悪性リンパ腫闘病記  
   
非ホジキン・縦隔・中悪性度・鹸→後に挟に修正    
  miuhp@yahoo.co.jp


こんにちは初めまして。

みう、と申します。

大学の非常勤講師をしていた2002年の5月に、肺と肺の間にある縦隔という場所に、直径12〜3センチの癌が見つかりました。血液癌の一種、悪性リンパ腫でした。

そのときは遺書めいたものも書きました。死ぬ覚悟もしました。でも、半年の闘病生活を経て、ジタバタしながらも、生き延びました。

おかげさまで、寛解後丸2年を過ぎましたが、現在、滅茶苦茶元気に生きています。どのくらい元気になったかは、お話の最後のなかでご紹介できると思います。

このHPの文章はすべて、癌の闘病が終わった1年後に書きました。当時のメモや日記を元に、嘘をつかず、ありのままの気持ちをまとめました。私の闘病記と、現在の私の生きる姿が、誰かのお役に立てれば幸いです。

私は、専門が言語学でした。言葉とずっと向き合ってきました。
でも、闘病中ほど、言葉というものがこんなにチカラがあるとは感じなかった・・・

今苦しんでいる あなたにも、どうか、言葉のチカラが、届きますように。

みうのプロフィール はこちら


兆候から入院前日まで(2002年3月上旬〜5月7日)
1.兆し 癌の兆候と、病院に行くきっかけについて。
2.腫瘍があります 癌発見の様子です。
3.告知 癌のクライマックスの一つ。
4.片付けること 入院前に、身の回りの整理したときのことです。
5.買い物 入院準備をしているときの気持ちです。
6.胸部外科N先生 告知をめぐっての雑感を中心に。素敵な先生です。
7.両親の上京 最大の親不孝は、親より先に死ぬことだと、誰かが言ってたなあ…。
8.入院前日 「死ぬ」なんて、はるか遠い未来のことだと思っていました。

入院当日から化学療法前日まで(5月8日〜5月16日)
9.入院当日 最近の病院は患者をIT管理です。
10.談話室 入院したときの気持ち。思い返せば、意外と心穏やかでした。
11.検査続き 検査の様子です。どの業界にもカリスマっているんですね。
12.病名確定 専門用語集を病棟に置いてくれていたら、理解が早かったかも。
13.鹸です。 この状態からのスタートでした。
14.告知の受容 患者家族は、結構スタンスが難しいんです。
15.どちらの道へ 夢って、願望や無意識の選択なのですって。
16.卵子保存 癌の闘病は、様々な側面があります。
17.卵はまだか とにかく辛かった。
18.血液内科I先生 信頼度は抜群。いつか先生の大笑いを見てみたい。
19.いよいよ 化学療法前日のお話です。
 

化学療法開始から退院まで(5月17日〜6月)
20.化学療法開始 苦痛には限度がないことを学びました。
21.川のほとり 人間、本当にこういう夢を見るというお話。
22.吐き気 二日酔いなんてカワイイもんです。
23.血液内科病棟 科ごとに雰囲気が違います。
24.薬が効かない 私は本当にショックを受けると、どうやら笑う癖があるらしい。
25.体の変化 プチ超能力体験もありました。人間も、動物です。
26.四角い、お空 90.「夢の島」を後でお読みください。
27.回診 人間の寿命とは、運命とは、なんでしょう。
28.医学生 こういう制度、私は良いと思います。彼には救われました。
29.研修医 正直言うと、見ていて面白かった。
30.お見舞い 想像力を働かせると、自然に「思いやり」になります。
31.カミサマたち 死を目の前にすると、考えないではいられません。
32.健康食品 かくも怪しいものに、なぜ患者がすがってしまうか。
33.退院 脱毛前のグッドタイミング。とりあえず生きて退院。
 

自宅闘病開始から化学療法2回目前日まで
35.無菌室? 人間は、体温を感じるイキモノです。
36.ワールドカップと絵 癌の闘病は、精神コントロールにテクが必要です。
37.脱毛前に 潔くても、やっぱり髪は女の命でした。
38.カツラ発注 癌患者の、カツラの選び方。
39.食べ物 玄米菜食が必ずしも最良とは思いません。
40.検診 次回の化学療法に耐えられるかどうかも見るようです。
41.友達と連絡を絶つ 生きる者と距離を感じました。
42.脱毛 凄かったです。
 
化学療法2回目
43.化学療法2回目 なかなか言い出せなかったりします。
44.体の変化の推移 闘病中の方、ご参考になさってください。
45.音楽 リラクゼーション必須アイテム。
46.HPやメル友たち 体験者に言われてこそ、救いになることもあります。
47.検診 レントゲンと血液検査結果
48.両親との電話 親が子を想うように、子も親を想います。
 
化学療法3回目
51.化学療法3回目 誰よ、だんだん慣れるって言った人は。
52.すがる気持ち 癌は、容赦なく「死」を目の前につきつけます。
53.誰にもわからない 「本当に死ぬかも」と感じたとき、冷静でなんかいられなかった。
54.祖父に「会う」 夢と言えば夢、幻覚と言えば幻覚。でも私には特別な体験です。
55.幻覚 こういう体験も、なかなかできるものではありません。貴重です。
56.体力低下 自分の身体が自分のものじゃないみたい。
57.検診 検査結果
 
化学療法4回目
58.化学療法4回目 服作用コントロールが上手くいきました。それでも、まだまだ苦しかったけれど…。
59.かえりたい 死ぬなら故郷で、なーんて考えたものです。
60.アンバランス 癌は、それまでの生き方が問われる病気です。
61.疑問 こんなことまで、敏感になり、オオゴトになるわけですよ。
62.CT撮影 結構投げやりに受けた記憶があります。
63.腫瘍縮小 はじめての良い知らせでした。
64.なぜまだ治療が続く? 患者の無知は大問題です。
65.治療をやめたい 壊れてました。
66.否定の気持ち 化学療法拒否!という気持ちになった最初のキッカケです。
67.標準治療 だって知らなかったんだもん。
 
化学療法5回目
68.化学療法5回目 この日のことは一生忘れないです。
69.そのとき。 恨んでなどいませんよ、感謝しかしていません。
70.記憶 I先生ありがとう。
71.体の変化 徐々に体力も落ちました。
72.黒装束とツルギの夢 脳と身体は繋がっていますから、夢も体のサインだと思います。
73.心の変化 人生で最も心のあり方が変化した時期でした。
74.花火 私にとっては、桜の散り際よりも感慨があります。
75. これを駆け抜けたら 癌によって気が付くことも多々あります。
76.化学療法前夜 心は、漂白されたように澄み切っていました。
 
化学療法6回目
77.化学療法6回目 辛さに変わりはありませんが、最後なので耐えられました。
78.体の変化 一番体が弱った時期かもしれません。
79.検診 血液検査。今後の治療の指針を伺いました。
80.寿命 寿命って何でしょうね。
81.ガリウムシンチ ガッツポーズ。
82.腫瘍はありません 待ちに待った結果です。バンザイ!だけど、安心はできません。
 
放射線治療
83.放射線科受診 なぜあんな暗い地下に、科があるんでしょう。
84.放射線科K先生 とても魅力的な先生です。お話をして、人生のお勉強になりました。
85.放射線治療開始 少し副作用も出たけれど…
86.服が無い! だって、秋まで生きられるなんて思っていなかった。
87.体の変化 緩やかな副作用のほうが曲者です。
88.通院途中に 路端の小花でさえも心に沁みました。
89.放射線治療終了 静かな、本当に静かな治療終了でした。
 
一年後
90.夢の島 26.の「四角いお空」と繋がっています。患者の皆様、きっとこういう日が来ます。
91.最後に こういう境地で、生きています。
二年後
 
十一年後
 
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