ためにも薬にもならない上に、だからなんなんだぁ、もしくは、どへー、ないしは、しおしおのぱぁ、といった塩梅の雑文であります。でも、意外に暇なときなら読んでみて面白いかも??
インターネットにホームページを開設するにあたり、私も何か書いてみようと思うのであるが、題材は何にしよーかとつらつら考えるに下手な考え休むに似たり、という古くからの言葉があるが、世間様(インターネット世間で)に於けるおおかたの私のイメージというとやはりおのろけ旦那になってしまうのであろうか、なにせこのように夫婦仲良くあい睦まじくなホームページを作っているぐらいだ、ならば、いっそのこと居直って強盗する、と大変だ、強盗はしない、おのろけをするのだ。一同の者、おもてをあげーい、ってーのは桜吹雪関係なので違った、一同の者、覚悟せい。
ところで、おのろけってのは相手があってこそ出来ることなのであって、仮に読者が美人ないし美男で富豪であってもシングルでは出来ないのだ。それに対して、もしも貴方がとど体型であろーが、はにわ体型であろーが、つれあい、恋人、等の関係のものが居れば貴方はおのろけが出来るのであーる。当たり前か。でもいいだろ→美人ないし美男で富豪の諸君。さて、とゆーわけで、私のつれあいの美人で可愛い奥様の事でも話すかな。(←そんなの聞きたくねーやい←大方の人達←へーん、気にしないもんね←天上天下唯我独尊の私)
★今日のスーミーちゃん。
2月14日:だし汁のんでしまったお話。
スーミーはそばつゆ、うどんつゆのたぐいはまとめて作ることにしている。こうした麺つゆのたぐいは冷蔵庫で保管が効くし、麺つゆを目的として作っただしであっても気が変われば野菜の煮物、うどんすき等の鍋物のだし等々に使い回しが効くので少々多めに作って置いても困ることがないのである。しかし、このだしをまとめて作っておくという彼女の習慣のため、私は何度か煮え湯を飲まされたことがある。いや、“煮え湯”ではない、“だし”だな、ありゃ。つまり、スーミーときたら、“だし”を保管するのに麦茶等を保管するのに使っているのと全く同じ広口瓶にだしを入れて冷蔵庫にしまっておくのである。あぁ、賢明なる読者諸氏は既に此処まで読んでその事がもたらす火を見るよりも明らかなる結末を推察されたであろう。その通り、誤ってだしと麦茶を勘違いしてごくごくと飲んでしまう事がしばしばあるのだなぁ。我が家では。
そもそも、麦茶を飲むという行為を行う場合、おおむね行為の主体者の喉は大変乾いているのである。乾いて候なのである。その為、コップに“これを飲めば喉がすっきりするよー”と自己主張しつつなみなみと注がれた液体に対して、これは何ぞ毒物であろーか、とか、これは麦茶のふりをしただし汁ではなかろーか、などといった事をちんたら考えたりはしないのである。考えたりせずして“がぶっ”と口に入れてしまうのだなぁ、、。で、がぶっとやってしまってから“げげっ、これは何だ!”と驚愕するのだ。もし、飲み込んでいないならばその場で流しに吐き出してしまう事もできるのであるが、もーすんっごい乾いていた場合など“がぶっ、ごくっ”と一連の動作で嚥下している場合もあり、その場合には一層異様な味わいを液体が通り過ぎる喉部に感じることとなるのである。勿論、蕎麦屋でそばを食う際に汁まですする人も多いであろうし、かくいう私もそば、うどんのだしは全部すすってしまう方なのであるが、“これは蕎麦だしである”という認識を持って飲むので旨いなぁと感じるのであって、同じだしでも、これは冷えた麦茶に違いない、と暗黙の確信を胸に抱いて飲み込んだ汁が蕎麦だしであった時には、瞬時にして“これは蕎麦だしである”という認識に至ることは不可能であり、冷えた麦茶ではなかった事による驚愕も手伝っていったいこの魚臭い上にしょっぱい液体は何なのであろう!という慌てふためきにより蕎麦だしであることの認識不能状態に陥るのであった。勿論、数秒後には、落ち着いて口の中の後味を確認する作業を経て、今嚥下した液体は蕎麦だしであったに違いない、という認識に至りはするのであるが。
面白いのはこのように外見上では麦茶入れだか蕎麦だし入れだかわからん存在となってしまった我が家の冷蔵庫内広口瓶のトリックに他ならぬスーミー自身がしばしばひっかかり、ごくごくと蕎麦だしを飲んではぺっぺっぺに至っているという事実である。実際、ホントに入れ物ぐらい安いんだからなんか買ってきとけよなー。という訳で、今日も蕎麦だしと麦茶と間違えて嚥下してしまったスーミーであった。ぐえっ、ごぼげぼ、げげげっ、だってさ。あぁ、おちゃめな人だなぁ。(←実際はおちゃめでやっているのではない)あー、うるさいなぁ。隣でつれあいの人が、んなもん書くなよなー、インターネットの笑い者になるからよしてー、とか言っているのである。であるから、とってもつれあいの人のゆーことに従順で、大魔人になって怒りまくった事などついぞない私などは、うん、じゃぁ止めておこーね、と言ってこの辺で筆を一旦置く事とするのであった。でも読者の人達のリクエストがあったりしたら、きっとこの“西江井ヶ島愛妻日記”は再開されるであろう。(←こんなもん、誰がリクエストなんかするかよー←スーミー注)
(初出 asahi-net 1994年、ただし今回一部改稿しました)
あ)深夜の腹太鼓の巻
先週末は出張で家を留守にして過ごした。木曜の夜には小倉、金曜夜には熊本、土曜夜には芦北(熊本県芦北郡芦北町)で泊まり、日曜日に明石市の自宅に戻ってきた次第である。都合三泊四日だ。短い間ではあるが旅から旅への移動旅行で結構疲れた。途中で買って読んだ推理小説の選択に誤りがあり、寝付かれぬ、また眠りに落ちても悪夢にうなされる夜まで過ごしてしまっただけにいつもの出張よりさらに疲れた。
※話がわき道に逸れるが、この小説(反熟睡小説ね)の事にもちょっとだけ触れておき
たい。その小説とは京極某の書いた、“魍魎の匣”という推理小説である。ここでは一
言だけ言っておこう、旅の道連れ、道中の慰めに読む小説ではないよ、これは。気色の
悪いこと一流の上、読了後、睡眠中にも忌まわしい印象がおどろおどろした夢になって
頭の中をかき乱してくれ、安眠の妨害になること請け合います。わたしゃ、読了後、休
まらぬ一夜を過ごしてしまった熊本のホテルに、本は置き去りにしてしまいましたよ。
それで、日曜日の昼下がり、出張から戻ってみると、配偶者の方ときたらコタツにどべーと長くなっている上に、なにやらゴホゴホ、ゲホゲホ咳込んでいる。どうやら、留守中に風邪をひいた様子だ。
-どーして?昨日の夜、電話をしたときには何ともなさそうだったのに?
-うん、今朝早く起きてさ、パソコンさわってるとき何やらちょっと寒かったのよ、
あれがいけなかったんだわ。
-なんでー、もういい年なんだから、寒いなって思ったらすぐに暖かいものを着ると
か自己防衛してくれなきゃぁ、、。
-あらやだ、熱がある、三十七度六分だって、、ああしんど。
あーしんど、もへったくれもないのである。連れ合いがそれこそ“しんどい”出張旅行であちこちの得意先に頭を下げて廻っている間に上着を着ずにパソコンさわってて風邪をひいてしまったスーミー奥様の為に、うれしや、やっと我が家じゃ、と疲れ果ててたどり着いた私が晩飯の支度をしなくてはならなくなったのであった。
ところで、実は、その時、私も少し風邪気味でほんの少々ではあるが咳が幾分出ているのであった。それで、キムチチゲという、目一杯、身体の暖まること請け合い、発汗作用全開の鍋物に夕食はあいなったのである。
スーミー奥様の良く食べることったら。うーん、この人は微熱程度で食欲の失せる人ではない。うーん、熱いね、うーん、汗出るね、などと言いながらしっかり満腹になる奥様であった。で、私は汗が冷えてくると良くないからと早々に奥様を寝床に追いやったのであります。
さて、その夜更け、気持ちよく寝ている私を起こす、異様な物音、それはあたかも忠臣蔵はヤマガ流陣太鼓の如き、あたりに響きわたる太鼓の音、いったい何事だ?と目を覚ました私はその音の正体を知って唖然としたのであった。スーミー奥様が、ボンボンポンポンと素敵に響く大きな音で腹太鼓(腹鼓、なんていうなまやさしい音ではない!)を熱心に叩いているのである! どうやら、あまりにもその音が素敵に響くので思わず悦に入ってしまい、ご機嫌で叩いている様子である。しかし、その響きを真夜中に聴かされるモノとしては黙っているわけには行かない。
-一体、なにしてるの?うるさいなぁ。
-だって、おなかが苦しいぃんですもの、たべすぎちゃったのよ。
-胃薬飲めばいいじゃない!
-胃薬切れてるんだもん。
-あー、わかった、俺、持ってるからこれ飲めよ、そんでもって、お願いだから静か
にしてくれ、そんな大きな音でボンボンやられちゃ、眠れないよ!
-ごめんね、そんなに起こすほどうるさいと思わなかったんだもん。
-君は鬼嫁だなぁ、出張で疲れ果てて帰ってきた俺に晩飯を作らせるだけには飽きた
らず、夜更けに腹太鼓を叩いて安眠妨害するんだもん、そーやって俺が衰弱するの
を狙ってるんだろ、、、、
-あら、おもしろいわねー、このクスリ、ガストールっての、ガスが抜けて腹の張っ
たのがなおるってわけね。これ飲めば、いい音しなくなるのね。
-何いってんだよ、早く飲んで静かに寝てくれよーぉ、、、、。
このように真夜中の腹太鼓は夫婦喧嘩の元になりますから諸兄の御家庭ではせいぜい控えられる方が宜しかろうと思う次第であります、、、、、、、。
い)いもむしごろごろ
先日のことである。夕食後独りパソコン部屋にこもって作業にふけっていた私は、その一段落したところで茶の一杯でもと思い、居間の扉を開けた。しかし、スーミー奥様がいない。そして奥の寝室から異様なゴロゴロという地響きを伴う低周波な音がするのである。一体何事と驚き、さっそくに寝室の扉を開けた私は例によって異様な光景に遭遇したのであった。
手を頭上に揃えて真っ直ぐのばし、足も揃えてのばして、一直線状態になったスーミー奥様がゴロゴロと部屋の右手から左手、左手から右手へと転がっているのである。あまつさえ、本人、声に出して、“ごろごろーぉ、ごろごろーぉ”などと言っている。
いったい読者諸兄はこのような配偶者の謎の行為に遭遇した経験がおありであろうか?日頃、ともすれば小生の経験則を逸脱した地平での発言をなさる、スーミー奥様だ、少々の事では驚かない。しかし、この目の前を“ごろごろーぉ、ごろごろーぉ”とのたまいながら回転している、この配偶者様の行いをどう解釈すればよいのか私は理解に苦しんだ。そして、その姿に出会った、私の脳裏をよぎった六通りの解釈は次の通りである。
-夕食が終わればさっさとパソコン部屋にこもってしまう配偶者に対する抗議の一種。
-退屈のあまり独り遊びをはじめたのだが、いささか精神状態に問題があって、幼児逆行
というか退嬰現象の懼れがある。がびーん!
-昼時に“思いっきりテレビ”かなんかで、“転がり健康法”のたぐいを見た。
-E・Tの影響
-志賀直哉の影響
-落合恵子の影響
さて、正解はどれでしょう?
そうである。懸命な読者諸兄はすでに気がついていることであろう、上記のどれも正解で はなかったのだ(当たり前か)。実は彼女は食後の“腹ごなし”にはげんでおったのだ なぁ、これが、、とほほ。えーと、こうすれば、幾分か喰いすぎによる腹の苦しさが緩和 されるのだそうな。ほんまかいな。この“腹ごなし”法は彼女独自の考案に寄るオリジナ ルなものであり、強いて言えばヨーガの影響がないとは言えないものの一般には行われて いないのだそうである。当たり前だ。聞いたことないわい。
さあ、読者諸兄のうち、喰いすぎに苦しむ方はジャスターゼに手を伸ばす前に是非ともこ の、スーミーオリジナル、いもむしごろごろ消化法をお試しあれ。ではでは、、、、、。
(初出 asahi-net 1997年1月)
スーミー奥さまの母方の実家は元来、商家か何かであり、随分以前より随所の株券などを所有しているという事である。何だか、松竹の株なども幾らかあるらしく、株主優待で映画の只券だの、歌舞伎の優待券だのも以前にはしばしば送ってきたそうで、スーミー奥さまもそれらの券を祖母から時々頂戴したと言うことある。
8/16日、広島の実家にスーミー奥さま共々、実家の広島県廿日市市(宮島の海を隔てて向かい側)に帰省していた小生は、思い立って以前より奥さまが一度行ってみたい、と言っていた山口県萩市への小旅行を敢行する事とした。萩市の観光協会へ電話して数カ所のホテルの電話番号をきき、空室を片端からあたって見た所、お盆にもかかわらず、一軒のホテルに空き室があったのである。広島から萩へは山陽自動車道で山口市にまず出る。それから国道9号、国道262号経由で萩市に至る。問題のスーミー奥さまの発言は山口市内を抜け、262号線に乗ろうとした時に発せられた。
“うちの祖母の持っている株券はバブルの時代の株と違って、古くて由緒あるんだからねぇ”“はぁ?株券って発行された時期によって値打ちが違うの?”“だって、うちの母もそういってたもん!”“えっ!同じ額面株数だったら古かろうが、新しかろうが一緒だよ!んなもん、骨董品じゃあるまいし、古いほど値打ちがあるなんて、馬鹿なことはないの!”“エッ、だってぇ、、、、”
蛇足ながら、別段、問題の株券が遺産相続云々で彼女の懐に入ってくるといった可能性は全くないのである。単なる、親戚の懐具合に関する噂話をする、という悪徳に浸っていただけなのであります。
萩市街地から約10分強程度、益田方面に走ったところに、観光名所“笠山”は存在する。10万年ほど以前に火山噴火で出来たという死火山なのであるが、なんと、高さが百数十メートルしかないたいへん小ぶりな火山である。しかし、痩せても枯れても火山は火山、しっかり小さいながら噴火口なるものがある。で、その噴火口の底にあたる所で、以前は観光客にジュース・ビール・サザエの壷焼き等を販売する休息所が営まれていたのであった。さすがは噴火口の底だけあって上からは樹木の葉が直射日光を遮り、昼なお暗きムードにて何やら涼しげな雰囲気が横溢しており、観光客の人気を呼んでいたのであった。それで、私など萩の話しをする度にスーミー奥さまに、萩には笠山と言うところがあって、これこれな雰囲気の涼しい所であって、萩に行くものは、すべからく笠山に寄ってサザエの壷焼きを食さねばならんのである、などと力説していたのであった。
所がいざ問題の笠山に到着して頂上から底を見下ろしてみると、なんと、あるべき所にないのである。あぁ、あの休息所は私のゆめまぼろしであったのだろうか?スーミー奥さまなどは、その火口底を見て、ほんとにこんな所にあったのぉ?などと疑わしい目つきである。だって、あったんだもーん!と心の中では叫びつつも思わずむっつりとしてしまう私。そんな私の目にふと飛び込んだのが、火口の側に立っているなにやら見覚えのない建物。どうやら展望台らしい。そして、その展望台の2階には休息所らしき施設が!もしやと思いつつ、展望台への階段を昇る私。そして、休息所のお品書きの看板のなかには確かに“サザエの壷焼き”の文字が!、、、どーも察するところ、自然の驚異、天然の遺産である、貴重な降り立って歩ける火口底に“サザエの壷焼き”はまずいのではなかろうか、かような公共の場所に一民間人の経営になる、休息所があって、ビールやら“サザエの壷焼き”で商いを営むってのはまずいのではなかろーか、といった何処かの思惑が絡んで火口底“サザエの壷焼き屋”は新設の展望台休息所へ移転の憂き目にあったのではなかろうか、、、。なかなか風情があったのになぁー。
チリビール、と言っても南米はチリ国で生産されたビールではない。ホット・チリ・ペッパーズのチリである。ホット・チリ・ペッパーズとは言っても横山・ホット・ブラザーズとも無関係である。お間違いなきよう。
萩の夜の食事は地元の名店、“百万石”でのウニ飯(ウニとアワビの炊き込みご飯、うに丼ではない)、いとこ煮(白玉・小豆・その他が甘く炊き合わせて冷やしてある)をメインとした食事をとった。文句無し。旨かった。さて、その後、もう一杯なんかひっかけたいなぁ、と言うことで、“百万石”のご近所、やはり地元の名店“しずき”っていう店の隣にある、賑やかそうな明るい造りのバー(店名失念)へ入った。ドアーを開けてびっくり、客の殆どが若い女性なのである。その時点で一階にいた客、約10名前後の内、男性客は僅かに1人。私は畏れをなして思わず後ずさりをし、ひきかえさんとしたのであるが、“手洗いに行きたいのにー”というスーミー奥様の声に尻を押されて観念を決めて席に着いたのであった。
すでに食事は済ませていたので腹具合はそこそこ満腹に近い。それで酒の肴は大根サラダ(よーするに薄切り短冊大根のサラダ)とキムチと天かす入りの湯豆腐のたぐいの二点。酒はワイルドターキー(水の江滝子とは無関係である)の炭酸割り・タンカレーの炭酸割り等々、、楽しく飲んでいるうちにスーミー奥様は一つのお品書きに目が止まった。“チリビール(唐辛子ビール)”、はぁて?これはいったい何なのであろうか?“ねぇ、あのチリビールってどんなのかしらねぇ?”“さあねぇ、飲みたいの?”“うーん、ちょっと気になるなぁ”“止めといたほーがいいんじゃない?”“でも、気になるなぁ、、”奥様もアルコールのせいか随分調子が良くなってきている。チリビール、決して安いモノではないのであったが(一本@650ぐらいした←不確かな記憶だが)ついつい注文してしまったのであった。、、
おもむろに運ばれてきたそれは何やら安っぽい作りの瓶に入っており(ご丁寧に、いかにも辛そうな小粒青唐辛子が一本丸ごと浮かんでおる)、予想していたとおり“メイド・イン・チリ”ではなく、米国産なのであった。そして、味の方は、、予想通り、いや想像以上に不味かったのである。唐辛子といえばピーマンのお仲間なのであるが、それを否応なく思い出させる味。ビールにピーマンの絞り汁をぶち込んだような風味。そして、そのえも言えぬ風味に何じゃこれは、と戸惑っているモノの舌にやがて突き刺してくる唐辛子の辛み!、、、気になる、気になるとおっしゃってチリビールにあれほど拘泥したスーミー奥様はホンの一口、二口しか片づけてくれなかったのは申すまでもない。その残りは殆ど一気飲みで私の胃袋送りになったのである。だって、味わってたらとてもじゃないけど、飲めないんだもの。しかし、胃の中に送られてもホテルに帰ってやっとの思いで寝付くまで、その存在を胃袋中でアピールし続けたのであった。よーするにえらい尾を引く後味だったのだよ。
ちなみに、この“チリビール”、裏ラベルでおおむね次のようなことをうたっていた。
あ)カプサイシン(辛みの主成分)の作用で身体が熱くなり、エネルギー消費が盛んになるためダイエットにもってこいのビールである
い)辛さでハイになれる。そはあたかもランナーズ・ハイが如き状態を飲む人に与えるであろう
読者諸兄も、もしも何処かでこの“チリビール”に出会う機会があったなら、是非この惹句の真偽を試されてみるのが宜しかろう。
スーミー奥様は広島焼きのお好み焼きが大好きである。特に、広島駅ビル4階のお好み焼き“麗ちゃん”のお好み焼きにはめがない(これは私も全く同様なのであるが)。であるから、広島に帰省した折りに“麗ちゃん”に行かなかったりすれば帰省した意味がないではないか、という我が家二人の持論なのである。であるから今回の帰省に於いても当然、“麗ちゃん”で“スペシャル・そば・の肉抜きイカ天入り”って奴を食するオプションが実行される事にデフォルトでなっていたのである。そしてそれは日程上、萩から広島へ帰るその日の昼食でなければならなかったのである。
チリビールでメロメロになった翌朝、@500円の朝定食を東萩駅2階の食堂で取った我々は県道を走って阿武川ダム方面に向かった。阿武川ダムは山口県下でも最大級の大きなダムである。そして私の父のふるさと、阿武郡福栄村清宗地区がその人工湖の湖底に沈んでいるダムでもある。私が中学生の頃に水没したのだが、それまでは毎年夏になると遊びに行ったものだ。父はしばしば“儂が死んだら灰をあのダムに撒いてくれ”などと言っている。阿武川ダムからさらに暫く走ると中原中也の詩などで有名な長門峡という観光名所に至る。まぁ、奇岩が連なる中を深緑色の川水が流れていく、といった所ですな。で、この長門峡の入り口の所にある竜宮茶屋って岩の上に建った食堂が鮎料理で山口でも有名なのであった。
塩焼き、ミソ焼き、うに焼き、それからいわゆる“あらい”のような料理で“せごし”といったところがメインメニューである。少年の頃の私はこの茶屋で何度も鮎を頂く機会があった。それで、ここまで来たら、どうしても鮎が食したくなったのである。で、時刻は丁度10時。腹は減ってはいないが鮎の一尾ぐらいでどうって事はないだろうと思い、茶屋に入って塩焼きとミソ焼きを注文した。鯉の泳ぐ深い淵を眼下にして待つことしばし。その間、スーミー奥様は何やら浮かぬ顔をしている。“どーしたの?鮎、嫌いかい?”“いや、ここで鮎、食べても大丈夫かなぁ”“はぁ、大丈夫って何が?”“お好み焼きが食えなくなったり、腹が空かなくて美味しくなかったらどうしよう?”“そんなもん、心配しなくたって、たかが鮎一匹だぜ!”焼かれて出てきた鮎はスーパーではお目にかからぬ立派に大振りな代物で喰いごたえのある鮎であった。しかし、所詮鮎は鮎。その後1時半に広島駅に到着して“麗ちゃん”を訪れた我々の食欲を阻害するような事態には至らなかったのである。
それでは、ここまで読んで下さった読者諸兄の皆さま、大変有り難う御座いました。お疲れさまでした。
(初出 asahi-net 1995年夏、ただし今回一部改稿しました)
4年ぶりにタイへ“かえり”(カタクチイワシの稚魚、体長3-4センチのもの)とちりめんじゃこ、田作りの商談で5泊6日の渡航をしました。その話しなどちょっと書いてみます。
1日目;バンコック着が21時頃。イミグレーションに時間をとられ税関を出たのが22時過ぎ。空港からバンコック駅側のホテルまでバンコック名物の渋滞(こんな時間でもしっかり渋滞してる)の為2時間もかかって、ホテルに着いたのは0時でした。部屋に備え付けの豆菓子(イカ味の豆菓子!)をつまみにバーボンを一杯引っかけたらばたんきゅーで就寝。
2日目;朝はヌードル&スープ、まぁ、ラーメンみたいなモノです。これにナンプラ(魚醤です=しょっつるとか、ベトナムの調味料ニョクマムみたいなの)とか唐辛子とか適当に放り込んで喰います。タイ語って声調が確か5声ぐらいあって、(うろ覚え、同じくうろ覚えですがベトナム語は6声ぐらいあって中国語の4声で恐れ入る私のような普通の日本人には近寄りがたいモノがある)このナンプラってのもタイの人達は“ナンポァー”って感じに尻上がりの声調で発音します。まねできないな。
それから人にあったりごちゃごちゃ真面目に仕事をして昼飯は魚のあげものが飯の上にのっかてる&カレースープのようなもの。魚がからっとして美味しい。それから点心も食った。餃子もどき(餡が海老かなんかだった)とカニシュウマイ。華僑の人が沢山暮らす国だけに点心の類はとても旨い。
晩飯は取引先の方の招待でディナー。スクームビットロードをずっと番号の多い方に行ったところにある巨大シーフードレストラン、その名も“シーフードマーケット”。海の中を模してあって、天井から鮫の剥製がぶら下がっていたりするのがご愛敬。まるで大規模スーパーのようなショウケース、棚に生きてる魚の類や野菜の類が綺麗に並べてあって、客はその中から食べたい食材を選んで、これまたスーパーで使うようなカートというか手押し車のなかのかごに放り込む。で、材料を仕入れ終わったら、調理部に運んでいき、焼き物にしてとか蒸し物にしてとか指示して席で待っていると美味しく調理されて恭しく運ばれてくるという次第。で、カニの蒸し物、あさりのタイ風味付け、焼き魚、蒸し魚、海老の茹でたのタイ調味料で喰う奴、野菜の炒め物、等々さんざん喰いました。あぁ旨かった。喰いきれずに残ったのは中華料理店の如く包みにしてくれます。喰いくたぶれてホテルに帰ると即ダウン。
3日目;朝はタイ風のお粥。さんざんな評判だったタイ米ですが、こうして現地で喰ってるとこの米の一体何処がまずいんじゃといいたくなるぐらい旨い。特にこういう粥の類とか焼きめしとか最高ですね。粥と言ってもべちゃーといたやつでなくむしろ雑炊系の如きさらっとしている。海老とかイカとかはいっててナンプラーを少し入れて、唐辛子も少し入れて、香味野菜の香りも良いし朝から胃もたれもせずいい朝食です。
昼はバンコックから1時間ぐらい行ったところのサムサコンって所でシーフード。例によって焼き魚、蒸し魚、ワタリがに、蒸し海老、焼きめし。ナンプラーの中に赤とうがらし、青唐辛子のちっちゃなやつ(ちいさいやつほど強力に辛い)、パクチー(タイの香草)をつけ込んでナンプラーに辛みをしみこませたタイ式の調味料をつけて頂きます(この調味料を使うにあたって誤ってこの小さな唐辛子を食うと最低十分間は苦しみます)。味の方は文句なく旨し。
晩は同行した同じ会社のシンガポール支店の若いものと一緒にアンバサダーホテル裏の韓国料理店で韓国料理を食う。日本ではなかなか食えない本格韓国料理が安い。(味の方は韓国で喰った方が上だがまあ悪くはないし、日本で喰うより旨いし、とにかく安い)韓国焼酎をのんで酔っぱらってしまう。どうしてこんな所で結構喰える韓国料理店があるかというと、アンバサダーは大韓航空のクルーが泊まるホテルで、ここの近くのマンハッタン・ホテルを含めてこの辺は韓国からの観光客のよく利用するホテルが多いのですね。在バンコックの韓国人の人達もよく集まる一帯だということでした。
所で、バンコックの渋滞すさまじい物があり、また車検がいい加減なのか死にかけの車が大手を振って走ってる、いや走ってればまだましだが、渋滞してるので、もうもうと排煙を吹き上げている。お陰でもともと丈夫でない鼻がいかれてしまってじゅるじゅるしだしてしまい、つらい物がある。交通事故も多く、それがまた渋滞の原因になっている。数年後には地下鉄が通る予定と言うことでそれまでは当分こんな調子だろう。
4日目;朝飯はまたタイ風ヌードル&スープ。あっさりしててあきません。昼飯はまたサムサコンで今度は別の業者とまたシーフード。商売が魚物なのでどうも飯というとシーフードになりがち。焼き魚、蒸し魚、トムヤンクン(酸っぱいような、辛いような、タイ独特の海老のスープ)、焼きめし、蒸しがに。このカニは旨かった。天然物のタイ独特のカニだそうでかなりでっかい代物であった。ナンプラにパクチー、赤、青の唐辛子をつけ込んだたれで食す。すこぶる美味。晩飯はタイ風のサラダ等ホテルで喰ったが、ホテルの料理ってもう一つなのか、何をくったか余り記憶にない。晩飯の後、バンコックから約3時間ぐらいカンボジア方向に走ったところにある、ラヨーンという海辺の街に移動。ラヨーンに着いたのはもう夜も遅くそのまま就寝。
5日目;ラヨーンという街は余り知られていないが、たいへん風光明媚なリゾート地でもあります。その他では日本で2-3年前まで売られていた剣先するめの70%ぐらいはここで生産、加工されたモノであったぐらい水産加工が盛ん。ちなみに最近はタイ産のするめは価格も高くなり(現地の消費力の上昇、人件費の上昇)、資源自体も減少傾向のため日本で売られているモノはベトナム産が増えてきました。特にベトナムの皮付き剣先は大変旨く、日本のモノと比べても味に大きなひらきはありません。ラヨーンではここ数年は“かえり”(アーモンドいりっこ、とか言って学校給食とかJRの駅とかで小袋に入って売ってる味付け小魚の原料)とか、田作り、ちりめんの加工が盛んに行われてます。
ラヨーンの海岸は絵に描いたようなリゾート地の椰子の木茂る美しい浜辺が延々続いており、その椰子の木陰に机をいくつか置いた簡易レストランが点在しているのでありますが、泊まったホテルの前にもそんな食堂があり、そこで、カオパッ、あーつまり、焼きめしの朝飯。ごっそり作ってくれまして、朝から腹一杯。
午前中に仕事は終わりバンコックへ戻る。その帰途で昼飯。タイ名物のロースト・ダッグ。中華風ですが、中国のそれとも、シンガポールのそれとも違ってこってりした旨さ。たっぷりの野菜炒めと一緒に食べます。それと、チョンブリ地方名物の竹ご飯。太い竹の中に赤米、ココナッツミルク、砂糖を詰めて竹の葉で蓋をして、竹ごと蒸します。野性的な甘さですこぶる旨い。ちなみにこの“赤米”っていうのはもともと色の黒赤い餅米の類。日本でも古代米とか神話米とかネーミングして作っている所もありますね。弥生時代はこういう赤い米を日本でも作っていたようです。お赤飯のルーツはこの赤米にあるという話しをどこかで聞きました。
晩飯はタイ名物のタイスキー。“コカ”っていう有名な店で喰いました。ちなみに同店は東京にも支店があるそうですが、両方で食べた経験のある人に言わせると、やはりバンコック本店の方が旨いそうです。で、どういう料理かというと、しゃぶしゃぶもどきですね。ちょっと変わってますが。旨み充分のスープでまず肉をしゃぶしゃぶの要領で頂きます。それから、ぶつ切りのハタの類の魚を煮て喰います。この辺で肉と魚のだしが渾然一体となったごく旨いスープになります。それからすり身の類、魚団子、イカ団子、海老団子等練り製品の類、野菜、緑豆で作った春雨のたぐい、等をどばどば入れて、辛味のたれにパクチー、唐辛子等を放り込んだたれで食します。世界中でも5本の指に入るぐらい旨い鍋物ではないでしょうか!
仕事の合間にバンコックのマー・ブーンクローン・センターに遊びに行きました。マー・ブーンクローン・センターは東急デパートもはいってる大きなビルに入っているのですが、面白いのは勿論東急なんかじゃない。数え切れない程の小さな店が雑居している部分(この部分ってのがマー・ブーンクローン・センター部分でスペースは圧倒的に広い)なのです。パソコンで名刺をその場で作ってくれる店(DTPを利用して貿易用書類、例えば原産地証明等の偽造などもしてると言うまことしやかな噂あり)とか、女子高生がたむろしている可愛いものグッズの店とか、辺り一面臭ってるドリアンの店とか、民芸品の店とか、パソコンショップもある、果物のシロップ漬けの店とか、美術品の店とか、似顔絵描きが似顔絵を描いてる店とか、どぎつい下着の店とか、服飾の店、宝石店、食料品店、イラストの店(イラストレーターが数人いて、客の注文に応じてイラストをその場で描いてくれる)、ロゴタイプの店(ロゴタイプを作ってくれる)、不動産の店、車も売ってる、ファストフードの店も沢山ある、およそ世間で売っているものなら人間以外は何でも売ってるという凄いところです。
で、意外に人気があったのはイカ加工品の珍味の店。イカを干して焼いてローラーで平べったくしたものに甘みの味を付けたものは日本人が開発して日本で売るためにタイで作っていたのですが、それを売ってる店に女子高生が行列(短い行列ですが)をつくって並 んでいるのには驚いた。他にも剣先イカを使った珍味の類はあちこちで売っていて人気があるようです。小鯵のみりん干しも日本人が輸入するために作らせていたのですが、最近は現地でも結構人気のようでコンビニ、スーパー、小売店等でよく見かけました。ファスト・フードの店では女子高生が学校帰りにたむろして何だか喰ってるのはまるで日本と同じですが、ひょっとすると、夫婦共働きが当たり前のバンコックでは子供は外で飯喰って帰るのかも。親も屋台等で食事して帰ると聞きました。家で料理する場合も、材料、調味料等がセットになってビニール袋に詰めてあるものを買って帰り、後は煮たり焼いたりするだけで喰えるものにする場合が多いと聞きます。
東南アジアの国に4〜5年の間隔で行きますと別の国に行ったようです。経済成長率が高いですから実際、経済規模が倍近くになってたりする。タイでも普通の人達の購買力というか活力の大変な伸張に驚きます。中産階級の増加が自国での消費力の伸びを支えています。しかし、あの排気ガス公害のすさまじさは恐れ入りました。それから、タイでも今年は異常気象で乾期なのに毎日雨が降っていました。雷も毎日ごろごろしており、こんな事はかってなかったとの事。日本で降らない雨がきっとタイで降っていたのだろう。そしたら地球全体での収支決算は合うものな。
(初出 asahi-net 1994年、ただし今回一部改稿しました)
スーミー奥様は絵が巧い。それはこのホームページにおける、スーミー詩画集などを観られた方なら同意して下さることだろう。まぁ、“スキこそものの上手なれ”などという言葉があるぐらいで、奥様は勉強も熱心である。暇があると机に向かってゴソゴソと何やらにゃんにゃんな絵を描いていらっしゃる。その上、月に2回、某所でイラストを勉強していたりするのである。なるほど、素人さんにしては結構上手なわけでしょ。で、そのイラストの教室の日には帰宅が遅れるものだから、ときどきは私が独りで食事をすることとなるのである。食事の用意はととのえられていて冷蔵庫に保管されているものを出してチンすればよいという段取りになっているのである。
ある日のこと、そーゆー次第で独りで食事をとろうとしていた私は一枚の紙切れに目が留まった。そのスーミー奥様が私のために残していった紙切れに書かれた一行の文章が問題なのだ。曰く、
“みそしるはだいじょうぶです、あたためて食べて下さい”
私はこのメモを読んだとき、一瞬、目が点になってしまった。わざわざ、“だいじょうぶ”と確認をしている所が怪しい。絶対に怪しい。普通はこんなこと念を押さないものではないだろうか?“だいじょうぶです”と書いてあると言うことは、言い換えれば、大丈夫でない可能性が少しあったので私は心配だったのだが(少し食べてみる等の行為によって)安全性の確認を行ったので安心して食べてくれても“だいじょうぶ”だよ、と言っているのであると言えよう。あのねぇ、だいじょうぶな事はわかった、でも出来たらだいじょうぶでない可能性のある味噌汁は遠慮したいのですがぁ、、、という気持ちを抱くのは男の贅沢というものであろうか?今なお貧困のために満足な食生活をおくれていない世の多くの民のことをおもんばかれば口にすべき、ましてやインターネットなどで誰もが読める環境に掲示すべき事ではない事ではないかも知れない、、、、。し、し、し、しかしそれでもなお私は思うのである、“みそしるはだいじょうぶです”と断りの言葉を添えられた、なにやら怪しいムードただよう味噌汁はちょっと敬遠したいなぁ、などと、、、。 ちなみに問題の味噌汁はナメコとトーフの味噌汁でありました。ナメコのねぶぁ〜とした感触と特有のにおいが一層、みそしるを怪しく感じさせます。少し危なくてねぶぁ〜としているのではなかろうか?はたしてこのにおいは健全な味噌汁の健全なにおいなのであろうか、、、、。そーいえば昨日の夕食の味噌汁もナメコとトーフであったなぁ、とするとこの眼前の味噌汁はあの残りという可能性が高いぞ、してみれば“だいじょうぶです”と安全確認をしなければならなかったという事は、、、、、うーん、、、、、。私は実は消化器系に自信がないのだ、というのは数人でIndonesia旅行をして、皆で同じものを喰って、私だけが何故かひどい食あたりをしたという経験があるのである、、、、だから、もしかしてスーミー奥様が安全だというものであったとしても、私の場合はひょっとすると、、、という塩梅に怪しい一言を引き金に不安をつのらせてしまう私なのであった。
(注釈:近頃は毎日作りたての味噌汁を食べさせていただいております。以上のお話は実話ですけど、いささか以前の出来事です、と言っても今年の梅雨時分の話であるが、、、、)
スーミー語録としましては他にも“木の芽あえ時期”などがありますが(木の芽どき、と言おうとして誤ったものと推定される、さすがにゃんの人は木の芽と言えば木の芽あえなのである←妙に納得する私)、またヒットがありましたら書きますね。ではでは、、、。
(1996年、9月書き下ろし)