筑前国続風土記


「筑前国続風土記」(貝原篤信<益軒>著・名著出版)より抜粋・引用

 
 筑前国続風土記は、貝原益軒が元禄元年(1688年)から編纂を始め、宝永6年(1709年・益軒80才の時)に完成したものです。この中
に「国境之小名」(小名は小字)がページを割いて記されています。

 このページは、名著出版より発刊された本を主要資料とし、一部その他の資料を参考としています。
 各資料の底本は江戸時代の写本ですので、資料によって地名が若干違います。どの地名が現地の地名らしいかで選んでいます。ど
ちらか区別が付きにくい地名は※印をつけて欄外に記載しています。正しい地名がわかり次第修正します。濁点は資料によってあった
りなかったりしますが、あまり気にしていません。(例えば、「たうけ」「たうげ」はどちらも「峠」です。)
 また地名に一部差別的な表現がありますが、あくまでも歴史的地名の検証ということでそのまま記載しています。


※このページは名著出版のご厚意により著作物の利用許諾を頂いております。二次利用に関しては著作権法を厳守ください。

 


 国境之小名

豊前境
豊前境 遠賀郡中原村より、上座郡宝珠山の枝村合楽村の内にいたる。  
江の口
いそばた
いそどり
きぶね
下の田
まつほり
石原田 
三 石
たうが峯
ほりそこなひ
ふしが本
いりち
くぼ尻
たい田
しゝくらひ
丸 隈
本 尾
いりやう
しやうれ木
しりなか
平 畑
岩がはな
ちしやの木辻
さる辻
櫻がたを
吉川城
くふきがたを
平石のかた
山神かた
あけはなのかた
さこの川原
石 丸
屋敷中
井手本
おちやうちが谷
荒谷口
だ道が谷
柿のこ坂
柳が尾
こけらたを
しぼりこし
以上遠賀郡    
 
尺の岳→
以下鞍手郡
た き
本谷肩
こふしろ峠
こふしろ
とうしやくかう
かつら尾
鷹 落
大 塔
福 智
国見岩
なぎ野
高 取
城の平
あまが馬場
きらゝ
千石岩
平 石
山 道
ほうしが尾
耳とり
水 町
国 界
すは山
かん堀
六郎坊山
今 林
すかう
かくれ田
きりが尾
※1返りの辻
以上鞍手郡
 ※1 ハヤは「魚+條」
※1かへり
以下嘉麻郡
田代峠
弥八が谷
ほうしが辻
小峠丸山
かうかう破り
一 家
古 谷
まいりう
日王山
烏 尾
烏尾峠
椿が谷
高 場
金 石
関の山
中 峠
本 峠
水が坪峠
おんじゃく山
地蔵野
地蔵尾筋
はいはらの上
城 山
ちうくわん寺岳
花房尾峠
花 房
千原峠
尼ケ谷頭
権現谷頭
障子岳
こけら峠
猿わたり
かうやくち
白 岩
ひじり谷
なめり
茶臼山
坂 谷
大王山の根
梨の木原
山伏よこひ
や を
白 岩
平かき
高 丸
大たを
なぎの
てきり
をんこじろう
ほうさう柳
釜ぶた
長は山
たて石
黒かい
たて岩
黒 越
かんざいみの尾
くま山 ※2
峯 尾 ※2
ふきがたを
小椎木
かうら牟田
くらかけ
池のたを
つらな ※3
ふか堀
黒つか峠
黒 塚
いぼ岩
以上嘉麻郡
※2「くま山峯尾」で一つの地名とする資料有 ※3「つらなる峠」とする資料有
こやが谷
以下上座郡
高 場
金剛童子
古 宿
二また峠
佛の塔
杉の切株峠
宿 山
陣 屋
こやすやぶ
しうかの尾
貝つり
笈つり
糸が峯
ためのもと
あかにた
花 棚
源 八
大日嶽
釈迦嶽
水なし
水なし峠
小杉本
小杉峠
小杉のさこ
三国境 筑前、豊前、豊後のさかひなり。
以上豊前境

豊後境
豊後境 上座郡宝珠山村の枝村合楽の内より、同郡穂坂村の内にいたる。
かくめ→
足振峠
やいし浦
何右衛門鹿垣
正覚坊鹿垣
山の神
合楽谷川
がうらだ山
栗木野
こんごうの裏山
めくらのたを
松 尾
長さこの頭
瀬戸の上
黒 岩
原のさこ
八所山
水上山
かくれ山
村すゝき
梨木さこ
狸さこ
米 代
川はた
下かちや堺
みゝとり
一 尾
尾のはな
ひのもと原
うそう原
なつき口
大山峠
ふとご
かんせう岩峠
針目古城山
三石峠
尻なし口
ほつてん
阿蘇の下
狸 平
西のさこ
堺谷口
三国境 筑前、筑後、豊後のさかひなり。
以上豊後境

筑後境
筑後境 上座郡穂坂村の内より、御笠郡原田の枝村前小原村の内に至る。  
高 岩→
やなつめ
坂 下
鵜木淵
梁瀬跡
た き
みね田
八反田
をかみ
上つる
たうのまへ
横町下
下河原
小池の淵
大窪尻
原 釣
高山瀬 
網渡傍示場
宮 下
からかさ岩
小 岩
中島河原
志波の瀬
三また窪
上中島
宮 向
牛天神
うけ場
中 島
中河原
中古毛
渡 場
渡 守
江 頭
松 葉
落 口
宮 向
なかれ
稲 守
以上上座郡
 
 
かいて河原
以下下座郡
一木松向
日出河原
河 原
長田河原
久 保
高倉前
高倉河原
河原畑
そうけ田
ほつけう
びなじり
今川畑
南 口
中ふけ
すけ本
以上下座郡
 
五反田
以下夜須郡
かはらけ田
天神畑
ぬる水
立 野
牟 田
藤蔵堀
太刀洗
八反田
つちとり
丸 山
とりこえ
畝ケ浦
向 原
井手の上※4
いりう
乙井手
下の後
長牟田
筑前崎
夜須郡御笠郡さかひ
※4 シ(サンズイ)+写 「シ写」 
堺 木
以下御笠郡
大手木
徳川中
界田一本松根
界 田
井 尻
おとろく
池 田
そら前
岩永坂
長 浦
野 添
鎧 田
大 浦
口 脇
とくたう
三国境 筑前、筑後、肥前の界なり。
以上筑後境

肥前境
肥前境 御笠郡原田の枝村前小原村の内より、怡土郡唐津領にいたる。    
三国山→
かくし谷頭
大坂頭
左衛門次郎
ねぎが窪
はちの尾
さぶが谷
城山たうげ
大谷峠
おもの原
青篠山
地蔵原
長者原峠
向 坂
猿ば山谷頭
ひろとう
峠の原
古賀原
古 賀
笠 木
権現山
以上三<ママ>笠郡
 
塩買峠峯
以下那珂郡
塩買峯
象 石
象石峯尾
たうの尾
九千部山高粒
水のみ山
高 尾
だうむせ
かと石原
ほこ石
ほこ石峠
三領境<ママ>
三領界<ママ>
大谷頭
屏風石
こ 峠
こか尾
七 曲
あやべ道
あやべ峠
札木辻
めくら落し
中 峠
地焼中の谷
地焼牟田
烏帽子岩
地焼下谷川
大坂上の塚
中の瀧
大坂谷川平
中の小川
さくらぐう
まい淵
井 手
椎木淵
川 原※5
花 田
瀬戸口
いやなき
渡 瀬
白土川
新兵衛瀧
こうご淵
小石の本
児落淵
塩井場
渡瀬近道
中 瀬
ふけばた
ほうら
長 尻
井 手
龍 王
柳 田
くまかし淵
せば戸
すか牟田
古 川
以上那珂郡
※5 筑前国郡絵図では「川原」は「いやなき」と「渡瀬」の間
くびり
以下早良郡
立 岩
花木原
二重平
三 渡
魚釣谷
立 石
から船
しやうぶ頭
くびりよりしやうぶ頭にいたりて、古来当国と肥前国との境とする所
なり。《元禄六年より以来、背振山の嶺より北の方肥前国に入て、
背振の峯筋を以両国の境とす。其詳なる事は、早良郡背振の條下
に是をしるす。》今境とする地の小名左の如し。

《 》の部分が下記の記述になっている資料有
今は山上神社より南肥前国に属して、両国の境初めとおなしから
ず。
くびり
粟 穂
いもし釜※6
粟 穂
高野頭
 所 
役行者
魚釣谷頭
車 越
唐船辻
しやうぶ頭
※6 「いも」と「釜」が出てくるとおいしそうな地名ですが、筑前国郡絵図では
       「妹路谷」と表記・他に「鋳物師釜」とする資料も有
天神かま頭
へぼ原頭
ひたを頭
酒 盛
かうら谷頭
釜ぶた峠
東鬼が鼻
小猟峠
水門谷頭
からすみ釜
小爪峠脇尾
大 丸
瀧 谷
野いそ谷頭
猿落谷頭
かうしか岳
あこ坂谷頭
あこ坂峠
西鬼が鼻
以上早良郡
 
杖立峠
以下怡土郡
なか谷
ひらくち谷
毛とり
屋形谷
柏はた
東水汲谷
赤土原
宿 平
丸 尾
木屋谷
大 平
こしき岳
かと石原
うな切
だるめき
山 神
西 谷
扇の平
ゆすわり
大 谷
大谷辻
ゑ げ
大 峠
大峠、雷山村の上にありて、福岡領に属す。是より西は公領に属
し、其西唐津領に至て、皆肥前とさかふ。其地の小名追てしるす
べし。

 背振山の国境について、わざわざ元禄6年以前の筑前側の主張を記しているあたりに、この国境争いに負けた悔しさとショックが見えます。こういうとこ
ろからもこの国境争いが決して村人ベースではなかったことを表しているのではないでしょうか。


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