2008 shelf 5


著者名 タイトル 出版社
85 小池昌代 ことば汁 中央公論新社
84 ジュンパ・ラヒリ 見知らぬ場所 新潮クレストブックス
83 池上永一 風車祭(カジマヤー) 文藝春秋
82 野村美月 ”文学少女”と神に臨む作家(上・下) ファミ通文庫
81 ジェローム・K・ジェローム ボートの三人男 筑摩書房



























    ボートの三人男 −犬は勘定に入れません−(2008.11.20)
ジェローム・K・ジェローム/丸谷才一・訳   筑摩書房


 ウィリスの『犬は勘定に入れません』を読もうと思ったときにこれも併せて読もうと決めていた。わたしが読んだのは図書館本で、すんごい年季が入ってボロボロだった。w 筑摩書房で昭和44年発行、丸谷才一訳で定価500円。w

 19世紀後半のイギリス。大英博物館で気軽に読んだ病気の本で自分がその本に載っている1つを除くすべての病気に当てはまっていると知った”ぼく”は、同様に体調がすぐれないとぼやく友人2人(と”ぼく”の飼い犬)と共に、休息と気分転換を求めてテムズ川をボートで旅する計画を立てる。さてさて、その旅行の顛末は…?

 なんというか、時間の流れが今とは全然違うなあ、というのを一番に感じた。物語のテンポがものすごく緩やか。最初はあまりに話が進まなくて眠くて眠くてしかたなく(苦笑)、そのうち本の時間の流れにわたしのリズムが合ってくると、今度はその流れが気持ちよくて気持ちよくて。ユーモアのセンスは抜群で、今読んでもまるきり古さを感じない。ウケを狙おうとするギャグセンスじゃなくて、あくまでも”ユーモア”。その奥ゆかしさがたまらん。

 ボートの旅はいっこうに始まらず、始まったかと思えば物語はどんどん連想を膨らませてまるきり違うことを饒舌に語り出し、美しい19世紀のイギリスが目の前にありありと浮かび上がり、そしてテムズ川はどこまでもゆるやかに流れる。ドタバタなのにどこかおっとり。素晴らしく自己評価の高い、客観的にはダメ男の見本のような3人組と1匹の犬の旅は何一つ予定通りいかず、並べ立てられる失敗はどれもこれも読者の予想通りの展開なのに、クスクス笑いがこみ上げる。そしてラストの彼らの思いきった行動といったら、こればかりはちょっと意表をついて、しかも彼らの旅の終わりにこれ以上ふさわしい決断はない!

 なんてすがすがしい気持ちにさせる作品なんだろう。
 予想以上によかった。
 むしろ『犬は勘定に入れません』よりよかった。


”文学少女”と神に臨む作家(上・下)(2008.11.20)
野村美月   ファミ通文庫


 ”文学少女”シリーズ、堂々の完結。

 遠子先輩の卒業と大学入試が間近に迫る。流人の鬼気迫る態度に心葉は琴吹さんの身の危険を感じて心配で仕方ない。小説なんて書けない…! 琴吹さんとの距離を縮めていく心葉に、遠子先輩行方不明の一報が。遠子先輩はいったいどこへ…?

 今回ちょっと気になったのが小説を介する読者と作者の関係についての話。ちゃんと描写されるのは初めての流人のお母さんは小説家なんだけれど、わたしがイメージするのは桐野夏生かな。彼女は実体験を小説に昇華するような形で作品を世に送り出す。周りを激しく動揺させ、彼女自身も血を流すようにして作品を書く叶子みたいなタイプの作家さんはときどきいるよね。
 あと、
 ”その人は心が弱くて、作家にはなれなかった”
 ”読者の喜ぶ顔を見たいと思って書いても、勝手に憎悪する。ある日突然、手のひらを返したように冷淡になる。そのうち忘れてしまう。そうして、別の作家を見つけるのよ。”
みたいな文章も散見。作家になるために必要なこと、理想の読者のあり方、みたいなものを突きつける、ということなんだろうか、これは。

 個人的には、わたしは”残酷な読者”だってことを自ら認めているけれど、作家と読者の間にあるのが作品だけという関係である以上、読み手として誠実になろうとすればそれはどうしても残酷な関係にならざるを得ないんじゃないのかな。

 とまれ、物語はこれ以上ないくらい素晴らしいラストだった、と思う。
 ああ、だからこのシリーズはいいんだ。
 キャラに頼ってだらだらと続くんじゃない。
 ちゃんと始まって、終わる、”物語”。

 やっぱりラノベチックな文体(「○○なんだっ!」みたいなヤツ)は肌に合わないし、竹田さんのとった行動のカタのつけ方はあまりに安易でご都合主義だし、理保子夫婦の顛末も安直というか単純すぎるんじゃないかと思うし、麻貴が自由になるために取った行動もいくらなんでもアタマ悪すぎだし、とツッコミどころはあるけれど、でもでも、このパワーはどうよ。この作者の情熱はどうよ。いろいろツッコミながらも読者の胸を打たずにはおかないこの物語の真っ直ぐさはどうよ。

 ずっとヘタレすぎてわたしも匙を投げたいくらいだった(w)心葉くんも、最後の最後でちゃんと大きくなってくれたし。
 ずっとみんなを救い続けた遠子先輩が最後の最後でちゃんと報われて。

 ありえないくらいの大団円。
 でも、それこそがこの物語の終わりにふさわしい。

 とりあえず、ジッドの「狭き門」と「秘められた日記」は、ぜひぜひ読まずにすませないようにしたいもんです。

 そういうわけで、力一杯のスタンディングオベーションを、この作品群に。


    風車祭(カジマヤー)(2008.11.26)
池上永一   文藝春秋


 池上永一は『バガージマヌパナス』、『シャングリ・ラ』ときて3冊目なのだけれど、よくも悪くもマンガ的。マジックレアリズムと言えばマジックレアリズム。かなり重厚な話にもなり得ると思うんだけれど、なんせ登場人物がバカばっかり。w ドタバタにしかなり得ないキャラ揃いなんだなあ。これが池上永一の味、なのかしらん。

 さすが沖縄出身なだけあって、ものすご〜〜く沖縄の雰囲気というか、空気というか、そういうものが匂い立つ。沖縄だったらあるかもしれない、という気持ちになる。北海道も日本じゃないとよく感じるんだけれど、沖縄ってそれ以上に日本じゃないよね。w

 中心となるのは石垣島のオバァ、もうすぐ97歳の「風車祭(カジマヤー)」を迎えるフジ。このオバァがとにかく強烈で、生まれてこの方風車祭を迎えることだけを目標に生きてきたパワフルオバァ。長生きのためなら自分以外のすべてを犠牲にする。高校生の武志はフジオバァの娘のトミオバァを慕いよく彼女たちの家に顔を出すんだけれど、ある日肉体を失って精神だけで200年以上島に暮らしてきた「シニマブイ」のピシャーマの姿を見て、そのオドロキに自分のマブイ(魂)を落としてしまう。すっかりピシャーマに恋してしまう武志、そしてそんな武志に思いを寄せる勝ち気な同級生の睦子。同じく武志に恋してしまう、ピシャーマとともに暮らす妖怪ブタのギーギー。そこに手術ごっこが大好きな睦子の妹・郁子も絡んで大騒ぎの処に、ピシャーマの元に神様が現れてこのままだと島は大災害に見舞われることを予言する。

 かなり分厚い2段組なんだけれど、ノリが軽くて読むのは苦にならない。しかし睦子がどうしてもわたしはキライでキライでw、彼女が出てくるたびにイライラした。フジオバァもモーレツ(死語)だけど。

 全編総天然色とでもいうような、いろんなものが過剰な物語。そのパワーはすごいものがある。
 ちょっと気力のない時に読むとこっちが負けてしまいそう。
 この過剰さをそぎ落としたとき、何が最後に残るんだろう、と思った。
 そこにきっと、キラキラしたすごく素敵なものがある、気がする。


    見知らぬ場所(2008.11.30)
ジュンパ・ラヒリ/小川高義・訳   新潮クレストブックス


 ジュンパ・ラヒリはかなり好きな作家さんなんだけれど、一貫して登場してくる「アメリカに移民してきたベンガル人家族」というテーマが少しずつシフトしてきた、気がする。最初は「移民」ということがすごく重要だったのだけれど、この作品では重さは「家族」の方に移っている。たまたまその家族が移民一家であった、というくらいに。

 母の死後恋人ができた父親、とか、結婚が決まった娘に問題を抱えた弟がいる、とか、かつて夫が思いを寄せていた女性の結婚式に揃って出席する夫婦、とか、それは移民であってもそうじゃなくても、多くの人に当てはまり、多くの人が抱えうるテーマだ。

 『停電の夜に』、『その名にちなんで』、の2作はわたしは移民である、という人たちに思いを寄せるようにして読んだ。そして今回は、物語を自分に引き寄せるようにして、読んだ。

 どれも隅々まで細やかな配慮が張り巡らせたような繊細な物語。その細い細い絹糸で編んだような物語が、読んでいて肌に吸いつくような気がする。物語を身に纏う、そんな感覚。
 第一部は長めの短篇が並び、第二部はまるで大河小説のような長い時間の中のいくつかの断片が並ぶ。
 見知らぬ場所に運ばれた種たちが、それぞれに辿り着いた場所で芽を出し、その大地に根を張ってゆく。そして新たな種を結び、その種をまたどこかへ送り出す。
 ある土地は育ちにくい風土かも知れないし、あるいは元いた場所よりずっと恵まれた大地かも知れない。世代によって育ちやすい環境は変わってくるのかも知れない。
 けれど、どこで育っても、そこはその種の故郷となって彼らをやさしく包み込む。ときにはそんな故郷を見つけられずにさまよい続ける種もある。

 様々な種が混じり合い、それぞれに違う花を咲かせながら、種は環境に適応し、また新たな環境を求めて、いつか自分たちを包んでくれる大地を包み込んでゆくのだ。

(収録作:第一部 「見知らぬ場所」、「地獄/天国」、「今夜の泊まり」、「よいところだけ」、「関係ないこと」、
      第二部 ヘーマとカウシク 「一生に一度」、「年の暮れ」、「陸地へ」)



    ことば汁(2008.12.2)
小池昌代   中央公論新社


 初小池昌代。濃い。これは濃ゆい。
 ぐわぐわと脳を揺すぶられるような濃密で匂い立つような妄想の世界。

 人生を諦めていた女達が欲望に目覚める。
 食べてはいけないものを口にしてしまう。
 そういう物語たち。

 強烈だったのは「つの」かなあ。異常な速さで伸びる爪。恋を諦めていた女の前をよぎるいやな予感。女達を寄せつける死臭。不吉な花嫁行列。

 女はみんな、自分では気づかなくても、別の一面を持っている。その別の一面が現れるとき、世界がぐわんと裏返る。歪んだ世界は現実を移した鏡なのか。まるきり現実とは別世界なのか。

 これはスゴイ作家だわ。
 他の作品も要チェック要チェック。

(収録作:第一部 「女房」、「つの」、「すずめ」、「花火」、「野うさぎ」、「リボン」)