よしひこの韓国旅行記(2001年夏)
1日目(8月15日)
私と配偶者のスーミーさんを乗せた日本エアーシステム機は定刻の17:05分に仁川(インチョン)国際空港に到着した。この空港はオープンして日も浅く、私も訪れるのははじめてだ。まず、観光案内カウンターで無料の観光案内や地図類を入手。これを貰っておくと、最新の地下鉄の路線図等の情報が便利なのですね。タダだし。それから、バス乗り場に向かった。この空港に降りたのは初めてだったが、事前にインターネットでソウル市内へのアクセスは調べておいたので、座席バスの乗り場も苦もなく発見することが出来た。
空港を出ると、高速道路の沿道沿いに遠くまで続く泥の干潟が目に付く。元々、この辺は遠浅の海で、ギンポ(標準和名ギンポ:英名タイドプール・グンネル)
の稚魚の好漁場で、これを煮干にしたものを私は扱っており、仁川はその一大産地であった。しかし、一体どういう運命の悪戯か、その仁川漁場は、いまや私の足下、空港のための埋め立て地と、飛行機の進入ルートに当たるための禁漁海域となり、消失してしまったのである。漁民達は多くの保証金を得たとのことだが、世の常として、つまらん事に使って、かえって財を失った漁民も多いとか(←仄聞だが、、)。そう言えば、1985年か86年頃と記憶しているが、仁川産煮干ギンポの検品のために、仁川のオリンポス・ホテルという所に数泊した事がある。
座席バスは庶民の足なので椅子もあまり上等なものではない。運転も多少韓国式に荒っぽい。アクセルとブレーキを踏む、バッタンバッタンという大きな音が車内に響くのであった。ソウルまでは高速道路も整備が良く、順調に進んだが、ソウル中心部への入口である、麻浦(マポ)で渋滞に掛かった。しかし、マポを抜けると後はスムースで、1時間5分ほどでソウル市庁前に到着。そこからホテルまでは歩いて5分程だった。
ここまでは曇り空ながら、天気は何とかもっていたが、ホテルにチェックインした辺りから、夕立がザバザバと降り始め、スーミーさんが風呂に入っている頃には雷もゴロゴロと鳴り出してしまった。しかし、夕食の為に外出しなくてはならない。フロントで訊くとコンビニが直ぐ近くにあるとの事。それで、コンビニで折り畳み傘を二本買う。一本、800ウォンでものは結構しっかりしていた。
歩いて、チョンノ2街の春川屋にてタッカルビを食す。たっぷりの鶏肉の他、キャベツ、エゴマの葉、タマネギ等々大盛りの野菜を甘辛ソースで炒めていただく料理。一人前5000ウォンと安いがボリュームたっぷりで、日本でも知名度の上がってきている料理だ。しかし、辛くてスーミーさんはちょっと苦手のようだ。スーミーさんも訪韓経験豊富で、少々の辛い物は平気なのだが、タッカルビは激辛系の料理で、今まで、激辛ものの経験の薄い彼女にはビックリものだったようだ。飲み物にはビール一本の他にサン(山)という焼酎を飲む。この焼酎(ソジュ)はサッパリした味でなかなかいける。飲み過ぎが怖い、飲み口の良さだ。
食後は夜の散歩。地下鉄チョンノ三街までゆっくりと歩いて、その辺の屋台(この界隈屋台多し)でチョギクイ(焼イシモチ)をあてにプラスティック・ボトル入りのマッコルリを飲んだ。この、チョギクイは全然期待していなかったのだが、存外に旨く驚いた。マッコルリも悪くなかったが、これは安物だけに翌朝に残ってしまった。マッコルリの安物は飲み口が良くても翌日に残りがちなので注意を要するのである。タクシーを捕まえようかとも思ったが、歩いてきた道だから、と思って歩いて帰ったのだが、酔った足には道がなかなかに遠く、ホテルに着くとすっかり足が痛くなってしまった。12時半就寝。

(チョンノ三街からホテルに戻る途中の露店で見つけた、目つきの変なトトロ。とても正式なライセンスの元に作られた商品とは思えない。正面のトトロ(モドキ)はまだしもましな方で、右下のトトロ(モドキ)など殆ど『三白眼』としか言いようがない。)
2日目(8月16日)
前夜の酒が残っている。しかし、7時過ぎには起きて、衛星放送でNHkの『ちゅらさん』を観た。それから、徒歩で、チョンジンドン(清進洞)のチョンジンオク(清進屋)を訪れ、ヘージャンクッ(解腸湯)を食す。これで残っていた酒は解毒されてサッパリしたのである。この、ヘージャンクッという食べ物は不思議な食べ物で、二日酔いの毒気を汗にして外に出してしまう、という作用がある。この作用は実験でも確かめられているそうで、一番効くのが、このヘージャンクッ、二番目が、コンナムルクッパプ(豆モヤシスープご飯)、三番目がテンジャンチゲ(濃厚具だくさん味噌汁)だそうだ。シジミスープ(チェーチョプクッ)は二日酔いの予防薬となるが、なってしまった二日酔いには上記の順で効能があるそうな。
部屋に帰ってスーミーさんの歯磨きが済んでから、南大門のカナアンギョン(カナ眼鏡店)まで歩く。遠い。暑い。スーミーさんの新しい眼鏡を買う。前の眼鏡もここで買ったものだが、ちょっとがたついてきていたので、調節して貰う。その場で検眼してくれて、その場で作ってくれる。1998年、はじめてこの、カナアンギョンに来たときには、日本語の通じるスタッフもいなくて、ヨシヒコの半可通韓国語で作ってもらったのだが、今回驚いた事に日本語の上手なスタッフが何人もいて、次々入ってくる客も殆どが日本人だったのだ。見れば壁には『るるぶ』他、旅行案内書の数々が、、いまや、このカナアンギョンはガイドブック上の有名店となっている次第なのであった。全く驚いた事だ。
レンズの仕上がりに40分かかるという事で地下鉄に乗りミョンドン(明洞)へ。いつもの『明洞衣料』でスーミーさんの下着他、あれこれ沢山買い物。と言っても、もっぱら買い物をするのは彼女なのであるが。せかされる事無く、心おきなく安物買いをすることは女性の悦びのひとつなのだそうだから、その間、じっと気長に待っているのも配偶者男性の甲斐性というものである(←ほんとかよ)。しかし、ミリオレ明洞店が開店した影響なのだろうか、今回、明洞衣料は混雑していなく、買い物しやすいと言えばしやすいが、以前の混沌を思い出せばちょっと寂しい塩梅なのだった。その後、そのミリオレ明洞店をちょっとだけひやかして眼鏡屋に戻り、眼鏡を受け取った。眼鏡屋のサービスでホテルまで送ってもらう。あまり、サービスが良いとかえって不安になってしまう。
ホテルから歩いてすぐのムギョンドン(武橋洞=実際は茶洞なのだが、ムギョンドンの飲食街、として有名)にある、ナムポミョンオク(南浦麺屋)にて冷麺。場所も近くて便利の上、文句無く旨い。冷麺のスープはトンチミとも呼ばれる、水キムチ(ムル・キムチ)の透明で爽やかなスープと、牛だしを合わせて作られるが、この店の入口には日付管理された幾つもの水キムチのカメが並んでいる。こうして、丁度良い発酵状態の水キムチを夏場だろうが冬場だろうが提供できるように管理しているという次第。所で、この一角(武橋洞)、ポシンタン(補身湯)屋の巣窟になっている事を発見した。殆ど、ポシンタン・コルモッキル(補身湯横町)とでも言うべきか。ちなみにポシンタン、とはオリンピックの頃、表通りから閉め出されたという、韓国名物『犬鍋料理』であります。私は食べたことがないのだが、、。

(この写真の中に、ポシンタン(補身湯)屋の看板が四つも見えるのである。)

(この写真の中にもポシンタン屋の看板が三つ見える。これらは全てこの時、ムギョンドンで撮影した写真である。)
昼食後、ホテルに戻りヨシヒコはサウナと散髪。イーバルアガシ(理髪店の女性従業員)というか、実際はアジュモニ(おばさま)なのだが、丁寧にマッサージや爪切り、ひげ剃りをしてくれて、非常にサッパリする。スーミーはサウナと全身マッサージ。
その後、徒歩でナンタ劇場へ。歩いて幾らもないのだが、ソウルに来てから、普段になく良く歩いている足にはいささか辛い。ナンタ(乱打)は、大変リズミカルな(打楽器ミュージカルと言っても良い)パフォーマンスで、韓国の伝統にも根ざした、驚異的な作品だ。始まりから最後まで一瞬も飽きさせない、もう、本当に面白く、凄い迫力と緊張感に満ちた舞台には圧倒されてしまう。客層も子供から初老まで、韓国人、日本人、欧米人と様々であったが、誰もが十分に満足と驚異を味わったのではないだろうか。すこぶるつきに楽しい舞台なのだが、実は、緻密に計算された構成なので、どういうシステムで作られたのかよく分からないが、作劇者(作劇チーム?)も大変な才能だなぁ、と思った。機会があれば、是非又観たいものだ。『ナンタ』のチケットはインターネットを利用して旅行社経由でも購入出来るが、これには旅行社の手数料が結構掛かる。しかし、『ナンタ』のホームページにアクセスして、そこから直接予約を入れれば最も簡単、安上がりだ。予約フォームは英文になっているが、どうって事ない、簡単な英文なので心配は全く要らない。予約すれば、確認のメールは日本語で戻ってくるから、予約の完了も問題なく知ることが出来る。

(スーミー画伯の手による『ナンタ』のラフスケッチ。実際、この日の公演の女の子は、この絵のように魅力的で、ちょっとセクシーで、そして力強かったのであります。)
観劇後、地下鉄で弘大入口(ホンデ・イプグ)の鮮魚島(ソノド)という日式店へ。店の作りはとても綺麗だ。刺身を一人前(70,000ウォンもしたので)と寿司を二人前、それから、ビール一本とソルチュンメ(雪中梅=なかなか旨い梅酒、刺身に良く合う)を注文した。
料理の論評をします。


総括。値段と比すれば、甚だ不満が残った。確かに、我々は刺身は一人前しか取らなかったが、一人前と言えど、7万ウォンとなれば、そこそこの内容を望むわけだが、その実物には首をかしげざるおえない。パンチャン類も迫力(分量)不足で日式店としては寂しいのではないか。また、テンジャンの件、トイレの件、などは非常に大きな減点対象である。
その後、タクシーでナイトクラブ、『ホリディ・イン・ソウル』に。これは明洞のパシフィック・ホテルの中に入っている。時間が8時半頃と、いささか早かった為か、まだ全然盛り上がっていない。しかし、夜が更けるに連れ、客も乗ってきて、ダンスフロアーには人が溢れて来て、やはりこうならねば、韓国のナイトクラブの楽しみはない。この店の客層は、社用族、ホステス連れが目立ち(勿論、一般客もかなりいるのだが)、その分、年齢層が高く見えた。豊田ホテル(プンジョンホテル)のプンジョン・ナイトクラブの方が、20代後半から30代前半の一般客が多いのではないだろうか。

(ナイトクラブの『ホリディイン・ソウル』で踊っていたサラリーマン諸氏。彼等の多くはネクタイを鉢巻にしておりましたが、これは如何なる習慣なのでしょうか?また、このように手を上に上げたり、手先を人差し指・指先確認のようにして天を指したりしながら、比較的ゆったりと踊る、韓国伝統式の踊り方をしておられるサラリーマン諸氏も多くいるのであります。ちなみにこの挿し絵はよしひこが書きました。)
ともあれ、結局、11時頃まで『ホリディ・イン・ソウル』で遊んで、外に出て、タクシーを捕まえようとしたのだが、これが捕まらない。夜更けなのにたいへん人波は賑やかで、羨ましい景気の良さである。IMFで経済が厳しかった、ほんの数年前と比しても、比べものにならない賑やかさだ。85年〜88年頃にも明洞界隈でタクシーを捕まえるのがたいへんだった時期があったが、あの頃を思い出してしまった。日本も10年前、バブル崩壊の後、すぐに『改革断行』でIMF並にメスを入れていれば、こんな酷い状況にまで陥らなかったのでは無かろうか。それはともかく、我々は帰らねばならない。仕方なく、地下鉄を明洞→ソウル駅→市庁と乗り継いでホテルに戻った。明洞の駅も、市庁の駅も冷房が効いていたが、ソウル駅の地下は蒸し風呂状態で、列車を待つ間、滝のような汗、という状態だったのだ。ソウル駅地下は構内が広すぎるので冷房をハナから諦めているのだろうか。まぁ、地球資源の節約と温暖化防止にはその方が良いのだろうけど。
3日目(8月17日)
前夜はあまり飲まなかったので酒は残っていない。7時過ぎに起床して、衛星放送で『ちゅらさん』を観てから朝食に出た。ロッテ百貨店を横目で見ながら、チャンマッ・ヨンヤンチュクチップ(チャンマッ・栄養あわび粥店)に向かい、朝食。旨い朝粥だったが、来る客、来る客、みなガイドブック片手の日本人観光客なので、へぇ、ガイドブックにも載っている店なのだなぁ、と知った。ちなみに私はインターネットで市庁から近いあわび粥店として検索したのである。

(チャンマッ栄養あわび粥店であわび粥を食べるスーミーさん。)
朝食後、部屋に一旦戻り(スーミーさんは食後の歯ブラシマニアなので出来る限り食後は部屋に戻ろうとする)、タクシーを拾って昌徳宮(チャンドックン)に。この宮殿は言語別に観覧時間が決まっていて、時間が来るとガイドさん(昌徳宮の係員であるガイドさん)の後を、ぞろぞろとついて歩くというシステムになっているのであった。だから、昌徳宮に来るときにはその時間に合わせてこなければならないのでった。筆者は随分、ソウルには幾たびも来ていて、古い話になるが、長期にいたこともあるのだが、観光はそんなにしていないので、意外にこんな事を知らないでいたりするのである。ちなみに、慶福宮や昌慶宮はこのようなシステムにはなっていない。
観覧のスタート時間になるまで、宮殿入口横の休息所でウーロン茶を飲みながら過ごした我々であるが、その間、興味深い光景を目にした。我々が座っていたボックス席の隣では、これも日本からの四人組の若いお嬢さん達が時間待ちをしていたのだが、その彼女たち、おもむろに単語カード(受験勉強などの時に使ったアレです)を取り出して、韓国語の勉強を始めたのである。それは、ごく初歩の旅行・買い物単語のおさらい、ってレベルだったのだが、実に健全というか、前向きと言うか、あらまほしき姿と言うか、すがすがしい気持ちにさせられたのだ。もう、それは昔々、ソウル・オリンピックあたりが最後だった光景(と思いたいが)だと思うが、かつて、日本人観光客の多くが中年男性だった頃、あろう事か、前夜に相手をさせた女性にチップを払って翌日ソウル観光の案内をさせる、などといった行為がおおっぴらにまかり通っていた時期があるのだ。それと比して思えば、若い女性達の興味と関心の方向性がなんであれ(エステでも買い物でもグルメでも良いではないか)、客体との関わり合いの仕方はずっと健全で前向きだ。中には、ド金髪(韓国ではこれを『ノランモリ=黄色頭』と呼ぶそうな)のヘソ出しGパンで闊歩する日本人女性もいるそうで、それはどうか、とも思うが、街中で見かける日本人女性観光客の多くは健全な観光を楽しんでいる様子で好感を持てた。
そうこうしている間に10時30分となり、ガイドさんの案内での宮殿見物がはじまった。これも(ガイド付き宮殿見物は初めてなのである)なかなか良いもので、知らないことを教わるものだ。屋根瓦の端に飾られた生き物は何かとか(三蔵法師の一行であって、魔除けだとの由)、王の寝殿の上には横に渡された瓦の部分がないのは何故かとか(あれは、竜という部分であって、竜である王の上に更に竜が乗っているというのはおかしいからだとの事)、両班(ヤンバン=李氏朝鮮王朝時代の貴族)の家の入口、男性用の入口と、女性用の入口が別々で、男性用のそれの方が広く立派に作られている事とか、、。高名な秘苑(ピーウォン)はそんなものかなぁ、と悪くはないが、『神秘的なまでに美しい』と言うほどのものではない、と思われた。むしろ、楽善斉から秘苑に至るまでの、『林』を抜ける道の方が、都会の真ん中とは思えぬ、素晴らしい緑の中の散歩道で、木漏れ日も美しく、風も涼しい。一回り1時間半の散策であり、これが都会の中心にあるとは思えぬ林やちょっとした岡があって、なかなか面白い見物であった。

(屋根の端の飾り達は魔除けの三蔵法師一行との事)

(昌徳宮の中、工事中の所で発見されたオジギビト。日本のそれとそっくりだ)

(楽善斉から秘苑に至る道。木立が気持ちよい)

(秘苑から出口に至る途中の岡。こんな所にこんな登り道が、と驚くがこれも一興である)
昌徳宮から仁寺洞(インサドン)まで更に歩き(今回の旅は実に良く歩いた)、仁寺洞の中頃にある焼肉店、ソマウル(牛村ってぐらいの意味か?)にて昼食。この店もインターネットで仁寺洞の旨い店、という事で検索したのだが、これは大当たり。キノコと高麗人参のパジョンをひとつと味付けカルビ焼(ヤンニョム・カルビ)二人分を頼んで食べたが、量目もたっぷりで、味の方も文句なし。また、パンチャン(添え付けのオカズ類)がどれも旨い。ヨシヒコの大好物、ケージャン(ワタリガニの醤油漬け)も久しぶりに味わえて大満足だった。この店はもう、本当にお勧めだ。
例によってホテルに一旦戻ってスーミーさんの歯磨き。それから、私は竜山の電子商街に行きたかったのだが、連日の歩き疲れでスーミーさんがダウン。ちょっと昼寝のつもりが気がつくと四時になっていた。それで、今日もサウナ。ただし、今日はサウナだけで散髪やマッサージはしない。ここ、ニュー国際ホテルのサウナは、汗蒸幕(ハンジュマク)という売り出しなのだが、実際には汗蒸幕ふう、とでも言うべきではないか。しかし、それにしても、高麗人参風呂、石室サウナ(これは馬鹿に熱い)、土室サウナ(多種類の韓方薬がぶら下げられており、そのエキスがプンプンと匂っている)などの効きそうな風呂、サウナを楽しんで、1万ウォンというのは悪くないと思う。街中のモギョクタン(沐浴湯)にも、こざっぱりした店があり、価格も安いのだが、こういう風呂やサウナは無い。しかし、この二回目の男性風呂では、入った時のサウナの温度が異常に低く、『えっ、何でこんなに今日は低温なの?』と思ったのだが、しばらくして、入浴客の韓国人男性が、温度が異常に低い、歯ブラシが無い、ひげ剃りが無い、と色々苦情を言ったものだから、温度も無事上がり、歯ブラシ・ひげ剃りも揃いました。文句は言ってみるものです。一方、その頃、スーミーさんはサウナ入口の重いガラスドアで指をはさんで切ってしまう、という事態に遭遇、血がドヴァーと出る始末で大変だったのだが、女性従業員諸氏は大変親切で、すかさず消毒、テーピングをしてくれた上、髪を乾かしてくれたり、服を着せてくれたり、心配してくれたり、なかなか良くしてくれたという次第。以前、私も釜山の某ホテルのサウナのドアで足小指を切る、というアクシデントがあり、この時も相当酷く切ったものだが、こんなに良くしてくれなかった。韓国のサウナの入口ドアは総じて重いガラス扉になっており、こういう危険があるので気をつけなくてはならない。
サウナを済ませた我々は徒歩で北倉洞の『馬山屋(マサンジップ)』へ。夕食はアグチーム(アンコウを子供のホヤのダシとモヤシの水分で蒸したもの)とモドゥム・ジョン。モドゥム・ジョンは卵ころもをつけて、牡蛎、ホバッ(ズッキーニ)、甘青唐辛子肉詰め、椎茸肉詰めなどを焼いたもの。私もスーミーさんもこれは大好物。しかし、アグチームはスーミーさんには少し辛かったようで、今回は随分辛い物を食べさせられる(このアグチーム&初日のタッカルビを指す)と、のたまるのであった。私はアグチームが好きなので、インターネットでニュー国際ホテルから近くのアグチームの旨い店を検索して見つけた店なのだが、この店も大正解。特に、モドゥム・ジョンと、酒が旨かった。酒は『民族酒(ミンジョクチュ)』という売り出しの、要するにマッコルリなのだが、これはネットによると、手作りとの事。これが、旨いのなんのって。素晴らしく旨い上に5000ウォンで、立派な白磁の入れ物にたっぷりと出てきて、雰囲気も文句無し。しかも、プラスティック・ボトル入りの安物のマッコルリと違って、翌日に全然残らないのであった。辛いアグチームとこの民族酒の組み合わせは本当に良かった。

(馬山屋での食事。モドゥム・ジョンと民族酒が見える。この民族酒、本当に旨い!)
食後、タクシーでイーテウォン(梨泰院)の本格ジャズクラブ、『All
That Jazz』へ。この店、一昨年のソウル訪問時に訪れて、その時のグループが素晴らしく、また、あのようなジャズが聴きたいものだと今回の再訪となった。
こちらで聴かせるジャズは、所謂、ムードミュージック的な、『カクテル・ジャズ』では全然なくて、本格的、アグレッシブなそれなので、本当のジャズファンの鑑賞に充分耐えるというか、挑んでくるジャズなのである。だから、逆に、ピアノトリオとカクテルで彼女と良いムードにという手合いには向かない筈なのだ。何故、ここで『向かない筈』などと書いたかというと、凄いアグレッシブな演奏をしている、その面前でイチャイチャしているカップルが二組もあったのである。いやぁ、まいるねぇ。
この日のグループは、ギター、ドラム、ベース、パーカッション、ピアノという編成。曲の多くはスタンダードなのだが、そのアレンジはかなり大胆で、すこぶるモダン。ヨシヒコの好きなYou
don't know what love isも演奏されたが、なんとボサノバになっていた。これも、なかなか濃密なムードで宜しい。その他、ファンク・ビート仕立ての『朝日の如くさわやかに』なども印象に残るアレンジだった。一昨年この店で聴いたグループではドラム・ギター・ベースの韓国人奏者三人につき、幾分かの力不足が否めなかった。しかし、今回聴いたグループは全員が韓国人奏者だったが、素晴らしいギターを筆頭に、ベースもかなり迫力あり、ドラムも好感持てる力いっぱいなプレイを聴かせた。ピアノの女性プレーヤーの力不足が残念だったけれど、他のメンバーのプレイで十分にカヴァーされていた。
ギターのキム・ミンスク氏は中でも素晴らしい演奏を聴かせてくれた。論理的にアウトするプレイと、軽やかな運指とピッキングは見事なものだが、単なる、早弾きでアウトするフレージング満載というだけでは、グイグイと来る迫力は生まれない。盛り上げを作るのが上手いのだ。そして、その盛り上げが、これでもか、これでもか、と何度もやってきて、一度目より二度目、二度目より三度目、と回を重ねるほどに迫力の盛り上げを作るのだ。パット・メセニーあたりの影響を感じさせるところもあるが、ペンタトニック・フレーズ(ギタリストは多用しがちである)をあまり感じさせない所はハンコックあたりのピアニストのフレーズを研究したのかも知れない。と言っても、右手中指、薬指、小指を使ってのアルペジオ・フレーズの上手な使用はギタリストらしく、ギターの様々な可能性を良く研究していると、大変感心させられたのだった。関西の素晴らしいピアニスト、中村真とでも組ませたら、本当に凄いユニットが出来るのでは無かろうか。是非、セッションさせてみたいものだ。(帰国後、韓国ジャズファンのサイトの掲示板にて問い合わせたところ、キム・ミンスク氏はすでに二枚のリーダー・アルバムを出していて、ジャズファンの間では才人として知られている人物とのことであった。しかし、現在リーダーグループを持っていないので、彼のプレイが聴けたのはラッキーだそうだ。うーん、こういう才能あるギタリストこそ、どんどん活躍して欲しいものだが、、、)
2ステージをたっぷり聴いて店を出ると既に11時を廻っていた。今夜は、最後の夜だ。もう遅いが、もう一杯、ソジュ(焼酎)でもひっかけて眠りたいものである。しかし、帰るのが大変だと(歩くのはもうウンザリ)困るので、ホテル裏のムギョンドン(武橋洞=実際は茶洞なのだが、ムギョンドンの飲食街、として有名)で店を探した。さすがにこの時間だと、どうも怪しい雰囲気の店しか開いて無くて、諦めて寝ようかとも思ったが、ホテル側からすると、ムギョンドン入口にあたる所の、こざっぱりした飲み屋のアジュマにまだまだやってるからお入りなさいと声をかけられて、その店に入った。
酒のアンジュ(つまみ)一切があって、清潔感もあり、なかなか良い店だった。そこで、焼酎一本、ノガリ(小振りの干し鱈を焼いたもの)、具だくさんオムレツのようなもの、この二点のアテを頼んで一杯引っかけた。店はこざっぱりとして良く、アテの味もなかなかで良かったのだが、後ろの席の四人組サラリーマンの賑やかなこと。殆ど喧嘩してるんじゃなかろうか、という程に激しい大声とパンマル(親しい友達同士で使う、ぞんざいな口調)の嵐である。まぁ、こちらのサラリーマン諸氏は一杯飲めば、これぐらいでなければ気分が出ないってものらしいが。そうこうしている内に、彼らも、12時5分まで飲むぞーという言葉通りに12時3分きっかりに引き上げていき静かになった。我々は更に12時半まで、日本人らしく、シンネリ(それも楽しいのだけどね)とやったのである。ホテルへの帰途、コンビニでインスタントラーメン類(奥様が好きなのである)を各種取り揃えて沢山買い込みんだ。私は、部屋に着くやいなや爆睡したのだが、スーミーさんは例によってキチンと歯磨きをして寝たようである。
4日目(8月18日)
遅くまで夜遊びしたが、分量としてはそれほど飲んでいないので、目覚めはさっぱりしている。しかし、暑い中をあちこちと随分歩いたのと夜更かしがたたって、疲労感が溜まってきている。この日の朝食はスーミーさんのリクエストでテンジャン・チゲ(濃いめの味の具だくさんみそ汁定食)。ホテル近辺で旨いテンジャンチゲを食べさせる店は知らなかったが、ムギョンドンからチョンジンドンの方にぶらぶらと歩いてみた。朝のムギョンドンはまだ殆ど何処も営業していない。やはり、ヘージャンクッ横町として知られる、チョンジンドン(清進洞)の方が、朝飯を出している店が多い。この旅、最初の朝食を取った、清進屋を横目で観ながら、チョンノ区庁方面に歩いて行くと、この横町もおわりの辺りに、テンジャンチゲの看板を出している、ちょっとこざっぱりした店を発見し、そこに入った。
いきなり目にしたのは、レジで爆睡しているアジュマ。おおっこれは、と思いつつ、注文取りにやってきたアジョシ(おじさん)にテンジャンチゲを注文。愛想がないことったらありゃしないので、味の方が心配になった。しかし、運ばれてきたテンジャンチゲ定食を食べてみると、これがなかなかいける。100点満点、って程ではないが、十分に旨い部類であり、パンチャンやキムチのたぐいもなかなかだった。その内、苦虫を潰した顔のおじさんが一人、入ってきてソルロンタン(雪濃湯)という牛スープで焼酎をやりだした。迎え酒なんだろうなぁ、しかし、不味そうに食べるなぁ、と思ってみていると、焼酎もタンも半分ぐらい残して出ていってしまいました。我々は飯もチゲは勿論、パンチャンもおおむね食べるという健啖ぶりを発揮して店を出たのであった。
所で、このチョンジンドン(清進洞)にもドトール・コーヒーが進出していた。98年には明洞に一軒だったと記憶しているが、今ではチェーン展開しているのであろう。かつて、韓国の町中で飲めるコーヒーは、その殆ど99%が、どこか不思議な味わいの、インスタントっぽいコーヒーであり、真っ当なコーヒーのヒャンギ(香気)漂うコーヒーは高級ホテルでビックリ価格を支払わねば飲めないのであった。しかし、ドトールあたりがそれも変革しているのであろう。
ちなみに筆者は、ドトールに豆を輸出しているインドネシアのコーヒー豆王と面識がある。この人物、エビ養殖・加工の部門も持っているので水産関係と縁があるのだった。まぁ、だからどうした、という話なのだが。
更に余談であるが、ソウルの町中に、しゃれたベーカリーの店が急増しているのにも驚いた。以前から、チェガジョム(製菓店)と言って、菓子パンのようなものを売っていて、店の奥では牛乳とそのパンを頂くスペースがある、と言う店があったものです。しかし、今回、目に付いたのは、日本の都市中央部でもしばしば目にする、通勤路沿いの明るい洋風の店内に、様々な洒落たパンが並んでいて、それをプレートにとって、レジに持っていくという、あのスタイルの店なのでした。
さて、ホテルに戻り、インチョン(仁川)国際空港へのバスは何処から乗るのか訊くと、向かいのコリアナホテル前から30分おきに出てます、との事。部屋に戻り荷造りをして、チェックアウト。ニュー国際ホテルとコリアナホテルは、大通りを挟んで真向かいなのだが、横断歩道はなく、ちょっと離れた所から一旦地下に潜って大通りを渡り、それから、コリアナまで戻るという、迂回路を歩まざるおえない。だから、実質はそんなに近くないのである。多少の買い物もあり、汗を含んだ衣料をしまったカバンは重くなっている。ひいひい言いながらコリアナの前までやってきて、KALリムジンバスに乗ったのである。

(ニュー国際ホテルの室内。なかなか快適な広さだ)

(ミニバーの棚は使われていなく、灯りをつけようと右手のスウィッチを回してみたり、棚の上の電球をひねってみたりしていたらタマだけ外れて壊れてしまった。ちなみに棚上の物体は歯ブラシとひげ剃りである。これらは韓国の多くのホテルでは関係機関の通達により有料となっている。どのみち、こういうものやミネラルウォーター、ビール等は近所のコンビニで買った方が安いのだけどね。)
初日、到着時に乗ったバスは一般の座席バスだったので5500ウォンだったが、このリムジンバスは10000ウォン取られる。しかし、座席は大きくてゆったりしていて値段の違い分の快適さを感じるのであった。空港まで掛かった時間は、来たときと変わらずに1時間5分。地図で見ると、金浦より仁川がかなり遠そうだが、渋滞がなければ、高速道が整備されている分、存外に時間は掛からない。
11時ちょっとに空港について、チェックインもスムースに済み、少しぶらぶらして昼食。空港のレストランでピビンバップ(所謂ビビンバ)を食べた。9500ウォンと高めで、日本で人気のある石焼き式でもないのだが、味の方はかなりいける。まぁ、この値段で不味いものを食べさせられては酷いのだが。昔は良かったが、今ではすっかり味を落としてしまった、明洞の某中央会館あたりと比すれば、こちらの方が、断然に旨い。ご飯と混ぜる、たっぷりのナムル類は種類も豊富で、素材もみずみずしい。このナムル類が旨ければ、なにも石焼きでなくてもピビンバップと言うものは十分に旨い物なのだ。
食事が済むと12時を少し廻っていたので、出国カウンターを通って免税店へ。スーミーさんの為に口紅を一本と、韓国産の梅酒(韓国の梅酒は甘さ控えめのスカッとした味で旨い)を一本購入。新しい空港の免税店は品目も豊富で賑わっていたが我々にはそれほど縁がない。出発ゲートに着くと、ほどなく搭乗案内がはじまり、予定時刻の13時25分に機は仁川上空に飛び立ったのであった。

(土産に買った梅翠=メチゥィとスーミーさんの帽子。韓国の梅酒はサッパリして旨い。このような高級品でなくとも、ソルチュンメ=雪中梅などでも十分に旨いのだが、免税店には、瓶代が半分以上かしらんというような高級品しか置いてないので、ソルチュンメでも市中で買っておくべきであった。ちなみに、何かしら、とくんくん嗅いでいるのはくりんちゃん)