classic 2004


著者名 タイトル 出版社
山崎ナオコーラ 人のセックスを笑うな 河出書房新社
吉田修一 春、バーニーズで 文藝春秋
白岩玄 野ブタ。をプロデュース 河出書房新社
瀬尾まいこ 幸福な食卓 講談社
角田光代 対岸の彼女 文藝春秋
ジュンパ・ラヒリ その名にちなんで 新潮クレスト・ブックス
古川日出男 gift 集英社
荻原浩 明日の記憶 光文社
長谷川純子 発芽 マガジンハウス
舞城王太郎 みんな元気。 新潮社
大島真寿美 香港の甘い豆腐 理論社
吉川潮 流行歌−西條八十物語 新潮社
江國香織 間宮兄弟 小学館
角田光代 庭の桜、隣の犬 講談社
三浦しをん 私が語りはじめた彼は 新潮社
奥田英朗 空中ブランコ 文藝春秋
岩井志麻子 永遠の朝の暗闇 中央公論新社
恩田陸 夜のピクニック 新潮社
白石一文 僕のなかの壊れていない部分 光文社
ジュンパ・ラヒリ 停電の夜に 新潮文庫
モブ・ノリオ 介護入門 文藝春秋
熊谷達也 邂逅の森 文藝春秋
村上春樹 アフターダーク 講談社
大崎善生 九月の四分の一 新潮社
白石一文 一瞬の光 角川文庫
光原百合 星月夜の夢がたり 文藝春秋
梨木香歩 村田エフェンディ滞土録 角川書店
奥田英朗 イン・ザ・プール 文藝春秋
北村薫 語り女たち 新潮社
桐野夏生 残虐記 新潮社
柳美里 命 四部作 小学館
橋本治 少年少女古典文学館1 古事記 講談社
あさのあつこ バッテリーV 教育画劇
あさのあつこ バッテリーIV 教育画劇
あさのあつこ バッテリーIII 教育画劇
あさのあつこ バッテリーII 教育画劇
あさのあつこ バッテリー 教育画劇
小川洋子 博士の愛した数式 新潮社
瀬尾まいこ 図書館の神様 マガジンハウス
丸谷才一 裏声で歌へ君が代 新潮社
三島由紀夫 豊饒の海 新潮文庫



























豊饒の海 四部作(2003.12.12)
三島由紀夫   新潮文庫


 第一部『春の雪』、第二部『奔馬』、第三部『暁の寺』、第四部『天人五衰』からな
る大長編。松枝清顕と聡子との悲恋を描く第一部から始まり、二人の恋の一部始
終を見届けた清顕の親友・本田が清顕の生まれ変わり・勲を見つけ彼の生き様に
手を貸そうとする第二部、さらに勲の転生したジン・ジャンに本田が執着する第三部、
そしてさらなる生まれ変わり・透を本田が自らの手で養育しようとする第四部から
なっている。まさに壮大。

 三島を読んでいると(と言ってもすべての作品を読破したわけではないが)、日本
に生まれて、三島が綴った言葉をそのまま読めるこの時代に生きていてよかった
なあ…としみじみ思ってしまう。そのくらい彼の文章は強烈だ。
 延々と続く情景描写は緻密で美しい油絵を見るよう。今時の小説ならこんな描写
はすべて省かれてしまうだろうな…テンポが違うのだ。車で走り去る風景を眺める
のではなく、一歩一歩大地を踏みしめながら眺める景色。そういうテンポが人間の
本来のテンポだろうと思う。車の便利さ、疾走感、そういうものは便利だし、今の時
代に必要不可欠なものであるけれど。たまにはやっぱり歩いてみたくなるものだ。

 とにかく美しい第一部から始まって、物語はどんどん人間の醜さを描き出していく。
老いていく本田の姿は残酷なまでに醜悪だ。転じて若くして死んでは転生を繰り返
す清顕はいつまでも美しい。どちらが幸せなのか、そんなことが問題ではない。

 天人五衰でやっと辿り着いた月修寺で、本田に聡子が告げる言葉は衝撃的だ。
ここに辿り着くために、この小説は築き上げられてきたのかもしれない。ある種の
圧倒的なカタルシス。

 このラストシーンを読むために、全4巻を読破する価値がある。というか、今現在、
日本に生きていて、この小説を読まずに死ぬのは損だ。



裏声で歌へ君が代(2004.3.10)
丸谷才一   新潮社


 以前『輝く日の宮』で初めて手に取った丸谷才一。今回の舞台は1970年代、在
日台湾人による架空の台湾独立運動組織を巡る物語。相変わらず歴史や政治に
疎いわたしにはどこまでがフィクションなのかわからない…(泣)。

 主人公の画商・梨田が狂言回しとなり、「台湾民主共和国準備政府」の大統領で
なおかつスーパーマーケットの店主である友人・洪の運命を傍らから見守ることに
なる。物語の合間に梨田と一度結婚に失敗した朝子との恋物語があり、国家論を
巡る議論があり、登場人物達のそれぞれの生き方がある。

 前半はなんだか議論ばかりでなかなか進まなかったが、洪の行動の謎を巡る後
半に入ると一気に読めてしまった。

 それにしても、この人の小説は技術がスゴイ。『輝く…』でも思ったけれど、今回も
梨田の夢に関する描写や、ラストの終わらせ方にはもうびっくり。こんなの小説技
法としてアリなの!?という感じで…。発想とそれを形にする技術と、両方が多分
ずば抜けている、ということなのかな。

 代表作は『笹まくら』だという話なので、近いうちにぜひ、読んでみたいもの。



図書館の神様(2004.3.11)
瀬尾まいこ   マガジンハウス


 ずっと「正しく」あることを基準に生きてきた清(きよ)は、高校時代、打ち込んでい
たバレーボール部で試合でミスした同級生に自殺されて以来、投げやりだ。
 実家のある都会を離れ、田舎の大学を出て、不倫相手である浅見さんのアドバイ
スでなりゆきで講師となり、海の側の高校に勤務することになった清は、希望する
バレー部の顧問ではなくなぜか、部員1名きりの文芸部の顧問になることに…。

 物語は淡々と進む。けれど清はだんだん癒されていく。たった一名の部員である、
妙に老成した垣内君に。毎週手みやげを持ってきては泊まり込み、毎月の同級生
の墓参りには必ずつきあってくれる弟に。そして、気づかないうちに愛着を感じてい
く文芸部の活動に。読みながら、なんだかこちらも癒されている気分になってくる。

 読後感は爽やか。さくさく読めるので1時間くらいで読めてしまう。
 ただ、なーんとなく、食い足りないのよね…。

 清がまったくの受け身だからかな。彼女が自ら選んだことって、浅見さんとの関係
についてくらいだよね…。どこにいても、彼女は周りから「癒される」ばっかりなのだ。
こういう読み方、ちょっとひねくれてるんだろーか??



博士の愛した数式(2004.3.21)
小川洋子   新潮社


 未婚の母で、息子を育てつつ家政婦として働いている「私」の新しい勤め先は、
交通事故で事故以降の記憶がつねに80分しか持たないという、とある数学者の
家だった。数字と子供をこよなく愛する一風変わった「博士」と、博士が「ルート」と
あだ名を付けた息子、そして「私」の奇妙な生活が始まる…。

 この設定はすごいと思う。80分しか記憶が持たないために、博士が毎朝感じる
哀しみ、そして理数系でない読者をも魅入らせてしまう美しい数字の秘密の数々…。
ちっとも外見は魅力的ではない博士に、まったく自然に惹きつけられる。本当にさ
さやかな幸せの結末は、悲しく、切なく、けれどもふんわりとあったかい。これがわた
しにとっては初めての小川洋子作品であるけれど、なぜこれほどまでに誰も彼もが
絶賛するのか、読んでみると納得。完璧。数字ってこれほどまでに愛らしいものなの
ね…。いや、でも理数系には絶対なれないけど(笑)。



バッテリー(2004.4.2)
あさのあつこ   教育画劇


 春から中学校入学を控え、父の転勤で小さな町に引っ越してきた巧一家。父母
の故郷でもあるその町にはかつて高校野球の監督だった祖父がひとりで住んで
いた。小学校時代から野球を続け、ピッチャーとしてずば抜けた才能を持っていた
巧はその町で、キャッチャーをしている豪と運命的に出会う…。

 胸がきゅーんとなる青春小説ですなー。
 不器用で、自信家で、真っ直ぐな巧はとにかく尖っていて、家族との間にもいつ
も摩擦ばかりがおきる。しかし野球を通じて、これからどんどん人間的に成長して
いくのね…みたいな。

 わがままなんだけれど、巧が人とぶつかってもがく姿はすごくわかる。痛みが読
者に届く。父も母も弟の青波も、それぞれに悩んでいることがちゃんと描かれてい
るから、独りよがりな作品にならない。
 人気があるのも頷ける。

 ともあれ、これから巧がどう育っていくのか、楽しみ。



バッテリーII(2004.4.5)
あさのあつこ   教育画劇


 中学校に入学した巧は、グラウンドで練習している野球部の様子を見て一抹の
不安を抱く。きちんと練習しているのにどこかだらけた印象が拭えない。それは一
体どうしてなのか…。

 巧はあいかわらずわがままですなー(笑)。
 それにしても、すごい中学校だ。服装検査に違反した生徒の名前を前項放送で
発表するなんて、あ、悪趣味なー。色つきのハンカチくらいいいだろう!(笑)

 才能があっても巧はその上にあぐらをかいているわけじゃない。
 巧の上級生、展西たちの努力の仕方は間違っている。けれど、彼らが巧をおもし
ろく思わないその気持だけはまあ、わかる。

 なんだか野球部はとんでもないことになっちゃって、これから巧達はどうするのか
な?



バッテリーIII(2004.5.6)
あさのあつこ   教育画劇


 いい感じでおもしろくなってきたぞ〜!
 前回の不祥事で活動停止になった新田東中野球部。活動は再開されたものの
校長の野球部を見る目は厳しい。野球部監督の戸村は野球部復活をアピールす
るため、レギュラー対1年チームに紅白試合をさせることに…。

 相変わらずトンがってる巧。仲間と勝敗を分かち合うことにも、まとまったいいチー
ムになることにもまったく興味がなく、ただ自分のボールを投げたいだけと言い切
る彼も、やっぱり少しずつ変わってくるのかな。なんだかんだ言いつつも、いいチー
ムになりそうな予感だもんね。

 監督も、豪も、青波も、キャプテンの海音寺も少しずつ巧と出会って変化し、巧も
それを受けて揺れている。
 そうそう、少年はこうでなくっちゃ(笑)。



バッテリーIV(2004.6.7)
あさのあつこ   教育画劇


 前回段取りをつけた強豪・横手中との試合で惨敗を喫した新田東中。巧と豪の
バッテリーはなぜ負けたのか、なぜバッテリーが崩れてしまったのかの原因がわ
からないまま気まずい日々を送っていた。
 今まで巧の投球に惚れ込むだけだった豪は、その試合を境に巧を脅威に感じる
ようになる。そして他人を気にしないはずの巧も、豪に拒まれたことに困惑してい
る自分に驚いていた…。

 この物語のすごいところは、登場人物が枠にはまっていなくて、先がまったく読
めないところ。大きく言えば青春もの、成長モノなんだけれど、巧はそんな真っ直ぐ
なかわいい少年じゃないし、よくある「ひねくれた少年が周囲の人たちによってす
こしずつ変わっていく」あったかストーリーでもないのだ。

 特にこの4巻はスゴイよ…。
 むちゃむちゃ暗い(笑)。
 互いに相手を無二と認めるバッテリーなのに、「友達じゃない」と言い切る巧。巧
の才能に憎悪すら感じる豪。そして今回キャラが立っているのが横手中の5番バッ
ターである頭脳派・瑞垣。ひねくれてます…無茶無茶に。
 2巻に登場する展西といい、こういうキャラかくと筆が冴える人なのね…。

 今回はバッテリーに垂れ込める暗雲が完全に払拭できないまま物語は終了。
5巻はどうなるのかしら??



バッテリーV(2004.6.7)
あさのあつこ   教育画劇


 前巻で危機に面したバッテリーは辛くも豪が踏みとどまって継続。しかし二人の間
にはまだ何やらわだかまりが。そして巧は今まで常に制御していた自分の力が制
御しきれないほどパワーアップを始めていた。

 前回途中没収試合となった横手中との練習試合も仕切り直すことに。新田東中
前キャプテン・海音寺と横手中の関口・瑞垣もその手配に奔走。そんな中で関口
に対する瑞垣の葛藤を垣間見た海音寺は新田東中元レギュラー陣の練習に瑞垣
を招く。そこである事件が起こった…。

 今回の主役は瑞垣だろう!(笑)
 彼の複雑な内面と表に出る行動のアンバランスさには目が離せない。巧、食わ
れてるよー(笑)。

 なんだかんだ言いながら少しずつチームと関わることを覚えてきた巧。5巻では
いよいよ横手中との試合に決着がつくのかしら。わくわく。
 そして気になるのはラスト付近での巧の忘れ物…。これって何かを暗示している
のかな? どうやらまだまだ明るい未来は遠そうだわ…。



少年少女古典文学館1 古事記(2004.6.10)
橋本治   講談社


 ちゃんとした(笑)古事記を読むのは梅原猛のものに続いて2冊目なのだけれど、
直訳っぽい梅原版にくらべて、こちらはさすがに児童向けだからなのか、それとも
橋本治だからなのか、わかりやすい! まさに「窯変 古事記」とでも言えそうな橋
本節炸裂な文章で、すごくとっつきやすい本に仕上がっている。

 残念なのは全体の古事記の3分の1の内容しか収められていないこと。ああー、
この文章でヤマトタケルの悲劇や軽太子と軽大郎女の悲恋を読んでみたいよ…。

 さらに読了して最後のラインナップを見てごくりと生唾。北杜夫の竹取物語、俵万
智の伊勢物語、瀬戸内寂静の源氏物語、田辺聖子のとりかえばや物語、阿刀田高
の古今著聞集、平岩弓枝の太平記、谷川俊太郎の狂言に…と、枚挙に暇のないむ
ちゃくちゃ豪華なラインナップ!! ぜ、全部読みたい…。個人的に栗本薫の里見
八犬伝には「?」なんですが…(笑)。

 このレベルがすべての本で維持されているとしたら、ぴよぴこのために全部揃えて
も、いいかもしれない。
 あ、ごめんなさい、ホントはわたしが読みたいだけなんです…。



命 四部作 第一部『命』/第二部『魂』/第三部『生』/第四部『声』(2004.6.18)
柳美里   小学館


 この作品で初めて柳美里に触れたのは、幸運だったのか不幸だったのか。
 不倫の末に身籠もった子供の出産・育児と、出産発覚とほぼ同時期に癌が発覚
した元恋人の闘病生活とを綴った実体験にもとづく手記…とでも言うか。ノンフィク
ションとは呼びがたいし、かといって「私小説」と言えるほど「小説」化していない。
やっぱり「手記」かなあ…。

 4作に通じて言えることは、とにかく感情のうねりをそのまま文章にしているため
に読者が翻弄され、疲弊すること。感情の垂れ流しに近い(失礼)ので、ある意味
スゴイ迫力。ここまで書かれてしまうと、柳美里という人物自体にわたしはけして
近づきたくない(いや近づけないけど)…と思ってしまう。彼女は書くことで生きてい
けるのだろうけれど、書かれる方は大変だよ、ホントに。

 とにかく私、私で、癌に冒され苦しい闘病を強いられる東を前にしても「この人に
死なれたらわたしが生きていけない」、産まれた子どもに対しても、「この子がいる
から生きていかなくては」、と、相手に沿って考えることがつくづくできない人なん
だろうか…と思う。おそらく母親が必死で書いたファックスに対しても「リアリティが
ない」だもんなあ。リアリティってなんだ…。不倫の相手と著者との間に挟まってか
なり不快な思いをしたであろう妹に対しても、「下の世話」と言われた、というその
1つの言葉に拘ってけして自分から折れようとしないし。ずっと子供の世話を頼ん
でいた町田康・敦子夫妻に対しても、大変だと思う、でもほかに頼む人はいない。
だから頼むのは仕方ないよね?、みたいな。編集者の皆さまにも午前2時とか3
時にいきなり電話でたたき起こされる周囲の方々にも読んでいるこっちが申し訳
なくなるよ…。

 サクサク読めるんだけれど、読んでかなり不快。不快になりながらも4作通して
ちゃんと読めた自分になんだか妙な達成感(笑)。



残虐記(2004.6.18)
桐野夏生   新潮社


 書き上げた原稿を残して失踪した小説家。彼女は25年前に起きた約1年にわ
たる少女監禁事件の被害者であり、彼女のもとには失踪前に、出所した加害者
からの1通の手紙が届いていた…。果たして監禁中の二人の間にあった真実は
何なのか?

 この小説のタイトルは『残虐記』だ。しかし、書いてある内容に一見して残虐な
描写は一切含まれていない。では、なぜ残虐記なのか。監禁中の二人の生活
の本当のところが知りたくて読み進めていった、読者こそが残虐なのだ。

 物語は失踪した小説家の夫が編集者に宛てた手紙から始まり、前後を手紙に
挟まれるようにして小説家が書いたとされる原稿が作中作のような形で掲示さ
れる。その中にさらに、小説家が書いた小説が入っている。こうかくと複雑だか、
読みやすさは損なわれていない。

 この前読んだ『グロテスク』は東電OL事件、そして今回は新潟で起こった少女
監禁事件がモチーフにされている。それにしてもこの作者はホントに人間の汚い
部分を描かせるとピカ一よね…。
 ただ、『グロテスク』に比べてしまうとこちらはちょっと弱いかも。加害者である
安倍川健二、そしてヤタベにはもう少し不気味さみたいなものがほしかったなあ。
検事との応酬も。全体的にさらっとしている感じなのは、狙っているのかしら?



語り女たち(2004.7.7)
北村薫   新潮社


 裕福な故に生活の心配がなく、空想癖のある「彼」は、視力が衰えたこともあっ
て市井の女達に彼女たちの物語を語らせることを思いつく。彼が寝椅子に寝そ
べる海辺の部屋にやってきた女達はそれぞれに、自分の物語を語り出す…。

 収録作は「緑の虫」、「文字」、「わたしではない」、「違う話」、「歩く駱駝」、「四
角い世界」、「闇缶詰」、「笑顔」、「海の上のボサノヴァ」、「体」、「眠れる森」、
「夏の日々」、「ラスク様」、「手品」、「Ambalvalia あむばるわりあ」、「水虎」、「梅
の木」の17篇。

 この物語達に起承転結を求めてはいけない。そんなものをもとめたら、読了後
「だからどうした!!」と本を叩きつけたくなるだろう(笑)。
 女達は、ただその物語をあるがままに語り、読者(いや、聞き手か)は彼女たち
が紡ぎ出す糸に巻かれるまま、たゆたっていればいい。この本で大事なのは「読
了感」ではなくて、まさに「読書感」なのだ。

 ただ、北村薫はどうも、人物がワンパターンな感じが…。いや、北村薫に文句を
言うのはちょっと畏れおおいんだけれど(笑)。
 出てくる女性出てくる女性、見た目や年齢はバラバラなのに、語り出すとみんな
のっぺらぼうで個性が…(以下自粛)。

 この後書くのもなんだけれど、「読書」を愉しめる1冊。ゆったりとどうぞ。



イン・ザ・プール(2004.7.30)
奥田英朗   文藝春秋


 いやー笑った。久しぶりにこんなバカバカしい本を読んだ気がするなあ。いや、
いい意味で(笑)。

 常識破りの精神科医・伊良部一郎のもとを訪れた5人の患者たちが、それぞ
れの病を克服するまでを描いた連作短篇集。「イン・ザ・プール」、「勃ちっ放し」、
「コンパニオン」、「フレンズ」、「いてもたっても」の5篇を収録。どれもいいけど、
ドキッとしたのは表題作の「イン・ザ・プール」と「フレンズ」かな。体調を整えるた
めに始めた水泳にどんどんのめり込み、依存症になってしまうサラリーマンの話
と、友達と繋がっている実感が欲しくて携帯依存症になる男子高校生の話。
 それにしても、どの話もホントに、伊良部の対応が予想がつかなくてある意味
でスリリング(笑)。

 これは直木賞受賞の『空中ブランコ』が俄然楽しみになっちゃうな〜。



村田エフェンディ滞土録(2004.8.1)
梨木香歩   角川書店


 以前読んだ『家守綺譚』の姉妹編(?)ということで、同じような雰囲気を期待
して読んだんだけれど…これはこれで、きっちりと独立した、しかもかなり質の高
い作品だった。梨木香歩の力を改めて再確認。

 およそ百年前に日本人留学生として土耳古(トルコ)へと渡った村田。そこで
身を寄せた下宿で結ばれる友情。異国情緒溢れる少しだけ不思議な日常生活
の中に、やがて不穏な世界情勢の足音が聞こえてくる。

 前半はわりとふうわりとした雰囲気なのに、だんだん不穏な空気が混じり始め、
最後は切なさに胸を締めつけられる。英国人である下宿屋のディクソン夫人、
そこで働く土耳古人のムハンマド、下宿人である独逸人のオットー、希臘人の
ディミィトリス、村田、そしてムハンマドが拾ってきた鸚鵡。国籍、育ってきた環境、
信仰する宗教、考え方、何もかもが違う彼らがそれ故に結ぶ純粋な友情。そして
発掘されたままうち捨てられた古い墓石(?)を使って作られたが故に、村田の
部屋で時に起こる不思議な現象や、そこへ持ち込まれる異国の神々の一悶着
(さすが梨木香歩!)。後半には『家守綺譚』の綿貫の家に村田が転がり込む、
という、両方を読んだ読者なら思わずニヤリとしてしまう場面も。

 それにしても、ここに描かれるトルコの生き生きとしたことといったら。わたしは
日本史も世界史もからきしダメな人間で、ギリシアとトルコの確執と言ったら篠田
節子の『インコは戻ってきたか』くらいしか思い浮かばない(しかも時代が違う…)
のだけれど、そんなわたしでもすっかり作品世界に浸りこんでしまった。

 あの市場の喧噪の中を、一度歩いてみたいなあ…。



星月夜の夢がたり(2004.8.3)
光原百合   文藝春秋


 全32篇のショートショートを「星夜」「月夜」「夢夜」の3章にわけて収録。全編
にわたって鯰江光二氏の絵が彩りを添え、さしずめ大人の絵本といった雰囲気。
心が弱っている時に読むとぐっとくる掌編もところどころ。かなりバラエティに富
んでいる。個人的には「ぬらりひょんのひみつ」、「天馬の涙」、「遙か彼方、星
の生まれるところ」あたりがよかったかなあ。

 ただ、なんとなく「思いついたのでそのまま書いてみました」という感じが否め
ない気がしたのも事実。32篇もあると玉石混合になるのは仕方ないのかしら。

 それでも、読んだ後は心がしーんとして、気持ちよかった。

(収録作「星夜の章」…春ガ キタ/塀の向こう/カエルに変身した体験、及び
それに基づいた対策/暗い淵/地上三メートルの虹/ぬらりひょんのひみつ/
三枚のお札異聞/いつもの二人/もういいかい/絵姿女房その後/遙かな約束
「月夜の章」…海から来るモクリコクリ/鏡の中の旅立ち/萩の原幻想/かぐや
姫の憂い/赤い花白い花/チェンジ/エンゲージリング/無言のメッセージ/
お天気雨/隠れんぼ/天馬の涙
「夢夜の章」…ある似顔絵描きのこと/真説耳なし芳一/大岡裁き/いなくなっ
たあたし/トライアングル/天の羽衣補遺/大食いのこたつ/目覚めの時/
アシスタント・サンタ/遙か彼方、星の生まれるところ)




一瞬の光(2004.8.30)
白石一文   角川文庫


 最初に断っておくけれどかなり辛口です。ファンの方は読まないようにしてく
ださい(笑)。

 橋田浩介・38歳。東大卒で日本を代表する旧財閥系大企業に就職し、社長
の懐刀と噂されエリート街道をひた走る。少年の頃から女が放っておかない美
型であり、容姿のことを言われるのは嫌い。スポーツも万能で、つき合っている
彼女は社長の義理の姪であり週刊朝日の表紙を飾ったことがあるくらいの美
女…と、とにかくスゴイ男が主人公。
 橋田は偶然立ち寄ったバーで、昼間面接で落としたばかりの女子短大生・
香折がシェーカーを振るっているのに気づく。そしてその晩、ちょっとしたトラブル
で彼女を家に泊めるはめになる…。

 容姿家柄性格ともに高ポイントの彼女・瑠衣と、子どもの頃から虐待され精神
的に非常に不安定な香折。一方的に庇護してやっているつもりだった香折に、
実は自分が守られていることに気づく橋田。

 多分、いい話なのだ。
 けれど、とにかく主人公にまったく感情移入が出来なかったわたしは、最後ま
でまったく物語に入り込むことが出来なかった。

 橋田はとにかく自分が正しいと信じて疑わないタイプ。そこここで周囲の人間
を見下す尊大な独白にひくことがしばしば。だいたい、心から自分が仕事へ違
和感を感じるほどの抜擢を受けている、と思っている人間が、自分の気に入ら
ない相手を信用してる、というだけの理由で後輩を海外へ飛ばしたりするだろう
か。通りすがりの相手の態度が悪かったからと言って、暴力で叩きのめして反
省もしないというのもどういう了見なんだ。
 自分が気に入らなくて飛ばした人間が、瑠衣と香折のことをほのめかして本
社へ戻してほしいと言うと「脅迫者に成り下がった」と断罪。
 香折とつきあっていた柳原くんに対する態度にしても、あんまりだ。

 …全然ついていけません。

 白石一文ってずっとこんな感じの作品なんだろうか…。ちょっと不安…。

 (以下ネタバレ)

 しかも、意識不明の相手の意志も確認せずに入籍したり、彼女が複雑な思い
でずっと捨てることの出来ずにいた布団を勝手に焼いてしまったり、両親とも勝
手に縁を切ったりと、すごいことしておいて「自分は正しいことをしている」と信じ
て疑わないのがもう個人的には耐えられない。あの何の迷いもないラストシー
ンがもう苦々しくて…。
 たとえ香折が橋田を好きなのは間違いないとしても、そして99%まで彼女が
それを望んでいるかもしれないと推測できるとしても、そこまで彼女の意志を無
視してことを進めるってちょっとおかしくないだろうか…?



九月の四分の一(2004.9.4)
大崎善生   新潮社


 今回読んだ大崎作品は短篇集。ラブストーリー、とは言いきれないような気も
するので直感でこちらに分類。
 今まで読んできた大崎作品はことごとく合うとは言えなかったわたし。今回も
ドキドキしながら(違)読み進め、最初の短篇「報われざるエリシオのために」を
読んだ後、すごい不快感に「ああ、やっぱりもうこの人の本はダメだ!!!」と
本を閉じたくなった。

 でもまあ、サクサク読めるし、この調子だと短時間で読み終われそうなので、
まあこの一冊だけでもちゃんと読むか…と思って読み進んだところ、あらら、も
しかしていいかも…? とくに表題作が好きだった。今日この日に読み終わった
ことに何か因縁めいたものを感じたり(笑)。9月ですから…。

 大崎作品はこの本に限らず、だいたいどの主人公も40代前半で札幌から東
京の大学に出てきて、大学時代は無為(?)に過ごして社会に潜り込み、ドロッ
プアウト、昔の恋人を今も忘れられずにいる…というパターン。多分確信犯でこ
ういう物語を書き続けているのだろうけれど、いい加減少し飽きてきた…(苦笑)。
この先もこういう作品が続くのかな?
 でも、今回みたいなちょっといい感じの作品にうっかり出会ってしまうと、また
次も「合わないかも…」と思いながら手を出すことになりそう。

 この本で始めて、他の人々の言う「透明感」みたいなものの余韻に浸りなが
ら本を閉じることができたように思う。


(収録作 「報われざるエリシオのために」「ケンジントンに捧げる花束」「悲しくて翼もなくて」「九月の四分の一」



アフターダーク(2004.9.17)
村上春樹   講談社


 読み始めて、なんだか違和感を感じた。
 しばらくして、ああそうか、文体か、と思った。「ぼく」が主人公じゃない村上春
樹って…なんとなく不思議。読者は「わたしたち」と否応なく一体化させられ、
完全な「第三者」として登場人物たちを追うことを強要される。「わたしたち」って
一体ナニモノ?

 美貌の姉にコンプレックスを抱く妹、眠り続け、別の世界に監禁される姉、妹
に興味を持つトロンボーン奏者、呼び出した娼婦の生理が突然始まったことに
逆上して暴力を振るい、身ぐるみ剥いで逃亡するシステムエンジニア。
 夜の街は混沌として、すべてのものをそのままに包み込む。

 説明はあまりない。
 ただ、受け容れるしかない。
 読者に対してあまり親切な小説とは言えないかも(苦笑)。

 さらっと読めて、なんとなーくいろいろ含みがありそうで、でも、よくわからなく
て。雰囲気は嫌いじゃないんだけれど、そんなに強烈な印象もない…。
 『海辺のカフカ』をばさっと半分に切って、濃度を2倍くらいに薄めた感じ?(笑)

 好きな人は好きなんだろうな。
 個人的には、可もなく、不可もなく。



邂逅の森(2004.9.21)
熊谷達也   文藝春秋


 史上初の直木賞&山本周五郎賞ダブル受賞作。力業だ…。

 感想を書くとどう書いてもネタバレになりそうなんだけれど、そもそも純文学に
ネタバレを気にする必要ってあるんだろうか? でも、もしも自分が読むならやっ
ぱりたとえ純文学だろうと、「この先どうなるの?」というドキドキ感はあった方
が楽しいに決まっている。この作品は東北のマタギの青年がとある事情で村を
出ることになってからの半生を描いた作品なんだけれど、ストーリー的にまった
く前知識のなかったわたしには彼の人生自体がまずおもしろかった。どう転がる
のか予想が全然つかないんだもん!

 大正から昭和にかけての東北の寒村を舞台にし、無骨なひとりの男の半生を
描く。もうそれだけで、手に取るのをためらう人はたくさんいるんじゃないかとい
う気がする。エンタメっぽくない…。手にとって、読み始めてもなお、エンタメっぽ
くない。でも、これはものすごいエンターテインメント小説だ。とくにラストあたり。
この描写を読んでおもわず拳に力が入り胸がドキドキし頭がクラクラしたのは、
わたしだけじゃないはずだ。

 時代が時代なこともあり、とにかく描かれているのは「男」だ。女性としては、
時々カチンとくるような描写もある。
 でも、これだけきっちりと「男」をやっている男を見ると、ああ、こういう男を支
えて生きる生き方もありだよなあ…と思えてしまう。いや、実際にはこの作品
で描かれている女性はむちゃくちゃ強い女ばっかりなんだけど(笑)。

 後半出てくる幸之助とか、女二人の行動とか、ちょっと唐突なような展開もあ
ることはあるんだけれど、とにかく力強い作品の流れに細かいことはすべて押
し切られてしまう。こういう骨太な作品、最近ではなかなかないんじゃないだろ
うか。

 読みごたえは充分。これは『相克の森』も読んでみなくっちゃなあ〜。



介護入門(2004.9.22)
モブ・ノリオ   文藝春秋


 題131回芥川賞受賞作。「ラップ調の文体」というのが斬新だ、という話はあ
ちこちで聞いていたんだけれど…これって、ラップ調?(笑) 確かに「YO、朋輩」
「HA,HA」みたいなのがところどころ入っているのがラップっぽいんだけれど、文
章にあるとあちこちで言われている「リズム感」が、わたしにはまったく感じられ
なかったんだけどなあ。

 文章のことをさらに言えば、この文章は本当に読みにくい。いつまでもいつま
でも、むやみやたらとだらだら続く文章に、だんだん何を言っているんだか読み
とれなくなってくる。しかも、ラップ調(?)なのにやたら難しい漢字が出てきて妙
にちぐはぐな印象だし。

 ”俺が未来の介護ロボットの青写真をくれてやろうか?「てめえがそいつのお
世話になるつもりでより優れたロボットの開発を目指せ、自慢の内孫のような
介護ロボットをな!」ってことだ、それを指向する感性に恵まれずテクノロジーの
可能性も本気で信じられぬから、恥ずかしげもなくメカニックな鉄の粗大ゴミを
博覧会場に陳列してしまうのだ、YO、土人の血族たる俺の方が余程科学の進
歩に繋がる感性を持ち合わせている、過去形の近代性に囚われた技術の焼き
直しに勤しむ技術者なんかよりもな、朋輩(ニガー)。”

 ずーーーーーーーっとこんな文章。
 しかも、この一文を読んでもわかるけれど、書いてあること自体はむっちゃくちゃ
真っ当。真っ当すぎ。

 つまりは非常にマジメな介護に関する考察がだらだらとラップ調(?)の文体
で述べられている、それがこの作品。それ以外のことはひとつも書いていないと
いうストイックさ。あ、いややたらと「大麻を吸いながら」というようなことが書いて
あったな…。どうしてここまで彼は大麻にこだわるんだろう? その執拗さもかな
りすごい。執拗な割には、「主人公はいつも大麻を吸っている」という意外の情報
は皆無なんだけれど。

 この作品はずっと「朋輩(ニガー)」と、読者に語りかけるような形で綴られてい
るのだけれど、その文章に反して、すごく閉じている気がする。「俺はこうだ」と
いうことは語られるけれど、だからどうだ、ということは何一つ語られない。読者
は本を閉じてもそこから何かを発展させていくことができない。ちょっと風変わり
な個人的な手記。まさに作者もそのつもりでこの作品を書いたようだけれど。

 モブ・ノリオが作家になるとすれば、それはこの作品で、ではない気がする。



停電の夜に(2004.9.26)
ジュンパ・ラヒリ   新潮文庫


 妻の死産をきっかけにぎくしゃくしてしまった夫婦。ある日5日間の一時停電
の通知が彼らの元に舞い込み、妻の提案で、ふたりは毎晩ひとつずつ、お互
いの秘密をうちあけ合うことにする。
 こんな出だして始まる表題作の「停電の夜に」ほか、読んでいてしーんと切な
くなる短篇が9つ。派手さはないけれど、苦みとともに不思議な味わいがある。
ゆっくりと、毎晩一篇ずつ読んでいくのが似合うよう。少年が少し人生の哀しみ
を知り、思いやりを学んでいくような、「ピルザダさんが食事に来たころ」や「セ
ン夫人の家」なんかが好きかなあ。

 登場人物にはインド系アメリカ人が出てくることが多く、生活習慣もその様式
での場面が多いのだけれど、内容的には誰にでも通じるものがある。かといっ
て人物造詣は単純でなく、人間そんな簡単には割り切れないよね、という気配
も。ハッピーエンドばかりでなく、かといってアンハッピーエンドでもない、この微
妙さはまさに「大人の小説」(笑)。

 処女長編である『その名にちなんで』も評判がいいみたいだし、読むのが楽し
みだなー。

(収録作:「停電の夜に」、「ピルザダさんが食事に来たころ」、「病気の通訳」、「本物の門番」、
「セクシー」、「セン夫人の家」、「神の恵みの家」、「ビビ・ハルダーの治療」、「三度目で最後の大陸」)




僕のなかの壊れていない部分(2004.9.28)
白石一文   光文社


 かなり辛辣かも。白石一文ファンの方はブラウザの「戻る」ボタンをオススメ。


 一流の大学を出て一流の出版社の編集者をしている「僕」は、とびきり美人の
恋人・枝里子、子持ちのスナックのママ・朋子、有閑マダムである大西夫人の
間を等間隔に渡り歩くような生活をしている。彼のアパートには行き場所のない
ほのかや雷太が気まぐれに訪れる。彼の心の中には難病で死んだ真知子がい
つも大きな場所を占めている。そして彼は一度自分を捨てた母を愛し続け、憎
み続けている。

 やっぱりどうしても生理的に合わない白石一文(苦笑)。
 今回の主人公もやっぱり問題あるよー。全然感情移入できない。自己弁護と
他人糾弾ばかりが鼻につく。「なぜ人間は生きているのか」「なぜ僕は自殺しな
いのか」と何度も何度も自問自答しているようだけれど、出てくるのは引用ばか
りでしかもやってることはその引用文とも全然違うことばっかりだし。
 人に「おんなこどもを馬鹿にしてるところがあるんじゃないの。」と言い放つ場
面があるけれど、わたしに言わせれば馬鹿にしているのは主人公の方だろ!!

 「私、今回就職活動してみて思いました。…『子供は産みます。産んだら会社
は辞めるつもりです』…『それじゃあ会社に対して無責任だと思わないですか。
社会人として失格だと思いませんか』…『ちゃんとした子供を産んで、ちゃんとし
た人間に育てるために社会に出て勉強したいんです。子供を産むまで自分なり
の経済的基盤も作っておきたいんです』…『きみの言っていることは正しいね』」

 結局これが白石一文の正しいと思っている考え方なのだろう。作者は小さな
子供を保育園に預けて働く母親を憎悪しているみたいだから。問題なのは子供
を預けて働くことよりも、子供に愛情をかけているか、その愛情を子供がきちん
と実感できているか、そういうことだと思うんだけどなあ。

 「人間がただひとつ意志を発揮する場があるとすれば、他人の生を創造する
ということだと僕には思える。しかし、なぜそんなことを人間はやらかしてしまう
のか、それが僕にはよくわからない。なぜなら、他人の生を生み出すということ
は、そのままその他人の死を生み出すことと等しいからだ。人を生むことは、そ
の人を殺すことでもある。…女性達は我が身の欲望に取り憑かれて、自分を捨
て去ることがどうしてもできない。彼女たちは自身の死を閑却して、安直に他人
の死を生み出し続けている。…自分たちこそが正真正銘の殺人者であることに、
おそらく一瞬たりとも気づいたことがない。僕には、そういう女性達の蒙昧さが
歯がゆかった。」

 そう思ってるなら、とりあえずもうセックスするのはやめたらいかがでしょうか。

 結局僕は「死」が怖くて怖くて、仕方ないのかなあ。結局人は死ぬんだからど
う生きようが同じ、ってことなのかなあ。
 わたしには、愛さないのに愛されたがってばかりいて、必要としないのに必要
とされたがってばかりいて、そしていつでも子供だった頃の自分をかわいそうだ
とばかり思っているこの主人公が、非常にウザイ。



夜のピクニック(2004.10.5)
恩田陸   新潮社


 やってくれました、恩田陸。こういうの、弱いんだよねえ…。少年時代を生き生
きと描かれると、無条件に心に沁みる。姫野カオルコ『ツ、イ、ラ、ク』とか、森絵
都『永遠の出口』とか。本当に恩田陸は引出が多いなあ。『Q&A』みたいなホラ
ーとか(まあラストはともかく)、『三月は深き紅の淵に』のシリーズとか、こういう
高校生ものとか、どれもまったく違う雰囲気に上手に仕上げちゃうんだもんなあ。

 この作品はとある小さな町の高校の善行行事「歩行祭」での出来事を描いて
いる。朝8時から翌朝の8時まで、途中1時間おきの休憩と2時間の仮眠を挟ん
でただただ歩き続ける、というすごい行事。
 夜、みんなで歩く。
 それだけのことが、彼らにとってはものすごい意味を持つ。
 そういう共有感、一体感って、あの頃、確かにあったよなあ、と思う。

 全くタイプは違うけれど親友同士の貴子と美和子、融と忍。数ヶ月前にアメリカ
へ行ってしまったかつての同級生と、彼女の弟。
 貴子はこの歩行祭で、ある賭けを実行することにしている。彼女はずっと、ある
ことに囚われて高校生活を送ってきたのだ。

 ちょっとスーパー高校生が多すぎる気がしないでもないけど(笑)、それでもそ
んなことはあまり気にならない。なぜなら、読者であるわたしも一緒に、高校生に
なって歩行祭に参加しているからだ。
 「ただ1日中歩き続けるだけの行事なんてかったるい…」と思いながら皆と一緒
に校門を出発し、最初は余裕からどうでもいいバカ話に花を咲かせ、次第に足の
痛みとともに黙々と足を運ぶようになり、そして黙って歩きながら思考はとりとめ
もなく拡散し始める…。

 この頃の本を読むといつも思い出すけれど、この時代、本当に自分の大切なも
ののほとんどは「友達」と、「”好き”な気持ってなんだろう」という気持で占められ
ていたような気がする(照)。
 大切な宝物のように、胸のずっとずっと奥深くにしまっている思い。だから、そん
な宝箱を開ける物語には、失敗は許されない(笑)。
 この作品は、本当に自然に、そんな宝箱を開いて見せてくれたみたいだ。



永遠の朝の暗闇(2004.10.11)
今井志麻子   中央公論新社


 父と離婚した母に女手一つで育てられ、そんな母を愛するとともに重荷にも感
じていた香奈子。彼女が初めて愛したのは、妻も子もある、優しくてずるい男だっ
た…。
 地方局のリポーターから東京の人気タレントへの転身を果たしたシイナ。しかし
彼女は夫を他の女に奪われ、二人の子ども達にも会うことができない日々を送っ
ていた…。
 実の母は有名タレントとなり、新たにやってきた義母とまもなく生まれた義弟が
家族に加わった美織。彼女は自分の家に居場所を見つけることが出来ず、「い
い子」を演じることにも疲れを感じるようになっていた…。

 3人の女達のそれぞれの物語。岩井志麻子って『死国』しか読んだことがなかっ
たんだけれど、こういう話の方がずっといいなあ。
 「普通」の家庭なんてない。
 みんなそれぞれ別々の「幸せのカタチ」を見つけていくしかない。

 あまり幸せとは言えない3人だけれど、みんな一生懸命生きている。それに比
べて、今井は情けない男だなあ…。なんだかホントに、最近小説の中でも「かっ
こいい男」って巡り会えないわ!!(笑)



空中ブランコ(2004.10.12)
奥田英朗   文藝春秋


 表紙を開いたが最後、一気読み。読み終わってすっきり爽快。『イン・ザ・プール』
で華々しく登場した伊良部先生、パワーアップして今回も大活躍。
 今回登場する患者たちは、飛べなくなったサーカスのブランコ乗り、突端恐怖症
に陥ったヤクザ、逆タマに乗ったもののすっかり萎縮してしまった精神科医、コント
ロールを失ったプロ野球選手、そして書けなくなった女流作家。
 相変わらず、伊良部先生は好き放題で、治療を試みる様子は露ほどもない。に
も関わらず、患者はみんな回復していく。とにかくムチャクチャで、常識もモラルも
持ち合わせていない伊良部先生は、結局その存在でひとつの答えを患者にさし
示すのだ。

 こんな医者、近くにいたら絶対に関わり合いたくない。とくに精神科に掛かるほ
ど心身に異常が顕れてきたときならなおさらだ。
 けれど、カウンセリングを受けながら長い長い時間を回復のための努力に費や
すほかなくなったとき、否応なくこんな先生に巻き込まれたら……やっぱり回復し
てしまいそうな気がする(笑)。

 大笑いしながら、気がつくと心がほっこり温かくなっている。壮大なスケールの
大作で心を震わせるのももちろん素晴らしい体験だけれど、こんな本もやっぱり
あっていてほしい。

 個人的には、「女流作家」が一番好きかな。奥田英朗の出版業界に対する本
音もちらっと窺えるし。日本の映画産業についてまでいろいろ考えちゃったりして。
マユミちゃんもいい味出してるしなあ。

 ぜひぜひ、次回作を強く希望!

(収録作:「空中ブランコ」、「ハリネズミ」、「義父のヅラ」、「ホットコーナー」、「女流作家」)




私が語りはじめた彼は(2004.10.25)
三浦しをん   新潮社


 初めての三浦しをん作品。いきなり出だしの強烈さに「こ、このまま無事に読み終
われるだろうか…」と不安になったけれど、大丈夫、読み終われたわ(笑)。

 だっていきなり、

”寵姫が臣下と密通していることを知った若き皇帝は、まず彼女のまぶたを切り取っ
た。これから自分がどんな目に遭うのかを、彼女がしっかりと瞳に写せるように。”

 なんだもの!!
 思わず「平安残虐もの…?」と勝手にジャンルを捏造してしまったけれど、いやい
や、現代ものでありました…。

 外見や性格とは関わりのない、ある種の女にはたまらない魅力のある大学教授、
村川融。物語は村川の周囲の人たちが語る、彼によって変わってしまったその人
生だ。ある人は失った愛を結晶に変えて新しい人生を歩く決心をする。ある人は奪っ
た愛を失うことに怯えながら暮らしていく。ある人は父を失い、ある人は人生そのも
のを失い、またある人は…。
 いったいどんな人間なんだ村川融。

 語り手はつねに男性、というのもちょっと異色な感じ。読んでいて、なんだかじわ
じわと自分の人生も村川に浸食されてしまいそうな気持になってくる。
 不思議な作品だけれど、嫌いじゃない感じ。

 三浦しをんは作品によってまったくイメージが違うらしいので、他の作品もぜひ読
んでみたいわ〜。



庭の桜、隣の犬(2004.10.31)
角田光代   講談社


 房子と宗二は結婚して数年、子供はなく、房子の親が頭金を出したマンション住
まい。専業主婦の房子は頻繁に実家へ行き、シャツをアイロン済みのものと交換し、
夕飯のおかずを詰めてもらっては持ち帰る。宗二は仕事が遅いことを理由に都内
にアパートを借りると言い出し、それを聞いた房子はまず「いいなー」と思い、それ
から「ずるい」と感じる。

 「ゼロのものにゼロを足してもゼロじゃん? 何か、私たちが何をやってもゼロに
なる気がするんだよね」
 「私たちにはテーゼがないよね…(中略)テーゼがないから、だからそういうアン
チテーゼが出てこないんだよ、ジンテーゼにも発展しない。それってなんでなのか
なあ。そんなことを考えてるんだ、今」

 特に強い気持もなく結婚したふたりには、結婚の意味がわからない。そんなもの
だからと結婚して、そんなものだからとマンションを持って、そんなものだからと生
活を共にする。そして、心の中にはいつか小さな石がざわざわとさざ波を立てる。け
して大きくはならず、だからといって消えることもないさざ波。

 二人の「未熟」を強く感じた。それは今の時代、誰にでも、どこにでもある未熟な
のだろうか。たくさんの選択肢があるように見えて、どれが正しい道かもう誰にも
決められないこの時代、確固として人生を歩んでいくのは難しい。でも、それにして
もふたりは未熟すぎないか…。

 房子は誰かが自分の役割を決めてくれた時だけ、心とは裏腹にスラスラとドラマ
のような台詞を話すことが出来るというのも、なんだかやりきれない。

 ただ、読後感は悪くない。ふたりはこれから成長するのかもしれないし、しないの
かもしれないけれど。