間宮兄弟(2004.11.1)
江國香織   小学館


 ”そもそも範疇外、ありえない、いい人かもしれないけれど、恋愛関係には絶対な
らない”(帯より)、それが間宮兄弟。
 酒造メーカーに勤め、清潔だけれど無愛想で野球の贔屓チームの試合のスコア
をつけるのが趣味の兄、明信。小学校の職員で、小太りで好きになった女性に当
たっては砕けてばかりいる弟、徹信。
 失恋する度に兄は酔いつぶれ、弟は新幹線を見に行く。二人暮らしの彼らのマン
ションは居心地の好い二人だけの城だ。

 自分の周囲にもよくいがちな、ちょっとオタクっぽいこの兄弟に最初はひきつつも、
読み進むうちになんて魅力的な兄弟だろうと思ってしまった。この兄弟とつきあう
女の子がいたら、きっとわたしは大好きになるだろう。結婚すると聞いたら心から
喜び、幸せを祈るだろう。
 でも、じゃあわたし自身はと言えばやっぱり「恋愛関係には絶対ならない」(笑)。

 そもそも彼らは彼らの世界ですでに完結してしまっており、その居心地の良さに
他人はそうそう入ってはいけない。傷つくことを怖れ、他人を拒絶しているこの兄
弟はけして「雰囲気を読めない」し、人の気持ちを斟酌できない。

 彼らは世間と交わらないから純粋で、透明で、ある意味美しいんだけれど、それ
はこちらの世界とガラス一枚隔てられているからこそ保たれている。ガラスのこち
ら側からその世界を眺めている分にはなんとなく和むし、暖かい気持になるけれ
ど、その世界に入っていけば自分はその中では居場所を見つけることができない
し、かといって彼らがこちらにやってくることがあればその時きっと彼らは彼らでは
なくなってしまうのだ。

 まるで水槽の中の美しい小宇宙。
 そんな世界をきっちりと描いてくれる江國香織ってやっぱりすごいかも…。

 読み終わってなんとなく淋しかった。
 きっとそれは、間宮兄弟が、自分たちがそんな水槽の中に住んでいることに、
全く自覚がないからなのかもしれない。



流行歌−西條八十物語(2004.11.7)
吉川潮   新潮社


 西條八十の生涯を小説の形で描いた力作。いやー、知らなかったけれど、西條
八十ってホントにもの凄いいろんなことやってた人なのね…。仏文教授にしてラン
ボオの研究家、詩人にして作詞家…。かなりやも、かたたたきも、てまりと殿様も、
青い山脈も東京音頭も同期の桜も王将も、み〜〜〜〜〜〜んな西條の作品だっ
たなんて。西條作品をひとつも知らない日本人なんてきっと一人もいないだろう。

 この作品はそんな数々の西條作品を紹介しつつ、その有名作品ができた裏話を
交え、西條の人となりを描いている。つねに”大学教授でありながら低俗な歌詞を
書いて…”という批判に晒されつつも、その信念を曲げることがなかった西條。「低
俗」な歌こそが人の心に沁みることもあることを西條は身をもって知っていた。

 でも、小説としてはどうかなあ…。
 とにかく膨大な数の有名作品を追いかけて行くだけですごいボリュームだから、
その分西條の人生の掘り下げ方は浅くなっている気がする。でもあまりにも有名な
作品にまったく触れずにスルーするのもなんだか不自然だし…となると、どうしても
こういう形になってしまうのかしら。

 個人的には、この本を読んで、西條八十ってすごい多作なのね…あれもこれも有
名な作品はみんな西條の作詞だったのね…へえ、こんなこともしてたのね…と感心
はしても、西條に非常に惹きつけられる、ということにはならなかったのが残念。な
んだか割と調子がいいオジサンなのよね…(苦笑)。



香港の甘い豆腐(2004.11.18)
大島真寿美   理論社


 17歳の彩美は、うっかり母親に言った「どうせ父親も知らない私ですから」の一
言が原因で、銃口をつきつけられるようにパスポートとエアチケットを握らされて香
港に連れていかれた。初めて知る出生の秘密。初めて知る、母親としてでない母
親。彩美は戸惑いながらも、一人でそのまま夏休みを香港で過ごす決意をする。

 特にこれといったドラマが起こるわけではない。特に彩美の感情が大きく揺れる
わけでもない。けれど、着実に少しずつ変わっていく少女がここに確かに描かれて
いる。気づかないほど少しずつ、けれど確かに前へと。

 淡々と読み進めながらじわじわと心に沁みてくる。本を閉じた時にはなんだかすっ
きりとした甘さが心の中に広がっている。滞在中の彩美が身を寄せる部屋で共同
生活を送る面々が素敵。関わってくれるけれど干渉はしない、その絶妙の距離感
をぜひ学ばせてもらいたいものだ。

 わたしも、ぶっきらぼうだけれどいじわるじゃない、香港の風に当たってみたい。



みんな元気。(2004.11.19)
舞城王太郎   新潮社


 初めての舞城王太郎作品は5つの作品からなる中短篇集。もっとキツイ暴力描
写で読むのがつらいんじゃないかと思ったんだけれど、このくらいなら楽勝♪
 暴力描写よりも慣れるまで戸惑ったのがその文体。とめどもなく溢れて出る文章
に翻弄される感じ。しかも時系列すら無視。そうか、こりゃあ文章の流れの中を無
理に泳ごうとせずに流されていくのが正解かも、とその独特のうねりに身を任せて
みると、これが結構気持ちよかった。全然見えなかった3Dの絵がやっと見えてき
た感じ?(笑)

 収録された作品は家族愛に関するものが多い。とにかく独特の文体やうっかり
すると置いていかれそうな展開や過激な描写にともすると目を奪われそうになる
けれど、書いてある中身はかなりまっとう。愛を感じるのよね、これが…。わたしは
最後に収録された「スクールアタック・シンドローム」が一番好きなんだけれど、こ
れはアルコール中毒で、居間のソファから離れることができなくて、奥さんにも逃
げられた情けない中年男が、クラスメートに対する復讐計画を書いたノートを見つ
かって近所の猫を立て続けに殺している疑いのある、離れて暮らす自分の息子
と過ごす物語なんだけれど、かなりむちゃくちゃな話なのになぜか読み終わると
心がほっこりするのだ…。って、あれ、どうしてわたしはこんなにダラダラと読みづ
らい文章を思いつくままに綴っているんだ? ひょっとして舞城効果?

 とにかく怖くて手を出せずにいた作家だったけれど、読んでみると意外にも好み
かもしれない。
 やっぱり読まず嫌いはダメなんだなあ…。

(収録作 「みんな元気。」「Dead for Good」「我が家のトトロ」「矢を止める五羽の梔鳥(くちなしどり)」
      「スクールアタック・シンドローム」)




発芽(2004.11.22)
長谷川純子   マガジンハウス


 女の性をかなり赤裸々に描いたバカバカしくも切ない短篇集。とにかくあけすけ
でちょっと赤面しつつも、どうしても身に覚えが全くないとは言えない、みたいな。

 ある日突然クリトリスが発芽してしまう、という奇想天外な表題作「発芽」、お金
に困ってきわどい仕事を続けながらも一度会っただけの男性をずっと天使のように
思っているライターを描いた「愚天使昇天」、三代続けて午年B型の女の家系に生
まれ、その呪文に絡めとられる「無精卵」、男性恐怖症で、男性の自慰をただ見つ
めるという職業に就く女の恋を描いた「観覧車」の4篇からなる。

 どれも読んでいて切なく、胸がチクリとするんだけれど、なんとなくちょっと弱いか
な…。続けて読むと、どの主人公の性格もちょっと似すぎていて、後から記憶が混
乱する。1冊の本としてはかなり独自のイメージを作り上げているのに、1篇1編を
思い出そうとするとなんだかぼやけてしまうのだ。
 何となくもったいない…。

 ここにでてくる主人公達は、みんなホントに自身がない。プライドがない。自分を
大切にしていない。ただそんな自分を隠すというよりはさらけだして「うえ〜ん」と
いう感じが不思議と悪印象を残さない。
 みんなそれでも、一生懸命生きているのだ。
 つい、応援したくなるのはナゼだろう。

 もしかしたら、これからの作品でもっともっとすごい話が書けそう…。
 そんな期待が持てそうな。

(収録作 「発芽」「」「愚天使昇天」「無精卵」「「観覧車」)



明日の記憶(2004.11.29)
荻原浩   光文社


 小さな広告代理店で部長として仕事にやりがいを感じていた佐伯は、50代に突
入してからというもの物忘れの激しさを感じていた。まだまだ働き盛り。しかし頭痛と
目眩に悩まされるようになった彼は、病院で信じられない病名を告げられる。若年
性アルツハイマー。それはゆるやかな死の宣告と言ってもよかった…。

 50代とは言わなくても、年々物忘れが増え、気づけば「ほら、あれあれ」と代名
詞ばかりで固有名詞が浮かばなくなる経験は少なからずの人にあるのではない
だろうか。佐伯の体験も、そういう意味では誰にでもあてはまる。しかし、それがい
きなり「若年性アルツハイマー」と告げられれば話はまったく変わってくる。
 会社で病名を必死で隠し、メモでポケットというポケットをぱんぱんに膨らませ、
記憶の空白に恐怖を覚える佐伯の姿は見るからに痛ましく、正視に耐えない。彼
を支える妻の苦しみ。結婚を控えた娘にせいいっぱい張る虚勢。そして、彼の必死
の努力にもかかわらず、手から零れる砂のように失われていく記憶。

 会社に病気を知られた時の仕打ち、彼を思う妻の行動、娘の結婚式のトイレで
の出来事、そして唯一心を許せる陶芸教室でのできごと…。

 記憶を失うということはある意味で死を意味する。
 しかし、彼は苦しみながらも懸命に今後の人生を模索する。

 読みながら本当につらかった。
 少しずつ漢字が減っていく彼の備忘録が胸に刺さった。

 そして、哀しくてしかもあまりにも美しいラストシーン。
 この美しさを感じるためだけにでも、この本は読む価値があると思う。たとえ、そ
のラストの先にどんな地獄が待っていようとも、その美しさだけは本物だ。



gift(2004.12.7)
古川日出男   集英社


 さまざまなイメージの宝石箱のような19篇のショートストーリーズ。どの短篇も、
これからどんどん話が膨らみそうなところでパタッと終わってしまうところが、なんだ
か映画の予告編ばかり立て続けに見ているようだ。面白いでしょ?映画の予告編
って。

 本当に短い話ばかりなのに、どれも際だっているというか、脳裏にイメージがしっ
かりと焼き付く。前の恋人が教えてくれた妖精の足跡の見つけ方を実行する男、
餓死しようと誰も住まない部屋に閉じこもる女、学校の屋上の使われなくなった貯
水槽で泳ぐ美しい熱帯魚、郵便ポストを青く塗るために夜の街を失踪する動物た
ちの自転車の群れ。

 まさに、この本は作者から読者への「贈り物」そのものだ。

(収録作 「ラブ1からラブ3」「あたしはあたしの映像のなかにいる」「静かな歌」「オトヤ君」
「夏が、空に、泳いで」、「台場国、建つ」、「低い世界」、「ショッパーズあるいはホッパーズあるいはきみのレプリカ」
「ちいさな光の場所」、「鳥男の恐怖」、「光の速度で祈っている」、「アルパカ計画」、「雨」
「アンケート」、「ベイビー・バスト、ベイビー・ブーム」、「天使編」、「さよなら神様」
「ぼくは音楽を聞きながら死ぬ」、「生春巻占い」)




その名にちなんで(2004.12.16)
ジュンパ・ラヒリ/小川高義・訳   新潮クレスト・ブックス


 インド系の二世アメリカ人であるゴーゴリ・ガングリー。彼の一見変わった名前は
父によって付けられた。父の愛読書だったニコライ・ゴーゴリと、本と父が辿った運
命にちなんで。
 何もわからなかった幼少時代、自分の名前の珍しさに気づいた少年時代、その
名に悩まされ、とうとう改名を思いつく青年時代。そして改名してから一変する彼
の世界と、その軋み。

 物語は特にドラマティックな展開を見せるわけでもなく、淡々と進む。しかしゴー
ゴリが生まれるその時点から30数年までを描くその筆は、少しずつ視点を変えつ
つ微妙に変わる色合いで一目一目が美しい大きな織物を織り上げていく。

 多分、あまり普段本を読まない人がいきなりこれを読んだら、つまらないだろう。
単調で、盛りあがりに欠ける。そう言うことももちろんできるだろう。
 でも、この本には読んでいる間も、本を閉じた後も何か沁みいってくるものが確
かにあるのだ。
 文章も美しくて、翻訳ものの違和感はほとんどなかった。

 ぽかりと時間の空いたときに、何度でも繰り返して読みたくなってくる一冊。



対岸の彼女(2004.12.16)
角田光代   文藝春秋


 読み終わった後、なんだか動揺してしまい、冷静に感想を書くことができなかっ
た。特別悲しかったり、笑えたり、ハラハラドキドキしたり、そういう作品ではない。
ただ、わたしの心の奥底にこっそりしまっていたものをいきなりさらされてしまった
気がした。

 帯の言葉を引用するとこうある。
”女の人を区別するのは女の人だ。
 既婚と未婚、働く女と家事をする女、子のいる女といない女。
 立場が違うということは、ときに女同士を決裂させる。”

 けれどこれはそういったことを描こうとした作品ではけしてない、と思う。確かに
主要人物は30代独身、自分で会社を興して仕事をするキャリアウーマンと、彼女
と同じ年で、勤め先を寿退社して小さな子供の母親である専業主婦、という対比
は今時流行りの「負け犬、勝ち犬」の図式にぴったりと当てはまる。二人は時には
対立関係にもなる。立場が違うことによる無理解もある。
 しかしこの作品の根底にあるテーマは、帯で作者が言うように「女同士の友情」
だ。

 読んでいて、今では赤面モノの学生時代の想い出がまざまざと蘇った。
 きっとこの物語はわたしの為に書かれたんだ、という気すらした(笑)。

 ただ、小説としてどうか、と言われるといろいろ気になる点も…。少女時代の葵
と社長になってからの葵のギャップがたとえばそれ。もちろん過去の事件がきっか
けとなって葵が変わっていったのだろう事はわかる。けれど事件から現在にいた
るまでの彼女の描写はほとんどないため、彼女がどういう心境でああいう言動を
とる人物になったのかイマイチわかりづらい。
 彼女の会社に頻繁に顔を出していた木原君も結局つかめない人物だし…。ナナ
コのその後ももう少し詳しく書いてほしかったような…。

 けれど、まあそんなことは、あの直球ど真ん中で胸に食い込んだ痛みの前には
些細なことだ。
 誰がどう思っても、何がどうでも、わたしが、強く揺さぶられた。
 大事なのはそれだけだ。



幸福な食卓(2004.12.20)
瀬尾まいこ   講談社


 毎朝必ず家族全員が一緒に朝食をとることが習慣の中原家。しかし佐和子の母
は家を出て一人暮らしをはじめ、父はある朝唐突に父親を辞めると宣言し、頭脳
明晰で朗らかな兄・直はどこか壊れている。そして、佐和子は恋をする。

 バラバラなようで、彼らはしっかりと家族だ。
 お互いの傷を思いやり、お互いのことをいつでも考えて、幸せになるために足を
踏み出すことを躊躇わない。
 ホームドラマみたいな家族なんていない。どんな家庭だって何かしら歪なモノを
抱えているのが本当だ。だから、佐和子の家族は特別不幸な訳じゃない。

 過去の出来事から佐和子は梅雨の季節になると調子を崩す。
 直はいつでも女に振られてばかりいる。
 父親を辞め、仕事も辞めた父は大学受験にむけて猛勉強を始める。
 一人暮らしの母親はいつまでも風呂場だけはピカピカに磨くことをやめない。

 彼らが抱えている傷はそれほど小さなものではないはずなのに、読んでいて
心が温かくなってくるのは何故だろう。
 佐和子にいつでも真っ直ぐ向かい合う大浦君や、直とつきあい始める一癖も二
癖もありそうな小林ヨシコ。彼らが中原家に新しい風を吹き込んでくる。

 ほっこり、しみじみと温まってくる心に突然起こる一つの事件。

 けれどこの家族がいるなら、きっと佐和子は大丈夫なんだろう。しなやかに、真っ
直ぐに彼女は美しく立つだろう。
 読み終わってかすかな痛みとともに、新鮮で爽やかな空気が心に入り込んでくる。



野ブタ。をプロデュース(2004.12.22)
白岩玄   河出書房新社


 辻ちゃんと加護ちゃんが卒業する高2の冬、クラスに野ブタが転入してきた。ベッ
タリとしたワカメヘアーを載っけたデカ過ぎる頭、デザイン性ゼロの大きなメガネ、
ムチムチブレザーにズボン、残念な顔にお生まれになったとしか言いようのない絵
に描いたようなブ男。
 転入した瞬間にイジメられるのが決定したような彼を、常にクラスで「着ぐるみショ
ー」と自称する演技を続け人気を得てきた修二は人気者にしてやろうと考える。そ
うだ、俺が野ブタをプロデュースするのだ!

 軽快な文章でサクサクと読み進んだ。文末に「(笑)」のつく文体を紙の媒体で読
むことに対する違和感はどうしても拭えなかったけれど、いかにも今時の高校生
というスタイルにこの文体は効果的なのは確か。
 修二の絶妙のプロデュースが次々と成功し、野ブタ君(いやホントは信太君なん
だけど)がクラスの人気者の地位へ上り詰めていく様子はそれなりに哀しくも面白
かった。

 ただ、こんなラストはどうしても受け容れられない。
 良くも悪くも、子供の話だなあ、と思う。
 なんでもリセットすればいいんですか?

 結局修二は最初から最後まで何かと向き合うことはない。彼はまったく成長し
ない。要領だけがよくなっていく。
 それでこの先、どうやって生きていくんですか?
 それで何かが手に入るんですか?

 これを読んで、「これでいいんだ。」と若い人たちが思うのはすごくイヤだ。そうじゃ
ないだろ、と声を大にして叫びたい気分。
 珍しく、ものすごく不快な読後感だった。



春、バーニーズで(2004.12.27)
吉田修一   文藝春秋


 小さな、けれど何もないわけではない日常を切り取った連作短篇集+1短篇。
とっても細やかな、そして静かな筆致ですぐに埋もれてしまいそうな感情の襞をう
まく描いているように思う。妻と出かけた買い物先で、通勤途中の満員電車の中
で、旅先のホテルで、そして出勤で出した車の中で。

 普通だったら退屈な小説に終わりそうなのに、シーンの切り取り方が上手いの
か、それともやっぱり心象風景の描写が上手いのか、何とも言えない独特の雰囲
気を醸し出して、それがフッ、ととぎれるように終わってしまったその後の余韻もじ
んわりと心に残る。

 薄い本なんだけれど、挿入されているモノクロームの写真も素敵。最後の短篇
の前にある余白のような見開きページも絶妙。
 ちょっとオシャレなヨーロッパの短篇映画を見たよう。



人のセックスを笑うな(2004.12.28)
山崎ナオコーラ   河出書房新社


 『野ブタ。をプロデュース』とともに第41回文藝賞の受賞作。しかしまあ、ホントに
タイトルといいペンネームといい。タイトルはともかく、ペンネームはどうよ?と思う
けれど、考えてみればよしもとばなながデビューしたときもひいた私なので、この
ペンネームにもいずれ慣れてしまうのかもしれない。

 ストーリーはきわめて単純明快。19歳の美術専門学校の「オレ」が39歳の先生
に恋をする。彼女は特別美人でもない既婚者だけれど、「オレ」はどっぷりと彼女
にハマってしまう。

 改行が多くて、一文が短くて、会話が多くて、しかも行間が空いているので、開い
た印象はとにかく「スカスカ」。1時間もあれば余裕で読めてしまう。特別大事件が
起こるわけでもない。けれど読後感は爽やか。まあコーラみたいな爽快さとは違う
けれど(笑)。

 なんていうか、本当に小説には「センス」ってあるんだろうなあ、と思った。物語
を進めていく上ではまったく不必要なセンテンスに、ドキッとしたりする。小説を書
く作業って言葉の取捨選択をいかにしていくかということが大切だと思うんだけれど、
この作品には必要でない言葉、必要だけれど省かれている言葉がたくさんあるよ
うに思う。必要な言葉を省いたり、敢えて必要でない言葉を入れることによって作
品の印象はどんどん変化していく。その選択は、経験とか、修行とか、そういうこと
によってではなく、センスによって決まるのかもしれない。

 山崎ナオコーラには、そのセンスが、確かにある気がする。
 次作に期待大。



そこへ届くのは僕たちの声(2004.12.29)
小路幸也   新潮社


 ”そもそも範疇外、ありえない、いい人かもしれないけれど、恋愛関係には絶対な
らない”(帯より)、それが間宮兄弟。
 酒造メーカーに勤め、清潔だけれど無愛想で野球の贔屓チームの試合のスコア
をつけるのが趣味の兄、明信。小学校の職員で、小太りで好きになった女性に当
たっては砕けてばかりいる弟、徹信。
 失恋する度に兄は酔いつぶれ、弟は新幹線を見に行く。二人暮らしの彼らのマン
ションは居心地の好い二人だけの城だ。

 自分の周囲にもよくいがちな、ちょっとオタクっぽいこの兄弟に最初はひきつつも、
読み進むうちになんて魅力的な兄弟だろうと思ってしまった。この兄弟とつきあう
女の子がいたら、きっとわたしは大好きになるだろう。結婚すると聞いたら心から
喜び、幸せを祈るだろう。
 でも、じゃあわたし自身はと言えばやっぱり「恋愛関係には絶対ならない」(笑)。

 そもそも彼らは彼らの世界ですでに完結してしまっており、その居心地の良さに
他人はそうそう入ってはいけない。傷つくことを怖れ、他人を拒絶しているこの兄
弟はけして「雰囲気を読めない」し、人の気持ちを斟酌できない。

 彼らは世間と交わらないから純粋で、透明で、ある意味美しいんだけれど、それ
はこちらの世界とガラス一枚隔てられているからこそ保たれている。ガラスのこち
ら側からその世界を眺めている分にはなんとなく和むし、暖かい気持になるけれ
ど、その世界に入っていけば自分はその中では居場所を見つけることができない
し、かといって彼らがこちらにやってくることがあればその時きっと彼らは彼らでは
なくなってしまうのだ。

 まるで水槽の中の美しい小宇宙。
 そんな世界をきっちりと描いてくれる江國香織ってやっぱりすごいかも…。

 読み終わってなんとなく淋しかった。
 きっとそれは、間宮兄弟が、自分たちがそんな水槽の中に住んでいることに、
全く自覚がないからなのかもしれない。