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「学校」のブロシュアー(1/7)

この冊子を発行する理由

 この冊子はエホバの証人と学校当局者との相互の理解と協力を促進するために発行されたものです。私たちは、学校が設けている基本的な教育計画を達成するために働いておられる方々すべてと協力することを願っております。

 エホバの証人である親は、学習過程に適した環境を作ることに寄与したいと考えております。親は自分の子供が学校教育からできる限り最大の益を受けることを望んでおります。そして、それを成し遂げるのを助けるため、親たちも相応な仕方で自分たちにできることはみな行なうつもりでいることを先生方や他の学校当局者の方々に知っていただきたいと思っています。

 エホバの証人はどこに住んでいても、普通、道徳上の優れた行状や、政府当局者に対して従順であることでよく知られています。しかし、証人の若者たちが学校の学習計画や行事すべてに参加するとは限らないので、彼らは非協力的であるとお考えの先生方がおられるかもしれません。しかし、そのように参加しない場合があるのは、その若者たちが反抗的であったり、あるいは反社会的であったりするためではありません。その行動は宗教上および倫理上の信念に基づいております。

 私たちはこの冊子を通して、学校での教育活動参加に影響を及ぼすエホバの証人の信条を学校当局者の方々にご紹介したいと思います。さらに、そのような信条のゆえに、証人たちの若者が世界中の多くの場所で普通に見られる、ある種の学校行事や学習計画にあずからない理由もご説明したいと思います。同時に、私たちは自分たちの見解をほかの人々に押しつけるつもりはないことを明らかにしておきたいと思います。

 このブロシュアーに引用されている聖句は、現代語による1985年版、「新世界訳聖書」から取られています。

私たちの人生の目的

 最初に、エホバの証人とエホバの証人としての私たちの人生の目的とについて簡単に述べるのは有益なことと思われます。私たちは世界中の200余の国にいるクリスチャンで成る国際的な団体に属しております。神を崇拝する私たちの仕方には、生活に関する私たちの見解や生活の仕方全体が関係しています。

 私たちは神が実在者であることを確信していますので、私たちの父であられるその方との親密な個人的関係を保つのは肝要な事柄と考えております。(マタイ 6:9)とりわけ、このことには神をみ名によって知ることが関係しています。聖書は詩編 83編18節でこう述べています。「それは、人々が、その名をエホバというあなたが、ただあなただけが全地を治める至高者であることを知るためです」。

 クリスチャンとして私たちはまた、神のみ子、イエス・キリストの手本に基づいて自分の生活を形作ることに努めています。イエス・キリストがたいへん優れた教育を受けた人であったことは、その教えに含まれている知恵から見て明らかです。しかし、イエスはその知識を経済的に安定した地位や大いなる名声を得るためではなく、他の人々の益のために用いました。その生活の中で最も重要なことは神への奉仕でした。イエスは、「わたしの食物とは、わたしを遣わした方のご意志を行ない、そのみ業をなし終えることです」と言われました。―ヨハネ 4:34。

 私たちも同じように感じています。そのために、世界中のエホバの証人は良い教育を高く評価しています。私たちは証人たちの若い人々に、視野を広げること、つまり自分たちの環境や人生とは一体どういうものかに関する知識や理解を得ることを励ましています。そのために、それら若い人たちは、人間の知識のほとんどあらゆる分野を扱う「目ざめよ!」と題する当協会発行の雑誌を読み、またしばしば学業に関連して同誌を用いています。中には、教育者でも、授業を準備するのにこの雑誌を用いる方がおられます。

 私どもの子供たちの多くは教育による訓練を受けて、その潜在的な独創力を伸ばすよう助けられています。ジャーナル・オブ・パーソナリティー誌は、12歳の児童の「独創力」に関する一オーストラリア人の研究についての報告の中でこのことについて述べました。研究者たちはこう語りました。「とりわけ、独創力の大変豊かな子供たちのうち、不均衡なまでに大勢の子供がエホバの証人であった」。その理由は、証人たちの奉ずる宗教が子供たちに思考力を働かせることを促す事実にあると言えるでしょう。

 証人たちの若い人々は良い教育に関心を抱いているとはいえ、名声や目立った地位を得るために学校教育を追い求めることはしません。それら若者たちの人生の主要な目標は、神の奉仕者として効果的に仕えることですから、学校教育をその目的を達成する一つの助けとして評価します。ですから、大抵、現代の世界で自活するのに役立つ教科・科目を選択します。このようなわけで、職業科を選んだり、職業学校に入ったりする場合が少なくありません。それで、学校を終えるとき、自分たちの主要な職業、つまりクリスチャンの携わる宣教に打ち込めるような仕事に就くことを願います。

聖書に対する見方

 前述の事柄からお分かりいただけると思いますが、エホバの証人は普通以上に真剣な態度で聖書の内容を日常の指針とみなしています。そして、『聖書全体は神の霊感を受けたものである』ことを本当に信じています。―テモテ第二 3:16。

 この言葉と一致して、私たちは、聖書の中に記録されている事柄がすべて正確であり、クリスチャンの生活の導きとすべきものであると信じています。その結果、学校におけるある活動に対する証人たちの若者の見方は、聖書の教えをそれほど真剣に考えない生徒の見方とかなり異なっている場合があるかもしれません。それで私たちはこの冊子の中で、エホバの証人の生徒たちの信仰に関係してくる学校での諸活動を取り上げ、彼らがそうした活動に関し、なぜそのような態度を取るのか、その理由を理解していただけるようにしたいと思います。

 ご存じかと思いますが、聖書は預言の書としても著しいものがありますから、その預言に対する信仰が学校に対する証人たちの態度に及ぼす影響について考慮していただきたいと思います。

将来に対する私たちの見方

 私たちの人生観に大きな影響を及ぼしている聖書の預言の一つは、啓示 21章3、4節に見られる次のような預言です。こう記されています。「神みずから[人間]と共におられるであろう。また神は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり、もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。

 聖書は神の創造される、より良い世界のことを繰り返し描写しています。このようにも記述されています。「神の約束によってわたしたちの待ち望んでいる新しい天と新しい地があります。そこには義が宿ります」―ペテロ第二 3:13。詩編 37:9-11、29。イザヤ 11:6-9; 35:5、6。

 エホバの証人はこの約束の成就が人類の諸問題に対する唯一の解決策であることを信じています。それはイエスがご自分の弟子たちに、「あなたの王国が来ますように。あなたのご意志が天におけると同じように、地上においてもなされますように」と祈るよう教えた時に示唆されたとおりです。(マタイ 6:10)私たちの信条によれば、神の王国とは一つの現実の政府です。(イザヤ 9:6、7)それは、人間に苦難をもたらす状態をすべてこの地から除去し、永続する平和をもたらし得る唯一の政府です。

 神の王国の到来が現代の諸政府すべてにとって何を意味するかは、聖書のもう一つの預言の中で次のように述べられています。「天の神は決して滅びることのないひとつの王国を立てられます。そして、その王国は……これらのすべての王国を打ち砕いて終わらせ、それ自体は定めのない時に至るまで続きます」―ダニエル 2:44。

 私たちはこの変化が大変近いものであることを確信しておりますので、私どもの若者たちは、神の王国は現実のものであるという私たちの信条と調和した、生涯の仕事のために備えることが現実に即した道であると信じています。私たちのおもな目標は、明るい将来の見通しについて人々に語ることです。私たちは本当に、現在の悲しみや悩みが過ぎ去って、神がご自分に仕える人々のために用意しておられる祝福を享受するために生き残ることを待ち望んでおります。神の確かな約束は次のとおりです。「世は過ぎ去りつつあり、その欲望も同じです。しかし、神のご意志を行なう者は永久にとどまります」―ヨハネ第一 2:17。

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