地名研究必携 2003年(平成15年)59日発行
  天保郷帳登載の63795村名を網羅
  国別・郡別で伝統的序列に配置

  監 修 谷川健一

  編 者 滝澤主税

  発行所 日本地名研究所

  印 刷 長野県地名研究所

  A4判 405ページ

  定 価 36,000円

 「地名研究必携」のサンプルページはこちらからご覧下さい。

 江戸郷帳の正保・元禄・天保の三郷帳のなかで、村名が最も充実して記録されているのは天保郷帳であり、明治まで存続し続ける村をうかがい知る絶好の史料である。

  この「地名研究必携」には天保郷帳に搭載された63,795の村名すべてを網羅してある。さらに吉田東伍の「日本地名辞書」には埋没している天保郷帳地名が索引できるように「日本地名辞書」の該当巻頁を付記レた。

  市町村合併の風が吹きすさぶ今日、旧村名が益々忘却の彼方へ押しやられることは、まことに悲しいことである。平成174月が過ぎれぱ、新市名に改めた改訂版が発刊されるが、この改定前の版のほうが貴重本扱いされるようになるだろう。                                                            平成十四年現在。

 


「監修のことば 」 谷川健一氏 本書より

地名研究は多くの時間と莫大な労苦をついやし、しかも世間的には報われることの少ない仕事である。にもかかわらず地名研究者を駆りたてるひそかな衝動がある。その衝動は一体何であろうか。それは地名研究が日本人としての自己確認(アイデンテテイ)につながるものであることを確信し、その成果が一人でも多く利用されることを切望する心情と無縁ではない。

 地名には地霊のささやきがこめられている。そのささやきを聴く耳をもった者にとっては、地名研究の途上に出会う辛酸も佳境となんら異なるところがない。そしていつしか地霊の誘いに促されて、地名研究に深入りしている自分を発見する。本書の編著者である滝澤主税氏もその一人であり、 長野県の地名研究の大先輩であった一志茂樹氏の遺志が今もって滝澤氏を動かしつづけている。

  滝澤氏は地名の分類・体系化に関心を寄せ、天保郷帳の村名を国別・郡別に配列し、ふりがな一現市町村名を付し、索引も作成した。かの吉田東伍の「大日本地名辞書」の該当巻頁まで登載させている。正保・元禄・天保の3郷帳のうち、天保郷帳の勝れた史料性に着目してのことである。

 滝澤氏は自らの「はしがき」で「この本は、地名の索引字引です。」と云っている。そして「別して地名の由来や歴史、また命名の起源などに言及したものではない。」とも云っている。「字引」とは本来、用いる人の能力に呼応して機能を発揮するものである。さりとて「字引」なしでは文をものすることはむずかしい。「字引」とは「保険だ」と或る作家が云っていた。「辞書をもっていると、言葉の保険に入っているような安心感がある。辞書がないと、そういう安心感がないというか、一寸先は闇、わからない言葉に出合ったらどうしよう、という不安感がある。」と書いている。また、「辞書はソロバンに似たところがある。ソロバンは計算の道具だが、自分で計算をするわけではない。辞書も自分で検索するわけではない。パッシブなメディアなのである。能動的なカウンターとして人間がいる。」とも書 いている。

  滝澤氏の論によると、天保郷帳に出てくる村名が「地名の基礎語彙」であるという。国名・郡名・村名は、もちろん基礎地名であるが、其本は天保郷帳の「郷帳村名」であるという。 私はこの滝澤氏の所論を確認すべく、拙著を用いてこの「地名研究必携」をひいてみた。能登半島の東北端、珠洲岬の近くに「狼煙」という地名がある。「地名研究必携」で「狼煙」を引くと、「能登同珠洲郡狼煙村(のろしむら)明治22年以前狼煙村・狼煙新村明治22年目置村明治22年以降西海村 現市町村石川県珠洲市」とあり、「狼煙 禄剛埼の傍なる里落にして、今、折戸と併せ目置村と改称す。狼煙とは古の峰火の別称にして、王政の盛代に海上警戒の為めに其備ありし故蹟とす。云々(吉田東伍 大日本地名辞書5131)」とある。拙著「目本の地名」掲載の地名のうち 220の地名を、また「続・日本の地名」では223の地名を引くことができた。掲載全地名の七・八割に相当する。他は滝澤氏の云う「小字・小名」に分類される地名であった。まさしく「地名の字引」である。

  さて今日、日本全土は市町村合併の暴挙が渦巻き、文化の指標たる地名は壊滅の危機に瀕している。こうした時代に滝澤氏が地名研究の伴侶となる「地名研究必携」を地名の宇引として出版することは、大いに意義あり賛同すべきことと高く評価し、その労若に対し感謝の言葉を惜しまぬものである。

    200353日                  谷川健一(日本地名研究所 所長)


「あとがき」 滝澤主税 本書より

イギリスでは昔、辞書の作成は囚人にやらせたという。語彙の中味に立ち入らなければ、 これほど面白くも可笑しくもない仕事はあるまい。

  地名の字引とて同じだ。西暦1830年代の天保時代にこれほど多くの村があったとは驚きであったが、ともかくこれを郡別国別に配列し、ふりがなを付け、明治の町村合併からの変貌状態の概略を記録する作業は、数が数だけに正直に云って面白くも可笑しくもない作業であった。索引作成にいたっては、まったくコンピューター処理の連続で、地名の字引を作っていることさえしばしば忘れがちであった。

  しかし、谷川先生の『神は細部に宿り給う』を読んで勇気づけられた。

「歴史学が人類の主要な道筋を辿る学問であるのに対して、民俗学は、枝道や毛細管のように張りめぐらされた小路を知る学問である。したがって歴史学やその他の学問には取るに足りないと思われているものこそ、民俗学にとっては限りなく重要である」と書いてあり、地名の辞書は、「いとちいさきもの地名」を学の対象にしようとするものにとって枝道や小路に迷わぬ道しるべになると確信できたのである。

  因みに「神は細部に宿り給う」Der liebe Gott steckt im Detai1. という言葉は、E.R. クルチゥスが主著「ラテン中世」のなかで文化史家アビィ・ヴァルブルグが弟子に語ったものとして引用しているもので、「いとちいさきもの地名」に民俗学の要諦が潜むことを示唆する言葉である。

  地名が民俗学のメソッドとして重要視されるとき、地名のなかでも基本となるものは、 いわゆる「小字」、すなわち村を構成する「字」である。「字」を収集・記録・保存するためには、「字」の属する「村」の体系化が必要である。体系化された「村」は、「字」を収納する《容れ物》となるのであり、「地名研究必携」の意図は、この地名の体系化にある。

  先生に励まされてこの作業を続行した。                  (滝澤主税)


「地名研究必携」について

1

この本は、地名の索引字引です。別して地名の由来や歴史、また命名の起源などに言及したものではありません。

2

.天保郷帳に登載された63795の村名を網羅してあります。江戸郷帳の正保・元禄・天保の三郷帳のなかで、村名が最も充実して記録されているのは天保郷帳であり、明治まで存続しつづける村をうかがい知る資料と考えます。

3

.天保郷帳は、江戸幕府が正保元年に諸国に令達して初めて郷帳を調進させて以来、元禄と天保の二回改定を行いました。正保・元禄の郷帳の献上本は明治維新以後散帙 し、天保郷帳のみが現存しています。内閣文庫所蔵の影印本に拠りました。

4

吉田東伍「日本地名辞書」は、明治40年の刊行であります。明治40年といえば、明治政府の行った明治初期と明治22年の二度の町村大合併以降であり、江戸時代から存続した殆どの村名は「大字」となった以降の出版であります。吉田東伍はこの書の序文とも云える「行政区改正論」のなかで「町村制施行以来、町村は大抵旧町村数部を合せて成り、旧町村の名は其村の大字として、存し、新旧錯綜して、称呼甚不便なり。大字 既に廃すべからずんば、旧町村の名を復して、町村と云う自治区の名を郷と改むべし」と 述べているように、旧村名は明治の新大字名に埋没して書かれており、探求は甚だ困 難であります。 この「地名研究必携」では、吉田東伍の「日本地名辞書」の概ねの相当する箇所を索 引できるように巻数・頁数を掲載しました。

5

北海道と沖縄は、割愛しました。

6

都道府県・市町村名は、平成14年現在としました。


凡例

●く国名>陸奥国・信濃国等

<郡名>小県郡・村山郡等

●天保郷帳村名・ふりがな

●経過記録・別称等

●町村名変遷  明治22年以前  明治22年頃  明治22年以降

●現市町村名(平成14年現在)

●都道府県名

●吉田東伍 「大日本地名辞書」巻・頁 索引


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