2008 shelf 3


著者名 タイトル 出版社
60 イタロ・カルヴィーノ レ・コスミコミケ ハヤカワ文庫SF
59 五條瑛 狂血  R/EVOLUTION 7th Mission 双葉社
58 ジェフ・ライマン エア 早川書房
57 朝倉かすみ 田村はまだか 光文社
56 クリストファー・プリースト 限りなき夏 国書刊行会
55 吉田修一 悪人 朝日新聞社
54 A&B・ストルガツキー ストーカー ハヤカワ文庫SF
53 谷川流 涼宮ハルヒの憂鬱 角川スニーカー文庫
52 町田康 宿屋めぐり 講談社
51 イタロ・カルヴィーノ 柔かい月 河出文庫
50 野阿梓 兇天使(上・下) ハヤカワ文庫JA
49 イタロ・カルヴィーノ 見えない都市 河出書房新社
48 オースン・スコット・カード エンダーのゲーム ハヤカワ文庫SF
47 上橋菜穂子 流れ行く者−守り人短編集 偕成社
46 G・R・R・マーティン 乱鴉の饗宴(上・下) 早川書房
45 イタロ・カルヴィーノ 宿命の交わる城 河出文庫
44 J.K.ローリング ハリー・ポッターと死の秘宝 静山社
43 広瀬正 マイナス・ゼロ 河出書房新社
42 イタロ・カルヴィーノ なぜ古典を読むのか みすず書房
41 イタロ・カルヴィーノ 不在の騎士 国書刊行会



























    不在の騎士(2008.7.23)
イタロ・カルヴィーノ/米川良夫・訳   国書刊行会


 切ない…。

 一点の曇りもなく磨き上げられた白銀に輝く甲冑の騎士・アジルールフォ。騎士として何一つ欠点のない彼は意志の力のみで存在する不在の男。肉体を持たぬ彼の甲冑の中には、意志の他は何もない。
 シャルルマーニュ王の気まぐれから彼の従者に取り上げられたのは、肉体こそあるものの、自分が人間である自覚すら持たないグルドゥルー。
 父の復讐に燃えて異教徒との戦いに身を投じた若きランバルトは、騎士達の現実に幻滅し、完璧なアジルールフォに畏敬の念を禁じ得ない。
 そして、ランバルトが恋した女武者・ブラダマンテは、騎士達の中でただ一人、彼女をまったく顧みないアジルールフォに熱烈に入れあげている。

 皇帝シャルルマーニュと騎士達との会食で、思いがけなく自分の存在の根本を揺るがすような暴露を受けたアジルールフォは、自分の存在の意味を確かめるべくグルドゥルーを従えて旅に出る。ブラダマンテは彼を追い、さらにランバルトは彼女を追う。同じく自分の身分に留まることができなくなった若き騎士・トリスモンドは自分の父親が属している、奥深い森の中にいるという聖杯の神聖騎士団に会いに行く…。

 物語は一人の修道女の筆によって運ばれる。
 なんと個性派なキャラクターが揃ったことよ!
 意志の力で存在するアジルールフォと、意志の力など考えたこともないグルドゥルーが対照的。恋に落ちたランバルトは彼女の存在を恋しているのか、それとも恋する自分を恋しているのか。

 ランバルトが憧れた騎士団は現実を前に何一つ確信することが出来ない。
 聖杯の神聖騎士団に恋いこがれたトリスモンドも現実の騎士団の姿を目の当たりにする。

 存在するとはどういうことなのか。
 ただそこにあることと、意志を持って存在することの違いはあるのか。

 物語は後半どんどん加速して、迎える結末は切なくて、そして未来への希望に輝いている。

 うあーん。
 これ好きだなああ。


    なぜ古典を読むのか(2008.8.5)
イタロ・カルヴィーノ/須賀敦子・訳   みすず書房


 苦戦しまくって2週間。
 タイトルにあるとおり「なぜ古典を読むのか」、その効用とかを書いてあるのかなあ、と思いきや、古典を読むメリットやそもそもの”古典”の定義などを書いてあるのは最初の1章のみで、残りはカルヴィーノが”古典”と考える作品についてあちこちのメディアによせた文章を1冊にまとめたものだった。正直拍子抜けしたけれど、気を取り直して読めば非常に実になる1冊。カルヴィーノのあげる古典の定義はふふっ、と思わず笑みが浮かぶ絶妙なもの。

 2週間もかかったのは、とにかく文章がさらっと頭に入ってこない部分がたくさんあったため。わたしの読解力の問題もあるけれど、意味の取りづらい文章も多かった、と思う。というか思いたい。訳者の須賀敦子氏もあとがきで訳すの大変だったって言っていて、ちょっとだけ安心した。

 しかしわたしってホントに古典を読んでないんだなあ、と改めて凹んだ(苦笑)。「わーこれ読んでないや」と青ざめるくらいならいいんだけれど、そもそも取り上げられている本のタイトルすら聞いたことない!という作品がまあ、多いこと多いこと。スタンダールやバルザック、プリニウス、ヘンリー・ジェイムス、ディケンズ、レーモン・クノーなどなど、未踏の古典の山に圧倒されつつ、少しずつこれから読んでいけばいいんだよね、と自分をなぐさめた。orz
 そしてカルヴィーノの読書の深さに敬服。同じ本を読んだとして、わたしはどのくらい深く読めるんだろう。その差は大陸棚とマリアナ海溝くらい違う。本に対する真摯さ、読解を助ける教養、そういうものがわたしにはまだまだ全然足りないんだ。まあ、わかってることだけど。

 初めて知った作家としては、これは詩人なんだけれど、フランシス・ポンジュが激しく琴線に触れたなあ。この人の詩はぜひぜひ読んでみたい。


    マイナス・ゼロ(2008.8.8)
広瀬正   河出書房新社


 物語は昭和20年、終戦間近の東京から始まる。
 中学2年生の俊夫は疎開先で母と二人暮らし。近所の伊沢先生に時々勉強を教えてもらっているが、先生はアカという噂があり近所から敬遠されている。俊夫が先生の家に行くのはもう一つ理由があって、それは3歳年上の先生の娘・啓子の存在。しかしある日村を空襲が襲い、俊夫は伊沢家にかけつけたものの、先生は空襲の直撃に遭い、俊夫に「18年後の午前0時にここに来てほしい」と謎の依頼を遺して亡くなった。啓子はそのまま行方不明となった。
 そして18年後の昭和38年、32歳になった俊夫は、先生の遺言を果たすべく約束の場所を目指す。そこは現在、及川氏という無関係の人間が住んでいたのだが…。

 ハインラインの名作『夏への扉』を思わせるバリバリのタイム・パラドクスを扱った作品。そして全然遜色がない!! それどころか、昭和の風俗を綿密に調べ上げたノスタルジィ溢れる物語は日本人にはむしろハインラインより受け容れやすいんじゃないかと思う。
 謎が謎を呼び巻置くあたわずといった感じのストーリーテリングなのに全体的にはセピア色。いやこれはわたしが読んだ本が昭和45年刊行のめっちゃ年季モノだったせいなのか…?w 黄ばんだページをめくるたびに古本屋に入ったようなあの香りが漂って、紙魚すらもがなんだかいとおしいような気のする読書だった。

 俊夫が世話になることになるカシラ一家のキャラクターがもんのすごくいい。酔っぱらいで競馬好き、でも仕事が大好きな”仕事師”のカシラとしっかり者のおかみさん、機械いじりが大好きで勉強のとくいな長男のタカシ、やんちゃな次男のオヤブン。恵まれてる、恵まれてるよ俊夫!!w

 運命に翻弄され、時代に流される俊夫がいったいどういう人生を歩むことになるのかまったく先が読めず、あっと驚くような展開が待ち受けているこの物語を読んでいる間はまさに至福の時。

 まあいろいろツッコミところはある気がするけれど、全体的にわたしには納得のいく話だったし、物語の魅力を考えると細かいことは本当に些細な瑕疵だと思う。

 とにかく埋もれていたのがもったいない、復刊を心から祝福したい一冊。


    ハリー・ポッターと死の秘宝(2008.8.10)
J・K・ローリング/松岡佑子・訳   静山社


 ハリー・ポッターシリーズ最終巻。

 ハリポタは好きじゃない好きじゃないといいつつ最後まで読んだけれど(苦笑)、最後まで読んだらけっこういいお話でした。w 最終巻までず〜〜〜〜〜〜っと性格が悪くてキライだったハリーだけれど、ちゃんとまともに成長したなあ、と思うと感慨深かったわ。いろいろ情報が飛び交っていてそれが頭に入らないように細心の注意を払って読み始めたので、わたしもネタバレはしないようにしたいんだけれど、これはネタバレナシで感想かくのは結構難しい…。

 前回まででいろんな謎が残っていたんだけれど、きれいに解決されたと思う。ローリング氏はホントに伏線の張り方、回収の仕方が絶妙。ただやっぱり相変わらず前半は冗長過ぎるような。まあそれでも子ども達をぐいぐい引っ張る牽引力のある物語なんだから、それは些細な瑕疵だと思うけれど。

 不覚にも涙腺がゆるんだ場面が2カ所。
 どちらもハリーの台詞で、ひとつは「そばにいて。」
 そしてもう一つはハリーが最後に語りかける相手の名前。
 このくらいならネタバレにならないよね?w

 2つの台詞を吐くときのハリーの立場はまるで違うんだけれど、そのどちらの立場もがものすごく胸に迫るものがあった。ああ、ハリー、憎たらしくて大嫌いだと思っていたけれど、あんたはまだ17歳の男の子だったんだよね…とか思ったりして。w ハリー、そこまで成長したのか!!とか思ったりして。

 ダンブルドアのやり方が正しかったかどうかはわからないし、わたしはダンブルドアのすべてを肯定することはできない。でもハリーはできることをやれる中でちゃんと頑張る子だったなあ。

 そしてそして、もう1人の主人公はあの人だった。
 そこいらをちゃんと書いてくれたことが一番わたしの評価するところ。
 すべてがわかって本当によかったわ。
 わたしは最初から最後までずっと信じていたけどな!!w

 なんだかんだ言って結局すごく愉しめたシリーズでした。
 やっぱり最後まで読まないとわかんないもんだ。w


宿命の交わる城(2008.8.12)
イタロ・カルヴィーノ/河島英昭・訳   河出文庫


 物語のあまりの精緻さ、美しさに鳥肌が立った。タロットカードが物語の糸を縦横に織り込んで描き出す曼陀羅模様。15世紀半ばにミラノのヴィスコンティ家で使われていたという、ボニファーチオ・ベンボが描いた絢爛豪華なタロットをモチーフにした「宿命の交わる城」と、フランスで現在もごく一般的に市販されている<マルセイユ版古タロット>をモチーフにした「宿命の交わる酒場」の2部構成になっているのだけれど、わたしは物語的にも断然「城」が好みだわー!

 「城」も「酒場」も基本的な構成は同じで、城や宿屋にやっとの思いで辿り着いた人々が、言葉を失い、けれど自分たちの経験を語りたいと渇望し、その場にあった一山のタロットカードを使って自分たちの物語を物語る。1人の物語に使われたカードが他の人間の物語を触発し、縦横に並べられるカードはあらゆる意味を含んで各々の物語を織りなしてゆく。

 物語によってまるきり違う意味をもつ妖しく美しいカードの魔力といったら!

 さまざまな古典の教養が底部に横たわっているので、古典を押さえたりないわたしは痛し痒し(苦笑)。シェークスピア3大悲劇は最近やっと読んだんだけれど読んでおいてよかったわ! あー、やっぱりオデュッセイアは読んでおくべきなんだなあ。そしてここにも「狂乱のオルランド」が!!

 でも、押さえておいた方が深く愉しめるのはもちろんだけれど、古典を知らなくても、目の前に広げられる精緻で美しいタロットによる物語にくらくらするだけでも充分に楽しい。

 限定版で配本されたという、金銀を混じえたベンボの多色刷りカード原寸大が収録された、箱入り豪華版『タロッキ』を、一目でいいから見てみたい…。(ため息)

ベンボのカード(ニフティ会員のみ閲覧可)
https://enter.nifty.com/member/ffortune/tarot/visconti/m1.htm


    乱鴉の饗宴(上・下)(2008.8.17)
ジョージ・R・R・マーティン/酒井昭伸・訳   早川書房


 氷と炎の歌シリーズ第4作。前作の衝撃のラストから待ちに待った新刊!

 タイウィン公の死後、迷走するラニスター家。サーセイとジェイミー(ジェイム)は対立し、ジェイミーは追われるように戦場へ。サーセイは王国を支配すべく策略を巡らせるが…。一方鉄諸島では新王擁立戦が混戦。追放されていた形の前王の弟<鴉の目>が乗り込んでくる。サンサを捜す旅を続けるブライエニー(ブリエンヌ)は思いがけない人物と思いがけない形で再会。ドーンにおいても反逆計画が進められ、大公ドーラン・マーテルはただじっと時を待つ。リトルフィンガーと共にアイリー城にあるサンサは彼の計画に巻き込まれていく。サムはジョンからメイスター(マイスター)の鎖を得るように言われ、北の壁から船出するが、港町でアリアと一瞬の邂逅を果たす。そしてアリアは…。

 噂の翻訳者変更騒動で固有名詞バリバリ変更の話を聞いて、どうなっちゃうんだろう? 今までの氷と炎とは一線を画しちゃうの? とドキドキしながら読みはじめたんだけれど、わたしに限って言えばそんな心配は全然いらなかった。読み出しちゃえばいつものウェスタロス。ジェイムがジェイミーになろうと、ブリエンヌがブライエニーになろうと、ケイトリンがキャトリンになろうと、そんなことは圧倒的な物語の力の前には些末なことにすぎない、ということを実感。ときどきあれ?という戸惑いがなかったとは言わないけれど、基本的に記憶力が弱いので(笑)、読みながら「ああ、この人そうだっけね、そういう人だったわね」といつも思い出しつつ読む、というわたしの読み方も、あんまり気にならなかった原因、だろうね…。orz

 今回はあまり大きなビックリもどんでん返しもなくて、わりと、大きな物語の中での「繋ぎ」っぽい。だからつまんないかというとそうではないけれど、まあ前巻みたいな仰天はなかったな。あの人はどうなったんだろう…とずっと気を揉んでいたキャラも半分はまったく出番無しで、次回作で登場予定らしい。しょぼーん。

 またこの続きを読むのは来年なのね。
 早く続きを出してくれー!


    流れ行く者−守り人短編集(2008.8.19)
上橋菜穂子   偕成社


 タンダの暮らす村で若い娘がヤマイヌに襲われる事件が頻発する。若い頃からまじめに仕事をすることをせず、家族に迷惑をかけて年老いて峠道で行き倒れたオンザがヤマイヌに乗り移り、未だに悪さをしているのだ、と村人達は噂する。しかし、タンダは「ひげのおんちゃん」オンザが好きだった。おんちゃんが本当に死んでまでそんなことをするだろうか? 一人で暴走しそうなタンダにつきあうことになる少女・バルサ。このとき、タンダ11歳、バルサ14歳。(浮き籾)

 バルサの少女時代のエピソードを描いた4篇を収録した短編集。
 少女時代から壮絶な体験をしてきたバルサにとって、タンダは本当に安らげる場所だった、という話かな。
 バルサってタンダより年上だったっけ!? すっかりそんなこと忘れていたわ…。

 守り人シリーズは大好きだったので、もちろんこの作品も愉しめましたが、やっぱり”外伝”って、今までシリーズを読んでくれた人へのおまけというか、サービスというか、そういうイメージなのよね。出たらそれなりに読むけど、やっぱりわたしはこういうおまけよりメインが好き。

 まあでも、スピンアウトが大流行りな昨今だし、こういうのは個人的な好みの問題だわね。

(収録作:「浮き籾」、「ラフラ<賭事師>」、「流れ行く者」、「寒のふるまい」)


    エンダーのゲーム(2008.8.25)
オースン・スコット・カード/野口幸夫・訳   ハヤカワ文庫SF


 子どもは第二子までという産児制限が存在する地球は、昆虫型異星人バガーの2度に渡る侵略を受けて滅亡の危機に瀕していた。人類は第三次侵略にそなえバトルスクールを設立し、選び抜かれた天才少年少女達が司令官育成のためのバトルゲームを繰り返す。その天才達の中で、兄ピーター・姉ヴァレンタインの天才性のゆえに司令官となるべく特別に生まれた第三子<サード>のエンダーは、めざましい才能を大人達に見せつけてゆく。エンダー・ウィッギン、若干6歳。

 すばらしいエンタメ、と言われて読んだのにあまりに苦い苦い物語だったことちょっと落ち込んだ。
 確かにエンタメとしてすばらしい。エンダーは大人達の出すハードルを次々とクリアしていく。けれど彼はあまりにも孤独だ。
 そもそもの始めからバガーを討ち滅ぼす司令官になるべく生を受けたエンダーは、つねに他の子どもと隔離され、誰も自分を助けに来ることはないと思い知らされ、さらに天才であるがゆえにそんな大人の意図をすべて見破りながらもそれ以外に自分が取るべき道がないことを理解している。限界まで追いつめられても狂気に逃げることすら出来ない、ちっぽけな少年のそれが人生のすべて。
 読んでいてつらかった。

 冷酷な天才である兄ピーターを憎みながら彼を上回るほどの殺人者になっていく予感に怯えるエンダー。
 つねにエンダーを気にし、彼を守りたいと思い、しかしピーターの残虐性を理解していながら彼を手助けする道を選ぶ姉・ヴァレンタイン。
 この天才三兄弟の描写はそんなにボリュームがあるわけじゃないんだけど、でも瞠目に値する。
 その名の通り「終わらせる者」であるエンダーは、幸せになれるのかな。

 続編『死者の代弁者(上・下)』もまた、この作品と同じくヒューゴー賞・ネビュラ賞ダブル受賞作らしい。
 ああ、これは読まないわけにいかないじゃないか〜。

 心配なのは、『氷点』みたいに、続編で一気に宗教くさくなったりしないよね…?ってことなんだけど。w


    見えない都市(2008.8.28)
イタロ・カルヴィーノ/米川良夫・訳   河出書房新社


 若きマルコ・ポーロがフビライ汗に語る、訪れた諸都市の数々。ある都市は死への恐れを軽減するために地下に死者の街を作り、ある都市は危うい蜘蛛の巣上のロープの上に空中都市をなす。ある都市は湖水に映る都市をつねに意識して暮らし、ある都市は夢見た女を手に入れるために夢の中で見た都市を再現すべく造られる。
 「そちの申す都など存在はせぬ。恐らくはただの一度も存在したことなどはなかったのだ。もちろん、もはや存在することもない。なぜそのような気慰めの作り話を面白がっておるのだ? わしにはよくわかっておる、わが帝国は沼のなかの骸のように腐りはてている、それに触れなば、ついばむ鴉も、その水に滋養をとって育つ蘆さえも、みな疫病にかかろうというものだ。なぜこうしたことを語って聞かせぬ?」
 「恐れながら陛下、陛下の御指図ひとつでたちまち全一にして最新の都がその汚れない城壁を築きめぐらすという今日、そのために席をゆずって消え失せ、もはや再興されることも、また思い出されることさえも叶わぬ、他のあり得べき諸都市(まちまち)の亡骸を私は蒐めているのでございます。」

 カルヴィーノが次々に語る都市は美しく、恐ろしく、この上なく清浄で同時に汚穢に満ちている。確固として存在するが、はかない幻に過ぎない。
 あふれ出るイメージの奔流にただただ呑み込まれるばかり。
 夢の中に見る都市と、今現在を暮らす都市と、かつて訪れたことのある都市と、いつか訪れるはずの都市と。どこにも存在するはずのない都市は、つまりはこの世界にあまねく存在している都市だ。

 ああ、くらくらする。

 そして、あらゆる都市のイメージの合間に、楔のように、浮島のように、マルコとフビライ汗との会話が挿入される。ときには言葉を駆使し、ときには言葉を失って。この二人の会話のなんと魅力的なことよ。


    兇天使(上・下)(2008.9.2)
野阿梓   ハヤカワ文庫JA


 この作者はぜったい女性だろう、と思ったら男性だった。orz
 だって、だって、美しいことこの上ない金髪の天使とかわいらしい童子姿の天使がドキドキ!とか、神の恩恵を受けた美貌の王子と国で一族郎党皆殺しにされ追放された影のある美青年がドキドキ!とか、そんな話ですよ?(違う、いや、違わない、と思う)

 上級天使である美しき熾天使・セラフィはある日上帝から、アストラル界の秩序を脅かしている危険を探り、それを取りのぞくよう密命を受ける。彼はその原因が美神アフロディトの用意する神々の戦争であることをつきとめ、それを阻止しようとするが、条件としてアフロディトから、戦争の原因である悪竜・ジラフを見つけだし、その心臓を持ってくるように言われる。人間界に逃げたジラフを追うべくセラフィは、ホンダ・モーターサイクルにまたがり、地上に舞い降りた…。

 わたしは新しい方じゃなくて復刊前のハヤカワ文庫の上下巻で読んだんだけれど、これが表紙から挿絵から萩尾望都が絢爛豪華に描きまくったすごい本だった。ゼイタクすぎ! 復刊本はなんであんなにカッコつけた、おもしろみのない表紙なんだろう。萩尾望都の方が絶対いいのに! 文章で美しさを堪能して、挿絵でまたまた美しさを堪能。図書館で借りてよかった…。

 物語は時を超え空間を超えて、壮大なスケールで語られる。下敷きになるのは『ハムレット』。読んでおいてよかった〜。天上界から現代のニューヨークへ、シーザーが入城するアレクサンドリアから中央アジアを自動車で横断する探検隊へ、ハムレットのいるヨーロッパからシェイクスピアのいるロンドンへ。メタフィクション!?と思ったらそれともちょっと違う。正直ついていくのがせいいっぱい(汗)。でもでも、耽美なシーンはしっかり愉しんだわ。w


    柔かい月(2008.9.5)
イタロ・カルヴィーノ/脇功・訳   河出文庫


 なんて感想が書きにくい作品なんだー。
 個人的にかなり好き。カルヴィーノ作品の中でもかなり好き。でも理解できたかというとできるか、理解なんか!!みたいな。w

 連作短篇と言えば連作短篇なんだけれど、共通するのはほとんどの作品の語り手が謎のQfwfq氏である、ということぐらい。このQfwfq氏は人間であるとすら言い切れない。

 第一部はその名の通り「Qfwfq氏の話」。
 「柔かい月」ではかつて月が地球の衛星ではなくて地球はもっと硬質な惑星だった頃、帰宅途中のQfwfq氏は、惑星である月がぐんぐんと大きさを増し、地球へ近づいてくるのを見る。
 「島の起源」で今度はQfwfq氏は鳥の存在しない世界で暮らし、ある日いままで誰も発したことのないような言葉を耳にする。
 「結晶」では、Qfwfq氏は世界はひとつの結晶の形で出現すべきだったと信じている。そして彼のパートナー(?)ウグは、さまざまな小さな結晶が世界を満たすことを望んでいた。
 「血・海」ではQfwfq氏、友人達とドライブを楽しんでいる。車中でQfwfq氏は、かつて自分は単細胞生物として外部に海を感じていたこと、そして現在、それと化学組織上ほとんど変わらない原始の波が体の内部を流れていること、に思いを馳せている。

 第一部の小説としての風変わり度も大した物だけれど、第二部「プリシッラ」になると物語はますます異彩を放ってくる。

 「ミトシス(間接核分裂)」では、Qfwfq氏はかつて単細胞生物としての自分がいかに自分という細胞がそこにあるということに満足していたか、そして自分に外部が存在する、と発見したとき、いかにわたしがその”沈黙し空なる他の位置、他の時、他のふうなるもの”に対して《恋をした》かを熱く、熱く語る。この《恋》ゆえにQfwfq氏の体は衝動的に行動を起こした――分裂である。
 「メイオシス(減数分裂)」ではQfwfq氏はプリシッラと自分との関係を語る。同じ種であり、正反対の性に属する多細胞生物であるプリシッラとQfwfq氏。彼らはきまった数のアミノ酸からなり、そのアミノ酸があるきまったふうに列をなしている。染色体は両親から由来するものであり、めいめいに真に所有しているのは過去のみであり、たがいに求めあいさせているものは二人を通じて遂行される過去の最後の行動である。
 「死」になると物語はますます難解というか、哲学的になる。単細胞生物が多細胞生物となり、永久的なるものは失われる。不連続なQfwfq氏のようなものたちが増殖していくようになる。しかしその不連続性を埋めようとするものが存在し始める…。

 さらに第三部「ティ・ゼロ」で悶絶。

 「ティ・ゼロ」は狩人のわたしがライオンに襲われ、弓矢を放った一瞬の長い長い長い考察。「飛んでいる矢は飛んでいない」みたいな話。ちなみにわたしはこういう話が大好きなんだなー。w
 「追跡」もまたしょーもないと言えばしょーもない考察を詳しく詳しく詳しく語る。命を狙われるわたしと狙撃者が渋滞の中で身動きが取れずにいる。結末はなかなかシュール。
 「夜の運転者」は三角関係の話?w 夜中に電話で彼女とケンカした私が夜の高速道路を彼女の住む街に向かってひた走りながらぐるぐるぐるぐる考える。
 そして最後は「モンテ・クリスト伯爵」。囚人であるわたしとファリアは脱獄のための試行錯誤を繰り返す。ファリアはつるはしを振るって。わたしは仮定によって。牢獄は迷宮と化し、すべての可能性を潰していくのは有限だとしても果てしない作業に近い。


 1篇読むたびに「なんじゃこりゃ〜!」と鳥肌が立つ。これはボルヘスの『伝奇集』を読んだときの感覚に近い。つまり、大好き。w 感想を書くために本を手元に置いてキーボードに向かい、でも、短篇集だというのに1篇1篇内容を頭にまとめるのが至難の業。結局もう一度最初から最後まで読み返すはめに(苦笑)。前に読んだときには思わなかったようなことを「あれっ」と思ったり、前は「あれっ」と思ったところがさらーっと読めてしまったり。
 何度繰り返して読んでも全然違う感想を持ちそうな。これは手元に置いておきたい本だな〜。

(収録作:第一部 Qfwfq氏の話 「柔かい月」、「島の起源」、「結晶」、「血・海」
      第二部 プリシッラ   「ミトシス(間接核分裂)」、「メイオシス(減数分裂)」、「死」
      第三部 ティ・ゼロ    「ティ・ゼロ」、「夜の運転者」、「モンテ・クリスト伯爵」)



    宿屋めぐり(2008.9.10)
町田康   講談社


 相変わらずの町田節、相変わらずのダメ男。

 「主」の命で太刀を奉納に行く旅の途中、身に覚えのない嫌疑をかけられ僧に襲われた鋤名彦名は、僧を返り討ちにしてさらに多くの追っ手に追われ、逃げているうちに白いくにゅくにゅしたものに飲み込まれ、気づくと別世界に迷い込んでいた。

 その世界で彦名は、苦境に陥ると卑屈になり、順境になるとつけあがり、主の罰だけを恐れ、なんとか主に怒られぬ為にその世界で太刀の奉納のために旅を続ける。
”最後の瞬間まで主を信じていたのについに主は現れず、獄門台の上で、「主よ、主よ」と叫びながら殺されていった子を見たことがある”、
”前の世界で主がよく、「ときとして、間違った道は広くて立派な整備された道路で、正しい道は狭くて険しい獣道のような道だ。ところがお前らときたら、いつも、こういう広い道路だから安心だろう、とかいって間違えた道を行く。そして俺は常に待たされる。おまえらは正しい細道を行くべきだ」と言っていた。”
 など、物語は明らかにキリスト教を意識して書かれている。主はキリスト教の父なる神で、鋤名彦名は人の子として生まれたイエスのようにも読めるし、一キリスト者のようにも読める。そうそう、キリスト教の神様ってすごく残酷で、横暴なんだよね。
 彦名の主も彦名たちをだまって試し、その結果は時としてずっと後にならないと明らかにならない。だからつねに、彦名は見えない主を恐れる。これは主の試しなのではないか、とつねに疑う。そしてたいがいは間違った答を出すんだけど。それでも、死ぬほど主を恐れながらも、彦名は主から離れることができない。なぜなら主が彦名を救ってくれたのだから。

 物語は完璧にキリスト教の世界を物語るわけではなくて、仏教っぽいところもあるし、単なるダメなお調子者の顛末記っぽいところもある。主人公の名前は古事記だし。さらにメタっぽいところもあって。

 いろんな読み方ができて、笑い飛ばしてもよくて、深く考え込んでもよくて。
 なんだか町田康の作品は凄みを増してくるなあ、と思う。


    涼宮ハルヒの憂鬱(2008.9.11)
谷川流   角川スニーカー文庫


 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。」入学早々そんな自己紹介でクラスメイトをドン引きさせた美少女高校生・涼宮ハルヒ。出席番号でたまたま彼女の前の席になった俺(キョン)はいつしか彼女のペースに巻き込まれ、彼女が発足したSOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)のメンバーにされるが…!?

 うん、非常にテンポがよくて読みやすかった。
 ラノベだからラノベなんだけど(意味不明)、ラノベ独特の、わたしが個人的に苦手とするような会話や地の文も見あたらず、そういう意味で好感度かなり高し。
 わたしは考えてみればハルヒに対する情報ってほとんど持っていなくて、よく見かける表紙絵に代表されるイラストと、ニコニコでたまに見かける教室で歌い踊る「ハレハレユカイ」のイメージから、学園ドタバタラブコメディなんだと思いこんでいたんだけれど(いやそういう部分もないわけではない)、テーマ的には全然違ったのでビックリ。へー、こういう話だったのね。わりとどっぷりSFなのね。
 こういうテーマはけっこう嫌いじゃない。
 新井素子「…絶句」には衝撃を受けた。
 ただ、だからこそ、若干「今さら感」はある…。
 まあでも、こういうのを一番手に取るであろう中高生世代には新鮮だったり、衝撃だったりしたのかなあ、だとすると、それはなかなかにステキな入り口だ、と思う。

 そしてハルヒはツンデレなのね。w
 わたしは”文学少女”の琴吹さんのツンデレにはけっこう鳥肌が立つタイプなんですがw、ハルヒみたいなツンデレは許せるな。w

 というわけで、衝撃的によかった!!とは言わないまでも、印象的には非常によかった。とりあえず、4巻までは読むべきだ、とラノベに詳しいお友達に言われたのでw、少なくとも4巻までは読もうと思いまーす(はぁと)。


    ストーカー(2008.9.14)
A&B・ストルガツキー/深見弾・訳   ハヤカワ文庫SF


 ストーカーと言っても、誰かに執拗につきまとう人を描いた心理ホラー、とかじゃありません。

 ある何の変哲もない街にある日突然異星人が来訪し、地球人とコンタクトすることもなく去っていった。来訪跡は「ゾーン」と呼ばれ、研究者達が押し掛けた。そこには異星人の遺していったものがごろごろ残っていたからだ。そして、不法にゾーンに侵入し、そういう遺物を運び出して売りさばく人間達が現れる。彼らこそが「ストーカー」と呼ばれる人々だった。ゾーンは人類に多大な影響を及ぼす。文化的に、精神的に、そして肉体的に。ストーカーのひとりであるレドリック・シュハルトは、生きていく術としてゾーン侵入を繰り返す…。

 SFで、異星人とのコンタクトものだけれど、非常に異質。

 そもそも異星人はまったく姿を見せないし、地球になぜやってきたかも謎、遺していった品々も不思議なものばかり。物語は、そういうものを遺されてしまった地球人達の人生を描いている。実際の用途が不明のまま、しぶとい人類達は拾遺物を自分たちの文明に活かしていく。けれど「ゾーン」侵入を繰り返した人間は確実に肉体的な影響を受け、彼らは周囲の人々にも少なからざる 影響を与えるようになる。

 名の知られたストーカーであるレドリックはその不法行為故に収監・釈放を繰り返す。彼の人生も、彼の家族もゾーンに多大な影響を受けている。他人などどうでもいいと嘯くレドリックの、しかしにじみ出す人柄がものすごく魅力的。娘に対する愛、他人に対する愛。いいヤツだなー!

 地球なんて、広い宇宙から見ればまったく注目に値しない、あってもなくてもいいような星でしかないのかもしれない。ちっぽけで、みじめで、薄汚れた人類は、それでもそれぞれの生を懸命に生きている。読んだ後、つい、地面を這うありんこを見入ってしまう、切なくて温かい作品。


    悪人(2008.9.15)
吉田修一   朝日新聞社


 福岡と佐賀の県境にある三瀬峠で若い女性の絞殺体が発見される。被害者・石橋佳乃は福岡の保険外交員。つき合っていたと言われる大学生は行方不明。単純と思われた事件は意外な方向に展開していく…。

 故郷の久留米を飛び出して福岡で暮らし始める佳乃は出逢い系サイトでの出逢いを繰り返し、ヴィトンの財布の中には千円札が数枚という生活。友人には見栄を張らずにはいられない。
 彼女が憧れる大学生・益尾圭吾は大きな旅館を実家に持ち、アウディA6を乗り回し、バーで女の子に声をかけまくる。
 佳乃と出会い系で知り合った土木作業員の清水裕一は、彼を捨てた母親の代わりに祖父母に育てられ、年収とつりあわないスカイラインGT−Rを走らせることが生き甲斐の無口で不器用な青年。
 29歳の双子の姉妹の姉である馬込光代は、洋服量販店で働きながらこれからもまるで変わることなく続いていくであろう日常に希望を失っている。

 くるくると変わる視点、差し挟まれるインタビュー、事件は少しずつ明らかになっていき、展開は途中で一転して純愛物のごとき様相に。

 ああ、なんて「リアル」な話なんだ、と思った。
 誰も彼もが瑕疵を持っている。
 幸運と、不運と、不満と、満足と、そういう日常に溶け込んでいたものたちが、一石を投じられたことによってふつふつと浮かび上がってくる。
 完全な「善人」なんていない。
 完全な「悪人」もいない。
 劇的な展開もない。
 まばゆいばかりに差し込んでくる救いも、ない。

 しかし益尾はもっとマスコミに叩かれるべきじゃね?とか思うのはわたしの中の「悪人」の独り言。


    限りなき夏(2008.9.19)
クリストファー・プリースト/古沢嘉通・編訳   国書刊行会


 プリースト初の短編集。
 や、短篇でもプリーストはやっぱりプリーストだった。当たり前っちゃ当たり前の話だけど。幻想的で情緒的、けれどどこか硬質な、とびきり上質な物語集。

 「限りなき夏」は幸せの絶頂で”凍結”された男が愛する人を待ち続ける物語。自分が属していない世界をひとり漂う哀愁を帯びた孤独な男。
 「青ざめた逍遙」はキラキラと煌めくフラックス流路を有した公園がステキ。流路に架けられた橋は<昨日橋>、<今日橋>、<明日橋>。家族で公園にピクニックに来た少年・トマスが経験した、自分の人生を左右するできごと。
 「逃走」はプリーストの処女作! 基地の視察を終え、ひとり車を走らせて議事堂へ戻るロビンス上院議員。秘書との連絡は途絶え、路上に若者達が大勢集まっている。いったい何が起こったのか…?
 「リアルタイム・ワールド」はこの短編集でわたしが一番好きだなあと思った作品。地球から遠く離れた惑星近くに設立された観測所で働くダン。彼には表向きの仕事の他に、他のメンバーには内密の役割を与えられていた。”個人を取り出してみれば、みなわたしとおなじように正気である。だが、集合的存在になると、正気ではない。” 正気でないのはいったい、誰なのか?

 これ以降に収録された短篇は、無限群島(ドリーム・アーキペラゴ)を舞台にしたシリーズもの、と言えそうな作品群。
 「赤道の時」は戦場へ向かう航空機から無限群島を臨む兵士の独白。螺旋を描く飛行機雲が幻想的に瞼に浮かび上がってくる。
 「火葬」は無限群島にやってきて日の浅い男が、まるきり風習の違う島の葬儀に参列することになり、想像もしなかった経験をする。これは怖い!!!
 「奇跡の石塚」は無限群島の一番端、本土と海を挟んですぐのところにある島、シーヴルを主人公が尋ねる物語。シーヴルに住んでいた叔父の死後の処理をするため島を訪れることになったレンデンは、本土の領主庁の意向で護衛をつけられることになる。護衛としてやってきたのは若い女性警察官・ベラだった。彼女と過ごす3日間と、かつて幼少の頃、シーヴルを定期的に訪れていた頃の忘れられない記憶。や、この仕掛けにはびっくりだ。そして石塚での出来事もびっくりだ…! 叔父の妻で病気だったアルヴィ叔母の存在感が圧倒的。
 「ディスチャージ」は、かつて絵描きだった一人の兵士の奇妙な人生の物語。二十歳までの記憶を失った”わたし”は戦場へ送られる途中で無限群島最大の島・ミュリジーに停泊し、失われたはずの記憶が断片的に蘇る。その記憶はミュリジーに住んでいた画家・ラスカル・アシゾーンに関わっている…。奇妙な戦場、あてどもない放浪、不思議な効果を持つ絵画技法。

 ああ、たっぷりとプリーストの築き上げる美しくて奇妙な世界を堪能。どの作品も「こうなるんだろうな」なんていうありきたりの予測を受けつけない、飛びきりのゴージャスさ。本を閉じてからもしばらくはうっとりして、なかなか心が現実に戻ってこなくて苦労したわー。w

(収録作:「限りなき夏」、「青ざめた逍遙」、「逃走」、「リアルタイム・ワールド」、
      「赤道の時」、「火葬」、「奇跡の石塚」、「ディスチャージ」)



    田村はまだか(2008.9.23)
朝倉かすみ   光文社


 朝倉かすみ作品は『肝、焼ける』に続いて2作目だったのだけれど、あーこの人はホントに北海道を愛してくれてるんだなあ、そして巧い人だなあ、と思った。

 40歳の男女5人が同窓会で再会し、小さなススキノの片隅のバーで「田村」を待つ話。朝倉版「ゴドーを待ちながら」?とか思ったけれどもっと読者に寄り添った話。

 40歳って「アラフォー」とか言われちゃって旬な年代っぽいけれど、考えてみたら彼らが(ってわたしもあんま変わらない年代ですが)学生時代は「不揃いな林檎達」とか言われちゃって騒がれて、20歳代の頃はトレンディードラマが全盛で、バブル経済をガンガン謳歌して、30歳代になっても「29歳のクリスマス」とか大ヒットして「大台に乗る微妙な心理」みたいなのが持て囃されて、そしてアラフォーで。マスコミ側が、つまりはみんな同じ世代でずっと中心で在り続けている、ということなのかなあ、とふと思った。
 世代交代がうまくいってないんだろうか、世の中の。
 バブル時代の人たちのパワーの強さに若い人のパワーは太刀打ちできないと言うか、太刀打ちしようって気持もないんだろうか。
 ケータイ小説が今の流れをうち破るんだろうか、もしかして。

 まあそんな話はおいておいて。

 田村君の話ですよ。w

 40歳になった彼らは、みんな不惑とはほど遠い心境を生きている。小学校時代をありありと思い出せる彼らは、小学生時代の気持を持ち続けている(つもりの)自分たちが世間では「40歳扱い」されることに戸惑い、諦め、受け容れる気持と受け容れたくない気持との間で揺れている。

 可能性に満ち満ちていた未来はどんどん減って、自分の過去はどんどん増えて。

 そんな彼らの最後の希望みたいなのが、孤高の小学生だった田村なのだ。
 田村は他のみんなと違う。
 田村は愛をつらぬいた。
 田村は不幸な環境に全然負けなかった。
 今の田村も、きっと昔の田村と変わっていないに違いない。

 彼らはすがるように田村を待つ。
 田村は、まだか。

 後半の展開はちょっと予想外に衝撃的でびっくりした。
 こんな話になるとは思わなかった。
 わたしも彼らと一緒に田村を待っていたから。
 今頃快速エアポートに乗っている。
 今頃地下鉄南北線に揺られている。
 今頃ニッカウヰスキーの大ネオンの前を歩いている。
 きっと今にも田村がドアを開けて入ってくる。
 夜の雪の匂いをコートにまとわらせて。

 最後、なんとも巧く大団円にまとめ上げて見せたのが、素晴らしい、と思うと同時にちょっと不満だったりもした。w


エア(2008.9.26)
ジェフ・ライマン/古沢嘉通・訳   早川書房


 英国SF協会賞/アーサー・C・クラーク賞/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞受賞作。

 中央アジアの小国・カルジスタンの山際にある、キズルダー村。時代から取り残されたようなその村で、チュン・メイは”ファッション・エキスパート”だった。流行のファッションの先端に立ってみたいと夢見るメイは、世界中に画期的な影響を及ぼすだろうと思われる新ネットシステム”エア”がキズルダー村を試験運用の対象とした際、テストの事故から別の人格を脳内に取り込んでしまう。 同時に、偶然にもエアにアクセスできるただ一人の人間となったメイは、事故による問題を抱えながらも、新しい時代からキズルダー村が取り残されて仕舞わぬよう孤軍奮闘するが…。

 誰からも理解されることなく、自分の体がどうなってしまったのかも理解することが出来ず、それでもこのままではいけないという焦燥感から村人達に働きかけるメイ。かつての友人には裏切られ、夫は頼りになるどころかあらたな問題を持ち込み、やっと見つけたやすらぎはとんでもない結果を産みだしてしまう。
 でもでもメイはしぶとく、しっかりと生きていく。
 ある研究所から村に戻る際のシーンで、わたしはてっきり、これはマトリックスとかそういう世界の話かと思った。
 けれど、バリバリのSFっぽい小道具を使いながらこの物語はものすごく土臭い。”エア”というタイトルでありながらまるで『大地』のような印象だ。

 それにしてもキーとなるはずの”エア”の仕組みというか、世界観というか、そういうものが結局最後までわたしにはうまく思い描けなかった。タンばばさまの人生は非常にリアルでしたが。
 あと、妊娠のシチュエーションがどうしても受けつけなかった。ありえないだろ。胎盤とかどうなってるのよ。てゆか、そもそもこんなシチュエーションにする必然性はいったいどこにあるの?

 そのあたりがすごーく不満で、だからそのあたりの話になるたびになんだか物語の世界から引き戻されてしまって、どっぷりとキズルダー村の生活に入り込めなかったのが非常に残念だったわ。


    狂血 R/EVOLUTION 7th Mission(2008.9.27)
五條瑛   双葉社


 「革命」シリーズ7作目。

 パンダトラベルの崔のもとでアルバイトをしている倉木櫂は、突然湧き起こる衝動を制御することが出来ず、他人の気持ちを慮ることができない。しかし立ち寄った銀座のギャラリーで亮司に出逢い、彼に絵を描くことを勧められて生まれて初めて熱中するものを見つけることができる。
 新宿で闇医者をしている蘇の元ではかつてエリート外科医だった本田が手伝いをするようになる。絶大な人気を誇る占い師ドゥルダと彼は惹かれ合っていく。
 ヤスフミの復讐に燃えるエナは、大川を必死で捜し回る。エナの動きがうっとうしくなってきた大川はある行動に出る…。

 いろんな話が錯綜して、ファービーの危険さもはっきりしてきて、極右と多国籍との対立も激化していく。いよいよ革命の波が押し寄せてくる…?
 亮司が懸念するように、わたしもこの革命の先には何があるのかと思うと暗い気持になってくる。「狂血」の子ども達がどんどん増えて、ファービーで無気力にされた若者もどんどん蔓延するってことなのかしら。サーシャの狙いって結局なんなのかしら。

 誰にも感情移入できず、遠くから混乱している映像をぼんやりながめているような感じ。
 うーん、わたしが歳をとったのかなー。


    レ・コスミコミケ(2008.10.1)
イタロ・カルヴィーノ/米川良夫・訳   ハヤカワ文庫SF


 『柔かい月』と同じくQfwfq氏が語り手の時空を超えたファンタジー(じゃ、ないのか?)。ところがこの作品、訳者が『柔かい月』と違うために雰囲気がまるっきり違う。Qfwfq氏が”Qfwfqじいさん”になって、口調がじいさん口調になると、物語は一気に卑近な感じに。w うん、この感じもキライじゃない♪

 口調が変わってもQfwfq氏は相変わらずで、地球に一番月が近づいてくるときにスプーン片手に「月のミルク」を取りに行くついでに恋に落ちたり(「月の距離」)、家族で流体上の星雲が凝縮して太陽系が誕生する場面に居合わせてしまって大騒ぎしたり(「昼の誕生」)、宇宙に自分がはじめてしるしをつけたのだと主張したり(「宇宙にしるしを」)、ビッグ・バン以前に一緒にいた仲間と偶然角の喫茶店で再会して一緒にかつて愛した人を懐かしんだり(「ただ一点に」)、地球に大気が発生してすべてのものに色がついた瞬間恋人を失ってしまったり(「無色の時代」)、幼なじみと星雲に乗って永遠に追いかけっこをしていたり(「終わりのないゲーム」)、陸の生活に憧れて水を離れたのに手痛い失恋をしたり(「水に生きる叔父」)、学部長(k)yK氏(何の学部長かは不明)と賭け事に高じたり(「いくら賭ける?」)、最後の恐竜族として孤独な人生をおくったり(「恐龍族」)、フェニモア中尉やウルスラ・H'xとともにどこまでも落ち続けていたり(「空間の形」)、2億年前に自分のしでかした失敗について、あるメッセージを見つけたことからどんどん自意識過剰な状態に陥っていたり(「光と年月」)、彼女に対する愛から自分をとりまく貝殻をせっせと作り始めたり(「渦を巻く」)している。壮大なスケールでどんだけ小さい話をしてるんだ、とツッコミたくなる。w これぞカルヴィーノクオリティ。

 個人的には「水に生きる叔父」と「恐龍族」が好き。この2つは他の作品に比べてすんごくわかりやすい物語構造。あー、やっぱりわたしって凡人なんだなあ(苦笑)。叔父さんはカッコいいし、恐龍族はラストが好き。最後の恐龍セツナス。

(収録作:「月の距離」、「昼の誕生」、「宇宙にしるしを」、「ただ一点に」、「無色の時代」、「終わりのないゲーム」、
      「水に生きる叔父」、「いくら賭ける?」、「恐龍族」、「空間の形」、「光と年月」、「渦を巻く」)