この部屋は,チョコポのお茶目な一日がわかる ”チョコポ日記”のコーナーです。

これまでの出来事



7月22日(土) くもりチョコポ
ものすごい速さで時間が過ぎていきました。今まで約2年、このHPを更新しない間 たくさんのことがありましたが、今となっては記憶があいまいでぼやけています。 久しぶりにパソコンの前につき、いまだ色あせないノートパソコン(466MHz)を開き、 画面に向かって必死で言葉をつづっています。時代はブログだというのに、 せこせことtxtファイルに文字を打ち込んでいる自分は、なんだか滑稽です。

会社に入って猛烈に仕事をして、ゲームが作りたいとその一心で働いて、その間にも ゲーム自体は進化しつづけて、このパソコンは時代遅れのまま取り残されて・・・。 日記を書くということが、こんなに難しかったのかと感じています。

ロールプレイングイレブンは、自分がフリーターの時に情熱の全てを注ぎ込んだソフトです。 何が何でもゲーム会社に入ってやる!という意気込みで、寝る間も惜しんで(本当に言葉の通り) 貫徹で仕上げていたソフトです。作ってやる!という強い気持ちとは裏腹に、就職活動は 困難を極めていましたが・・・。それでも、なんとか就職してプログラム関係の仕事に ありつけました。

そこでの仕事は・・・・・・また記憶が陽炎のように飛びますが、今まで自分がいかに甘かったか 知る事になります。仕事ってこんなに大変なのか、とつくづく感じました。自分の入った 会社が労働基準法に違反しようとしなかろうと、そんなことはあまり関係ありません。 確かに一日中パソコンに向かってプログラムを打ちつづけ、気が付いたら会社の机で寝ていて、 そんな朦朧とした意識で締め切りに間に合わせるためにひたすらプログラムを打つ。 多くのユーザに迷惑をかけたこともいい経験になりました。復旧作業にそれこそ三日三晩徹夜で あたっていました。今まで感じた事のないようなものすごいプレッシャーがのしかかり、 かなり逃げ出しそうになった事を覚えています。

直したいけど、どうすれば直るのかがわからない、その知識がない。そんなプログラムの 仕事でしたが、追い詰められた分完成したときの喜びもひとしおでした。今思えば、 あのプレッシャーの中、よく自殺せずに済んだなと本気で思います。

いろいろ考えた挙句、今のゲーム会社に滑り込む事ができました。現在の仕事は、 プログラムとはまた違ったおもしろさがあります。本当の意味で、ゲームを制作していく上で 必要なものはなんなのか、ということを知ったこの2年間です。

ですが、その経験と同時にその2年間、RPE を待ちつづけてくれた方の期待を裏切り続けた、 というのまた事実です。素人のゲームにここまで熱い声援を送ってくれた方には、 なんといっていいものか言葉が思いつきません。こんなどうしようもない自分を 暖かく見守ってくれた方に、心の底から謝罪と感謝でいっぱいです。

今は、ゲーム会社で働くことに精一杯です。ゆくゆくは自分で紡ぎだしたオリジナル 作品を手がけたいと考えていますが、ひよっこのような自分にはまだまだ足りないものが 沢山ある状態です。まずはそれをつぶしていって、少しでも理想に近づけられるよう 働いていきたいと思っています。

今となっては、「4ヵ年計画」と名づけてスタートさせたRPEのプロジェクトは ものの見事に失敗に終わりました。その事に関しては、弁明の余地もありません。 ただ、そんな今だからこそ自分がこの「4ヵ年計画」でどのように発展させたかったを 話せる時期にあると考えます。

もし、自分がフリーターのままこの「4ヵ年計画」を推し進められていたなら、 3年目は「選手育成イベント」を取り入れる予定でした。簡単にいうとパワプロのような 育成システムで、オリジナルの選手をセーブできるようにしたいと考えていました。 監督やコーチ、仲間のキャラ画像を取り入れて、今までよりも選手一人一人に 感情移入しやすいゲームにしたいと思っていました。

またこの時、目玉機能として「イベント更新機能」も取り入れようと考えていました。 これは、例えばパワプロならある程度ゲームを続けていくと、どんなイベントが発生するか 想像がついてしまいますが、そのイベントをネット通信で「更新」させることによって フリーソフトでは例をみない、「いつ遊んでも新鮮なイベントが発生する」という 仕組みを作ろうと作業していました。

そして最後の4年目は「通信対戦」です。2年前は、その通信対戦の仕組みを実装しようと ひたすら通信に関するプログラムを勉強していたのを覚えています。これにより、通信対戦を 通じてサッカーのおもしろさを知ってもらうとやっきになっていました。

最終的には、やはり3D表示です。キャラを3Dで描き、今まで●でしか表現できなかった 選手を生き返らせたいと考えていました。これに関しては、もう開発環境上どうにもならない 課題です。何せ8年落ち?のノートパソコンで開発しているので、3D描画が上手く走りません。

ここまできて、ようやくグローバル展開が可能になります。つまり、日本語用だけではなく、 英語、中国語など世界のユーザに向けて言語を整えて、フリーゲームとして知名度を上げる。 そして、その「フリーゲーム」という部分を武器に、世界標準のフリーサッカーゲームに したい!と考えました。なぜなら、ゲームの知名度を武器にスポンサーを募り、自ら ゲーム会社を設立したいと思っていたからです。ハイレベルのフリーゲームソフトが もしあったなら、間違いなく世界のユーザにアピールする事ができます。その数が 多ければ多いほど、副次的な収入により思い描いていたゲームを作る事ができます。 自分は今でも、可能性の面では「世界標準のフリーサッカーゲーム」を作る事は 可能だと考えています。

・・・という夢物語をまじめに考えていました。それはひとえに「やっぱりゲームを作りたい」 からです。その思いがあったからこそ、RPE に全てを捧げていました。ただ、致命的な 問題があったことも事実です。それは、自分の思い描いていたゲーム像が「ここ」だとすると、 現実的に今いる位置が「谷底」だったということです。理想と現実のギャップが大きく かけ離れすぎて、そのギャップを埋めようとすればするほど焦りが募っていきました。 それは、人一人で補える溝ではありません。

自分はその答えを導くのに2年もかかりました。会社勤めになったとき、初めてその答えに たどり着きました。答えは簡単です。もしかしたら、普通の人は無意識にやっているかも しれません。ですが、「理想のゲームを作りたい」一心で作業していた自分は、 そんな簡単な答えに気づくのに膨大な時間を費やしてしまいました。今、会社では その答えを実践している最中です。

と、長文になってしまいましたが、今まで自分の中で溜め込んでいたことを全て吐き出して ここに記したいと思います。感情の赴くままに綴ったので、後で読み返すと恥ずかしい事を 色々書き込んでいるかもしれません。ですが、今の等身大の自分を日記に書いたつもりです。 今までRolePlayingElevenを支えつづけてくれた方への、その想いに報いる事ができれば と願ってやみません。


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