食島訪問記
(韓国・西海岸の島嶼部、食島訪問と、知られざる小魚、ギンポの世界)
『ギンポ』とは何でしょう?成魚はウナギとアナゴとドジョウが混血したような、30センチぐらいに達する魚ですが、稚魚はシラス干しやシラウオに良く似ていて、小魚佃煮の原料にされます。『白じゃこ佃煮』『ぎんぽシラス佃煮』『魚の花』『磯くるみ』等々の製品が出回って、とてもポピュラーですから、皆様も一度は食べてみられた事があるのではないかと・・・。


この佃煮原料にされる『ギンポ稚魚(以下ギンポと略)』を煮干にした乾燥小魚ですが、産地は日本でなく、韓国全羅北道の小島『食島(シッド)』と中国東北部(大連〜丹東の沿岸部)です。韓国のギンポと中国のギンポでは、見た目はよく似ていますが、味はどうも、韓国産の方が幾分勝るようです。
以下は、韓国産ギンポの産地である、食島(シッド)の訪問記です。韓流ブームの昨今とは言え、ナカナカおいそれと訪問できる所ではない(用事も無いのに行く所とは思えない)ので、チョット珍しい記録かも知れません。


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蝟島(ウィド)群島の地図。地図上最上部の小島が食島(シッド)。
5月1日(日)
インチョン国際空港に私は関空より16:55分、定刻到着。煮干ギンポのユーザーである、T氏とS部長は17:10到着。両名を出迎えてリムジンバスにて漢南のバスセンターへ。バスセンターから地下鉄に乗り、新沙洞駅(僅か一駅の距離)で降り、駅至近のリバーサイド・ホテル投宿。
リバーサイド・ホテルは1989年、新婚旅行のソウル訪問時に泊まって以来である。ハンガン(漢江)や高層アパート(マンション)群が目の前に拡がる、眺望の素晴らしい明るいホテルだった、という好印象が残っているのだが、時の流れは容赦がなく、ホテルは幾分古びて、どことなくうらびれた風情で、素晴らしかった眺望も近辺に出来た高層ビルに遮られて、すっかり台無しになってしまっていた。しかし、地下鉄新沙洞より至近、高速バスセンターからも至近というロケーションは値打ちがある。
タクシーで新堂洞(シンダンドン)に出て、新堂洞市場地下の名物、刺身センターで夕食。ここの刺身センターは庶民的で安く、ボッタクリも無く、お気に入りなのだが、この時点で刺身を食べたのは実はチョット失敗だった(^^;)。

(新堂洞刺身センターのサービス!突き出しの数々)

(新堂洞刺身センターの刺身)
5月2日(月)
04:40分に起床し、05:00ホテル近所の24時間営業のヘージャンクッ店でヘージャンクッの朝食。ヘージャンクッは解腸湯と書き、身体の毒を流す=二日酔いの薬とされている薬食。おそらく、各種アミノ酸のたぐいが豊富な料理なのではなかろうか。なお、この二日酔いへの効能は実際に医大で実験して、卓効が確認されているのだそうである。日本人がラーメンや蕎麦でアルコールを採った後の締めとするように、韓国の方は、ヘージャンクッ屋で締めとする人も多く、また、二日酔いの方の利用も多い事から、ヘージャンクッッ専門店の多くは24時間営業をしている。
(ヘージャンクッの朝食)
朝食後、漢南バスセンターへ。06:15分の高速バスにて群山市へ出発。
(漢南バスセンター)
(漢南バスセンター)
漢南バスセンターには苦い思い出がある。以前、ここに顧客同行で訪れて、センター内のファストフード店で昼食をと言う事になり、客に食事をサーブしている間に手荷物を置き引きされてしまったのだ。二十数年の訪韓経験のなかで、こんな事は初めてだった・・・。現金も5万円ほど入っていたが、パスポートをやられたのが痛く、その後、警察で盗難証明を貰ったり、領事館で仮のパスポートを作ったり、もう、大変な手間でした。日本に帰ったら帰ったで、再発行を受けに行かねばならず・・・。
(左手のファストフード店で置き引き被害にあった)
今回は置き引きに遭うこともなく、無事に出発(^^;)。早朝で道路はよく空いており、09:30群山到着。韓国側輸出業者のA氏の出迎えを受ける。群山・Y水産K社長の案内でプアン郡、ギョッポ港に移動。
(プアン水協・乾魚物競売場)
韓国でギンポ稚魚の漁獲があるのは、北から南へ順に、インチョン(仁川)、タンジン(唐津)、テーチョン(大川)、ソチョン、クンサン(群山)、シッド(食島)に至る、京畿道(キョンギド)〜忠清南道(チュンチョンナムド)〜全羅北道(チョルラポクド)にかけての海岸線です。しかし、佃煮原料に使用される、煮干のギンポが生産されるのは、これらの産地の内、シッド(食島)に限られるようになりました。
インチョン(仁川)はご存知のインチョン国際空港の埋め立て工事の為、産地(漁場)のそのものが壊滅し、漁民達は補償を貰って何処かに行ってしまいました。その他の産地では現在も盛んに漁が行われていますが、水揚はあっても、韓国国内需要の盛んな、『シルチッポ』とか『ペンオッポ(白魚ッポ)』と呼ばれる、ギンポを板状に干した、言うなれば『タタミイワシ』をギンポで作ったようなもの、『タタミギンポ』とでも言う製品の生産が盛んで、煮干ギンポは殆ど作られていません。
『ペンオポ』は薬味醤油を塗りながらあぶり、一辺が5〜6センチぐらいの四角形に切って供されます。結構、酒のアテに良いですし、骨への吸収性がよいカルシウム源として、学校給食等でも使われている由。また、学校給食でこれを頂いた世代が大きくなって、郷愁と共に居酒屋チェーンなどで食べるものですから、年々歳々需要が上向き、その分、煮干ギンポが割を食って生産減となっているのが実状です。煮干ギンポの内販需用は薄く、生産量の多くが輸出向けになっているのが現況ですが、ペンオポが盛んな内需を反映して良い値段で売れれば、煮干ギンポを作るモティベーションが下がる訳ですね。


(ペンオポ=タタミギンポ表) (ペンオポ=タタミギンポ裏)
さて、我々は遊漁船を借り切って、シッド(食島)へ。天候は雲ひとつない晴天だが、ひどく波が高く、如何に丈夫なFRP船とは言え、ドーン・ドーンと強く船底が波で叩かれるのも気色悪く、左右への揺れも激しく、全員、内心冷や冷やものであった。随分以前だが、フェリーが沈没して多くの人が亡くなった海域でもある。距離が短いので(海上30分ぐらい)助かったが、もし一時間も掛かれば、船酔いで大変だったであろう。
(食島へ渡った遊漁船)

(揺れがひどいので座っていられない)
本日のシッ島の水揚は好調との事。我々の到着時点では、丁度、漁船が戻って来るのを待って準備をしている所だった。猫の額ほどの小島全体がギンポの生産工場と化したような壮観である。

(島中、右を向いても、左を向いても、煮干ギンポの生産工場)

(漁獲されたギンポはまず樽に入れられ、海水をはって20分寝かされる。すると、小エビが表面に浮かんでくる)

(浮かんできた大量の小エビ)

(海老をすくうところ)

(すくわれた海老。かなり大量に混入している)

鮮ギンポを塩茹するところ。手をボイル湯水に浸してすくい上げるので、手袋越しとは言え、大層熱いと思われるが平気でやっている。このような光景が島の至る所で繰り広げられている。ちなみに、このシッ島の一日当たり生産量は20-30トン程度と思われる。

(乾燥光景)

(乾燥光景)

(乾燥光景)
埠頭の左右にもびっしり並べて乾燥。この他にも、日本式の乾燥棚も利用されている。島中、至る所でギンポが干されている。

乾燥用に棚が作られて、その上に塩茹でされたギンポが並べられる。この棚を使って天日干しする乾燥法によって最も良質な煮干ギンポが得られる。

吹き上げ式の熱風乾燥機も使われている。下から熱風が上に向かって吹き上げられる。写真手前の白いかたまりはボイルされたギンポがボイル用の籠の形に沿って塊になっているもの。これをほぐして拡げる。

これは左右方向への振動を利用して、サイズの選別を行うと共に、コナケやエビ等の異物をふるい落とす装置。昔はこのような機械は全く無く、人力で振るって、コナケを飛ばしていた。
(帰りには、うねりが一層大きくなって船は大いに揺れた)
帰りの船の中からギョッポ港を見れば、何やら李氏朝鮮時代の様式の建物が沢山見えた。訊けば、これは大変な視聴率を誇る人気テレビドラマ『李舜臣将軍』のオープンセットとか。韓国史上最大の英雄、李舜臣将軍は、世界の海軍史に残る(ネルソン提督とも並び称される)、水軍の天才。豊臣秀吉の二度に渡る朝鮮侵略時に、日本水軍をケチョンケチョンに蹴散らし、補給路をシャットアウトする大活躍をした。ソウルの官庁街メインストリート世宗路にそびえ立つ銅像や、釜山龍頭山公園の釜山タワー下の大きな銅像も李舜臣です。
世宗路の銅像は軍事政権時代の権威主義的遺物とされて、ほぼ移転が決まっていたのですが、国民の反対署名の盛り上がりや、風水学者からの反対もあって(あそこで将軍が睨んで呉れているのが風水的に大きな意味があるのだそうです(^^;))取りやめになりました。
やがて船はギョッポ港に戻りました。案内されて、ドラマ撮影に使われている船が泊まっている所を見ました。

これは、李舜臣将軍が海戦に使用した、亀甲船(コブクソン)。屋根の上にはカモフラージュがなされて、針が隠されており、飛び乗ろうとした日本兵は針に刺されて亡くなったとか。


(これらは日本水軍の艦船)
ここで遅い昼食。イカ団子や魚の白子が入った鍋物を頂きました。
昼食後、競売場及びその近辺を見物。
(水協競売場内部)
競売場に持ち込まれた煮干ギンポ製品。まだまだこれはごく一部。これからドンドン搬入されて、競売場はギンポで一杯になる。
食島からのフェリーが到着した所。トラックの上に満載されているのは、箱詰めされた煮干ギンポ。
(鮮魚店)
(鮮魚店の側で刺身を食べる観光客達)
競売場の裏は鮮魚の小売店が沢山並んでいる。ギョッポ港は魚釣りのメッカでもあり、観光地なのだ。こうした鮮魚店で魚を買っておろして貰い、パラソル傘の下で昼間から一杯ひっかけながら食事を取るのが韓国スタイル。
その後、ギョッポ港を後にして群山へ。時間的に遅いので、今夜は群山泊となる。
群山で泊まったホテルの内装。群山と言えば、以前は『群山観光ホテル』と言う、バスステーション近くのイマイチ冴えないホテルが定番だったが、最近では群山にさえ、こざっぱりしたホテルが出来ている。
この夜、群山での夕食は焼肉でした。群山は魚の旨いので有名で、遠くから食べに来る人も多いぐらいなのに、ソウルの新堂洞で刺身料理を食べたので、ここは焼肉になってしまいました(^^;)。ソウルには焼肉の旨い店も沢山あるのに、ソウルで焼肉を食べて、群山で刺身を食べるべきでした。うーん、これは失敗。でも、群山の焼肉も悪くなかったです・・・。
焼肉の後は、群山市内のナイトクラブで二次会。しかし、チョットこれは場末感が漂っています(^^;)。いや、実際場末なのですが・・・。
5月3日(火)
朝食後、08:40分のバスでソウルへ。ソウルに12時30分着。バスセンターで昼食を取った後、タクシーでメトロホテルへ。荷物を降ろして、T氏=S氏の希望にて東大門市場〜デパートの食料品売場等訪問。
明洞のメトロホテルは、古いホテルで、外観も古いが、内装は最近一新されて、とてもこざっぱりしている。場所の便が非常に良いのに料金はビジネス向けとしてはリーズナブルで、最近の私の贔屓はここだ。
(スッキリしたメトロホテルの内装)
その後、T氏、S部長と三人で、市内Eマート(韓国の代表的な量販店チェーン)、東大門市場等を見学。
(途中見掛けた豪快なフォルムのビル)
夜は、ソウル中心部、ロッテ百貨店からほど近い、サラリーマンの飲屋街で知られる、茶洞(タドン)の名店、南浦麺屋(ナンポミョノク)へ。この店は冷麺とチェンバンの専門店。水冷麺(ムルレンミョン)のスープは、本格の場合、トンチミと呼ばれる、水キムチのスープ(大根の辛くない、汁気タップリの漬物)と牛出汁を合わせて作られる。水キムチのスープは管理を良くしないと気候によっては味が変わってしまうので、この店では、漬けた日ごとにカメをかえて管理している。
(並べられた水キムチのカメ、これらはごく一部である)
これが、私が最も好きな韓国料理の一つ、チェンバン(五福チェンバン=オーボクチェンバン、もしくは、チェンバン・ククスとも呼ばれる)。兎に角、ここ、南浦麺屋のチェンバンは圧倒的な旨さ!スユクと呼ばれる、牛肉を一旦茹でて柔らかくした物や(その出汁も使われている)、野菜、キノコのたぐいがふんだんに、美しく盛りつけられている。その他にもマンドゥ(饅頭)と言って、ワンタンのような小振りな餃子を入れて頂く。最後のシメは冷麺の麺。冷麺の麺は煮るとすぐにとろけるので、チョット温めた程度で頂くのがコツ。
お客さま達は疲れていて、早めに就寝しました。私は、ソウルの夜と言えば、ここ、と言う、イーテウォンのジャズクラブ、『All That Jazz』へ。ここにジャズを聴きに来て、大きな外れに当たった事がありません。おおむね、アグレッシブで格好良いジャズが聴けます。時には、ぶっ飛びモノに物凄いのを聴ける事もあります。近くに米軍基地があり、軍楽隊の奏者がやってきてセッションなんて日には、まず、日本ではそうそう聴けない、極上のジャズも聴けることがあります。と言うのは、ジャズではなかなかメシが食えないものだから、日本ならバリプロにもいないんじゃぁ?ってぐらい、グレードの凄い奴が軍楽隊で吹いてたりするのですね〜。
この夜も、オーソドックス(どちらかというとバーニー・ケッセル系?)スタイルながらも、バリバリと弾きまくる、御機嫌なギターを含む、カルテットを堪能しました。
5月4日(水)
二名のお客さまはこの日、10時発の便にて帰国。私は金浦空港09時の便にて全羅南道麗水市へ。麗水市にて再梱包されたギンポを検品。また、麗水市の業者と値決め、船積等の詳細を商談。
(ソウル・金浦空港での朝食。朝食は矢張りヘージャンクッ!)
(ギンポ検品光景)
大量のギンポの検品を完了させ、麗水泊。
写真は麗水市での昼食、オッケタン。オッケタンは日本でも有名なサムゲタンの一種で、若鶏丸一羽のお腹の中に、餅米、朝鮮人参、ナツメ等を入れて長時間かけてトロトロに煮込んだ物だが、普通のサムゲタンと違って、煮込み汁に漆の木片を入れて煮込んだもの。だから、スープが黒みがかっています。美味しかった。
夜は、麗水市での定宿、元の世宗閣ホテル、現シャンボローホテル。写真はホテルの窓枠。七色に光っているのは、窓に何か取り付けられていて、それがこういう効果を醸す次第。何か、ラブホっぽいと言うか、昭和っぽいというか、奇妙ですね。しかし、韓国の二流ホテル以下では、しばしばお目に掛かる仕掛けです。このシャンボローの窓も、かつて、世宗閣(セジョンガク)ホテルだった、二十数年の昔から今に至るまで変わらずこうです(^^;)。なんでだ〜〜。
5月5日(木)
麗水から高速バスに乗って釜山へ移動(約4時間の距離)。釜山のA氏と再会。サハ区クピョン洞の冷蔵庫にてギンポ検品5トン。こちらも品質的には全く満足。今年の小サイズのギンポは品質的に優れている。天候が安定していて、乾燥状態がよい(天日乾燥品が多い)事、産地での機械式(振動式)選別機導入等により、品質が安定しているのかも知れない。
(釜山冷蔵庫での検品作業)
午後、日本食材を輸入しているお得意さまと商談。
夜はクァンアンニ(広安里)の刺身センターで韓国式刺身とメウンタン(魚あらの辛味鍋)。



(広安里の刺身センターにて)
鮮魚を売る、大きくて、長〜い、長〜い、テント屋台があって、そこで魚を買い、別棟の、これまた大きなテントになってる刺身屋台で、刺身に作って貰い、野菜類や、メウンタン(あら炊き辛味鍋)、酒類の提供を受けるというシステムです。
一般の刺身屋で供されるメウンタンは、刺身に作って貰った魚のアラで出来てますが、ここのメウンタンは、ありとあらゆる、魚のゴッタ煮なっています。客が多いのに、イチイチ、魚ごとにメウンタンにしてられないので大鍋で作ってると言うのが実状。しかし、この、ゴッタ煮メウンタンの旨いこと旨いこと!凄い濃厚な魚出汁の逸品でした。
5月6日(金)
早起きして、再度、クピョン洞の冷蔵庫を訪問し、今朝産地(ギョッポ)から到着したばかりのギンポ5トンを検品。検品後、金海(キメ)国際空港から帰国。