山でバテないために

 山でバテるということは、実はとても危険なことである。
 疲労凍死という死に方があるように、バテることは実は遭難死のための条件を1つクリアしたことに他ならない。また、転落や滑落といった事故も、その前提として疲労による集中力の低下があるケースが少なくない。
 私もバテたことは何度もあるが、それでも未だに生きているのは、実はその時に天候の急変や困難な箇所といった悪条件が重ならなかっただけで運が良かっただけ、ということも言える。

 そして実はバテるかバテないか、ということは体力とは直接関係はない、と思う。もちろん体力がない人の方がある人よりバテやすいのは確かだが、バテずに行程を歩ききる、ということは技術のうちであり、体力の多少はそのひとつの要素に過ぎない。
 バテ防止として体力増強のために何らかのトレーニングをするというのは当たり前というか最低限の努力なので、それ以外の技術的な部分で思うことを述べたい。

準備段階では

1.荷物の軽量化

 同じ体力なら荷物が重い方がバテやすいのは当たり前である。体力がない、と自分で思っている人ならなおのこと、荷物は極力軽くする努力をするべきである。
 山小屋でアルバイトをしていて驚いたのは、とにかく登山者のザックが大きいことだった。薬師沢の小屋にはキャンプ指定地がないため、テント縦走の登山者も小屋に泊まることがあって、その場合はもちろん特大のザックを担いで入ってくるのだが、そうではない小屋泊まり縦走の人でも40Lのザックがパンパンになっていたり、ヘタすると50Lクラスのザックに荷物を満載していたりする。いったい何が入っているんだ?
 それでもバテずにコースタイム前後で歩けているなら何の文句もないのだが、コースタイムの倍ほども時間をかけて歩いてくる人に限って20kgほどもある荷物を担いでいたりする。完全に遭難予備軍である。
 別にコースタイムより早ければ偉いというものではないが、少なくとも山ではスピードは安全のための要素の1つである。コースタイムより時間がかかる人は、それだけ危険要素を1つ抱えていることになるのである。普通に歩ける人であっても、そのために荷物はできる限り軽くした方が良いのである。

 例えば北アルプスのような山小屋設備の整った山域なら、2〜3泊の縦走だったら荷物は20Lのデイパックに入る。重さにして5kg程度。そこまでは比較的簡単に軽量化できるはずである。それも不測の事態が起きた際のビバークに対する備え込みで。
 具体的には、着ていくのはTシャツ1枚として、替えのTシャツが1枚、靴下1足、タオル1枚、長袖の薄手のフリース1枚、カッパ、もちろん地図にコンパス、ツェルトにレスキューシート、細引き1本、水筒は500mlのペットボトル、行動食、くらい。まあ水に乏しい山域だと大きな水筒も必要だろうし、途中でお茶でも湧かしたいと思えばコンロとクッカーも、となるだろうから、どんな場合でも必ず20Lのデイパックに収まる、とは言わないが。
 普通は40L程度のザックを担いでいくだろうから、これだけだとザックが形にならない。で、ついついコンロとか着替えをもう1着とか防寒具をもう1枚とか、荷物を膨らませてしまうのである。気づけば10kg級の荷物のできあがりである。

 衣類に関しては、一番悪条件の時に持っているものを全部着ている、というのが基本形である。その時にザックの中に衣類がまだあるということは、すなわち「ムダな荷物を持っている」ということである。
 山に行く時は、ついつい着替えを多く持っていきがちだが、極論すれば着替えは必要ない。極度にバテていない限り、濡れたものはそのまま着ていれば乾くからである。そのためのポリエステル系である。沢登りで泳ぐような極端な濡れ方をしても、陽の当たるところを1〜2時間も歩いたり小屋でしばらくストーブに当たっていれば、まあ生乾きにくらいはなってしまう。一晩寝れば朝起きる頃にはカラカラに乾いている。(小屋の布団は湿けてしまうが・・・)
 むろん、濡れた状態で小屋などの安全地帯にも入れず、さらに体力を消耗して危険な状態の時に1着だけ肌着の替えは持っているべきだが、こいつは下山するまで防水袋から出さないというのが基本で、それもTシャツとパンツの替えが1枚ずつで十分である。
 電車利用の山行だと、下山してから山の衣類のままで公共交通機関に乗るのは非道いので、「下山セット」と称してひと揃い替えの衣類をザックに入れておくことになるだろう。その場合、夏山だったらスボンは短パンだろう。短パンとTシャツとパンツが1枚ずつでOKである。それもTシャツとパンツは「非常時セット」と共有可能である。

 私が学生時代はテント泊で3週間以上に渡る合宿があったが、衣類は下山セットの他には替えのTシャツと下着類は1枚ずつだった。Tシャツはたまに洗濯して着替えていたが、パンツは3週間そのままだった。まあ登攀具などが多くて衣類なんて担ぐ余裕もなかったのだが。

 衣類より圧倒的に削り甲斐があるのは食糧である。二食付きで小屋泊まりの山行をしている場合、基本的に食糧なんて行動食だけで良いのである。
 カロリーメイトが日数分とチョコレート、キャラメルが少々。これでビバークに追い込まれても余裕でしのげるのである。それ以上の食料持参は自分の体力と相談、ということである。
 夕方かなり遅くなってからバテバテで小屋に辿り着いた人のザックから缶詰がゴロゴロ出てくるのはよく見た光景だった。缶詰は重いってば。それも昼すぎに涼しい顔で小屋に到着した人が夕食だけでは物足りずに持参した缶詰を開けているのなら大変よろしいのだが、バテバテで小屋が出した食事すら食べられないほど消耗した人が缶詰を持っていても無意味だし愚かなだけである。
 山で美味いものを食べたいのはもちろんやまやまだが、そのためにバテてしまっては本末転倒である。食料は自分の体力と相談して、である。

2.地図を読む

 歩く山のコースの長さはどのくらいで標高差はどれだけあって、ということを把握せずに登ったらバテるのは当たり前である。ペースの作りようがないではないか。
 コースの把握にガイドブックの記述だけをあてにしていてはバテる。例えば8時間のコースのうち、単調な登りが延々と7時間続いて、残り1時間の間にお花畑やら鎖場やらの変化に富んだ行程が現れる場合、どうしたってコース解説の文章量のうち、比重は変化に富んだ1時間の方に偏るに決まっている。それを素直に読んでイメージを膨らませると確実に7時間の登りの途中でバテバテになる。
 実際のコースの道のりがどんな感じかは、これは地図を読んでイメージを作るしかない。そのためには地図を読めなくてはならない。
 冬山での吹雪の中での進路決定とかいうシビアなケースはともかく、地図読みは理屈ではなくイメージであることが多い。というかそのイメージの形成は理屈の積み重ねだったりもするのだが・・・
 地図を読んで、「とにかくここは7時間耐えて耐えて登らないと」というイメージができてしまえば、なんとか耐えれるものなんである。そういうイメージなしにガイドブックの記述だけ読んでいくと「こ・・・こんなに長いなんて」とバテていくのである。

登山中では

1.ペース配分

 長く山に登っているとその人なりにバテないためのペースの作り方というのがあるのだが、私のやり方を書いてみる。

 まず、歩き始めの30分は意識的に極力ペースを落として歩く。
 この30分は、まったく息を乱さず(鼻だけで息ができるくらい)汗もかかない、というのが目安。実際、かなりの意志を必要とする。この30分に関してはコースタイムを上回ってもぜんぜん構わない。
 つまり、自分の体が覚えている快調なペースというのがあって、何も考えずに歩き出すと無意識のうちにそのペースで歩こうとするわけである。しかしそのペースは歩き始めの身体には少々負担が大きく、最初からそのペースにもっていこうとすると必ず息が上がるし、その上がった息はその日は最後まで回復しない。
 いわば「暖機運転」である。

 30分も暖機運転をしていると、最初は無理して意識的にそのペースに抑えていたのが、だんだん慣れてきて意識しなくても楽にそのペースで歩けるようになってくる。それが暖機運転が完了して「もうペースを上げても良いよ」という身体からのサインだったりする。
 あとは少しずつ息が上がらない程度にペースを上げていけば良い。自然に体が覚えている「快調なペース」に落ち着く。

 休憩はあまりしない。1時間に1回くらいは立ち止まって水を飲んだり行動食を食べたりはするが、座って休憩、というのは1日中しない時もある。
 座ってしまうとせっかく作ったペースはリセットされる。昼食の大休止なんかで1時間近くも休んでしまうと、リセットされた上に妙な気怠さが残ったりするので始末が悪い。なので特に1人で山を歩く時は「昼食」というのはなかったりする。ビスケットやキャラメル、カロリーメイトなどの行動食をときたま囓るだけで1日歩くのが普通のパターンだったりする。まあ大学山岳部出身の人はそういう習慣が付いている人が多いようだけど。

 もちろんそれも時と場合によるのは当然で、「あとは下りだけ」なんて場合だとビール飲んで昼寝までしていたりすることもあるが。
 昼寝は最悪である。たいてい昼寝すると体力を激しく消耗する。気持ちいいけどね〜。

 座ったりすると筋肉を冷やしてしまうので再び暖機運転が必要になるのであるが、心肺機能の方は暖まったままなので、つまりはそのギャップがバテを生むことがあるのだろうか。座って筋肉から荷重を抜いてやった方が良い時ももちろんあるのだが、座っている時間が長いと冷えてしまうので、あまり長い時間座ると確実に歩き始めが辛くなる。
 特に雨が降っていたりする場合は座らない方が良い。立ち止まるのもそこそこにすべきである。筋肉が冷えるのが早い。

 いったんペースに乗ってしまえば後は簡単で、息が上がってくるようならペースを落とせばいいし、余裕綽々ならペースを上げれば良い。急な登りではペースを落とし、緩やかな登りや平坦な場所では目一杯飛ばせば良いだけである。
 身体が飛ばせる状態の時に無理にペースを落とすのも疲れに繋がる。結局ある一定の長さのコースを歩く時に、2時間かければ2時間分疲れるし4時間かければ4時間分疲れるのである。ならば飛ばせる時は飛ばした方が結局疲れは少なくて済む。ただし、息が上がる直前のペースまでである。一旦息が上がってしまうとそのダメージは尾を引くし、残りの行程が長ければ、結局バテバテになる。

 というわけでバテるかバテないかは、最初の1時間が勝負なんである。

2.地図を読む

 入山前に地図を読むのと同じ理由で、その日こなすべき行程と達成した行程を常に把握しているべきである。早い話が現在位置を把握せよということなのだが、それには現在位置だけでなくこれから先の行程も把握せよ、ということでもある。
 ペースの上げ下げも、それ以降の行程が把握できていればこそなのである。緩やかな登り道を快調に歩いている時、もしその先に急な登りが待っているのなら、その時にガクッとペースを落としてしまえるので今の時点ではかなり上げ気味のペースでも問題ない。しかし、もしその緩やかな登りが長い間一本調子で続くのなら、快調に飛ばしたままだとだんだんきつくなってくるので、ここはもう少し控えめなペースを落とした方が良い。なのでその先の行程の正確な把握をし損なうと、バテてしまうリスクが大きいのである。

3.パーティーで歩いている場合

 最初に結論から述べるが、何人かのパーティーで歩いている場合、絶対に自分が先にバテてはいけない
 ここでいう「バテる」とは、「自分はバテた」という意思表示を含んでいる。
 人間とは不思議というか勝手なもので、バテて倒れる寸前でも他人がバテた途端、自分はす〜っと楽になるものなのである。きついところを歩いている時は、自分だけがきついのではなくおそらく全員がきついのである。程度の差はもちろんあって、きついけれどまだ耐えることができている人と、もう倒れる寸前、という人もいるかもしれない。それがまだ余裕がある人が「バテた」と言った途端、倒れる寸前の人までがスカーッと楽になったりするので不思議である。おそらくそれはバテた人に対する優越感・・・
 なので意地でもバテたと言ったりバテた顔を見せてはいけない。
 とはいうものの、無理してパーティーのペースに食らいついていけば、遠からず完膚無きまでにバテるのは火を見るより明らかなので、ここは「バテた」という以外の理由でパーティーのペースを落とさねばならない。靴のヒモがほどけたでもザックのパッキングがまずくてバランスが悪いでもなんでも良い。でっち上げてでもパーティーのペースを落とす口実を作ること。気の利いたリーダーならそれで察してペースを落としてくれる。

 バテるというのは精神的な要素も含んでいることが多いので、バテたと弱音を吐いた途端、ほんとにバテてしまうことが少なくない。つまり甘えである。バテて荷物も放棄して、小屋からピックアップまで行ってようやく辿り着いた人が、1時間もしないうちに酒飲んで談笑し始めたりするのは、典型的な「甘えバテ」である。5歳児の「疲れた〜、だっこして〜」と変わらない。

 定着した同じメンバーと何度も山に登る場合、一度バテた人は続けてバテ役に定着しがちである。トレーニングを重ねて他のメンバーより体力が付いてですら、やっぱり自分がバテるというパターンに嵌りやすい。だから意地でもバテてはいけない。ある程度は意志の力でなんとかなるもんである。

 また、本当にバテてしまう前にパーティーのペースを自分に合わせる努力は当然すべきである。速いペースに無理してついていって結局バテて動けなくなってしまっては、自分だけでなくパーティー全員を危険に陥れていることになってしまう。自分のペースは歩き始めの早い時期からしっかり主張すべきで、そうして初めてリーダーもパーティーのペースを作れるのである。その自分の役割を果たさずに無理してついていって動けなくなってしまうのも、やっぱり甘えである。

 

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