鳴海城
別名 根古屋城
所在地 名古屋市緑区鳴海町城
遺構等 説明板
現状 城跡公園、道路、宅地
築城年 応永年間(1394頃)
築城者 安原宗範
歴代城主 安原、山口、岡部、佐久間
形式 平城
最終訪城日 2007/9/17
【道案内】


【感想・メモ】
なるみじょう
【歴史】
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名鉄名古屋本線「鳴海駅」から北へ約300m。国道1号「鳴海栄」信号を北上し、名鉄を越え、扇川を渡って「本町」信号を過ぎて100m程行くと道路の右手(東側)に城址碑がある。(UFJ銀行のすぐ北側)
城址碑がある通りを挟んだ反対側には「鳴海城跡公園」がある。よく「富士山の公園」で遊んでくるね〜と出かけたものだけど、あまりに身近すぎて城跡だったというのが不思議な気分。この公園のすぐ前に、ちょっと櫓っぽい雰囲気の公民館があって面白い。以前は城址碑がある南側のお寺(圓龍寺)に堀跡があったらしいけれど、今ではそれも無くなってしまった。鳴海城の廃材を利用した山門がある東福院(十太夫屋敷参照)や、総堀跡が残っているので(重太夫屋敷参照)、歩いて回ると楽しいかも?
信長の父・織田信秀は、すぐ北側に扇川が流れ、隣国三河を望める丘陵上のこの地を重要として、家臣の山口左馬介義継を城主とし、今川に備えた。しかし、信秀の跡を継いだ信長から寝返り今川方についた。信長は800の兵を率いて攻めたが攻めきれなかったため、今川側に山口はまた寝返ったという噂を流し、今川義元に義継とその子を切腹させられる。その後、義元は家臣・岡部元信を城主とした。桶狭間の戦いでも、鳴海城は織田軍を寄せ付けず、主君・義元の首と引き換えに城を明け渡し静岡市の臨済寺に葬った。
城址碑
城跡の地図