりの旅人が ちくま文庫
6 伊坂幸太郎 モダンタイムス 講談社
5 堀江敏幸 雪沼とその周辺 新潮文庫
4 松浦理英子 犬身 朝日新聞社
3 松尾由美 スパイク 光文社文庫
2 貴志祐介 新世界より(上・下) 講談社
1 畠中恵 しゃばけ 新潮文庫



























    しゃばけ(2008.12.10)
畠中恵   新潮文庫


 江戸の賑やかな通りに店を構える大店の跡継ぎ息子・一太郎。頭がよくて二枚目なこの若だんな、けれど体が猛烈に弱い。そんな若だんなを心配して祖父が幼い頃につけてくれた二人の兄やは実は妖(あやかし)。若だんなは子どもの頃から妖たちに囲まれて、それを当たり前に思っていたのだった。そんな一太郎がある晩こっそり家を抜け出して、その先でなんと人殺しに遭遇。江戸に起こる不可解な連続殺人事件のそれは発端だった…。

 時代小説と、ファンタジーと、ミステリが絶妙な具合に融合していて読んでいてとても楽しかったわ。若だんなが素晴らしい。すぐに寝込んでしまう自分の体の弱さを厭い、周囲の人には素晴らしい心遣いを見せ、人間達にも妖たちにも好かれている若だんな。妖どうしの掛け合いも楽しいし。
 こういう人情モノって現代ではもう成立しづらいし成立しても嘘くさいものなのに、江戸時代だとなんでこうもしっくりくるんでしょう。w

 そういえばファンタジーノベル大賞では『金春屋ゴメス』も江戸もの(まあちょっと違うとは言え)だったけれど、わたし的にはこっちの方がずっと好きかもー。

 読み終わってほっこりした気持ちになれました。
 ラストもわたしはこういうあっさりした終わり方の方が好きだなあ。


    新世界より(上・下)(2008.12.13)
貴志祐介   講談社


 上下巻と分厚いけれど2段組じゃないしリーダビリティも高くてサクサク読めた。

 古代文明が滅びて千年後の世界。早季たちが暮らす神栖66町では、子ども達は幾つかの学校に同じ年に一斉に入学するが、卒業はさみだれ式。あるきっかけが来なければ卒業資格を得られないからだ。文明はわたしたちの現代よりも思い切り退化しているけれど、人間は呪力を得てそれに頼った生活をしており、暮らしに不便は感じていない。大人達が堅く子どもに禁じているのは、町をぐるりと取り囲んでいる八丁標(はっちょうじめ)をけして踏み越えないこと。外の世界には呪力を持たない子供にとって危険が満ち満ちているという。子どもの頃から教え込まれるのは「悪鬼」と「業魔」という恐ろしい存在。彼らはその存在に疑問をもっているが…。

 まるきり違う生態系は非常にしっかり作り込まれている。特にバケネズミは唸るほどすごいわ。人間が捨ててしまった科学技術を少しずつ取り戻そうとしているバケネズミたちと、すっかりすべてを呪力に頼った人間たち。

 でも、わたしは一気に読み終わった後、なーんか騙されたような気がした(苦笑)。やや冗長な上巻では早季たちの子ども時代が丹念に描かれる。そこでは完全に管理されているけれど、大人の教えるこの世界に疑問を抱く子ども達と、子ども達を恐れ、管理することでこの世界を守ろうとする大人達の対立が描かれているはずなのに、下巻に入るとその対立はすっかりうやむやにされ、いつのまにやら人間とバケネズミという対比にすっかり構図がシフトしているのだ。あまつさえ、子ども達は成長してすっかりと大人になってしまう。ある意味斬新すぎる展開。上巻と下巻では、登場人物が共通するまるきり違う物語を読んでいるよう。この違和感を誰も感じないのかしら…。

 大人達のやっていることの土台となるのは「必要悪」。「必要」だけれどやっぱり「悪」。子ども達は純真だからこそ、そこに「悪」を感じ取るはず。でもでも、たしかに「必要」なのだ。そのジレンマ、それを叩き壊すことこそが子どもたちの役目なんじゃないのー? すっかり清濁あわせのむ立派な大人になる子ども達って、魅力的じゃないー!


    スパイク(2008.12.15)
松尾由美   光文社文庫


 初松尾由美。

 飼い犬のスパイクと一緒に下北沢に住む緑は、ある日散歩の途中でスパイクとまったく同じ種類、かつそっくりな犬を連れた同い年の幹夫に出逢う。お互いの犬のあまりのそっくりさをきっかけに、ハンバーガーショップの表のテーブルで一緒にコーヒーを飲んだそのひとときは緑にとって舞い上がるような幸せな時間だった。別れ際にお互いの連絡先を交換し、再開の約束を交わして別れたふたり。ところが約束の日、幹夫は現れなかった…。

 まずビックリしたのはこれがSFだったということだ!
 いやSFと言っても設定が若干SF、というくらいでミステリの割合が高いんだけれど。これはかなり意表をついた話だなあ。実は結構複雑な設定だと思うのだけれど、それがものすごくわかりやすく説明されていて小難しさを感じない。

 とにかく犬のスパイクの魅力は異常。わたしも以前ビーグルを飼っていたんだけれど、なんかわかるわ、そうそう、ビーグルって感じ、スパイクって。w スパイクと緑のコンビが素晴らしい。

 ラストはわたしには全然予想がつかなくて、うわーそういうことなのか、と思うとほんのりと切ない。

 わりと甘〜い軽〜いお菓子のような口当たりの作品なんだけれど、上品で、ふんわりしていて、ちょっと切ない酸味が含まれていて、んー、遠子先輩風に言うならレモンメレンゲパイ?みたいな。w

 ベタ甘じゃないところがとってもステキな読了感だったわ。


    犬身(2008.12.17)
松浦理英子   朝日新聞社


 初松浦理英子。

 自分を「種同一障害」だという房恵。犬を心から愛し、人間ではなくて犬に生まれたかった房恵は恋愛感情を持ったことがない。房恵と学生時代の友人・久喜とが二人だけで発行している地方の情報誌の取材で知り合った陶芸家の梓は、愛犬と二人だけで丘の上に住む、房恵にとっては理想の飼い主だった。彼女と親しく話すきっかけを得た小さなバーの、不思議なマスター・朱尾は、そんな房恵に「魂を渡すかわりに梓の犬にならないか」という不可解な話を持ちかける…。

 帯にある「あの人の犬になりたい。」という惹句。わたしはきっと、これは飼い犬のように一人の男に献身的に尽くす女の官能的な物語なんだと思っていた。その期待はかる〜〜〜く裏切られたわ。こ、これは…!

 房恵が辿る数奇な運命。
 第二章からはもうおもしろくて読む手が止まらない。まるで2ちゃんねるの家庭板のような話の展開に下世話な好奇心がウズウズ。w ドロドロだ! なんてドロドロなんだ…!!w
 朱尾がおもしろくてたまらなかった。朱尾、結局何者…?
 彬にはゾッとしながらも、こーいう男、いるかもいるかも、と思った。梓の両親も、型どおりと言えばそうなんだけれど、非常にわかりやすい息子溺愛の母親と存在感のない父親がこの物語にはぴったりとはまる。
 ちょっと視点を変えた昼メロのよう。

 でも、最後の最後がなあ。
 なんだか安直な終わり方ですこしがっかり。
 そういうところまで昼メロっぽくしなくても…と少し思った。
 でも読んでいる間はもうもうもう、のめり込むように読んでしまったわ!w
 うん、楽しかった♪


    雪沼とその周辺(2008.12.18)
堀江敏幸   新潮文庫


 読みたい読みたいと思っていた雪沼。

 ああ、やっぱり堀江敏幸は地味だけれどじわじわとよいわ。ささやかな、そして愛おしい、平凡な人たちのかけがえのない人生。大きな事件が起こる訳じゃない、けれど毎日毎日を大切に積み重ねて、ほかの誰とも違う足あとをくっきりと残して。静かな静かな物語たち。静けさが聞こえてくるような、雪の日の夜のような。

 ドカーンと事件が起こって、巻き込まれて、ハラハラドキドキ、ページを繰る手が止まらない。そんな物語もいいけれど、それとは違った、見落としてしまいそうな、そういう小さなかけがえのないものが、わたしたちの身の回りにはたくさんたくさんあるんだなあ。

 そういうことに気づかせてくれる作品。

(収録作:「スタンス・ドット」、「イラクサの庭」、「河岸段丘」、「送り火」、「レンガを積む」、「ピラニア」、「緩斜面」)


    モダンタイムス(2008.12.21)
伊坂幸太郎   講談社


 『魔王』から50年後の世界を舞台にした物語。
 システムエンジニアの渡辺は、行方不明になった先輩の五反田が手がけていた仕事を後輩の大石と共に引き継ぐことになる。一見簡単そうに見えたその仕事が渡辺や大石が得体の知れない大きなものに巻き込まれるきっかけになったのだ…。

 ちょと拷問シーンが多すぎて個人的に読むのに難があったものの(苦笑)、引き込まれて読んだ。読みながらいろいろなことをぐるぐると考えた。

 ああ、『魔王』のあの兄弟はこういう風に引き継がれたのか。
 これが伊坂の出した現時点での答なのか。
 『魔王』的なものと、『ゴールデンスランバー』的なエンタメ要素との融合。これは妥協なのか、それともこれからの伊坂の方向性なのか。

 次々と出てくる謎、謎、謎。
 渡辺の奥さんの謎はその中で最強。w
 エンタメ的な展開で読者を引き込みながらも、「考えろ考えろマクガイバー」という主張を叩きつけ、ただ流され、目の前にあるものに疑問を感じることにないってヤバくない?と問いかける。
 そしてスッキリと謎を解いて勧善懲悪でめでたしめでたし、という結末を用意しない。

 わたしの中ではこの作品はちょっと消化不良な感じ。
 うまく呑み込めない。
 物語として、『魔王』よりもスマートではあるけれど、やっぱり歪な感じがする。そして、その歪さが好きだな、と思う。

 これ、作品としてはどうなの?と思う。
 よくできてるの?
 わたしはこれ一作だけ読んだらなんかヘンじゃないかなあ、違和感あるんじゃないかなあ、と思う。

 でも、次の伊坂作品を、今までにないくらい期待している自分がいる。

 あーなんか最近伊坂作品の感想はまともなこと書けてないな、という自覚はある。すごくヘンな思い入れをもってしまっている。


冬の夜ひとりの旅人が(2008.12.26)
イタロ・カルヴィーノ/脇功・訳   ちくま文庫


 ”あなたはイタロ・カルヴィーノの新しい小説『ふゆのよるひとりの旅人が』を読み始めようとしている。”

 こんな文章で始まるカルヴィーノの小説は、ひとりの男性読者と女性読者を主人公にしたとんでもない欲求不満を抱えることになる物語。w
 ”あなた”が書店で手に取り家に持ち帰った本は、物語の序盤でいきなり話が中断する落丁本だった。続きが気になり、書店へクレームをつけに行く” あなた”はそこで、同様に落丁本を手にして書店にやってきたルドミッラと知り合いになる。ふたりは書店で本を交換してもらい、読了後は感想を語り合おうと 連絡先を交換する。ところが”あなた”が続きを読もうと開いた小説はまるきり別の話だったのだ…。

 こんな感じで次から次へと”あなた”が続きを求める物語は増えてゆく。最後まで物語を読み終えたい、それだけが願いだというのに、”あなた”はさ まざまな小説に導かれるように思いがけない運命を辿ることになる。スランプに陥った作家サイナリー、謎のインチキ翻訳家エルメス・マラーナ、まったく物語 を読まないルドミッラの姉、ロターリア。

 続きを読みたくてたまらなくなるような魅力的な小説が山のように。な、なんてことをするのカルヴィーノ…!!

 そして物語の終盤で”あなた”が訪れる図書館で、本を読む人々が自分にとっての読書、というものを語り合う。
 ああ、なんて魅力的な人たち。
 知識を身につけるためでなく、教養を身につけるためでもなく、呼吸するように本を読む。それぞれが自分にとって読書とはどういう行為か、それを考え、理解し、人生を味わうように本を味わう。

 わたしは4人目の読者のような読者でありたい、けれど一番近いのは3人目の読者かな。

 ”本を読む”ということを真摯に考えさせられる1冊。
 読書好きなら必読と言っていいかも。


覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪(2008.12.29)
打海文三   角川書店


 『愚者と愚者』から始まる”応化クロニクル三部作”完結編、著者の急逝による未完の遺作。

 20年続いた内乱に終結の兆しが見えはじめる。8歳の頃に否応なく戦争に巻き込まれた海人も孤児部隊を率いる押しも押されもせぬ軍人となった。4 人の少女からスタートした椿子のパンプキン・ガールズはマフィアのファンと手を組んで裏社会に大きく君臨する。今まで地の利を活かして内乱を傍観し、自分 たちの経済発展にのみ力を注いできた北海道が内乱終結後の日本将来を見据えて動き出す。そして海外で生活していた海人の弟妹が日本に帰ってくる…。

 ああ、もうすぐ終わる、というたった3章、第三部の4分の1を描かないまま、物語は未完で閉じる。

 ずるい。
 こんなのはずるい。

 未完で終わった物語を前に、いったい読者が何を語れるというのか。
 わたしたちは内乱の世界に放り出されたままじゃないか。
 帰ってくる道筋が見つけられないままじゃないか。

 未完の物語に、絶賛もできなければ批判することすらできないじゃないか。

 残されたわたしは祈るのみだ。信じるのみだ。
 みんなみんな、幸せになったんだよね。そうだよね?


リーシーの物語(上・下)(2009.1.8)
スティーブン・キング/白石郎・訳   文藝春秋


 著名な作家だった夫・スコットを2年前に亡くしたリーシー。長い夫婦生活の間にスコットが残した遺品は膨大なもの。その中には未発表作品や未完の 遺作や創作メモなどのお宝がぎっしり眠っているはず!と、あちこちからそれらを提供してほしいという申し出は引きも切らないが、夫の死をまだ自分の中で消 化できないリーシーは遺品整理をする気になれないままだった。
 その上3人いる姉のうち長姉は精神バランスを崩していて目が離せない。
 そんなときにリーシーにスコットの遺品を改めさせてほしいという依頼がまたもや舞い込んでくる。しかしそれは今までとは違う、リーシーを恐怖のどん底に陥れる最初のきっかけだった…。

 スコットとリーシーの間だけで通じる、という造語が氾濫している。そしてまた、リーシーがスコットとの結婚生活を回想し、さらに回想の中でリーシーがスコットの語った子ども時代を回想し…とかなり時系列が複雑な重箱構造になっている。
 文章が独特で、「坂道をのぼりはじめると、その背後から」で章が終了し、次の章へ、みたいなものが続出する。

 でも、読みづらいとはあんまり思わなかったな。

 リーシーが「紫のカーテン」と呼ぶものの向こうに追いやって、思い出すことを拒んでいた記憶の内容が少しずつ明らかになる。

 上巻の途中から、だんだん怖くなってくる(苦笑)。痛い、痛いよ!!!!
 上巻ラストで、それが絶頂になってもう涙目になって読むのを止めようかと思う。これはホラーだったのかよう!うあーん!

 下巻に入ると今度はまたびっくり仰天の展開。
 ええーっ、これはそーいう系の話だったんデスカ!?


 これはキングが妻「だけ」に書いた物語だと思う。
 だってなんていうか、展開がズルイもん。w
 キングがベイビィラーヴに贈ったベタベタに甘いラブレターなんだ、きっと。

 これに関しては何を批判されても読者に何を言われてもキングは全然意に介さないんじゃ、という気がする。

 妻の立場の人間であるわたしが読んでも、全然物語に感情移入はできなかった。いや、感情移入は普通にできるけれど、自分と夫に重ね合わせて読むような読み方は全然できない。なぜならこの夫婦はちょっと特殊すぎる気がするので。

 楽しんで普通にエンタメとして読めたけれど、深く感動したか、と言われると、うーん。むしろヒく。w
 でもこれだけ個人的なラブレターを万人が読むエンタメにちゃんと形として仕上げているというのは、やっぱりキングってすごいのかなー、と思う。

 今度はちゃんと「読者に向けて書かれた」作品を読んでみよう。
 あ、でも痛いのはイヤだ。w


    水の家族(2009.1.9)
丸山健二   求龍堂


 丸山健二は『千日の瑠璃』に続いて2作目。

 草葉町で漁と桃農家を営む一家の次男である”私”は、ヤクザ稼業に身をやつした三男にまで「俺だってそこまでは堕ちちゃいない」と言わしめる罪を 犯して町を離れ、竹林の中の廃屋で「草葉町の水」についての文章をものしながら暮らしている。廃屋の中ではっきりと自分に向かって川を泳いでくる女の気配 を感じ、彼は廃屋を出るが…。

 わたしがmixiで管理人をしているコミュ、「励まし合って読書会。」第1回目の課題本。
 なんというか、あまりに凝り固まった「男のファンタジー」にちょっと嫌気をさしながら読んだ。w  主人公のダメ男(というか、イヤ男)ぶり、男の家族のどいつもこいつもっぷり、なんだかなあ、みたいな。

 家族の誰もが相手を思いやることなくそれぞれが孤立して暮らしているような家族。ひとりで山で馬を飼い、凧を飛ばしながら暮らしている祖父、漁の 才覚と尺八の腕は素晴らしい父、すっかり寝たきりで池の金魚だけを見て暮らす母、「家」を背負って立とうと生真面目でガチガチの長男、不幸せを絵で描いた ような長男の嫁、大学は出たもののニートまっしぐらで問題を起こして家を出る次男、借金取りに追われ鮑の密漁に手を染める三男、誰の子どもかわからない子 どもをひとりで産み落とす長女。

 読者を突き放した物語はひとりで始まってひとりで終わる。
 いっそ清々しいような気もする…。